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こんばんは、社会保険営業を無視でキャリアコンサルタントのかなや なおこです。 社労士なおこの働き方・多様性研究ラジオでは、働き方、ジェンダー、子育てのテーマにこうするしかないなという考え方を、こういう考え方もありかもしれへんなと思えるような小さなきっかけをお届けする番組です。
これってなんでこんなんなんやろうとか、えーこれおかしないという若者の出発点に、歴史や制度、統計や海外の事例もたどりながら考えていきたいと思います。
はい、それでは本日のタイトルです。
隔離する社会でいいの?障害が重くても地域で暮らし続ける見通しのヒント、です。
今日はですね、強度・行動障害のある人たちの日常を追ったドキュメンタリー映画、翼を広げて、私たちは地域で暮らしたい、を鑑賞しました。
こちらはですね、東大阪市の創造館というところで、映画鑑賞があったんですけれども、映画鑑賞の後にシンポジウムがあったんですよね。
本当はそれにも参加したかったんですけれども、どうしても子供のお迎えがありまして、映画だけの鑑賞でした。
でもそこからですね、学んだことがいくつもあって、今日はその学びをシェアしたいと思います。
まず、強度・行動障害とは、なんですけれども、国における考え方を紹介したいと思います。
強度・行動障害とは、自傷、互い、こだわり、物を壊す、睡眠の乱れ、異色、他等など本人や周囲の人の暮らしに影響を及ぼす行動が、
著しく高い頻度で起こるため、特別に配慮された支援が必要になっている状態とされています。
これは東京都教育委員会の情報を紹介させていただきました。
このように、強度・行動障害と聞くと、私たちはつい、やっぱり自傷だったりとか、互いといった目に見える行動にばかり着目してしまいます。
しかし、映画の中で繰り返し語られていたのは、行動の根っこにある背景を考えることの大切さでした。
彼らは決して何の迷惑もなく、衝動的な行動をするわけではありません。
強い不安を言葉で表現するのがとても苦手、だからこそそれが激しい行動という形になって現れてしまうというふうに映画では紹介されていました。
必要なのは、その行動を抑え込むことではないんですよね。
ここが不安やったんやねとか、不安を受け止めた上で大丈夫やでと、その不安に沿い共感すること。
同情ではなくて、相手の背景に創造力を働かせ、深い部分で共感を示すことの重要性。
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これを改めて突きつけられたような、そんな感じがしました。
この映画の主人公たちは、社会福祉法人総支援が事業展開する場所で過ごす、強度行動障害の方たちです。
その中で、とても印象的な描写がありました。
映画の中では、施設にやってきたばかりの頃の職員の方に、殴りかからんばかりの激しさを見せていた方の映像もありました。
あとは、その方が十数年過ごしていた様子も映し出されていたんですけども、全然違うんですよね。
北学会の頃はとても険しい表情をしていた方。
それが今ではほんと別人のように、穏やかな表情で作業に取り組んでいる姿がたくさん映っていたんですよね。
それは、支援者との間で時間をかけて築き上げられた、ゆるぎない信頼関係の証のように私は感じました。
同時に、そこには仲間の存在もありました。
自分と同じような悩みを持つ仲間の存在が、大きな不安を安心へと変えていく。
そのプロセスは、なんだかね、我が子の未来を案じる私にとっても大きな救いになったんですよね。
この気づきは、決して障害のある方との接し方だけに留まるものではないと私は考えています。
私は普段、社会保険労務士やキャリアコンサルタントとして発信をしたり、
あとはクライアントの方の働き方だったりとか、人生に触れる機会もあります。
相談に来られる方の言葉や態度が、今のところはそういうことはないんですけども、
たとえ一見理解しがたいものだったとしても、今後そういう方がいらっしゃったとしても、
その裏側には行動や言葉につながる背景や事情がある、そう思えたんですよね。
私の場合、子育て中なんて子供と接するときとか、こういうふうに応用できるかなと思うんですよね。
すごくイライラすることとか、パニックになることってうちの子もまあまあ今でもあるんですよね。
その時にどんな不安が隠れているのかな、だったりとか、
あとはキャリアコンサルタントとしてキャリアカウンセリングをしているとき、
その方の言葉の背景にどんな葛藤があるのか。
例えば、すごく悩むっていうことって、自分の中ですごく理想とかこうありたいっていう姿があるけれども、
その姿にどうしても到達していない、その間があるから多分苦しんではると思うんですよね。
そこを同じ景色を見るようにするとかね。
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なのですごく表面的な出来事だけで判断せずに、その人の深い部分にある根っこを感じながら話を聞く。
私自身、人間関係を築くのって不得意なんですよ。
本当に不得意で、不得意ながらもこういうことを大切にしていくって時間をかけてしまうかもしれないですけれども、
時間をかけているからこそ、信頼関係が生まれてくることもあったりするのかなというのもすごく教えていただきました。
あとはその共感の姿勢ですね。
この共感の姿勢を仕事でも子育てでも最も大切にしたいと感じました。
特別なことを考える前に、まずできること。
例えば、ただ一緒に食事をしたら美味しいねと言い合うことだったりとか、楽しいね、面白いなとかね、その時々の思いを共有すること。
そんな社会のどこにでもある当たり前の日常を積み重ねることが、誰かを閉鎖的な場所に追い込まないための最も強固な土台になるのだと気づきをいただきました。
強度・高度障害の方は施設へ入所するケースが多いそうです。
ただ、専門的な支援が必要となるため、なかなか受け入れ先が見つからないという課題があるそうです。
皆さん、施設はどんなところにあるのかご存知でしょうか?
映画で紹介されていた施設は山奥にありました。
障害がある人は山奥の施設へ。
私、これを見てちょっと疑問に思ったんですよね。
果たしてそれでいいのかな?
分からないから怖い。だから隔離する。
隔離という選択は、その時は波風が立たないかもしれません。
でも、お互いを知る機会を奪うことは、社会全体の創造力を枯渇させ、さらなる不安と閉塞感を生むだけだと私は考えています。
どんなに時間がかかっても、地域の中で信頼関係を重ね、共に暮らしていくこと。
それが、いつか私自身や我が子がマイノリティの立場になった時に、安心して生きていける社会の土壌を耕すことに他ならないと私は思うんですよね。
どんな特性があっても、地域という繋がりの中で自分らしくあり続けること。
この映画で受け取った見通しという名の希望を胸に、4月からの復職、そしてその先にある働き方の研究を通じて、
誰もが排除されない温かい仕組みの在り方を模索し続けていきたいなというふうに今は感じています。
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本日はこの映画に出会えてよかったなと本当に思っています。
はい、それでは最後までお聞きくださりありがとうございます。本日も素敵な夜をお過ごしください。
金谷永子でした。おやすみなさい。