1. 私と私のひとりごと。
  2. あなたの思考と感情は仲良しで..
2026-01-24 18:15

あなたの思考と感情は仲良しですか? #164

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#思考 #感情 #男性性 #女性性 #メタ認知 #主観 #客観 #認知 #視点
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サマリー

このエピソードでは、思考と感情の関係について深く掘り下げ、個人の経験を通じてその重要性を話しています。特に、男性性と女性性のバランスを考え、感情を無視せずに生きる方法についても触れています。ポッドキャストでは、思考と感情が互いに調和していることの重要性が語られています。パーソナルな成長の過程で、思考と感情の関係性が変化し、より良い自己理解につながった事例が紹介されています。

思考と感情の関係
私と私のひとりごと。こんにちは、misaです。今回は、あなたの思考と感情は仲良しですか?というタイトルでお話ししていきたいと思います。
このラジオでは、願いを生きる過程や自己一致するためのヒントをお届けしております。
本日は1月の10日土曜日です。よろしくお付き合いください。
というのも、この間、レター返信会みたいなのをやりまして、いただいたレターの中で、その方は離婚にお悩みだったんですけどね。
そこで、自分も思考で行動してきたから、感情がちょっとわかんないな、みたいな確認してこなかったな、みたいな話があったんで。
その話を見て思い出したんですけど、私が離婚したのはもう何年前ですか。なんかもう覚えてらんないんだよね。いつもこういうの。6年とか。
6年とか。7年とかなのかな。結構前になるんですけど。でも成立したのがそのぐらいってだけで。
多分1年以上かけて離婚協議してたから、協議って言ってもマジで話し合ってるんですけど、言葉で殴り合う感じなんで。
しかも家庭内でやっててめっちゃ過酷だったんですけど、その時点の私の思考と私の感情は超絶仲悪いと言いますか、全く会話できてない状態だったので、もう綱引きしてる感じでしたね。
あっちこっち言ってて、思考はいや離婚なんかするべきじゃないな、そんな現実的に考えてできるわけないじゃんっていうところにブレーキか踏んでるし、感情の方は離婚したいみたいな。
いいから離婚したい、なんかわかんないけどしんどいからこの場から逃げたいみたいな感じでアクセル踏もうとするけど、感情の方の私の中でね、信頼性が弱すぎて。
信頼性というか重きを置いてなさすぎるから、思考の方に重きを置きすぎてて、重みづけがバランス悪いんですね。
だからバグみたいな感じだったんですよ。なんか離婚したい気がするけどなんでだみたいな。おかしいなみたいな感じですよね。
声が小っちゃいというか、思考の声がバカでかくて感情の声が小っちゃいから、なんか変だなみたいな感じだったんですね、当時。
すごい仲悪かったですよと、思考優位すぎましたねと。
で、この方がまた挙げてくださってた男性性と女性性ってキーワードなんですけど、これがねおもろいなって思ったのが、
男性性っていうのはまあ要するに思考、要するにって言うと厳密に言うと違うんですけど、まあ思考の領域と言ってもいいかなと思って、ちょっと今ザクッと紐づけようと思ってるんですけど。
女性性っていうのがまあ感情の方ですよね。男性性ってのは外向きのエネルギーで、なんか外に外にって思うんですね。達成したいエネルギーというか。
修正したいとか、結婚したいとか、子供欲しいとか、なんか年収何千万何億生きたいとか、
そういうこんな自分になりたいとか、美しくなりたいとかもそうですね。なんかその外側に向かっているエネルギーですね。
外、自分じゃなくて、自分の外に向かおうとしているじゃないですか。しかも能動的なんですよね。
自分でそう思って、でもって行動を伴うようなエネルギーが男性性なんですけど、
女性性の場合は、なんかもう家でゆっくりしたいみたいな、どっちかっていうと、お風呂に浸かってる状態とかですかね。
あったかいなーとか気持ちがいいなーとか、ちょっと寒いなーとか、なんかこう苦しい感じがするとか、
悲しいなー、傷ついたなーとか、なんかそのただただ感じるだけで非常に受動的で、なんか方向性を持たないんですよね。
どっか行きたいとかじゃなくて、ただまあ心地のいい状態がいいなーっていうシンプルな自分の感情、感覚ですからね。
っていう2つのエネルギーを、まあこれ女性性ですね。我々はもうどんな人も持ってるんですけど、
この辺の捉え方は、今気づいたらめっちゃ変わってるわって思ったんで、ちょっとその反射をしたかったんですよ。
長いですね、導入が。もう4分経ってますけど、ここら辺が変わっておりますな。
今説明したのは、当時の私の解釈かつ私の状態はこんな感じでしたな。
なんか自分の内側に、中の方に女性性っていうのがあって、それを男性性がラップしてるみたいな感じ。
ラップ、包んでいるみたいな感じで、自分の外に男性性というエネルギーがある感じ。
エネルギーとか言うとちょっと不散臭いですよね。どういう表現すると伝わるんだろう。
意識の状態としては、まあ間違ってないんだろうけど、なんか明確にこの水と油みたいな、
水と油、ドレッシングとかイメージしますけど、わーって振ったらぐちゃぐちゃになって乳化するじゃない?
一応混ざるじゃない?濁って。超分離してると、どっちが上なのかな。油が上ですかね。
下に水で上に油溜まって、境界線が超きっきりするじゃないですか。
こういう差を感じていたんですね。自分の内側には女性性があって、外には男性性がまとっていると。
男性性は外向いてますが、女性性は内側向いてますが、めっちゃしっくりくる説明だったんですけど、なぜなら私は当時そんな感じだったかもね。
男性性と女性性のバランス
でも今、頂いたお手紙を読んで、そんな話してたなって思い出した時に、今ってどうかしらって思ったら、違うわと思って、ちょっとおもろいなと思ったんですね。
男性性とか女性性とか、もはや今あんま考えてないのも多分その証拠なのですが、思考とか感情であんまり分離してないのもその証拠なんですよ。
この辺がそのドレッシング状態というか結構混ざってるんですね多分。あんまり乖離してないというか、やるべきことと、やるべきこととはその思考の領域ですね、男性性の方ですね。
その外側に向かってあそこが行き先って思ってるのと、自分の感じている今心地が良いか。
女性性っていうのはその時間軸を持たないので、今しかないんですけど、男性性はもうちょっと未来とか過去とか時間軸を持った意識なんですけど、
あんまりこう今気持ちが良いか、今寒くないかな、今暖かいかなとか、今快不快みたいな話があんまずれてないから、今気持ちが良い状態で良好だし、
男性性の向かう先に関してもいいなしというか、なんかその延長線上にありそうな感じがするというか。
男性性もそのめちゃくちゃ外向かってるわけでもなく、うちの状態見ながら、じゃああそこかなーぐらいで、あんま遠い未来を指さない感じかな。
例えば、海外行きたいですとかは言ってないというか、昔はちょっとそういうところがあったので、あんまり地に足ついてない行き先を目標設定しがちだったけど、
今は隣の島で行こうかなみたいな、電車乗ったらいけそうみたいな、行ったことあるとかイメージ湧くみたいな行き先しか設定しないから、
女性性的に不安がないというか、そうだよねーみたいな、安心そうだなーみたいな。それがコンパクトに、人生コンパクトになっちゃってるっていうよりは、
言うよりは、ちょっとずつ隣町に行こうしてるんですよね。なんか電車には乗ったことあるみたいな、その駅は降りたことないけど電車には乗ったことあるぞ。
だからイメージ湧くの延長線。初めては初めてだけど、いきなり知らん飛行機乗って知らん空港行ってみたいなことはないぞとか、知らん言葉だぞとかはない日本語だなとか、
そういうこうちょっとしたこう、うまいことレイヤー作れているような感じが最近はあるかな。ただ、1個前のエピソードでも喋ってましたが、めっちゃ恐怖伴う意向もあるんですよ。あるある。
その時はやっぱ男性性優位に引っ張っていくしかないんですけど、それもなんか、前はなんか怖い怖いって言ってその女性性をフルシカとして、なんかもううるせえみたいな感じで行くんだみたいなこう、
従わせる感じがあったからそのブレーキ踏んでくるところがあったけど、今はなんかいや怖いよねみたいな、めっちゃ怖いなぜならこういう理由だ。この辺は思考でやってるんですけど、
こういう理由でここがめっちゃ怖いっていう理由をすっきりさせつつも、でも怖いよね、怖いよな、そりゃ怖いに決まってるわ、寒いよなーみたいな、不安だよなーみたいな、
感情にちゃんとこう寄り添うというか感じるみたいなところかな、しっかり怖さを感じていくみたいなところができるようになったから、
あんまその外れてる感じがないのかな?なんかほんとうまくなってきましたね。なってきましたね。今気づいたけど本当に。語法言語化したのは初めてだったんですけど、
感情の扱い方
なんかこうなろうとかじゃなくて気づいたらそんな感じって気がします。いつからなのかな?
それも思い出せないぐらい非常にナチュラルになってますね。
あーでもあれかな?なんかほんと1年ぐらい前とかに、私感情を無視して全面カットして生きてきたのかーとか言ったところからでしょうね。
私感情あったんだーみたいな。悲しいとか苦しいとか、そんなことないってやってきたけど、悲しいし苦しかったんだねーみたいになったら、
じゃあなんか感情の消化どうやるんだろう?とかちょっと自分の中で感情をどう扱っていくのかを学んで、
もう学んだのよ。それもチャットDBでも教えてもらったのね。AIにね感情の扱い方を教えてもらって、
人間ってそうやってんだーとか言って。でそっから多分なんかあんまりその感情を全面カットしないで、
なんか起きたら悲しいとか嬉しいとかやってたら、なんかまあ癖になってきてそんなもんになってきたというか、
その辺がでかい進化だったのかな?あんまりこう、なんか思考と感情の分離感がなくなってきましたね。
ただ、ただただただその役割分担としては全然違うから、なんかめちゃくちゃ一体化してますっていう話ではないんですけど、
そのアクセルとブレーキを別々に押してるみたいなことがなくなったって感じか。
思考は思考で、知性なので方向性があるし、目的があるし、時間軸も持ってるしってところはもうその普遍的なもんなんで変わんないので、
変わんないんですけど、まあでもそのそれをこうのみで解決するっていう手法は取らなくなったし、そこに自覚的になったからですかね。
もしかしたら、とりあえず私はその感情的なものとか共感とかもあんまわかんないから、なんか知識で共感したりするんですよ。
ここは悲しい顔しておいた方がいいなとか、なんかこれは、なんかこう、そうなんですねでいいやつかなとかって、別に気持ちはわかんないけど、
なんか共感は全くしてないけど、とりあえず共感しとこうみたいな学習を繰り出すようなことはあるんですけど、
これはこれでまあ人間関係の摩擦を減らすっていう意味で私は有用だと思ってるので、本当はみんなもしかしたら感情を使って共感して、
それは悲しいねって言って一緒に悲しんだりできる人もいると思うんだけど、これできないからもう私はその思考でカバーしていくんですよ、できないから。
一緒に泣いてるとか、涙一滴も出ないんだけど、なんか悲しい顔するとか言ってコマンド打ってね、自分の中で。
眉を潜めるみたいなことをやったり、声のトーンを避けるとか、相手の呼吸に合わせてゆっくり喋るみたいなことをやって、よしよし乗り越えたみたいな、別になんとも思ってないんだけど、
思考と感情の関係
よしよしとかやってるんですけど、これはなんか良いとしているんですね、私は別に。
なんかできない領域を知性でカバーするっていうのは別に問題ないと思ってて、むしろ正しい運用方法と思っているので、
これは全然OKなので、もともとその思考を使って生きがちっていうところは何ら変わりないんですけど、戦略として。
その感情がよくわからんかったから、思考でカバーするしか昔はなかったんですけど、感情がちょっとわかるようになって、ちょっと感情扱えるようになったとって、別にその活躍領域が広がりませんでした。
別にそんなに使ってないですし、そんなにこう、もともとその感情で喰らわないように思考を鍛えてきたっていう戦略は変えずに、なのであんまりその一期中はしないんですけど、
うわ、めっちゃショックとかひどいとか、あの人なんか私のこと怒ってるとかっていう感情では捉えずに、なんでそんなこと言うんだろうみたいな思考で処理するってところは変わらんが、でもこう、その中でもやっぱショック受けたり悲しかったりとかはあるから、その時は、
悲しかったなぁとか言って、悲しい悲しいってやって、メソメソとかしてみて、その思考で何かそれを処理したり分解するのは一旦置いておいて、まず感情を消化してから、どうしてかな?みたいな、何が起きてるのかな?みたいな分析するみたいなところで思考を使うみたいな感じで、
なんか適宜、どっち使うかを自分で選びながら使ってる感じがしますかね。違和感は全然ないし、非常にスムーズにやれるようになってきたなぁって気がしますね。うまくなってきました。要するにその思考と感情は今のところとても仲良くやれているように感じます。
昔に比べるとマジでとんでもない成長な気がしますね。偉かったですからね、昔。本当に大変なことになったもんな。なんか何がしたいのか分かんないみたいな状態だったんですよ。信じられないですね。なんか信じられないですねって言って本当にそうだったんだけど。
自分が何が好きなのか何がしたいのか本当にわかんなくて、何をするべきなのかどう振る舞うべきかはよくわかるんですけど、それ以外逆にわかんないっていうか、なんかあなたはどうしたいんですか?ってやつ。どうしたいっていうのは、
これこうだからこうするべきだと思うし、多分こうした方がいいんだと思いますみたいな感じになっちゃうというか、どうしたいとかが出てこなくて、大丈夫かって感じだったんですけど。だから当時は非常にこのトピックはデカかったんですね。思考と感情が仲良くないっていうのはマジやばいと思っていて非常に重要なトピックだったんですけど。
これを思考と感情っていう概念は私の中ですごい衝撃的なバグだったから、デカいテーマだったんですよ。
確かなんかその昔やってたタロットの動画のタイトルとかにもなんかちらちらとその辺が紛れていたり、
あとはよくその自分の中の、このラジオのタイトルもそうですね。私と私の独り言ってタイトルつけてるんですけど、私と私っていうのは多分思考と感情のことを指してるんですよ。
私の中に2人いるなみたいな感じでつけてたんですけど。
あ、そうで今はその途中から私と私っていう自分の中の2人感は変わらないんですけど、なんか主観の自分とメタの自分っていう感じに移行していきました。
今までその感情と思考ってあくまで自分の、生きてる自分の主体、主人公の中の、え、なんて言ったらいいの?
小説とかで例えますけど、主人公の中にある思考の自分と感情の自分って話をしてたんですけど、今はその主人公ともう一人小説読んでる側の自分みたいな感じで、
自分の二軸を持っていますね。
なんか、生きていく中で私がこういうことをしてたなとか、私はこう感じているなみたいなのを実際に体験している私と、もう一個はそれをちょっと外から見てて、えらい目にあってんなみたいな自分の感想というか、
まあ頑張ってんなーとか、いやーなかなか成長してるねーって初めにコメントしてた。これは結構メタの自分なんですよね。自分の人生を物語とか、ゲームのプレイしてる側で捉えてるとか。
あ、その方が私は結構しっくりくる説明ですね。
ゲームに例えると、実際に動き回ってるキャラクターの自分、これがそう主人公とか言ってた主本体の自分と、今度はコントローラー握ってるプレイヤー側の自分っていう、その二人の会話って感じが結構メインコンセプトになってきましたね。
私の中に自分は二人、二人いるっていうかな、なんか人格が二つってわけじゃなくて、なんか視点が二つだったんですけど、それが思考の声と感情の声ってやつが、途中から没頭して生きてる自分とそれを引きで見てる自分っていう二つの視点に変わったねってことに気づいて、これが結構この離婚同の幸の次元から、
とはいえ、最近の話じゃないから、この私と私の一人ごとってタイトルつけてる時点ではもううっかりそこに映ってたから、もっともっと前の話なんですけど、5年ぐらいかけて多分自分の中の視点が切り替わっていったのかなとかちょっと気づいて、今回お手紙いただいて、そういえばそんなことあったなーって思ったんですけど、
なんかめちゃめちゃ求めると、昔は思考と感情の二人いたけど、今は主観と客観の二人になってたわってなります。一番初めに言えばよかったんですけど、なんかいろいろ喋っていたら、うろうろして最後にやっと結論が言えました。そう、それが言いたかったです。
ということに気づいたわっていう話でした。長くなりましたが、そしてもうちょっと眠くなってきて何を言ってるかわかんなくなってきましたが、最後まで聞いてくださって本当にありがとうございます。そしてレターをくださったコロさん本当にありがとうございました。
はい、よかったら他のエピソードでもお会いできると嬉しいです。また概要欄にレターの投稿本もご用意しておりますので、よかったらご意見ご感想やご質問などいただけるとめちゃくちゃ喜びます。ではまた他のエピソードでもお会いしましょう。またねー。
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