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皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は383回、共通テスト実用文対策を終えた生徒のコメントから見る落とし穴というタイトルでお届けしたいと思います。
実用文の困難さ
私は先日、共通テスト対策を終えました。2学期の最初から、綿密にスケジュールを立て、計画的に行ってきたし、毎時間毎時間、振り返りのコメントを書かせてはフィードバック、そして翌回には、ちゃんと回答解説をつけて、Googleフォームで回答を記入させて、データ化してもきました。
途中で実用文を本格的投入して、さらに磨きをかけていったわけですけれども、生徒は実用文がとても不得意で、難しくて、なかなか点が上がらなかったんですね。
それで私は、どうして点数が上がらないのか、実用文というものに困難を感じる人は、ぜひそのところを書いてくださいというふうにお願いして、振り返りコメントに書いてもらいました。
ある生徒が非常に的確に、実用文の回答上の困難さについて書いていたので、それを読み上げたいと思います。本人には許可を取っております。
実用文において、多くの方が苦手とする点を挙げさせていただきます。文章やデータが複雑であるため、内容の読み込みが困難です。
また、問題を解く際に、誤った選択肢の内容が本文の内容として無意識のうちに頭に入ってしまうことがあります。
これらの問題はすべて、文章やデータの複雑さに起因していると考えられます。
本当にね、誠実で丁寧な生徒だったんで、思ったことを的確に正面から表現してもらいました。
やっぱり真面目な子ほど、誤った選択肢の内容を本当だと思ってしまって混乱するという状態になるのは、私も本当に身に覚えがあるのでわかります。
こういったコメントを踏まえて、私自身が思う実用文の難しさについて語りたいと思います。
まずはですね、実用文というのが本当に実用に役立つのかという疑問があります。
実用文と言いながら、結局は架空の状況設定なんですよね。
だから、読んでも真剣に読み込む気にならない、そう思います。
小説なんか読むと思わず、その世界に入って時を忘れるような感覚を覚えるんだけれども、
この実用文を読み始めると、現実味がないためにどうしても撥水加工みたいに文章が頭に入ってきません。
小説の方が書き手が真剣に自分の苦悩をトロしようと、言葉と格闘しながら書いていくというそういう文章なんで、
文章と対話してるな、書き手と対話してるなっていうそういう実感があります。
ところが実用文は出題のために書かれた文章であって、書き手の熱意とか信念とかそういったものは伝わらないですよね。
これは入試問題ということである程度やむを得ないことなのかもしれないんですけれども、
やっぱり架空の事例に基づいて架空の生徒が架空の対話をしているという文章を読まされるという、
こういった不毛な状況にストレスを感じるっていうのは私だけじゃないと思うんですけどいかがでしょうか。
それから2番目に大量の文字図データ文書といった様々な非連続テキストを組み合わせて読み取る必要があるので、
もう本当に全体の配分時間を考えると与えられた時間は10分しかないわけですね。
もうこれは無理ゲーって言っても過言じゃないんじゃないでしょうか。
私自身も指定された時間を最大限使っても内容を消化しきれずに深く考えずに雰囲気で問題を解いてしまい、
失点を重ねたっていうそういう経験があるんだけれども、
本当にコンディションを整えてある程度集中力を持続させて走り切らないと、
実用文まで回答を練りに練って答えるっていうことは本当に難しいと思います。
高校生の頃のようなエネルギーがあったらいいかなと思うんだけど、
もう年老いちゃって集中力が続かないので、こんな大量の文字を処理するってことは本当に無理ゲーだと思うんです。
綿密に時間配分を行ってトレーニングをやって行って、それで初めて実用文もガチで解けるんじゃないかなっていう状況だと思うんですよね。
そういった状況なんで、生徒の中には実用文は拝点が10点しかないから、
他の文学的文章や論理的文章にしっかり時間を使って、
そちらで失点しない方が全体のコストパフォーマンスから見ても適切だっていうふうな判断をしている子が大勢います。
私もどちらかといえば生徒だったらそういうふうに判断すると思いますね。
そして3つ目です。
冒頭部分での生徒の指摘にあるように、大量の複雑な文章やデータを読む際に誤った選択肢を読んで、
その誤った選択肢が内容として入ってきて、本文の内容と混同してしまうような仕掛けになっているっていうのがあるんじゃないかなと思います。
要するに一生懸命真面目に文章を読んで、文章の書き手の意図を理解しようとする真面目な姿勢を持つ人ほど、
誤った選択肢や適切でないものを読まされて、混乱を招いてしまうという状況になっているということですね。
日頃、やっぱり相手の意見をしっかり受け止めて、
傾聴することが主体的で対話的な深い学びにつながるっていうような教育をしてきているにもかかわらず、
学習指導要領でそういうことを提唱しているにもかかわらず、
共通テストでは相手の言葉を真面目にあるいは真摯に受け止めようとする文章読解の基礎基本を忠実に実践している生徒ほど、
混乱し惑わされてしまうような落とし穴が設計されているというのは非常に非教育的だと思うんですね。
学力向上への疑問
もちろん批判的思考っていうのは大切だと思うんですけれども、
もうあそこまで嘘選択し、それから適切でないものを選びっていうのを横行すると、
批判的思考力どころじゃなくて、真面目な生徒混乱作戦みたいな感じになっているっていうのも否めないのではないでしょうか。
こういう実用文の出題っていうのは本当に意味があるのかなっていう疑問が湧いてきます。
生徒に過重負担を敷いて、学校現場も対策に追われてますますカリクラムがかみつかしてしまっていて息苦しくなっていると思います。
改めて見直しを求めたいと思っているんだけれども、
果たして共通テストの出題方式が変わったことで生徒の学力が向上したんですかね。
そういった検証が過去に行われたっていう話は聞いたことがないのですが、
もし聞いたことがある方がいらっしゃったら教えてほしいんだけども、
少なくとも実用文が入ってきてから生徒の学力が上がったからこのまま続けようとか、
あるいは学力向上には意味がなかったからやめようとか、
そういったあたりはICTとかデジタルも発達しているからしっかり検証して、
効果が見られないということになったらとっとと改善してほしいなと思っています。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。