1. 自分仕様の生き方を考えるRe:Meラジオ
  2. 私を動かしていたのは、「劣等..
私を動かしていたのは、「劣等感」ではなく「危機感」だった
2026-10-19 11:38

私を動かしていたのは、「劣等感」ではなく「危機感」だった

今朝、とっつーさんの朝LIVEで
らん語カードを引いてもらいました🍀✨

「劣等感があってもいい。」
という言葉を受け取ったので、劣等感について考えてみることに。

劣等感→優越感と掘り下げていくうちに、
私の中にあったのは『危機感』だった!
と気づいた話をしています🤭✨

皆さんの中にはどんな感情がありますか?
ぜひ一緒に、思考をたどってみてくださいね!


私がゲストで出た会はこちら👇
とっつーの半分真面目チャンネル
https://stand.fm/episodes/6ad560918f91c99b532bd9cc

らん語カードの製作者 らんさん
https://stand.fm/channels/6034da9a85b142d0d8936a71
らん語カードの作曲者 りゅうちゃん
https://stand.fm/channels/68973e54b09e6a462a92c6c4


このチャンネルでは、
「本来の自分へ戻り、自分仕様の人生を選び直す」をテーマに、
自分らしい生き方と
未来のつくり方を考えていくラジオです🎙️✨

もうちょっと聴いてみようかなと思った方は
フォローして繋がってください🍀✨

#自分らしい生き方
#自分と向き合う
#自己理解
#自己受容
#ありのままの自分
#考え方
#潜在意識
#劣等感
#向上心
#自分を変えたい
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6aaf8633b58540624b18342e

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

なるみは、朝ライブで受け取った「劣等感があってもいい」というらん語カードのメッセージをきっかけに、自身の感情を振り返る。小学生の頃は自信がなく劣等感を抱えていたが、両親の離婚を機に「このままでは生きていけない」という危機感を覚え、自分を変えるために言葉やコミュニケーションを独学で磨いた。成長の過程では優越感も感じたものの、20代前半に人それぞれの強みと弱みを認め、支え合う考え方に出会い、向上心とのバランスを取れるようになった。さらに、他人の期待や役割を背負いすぎていたことに気づき、役割を手放して自分を再構築する作業を今も続けていると語る。

らん語カードのメッセージと劣等感
皆さんこんばんは、なるみです。このチャンネルでは、自分仕様の生き方をテーマに、仕事や暮らし、人間関係など、今気になることをおしゃべりしていくチャンネルです。
今日は、朝ライブにゲストで呼んでいただきました。 トッツーさんの半分まじめチャンネルの番組に呼んでいただいて、
ランゴカードのメッセージを受け取ってきました。 このランゴカードっていうのが、言ったらオラクルカードみたいなものなのかなと思うんですけど、
アファメーションカードみたいな感じかな。 100のメッセージがあって、その1枚1枚に曲が付いてるっていう、そういうすごく壮大なカードなんですね。
朝のゲストで来てくれた方に、 1枚カードを引いて、その曲を聴かせてプレゼントするっていう、そんな企画に呼んでいただいたんですよ。
今日私が受け取ったメッセージが、 劣等感があってもいいっていうメッセージだったんですね。
今日は、私の中にある劣等感について、ちょっと深掘りしていこうかなと思っています。
皆さんは、自分の中に劣等感って感じていますか? これ、劣等感ってよく考えたら何だろうって、ちょっと定義ができてない方もいるかなって思ったんで、
私もはっきりと言語化、ちょっと確認したいなと思ったんで、ネットで調べてみたんですね。
劣等感っていうのは、用事とか学歴とか仕事とかを、人と比べて自分は劣ってるって思う感情だったりとか、
自分には価値がないっていう、そういう感情だそうなんですね。 この劣等感って、
カードのメッセージのように、劣等感はあってもいいっていうことなんですけど、 劣等感ってこじらせると自分には無理って言って逃げちゃったりとか、
あと、人を批判するような攻撃のエネルギーになってしまうんですよ。 なんですけど、
危機感をきっかけに言葉を磨いた過去
ポジティブに使っていくと、人が成長するための エネルギーの源泉になるっていうことが、劣等感の定義だそうなんですよね。
で、その、私これを見た時に、割と人が成長するための、その向上心として劣等感って使ってこれたなーって思ったんですよね。
昔、小学生の頃とか本当に劣等感まみれで、 用事にも自信がないし、
学歴というか、勉強はそこそこできたんですけど、 人前に立つことも、自分の声を聞かれることも、姿を見られることも、
嫌だったし、走るのも遅いし、体も弱いし、 笑顔もできないし、
なんかもう本当に、見ないで!みたいな、 もう劣りすぎ!みたいな感じで生きていたんですよね。
だけど、私が小学校5年生の時に、両親が離婚したんですよ。 そこからなんかスイッチが入って、
しっかりしなきゃ!とか、 今のままじゃ、私生きていけない!って思って、
まあ誰かと比べるわけじゃないんですけど、自分の中で自分を変えたいっていう一心で、その理想の自分と今の自分のギャップを埋めてきたっていう感じなんですよね。
昔の私は、もうこんなにも喋れなくて、 もう本当に声を聞かれることが嫌なんで、喋らないんですよね、基本的に。
だけど、やっぱり人と人ってコミュニケーションじゃないですか。 だから言葉って大事だなって思って、そこから独学で中学校の頃ですけど、確かコーチングの勉強をして、
ブックオフで本買ってきて、もう一つの本をバイブルにして、ボロボロになるまで読んで、 学校行って実践して、帰ってきて復習して、みたいな感じで、
まあやったりとかして、とりあえず機械音痴だし、なんかいろいろ不器用なんだけど、言葉だけは上手くなろうって。
劣等感から優越感、そしてバランスへ
言葉ってやっぱり人にプレゼントとして届けることもできるし、 狂気にもなると思うんですよね。
だから愛のある言葉で誰かの支えになりたいな、みたいな、そういう気持ちがあって、言葉にこだわり始めたのは高校生の頃ぐらいからかなと思いますね。
当時私も中高生の時、部活動をやってたんですけど、心折れそうになったりとか不安になった時、そういった言葉のエッセイとか、ポエム書いてる人の本に救われて、背中押されて頑張れたっていうのがあったんで、
言葉のパワーってすごいなぁと思って、そこから苦手だったコミュニケーション、目で見て話すこともできないし、もう本当に酷かったんですけど、
そこから自分なりに磨いていって大人になっていったっていう感じなんですよね。だから社会人になるまでは本当に劣等感の塊だったんじゃないかなって思うんですよ。
そんな風にしてたら、逆にできる部分が増えていくので、どちらかというと、劣等感よりも優越感みたいなのも出てきた時期があったんじゃないかなって思ってて。
優越感って何かっていうと、自分は人より優れているとか、自分は上であるっていう感覚ですよね。
そこまでひどく持ってたわけじゃないんですけど、なんかそういうのってカッコ悪いなと思ってたんで、優越感に浸ってるのってカッコ悪いなと思っちゃってた時期だったんで、
あまりそういう感覚を持たないようにしてたんですね。というか、持たないようにしてる時点で持ってるじゃないですか。
それでネットで調べてみたら、優越コンプレックスっていうのがあるって出てきて、どういうことかというと、一見自信がありそうに見えるんだけど、
不安の裏返しで自分の自慢をしたりとか、人を批判したりする行為だって書かれてたんですよね。
私それはないなぁと思って、あの劣等感をこじらせて逃げとか攻撃にも使ってきてないし、
まあでも小学生とかの時は逃げてましたね。私その優越コンプレックスみたいな形で自分を自慢するとか人を批判するっていうエネルギーとしては使ってなかったんですよ。
なんですけど、なんかこれポジティブな意味で、どこかアルバイトに履歴書を持って面接行くじゃないですか。
で、まあ条件が合わなくて省かれることとかもあるわけですけど、なんかすごい自分に自信があって、私の価値がわからないところだったらご縁がなくてもいいわみたいな感じで当時思ってたんですよね。
そうだからどっちかというと、なんかそういう小さな、小さな劣等感、優越感はあったなぁと思って。
だから私の中では、小っちゃい頃は強烈な劣等感があり、両親の離婚を機に危機感を覚え、向上心っていう形でエネルギーに変えていって、
20歳前後でちょっと、ちょっとした優越感が出てきて、そう、っていう感じで成長していったなぁと思いますね。
20代前半で、早い段階で割と数比額に出会えたので、
それで人って、それぞれ凹凸があっていいよねっていう、
人それぞれ強み弱みが違って、だからこそ支えあえて、補いあえて、共同体感覚で生きていけるんだっていうことを知った時に、なんかすごく調和したというか、自分の中でバランスが取れるようになって、健全な向
上心としてどんどん自分を高められるようになっていったんじゃないかなって感じてますね。
期待や役割を手放し自分を再構築する
ただ、しっかりしなきゃっていうのは、やっぱり子供の頃からずっと持ち続けてたものなので、結構の間持ち続けてて、弱さを見せられないとか、誰かの、どこの誰かわかんないけど、何かの期待に応えなきゃとか、
だからそれは一般的にこれぐらいできて当然だろうっていう自分の思い込みとの戦いだったと思うんですけど、
あとは、自分の中で役割意識っていうのも強かったんで、責任感とか、自分が背負わなくてもいい分まで背負ってしまってたりとか、そういう時期もあったなぁなんて、振り返って感じてました。
全然まだまだあるんですけどね。
例えば、2025年の年末に、全部自分の役割とか一旦すべて下ろして、ゼロになってもう一回自分を作り直そうって思ったきっかけも、やっぱり私は誰かの期待に応えようとしてるんじゃないかとか、
何かこれが役割だからって自分を固定してしまってるんじゃないかっていうことに気づいて、まだまだそうやって、何か自分の軸で生きているようで、いつの間にか気づいたらお役目だからとか、そういうところの軸に
移ってしまってたんだなぁって気づいて、
手放して、再統合して、みたいなことは今でもやってますし、きっとこれからもそういうことを繰り返しながら成長していくんだろうなって思ったりしています。
感情を振り返り、統合された自分へ
まあそんな感じで、今日は劣等感はあってもいいっていう、そんなカードからのメッセージを受け取って、劣等感があった時期について振り返ってみたりとか、それで危機感から自分の人生を生きるスイッチが入った話
から、
頑張っていった先に、ちょっぴりかわいらしい優越感、かわいらしいことにしといてください。かわいらしい優越感が自分の中に芽生えたりとかしながら、全てが統合されていってバランスが取れていくっていう、
いろんな感情を今までも体験してきて、いろんな経験を経て、今までの人生の中ではバランスの取れた自分になれたのかなっていうふうに感じています。
ということで、今日このカードからのメッセージを受け取って、自分のことを振り返れてよかったなと思いました。きっかけをくださったトッツーさんありがとうございます。
今日私がライブ配信でゲストで呼んでいただいたURLは概要欄にリンクがありますので、ぜひそちらもチェックしてみてください。
ランゴカードのメッセージを受け取ってくれるゲストさん、まだまだ募集されているっぽいので、遊びに行ってみてください。朝の8時半からやっているそうです。
そして、制作者の方、作曲者の方のURLもチャンネルに貼っておきますので、ぜひチェックしてみてください。
それでは今回は以上とさせていただきます。皆さんの中の劣等感とか、優越感とか、そういったことと向き合うきっかけに、今日のお話がなってたら嬉しいなと思います。
それではまた次回の配信でお会いしましょう。なるみでした。
11:38

コメント

スクロール