愛犬みこととの出会い
こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園N1クラブを運営している、なおちゃん先生と申します。
今回は、私の壮大なる自己回想記録。
動物好き少女がドッグトレーナーになるまで🐶第19回目をお送りいたします。
こちらは、私が大学生で夢を見つけて、ドッグトレーナーになるまで🐶5代一部。
そして、今のこのN1クラブを打ち立てるまで🐶を第2部。
そして、N1クラブ誕生から今まで🐶を第3部。
そして、壮大な自己紹介をしていくという企画になっております。
まあね、もう誰が興味があるんだっていうお話なんですけれども、
毎回この回を楽しみにしてるよというふうなありがたいお声も聞いておりますので、
第19回目をお届けしていきたいと思います。
前回までは概要欄に簡単に載せていますので、
もし良ければ以前の回も聞いていただけるとより分かりやすいかなと思います。
かなりどころどころはしょってはいるんですけれども、
人生のダイジェストのところはお話しているかなと思います。
さて、とうとう自分の城、自分の店舗、自分の会社というものを
2009年11月1日にオープンする運びになった私。
では次は何をするのかというと、看板券を迎えたい。
その思いが私をある出会いに導きました。
そう、私のこうしてもにパートナーであった愛犬美琴さんを迎えることになったわけです。
今回はこの美琴さんとの出会いについてお話をしていこうと思います。
私が愛犬美琴さんを迎えたのは2009年12月24日、まさにクリスマスイブでした。
今でもよく覚えています。
私は実は先代のワンちゃん、ステイヌの収容所からもらってきた、いわゆる純然たる雑種のワンちゃんを小学校の頃から飼っていたんですけれども、
この子を亡くした後はワンちゃんを迎えていませんでした。
このことが私がドッグトレーナーとして活躍しようと思っている中で、当時は少しコンプレックスになっていたんですよね。
自分がイギリスだったりいろんなところで経験をしてきたこと、これを活かして犬を育てたらどんなふうになるんだろう。
そういったことが非常に私は興味がありましたし、また自分の店舗を作るのであれば自分のビジネスパートナーとなるような看板犬、モデル犬が欲しいなと思っていたわけです。
私がどんなワンちゃんを探していたかというと、最初は大型犬がいいかなと思っていました。
何でだって見栄えがしますよね、大型犬ってね。
そしてドッグトレーナーさんの相棒、パートナー犬といえば、まあ中型犬から大型犬がほとんどなんですよね。
今インスタだったりYouTubeでドッグトレーナーとか見ていただいても、大体が皆さん大きいワンちゃんの方を飼っていると思います。
それはですね、やはり競技会に出たりいろんなスポーツドッグショーを取ったりするのに、やっぱり大きなワンちゃんの方がそういうのに適してるっていうこともあると思いますけれども、
当時はね、私はそんな理由で最初はね、大型犬がいいなと思ったことがありました。
保護犬みことの選択
ただですね、前回もお話ししたように、自分のワンちゃんを迎えるにあたって、大型犬だとね、いろいろとリスクが伴うなというふうに思ったわけです。
それは一番はスペースの問題。お客様のワンちゃんたちをお預かりしたりする以上ですね、自分の子でキャパシティがオーバーになってはあまり良くないというふうに思いました。
なので、そうだな、じゃあ大型犬ではなくて小型犬ということを考えたときに、特定の犬種というのはあまり考えずに、路線であったらやはり保護犬を迎えようというふうに思いました。
保護犬をね、以前も迎えていたということもあるんですけれども、やっぱり私が保護犬さんをお迎えするということで、犬種の枠にとらわれず、その子に対して何かを教えたときに、その子がどういうような才能を発揮してくれるのか、どういう学習をしてくれるのか、そこに非常に興味があったんですよね。
例えばゴールデン・レッドリーバーであれば、物をくわえる、物を持って帰ってくる、ラブラドールもそうですけれども、そういった強い本能というのがあるので、例えばボールですとかね、おもちゃですとかを教えなくても持ってきてくれる、そんなような能力が高い犬種です。
ただし、ミックス犬というのは、どこにどういう強みがあるのか、そして逆に弱みがあるのかというのがわからない状態なんですよね。
そういった子をお迎えしたときに、どんなふうに育てることができるのか、これを私は知ってみたいなというふうに思いました。
そこでね、私は団体さん、愛護団体さんを探したんですよね。皆さん、ワンちゃんをお迎えされるときに、保護犬を迎えたいなと思ったことはありますか?
そのときに、一つハードルが高いのは、どういう団体さんから迎えたらいいのか、どこから保護犬というものを迎えたらいいのか、これがわからないという方はいらっしゃると思います。
私は当時、特に保護犬の団体さんとすごく強い関わりがあるところというのがあったわけではないので、普通にインターネットで探しました。
その中で一番、私がこの子どうかなと思った子が掲載されていたのが、東京のウィグロでサトウヤボランティアをされている方でした。
このサトウヤになるボランティアさんというのは、保護したワンちゃんたちを団体さんが一つの建物の中でサトウヤさんが決まるまでお世話するというのではなくて、一般家庭の方がサトウヤに出すまでご自身のお家のワンちゃんとしてお世話するという形になったんですよね。
見事さんに関しては、見事さんのお母さん犬、千代田さんだったんですけども、見事さんのお母さん犬がブリーダーレスキューということで、ブリーダーさんから引き取られてレスキュー保護されたワンちゃんでした。
そのお母さんワンちゃんが引き取られた時に妊娠していたんですよね。お腹の中にいた2頭のうちの1頭が見事さんだったわけです。
早速私はその方にワンちゃんを見せていただきたいというふうにメールをしまして、私はこういうことをやっているものですということを提示しました。
ここがペットショップから購入するのとちょっと違うと思うんですけれども、保護団体さんとか保護活動されている方からワンちゃんや猫ちゃんをお迎えするときには、迎えたいという側の生活状況や生活環境、ルーティン、日常のルーティンなんかを聞かれることがあります。
これはですね、やはりきちんとその方がお迎えされる、サトウインナリスタイという方が経済的、そして時間的にワンちゃんや猫ちゃんに対してきちんとケアができる状態なのかということを団体さんの方も確かめた上で、ワンちゃんや猫ちゃんを譲渡するという形になっているからですね。
私はですね、自分はこういうことをやっていて、店舗をオープンしたので、そこで看板犬として一緒にお仕事をしてくれるワンちゃん、そして私はトレーナーなので、ドックトレーナーとしてのトレーニングをモデル犬としてやってくれるようなワンちゃんを探しています。
できればパピ、小犬さんからお迎えしたいですということで、その保護さんに連絡をしました。
運命の対面と決断
するとですね、すぐにお利用に返事が返ってきまして、私が美琴さんに会いに行ったのは11月の終わりでしたね。
本来は、その日に突然連れて帰ってくるということはできないがったりですとか、保護団体によってはトライアル期間といって、1日2日、里親さんの自宅で過ごさせてもらってから、本当に譲渡するかどうかを決めるというようなトライアル期間があったりするところもあるんですけれども、
美琴さんはパピだったので、生まれたばっかりというのもありましたし、あとは私の職業だったりね、というのがワンちゃんと一緒にいる時間を長く取れそうな職業であるということで、すぐにこのワンちゃんをお迎えするということが決まりました。
私が美琴さんに最初に会いに行った時に、その里親さんのお家に店に行かせていただいたんですけれども、ママ千和さんとね、あとはやはり里親さんを探している他のワンちゃんたち、そして2頭の美琴さんと、あともう1頭の兄弟の小犬ちゃんがいました。
美琴さんはね、私のサムネイルに載っている小さい白っぽいワンちゃんなんですけれども、この子は毛色がクリーム色っぽいというかね、白っぽい感じではあったんですけれども、実はですね、兄弟圏は真っ黒だったんですよね。不思議ですよね、白と黒の兄弟という感じだったわけです。
本当は私は最初はね、黒い子をお迎えする予定でした。何でかっていうと、単純にですね、顔が可愛かったから。黒いワンちゃんの方が明らかに可愛いお顔をしていたんですよね。
ただし、黒いワンちゃんと白いワンちゃんね、美琴さんを交互に抱っこしたときに、美琴さんがですね、私の手をペロペロと舐めてくれました。その時にね、あ、この子にしようかなって思ったわけです。
こういうのって、まああんまりこういう言葉を使うのはどうかなと思うんですけれども、やっぱり少し運命を感じた瞬間でした。あ、君の方がうちに行きたいのかなという感じでしたね。
当時の美琴さんはね、あの実は目と目が離れていてね、歯もガチャとしていて、なんか犬歯が前に出ちゃったりとかね。
そしてですね、涙やきも酷くて、お世辞にもすっごい可愛らしい子犬という感じではありませんでした。
ただ、なぜか強い力というかね、直感があったんでしょうね。この子をお迎えしようというふうに決めて、黒い子ではなくて、こっちの白っぽい子の方にしますということで、お家に連れて帰るということにしました。
美琴さんは実はですね、私とはお誕生日が1日違い、私が10月10日、美琴さんは10月11日、1日違いの生まれなんですよね。そこにもなんかすごく運命を感じてしまった私でした。
引き渡しができるのが生後8ヶ月以降ということですので、それ以降になってから美琴さんをお家にお迎えすることになりました。
みこととの新生活とトレーニング
私がお引き取りをした保護活動をされている団体さんの規約で、保護活動の担当の方がね、里親さんに引き渡す前に必ずその里親さんの生活環境をチェックしに行くという作業がありました。
つまりどんなところでこの上等としたワンちゃんや猫ちゃんは暮らすのかというのをきちんと見ておく必要がある。そのためのチェックをするということなんですね。これはおそらく全ての団体さんにあると思います。これもペットショップと大きな違いかなと思うんですけれども。
なので、一度2頭のワンちゃんとそしてママちわわさんを連れて私の店舗に代表の方に遊びに来ていただいたのも今となってはいい思い出だなと思います。
そうしてね、みことさんの上飛びが決まって2009年の12月24日クリスマスイブにみことさんは我が家にやってきました。小犬さんをお迎えしたことがある方だったらわかると思うんですけれども、夜寂しくなると小犬さんって泣いてしまうことがあります。
おそらくブリーダーさんからお迎えしてもペットショップさんからお迎えしてもですね、最初の数日間はサークル囲いですね。囲いの中にワンちゃんのベッドとトイレとお水とおもちゃぐらい置いておいて、泣いてもそこの場所には近づかないでくださいとかワンちゃんを出したりしないでくださいというふうに伝えられると思います。
これはある意味とても合っていることではあるんですけれども、それでもね、やっぱりそれまで大勢の犬や人と一緒に暮らしてきたようなワンちゃんは突然ある日ね、そのワンちゃんたちと離れて自分だけ夜一人でこの部屋で寝るのよという感じでサークルの中に入れられてしまうと非常にパニックになってしまって、より大きくね、吠えるようになってしまいます。
そんなことが始まってしまうことがあります。
なので私はですね、初日は自分がですね、このワンちゃんの見事さんのね、サークルの隣に布団を敷いてここにいるからねということで寝ていました。
だんだんとトイレに行ったり、そのサークルのある場所から距離を取ったりという感じで少しずつ一人でもいられるように、夜眠れるようにというふうに練習をしていったことを今でも懐かしく覚えています。
見事さんが私のお家に来たのはちょうど生後2ヶ月、3ヶ月目ぐらいでしたね、12月24日なので、なったんですけれども、今思い返すと子犬時代にすごく何かに困ったということはほとんどなかったかなと思っています。
それよりもやはり私はですね、毎日のお仕事業務が山積みで忙しかったので、見事さんに関しては本当に必要最低限のことをとにかくやるという形でした。
特に力を入れたのがトイレトレーニング、そして社会科のトレーニングでした。
トイレトレーニングは先週ね、私が通常配信の中でもお話ししたように、とにかく1個前の先代のワンちゃんが最後シニアになった時にお外でしかトイレができなくて、とてもとても家族一同苦労したので、
どこでもいつでもここでトイレをしてと言ったらしてくれる子に育てたいと思ったんですね。
なのでトイレトレーニングはコマンドでどこでもシートが1枚あればそこでしてくれるというようにできるようにお家に来たその日からトレーニングをしていました。
またクリッカートレーニングですね。これはワンちゃん自身が取った行動が正解だったら勝ちという音が鳴るという小さな道具を使って犬自身に考える力をつけさせるというトレーニングになります。
このクリッカーを使っていろいろな物事をみことさんと意思疎通をしながら教えていきました。
さらにですね、社会科トレーニング。これはみことさんが半分強いということもあって、きっと警戒心が強くなったりちょっとね、ひびりな面があるだろうと思っていたので、なるべく小さな時からいろんなところに連れて行ったり、いろんな人、犬、物、子と経験値を積ませるようにしていきました。
具体的には、いろんなところにみことさんを連れて行きました。
小犬さんはやはり小さくてかわいいので、とても話しかけられやすいんですよね。話しかけてくる人に吠えたり怖がったり警戒したりしないように、いい子で挨拶ができる。それができたら吠えておやつあげるというようなことも繰り返ししていました。
みことさんに対してはね、こういうことを小犬のうちにやったら一体どういうふうにこの子は行動してくれるんだろうということを本当に手探り状態で、あとは答え合わせですね。今まで自分がやってきたこと、学んできたこと、逆にお客様にお伝えしてきたことがどれだけ自分のワンちゃんで実践ができるのか、それを一つ一つ検証していく時間になりました。
「みこと」という名の意味
あっという間に年が明けて、みことさんはどんどんどんどん成長していきました。私にとっては本当に唯一無二のかけがえのないパートナーになったなというふうに思っています。
彼はそうですね、半分ちはわだったんですけれども、半分のお父さんのちは何だかわからなかったんですよね。そして、なんて言うんですかね、高いワンちゃんでもないですし、ちゃんとした血統書があるわけでもないですし、犬種もいまいちわからない。
そんなみことさんに私がみことという名前をつけたのは、あなたはこの世でたった一つの命。生まれがどうであっても、親がどうであっても、それは関係ない。あなたが持っているその命を一生懸命、全身で煌めかせていきたいし、煌めかせてほしい。
そういった思いで、この世でたった一つの大切な命ということで、みことは命という字を漢字で書きます。
我ながらいい名前をつけたなというふうに思っていましたけれども、その命が失われて早くも3年になりますが、今でも彼は私のたった一つの大切な命であり続けていますね。
本当に本当にたくさんのことを一緒に乗り越えて、楽しかった時もつらかった時も、いつもそばにいてくれた。そんなものを言わぬ、心で語る、目で語る、そんな愛犬、小さなジャイアントみことさんでした。
今回はほぼほぼみことさんの話になってしまいましたけれども、彼がこのN1クラブワンコの秘密基地の看板犬として、そして私自身のモデル犬、私とのパートナーということで、本当に長年連れ去ってくれたことには感謝しか今でもありません。
またね、ここでみことさんのお話をこれだけできたのはとても嬉しいことだなと思います。もうね、最近になって私とつながってくださった方は、このみことさんがどんなワンちゃんだったかっていうのはね、きっとご存知ないと思いますので、改めてこちらで語らせていただきました。
ということで今回はここまでにしたいと思います。最後まで聞いていただきありがとうございました。