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2024-06-15 15:58

#53どろだらけになって遊び倒したら・・・

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00:08
オスオス、おはようございます。 こんにちは、こんばんは、もおちゃんでございます。
ライブ配信始めていきたいと思います。 今日もよろしくお願いいたします。
いやー、今ですねー、 皆様のスマホの画面にも映っているようにですねー、
田んぼの中でドロンコ運動会っていうのをしてきたんですよ。 いやー、これね、面白かった、楽しかった。
あの僕のですね、住んでいる町の教育委員会の中にある地域教育推進協議会っていうめちゃくちゃ長いですね、
難しそうな名前の組織で、僕は運営委員をさせていただいております。 その運営委員、
いやー、この仕事って、 地域のですね、子供たちのために学校では学べないようなこと、できないようなことをね、
体験としてさせてあげていきましょうっていうようなものなんですけれどもね、 これがさー、
面白いんですよ。 本当に面白いんですよ。新鮮味がめっちゃあるんですよね。
今日は、田んぼの中で運動会をしましょうなんて言ってですね、 やらせていただきました。
このドロンコ運動会は、昨年、 雨で中止になったんですね。
今、この運動会が終わった午後からもですね、雨が降っているので、なんとかギリギリできた運動会、イベントだったっていう感じではあるんですよね。
今年はそれができたということで、良かったなぁと思っております。
このドロンコ運動会、僕ね、やりながら、 ああ、そうだったなーっていうことを思い出したのでね、
まず今日はそのことをね、お話をしてみたいなーって思っているんです。 僕ね、小学校教員をしていたんですよ。これでもね、こう見えて、
はい、やらせていただいておりました。 そんな時にね、
言われていたのが、子どもたちと遊ばないでくださいっていうようなことを言われたことがあるんです。
教員として、大人として子どもたちと遊ぶっていうのは、とても大事なことであって、 それを否定されているわけではないんですけれども、
こうしたですね、水遊び、川遊び、それとか、キョンみたいなですね、泥遊びみたいなものになってくるとですね、
03:05
先生、ちょっとあなた、子どもたちと一緒に遊びすぎです。 なんていうふうに言われるわけです。
そうするとですね、何が起こるかっていうとですね、 子どもたちの誰かが怪我をしてしまったりとかしたら、すぐにあなた動けるんですか?
ということなんですね。泥だらけになりすぎちゃったりとか、 水を浴びすぎちゃったりとかしたらですね、
それがですね、あなた、目が行き届かなくなるでしょ?と。 それから、目が行き届かなくなるだけじゃなくって、すぐに急に動けなくなるでしょ?
っていうようなことを言いたかったんですよね。 確かにそうなんですよ。グーの音も出ません。
子どもたちとめちゃくちゃ遊んじゃうとですね、 もうね、動けないんですよ。クラスの担任として。
なので、遊びも節度を持ってというかですね、 加減をしてやらなくちゃいけないっていうことがありました。
今日もですね、決してすべてをかなぐり捨ててですね、
とにかく遊べばいいやっていうわけではない立場でもあるんですけれども、 それでもですね、大人の部っていうのがちゃんと用意されててですね。
大人の部では子どもたちの見本になるくらいですね、 泥だらけにならなくちゃならないっていうね、
そういう体を張った仕事もありまして、 僕はですね、すごくそれが楽しかったんですよね。
ああそうかと思いましたよね。 子どもたちと遊ぶっていうことが僕にとってはすごくまあ似合うんだなぁ
なんていうこともなんか思いました。 後でね、写真をいただいたんですよ。
子どもたちと遊んだりとか、子どもたちと話したりとかしている写真をいただいたときに 僕は実はやっぱり
子どもたちと一緒にいるっていうのが 似合ってるんだなっていうことをね、なんか客観的に見て思いましたね。
ただその学校現場というわけではないのかもしれませんけれども、でもなんか一つその 自分の生きていくですね、その道っていうものが
なんかチラッとそこはかとなく見えたような気もした今日1日でございました。
今日ですね、ドロンコ運動会の時に地域教育推進協議会のですね、会長さんがおっしゃっていた言葉が非常にですね、僕にとっては印象的でした。
どんな話だったかって言うとですね、泥に触るっていうのは例えば脳に良いんだとか、いろんなこと言われていますけれども、そんなのは今日は全部忘れてとにかく楽しんでくださいとおっしゃったんですね。
06:11
でね、これは本当にいいことだなぁと思いましたよね。 もうね、全部こうね、はい、取っ払ってですね、ただただ楽しいからやる。
意味があるかどうかっていうのは後でわかることもいっぱいありますよ。 でも意味があるからやるのではなくって、意味がなくてもやるんだよって、意味がなくても楽しそうだからやりたいんだよっていうね。
さあ、それだけでもいいんだよねって思いました。 で、そしたら今日という時間が本当に楽しいものとなって一日終わっていきます。
で、それ以上のことはもしかしたらないんだろうなって思いました。 でね、人生がさ、毎日毎日がさ、なんかこう
意味があるからこれをやる。 で、満たされるの方がいいのか、それとも意味があるかどうかわかんないけど、とにかく楽しいからそれやってみるんだ。
どっちがなんかいいんでしょうかね。どっちも大事ですよね。どっちも大事ですよ。どっちも大事っていうことが大事なことだと思うんですね。
つまり、意味のあることばかりしましょうっていうことでですね、効率的に組まれたものだけではなくて、そうではないところにもすごく価値があるものなんですよね。
で、学校に勤めていた時を振り返るとですね、 休み時間とかさ、そのなんかちょっとした何にもない時間みたいな、何でもない時間。
学校にはそういう隙間があるんですよ。 これはね、新型コロナウイルスが流行って、オンライン授業に切り替わった時にわかったことなんですね。
これは全国の先生たちが、ああ、学校の意味ってそこにあったのかっていうことに、 ようやく、初めて気がついたって言っても過言ではなかったんですよ。
それは実感を持って気がついたんですね。 それは、学校は授業を受けるところだと学校の先生たち思ってたんですけども、
実は学校でしかできないことっていうのは、授業と授業の合間のあの5分休み、10分休みか、10分休みだとか、授業が起こってないところでの、なんかこう何でもない時間。
あの時間の時に、次の授業の準備しなさいだとか、そんなこと言われたりもします。お手洗いに行って準備しなさいとかって言われたりもしますけれども、その時間に起こっている、隙間、合間の時間。
09:07
何でもない時間に起こっているのは、友達とのおしゃべりだったり、ぼーっとする時間だったり、友達がなんか楽しそうにやっているのをただただ見ている時間だったり、時には喧嘩が起こるかもしれないけども、そういった時間も含めてですね、豊かな時間になったわけです。
そして、オンライン授業になると、本当に授業があって、その授業が終わってしまったら、もうポチッと切れてしまうんですよね。で、はい、じゃあ今日はここまで。もうゆとりの余白の時間がない。で、また授業が次の授業が始まるときに、はい、始まりますとか言って、で、このところがですね、こう余白がない時間ばっかで構成されていくわけですね。
で、僕たちそのオフライン、つまり学校に行くリアルな学校での過ごし方がクワッと変わったんですよね。何が一人一人にとって意味があるのかっていうのがわかってきたんですよね。
僕もですね、その時に、なんかこう、一人で、なんていうかですね、授業をオンラインでね、して、そして終わってしまう。そんな毎日、雑談がなくなるんですよ。そうするとですね、心がですね、結構固くなっていくんですよね。で、弾力がなくなっていくっていうのはいい感じでしょうかね。
きっちりきっちりきっちり時間でいろいろやるべきことはやるっていうような形です。なんですけども、なんかこう人と話すことによってのこの心がぐにゃんぐにゃん、ふわふわ動くような、そういった弾力を失ってしまったように思いました。そうなるとですね、結構不安とかにも襲われたりするんですよね。
そして、ちょっと強めなニュースが入ってきたりとかすると、鵜呑みになって信じてしまうなんていうこともあったりします。
例えばですね、ちょっといい投資の話があるよみたいな、そういう話だったりとかですね。いい物件があるよみたいな感じになると、何ですか何ですかみたいなふうにですね、言っていくわけです。
なんでそれがそうなっちゃったのかっていうと、心に弾力がなくなってきたからですね、カチカチだったから、だからですね、相手の言っている情報がグッと入ってきて、それを聞かなきゃいけないようになっちゃうんですね。なんかちょっとカチカチだから不安だったんでしょうね。
12:13
だから、この心をほぐすようなことを別の方向、別の角度で求めていったのかもしれませんね。なんていうことがエピソードとしてありましたよと。
今日のですね、ドロンコの話に戻りますと、泥だらけになって、泥だらけになりたいからなるんですよね。泥だらけになってですね、何かいいことがあるかって言ったらですね、特にない。特にないわけですよ。泥だらけになっていいことって何だろう。顔パックとか泥パックとか、そんな感じかもしれませんけども。
まあとにかくそんなもんないんですよ。ないんだけれども、いいんですよ。それで。それをね、僕は今大人になってですね、また子供たちと遊ぶことによってですね、学ばさせられているところです。子供たちから学ぶことって多いよね、なんていう話がありますね。
これね、想像がつかないことがいっぱいあるんですよ。子供たちから教わる、子供たちから学ぶ、何それって。普通に授業をしたりとかですね、普通にですね、国語とか算数とかそういうことばっか考えてるとですね、そりゃあですね、知識的に子供たちよりも、そりゃ大人の方がありますよ。人生経験だってありますよね。
だけどね、そこを学ぶんじゃないんですよね。子供たちから学ぶことっていうのは、実は心を学ぶのかなーなんていうことを思ったりもしています。子供たちってさ、自然なんですよね。自然体なんですよね。彼らの笑顔は何を作ろうわけでもなく、ただ純粋な笑顔です。
なんかそう思うとさ、僕なんかもう、お腹を抱えて無邪気に笑い転げた日って、最近いつだったんだろうって思ったりするだけですね。決して楽しくないわけじゃないんだけれども、もう何も考えず、何も考えずですよ。不安もゼロです。
なんか何にもなくさ、はっはっはっはって心の中から、もう腹の底から笑うっていうことの経験って、もう本当にいつ以来だろうっていうぐらいないわけですよね。そんなさ、まあ、中でございますから、今日のですね、意味もなく泥だらけになるっていうですね、時間がなんとも新鮮で、
良かったなぁと思うわけでございます。はい、ということでいかがだったでしょうか。今日は泥だらけになって遊び倒したら、なんていう話をさせていただきました。僕にできることはですね、体を張るということしかできないんですが、そんなこともないんだけども、
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体を張ってですね、まあ、この感性だとかですね、コミュニケーションとかでですね、人とつながっていくっていうことが、やっぱり僕の生きる道なんだろうなぁなんていうことをね、やっぱり改めて思わせていただきました。はい、ということでいかがだったでしょうか。お時間が来たので、今日はこの辺にしたいと思います。
お相手はもーちゃんでございました。ブリコラのサラダ味だてでございました。またお会いできることを楽しみにしております。今日も素敵な一日をお過ごしくださいませ。
15:58

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