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おっすおっす、おはようございます。
こんにちは、こんばんは。
こだまこまちプロジェクトのもおちゃんでございます。
4月22日火曜日の夜に収録をしております。
いかがお過ごしでしょうか?
今日4月22日は、アースデイという日なんですよね。
世界193カ国で、10億人の方々が一斉に地球のことについて思いを巡らす日。
東京なんかでは、代々木公園でたくさんのフードトラックが集まり、
そしてパフォーマンスが繰り広げられ、みんなで地球について考えたり、
そして自然や未来のことについて思いを馳せる、そんな日だったんですよね。
このアースデイに寄せて、そして今日もおちゃんは一つ節目を迎えた。
それは何の因果か、今日という日に僕は引っ越しをした。
これまで3年間ずっと僕を包み込んでくれた、そんな部屋が空っぽになり、
物がなくなった部屋で喋る声は、壁にあたってこだまし、反響し、そして響いた。どこまでも。
そんな部屋にいた時、僕の中には、僕が地球と出会い直したそんなエピソードが、
この部屋、この大地に記録として、記憶として刻まれた。
それを今日は語ってみたいと思います。
ということで始めていきましょう。
この番組は4月27日に自然あふれる高尾山でCNPトレカ交流会を開催したい。
そのためにクラウドファンディング先日完売恩礼、大成功を収めましたヒカさんを応援しております。
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ヒカさんいつもいつもありがとうございます。
この空っぽになった部屋、思い返すといろんな思い出が詰まっています。
寂しかった思い出、安心した思い出、イライラした思い出、幸せだった思い出。
この部屋は、僕の様々なひきこもごもな感情を一緒に包み込んでくれた、そんな場所だったんですよね。
この3年間の中で、この部屋に泊まった人が何人かいました。
いずれも男です。
そのうち1人は21泊連続でしていった。
その男は21泊した後、3ヶ月後もまたこの場所へやってきて、とかいうのを繰り返し、全部で3回この場所に滞在をした。
そんな男がおりました。
今日はですね、その男について話をしてみたいと思います。
夢をかなえる像という本があるのをご存知でしょうか。
この本には、ガネーシャと言われるインドでは有名な像の神様が登場します。
その神様がとある青年の家に転がり込むことから、この物語はスタートするんです。
職場で全然冴えない、いや人生そのものが全然冴えない、そんな青年がおりました。
その青年にガネーシャは毎日毎日一つずつアドバイスを渡していくんです。
一番最初のアドバイスは、靴を磨けでした。
当時彼はボロボロの身なりをしていたので、周囲から見られる目も一目置かれるなんてことはなかったんですね。
ただ、その中で靴を磨いていったピカピカの靴で出勤をしたその時、なんかこの人変わってきたかも。
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そんな変化が見られたんですね。
そしてガネーシャは一つずつ一つずつアドバイスを渡していき、青年は瞬く間に出世していく。
様々な仕事を任せられ、というようなストーリーです。
その時、僕の家に転がり込んできたその彼は、その男はまさに僕にとってのガネーシャだった。
彼は当時、僕のメンターを務めてくれたんです。
彼にメンターを頼むには、相当な大金を、僕にとっては少なくとも、僕にとっては大金を積まねばなりませんでした。
何十万円という、そういう金額を積んでメンターになってもらっていたんです。
そこまで僕の心を掴んで話さなかったその彼は、メンターはどんな男だったか。
それは、家を手放した人だったんです。
スマートフォンを手放したっていうことだってありました。
お金を手放すということすらもした。仕事も手放した。
そうやって、すべてのものを極限まで手放し続けた。
そんな男だったんですよね。
僕は、彼の思考回路が全くもって理解ができなかった。
しかし、彼の発する一言一言には力があった。
そのように感じた僕は、彼に教えをこいたいと強く願った。
そうして、僕はメンターをしてもらいました。
彼はお金を手放したとはいえ、小額の仕事は受けず、大きな金額の仕事をひたすら受けている。
そんな人でした。自分には価値がある。
自分の1ヶ月には100万円の価値がある。
そのように伝えていました。
だから、メンターをするとしても、1ヶ月何百万と取ったっていいんだ。
でも特別に君には何十万円かでやってあげよう、みたいな。
そういう人でした。
もうよくわかりませんね、その辺はね。
まあいいんですよ。
その彼が僕に残した数々の教えの中で、一番僕にとって心に残った金言があったんです。
それは、「もうちゃんの幸せは誰にも奪うことはできないよ。」この言葉でした。
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当時僕は詐欺に遭い、借金に借金を重ね、もうとてもじゃないけど、家族にも誰にも言えないような金額の負債を抱えていました。
その金額、総額1億円です。
これは僕に何かメリットがあったかと言われたら、全く持ってありませんでした。全く持って。何もありません。
でも僕はそれを詐欺に遭ったというのは、ちょっと語弊があるかなとすら思っています。
だってその時、僕はその人を信じたいと思った。
だから、まあね、その時の自分は何かおかしかったとは思う。精神も不安定だった。
でもその人を信じた。信じることで救われた当時の自分もいたはずなんだ。
だからそういった意味では、僕自身もしかしたらどこかで救われたことがあったかもしれないから悪くは言わない。
でも僕はその時、多額の負債を負った自分を犯罪者だとそのように思った。
自分は何てことをしてしまったんだ。生きている価値がない。
家族に会わせる顔もない。説明ができない。
一人でこの大きな大きな重荷をずっとずっと背負っていたんです。
だからずっとドキドキしていました。
もうちょっとでも話しかけられようものなら何か言われてしまうんじゃないかと思ってずっとドキドキしていました。
そしたらですね、不思議なことにですね、友達といても職場の仲間といても楽しいことを何かしていたとしてもずっとドキドキしてるんですよ。
むしろこのドキドキを感じること、不安感、緊張感を感じることが自分が生きていていいんだという証、
つまりこれこそが墨滅ぼしなんだということをずっと思っていました。
そうしているうちに僕は事故にあったり病気をしたりしていくんですね。
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そんな時彼が僕に言ってくれた言葉が、さっきのもうちゃんの幸せは誰にも奪うことはできないんだよという言葉でした。
ああそうか、僕はほっと胸を撫で下ろしました。
そしてどこか浮ついた気持ちでいたフワフワしたその足を地面にようやく下ろすことができたんです。
そして僕は家族にそのことを打ち明けることができた。
まあこんなストーリーがありました。
そしてようやく地に足がついたもうちゃんは少しずつ少しずつですが、
この街で今しか感じることができないことを一つ一つ味わっていこうというふうに思うようになりました。
僕は自然のお医者さんになろうと決めた。木のお医者さんになろうと決めた。
この自然環境をこれからもずっと守り伝えていこうと決めた。
だからもうちゃんはその土地でじっくり腰を据えて観察をすることを始めたんです。
当時そのメンターに言われた言葉があった。
それは知る者と歩く者は違う。
知る者と歩く者は違う?どういうことなんだ?
尋ねてみると机の上でどんなに本を読んだって現地に行って
その場所をその土地を歩いたその土地の記憶を吸い上げた人には到底かなわないんだとそういうふうに言われました。
もうちゃんは小学校教員を11年間東京でしてきました。
この教員という生き方はある意味で歩く者でありながらある意味では知る者であったように思います。
それはね子供たちに何かを伝えるため大人たちに何かを伝えるため教員というのは実際に経験をしたことがないことであっても
それをあたかも自分が経験をしたんだというようなくらいな感じで人に伝えていかなくてはならなかった。
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だからどこか僕は不思議だった。経験をしたことがないのにこれを話すなんていうことはしていいのか?
例えば東日本大震災の話、僕は津波を経験したわけではない。
確かに地震震度6、7そういったものを感じたけれどその話をして良いのかどうかということをずっと僕は違和感を持ちながら教団に立っていた。
だからもうちゃんはしばらくしてから被災地を取材しに行ったんです。
一つの授業を作り上げるためにわざわざ被災地まで行き、そこで被災地のボランティア、復興支援ボランティアをし、
そしてその町の人たちに聞き込み調査をし、生の情報を仕入れて授業を作っていきました。
こんな経験すらありました。
教員というのはそういう自分で足を運んで取材をするということをしなければ知るもので終わってしまうことだって往々にしてあるんです。
だからもうちゃんはそれがでもそれが正義だと思ってた。わからなかった。
自分がただの知る者なんだってことわからなかった。だって仕事は毎日楽しかったしそれなりに評価をいただいていたしね。
でもある時から違うってわかった。それはその彼がメンターが僕に言うんですよ。
知る者と歩く者は違うんだって。
彼はお金を持たず風来坊の寝なし草。文字通り日本中を徒歩で歩いて旅をする。
寝るのは友人の家だったりまた初めて会う人の家だったり。
野宿はつらいと言いながら誰か今日泊めてくれる人を探しながらの旅をずっと続けてきていた。
そしてイギリス、ロンドンでも旅をし、そして帰ってくるわけです。日本も旅をして。
そんな彼だからこそ言うことができたのでしょう。
知る者と歩く者は違う。
モーちゃんはこの土地で歩く者になれたんだと思います。
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ずっと興味を持っていた自然というもの。
でも僕はまだ自然と出会っていなかった。地球と出会っていなかったんです。
彼に出会って知る者と歩く者の違いを聞き、この場所に二本足で立つことができて、落ち着くことができて、そしてようやく歩く者になれた。
この土地で自然のために何ができるのか、自然の中で暮らすとは何なのかということを、僕はようやくその意味を紡ぎ取ることができるようになったんです。
そしてモーちゃんの地球との出会い直しというものが始まった。
今日4月22日はアースデイです。
全世界193カ国、約10億人の方々がこのアースデイのイベントに参加をし、そして何か地球に思いを馳せています。
僕は知る者だったとき、地球のためにやれていることといえばレジ袋をもらわないとかですね、それくらいだったかもしれません。
たまに山を登るときにはビニール袋を持って歩いてゴミを拾って帰る、そんな程度だったのかもしれません。
しかしそれは自然の中で生きていないからこそできることというか、自然の中で生きていないからそれくらいのことしかできなかったんでしょう。
ただそれは知る者の行動だったといっても過言ではありません。
モーちゃんは今歩く者になった。そんな僕は地球のために何ができているだろうか。
絶えず僕は自然の中で暮らしているというその意識を持つことができている。
そして畑をやり畑もまた自然にできる限りダメージを与えない方法でやらせていただき
そして取れたものをいただく何か食べたいものを選ぶのではなく
今何が旬なのか旬なものを買わせていただくまた畑でその日取れたものを調理していただく
自分自身で選ぶ選択をするということが随分と減りました。
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そしてその心地よさに体が適応しそしてその大切さというのをこうしてラジオに載せて
毎日毎日発信をするようになりました。
僕の暮らしはまだまだ時給時速にはほど遠いしまだまだこれからこれからしていきたい暮らしはある。
でも僕はこの土地でようやく歩くものになった。
歩いていると景色が変わっていく。
その都度その都度自分がこの自然の中でできることっていうものがどんどん見えてくる。
今やっているこだまこまちプロジェクトもその一つ。
僕がこの田舎で見た景色をファンタジーという大きな大きな一つの風呂敷の中に織り込んで
僕は物語を包んで伝えています。
いかがだったでしょうか。
最後まで聞いてくださったあなたぜひいいねやフォローで足跡を残していってくださいね。
さあ本日アースデイ。
デジ袋をもらわない。
エコバッグを使う。
割り箸ではなくマイハシを使う。
などなどさまざまに環境のためにできることというものは叫ばれていると思います。
しかしそれはおそらく知る者による環境保全活動。
もちろん大事なことであるかもしれません。
それが効果的なのかどうなのかよりも大切なことは自分自身がこの自然のために何か配慮をしているというそんな思いなんです。
知る者であった時のその思いと
それから歩く者になった時のその思いというものは何ら変わることはないんですが
歩く者としてできることは明らかに進化した増えた深みを得たそのように思っております。
4月28日はこなまこまちプロジェクト1周年記念でございます。
その時に向けてメールマガジンというものを今準備をしようとしております。
これから多くの方々にメッセージを伝えて
そして僕の畑で採れたものや僕の仲間が作った安心安全な食材食品こういったものもお買い求めいただけるようなそんなそんなメールマガジンにしたいと思っています。
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それから何かこう自然の中にいなかったとしても自然の中に入りたくなるまた自然の中に行っていくような意識してしまうようなそんな発信をしていきたいと思っております。
もちろんこなまこまちプロジェクトの最新情報また優先情報優先チケットなどねそういった話もしていきたいと思っております。
ということでお時間をいただきありがとうございました。
お相手はこなまこまちプロジェクトのもうちゃんでございました。
またお会いできることを楽しみにしております。
今日も素敵な一日をお過ごしくださいませ。
あなたとあなたの大切な人に森の精霊の我が子が訪れますように。