お疲れ様です。薩摩訛りの耳毒ラジオ。
時代の波に乗り切れず負け続けた反省。
この配信は、残りの人生一度でも勝ちたい私、miyakenneがチャレンジ最後のチャンスに奮闘した記録を、薩摩訛り全開で発信しています。
はい。春休みです。
で、お馴染み。
うまく描きたきゃ絵を描くな、絵を作れ、イラスト講師イラストレーターのmiyakenneです。
えーと、うーん、ちょっと体調悪くしてましたが復活してきました。
あとね、えーと生活環境ちょっと良くなってきたよというような話も含めて収録していきたいと思います。
では、いくぜー。
うーん、えーとですね。
えーと、そうそう。
10月、去年の10月からね、火事の90%以上を受けるような感じでやってまいりましたが
えーと、いろいろね、ちょっと話ができまして
やっと分担をするということが叶うようになりそうです。
えーと、ここらへんどういう話になったかみたいなところから話していこうかなみたいに思ってます。
はい、あのー、えーとね。
ちょっと前に、うーんと、ADHD、あれ?あってるっけ?
あってるよね、ADHDというね、20歳以外みたいな情報をyoutubeで見ましてね。
もちろんね、もともとこういう言葉があるのはね、知ってましてね。ASDとかね。
知ってたんですが、自分としては、うーん、まあいいや。
とりあえずチャージ界隈でいうと、いわゆる右寄りというね、タイプだと思います。
ロボ寄りみたいなね。
いわゆるこのね、ADHDっていうと、一般的にはね、結構やっぱり発達障害ということで、不のイメージが持たれているんじゃないかなと思いますね。
2ch、5chかな、あたりでいうと完全にこう、やべえやつみたいな扱いを受けているタイプなんですけど、
やはりね、我々チャージグループとしては、リブラ大先生の話をね、1年以上聞いているとですね、
こういうのはあくまで特性だと。一応ちゃんとしたのを見れば特性という言葉はやっぱり使えますけどね、ADHDとかに関してもね。
でも非常にね、思うのは、やはり特性であると。
だからこそですね、自分自身も気づかなかったし、あるいは自分自身もそう思い込んでたしっていう部分で言うと、
要は鹿児島弁で言うところのずんだれみたいなね、時間にはルーズだわ、ポカポカケアレスミスはするわっていうね、いうやつなんですよ、要するに。
で、そういうのっていうのは、そういう人って昔からいるというか、昔からいるなーみたいに言われてて、
僕もね、子供の頃からはね、忘れ物を忘れ物をとね、小学校の時は言われてましたしね、先生から言われてましたね、小学校3年生ぐらいの時、今でも覚えてますね。
忘れ物が、今日は忘れ物なかったね、みたいなね、言われるぐらい忘れ物が多いっていうことで言われてて、
だから、そういう特性というか、そういうやつみたいな、そういうタイプっていう風に思っていたわけですよ。
だから気をつけなきゃいけないやつみたいな。
ここで特性というもので言うと、その特性の要は強さ弱さにグラデーションがあって、人よりもそういう特性が強くなればなるほど、
どこかでか線を引いて、今は今の医療というかね、そういう精神病の中では発達障害という、言えば病気みたいな認定を受けるみたいなような話なんですわな。
なので、誰しもが特性だから、誰しもが持ってる、誰しもがぽかして忘れ物をすることはそりゃあるし、
そりゃ時には時間に勘違いして遅れたりすることもあるでしょうという中で、自分もそういうやつなんだろう、
みんなは気をつけてできてるのに、自分は全然気をつけられないダメなやつだなと思っていたわけですよ。
だけども今ね、いろいろ学んできた目線で見ると、特性としてそういう傾向が強いということでね、
それで言うと本当にそれこそリブラ先生なんかが、僕よりもそういう特性がもっと強いわけですよね。
だけども、それはだから人としてダメっていうわけでもないっていうことがある意味リブラ先生が証明になっていて、
立派なお医者さんとしてやってますから、今思えばそういうことかみたいにすごく思ってね、
自分は昔からそういうのができないからダメな人間だなと思っていたんですけど、
だからADHDがなんだっていうのも、僕は今まではただの言い訳の材料にしかならんだろうなと思っていたんですよ。
だから特に詳しく調べることもなく触れることもなかったんですけど、
つい先日ね、1週間くらい前かな、少し僧侶に関する動画を見まして、
あれ?みたいな。見に覚えがありすぎるぞ、この主人公みたいなね。
もちろんそこで出てくるほどひどくはないんだけども、見に覚えあるなっていうことがすごく多くてね。
だから今の学びで特性の強さだって考えると、
いやー確かにこのADHD的特性が僕は強いなーとか強かったなーと思うわけ。
強かったなーと思うけれども、そこでまさに紹介されているような、いわゆる病的というかね。
程はないにしろないにせよグラデーションのラインでいくと完全にこっち寄りだよねみたいなね。
というのを改めてちゃんと見てみたら思ったわけですよ。
だからロボ寄りの人っていうのは結局このADHD寄りだっていう風にも言えるんですけども、
特性の強さの違いによって、社会的に苦労するかしないかっていうのが、
まず一点、強さによってあるっていうところがね、思ったわけですね。
でね、もう一点僕は気づいたことがありまして、
自分自身はそれによって息づらさをずっと感じてきてたんですけれども、
これはね、やっぱりシューターの原因は、自分が息づらかったシューターの原因は、
やはり環境だなという風に思いました。
例えば同じADHD傾向の強い、いわゆるロボ寄りの中でも、
このチャージグループでいうともちろんリブラ先生もしかりだけど、
力さんもそうだし、何ならこういう台風を率先して発信するようなタイプは、
リブラ先生曰くロボ寄りでしょう、つまりADHD寄りでしょうというわけですよ。
NFTみたいなものにすごく興味を持つとかも、そっち寄りでしょうってそういう人が多いでしょうというわけですね。
だけども、とはいえ皆同じロボ寄りの人であるにも関わらず、
どうやら僕みたいに息づらさを感じている人があまり見受けられないというか、
なんか見ないなみたいな思ったんだけど、何が違うかというと思って気付いたのは、
僕はこの特性に対して、特に親が非常に直せと強制しろということを常々言っていたんですよね。
常々言われていたんですよね。何よりも多分今思えば、それが一番息づらさの原因だったんじゃないかなと思います。
分かりやすい言葉で言うと、僕は常々親から普通にしろと言われていました。
何で普通にできないのって。普通にしなさい。まだそんなこと言っているように。
普通そんなこと言わないよとか。何でそんなことしようとするのって。
普通そんなことしないよとか言われ続けてきましたね。
だから自分自身はおかしいんだと思って。おかしいはおかしいんでしょうけど、
でも普通にしなきゃいけないんだっていうのをずっと思ってましたね。
ADHDに関する動画とか見てても、いわゆる主人公というか、
というふうに出てくる人は、だいたい普通ってなんだって言ってるわけですよ。
普通ってなんだろうみたいな。
三浦先生がよく言ってる、あれ何でしたっけ。北海道の、
あ、忘れちゃった。なんとか手帳みたいなやつ。
のサイトとかを見ても、パンに塗るっていう作業で、
適当に塗っといてみたいなのが非常にわからないと。
ADHD傾向の強い人は、ぼやっとした感覚的なやつでやられると非常にわからんっていうやつがあって、
僕も多分ね、適当に塗っといてって言われたら、
じゃあこんな感じかなみたいにやって、なんでそうなるんだって言われるタイプなんですよね。
だって適当って言ったじゃんみたいな。適当って言ったってことはこっちの材料に任せたんだからなんで文句言うんだよ。
だったら最初からこれぐらいの量とかどれぐらいの厚みとか言ってくれよって。
僕も普通にそう思うタイプなんでね。
という感じで、量とか適量みたいなのが非常にわからない。
話ちょっとそれますけど、最近AIをよく使って料理をするんですけど、
料理によく適量とか少々とか出てくるんですけど、
AIはいいですね。少々って具体的にどれぐらいですかって言えば、
ちゃんとグラムとかで教えてくれますからね。
非常にロボ向けだなと思いますね。
大体のこれぐらいみたいなのを言わないし、
言ったとしても聞いて怒られませんからね。
適当って言ったら適当よみたいな。
そういう理不尽な言われ方しないしね、AIはね。
普通に考えればわかるでしょうとか言わないですからね、AIはね。
僕は言われ続けてきたんでね、普通に考えればわかるだろうみたいなね。
普通がわからないんですけど。
それか普通の呪いっていうのを僕は非常にかけられて、
何するにも普通どうするんだろうっていうのを
いつもいつも考えながら生きてきたんですよね。
でもね、それを考えながら生きることによって、
だんだん普通をうまく捉える方法っていうのを自分なりには見つけてきて、
それで今はね、生きてこられてるんですけれども、
だからそれがチャージグループでよく言われてる、
足りない部分を知能で補うみたいな話ね。
だから僕も失敗を通して学んでいって改善したいったわけですよ。
それはそれで誰しもそうだと思うんですけど、
そこがやっぱグラデーションの問題で、
そりゃ誰だって失敗してそれを学んで失敗を繰り返さないようにするでしょっていうのは
ある意味当たり前なんですが、
僕もそう思ってたからなんだけども、
ADHDだともともとその失敗の量が半端じゃないし、
修正するための感覚が、やっぱ普通がわからないとか適量がわからないっていうのはどうしたってわからないんで、
ちょっと苦労は多かったんだろうなというふうに思うわけですよ、今思えばね。
とかね、そういうのを勉強してわかってきたなと思って。
あとね、もう一つADHDといえば多動ってやつね。
この多動ってやつね、僕誤解があったなって思うんですけど、
僕のイメージは、例えばテレビとかね、自閉症の子とかを紹介してるのを見てると、
要は暮らす学校でも非常に落ち着きがないというね、勝手に席を立て歩き回るとか、
そういう今思えばね、テレビだから極端な事例を紹介しているわけですよ。
昔親と一緒にそういうの見たことあるなっていう記憶があってね、
それを見てる親がね、やっぱり非常に軽減な態度というかね、
うわー、ちょっときついな、考えられないな、みたいな感じの態度だったんですよ。
その時のテレビに出てた自閉症の子は、
例えば、こっち別に聞いてもいないのにずっと漫画の話をずっとしてるとかね、
そういう場面がね、テレビ上で映ってたりしてたんですよ。
一人言みたいにずっと喋ってると。
うちの親は、一人言を言う気持ちあるやついるよな、みたいな感じの態度でそれを見てて、
当然僕もね、そうだよなーって思っていたんですよ。
それこそね、今でもちょっと覚えてるんですけど、
その時のテレビに出てた自閉症の子は、ずっとね、緑の牧羽王の話を、
なんてタイムリーナ、ずっとしてたのを覚えてますね。
何を言ってんだあいつは、みたいな親が言うから、
ジャンプの漫画の話をしてるよって僕はね、教えてあげたりした記憶があるんですよ。
だから見てるんですよね、そういうふうに。
まあ、だから逆の呪いですよね。
その傷つき具合は人によるからなんともわかんないけど。
でも、なんだろうな、難しくないですかね。
異地族の中で自分だけが普通だからなっていうのと、
世の中全てが普通の中に自分だけおかしな鬼人だなっていうのと、
というふうに思い込んでるのと、
結構やっぱねじ曲がったな自分はと思いますけどね。
まあ今ではだからよくわかんないっすわ。
何が本当なのかなんだろうか。
まあまあそんな感じのことを気づいたよっていう話と、
あと、やっぱり妻も同じだなって思ったんですよ。
妻の性格とかもADHDロボ傾向で、
そして環境が違ったという部分を、
改めてそこの要素も組み合わせて考えてみると、
非常に理解できるようになってきました。
なぜ妻がああいう感じなのかっていうのが。
リムラ先生、うちの一族は商売人だから、
サラリーマン家庭の人とは合わないよが一族の常識でした。
ある意味理解があるという気がしないでもないですね。
だから逆言えばどっかでかリムラ先生自身も、
じゃあ僕は一族とは違うからサラリーマン家庭の方が合うのかなとか、
言えばこっちの居場所がありなのかなとか、
思う余地があったってことですもんね。
まあでも結果はそっちに行かなくてよかったのかもしれませんけど、
でもどうなんだろう、今サラリーマンで今そこで自己自分のことはね。
だからなんだろうな、そう思ったわけです。
妻もねやっぱりすごくAD、HDだなって思いますね、改めて見ると。
ただ、あの人はやっぱり僕みたいに普通になれと言われてきたわけじゃなくて、
まあ言えば寛容にされてきたんだろうなと。
基本的に決断ができないっていうことを言ってたじゃないですか、リムラ先生が。
あれが僕もひとつあふにすごく落ちて、
僕はこの前放送でも言ったけど、決断できると思ってたけども、
それは後付であって本来の性質は決断できないんですよね。
で、あ、そうだ、まあいいや。
あ、そうだ、まあいいやってこれですね。
こっち思いついたら、あーこっち喋りたいってなっちゃうっていうね。
なんだけど僕の場合は一応戻せるんですよ。
でも戻して話を戻したいくすぐ忘れるんですけどね、何思いついたかをね。
えーと忘れないようにしよう。
あの、ていうか、多動性の話をしてる途中だったのにそれが忘れてたなと思って。
それ一旦置いといて、今妻の話し始めたんで、
あ、でもいいか、妻の話やっぱやめておこう。
ここはちょっとオフレコにしておこう。
えーと、そう、多動性の話ね。
僕は多動って言うと咳を離れたりとか落ち着きがないみたいなのだと思ってたんですけど、
そうだ、それは親とテレビを見てたって話からだった。
そうそうそう。
そういうのをテレビでやってて、親とそういうのを見てたりとかして、
で、多動っていうのは落ち着きがなくていろいろ動き回ることだと。
動きが多いだから。
と思ってたんですけど、
僕は気づきました。
これは思考の問題ですね。
思考がどんどんどんどん飛んでいく。
目に入ったものに気が奪われるとか、
ちょっと何かに気になるとずっとそっちに囚われちゃうとか、
囚われてたくせにまた新しい別なものが出てくるとすぐそっちに気が移っていく。
要は脳みその注意が多動っていうね。
脳の注意が多動っていうんで、
動画過ぎるとそれがすぐそのまま動きに繋がるし、
僕はあんまり動かない。
僕自身は全然じーっとして大人しくて動かない子だったから、
むしろ多動というか落ち着いてるっていう評価が多かったから、
その時点で多動性ないから全然違うなと思ってたんだけども、
これは実際の実動を伴わなくても脳みそ自体が多動的に働いてるっていうのであれば、
僕はそうだなと思って。
常に何かを考えてる。
常に何かに気を取られるっていうのはあるなと思って。
あるなと思ってっていうと多分大概の人がそれはあるなって思うんだろうけど、
ここは要はグラベーションの世界の話ですよね。
どれぐらいあるかっていう話。
これって見比べ用はとりあえずないので気づきようもなかったんだけど、
おそらくこれが人より多いんだろうなっていうのが多分ADHD傾向ってことだとすれば、
おそらく僕もきっとその気が多い、気が飛ぶことが多いんだろうなと思って。
多動のないタイプもいますからね。
うちの妹なんかもそうですね。
あーそうなんですね。やっぱ多動ってのは実際動くことなんですかね。
僕は無自覚に動き回っていたらしい。
3日目にあなただけ教室うろうろして恥ずかしかったって親に言われた。
あーなるほどね。
じゃあやっぱりその傾向の中で実際に動くところまで行くっていうのがあるってことですかね。
でも頭の中は同じ、気を奪われやすいっていうのは多分一緒だと思うんですよね。
気を奪われた挙句、体まで動かす行動を伴うまでは僕は行かないですね。
むしろ僕は思ったのは、いろんなことに気を奪われた結果、そして決断もできない結果、
動けないっていう状況だったんですよね。
気を奪われた結果、そして決断もできない結果、動けないっていう状態でずっといたんだろうなって。
今思えばちょっと思ったんですけど。
多すぎて動けないっていう。そういうこともあるのかなと。
結局決断ができないから最終的に動けないっていうのもあるんじゃないですかね。
というふうに僕はちょっと思いました。
だから自分自身が今その決断ができるって思ってて、実際できるはできるんだけども、
うまくまとまらないものが全然進まない。だから史上作りが僕できないってよく言ってるじゃないですか。
それで言うと最近もう一つ気づいたのは、目の前にあるとちゃんと気をつけられるけど、
目の前になくて頭の中で置いとこうっていうものが非常に苦手だなっていう。
だから料理してるときに使う材料を全部出しとかないと、
これは後で使うから後で冷蔵庫から出そうと思って。
冷蔵庫に入れたままにしてるものはほぼ忘れますね今。料理するときに。
後でこれ入れようとか思って。買ってきたのに冷蔵庫に入れて、
調理するときには冷蔵庫にしまったままでいると、完成したときにも使ってないですね。
だから料理で使うものは全部食材出しとかないと、目がいかないともうすぐ抜けちゃうっていうのが最近分かってきたんで、
一旦全部出すと。そしたら妻がそれを見て、妻はまた変に神経質だから、
腐るから冷蔵庫入れといてみたいな。入れ始めるっていうね。
それもまた極端ですもんね。今この数十分出してるか入れてるかで腐る腐らんの問題ないだろうって僕は思うんだけど。
妻はそういうところが気になるらしくて。必要以上に気になるらしくてね。
直されちゃうと僕は忘れるんで。
だから今ね、本当に妻と非常にぶつかるのも、この特性同士がぶつかってるんだなっていうのがなんか見えてきました。
だから僕その動画を見たときに、動画を見たんだっていうふうに妻に話を振ったんです。
で、その理由としては子どもたちのために知っといたほうがいいだろうっていうので見たんだって妻に振ったんですよね。
で、もちろん僕もあなたはわかると思うけどそういう傾向あるじゃんって。
あなたもよく言ってるじゃん。発達障害だよね絶対って言ってるじゃんって。
だから見たんだよ僕はちゃんと。
で、遺伝の影響が強いから子どもたちのことを、今後のことを知るためにも、
これ見とかなきゃいけないと思って見たんだって話をしたときに、
ちなみになんだけど、これあなたもだいぶ当てはまるよって話をしたんですよ。
だから多少ね、リアクションがおかしいとかはね、
彼女自身もね、自覚ありなんで。
で、そのリアクションがおかしい部分は、
だから今まで本当に、なんでそんなこと言うんだみたいなことが単純にぶつかってた部分を、
ああもうそういうやつだよって。そういうのはあなた特性傾向だよって言ってあげて、
あなたはそういうやつだよって言って、
で、そのリアクションがおかしいことが、
ああもうそういうやつだよって。そういうのはあなた特性傾向だよって言ってあげることによって、
ちょっとぶつからないで済むっていうのが最近出始めました。
何度言ってもなんでこれできないのっていうことがね、やっぱあるわけですよ、僕から妻に対しても。
それも、あああれも何度言ってもできないと思ってたけど、
あなたもこのADHD傾向の一つだねこれって言うと、
少し受け入れられるようになったみたいな感じがしてきましたね。
なのでこっちの切り口からちょっと妻との関係が、話がちょっとできるようになって、
そこを皮切りにいろいろ話をしてたら、
家事の分担をするということにね、進んだんですよ。