はい、こんにちは。こんにちは。
ポッドキャスト始まりましたね。はい、今月も始まりました。始まりました。
今、背景で音楽がかかり始めるんですけど、拍手とともに始まりましたね。そうですね、迎え入れられて。迎え入れられて。
ジャズのライブのYouTubeを見ながら今話しているので、その音がちょっと背景に入りつつ話しましょうか。
久しぶりのジャズですね。
なんかちょっとゆったり春に、春の午後、ジャズを聞きながら話すということで、今日も行きましょうか。
今日は、読書とランニングのイベントがあったんですよね。お昼ぐらいから。
はい、そうですね。
池尻じゃなくて、ノースペーススフィアで、去年やったイベントの今年版をまたご一緒いたしまして。
はい、第2回ですよね。
ライターの宮田さんにゲストに来てもらって、イラストレーターの吉田さんにも来てもらって、春ちゃんも朗読をしてくれて、本の話をしたり、ランニングをしたり、コールドプレスジュースを飲んだりして、結構満席でみんな来てくれて。
そうですね、ノースペーススフィアのイベント会場ですかね。席が途中で足すぐらい、いろんな方が来てくださいましたね。
そうですね、気軽にみんな来てくれてよかったなと思います。絵が今日のためだけに吉田さんが描いてくれたイラストがあって、エレベーターの扉と内側と会場のガラスのディスプレイに大きくボーンと飾られてたんですけど。
すごい大きいイラストが。
そんなイラストも制作して見ながら、話しながらという時間が過ぎて楽しかったですね。
楽しかったですね。イラストも会場にあったのは、この日のためだけに制作してもらったものなんですよね。
そうですね。
贅沢だな、贅沢なイベント一日だなと思って。
この日ここに来たら見れる。一部インスタグラムでも告知とかでちょっと出てますけども。
イラスト自体は見れるんですね。
またこういうのやれるといいですね。
朗読も今日は3本やって。
そうですね。今日私が朗読させていただいたんですけど、3本全く違う話を読ませてもらいました。
どうでしたか?朗読してて、これは良かったとか感じたことってありますか?
まず一つ目に、席が満員で皆さんがぎしっと集まって座ってられたので、
読む時も皆さんの熱をすごい感じたんですよね。
席に満腹に人がいるところよりも、部屋の中が埋まっているっていうのを、
多分無意識的にですけど、声を出す時にその圧を感じているというか、
ある意味そういう意味でのいつもとは違う緊張感とか、熱の感じがして、
それが自分の声にも乗ったなって感覚がすごくあったのが、なんか新鮮な気持ちだったのと。
あといつもって、結構ストーリー性のあるものを読むことが多くて、
誰かが自分のことを書いた話とか、Like the Windからの一節とか読むんですけど、
今回って何々主義とはっていう定義を読ませてもらったり、今までとは違う文章だったんですよね。
確かに。ストーリーとか小説じゃないものでしたもんね。
そうなんですよ。だからお芝居でも人の気持ちとか感情をそのままセリフとして読むことは多いですけど、
感情とかセリフじゃない概要とかを読むっていうのがとても新鮮で、
逆にそっちの方が楽しかったかもしれないです。
新鮮っていうね。なるほど。編集の名案という本から、間違い主義とかプラグマティズムを言い表すような文章があったんですよね。
そうですね。間違い主義っていう言葉も面白いですし、間違いがカタカナで間違いって書かれたじゃないですか。
あの面白さとかも改めて声に出してて、それが伝わるかどうかわかんないですけど。
なんか良かったですよね。間違いながら正しいことに近づいていくという。
そうですね。
そのやり方も面白いなと思って、いきなり正しいと思うことはなくて、間違いを繰り返しながら正しいかなと思いながら、
ちょっとずつ白紙に近づいていくという。
みんなと一緒に間違いながらって、宮田さんもおっしゃってましたけど。
いいですよね。
あれを最初に言ってくれたのはありがたいですよね。
朗読するのも、もしかしたら読み方間違ってるかもしれないし、意味捉え違えてよくよとかも読んでる可能性もあるんですけど。
可能性も。
でもそれも発しながらという意味で捉えて読ませてもらいました。
良かったですね。
宮田さんも本を編集されて、本が世に出てるけど、読んで朗読を聞いたのは初めてだというようなことも言ってましたもんね。
おっしゃってましたね。
感動したとか言ってね。
涙が出そうになりましたとか言って。
本当ですか?
言ってましたね。
あとはノースフェイスの林さんとか門中さんとかがランニングに連れてってくれて、
あとは宇野さんですね。
ランニングに連れてってくれて写真撮ったりして。
天気が良くて。
久々に僕もちょっと怪我明けで、なかなかちゃんと真面目に走れてないんですけど。
そうなんですね。
ゆっくり走って話して、いい時間だったなと思いました。
そうですね。公演の雰囲気も連休の真ん中の日なんで、みんなお昼寝してて、桜が少しずつ咲いてて。
もうなんかちょっと咲いてましたもんね。
咲いてき始めてましたね。
なかなかいい時間で、見えない繋がりを意識するというミューチュアルというイベントシリーズだそうで、
繋がりがいろいろとまたできていくといいですね。
そうですね。でも今回のテーマはミューチュアル、繋がる、だけどじゃない方の可能性っていう。
そうですね。なんかイベントシリーズ8店舗ぐらいでやってるんですかね、多分。
ミューチュアルっていうキーワードでいろんなイベントをやってると思うんですけど、
じゃない方の可能性とか言っていいのかなと思いつつ、
いきなり否定するっていう。
オルタナティブな感じで、林さんと話しながら作って、
実際に楽しくなってよかったですね。
一つぐらいこういうのがあってもいいかなということで、またやりたいですね。
そうですね。
皆さんの感想もぜひ例によってお待ちしてますんで、来てくれた方は。
ぜひ。でも今日本当にテーマに沿って話すというより、テーマから派生していろんなとこに行って話すみたいな感覚を私は受けたんですけど、
キヨさんは話しててどうですか?
話してると、そうだこれもあったとか、こっちはこういう人が確かこう言ってたよなとかって、だんだん思い出してくることも多くて、
そういうのもやっぱり面白かったですね。
質問されて初めてそういうのを思い出してくるっていうこともいっぱいあるので、いいですよね、そういうセッションって感じがして。
でも本当にキヨさんと宮田さんのセッションってどんどん膨らんで、まさにジャズみたいな。
そうですね、トークショーとかショービジネスってやっぱり見せる、こちら側からあちら側に何かを提示するっていう、提示しなきゃいけないっていう言葉だと思うんですけど、
セッションっていうとやっぱりある程度半々ぐらいコミュニケーションしながら作っていくっていう感じがするので、
すごく今日はそういう感じに近い感じがしてよかったかなと思いましたね。
本当そうですね。
また我々ずっとやってますもんね、池尻の読書とランニングの時間とか、京都とか何かとやってるので、今年も引き続き何かとやりたいですね、皆さんと。
ぜひ、皆さんもセッションに加わっていただいて。
そんな今日は、ちなみにそのイベントがあった日のイベント終わりで今今日は収録してるので、直後のそんな感想でしたね。
そうですね、前回のイベントがあった時もこの同じ部屋でイベント終わりに収録させてもらって。
そうですね、去年のちょうど今頃ですかね、去年は親徒の町間さんに来てもらって、いろんな話を聞かせてもらいましたね。
今日は今日でポッドキャスト、この後またゲストが今月も来てくれていて、
辻良平君という人がこの後今日ゲストなので、それもちょっとこの後合わせて聞いてもらって。
前回はスタンダードのコーヒーの雑誌の室本さんが来てくれたんですけど、今月は映画のプロデューサーの辻さんということで。
映画のプロデューサーの方なんですね。
そうですそうです。カナダに住まれていて、映画のプロデュースをしている人で、結構面白かった。
いい、映画の割とプロデュースのリアルな話をいっぱいしてくれて。
リアルな話。
なかなか面白かったですね。詳しくはこの後後半に。
そうですね、リアルな話は本人からしか聞けないですからね。いつもは聞けない、覗けないところ。楽しみにしてます。
じゃあ後半は聞いていただくとしてやりましょうか。
はい、じゃあまずいつも通りお手紙紹介いきますか。
今月もいくつかいただいてますね。
じゃあ最初のペンネームの方でいただいてるやつから。
はい、じゃあまず一つ目のお手紙を紹介します。
こんにちは、全国のキヨさん、ハルさんのファンの一人ですということでいただいているお手紙です。
私の読んだものは、新明Pさんの本。自分とかないから教養としての東洋哲学です。
ということでこの本を読んだ感想をいただきました。
私は子供の頃から病気しがちで、なんで私はこんなに生きづらいんだろう。これが私の生きる力でもありました。
そんな気持ちが思春期になる頃には、私のままでは幸せになれない。こんな自分大嫌い。
大嫌いと自分にダメ出しし、自分責めばかりしてて、心と体を壊し、人に会えなくなりました。
そんな時を経て、私ってなんだろうと自分の謎解きが始まりました。
こういう経験を書いていただきまして、そんな時に出会ったのがこの本。
本当の自分を探していた私には、自分とかないからという言葉が衝撃的で頭がクラクラしましたが、
本当の自分探しから卒業することができて、この自分ダメ、この自分嫌いと自分にバツ印をつけていたところから、
自分というものは変わりゆくものと、どんな自分にも花丸をつけられるようになりました。
というお手紙をペンネームコトリさんからいただきました。
ありがとうございます。
はい、ありがとうございます。
コトリっていいですね。
かわいいですね。
かわいいですね、コトリ。
コトリのようにいろいろといろんなところに羽ばたいている方ですかね。
自分を探そうとしてつらいというような、こういう時ってありますもんね。
めちゃくちゃ、皆さん受験期なのか、社会人になってからなのか、人それぞれ時期は違いますけど、
自分を探すっていう旅に1回は出ますよね。
そうですね。
インド行ったりね。
みんな1回探す時代がありますけども。
ありました?キヨさん。
そうですね。こうなりたいんだとか、思い込みすぎてて就職活動大変だったとか、いろいろありますね。
肩の力がだんだん抜けてきて、世界の方が広いというふうなことは最近よく思うので、
いろんなことを見たり聞いたりしたいなと思ってやってるんですけど、
やっぱり世の中、自分自分というのは言わなきゃいけない局面がすごくいっぱいあるから、
それだけだと疲れますもんね。
っていうのはあるし、
誰しもやっぱりあるんですかね、
自己評価がそんなに高くないっていうことって多分みんなあるんですかね。
ありすぎて悩みすぎると結構、いろんなバランス崩しちゃったりするんでしょうけど、
どうなんですかね、割と自己評価って。
最近すごい自己肯定感とか自己効力感っていう言葉をめちゃくちゃ聞くじゃないですか。
私は人からは自己肯定感低いって言われるんですよ、私は。
でも自分の基準で言ったらわからないし、
そういう言葉聞きすぎて一旦全部うざいなって思うとききませんか。
多分どの文脈にいても、
例えば自分探しについての本もあれば、
自分を探すのなんて意味ないっていう本もあれば、
いろんな文脈でいろんな正解を出してる人がいて、
結局その自己肯定感とか自己評価もそうですけど、
自己評価はこうするべきみたいなところって、
もっと回り回ってそれにもとらわれちゃうから、
そうね。
って思います。
僕はあんまり考えないようにはしてますけどね、
あんまり怪我もするし、
自分にかっこたる何かがあるのかっていうと、
そうでもなかったりするので、
あんまり思いすぎないっていうのは一つあるのかもしれないですね。
書いていただいてる通り、
自分とはないからみたいなことっていうのは、
だいぶそうなんだろうなって思いますけどね。
この本も読んでないのでわからないんですけど、
人は社会的な生き物だから、
環境によって自分が定義されるとかありますけど、
でもすごく小鳥さんの気持ちが私もすごいわかるんですよ。
自分も自分探しした経験はあるんで、
沼にはまった経験もあるんで。
どんな言葉が響くかは人それぞれですけど、
この方がそこをもう私は卒業することができたって自分で思えて、
それを目清者にお手紙として送ってくれようと思ってくれたことが嬉しいですね。
嬉しいですね。そっかって思いましたね。
結構人にそれを伝えるって。
そうですね。
そこが自分の中で本当に管理をしたなって思わないとできない行為だったりすると思うんで。
そうですね。
花丸をつけられるようになりましたって。
いいですね。
でも本当に自分の中である程度管理をしたっていうのはやっぱり一つ一回りしたっていうことなんでしょうね。
それは確かに本当にそうならないとなかなか伝えるっていうこと自体もできない場合もあるから、
そういうことなんでしょうね。
時間もかかったのかもしれないけど、
何かそういうちょっと別の潮流に乗ることができたとすると、とてもいいですね。
ありがとうございました。小鳥さん。
もう一個いただいていて、
読書とランニングの時間というのが毎月池尻大橋で月末頃にいつもやっていまして、
いろんな人が来てくれたり、ちょっとだけ来てくれたり、たくさん来てくれたり、
時期によって違うんですけど、
次の3月28日の回に申し込んでくれたときにメッセージをくれてる人で、
読書とランニングという組み合わせが面白いし、どっちも好きなので申し込みますと言ってくれてますね。
やっぱり両方好きな人いるんだなと思って嬉しかったです。
それから本はオススメされれば何でも読みますということらしいんですけど、
どういう本読んでるんだろうなと思ってたら、
今日は時刻編を再読しましたということで。
時刻編。
これ僕読んだことないな。
時刻に変ってこんな変ですよね。変化の変。
これ多分小説だと思うんですけど、
なんかちょっと感想とかせっかくだから、
芥川龍之介ですね。
時刻編。青空文庫にもありますね。
どういうふうな感想をお持ちになったのかはちょっとまた聞いてみたいなと思いますが、
こういう小説も短編小説ですね。
読まれる方だということで、芥川龍之介の小説も不思議なやつ多いですもんね。
ちょっとこれの感想も楽しみにしたいと思います。
そんなメッセージをいただいていて、
練馬拳ハーフマラソンに参加しますということで、
レースも走る人ということで。
練馬拳ハーフマラソンっていうのがあるんですね。
読書とラーニングの時間でお会いするのが楽しみになりました。
ぜひお待ちしております。
お待ちしてます。
まだ申し込めると思うので、ぜひぜひ引き続き。
次はいつでしたっけ?
3月28日にやりますので、詳しくは木星社サイトで見てください。
読む、走る、コーヒー飲むっていうのと、あとは人数にもよるんですけど、
ちょっと書くっていうのも今回はやってみようかなと思っていて。
新しいところに。
そうですね。読んだ感想を書くでもいいし、
本の一節をちょっと書き写すっていう。
実際に自分でその文章を書いてみると、どんな風な感じ方をするのかとか、
そういうこともやってみようかなと思っているので、
朗読で聞くっていうことのほかに自分で書くっていうのも今度は取り入れてみると面白いかなと思って。
なんで前から書くっていうの面白そうだよねって話はしてたと思うんですけど、
書くは何でやろうと思ったんですか?
あんまりあえて手で、手書きで書くっていうのもそんなにだいぶない世の中になってきてる気もしていて、
書く時もあるし、書く人もいっぱいもちろんいると思うんですけど、
みんなで共通の文章を1個書き写してみるだけでも速さも違うだろうし、
書き写した時に感じることも多分みんな違いそうだから、
それも含めてやってみると、必ずしも本を読んで頭で読んで理解をするっていうことのほかに、
聞いてわかるとか、あと自分でさらに書いてわかるとか、
360度いろいろと本をめぐってやってみたいなと思って、
そうすると書くっていうのももちろんありだなと思って、
全然違うことを書いてもいいし、名前書いてくれるだけでもいいんですけど、
文字を書いてみるっていうことはどういう経験になるかというのを、
その回ではやってみようかなと思って。
今日のイベントでも話が出たと思うんですけど、
自分サイズっていう話で、パソコンでわーって書くと10行ぐらい、
1文が10行ぐらい書けちゃうけど、本当にペンを持って紙に書いてみると、
なかなか書けないって話してたじゃないですか。
そうですね。
そういう身体的にとらわれてるというか、
私たちが人間でこういう手をしてるから、こういう文章が書きやすいんだみたいな、
そういうのをおのおの感じてみようみたいな感じではないですか。
そうですね。そんな感じですね。
ちょっと書いてみたら、意外と書くの楽しいと思うかもしれないし、
あんまり書くの全然向いてないなと思うかもしれないし、
軽くやってみたら、どんな感じになるかっていうぐらい書いてみたら、
それから始めてみるといいかなと思うので。
実験的に。
そう、決して何かいい文章を書こうとか、うまい文章を書こうとか、そういうことでもなくて、
ただただその経験に自分を放り込んでみるという、
ちょっと外で一周散歩するとか、ちょっと走ってみるっていうぐらいの感覚と一緒で、
ちょっとそういうところに自分を半分パッと置いてみると、
なるほど。
ちょっとは楽しいかなと思って。
自分のためだけにできる体験っていいですね。
どうしても私も投稿しようとしても、
自分のために投稿するというよりは、やっぱり他の人にどう見られるか、
どう読まれるかとかって意識すること多いし、
ポッドキャストも多分そうだと思うんですよね。
一応意識しちゃう。
そうですよね。相手がいるっていう前提で考えることが多いですもんね。
基本お仕事もそうだと思うんですけど。
なのでちょっとそういう時間にしたりして、
読書とランニングの時間はどんどん毎回毎回いろんな新しい要素を入れながら開催していくので、
これからどうなることやら、最後は絵を描いてたりするかもしれないし。
進化するってことですね。
そういう時間に面白い、いい時間になるといいなと思ってやっていきますので、
ぜひぜひそういう感想も。
逆に申し込みの時にメッセージフォームを作っておいたので、
申し込みの時にこういうのを読みたいとか、こういうのを知りたいとか、こういうことをやってみたいとか、
会の前からメッセージを送れるようにしておいたので。
リクエストできるってことですね。
なので、申し込みの時にメッセージを書かなくてももちろん申し込めるんですけど、
もし何か事前にリクエストとかあれば、申し込みの前から書けるようにしてありますので、
ぜひ見てみてもらえればいいですね。
っていう感じでやっていきますので、また終わったら感想もぜひ皆さんください。
実際に描いてみる。お待ちしてます。3月28日ですね。
あとは会員に参加してもしてなくても、思い立ったらいつもまたメッセージはお勧めの本とかでもいいですし、
いただけると面白いですよね。
引き続きお待ちしてます。
お待ちしてます。
じゃあ次のコーナーに参りましょうか。
最近は何を見たか、何を読んだかっていうあたりにいきますか。
見たもの、聞いたもの、読んだもの。
全国の春ちゃんファンが楽しみにしてるやつですね。
ちょっとそんなにハードル高いとこれでいいのかなとか思っちゃうんですけど。
この間のアサイリョウさんの小説の話も結構皆さん聞いてくれたみたいで。
そうですか。
インザメガチャーチ。
今回は。
今回も本当は映像とかいろいろ見てきたんですけど、
ちょっと前に読んで、これ話したかったっていうのを思い出して、
人生で初めて単価の本を買ったんですよ。
単価の本。
単価シリーズの本を買いまして、タイトルが老人ホームで死ぬほどモテたいっていう、
ちょっとキャッチーなタイトルで、植坂あゆみさんかなっていう方が書かれてるんですけど、
これ私のAmazonのおすすめにたまたま出てきて、
このタイトルに惹かれて読み始めて、人生で初めて私は単価の本を買ったので、
ちょっとこれを紹介したいなと思ってました。
いいですね。静岡県沼津市出身。
1991年生まれという方で結構、
今、34ぐらい?
5ぐらいですかね。
日本の家人ということで、なかなかちゃんと単価とかをたくさん読む機会ってないから、興味あります。
そうですよね。あとなんか、教養としてこの人の単価は知っといた方がいいよみたいな感じで出てくるのってあるじゃないですか。
女性の作家さんでとか。
教科書にも載ったりとかね。
そうじゃなくて、自分が休みの日に、今日何読みたいかなと思って単価を買うって本当に初めての経験だったんですけど。
どういう単価が多いんですか?
結構すごく面白いのが、若い単価っていう感じが単価から伝わってくるんですけど、
例えばファイル名が、木星社、アンダーバー、なんとかアンダーバーとかっていう書き方が単価にも入ってたりするんですよ。
なのですごく今時だなっていうのも思うんですけど、
家族とうまくいかないとか、すごく切ないとかうまくいかないとか悔しいみたいな感情がすごく単価から伝わってくる。
たとえばなんですけど、ブックオフではどんな本も100円です。家族を好きでも好きじゃなくてもとか、
ロシア産酒とアメリカ産いくらでも、どんさえあれば親子になれるとか、柔らかいのか悲しいのか哀愁なのかわからない。
だけどすごく等身大の自分の悩みとか思っていることとか、生っぽいものを詰めている単価がすごく多いんですよね。
そうなんですね。面白いですね。視点も全然相入れなさそうなものが、わりと日常の中で同居し合っているような今のどんぶりの話とか。
面白いですね。そういう感覚を。
本当に日常的だし、さっきの自分サイズの話じゃないですけど、等身大な単価なんですね。
すごく面白いのが、最後の後書きなんですけど、最初の後書きの始まりが、自分の中に合理性を重視しすぎる人格があって、
それを私は広雪と名付けたところから始まって、自分に対して正論を浴びせるとか、自分に自信がないとか自分はまだだということにすごく悩んできて、
この単価を出すまでもすごく悩んできているとか、苦しかったという思いを全部書いていて、
さっきの広雪って小鳥さんが最初に言ってくれたような、自分の中で自分と戦うという話があるんですけど、
広雪ってユーモアを交えながらも、せきららに苦しい思いを後書きで語っているんですよ。
何々章を目指すとか、私って本当に単価を書くことに向いているんだろうかとか、本当に私って単価を書きたいの?みたいなことも全部綴っていて、
結果本気でやったら単価を嫌いになるかもしれない、また自分に絶望するかもしれないと思っていたのは、とかいうことも出していたんですけど、
でも結局この単価を作る過程で、私は単価を書くということが本当に好きになれて、
爆竹を投げて祝い回りたいほど嬉しいとかって書いてあるんですけど、そのタイトルになった理由も、
単価を作るとき、私の中にいるたくさんの人たちや世界に対して殴ったり殴られたりしながら、本当の輪郭みたいなものを探す。
それを繰り返していると気づいたら、歳をとっていたりして、こんな風に戦って終える自分を美しいと思う。
いつか老人ホームに入る頃には、私の中の全ての私から死ぬほどモテたい。
そういう意味で、たぶん老人ホームで死ぬほどモテたい。
面白いですね。日々格闘していると言うと激しすぎるかもしれないけど、面白いですね。
そういうオロソカにしないということなのかもしれないですね。別の言い方をすると。
だから悩むし、嫌だなって思うことがあって、それをなんとか言ってやろうと思って歌にするし、
そういうオロソカにしないという感じがすごく面白そうですね。
今ちょっと調べていたら、ポッドキャスト番組をやられているんですかね。
タイトルが面白いですよ。
私より先に丁寧に暮らすなっていう番組名。いいですね。
暮らすなっていうのが。
面白い。単価のみならずエッセイラジオなどなど、演劇など幅広く活動ということで、
そういう言葉を通して何かを掴み取ろうとしているような人なんですかね。
この方の作品を読んだことがなくてわからないんですけど、今聞いただけでも結構面白そうですね。
そうですね。タイトルを聞いて木尾さんが言ってくれたと思ったんですけど、
多分イカってるんですよね。自分の中の広域とか世界にも。
でもイカってるって、私今の世代ですごく珍しいことだと思ってて、
岡本太郎さんの時代ってイカリを力にしろとか、ああいうのがすごいハマった世代だと思うんですけど、
今ってどちらかというと個人の中でうまくやっちゃおうとか、イカらないためにどうするかっていう方が多分強いと思うんですけど、
ちゃんとイカれるってすごいエネルギーのいることだし、特に現代だとなかなか慣れてないことなんだなって思ってて。
そうですね。本当に難しい領域ですよね。
怒りすぎると文脈によってすごく問題になることもあるし、だけどイカるしかない時もあるし、
無理やりそれを抑えるわけにもいかないし、抑えないほうがいい時もあるし、
だけどそれをちゃんとやろうと思うとすごく高度な難しいことですよね。
感情だけで、感情面ももちろんあると思うんですけど、その意味はものすごく大変な大切な意味がある時があるから。
本当ですよね。ちゃんとイカるって、別に責めるとか他のことに変えるわけではなく、ちゃんと自分の中でイカる。
それを誰かを非難するとか、こっちは間違ってる間違ってないの話ではなくて。
そうですね。
それはすごく考えるところが多いですけれども、そういうことも感じるというのが、
この作品とこういう作家の方の存在によってわかるのは良いですよね。
でも怒りって大切だなって思うっていうこともあるもんね。
尊敬する先輩編集者の方が、大体みんな日本の中にいると、そういう企画とかいろんな言論が丁寧になる。
丁寧な暮らしとか、穏やかな○○とか、そういうふうなものがすごく多すぎると。
丁寧に物を扱うとか、丁寧に何かを使うとかっていうのってすごく大切なことじゃないですか。
だけど、それって喜怒哀楽っていうものの豊かさを知ってないと、
そうすればいいってもんでもないよということをすごく言ってたことがあって、
みんながみんな丁寧な暮らし、丁寧な暮らしっていうふうにどんどんなっていったときに、
それ自体がイデオロギーになるというか、どんどんそれが記号になって安っぽくなっていっちゃうと。
平たく言うと。
でも本当に丁寧に暮らすって、そこに至る何かっていうのがあったりとか、
人間の喜怒哀楽っていうのがあったりとかしながら、そういう価値っていうのが本当にわかるものなのに、
そこすっ飛ばしちゃってそういうことばっかり言っててもよくないわよっていうことを言ってる人がいて、
人生は喜怒哀楽なのよってその方は言ってたんですけど、
だから喜怒哀楽のあるものが好きだというふうにその人は言っていて、
確かにそうだなと。
今お話を聞いてて、上坂由美さんですか、
やっぱり安易に丁寧にならないんだなっていう、
例えば怒らないといけないとか、嫌だなって思うことに対してどう立ち向かうかっていうことに対して、
自分がそこで丁寧になったら自分じゃなくなるって多分思ってる人だから、
それにすごく正直に、さっきの話じゃないですけど、
自分の感情の自分サイズで感じることにすごく正直な作品をきっと作られてるんだなっていうのは今聞いててすごく思いました。
読んでみたいですね。
ポッドキャスト番組のタイトルが私より先に丁寧に暮らすなだから、
ちょっとそれで思い出したんですけど、今の話を。
そうですね、丁寧な暮らしって。
丁寧に暮らすことは大事なことだし、長く何かを自分の好きなものを使っていくとか、
そういう楽しみもあることだから、いいことだと思いますけどね。
ただそれだけではそうでもないこともあるから、っていうのがすごくわかりそう。
これを読むと。
ちょっと読んでみよう。
短歌の世界も深いですもんね。
たくさん本当に歌を読んでる人がいるんだなって多分実感するんだと思うので、
僕もちょっと色々と読んでみたいですけど、
田浦町さんとか小村さんとか、いろんな有名な方はいっぱいいるんですけど、
たくさん若い方もこういうふうに読んでる人もいるので、
こういうのは小説読むよりも早く読めちゃうけどインパクトが大きいということもあるかもしれないし、
興味ありますね。
文字数がやっぱり限られてるじゃないですか。
その分、たまにチューブラリーにさせられるというか、わからないこともある。
なった時に、その不快感。
不快感に耐えるのも、私自分は避けちゃってる気がしてるから、
わからないまま、ちょっとそのまま寝かせとくみたいなのも、
改めてその感覚を思い出させてもらった気もしますね。
時間が経過してようやくわかってくる、そういう味わいもあるのかもしれないですね。
耐えきれなくないですか、今いろんなものが早いから。
YouTubeだって倍速が普通になってたら。
そうですね。ついていけないスピード感ってやっぱりありますもんね。
だから、そう考えるとお漬物とかすごいですよね。
お漬物はつけないとできないから。
つけないとできないから。
お漬物に学ぶことはありそうですね。
どんなまとめなんだろう。
どんなふうにつかりたいか。
そうですね。
頑張ってお店につかりましょう。
はい、つかります。
私のは単価の紹介でした。
つかっていきましょう。ありがとうございます。
歌の世界もまた読んだもののうちに入れて、他のもいろいろ読んでいきたいですね。
歌もすぐ読めるし、暗唱できちゃいますもんね。
たぶんね、好きになったらね。
なかなか面白い世界だなと思います。
ありがとうございます。
木尾さんは?
僕はですね、読んだもの、相変わらず読んだものの話なんですけど、
どこから話そうかな。
坂井忠康さんっていう美術評論家の人がいるんですね。
世田谷美術館の館長。
その前が神奈川県立近代美術館の館長をずっとやられてた方で、
だいぶキャリアが長くて、
お年はたぶんちょうど83、84歳ぐらいとか超えてる人なんですけど、
僕大学の頃に坂井先生の講義を一回取ったことがあって、
現代美術っていうタイトルの講義だったんですけど、
見事にその時に講義で聞いた話は覚えてないんですけど。
今の流れだったら覚えてるのかと思ったら。
例によって、何を君は学んできたんだって話なんですけど、
その楽器の中で12回とか講義があって、
坂井先生の講義は面白かったっていう感触は未だに残ってて、
とにかくいろんな話をしてくれるっていう先生で、
彫刻が割と専門領域に近い人なので、
本当にいろんな彫刻家の日本国内外問わず、
そういうお話を講義の中でしてくれたんですけど、
例えばイサム・ノグチとか、ああいう本当に大作家の彫刻とか、
あと例えばヘンリー・ムーアとかイギリスの彫刻、環境彫刻に近いような、
ちょっと丸みを帯びた感じの英国の丘ってなんとなくなだらかで、
羊がいて、そういう田園風景だと思うんですけど、
そういうような作品なんですけど、そういうお話とかいろいろしてくれて、
とにかく面白かったんですね。
ある時に、若い君たちを前に、自分は授業をしてるんだけど、
若いエネルギーにたまに圧倒されるような感覚になることがあるから、
君たち頑張ってね、みたいなことを言ってたことがあって、
そういうものなのかなと思ってたんですね。
とにかく面白い先生だったと。
本職は学校の先生とか大学の教授じゃなくて、
美術館の館長としていろんな展覧会をやったりとか、
そういう文化についてのお仕事を本当に60年以上やって、
今は多分もう悠々自敵の引退してっていうぐらいの感じだと思うんですけど、
つい最近まで本当に世田谷美術館の館長だったので、
結構なお年までそういう仕事って定年ってないのかなとか、
いろいろ思ったんですけど、
久々に鎌倉近代美術館で、
坂井先生の今時に言うとトークセッションみたいなやつがあったんですね。
神奈川文化賞みたいなのがあるんですかね。
文化功労を称えるみたいなやつを受賞されて、
出身が北海道なんで北海道でも同時受賞されて、
久々に神奈川近代美術館で自分のホームだったところで、
そういう講演をされるということで行ってきまして、
お話を聞いたんですけど、むちゃくちゃ面白くて。
昔よりも話すスピードとかはゆっくりになってて、
穏やかにはなってたんですけど、
坂井先生がすごく面白いのは、本もいっぱい書かれてて、
ちゃんとしたって言うと語弊がありますけど、
いわゆる美術評論とかきちんとしたって言うと、
それも語弊があるけど、
いわゆる書物をちゃんとしたためている人なんですけど、
しゃべると結構グダグダで、
もちろんちゃんとしたお話もされるんですけど、
坂井先生が神奈川近代美術館に就職しようと思ったきっかけから始まって、
本当はやる気なんかなかったみたいな話。
割とすごくリアルな話で、
自分は北海道で育って、家も貧しくて、
慶応の文学部の美術専攻、美術史の勉強をたまたましたんだけど、
卒業したらお坊さんになるつもりだったと。
なぜならば、そこからやっていくような教養もお金も自分にはないし、
チャランポランだったから、お坊さんになろうと思ってたら、
たまたまいろんな縁で近代美術館に就職することになって、
その時にいた師匠というのが、当時の館長さんの
肘方定一さんというすごくレジェンドな美術師の人がいるんですけど、
その人にいろいろ鍛えられて、やっているうちにだんだん楽しくなってきて、
というお話をするとこから始まって、
だから別に専門、もちろん僕らからしたら専門家の先生ということではあるんですけど、
本人的には全然チャランポランだったし、自分は違うと思ってたと。
そんなメジャーな中にもいるわけでもないし、どうしていいかわからないし、
そういうとこから始まったというのがすごく面白いお話をされる人で、
いろんな、例えば器の展覧会を自分がやった時は、
美術館が古くて水漏れするから、絵じゃなくて器だったら大丈夫だろうとか。
水漏れ受け止められるから。
そういう器の展覧会をやったりとか、その器の展覧会をやった時に、
いろんな作家とかいろんな人に器を借りに行くんだけど、
例えば鎌倉だと小林秀夫っていう超文芸評論の文学者がいたんですけど、
小林秀夫先生のお家にそういう器を借りに行くとか、
そうそうたるいろんなエピソードが出てくるんですけど、
本人的にはやっぱり当時借用書も書かずに持ってきたものとか、
あとはイサム野口の彫刻もコケシの彫刻が2つ、
屋外に今でも展示されてるんですけど、
それの書材なんてもう全く分かんなかったりとか、
そういう時代だったっていう、その中でいろんな人とか作家に会いながら
仕事をしてきたっていうエピソードをすごく楽しそうに
今でも語ってくれる先生で、
それっていわゆる美術教育の何とかはがいてとか、
そういう定義とか学問的なものももちろん重要なんですけど、
その生きてる知識というか、自分の経験をもとにものすごく面白い話も多いし、
それをしてくれるのがやっぱりすごく面白くて、
大学時代の感覚、聞いてた時の感覚ってこうだなっていうのをすごく思い出して、
すごく楽しくお話をお聞きできてよかったなと思ってますね。
話すのもすごく上手だと思うんですよ。
いろんなところで講演もしてるし、そういう人なんですけど、
話の中に美術の話もちろんあるんですけど、
人が失敗したりする話とか、お金を借りた話とか、
ある美術作家が美術館に散歩でよく来るんだけど、
必ず美術館の館長の名前で勝手にお寿司を注文して、
お寿司食べて家庭に帰っちゃうとか、そういう話とか、
女性と自分の関係とか、そういう話をすごく織り混ぜてくるんですね。
それって食べることとか生活っていうのがすごく美術に関するやり取りの中にも
すごく出てくる。例えば恋の話とか、食欲の話とか、お酒飲む話とか、
そういうリアルな営みっていうのがすごく入ってくるので、
坂井先生の話を聞いてると、それがすごく面白くて、
だからすごく身近にいろんなことを感じるし、
大作家の話ももちろんすごくいっぱいしてくれるんですけど、
そういう裏話とか、異色獣全部入ってるようなお話をしてくれるので、
それが久々に聞けてすごく嬉しかったなと思って。
またどっかで講演されることがあればぜひ行きたいなと思ってるんですけど、
本も本当にたくさん、彫刻に関するテーマの本が多いんですけど、
昔から本当にたくさん本をいっぱい出されていて、
日本の作家、それから海外の作家含めて出されていて、
本のタイトルが全部面白くて、海の鎖とか、
芸術の海を行く人とか、魂の木とか、
本のタイトルがすごく独特で面白いタイトルですね。
そんなわけで、久々にお話を聞きに行くので、
学生時代の現代美術の授業で買った魂の木っていう本が、
現代彫刻の世界っていう本があるんですけど、
この本、坂井先生の授業だったからと思って、
久々にお話聞くから持って行って、マジックも持って行って、
サインをしていただいて、
ちょまど 今回してもらったサインですか?
坂井 そう、今回してもらったサインで。
ちょまど かっちょいい。
坂井 君、名前なんだっけ?とか言われて、
もちろんね、昔のことなんだし、いっぱい生徒もいらっしゃるんで、
藤代ですって改めて言って、漢字はですねって言ったら、
いやいや横文字書くからいいよって言われて、
ローマ字で、ミスター藤代、あてに、たかし、坂井っていうサインとともに、
書いてくれたんですけど、
足、片足、足で歩いているような足の絵を書いてくれて、
ちょまど ですね、踏み出しているような、
ぴょんぴょんって躍動感のあるマーク。
坂井 そう、何を書くのかな、で彫刻の絵でもないし、
絵の絵でもないし、
かといって自分の名前だけのサインでもないし、
足の絵を書いてくれたから、
これ何ですかって言って、
これ足ですかって言ったら、そうだよって言われて、
で、何でですかって聞いたら、何か意味があるんですかって聞いてみたんですね。
そしたら、アラビアとかアラブの方に、
そういう足に関する話があるんだよね、
似合ってして、
そこで終わったんですけど、
確かにと思って、
ちょっと後で詳しく調べようと思うんですけど、
足って不条な存在だと、汚れてたりとかっていう存在なんだけど、
一方で歩いたりすることっていうのが考えることにつながったりとか、
歩いていろんなところに見に行くための足っていう意味で、
世界を知るためのものとか、
足っていうのが実は人間の心臓ぐらい重要な存在だとか、
足っていうのが知恵をもたらすものっていう存在だとかっていう風な、
そういう意味とか神話がどうやらあるというのを聞いたことがあって、
多分そのことを先生は言ってるんだろうなと思って、
で、自分は、その日の話に関連して言うと、
自分は坊さんになりたくてしょうがなかったと、
勉強なんか嫌いだったし、
美術なんか分からなかったし、
だけど自分はそういう衣食衆とか、
例えば色、自分の好きな女性と付き合うこととか、
いろんなことを通して自分の足で歩いてきたっていうことを、
多分サインにしてくれたんじゃないかなって思って、
生きですね、足を選ぶなんて。
ニヤって笑って終わられたんですけど。
そこで説明しないのがまた何と思ったんですよね。
で、その時の話でも、
日記とかを結構書いてたんですって、自分の。
いろんなご夫人方と会ったんだけど、
それは自分が死んでからその日記で読んでくれみたいなことを言ってましたね。
ニヤってしてましたけど。
そういうところがあって、なかなかすごく面白い、相変わらず。
先生だなと思って。
魂の木って、これまだ買えるのかな、わかんないですけど、
小沢書店から出てる。
魂の木、現代彫刻の世界。
そう、あるんですけどね。
現代の彫刻家とか彫刻作品について、
本当にいろいろと書いてあるので、面白いだろうなと思う話ですね。
っていう感じの、ちょっと本を読んだっていうよりは、
本にまつわる先生とのエピソードの紹介ですけどね。
さっきのトークショーのお話とかで言うと、
坂井先生の位置方自体がアートみたいな感じって本当に出てるじゃないですか。
今ってどちらかというと、お仕事と人生って切り離されてる感じがして、
プライベートと仕事とか、
仕事イコール全てになってる人もいるかもしれないんですけど、
あんまりどう生きるかとか、
どう生きていく中で何を仕事にして何を思いっきり大人として楽しんでみたいなのって、
すごく難しいし、遊ぶ余白もあまり許されてない気がするんですけど、
坂井先生のアーティスト感っていうのは、
坂井先生が話さなくなったら残っていかないんですか。
そうですね。どうなんでしょうね。
この本を通してこういうことがいっぱい書かれたものが残ってるっていうことで、
伝わっていくものもあるとは思うんですけどね。
やっぱりそういうことで、
別の美術家を作り出す人とは別の存在として、
坂井先生自身もやっぱり何かそういう生き方を通して、
そういうのを作り続けてる人なんだなと思って、
すごくいろいろまた先生の著作をまたいろいろ読み返したいなと思いましたね。
美術批評家の詳しいお仕事って私どんな感じか、
すごい想像ついてるわけじゃないんですけど、
今日のイベントでも最後の方の話で、
受けること、作ることとかクリエイターとかそっちじゃなくて、
受け取ることってすごくクリエイティブだよねってお話してたじゃないですか。
たぶん坂井先生も誰かが作ったものを自分が受け取って、
それを解釈して伝えていくお仕事だと思ってるんですけど。
そうですね。それがすごく最も出てるのかもしれないですね。
日本の作家、美術、彫刻、小説に限らず、海外のこともすごくいっぱい書かれてるので、
彫刻史としても読むとすごく面白いし、彫刻ってそんなに詳しくないですけど、
そういうものなのかなとかって思うこともいっぱいあったので、
またじっくり読みたいなと思いましたね。
こういう美術秘宝というものの役割っていっぱいあるんだなと思って。
本当になかなか卒業して以来、
ちゃんとそういう講演というか、90分ぐらいのお話を聞けてよかったなと思って。
もっとちゃんと大学生時代に聞いておけばよかったという、いつもの反省をしながら。
でも、その時もしかしたらちゃんと聞かなかったから、今があるのかもしれない。
そうですね。ようやくそういう学生時代の講義の意義がようやく今になって、
ひとつまた別の開き方をしたのかなと思って、
どういうことになるか楽しみだと思いながら帰ってきましたけどね。
そんな読んだもの時間でしたね、僕のほうは。
いい話をありがとうございます。生きた話ってなかなか聞けないんで。
本当に、でもさっきの、ちらっと今日のトークセッションでも言ってたんですけど、
お通し業さんの独特老人の話じゃないですけど、老人は前衛だという言葉の通りで、
やっぱり切り開いてきてる人って、老人は長く生きてる分だけ最前線をずっと切り開き続けてきたという意味で、
老人は前衛だというのは思いましたね。じっくり改めて。
そうですね。本当に実感する機会でしたね。
すごいかっこいいなと思いました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
今回のゲストのメインディッシュはこの後後半じっくり聞いてください。
その前のお知らせとしては、3月28日に池尻大橋で読書とラーニングの時間をまたやるので、
ホームページで申し込みをお願いします。
午前中ですね。
午前中、爽やかにいきましょう。
Like the Windの日本版08号の準備も今進めていて、
4月の後半に出る予定なので、午後の会話というテーマで。
対話ではなく会話ですね。
対話とかじゃなくて単なる会話。
雑談のようだけど雑談でもない会話というテーマでいろんなストーリーを作りますので、
お楽しみに。これも4月から予約もできるようにしたいと思います。
あとイースタン・オブザーバーも前にポッドキャストで言ったんですけど、
今進んでいまして、おそらく予定通り5月くらいにはお手元に届けられるようなふうにできるかなと思うので、
表紙が面白いので、ぜひ表紙の発表をもうちょっとお待ちください。
楽しみにしています。
ぜひぜひということで、いっぱい読んでいただけるものを作っているので、
じっくり本を読んでもらって、いろんなことを感じてもらって、またいろいろ聞かせてもらえると嬉しいです。
そうですね。感想をお待ちしています。
ということで、来月も楽しみですね。来月はいよいよ春本番ということで。
来月もまたやりましょう。
よろしくお願いします。
じゃあ全国の春ちゃんファンに何かありますか?
全国の皆さんにですか?
全国の皆さんに。
花粉症がひどいみたいなので、花粉症に気をつけてゆるりとやっていきましょう。
来月もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。じゃあまたねー。
またねー。
ご無沙汰しております。
大変にご無沙汰してますね。
ご無沙汰しております。お名前を教えてください。
辻良平と申します。
辻良平君と呼ぶのが正しいんでしょうか?辻さんと呼ぶのが正しいですか?
辻良平君でお願いします。
辻良平君、実は非常に長年の知り合いというか、
学生の時一緒でなんとなく音楽聴いたり遊んだりみたいな輪の中にいたと。
ほんとそんな感じ。
懐かしいですね。ある時に僕が前のコンデナストという会社で、
東京国際映画祭みたいなところの会場で久々に会いました。
そうだったのか。
久々に会って、お互い、お互いというか、
良平君が映画をやっているというのはもちろん存じ上げておりまして、
その頃にはすでに何作かリリースをしていたと思うんですけど、
久々にお、良平君だと思って久々に多分会って、
その後にカナダに移住をされて、
カナダが今拠点にされていると思うんですけど、
カナダに行かれて以降、おそらく初めて、
Zoomではお話したりとかはしているんですけど、
久々に会うというのが今日だったということで、
お話を聞いてみたいと思いますが、
映画プロデューサーというふうにタイトルとしては、
お呼びするのがいいんですか。
そうですね、仕事上は。
そういうことになりますかね。
情報がちゃんと勉強不足で申し訳ないですけれども、
どんな映画をいつ頃から作られてきた人なんでしょうか。
映画プロデューサーって言葉としてはみんなよく知っている人も多いですし、
映画をプロデュースしているんだというぐらいはみんなは知っていると思うんですけど、
いろんなタイプの人がもちろん世界中にはたくさんいて、
大きな映画、小さな映画、いい映画、悪い映画、たぶんいっぱいあると思うんですけど、
ご自身で手がけられている映画というのはこれまでどういうのがあって、
どういうタイプの映画プロデューサーなんだというところから
ちょっと教えていただいてもよいでしょうか。
なかなか改めてそう問われると、
俺は一体何をやっているのかなと思うけど、
それっぽい言い方になっちゃうけど、
インディペンデントというのが一つキーワードとしてはやっぱりあるんだろうな。
かっこつけているようにも聞こえちゃうかもしれないけど、
単に会社に所属してプロデューサーをやっているわけじゃない。
日本のスタジオとときに呼ばれる東宝小築東映日活門川みたいな、
そういうところに、はたまたソニーピクチャーズの日本とか、
そういうところに所属して会社員としてやっているわけではなくて、
独立というか一匹大神で、
言いながら映画を作っているっていうのが一つと。
これももうあんまり言わなくなってきちゃってるかもしれないけど、
時に映画監督のことを映画作家と言ったりもする作家ありきというか、
自分がこれはと惚れ込んだ作家の作品というのを叶うことなら、
プロデューサーとして支えていいように出すことができたら本望だな、
みたいな気でやっているのかな。
もう何年ぐらいになるんですか?もう長いですもんね。
俺のプロデューサーデビュー作が世に出たのが2013年なんで確か。
15年ぐらい?
14年か。
じゃあまずインディペンデントに作家に惚れ込んで、
それを作るというタイプということなんですね。
ちょっとかっこよく言い過ぎかな。
すごく素人質問なんですけど、
映画のプロデュースというときにインディペンデントという言葉そのものかもしれないですけど、
ものすごくマジョリティのタイプのプロデューサーではない領域にいらっしゃる?
そうですね。悲しいかな。
俺が作ってきたような映画は、まずもって東宝シネマズとか、
そういうところではかかっていなくて、
ご存知の方いらっしゃるが、町場にあるミニシアターと呼ばれるような、
今だいぶ厳しい、なくなってきちゃってるけど、
でもそういう、だから作家性が強い、芸術性が強い、
ややもするとちょっとわけわからんかもしれん。
そういうタイプのね。
なるほど、なるほど。
なんで惚れ込んだ作家とかのものを作りたいって強く思うようになって、
十数年が過ぎたんですか。
我々もそうですけども、やりたいことをやるというのは非常に楽しいし、
意義のあることであるという、何かしらの思いを持ってやると思うんですけど、
逆にそれだけではなかなか大変よね。
ちょっと別の仕事もしないとなとか、
インディーと呼ばれる領域には非常にそういうところを横断しながら、
やる状況もすごく多いという人もいっぱいいる。
大変な道でもある。自由にできて楽しいという反面。
そういう道に行かれて、いい作家を見つけてやりたいって思うようになったら、
何かきっかけとかあるんですか。
もともと映画好きだったとかですか。
それはね、もちろん大好きで。
でもこれ、ときどき、
そもそも俺が映画の道に足を踏み入れた大きなきっかけ、
入り口になったのが東京芸大の映画の大学院に、
なぜか入っちゃったっていう。
そこが一つ大きいきっかけだったんですけど。
プロデュースのコース。
そう、プロデューサーのコースに、
なんで入ったのかって、
いまいち自分の中でも、
半然としないと。
だから、そんぐらいの感じだから、
当時、すごいいい受験のときの逸話があって、
最終面接で、
例えば監督でいうと黒沢清さんとか、
脚本の先生やってたのが、
日活ローマンポルノの時代から書いてたっていう大御所の先生だったりとか、
おれきれきがずらっといる前で、
君最近見た映画で印象に残ってるものとか、
なんかあんのかねみたいな質問で、
みんなそこはやっぱりカサベテスがどうだとか、
ブレッソンがどうだとか、
エドワード・ヤンが云々とかっていう、
そういう話をするのを、
おれはボーンスプレマシーって言うて、
ボーンシリーズっていい映画、面白い、
マット・デーモンが主演で、
ボーンシリーズの2作目で、
いやこれはこれこれこうで、
こういう伏線があって、それがこんな回収されてみたいな、
もっともらしいことをおれはいろいろ言うんですけど、
そんなハリウッドのブロックバスターを、
最近君の印象に残った映画だって、
答えるような受験生は一人もいなかった。
いないと。
おれがたまたま働いてたのが、
当時のネットベンチャー、ITベンチャーだったんで、
ITだかなんだか知らないけど、
そのあがりのボーンなんだら言ってた、
あいつ本当に撮っていいのかって言うんで、
後日談でお前が一番到落戦場ギリギリの男だったんだぞって言われて、
なるほど。
そうだったんですね。
つまり大学院、わざわざ映画の大学院行こうなんつって、
受験した時の腹積もりっていうか、
自分の構えだったり、
そんなぐらいのことだったんですよ。
なるほどね。
だけど入って、やっぱりアホみたいに映画見せられて、
いろんな作家がいて、いろんな映画があって、
これはなかなか豊かな世界だなと思ったと。
面白くなっちゃって、
それで決定的なのはある時に、
まったく同じぐらいのタイミングで、
二人の男から、
これ篤井さんに絶対会うと思う人たちがいるんですよって言って、
今度渋谷でその人たちの映画やるんで見に来てくださいなんつって、
それが苦俗の映画だったんです。
そうなんだ。それ別々の人から苦俗のことを言われて。
そう、まったく別々の人で偶然で、
でもこれ篤井さんにね、たぶんこの人たち会うと思うんですよって言って、
ヒップトップとかもかかってるんでとかって言って、
で見たのがサウダージで。
懐かしいというか。
これは来たなと思って。
なるほど。もともとヒップホップもお好きでしたもんね。
めちゃめちゃ今でも好きです。
そうですよね。それで苦俗の最初に見たのがサウダージで。
そう、サウダージで。
痺れちゃって。
そっからもう繋がったと何か。
当時だから、バンコクナイツを撮る前で、
監督の富田さんはもうすでにバンコクに潜入を開始しているときで。
そうなんだ。
俺それ見に行って、もう直後いきなりもうバンコクまで飛んでって、
富田さーんっつって。
これ俺何でもやるんだよなんつって。
それで始まったんですね。
それで苦俗及び他にもいっぱい手掛けられてると思うんですけど、
そういういわゆる作家というか、これは面白いっていう人たちの
作品をプロデュースすることに楽しさを見出して、
あっという間に10年以上経ったと。
そこで道を踏み誤って。
そういう流れだったんですね。
今まで何作品ぐらい手掛けられたんですかっていう質問自体の。
いやいやもうね、これから改めて数えてみて10本以上大小を合わせると、
短編とかドインディーなちっちゃい映画とかも合わせると、
でもなんだかんだで10本以上はやってきてるんですよね。
じゃあ単純に言うと年に1回はリリースしてる計算には。
そうね。平たく言うとそうなるけど、でもまあ年一は結構ハイペースかな。
そうですよね。ちょっと間が空いてみたいな時もありつつ。
鳴らすとそれぐらい数字にはなるけどっていう。
そうですか。なかなか本当にものすごいことになってますね。
だからさっきのインディペンデント、インディーズの話で言うと、
映画だけで悲しいから飯が食えてないですよね。
いろんなことをいろいろプロデュースされて。
あれやこれや手をかえしなおかえ。
いろんなプロデュースをされてっていう。
そうですか。ちなみにカナダに拠点を移されたのは一番大きな理由としては何だったんですか?
一番大きい理由は家族で1回海外で暮らしたかった。
そういう楽しそうっていう。
そう。俺が小学校時代にアメリカに住んでた時があって、親の事情で。
それが今になってみると本当によかったなって思うから、
自分の子供たちにも同じ経験をさせたいなという。
それと映画でサッカーインディペンデントでもう一つ言うと国際共同政策。
これの方が俺は面白いなってある時から思い出して。
それでカナダのバンクーバーって町に今俺はいるんですけど、
バンクーバーっていうのがやたら映像産業、映画産業がコンテンツって言っていいのかな?
ゲームとかも含めてなんですけど、そういう産業が盛んだし、
町としても盛り立てようとして助成金とかを投げまくってるような、
その状況とで、だから自分のキャリアと長年の家族の夢と抱き合わせて、
突っ込んでいった。
やっぱりプロデューサーですね。いろいろ組み合わせて。
よく言えば、よくもわしくもプロデューサーってことかな。
口八丁手八丁みたいな。
もう行かれてどれくらい?数年?
1年半ちょい。
しばらくこれからまだ。
そうですね。もうちょっと足場が作れるまでは。
お仕事としては結構東京に飛んで帰ってきたりとか、
ベルリン国際映画祭の話もちょっと後に聞くんですけど、
そういう映画祭に行かれたりとか、割といろんなところは行かれるんですか?
そうなんですよ。それがね、だから行く前まではっていうか、
いろんなところにあっちゃこっちゃスーツケース持って、
飛行機飛び回ってっていうのがかっこいいなみたいな憧れで、
今結構2,3ヶ月に1回あっちゃこっちゃ行ってだいぶ思ってたような感じなんですけど、
これ移動が多いのも考えもんだなみたいな。
もう50も近くなってくると9時間とか10時間のフライトとかつらいなみたいな。
かといって別にビジネスで動けるような身分にも残念ながら慣れないんで、
結構しょうがないからもう体鍛えて。
そう。ちょっとちょっとのフライトだったら大丈夫だぞみたいなインナーマッスル鍛えて。
トレーニングして。
そうですか。スポーツは何かやられるんですか?あんまりスポーツはやらない。筋トレ?
筋トレですね。筋トレとあともうプール行って泳ぐんじゃなくても歩く。
一番怪我しないですもんね。プールで歩くのがね。ランニングを怪我しますからね。気をつけないと。
そうですか。じゃあそんなプロデュース生活がしばらく続いて、
ベルリン国際映画祭とか映画祭っていろいろ世界各地であると思うんですけど、
よく行かれるというか映画祭ごとにいろんな色があるというかあると思うんですけど、
ベルリン去年たまたま話してて去年も今年もベルリンに行かれるという言葉を聞いていたので、
ベルリンの質問をするんですけど、例えばベルリン国際映画祭って、
日本だとああいう感じで報じられてるぐらいの情報しか僕らはあんまりないんですけど、
実際映画のプロデュースの方がそういう映画祭に行かれる時ってどういうために行くことが多いんですか?
そして実際に行ってみたときにどういう、監督とかいろんな人がみんないると思うんですけど、
どういう雰囲気で、どんな空気感で何が行われているような場所なのかっていうのはどういう感じなんですかね?
仕事で行くところっていうことになるわけですけど、
結局だからどこの業界にでもあるような展示会にたぶんノリとしてはすごい近くて、
何でもいいんですけど、ガジェットツーかテック系のプロダクトの展示会だったら、
いろんな家電メーカーみたいなところが、
その企業のパワーに応じていいところとかでかいところとかにブース出して、
新商品だったり、はたまた今後のプロトタイプだったり、
これ見逃しに広げてどうやってやるわけじゃないですか。
それがだから映画祭の場合は、映画がプロダクトなわけだから、
映画をいろんな会場のいろんなスクリーンで何百本という作品を、
今年イケてるの、このシーズンイケてるのはこの監督のこれですっていうのをこれでもがっちゅうぐらい見せて、
でそれを、ベルリンの場合は業界の人だけじゃなくて一般市民も入れるっていう映画祭なんで、
カヌーは入れないんですよ。そういうエクスクルシブかどうかみたいなのもあるんですけど、
それで、いろんな映画を市民の人と一緒だったり一緒じゃなかったりして見て回って、
映画を買って、じゃあ日本で配給しようかなどうしようかなとかって考える人はそれで、
これはいや日本で当たりそうだと思ったから、じゃあ日本の配給源何本ですかつって、
いやいやいやなんつって、そういう商談の場でもあり、新商品お披露目の場でもあり、
我々プロデューサーは作ることが仕事なんで、結局よく言われる三大映画祭、カヌー、ベネチア、ベルリンぐらいになると、
要は行けば大体みんないるんですよ。だからもうそこまでみんないるから話が早いから、
じゃあお前今どんなんやってんのとか、俺今こんなんやってて、
例えばフランスのパートナー探してんだけどとか、ドイツのこの女性機につけてくんねえかなとか、
じゃあうちでこれこれこうだからちょうどいいかもしんねえとか、
いやそういうのはうちはお呼びじゃねえなとか、そういう話を延々いろんなプロデューサーとか、
現地のプロダクションの人とか配給会社の人とかいろんな人と話して、
パートナーと出会えば、進捗をお互いに、今Zoomでも何でもやれるけど、
直接会ってやりとりする温度感、情報の密度って全然違うんで、
やっぱりできれば節目節目で直接会って、もうこんぐらい進捗がはかどっているとか、
かんばしくないとか、かんばしくなかったらじゃあどうプランB立てるんだとか、
そういう話を延々繰り広げる。
延々やると、なるほどなあ。面白いですね。
でも夜は夜で、作品単位で上映のお披露目があった作品の打ち上げみたいなのがあったり、
はたまた国ごとに台湾ナイトとかメキシコナイトとか、
やっぱりパーティーを打つのが上手下手みたいな国民性もあって、
日本は悲しいからちょっとイマイチなんですけど、
でも南米系のパーティーとかは常にベストって言われてて、
そういう夜の分は面白い。
昼間商談したことも実際の本音のトークはその場で、
酒を片手に実際の本音のトークが繰り広げられて、
ディールが本当に決まるかどうかはそことかってよく言われたりする。
なるほど、そういう部分もあるんですね。面白いなあ。
一概に言えないんですけど、例えば小説家、
村上春樹って表に出てこないとか、いろんなタイプの人がいると思うんですけど、
ちょっとまたそれとは違った、どちらかというと一人で書いていただいて、
例えばなんとか文芸フェスティバルとか、なんとかブックフェアとか、
いっぱい我々も行ったりするんですけど、
すごく出るパブリッシャー、逆に全然姿を笑わさない人たちもいたりするから、
映画の方がそういうのがちょっと多めなイメージなのかもしれないですね。
でもやっぱり特にプロデューサーは人に会うのも仕事のうちだし、
なんせ関わる人間は基本やっぱり多いんでね。
多いですよね。確かに。
一番プロデューサーがいろんなネットワークがあって、
その中でいろんな話をしていくっていう感じなんですね。
面白いですね。
だいたい映画祭といえばそういうのが繰り広げられるという。
そうですね。
来ている人がなんとなく映画祭ごとに傾向が違ったりとか、そういうのはある。
やっぱりベルリンはゴリッとしてますね。
ゴリッとしてる。
やっぱりポリティカルなものだったり、社会性のあるものだったりっていうのを、
やっぱり映画祭ごとにカラーみたいなのってあるから、
カンヌはやっぱりもうちょっとツヤっぽいっていうか、
ツヤっぽいって言わないのかな。
でもなんとなくわかる気がしますけどね。
もうちょっとイメージがあって。
でもカンヌって、
映画館で上映されて次の場所に行くまでに延々ビーチを歩いたりして、
アタミみたいなところっていう話を聞いたこともありますけどね。
なんか面白いなと思って。
あれは大概映画祭をぶつけてくる時期っていうのがオフシーズンで。
そうかそうか。
ベルリンだったら一番寒い時期に映画祭をぶち込んで、
そこを少しでも埋めると。
盛り上げると。
待ち起こし的なものもあるっていうことですね、そういう要素も。
なるほどな。
ベルリンはでもなんとなくニュースでも、日本のニュースでも、
あれベンダースが言ってましたっけ。
ちょっと炎上してましたね。
そういうような話とかっていう、
ちょっとそういういろいろポリティカルなところの色合いっていうのも確かに言われてみればあるのかなというイメージはありますよね。
そうですか。
じゃあいろんなそんなところを旅しながら。
そうですね。いや面白いですよ。
やっぱりその土地、その国だからこういう感じなんだなっていうなんか妙に納得いくところがあったりとか。
そうですか。
逆に意外なところもあったりとか。
なるほどな。
今度出そうとしている新しいこちらの雑誌でも、
織田香織監督と供属のお二人にもインタビューをするときに、
非常にプロデューサー辻井さんにはご尽力いただいて。
いやいやいやとんでもないですよ。
ありがとうございますという感じで。
雑誌とかストーリーとしてもそういうのをいい形で出せるといいなと思ってやっているんですけど、
今まで手がけられた作品でどれももちろん思い入れとかパターンも違うし、
人も違うしいろんな条件も違うと思うんですけど、
今まで手がけられた中で、
自分の中でこれは結構手応えがあったなと思う。
全部いつも手応えがあるんだと思うんですけど、
そういうあえて一つ言うとするとどういうものですか。
もしくは手がけられてなくてもさっきのサウダージュみたいに、
これはもう自分の転換点になったなみたいな瞬間とか、
映画に携わる中で自分が関わっている関わっていない問わずにした方がいいかな。
多分手がけられたやつは全部手応えあるんだと思うんで、
それも含めて、
そういう一作とか一発って何かあるんですか。
やっぱり自分でやっていて小田香織さんのアンダーグラウンドっていう映画をね、
もう本当に頭からお尻まで、
トコトンもやって、
ベルリーに行けたりとか、
小田香織監督の、
ちょっと口幅った言い方になるけど、
その心境地というか、
これまでの彼女の作品の延長線上にもありながら、
例えば具体的に言うとフィクションの要素を取り入れてみたりとか、
演出みたいな要素が出てきてたりとか、
これまでドキュメンタリー、フィクションとしてやってきた小田香織さんとはちょっと一味違う、
彼女のまた違った一面が出てきた作品ができて、
これで、
でも映画としての表現の新しい在り方みたいなところにも、
手が届きかけたような気はするんだけど、
なかなか興行が厳しかったと。
これがだから、
酸いも甘いも含めて、
でも自分の中ではやっぱりものすごい手応えがあったし、
自分がやっていきたいのは間違いなく、
このドットを打っていったこのベクトルの先に、
絶対俺の行きたい道やりたい道はあるなっていう確信もつかみながら、
でもどうやってこれを続けられるのかっていう、
それを改めて、
全然答えはないんですけど、見えてないんですけど、
カッコつけて言うと覚悟を決めたというか。
アンダグランドは去年?
できたのは一昨年で、
去年のベルリンにやってもらって、
日本でもやって。
一段落した頃に、
インタビューはこちらでもさせてもらって、
その言葉はぜひみんなに読んでほしいんですけど、
映像も見てほしいなと思うんですけど、
今とかこれからアンダグラウンドって、
見れるようになるのかな?
それってまたツアーするとか?
織田香織さん作品は定期的に、
多分年に一回ぐらいは、
特集みたいな形で、
フィルモグラフィーが、
何本か劇場でかかるっていうのが、
やってると思うから、
そういう時に劇場で見てもらえるのが一番いいんですけど、
ちょうど土曜日、
織田さんたちと、
たまたま会う予定があって、
チラホラ配信のオファーが、
届いたりもするんで、
どうします?っていう商談を、
ちょうどするとこですよ。
もしかしたら今後っていうかもしれないですね。
映画館でせっかく、
できればね。
あの作品は大きい画面でというと、
言葉がひらひらたいですけど、
すごいですよね、あれは本当に。
最初のネタバレにしようがない映画なので、
何言ってもネタバレにならないと思うんですけど、
一番最初のシーンで、
朝女性が出てきて、起きて、
デートに行ったりなんかしてっていうのが、
淡々と映って、
映っているときに、
ほとんどカメラが動かないのが、
すごくなんかね、
あの雰囲気がすごくいいなって思って、
最初見始めて、そしたらどんどんどんどん、
なんかすごいところに、
すごいものを見せられたなと思って見てましたね。
ありがとうございます。
撮り方のことは詳しくわからないんですけど、
今のものって、どんどん動くとかブレるとか、
携帯で見せられるような動画とかって、
結局何を見たのかよくわからなくて、
なかなか何かを見続けるっていうようなものを、
ちゃんと見ないことが多い気がすごくしていたので、
そういうのに僕が慣れすぎちゃったんだろうなと思って、
反省もしたんですけど、
反らさないっていうか、
それは何かちょっと視覚に訴えるようで、
なんかちょっと象徴的にすごい、
最初から感じるところがありましたね。
映画監督さんはみんなそうなのかもしれないですけど。
でもドキュメンタリーから出てきてるっていうのもあると思うけど、
見つめる誰かを、しかもカメラを通して見つめるっていう行為に、
すごい自覚的な監督なんじゃないですかね。
電車が通り過ぎる様子を流して、
電車とか撮っちゃいがちだけど、
カメラ側は一切動かない。
電車が動いてるっていうのだけを撮り続けてるカットが
突然入ってきたりとか、
ほーっと思いながら見てましたけど、
そういうところはあるんですね、ドキュメンタリーをやられてた方。
割とそういうふうにやられてるところもあるのか。
なるほどな。
台所のシーンとか、これ俺の独断も入ってるけど、
映画っていうのはどこかしら生活に根付いてなきゃいけない。
じゃないと何が何やらっていうだけになっちゃうから、
だからあそこでどっしり、それこそほとんど動かさずに三脚でドカーンと、
なんてことない日常を、生活を、
それによって、ある種の地に足ついたリズムが映画の中にできてくるっていうか、
そういう設計になってんだと思うんですよね。
そういうところもあるんですね。
あのシーンって映画の中ではそんなに最初だし、むちゃくちゃ長くはないんだけど、
本当に落ち着いて早送りもせず、カットでどんどん切り替わっていくわけでもなく、
非常に落ち着いて朝起きて、食べてお手洗い行ってっていうのが全部入ってるんですよね。
それってそういうことなんですね。
生活に目指すっていう、ある意味そういうものっていう捉え方もできるのか、確かにそうですね。
まあみんなね、毎朝のみんなのやってることと変わんないから、
なんでこんなに永遠に見せられてるんだってなりかねないけど、
でもそこがある意味では普遍性があるというか、みんながそこに寄って立てる、寄りどころにもなるから。
そっか、でも本当に面白いですね。
そう考えるといろんなシーンが蘇ってきますけど、いろんなものが本当に入ってますよね。
例えば、ちょっとフィクション的に出てくる女性の方のドレスが綺麗、
ちょっとロマンスっていうのも人生には必要だし、
メタファーかもしれないし、読み解きもできるかもしれないし、
ちょっと恐怖を感じるような暗闇っていうのも人生の中にはあるし、
なんか全部入ってますね、そうすると。
すごいなあ、なんかもう一回見たくなってきた。
そうそうそう、そういうね、また見られるっていうのはきっといいことですよね。
そうですよね、何度も見て印象がすごく違いそうですね。
ちょっとでもそういう話を聞いてからまた見ると。
なるほど、もしまた映画館で見られるようになったときはぜひみんなに知らせたいなと。
ぜひお知らせください。
ぜひ見ていただきたいですね。
なるほど、そっか、じゃあアンダーグラウンドはそういう、
一番最近のものでもあるし、そういう手応えも終わりだということなんですね。
そうか、これからまだ仕込み中とか、いろんなまだこれから解禁前とか、
裏事情とかいろいろあると思われ、言えないことは言わないどころということにしつつ、
これから今年でもいいですし、3年後ぐらいとか5年でもいいんですけど、
なんかこんなことを考えているよとか、
そういうイメージとか抽象的な話でもいいんですけど、具体的なものがあればそれはそれでいいですけど。
いやいや、具体的なもの。
こういうふうなものを見てほしいと思っているとか、
そういうちょっと次の一歩的なお話って最後にありますか?
去年もう撮り終わってて、今絶賛編集ポストプロ中の、
金継ぎっていう日本の伝統的な器の修復技法っていうのかな。
金継ぎ。
金継ぎのドキュメンタリーでありつつ、またちょっとフィクションの要素も入っていて、
最近それハイブリッドドキュメンタリーっていうこと多いんですけど、
だから尾田さんのアンダーグラウンドもハイブリッドドキュメンタリー。
付属もある意味そういうことなんですかね。
そうですね。
それがだから来年かな、仕上がって金継ぎの、それはドイツの監督が金継ぎを追っかけるっていうハイブリッドが出てくるのと、
あとこの夏、駆逐のいよいよ新作が台湾で撮影に入る予定なんで、
これは台湾の原住民の部落の女の子でトランスのDJを、ダンスミュージックのトランスのDJをやってるっていう、
実在の本当にDJの子を主役に起用した、これも駆逐らしい、めちゃめちゃ面白い映画になると思うんで、
期待していただきたいですね。
なんか駆逐は音楽と関連していることはやっぱり多いんですかね。
もういっつもそう言ってますね。
ここの始まりのサウダージからそうかもしれないですけど。
もうやっぱ現地に深く入っていく、アプローチというか入っていく入り口が駆逐は必ず音楽なんで、
音楽から入っていくとそこの土地に一番近づけるっていうか、そういう確信が彼らにはあるみたいな。
金継もまたちょっと違ったジャンルというか、面白そうですね。
駆逐のが夏に撮影に入る、おそらく来年。
そうですね、来年中どこかで世に出てくると思います。
金継のやつは?
金継のやつは早ければ年明け早々とかに。
そうですか。来年また不思議な。
いやもうそうですね、また決対な映画が世の中ギャフンと言わせられるといいですけどね。
金継いいですね。金継なんか楽しみですね。
金継っていう言葉だけでいろんなコンテクストが浮かびますもんね。やっぱりちょっと楽しみにしております。
またちょっと願わくばカナダで第2回ポッドキャストもそのうち。
いいじゃないですか。
インスタン・オブザーバーを世界ツアーしたいと思っているので。
お待ちしてます。
カナダでもトレーランニングレースもありますからね。いいランナーもいますので。
本当にお越しいただければ精一杯歓待します。
ありがとうございます。
映画プロデューサーの筒井さんという人が何をやっているかという触りがまずは何となく分かったような、分かっていないような。
すみません、お粗末でした。
それだけで分かるような世界でもない深いものがきっと終わりだと思いますが、ちょっとでもその返りがお伝えできたらいいなと思いました。
ありがとうございます。
じゃ、折々にまたよろしくお願いします。最後に聞いているリスナーの皆さんに一言とかありますか。見てねとか。
特にないですけど、ぜひ映画は映画館で。
そうですよね。
ということで映画館にみんなで行きましょう。
じゃあね。