逃げるか戦うかの判断
私と私のひとりごと。こんにちは、misaです。今回は、逃げる?戦う?逃げてもいい時の見分け方というテーマでお話ししたいと思います。
このラジオでは、願いを生きる過程や自己一致するためのヒントをお届けしております。
本日は1月24日土曜日です。よろしくお付き合いください。
最近のエピソードで、判断みたいなところを撮っているのもありまして、ふと、今行くべきか、行かざるべきか、どうやって判断してんだろう、みたいなところを掘り下げたいなと思いました。
今、仕事で就職支援とかしてるのもあって、皆さんのGOと、何やかんや言い訳してやらないみたいなのとかを見てると、なんでやらないんだろうなーって思うと同時に、私多分結構パワフルなんだろうなーっていうのはちょっと薄々感じておりまして、
基本撤退の選択肢はないのですが、勝負どころであるなと判断した瞬間に行くんだけど、もちろん逃げる時もありますが、この辺どう判断してるっけかをちょっと掘り下げようかなと思いますね。
でも、まずこの、今戦うべき時であるっていう認識ができるかどうかは、むしやして大事なのかもしれんとは思いますけどね。
なんか日常であるとか、「あーもうしんどいし、別にやりたくないし、まあいっかー。」みたいな感じで、今やる時なのに、あんまりこう重要だとは気づけないとかはもしかしてあるかもしれないね。
もしかしてこれが一番なのかもしれないが。で、なんか私の場合は、なんか踏ん張り時だなーみたいなのはめっちゃ感じるんだよな。
てか基本的にファイティングポーズとってるからかもしれないけど、全てにおいて、なんかまあいっかーっていうのは、なんかどっちでもいい時、外的なものに関しては割とどっちでもいいとしてるかもね。
外側のことって別に、自分でどうしようもないじゃない?あの仕事したいなーとか、あーこれ選ばれたいなーとかっていうのは、まあまあまあ、なんかやりたいですとか言うだけ言って、なんか出して欲しいものがあれば出すけど、
結果はまあ放置みたいな。そこになんか踏ん張るとかは、もう一回押すとかはあんましないかもね。言うだけ言ったら、できることやったらもうあとは終わりみたいな。
そんな丸投げ。で、うまくいけばラッキーだし、ダメだったらダメかーみたいな、外れたーみたいなぐらいで、あんまり食らわないんですけど。
なんかこと内側に関して言うと、基本的にマジでファイティングポーズとってるから、逃げることはまだ選択肢としてないのですが、逃げるとしても明確に今逃げますって感じで逃げるんですよね。
いや、ダメだもう戦えない。もう今はちょっと回復に努めましょう。撤退みたいな感じで、なんかその言い訳して逃げるみたいなことしたことないから、あんまり、あんまりこの辺はなんか他人とのズレを超感じるところかもしれない。
もっとなんか言い訳をしているけど、自分がその言い訳してるってことに自身で気づけてなくて、周りから見たら丸見えなんですけどね。逃げてんなーみたいな人は結構多いかもね。
こういう人って正論入ったりするとすごいエラー起こり始めるから、見守るしかないのですが。でもその、まだその、引き受ける勇気がないとか余裕がないとかいう見方もできるけど。
のでなんかその、いいね悪いねっていうジャッジをしようとは思ってないんだけど、なんか今その逃げるって、なんかリスクをどこに置くかの違いだと思うんだよなぁ。
なんか見てと思うんですけど、その今ごちゃごちゃっとごまかして逃げたら、未来にそのリスクを引き受けなきゃいけないじゃんって思ってて、今戦うと今リスクがやってくるっていうだけで、
なんか私はその先に嫌なことをやっていって、未来の自分はちょっと楽させてやろうみたいなのがあるので、嫌いなものは先に食べるタイプみたいな感じですかね。
行動する勇気
っていう気がしますなぁ。で、なんかその、逃げる戦うって何のことってもしかしたら、なるのかなぁ、伝わるだろうという前提で話してるけど、
なんかさ、あれだあれだ、めっちゃシンプルな例だけ出すと、誰かと友達になりたいけど話しかけるのが怖いみたいな時、やりたくない、話しかけるの怖い、でも友達にはなりたい、友達は欲しい、
で、アクセルとブレーキがあれじゃない。って時に、私は基本戦うの一択という、怖いからやめとこう、みたいなのはない。怖いなぁって思いながら、じゃあどうするっていうのを常に考えるっていうのが戦うと言っておりますね。
なんかその友達に正面突破して友達になってくださいっていうのはもちろん一つですけど、なんかもうちょっとこうやりようを考えて、その友達になりたいっていうゴールに向かって何ができるのか、アプローチできるレベル、
私のこの恐怖を持った状態でチャレンジできるレベルって何だろうっていうのをめちゃくちゃ考えて手を打っていくみたいな、
あの、誰だ?なんか他の人に、何だろう、先生に言ってもらうとかも一つじゃない?戦略としては。先生に、りささんと仲良くしてあげてくださいって言って、仲間に入れてあげてねって言ってもらった結果、
あ、そうなんだ、入れてあげなきゃいけないんだって言って、じゃあ入る?みたいに言ってもらうのも別に、よしよしときっかけは作れたぞってなるじゃない。
戦略性を持って生きてるなとは思ってたけど、こういうやつですね。正面から友達になってください、グループに入れてくださいっていうのがとても言えないのであれば、
別のルートからでもいいじゃねえかって思って、それを考えて確実に実行していくっていうようなことをしていて、だから真正面だけじゃないんですけど、
とにかくその友達欲しいな、でも怖いなの時に怖いなに巻き取られないっていうところを戦うと表現しています。
なんか場所っちゃあるじゃないですか。いっぱいあると思うんだよな、人生生きてると。てか、あるよ、ありまくりですよ。
やだなぁ、やりたくないなぁ、でもやんなきゃいけないんだろうなぁ、みたいな。これを、なんかでも私って大変だし、とか私って忙しいし、とか、なんかその言い訳して、
だからやめとこう、できない理由を探すようなところを私は逃げと呼んでおりますね。 ですがそういうことはしてないね。
これはでもなんかすごいでしょ、ドヤって言うよりは、これやると危なかったからなんですよ、たぶん。生存戦略として撤退しないっていう、今リスクを引き受けないと未来どうなるか、
不確定なもの増えるのって私にとってはものすごい危険だったので、今やれることをやっていって、なんかこう打って状況を見て判断する、次に繋げていくっていうのを生存戦略にしてたから結果こうなってるってだけで、
でもこれは結構苦しい生き方ではあるんですけどね。若かりし頃は非常に苦しかったし、逃げらんないっていうのは常にしんどかったんですけど、
でもそうしないと危なかったからやるしかなかったんですけれども。 ところでなんか良い悪いってわけじゃないけど、こういう人もいるよぐらいの参考に聞いてもらえたらと思いますが、
なんかその、 ってことはなんかいちいちその喰らってらんないのよね、なんか怖いなぁとか嫌だな不安だなぁとか自信がないなぁとか、
これもいるね、なんか自信がないからできないみたいな人いるけど、自信なんかないんだからって思って、そんなもん、自信があることはその日常だからチャレンジでもなんでもねえじゃんみたいな、それは当たり前ですよって、なんかよく話してますけど、
だからなんかその恐怖はあるもの、自信はないものとして、じゃあどうするっていうのを常に考えて、できる範囲で少しずつ行動していくこと、
いきなりでかい成果を上げようなんてことは別に思ってなくて、 ちゃんと行動して結果を取って、PDCAサイクル回していくと言いますか、まずは計画していく状況を把握して、できること何かな、具体的にね、
自分が実行可能な範囲でできることって何があるんだっていう、自分だけじゃダメなら誰か使えるやつはいないのかっていう、他の戦力はないのかみたいなところ探していって、確実にアクション決めていって、
どうだったっていう検証していく、先生に言ったけど、先生なかなか言ってくんねえな、ダメかみたいな、あいつは言ってくんねえな、なんでだみたいなとこ探して、
あの人は子供の、今の小学校のクラスとかイメージしますけど、他人の先生はクラスの人間関係には介入したくないっぽいとか、男性教師だからか、女の子のグループの心の機微みたいなのわかんねえのかなってなったら、
女の先生に行ってみようとかね、別の先生ならどうかとか、保険の先生はどうだとか、カウンセリングの先生もそういえばいたな、やってみようとか、
無理なら別の友達にアプローチしてみるのはどうか、みたいな感じで、次々戦略を立てて実行していく、でも確認していく、次これが有効だったなっていうのは次回同じようなことが起きた時にまた使っていく、みたいなことをマジでずっとやっていて、
なのでなんか撤退とか、ずっと逃げてるようなタイプの人はあんまわかんねえ、え、やりなよ、やってみなきゃわかんないじゃんってめっちゃ思うんだよな、
まぁ怖い気持ちわかるからそのお尻叩いて、まぁお尻は叩くけど、なんかなんで?みたいな話は全然するけど、できなくても別に怒ったりはしないんだが、なんかその方が危なくない?って思うんだよな、その方が怖くない?だって友達欲しいな寂しいなって言ってるだけでさ、
今日も明日も明後日もずっと声かけなかったら変わらない現実を確定しちゃってるじゃんって思ったら、何かしら作戦を実行していって、なんかちょっとでもきっかけ作って、解決の糸口みたいなの見つけていかないと、なんかこの現状ってこのままの方が怖くない?みたいな、危なくない?って思うんだよな、
でまた同じようなことが起きた時にまたじゃんってなっちゃうじゃん、でその時1回目で試した戦略がないと、また真っ白な地図で行動しなきゃいけなくなるのって怖くない?みたいなのがあるから、常になんか今のフィールドで試せること全部試して、全部やってみて、で結果見て、っていうのをやってますけどね、なのでなんか逃げるの怖くない派なんですけど。
でも一定数、ちょっと話めっちゃひっくり返すけど、そもそもその戦う戦わないの、LINEにいない人も結構いるのかなと思ってて、別にいい人、なんかこの私基本的にその目標を持ってたじゃない?なんか仲良くなりたいみたいな、目標がある人は戦う戦わないっていうところに載せられちゃうけど、ない人、別に今のまんまでいいのであると、今がずっと続けば良いのであるって思ってる人たちも多分一定数いるから、
この人たちは基本そんなに戦う場面にあんまり遭遇しないし、なんかリスクも多分少なくなるんだと思う。なんか私のリスクはその先にあるじゃんって思ってたのは、その願いが叶わないっていうリスクを将来吹き受けることになるから、今怖いけど行動するってリスクを取るって話してたけど、
願いがなければリスクもクソもないから、ずっとこのままでいいし、なんか変化したくないとかいう人たちは多分そもそも戦わないんだろうと思うね。この人たちに関してはね何も言わないんだよな、私は。だから目指してないからさ。
あ、そうかってなって、そういう人たちってなんかやたらと高望みとかもしないし、なんか怖い怖いとかもあんまり言わないっていうか、そんな怖いほどの恐怖ともなるほどの目標を掲げてないから、別にそんなに恐怖もないので、
あんまりなんか私の中では目立たないけど、え、なんか逃げまくるじゃんって言ってたのは、その高い目標を掲げてはいる割に怖いからやりませんって言ってる人たち。これすると差がどんどん広がっちゃうじゃん。夢ばっか大きくなって変わらない現実が続いていくから、その方が危なくないっていつも思って説得してみるんだけど、
説得して、仕事なんでですけどね、これは仕事で話をしてますけど、仕事なんで一応言ってみるけど、メリディメンダーラベルみたいな感じでね、でもなんか危なくないとか、これってそんなにリスクじゃなくないみたいな、このちっちゃい行動していくことってそんなに危なくないレベルでの行動まで落として、これを淡々と実行していけば最終的にはこれぐらいの成果になると思うから、やるのって別にそんな怖くないですか?みたいな話をしてみるんですけど、
でも半分ぐらいは、半分はもっといけるか、7割ぐらいの人はこれで納得して、なんか言語化されることで、あ、そっか自分が思ってた恐怖ってそんなに恐怖じゃないのかなとか、確かにそのリスク危ねえわみたいなところにしっくりきて、だって目標はあるわけだから、その目標に向かって行動していかないとそれ達成できませんよとか、そりゃそうかみたいになって、恐怖は一旦置いといて、もちろん持ったままでいいから、その恐怖消えないので、そんなもんすよって話もするとはそっかってなって、じゃあ行動していくかって、
ちっちゃい行動計画立てるから、じゃあ一個ずつやっていく、で最終的に結構伸びていくイメージあるけど、その3割、2割ぐらいの人たちはもう堅くなに、なんか動かないって、なんか恐怖を直視できない人たちですね、そういう人たちはね、そのリスクの話すらもしてほしくないみたいな人たちは、なかなかこう当然だけど、怖い話してほしくないから動けないし、
自己責任の重要性
動かないので、なんか脳死になってしまうというか、日々を繰り返していくことに風邪ついちゃうけど、でも夢ばっか高いから、なんか結構一番苦しそうな人たちで、なんかあーってなるね、見てて。もうちょっと、なんかでも、頑張るとか頑張んないとか努力するしないとかじゃなくて、向き合う覚悟みたいなところだけなんだよね、多分。
実際その、私いろいろやりますって言ったけど、失敗も超するから、めっちゃするからやっぱり、なんかその先生に言った結果偉い目に合うとかも全然あるので、そうしたらダメかーみたいな、この戦略は使えないかーみたいなことになって、次は使わないっていうだけで、その失敗しない確証は全然ないので、
なんか、そこの引き受ける覚悟が多分いるんだよね。失敗しても成功しても、その責任を自分で背負っていく。責任って言うとあれか、引き受けていく。あーダメだったかーっていう結果も自分のものとして認識するし、上手くいったら上手くいった、頑張って行動できたなっていう自分を引き受けていくし、
そこら辺が怖い、苦手な人がいるのかなって思うので、私は外部の人だから、外部っていうかその人本人じゃないので、失敗してもでも行動できたじゃんとか、前に比べたらその冷静に判断できてるよねとか、行く行かないの判断もあんまり感情に引っ張られて冷静に判断できたらそれはいいですよねとか、判断冷静ですよねとか言って、ちょっと前向きなフィードバック自分ではなかなかしにくいのかなって思うから、
補助輪としてやっていきますけど、なかなかそういう話もできない人はいるね。この人たちは本当に偉いことになってんだって見てて思うね。でもなかなか届かないので難しいですが、とかあると本当また話広げていくけどさ、自己肯定感とかに多分なっていくんだよね。
失敗してる自分がとても受け入れられないと、なんか夢ばっかり大きくしちゃって、できない自分は見れないから、むっちゃ苦しいんですよね多分。理想と現実のギャップみたいな。こういう人たちってなんか起こり始めたりするから、なんか自分の夢の世界に自分を生きていきたいなってしちゃうとさ、他人から現実を突きつけられるって当たり前だけど、
頭の中ではお姫様なんだけど、現実は別にお姫様じゃないから、当然姫とは呼ばれないみたいな。それに怒ってるってだけだから、めちゃくちゃなんですけど、ここまで乖離しないように早めにリスクをとっていった方がいいと思うんだよな。早めに現実を見て、冷静に行動していって、ちょっとでも自分の理想に近づけるように。
でもってその理想をお姫様とかにせずに、リアルな現実的な自分のゴールをちゃんと抑えていくことね。そうそう、理想をやたらと高くする人も自己肯定感低いですからね。なんか達成できないような夢をわざわざ広げちゃうような人もいるけど、それって本当に望んでます?みたいなところを頑張って崩していくんですけどね。
なかなか怖いんでしょうね。自分が達成できるような目標を掲げるって責任が自分に乗っかっちゃうんだよね。頑張れば届きそうなのって怖いじゃない?なんかね、伝わりますか?自分の偏差値が50だったら、55目指すことってできるけど、72とか目指すとさ、とても無理そうじゃん。だからなんか仕方ないよねって言い訳ができるっていうか。偏差値72の進学はできなかった。受かんなかった。でも仕方ないよね。だって50だったし。
難しかったみたいな感じ。言い訳できちゃうから。自信なければないほど、やたらめたら高い目標掲げがちなんだよな。夢語る時って気持ちいいから、全員。全員気持ちいいので。そこで自分が何者かになったような感覚が多分あるんだけど、実際冷静に地に足つけてる人っていうのは、自分が偏差値57、55くらい目指して、55になったら次60目指して、みたいな。刻めるんですけど。確実に抑えていけるんだけど。
でも合格するって意味じゃないですよ。50から53かもしれないし、何年か経って55を達成するみたいなのもあるけど、確実に自分の達成できそうな目標を掲げて、ちょっと情報修正していく。上に上げていくようなことができるんですけど、できない人はやたらと高い目標を掲げたり、目標を逆に下げて、できますできますって言いながら一個も行動しないとか、なんかこうバラバラしてくるんだよね。
怖いんだよなぁ、わかるよとは思いつつ、逃げてるとそのリスクは後に払わなきゃいけなくなるから、どうなんだいって私は思うけど、その人たちの判断だから何も介入はできないのですが。私はこのように考えているので、なんか撤退してもいいことねえなって思うので、なんか今行くときかって思ったらもう行くし、
で、まあめっちゃ失敗したみたいなことも引き受けながら、じゃあ次はどうする次はどうするっていう最終的にはこう具体的な行動目標というか目標行動計画に落として、じゃあ次はこういうふうに行動するっていうふうに決めて、なんか自分会議は終了するようにしてますね。逃げるときは逃げる、あのあるあるその撤退するときもあります。私的には結構1社目の退職とかは明確な撤退だったんですよね。
ここでまだ、まあでも結構いろいろ試したんですけど、なんかいろいろ試した。なんかダメだな、これが足りないなみたいなの明確にあったから、もっと評価されたいとか、評価されるためにはこういうことをしなきゃいけないから、じゃあまずはここにねこっていくとか、なんか明確な、なんかアピールしやすい仕事をくださいみたいな感じで上司に掛け合ってみるとか、いろんなこと試したけど、なんか運も悪かったりとかしてこう本当に繋がらなくて、
まだ試せること多分あるけど、タイミングとかもあったから、次のタイミングを待つとかもできるけど、でももうやめようと思って、もういい、逃げますってなって、もう逃げましたね。出せっつって思って逃げて、で次は転職でもう回収できなかったこと全部回収してやろうと思って、
なんかそれをバネに結果的にいろいろ試したのよね。試してできなかったことを次の職場で試してうまくいったから、なんかこんな感じで逃げることも全然あるし、その体調とかもあるじゃない。気持ち的に余裕がないとかもあるから、そのなんか命かけてやらなきゃってことはないから、まずは命を守らなきゃいけないから、その辺は判断するんですけど、基本的にはその
逃げることの意味
ごまかして逃げるみたいなことはせずに生きてますね。で、こういうのって私、名言あんまできないタイプなので、100%じゃないと言い切れないから、ここまで言い切れるのはすごい自信にはなっていて、1回も逃げたことないと思うみたいな、自分ごまかしたこと1回もないと思うっていうのはめっちゃ自信があって、これは本当になんか自分の、なんて言うんですか、境地と言いますか、強く持ってる部分なんでしょうね。
なんか自分が自分であるって確認できるめっちゃでかい筋みたいな、ちっちゃい時からそうだったぞっていうのは、その生存戦略にしてるっていうところもあってブレないので、これを大事にしてるっていうところもあって、でもこの生き方してるとすげーうざいなーって思う人も多分一定数いると思うから、なんか振りまくのはどうかなとはちょっと思っているので、必要あらば言うだけですけど、私は一貫してそうやって生きてるよんっていう話でした。
はい、最後まで聞いてくださりありがとうございました。参考になるかは不明ですが、そんな人もいるんだなーぐらいで大丈夫かなと思います。
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