スピーチコンテストの現状
冒険家の皆さん、おはようございます。今日はですね、今日も落雷に揺られて灼熱の砂漠を横断していらっしゃいますでしょうか。
今日は2023年の6月19日ですね。インドでは午前8時46分を回ったところです。
今日もですね、音声配信むらスペを始めさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。
今日お話ししたいのはですね、人工知能がスピーチコンテストの格差をなくす可能性があるということですね。
これを話そうと思ったのは、やっぱりチャットGPTとかをですね、あんまり使ってないように思われる
その語学教育関係の方がですね、スピーチコンテストにチャットGPTを使わせてはいけないというようなことをね
ツイッターとかで書いていらっしゃることがあるからです。というよりも、それを使われてしまったら
気がつかないので、どうすればいいだろうかとか、そういう悩みを書いていらっしゃるような方も
見かけたことがあります。でもね、ちょっとね
ここで皆さんに振り返ってほしいんですけど、今まではどうだったかっていうことですよね。
今までもスピーチコンテストの原稿っていうのは基本的には学習者が一人でね
最初から最後まで全部書くっていうことはあんまりなかったんじゃないかと思います。少なくとも
スピーチコンテストで優勝するぐらいの人はですね
いろんな日本語の先生方が
添削したり、あるいは話し方の指導をしたりとかですね。あるいはその日本人の友達がいたら、その友達がね
原稿に手を入れたりとか、そうやっていろいろ手伝っていたのが現実です。
ただですね、これは別にね、それが悪いことだと言ってるわけではないんですよね。
もちろん日本語教師の方、友達の方が善意でやっているのは間違いないと思いますし、それからそれがですね、その学習者にとって
すごく大きな成長の機会になっているということもそれは間違いないと思います。ですので、そういう手伝ったりすることをね、日本語教師や
日本人の友達がスピーチコンテストの出場者の原稿とか練習に協力するのが悪いことだとは私は全然思わないんですよ。
だけどそれと同じ意味で、チャットGPTが手伝っちゃいけないとも思わないんですよね。
では何でかというとですね、やっぱり日本語教師の方にもいろいろな考え方の方がいらっしゃるわけですね。
中には、ちゃんと教師はそういうことを手伝いをするべきではなくて、学習者が自分の実力でね
やるべきだというふうに考えていらっしゃる方もいらっしゃいますよね、実際ね。
例えば海外の場合は、同じ大学とかそういうところに日本人の留学生がいるかどうか、それでもだいぶ違いますよね。
日本の国内にいる場合でも、やっぱりその性格によって、友達とか先生とかに協力をお願いできない人もいる。
もちろんできる人もいますけどね。そこで大きな格差が生まれてしまっていたというのが、これまでの現実だったと思います。
格差の解消
つまりですね、そのチャットGPTを使うにしろ使わないにしろ、こういう格差があって、そういう恵まれていた人だけ、自分の実力だけではなくて、
そういう環境に恵まれていた人がスピーチコンテストで勝つことができていたという、そういう不公平とか格差があったというのはもう間違いないと思うんですね。
ここでですね、そのチャットGPTだけを禁止するというのは、僕はかなりその格差をそのまま残してしまう構造になるので、僕はあまり良いことではないと思っています。
なんでかというと、そのチャットGPTはね、もちろんインターネットを使えない人というのも、それは人口の中にはまだ何パーセントがいるみたいですけどね。
でも結構、途上国でもかなりの、このインドでも9割ぐらいの人がインターネットにはアクセスできるわけですし、しかも日本語学習者に関して言えば、もう全員がインターネットを使えると思っていいと思うんですよね。
それでもね、もし仮に1%とか2%の人がチャットGPTを使えないにしろ、たとえそうだったとしてもですね、
例えば先生に手伝ってもらえないとか、日本人の友達がいないとかですね、
そういう環境に恵まれていない人たちは、それよりはるかに多くの人たちがそういう環境に恵まれていない状況にあったと思いますので、
僕はこのチャットGPTをスピーチコンテストで許可するっていうことは、その格差を広げることではなくて、むしろ格差を解消する、
完全には解消しなくても、少なくとも軽減する可能性があるので、僕は許可するべきだと思っています。
そうすると、今度は逆の心配、別の心配がちょっと出てくると思うんですよ。
それはどういうことかというと、今度はある程度チャットGPTを使っている人たちはですね、こんなふうに反論してくると思うんです。
そんなね、チャットGPTかなんかにスピーチコンテストの原稿を書かせたら、もうそれはね、みんな薄っぺらいね、
本当にチャットGPTでも書けるような、そういう薄っぺらい内容のものしか出てこなくなって、
それは審査員は地獄ですよ、みたいなね、そういう反論も出てくると思います。
僕はね、これもある程度正しいと思います。本当にね、チャットGPTが書くことっていうのは本当に一般論なんですよ。
一般論ね、誰でも書けるようなこと。
なんでかっていうと、チャットGPTには自分の固有の体験とか主張とかそういうものがないからなんですね。
なので、そんなものを大量に読ませる審査員の立場がかわいそうっていうのは、そこは僕もある程度理解できるところがあります。
しかしですね、それは多分最初の1年だけだと思います。
なんでかっていうと、スピーチコンテストには必ず勝ち負けがあるからなんですよね。
つまり、1年目の薄っぺらい内容ばっかりで、本当に審査員が駅役してしまうような、そういう事態を乗り越えるとですね、
つまり最初のその年に何が勝って何が勝てなかったかっていうのが明らかになるからなんですね。
これはですね、つまりチャットGPTに書いてもらったとか、チャットGPTを使って原稿を作ったとして、
その中でも勝てるものと勝てないものがある。
じゃあ、勝てた作品とそうでない作品の差は何だったのかということが、最初の年にそれはみんな気が付くと思います。
それはね、やっぱりあの固有の体験とかなんですよ。
かつ、私はこういう人間なんですとか、そういう主張ですよね。
それはね、チャットGPTにはそれがないんですよね。
なので、それはそのスピーチコンテストの人が、そういうものを自分で考えて、
それをチャットGPTにインプットして、それで仕上げさせるっていうね、そういう作業が必要になってくると思います。
やっぱりですね、もう何度も言いますけど、一般論ですよね、一般論。
誰でも言えるような、チャットGPTでも言えるような薄っぺらい内容の原稿ではスピーチコンテストは多分勝てない。
その中にちゃんとね、自分の固有の体験とかが入っていて、私はこういう人間なんですとかね、そういうのが明らかになっている原稿とスピーチとね、
そうじゃないチャットGPTしか使ってない、そういう薄っぺらい内容のものでは、もう圧倒的に違いがあります。
なので、もうこれはですね、本当に繰り返しますが、最初の年にその名案というのははっきりわかると思います。
チャットGPTの限界
それは逆に言うとチャットGPTの使い方の一つの例として、全ての参加者にこういうふうに使えばいいのかということがわかってくるんじゃないかと思いますね。
ただし、ここでもね、いつも同じことを言っているんですけど、自分がわからない言葉は使わないっていうのはもう鉄則として、
チャットGPTを使う人もあるいはスピーチコンテストを主催する人も、そこは留意しておいたほうがいいと思います。
それはわかるのかというと、それは多分わかりますよ。
なんでかというと、スピーチコンテストの場合は必ずスピーチがあるわけですよね。
そこには抑揚とか息の切れ目とかそういうものがあります。
やっぱり、チャットGPTに書いてもらって、すごい美しい立派な言葉、難しい言葉をたくさん使って原稿を仕上げて、
それをただ棒読みしているだけでは、これもまたスピーチコンテストでは絶対勝てないわけですよね。
内容がいくら素晴らしくても、実際の意味の切れ目と行き継ぎの場所とか、そういうところがずれていたりしたら、
それはスピーチとしてあまり良くないので、スピーチコンテストではやっぱり勝てないと思うんですね。
なので結果的には、ちゃんと自分の理解している言葉だけでスピーチの原稿を作るということになるだろうと思いますし、
あるいは、原稿を作った時には理解できていなくても、それをちゃんと理解した状況で練習して、
そういう段階を踏んだ上でではないと、ちゃんとしたスピーチにはならないというのも確かだと思います。
ですので、多くの方が心配しているように、チャットGPTを許可したらスピーチコンテストがダメになってしまうというか、
そういうようなことは、僕はあまり心配しないでいいのではないかと思います。
むしろですね、スピーチの質を高めること、そして今日の本題ですけど、スピーチコンテストのこれまであった非常に大きな格差を解消する、
そういう可能性もあるのではないかと思います。
それでは本日の村スペはここまでになりますね。
最後にちょっとお伺いしてみたいんですけど、リスナーの皆さんもですね、
チャットGPTを許可してスピーチコンテストを開催してみたいと思いますでしょうか。
もしそう思う方はぜひコメントなどをいただければと思います。
それでは今週も良い1週間をお過ごしください。
そして冒険は続きます。