新学期の始まりと服装の重要性
こんにちは。岐阜県の工業高校で教員をしているすみです。この番組、未来をつなぐものづくりでは、日本の製造業を支える企業の技術や、そこで働く人たちの思い、そして工業高校の教育の魅力をお届けしていきます。
さて、新学期が始まりましたね。新学期といえば、まず始業式があって、そこから校長先生の話もありますけれども、
それ以外に、岐阜工業高校では、服装や頭髪についても点検を行っております。その際、今回、多くの生徒が、服装や頭髪、ピアスの穴も含めてですね、いろんな注意を受けました。
ちょっと今年、人数が多いなーっていう感じもしました。まあ、生徒のみんなはね、非常に素直に直してきますということで、冬休みの気持ちを切り替えようとしていましたけれども、
ただ、やはりこの法則だから守りなさいという考え方で押し通せなくなってきてるんじゃないかなというふうに思うんですよね。
服装や頭髪という問題については、もう一つ深く考える必要があるんじゃないかというふうに思っています。今回はそこの深掘りした話をできればなというふうに考えています。
なぜ服装や頭髪を重視するのかというところですよね。昔は厳しかったですよね。私の中学生の時も男子は丸坊主というような流れがありましたからね。
そこからだんだん自由な感じになってきましたけれども、だいたい50代以上の方は中学校時代を思い出すとそうだったんじゃないでしょうか。
そこと比べると今だいぶ違いますよね。その背景としては近年、皆さんもご存知だと思いますが、多様性とか人権が尊重される時代になってきましたよね。
これは非常に良いことですよね。いろんなことを認めていこうと。女性だけではなくて、いろんな人権も含めて、いろんな人がいるから全てそういったものも認めていこうというような流れにありますよね。
そのような時代を背景に、前日制の高校の中にも私服登校や頭髪のルールの緩和を認める学校も増えてきているんですよね。
通信制や定時制というのは従来から服装も自由、頭髪も自由みたいなところが多かったんですけれども、前日制の高校でもそういった流れにあるかなというところが感じられます。
加えて社会でも人材不足の影響によって企業や公安機関、警察とか消防とか自衛隊が公安と呼ばれますけれども、そういったところも規則が厳しいから就職先から外すといった学生が出ないように、
頭髪の基準を緩和せざるを得ない状況も世の中の流れとして受け止められている面があるように思いますね。
こうした流れと比較すると、本校の服装や頭髪に関する指導は厳しく感じられるかもしれません。
なぜならばやっぱり安全って一番大事ですからね。工業高校なんで、例えば髪の毛が長すぎるとか、もしくは服装がだらしないとか、
そういったことになると、どうしても工作機械を使うとか、回転している機械に対しては非常に危険度が増しますからね。
これは安全教育という面では当然のことなんですけれども、それでも生徒たちはSNSの影響も多々あると思いますが、流行に敏感でそれを優先したい気持ちっていうのもあるんですよね。
これはやっぱり理解もできます。みんな通る道ですよね。ただ、SNSはそれを過剰にしてるっていうのも側面的にはあると思います。
ですが、服装や頭髪って本当にこのような流れに乗って自由にしてっていいのかなっていうところがあります。
ものづくりの真髄と察する力
逆になぜここまで服装や頭髪って大事にしてきたのかっていうところです。
私はよく生徒に話すんですけども、人生で一番高い買い物って何ですかって質問するんですよね。
そしたら大多数の生徒が車と答える生徒も多いと思うんですけども、実は住宅が一番高いですよね。
実は私も最近家を建築したんです。まだまだ返さなきゃいけない論があるんですよね。
まあそういった中でその住宅を建てるにあたってその営業マンが、例えばですが誤解を恐れずに言うと茶髪にピアスにだらしな服装で現れたらどう感じるでしょうか。
そういった営業マンももしかしているかもわかりません。その方を否定するわけではないんですが、私としてはこの人に一緒の買い物を任せて大丈夫かなっていう不安が出てきてしまいます。
もしかして中には契約をためらう方も見えるかもしれませんよね。一方で同じその営業マンの方が芸能人だったらどうでしょうか。
同じ服装、頭髪であってもむしろもっと奇抜な見なりにして注目を集めた方が人気が出るかもしれませんよね。
人は外見で判断するなと先生からも小さい頃教えてもらったと思います。私も教えてもらいましたが、しかし同じ人間であっても置かれた立場や環境によって周囲が求める外見とかね振る舞いっていうのは変わってくるんですよ。
多様性が認められる場面と厳格な信頼が求められる場面というのがあるんですよね。
もう一つ例を挙げます。2年生では修学旅行に行くんです。沖縄まで行くんですよ。
その際やはり航空機に乗るわけですけども、パイロットや客室乗務員、整備士の中に、ん?と首をかしげたくなるような奇抜な頭髪や服装の社員がいるでしょうか。
おそらく一人もいないんですよね。みんなピシッとしてますよね。それは会社から厳しく言われているからだけではありません。
むしろですね、何も言わなくても彼ら全員が自分たちは多くの命を預かっている。
お客様に安心を届けるのが仕事だという自分に求められているものを深く理解しているからこそ、そのような服装、頭髪になるんです。
仮にですね、安全に配慮した上で奇抜な頭髪や服装をしても仕事そのものはできると思うんですよね。
しかしその独りよがりな価値観というのは、人によってはお客様に不安を与える要素になり得ます。
つまり規則がないっていうことは自由ではないんですよね。プロとしての自立が必要なんです。
どのような外見すればお客様に不安を与えないのか、どのような立ち振る舞いが求められているのか、
その感覚を持てるかどうかっていうのは将来、社会で活躍するためには必要なことなんじゃないでしょうか。
自衛隊や警察など消防もそうですけども、公安職と呼ばれるものでも最近、頭髪については緩和が進んでますよね。
自衛隊でも2024年度に大幅な頭髪の改正がありましたよね。茶髪でもいいというような内容だったと思いますが、
これはですね、しかし国を守る自衛隊員や地域を守る警察、消防がですね、こうやって規則を緩めるということは非常に難しい問題なんですよ。
この職業は時に命と隣り合わせです。その際には個人の自由よりも組織として同一性を保つための規律が必要になるんです。
ですから厳しい規律の中でいかに子を殺して、そして組織に同調していくのかということを訓練も兼ねながら身につけていき、
そして集団として国や地域を守っていくという組織なんですけども、しかしそういったものが緩和されていく中でどこまでそれが保たれるのかというのが課題なんですよね。
すごく難易度が高い課題だと思います。自衛隊でも統発のルールを緩和したときに、せめて清潔感や品位を保つことということで最低限ルールは設けてるんですよね。
製造業でも影響が出ている懸念があるそうです。日本のものづくりが世界に誇れるのは、相手のことを考えてひと手間かける心があるからなんですよね。
つまり察する力がものづくりに影響しているのです。次に使う人が困らないようにとか、マニュアルにはなくてもひと手間かけること、あるいは使う人の気持ちを考えて加工を少し追加するといった配慮、
こうした内面的な意識こそが世界に誇れる日本のものづくりの真髄です。もし加工工程に書いてないから関係ないという受動的であれば、この誇るべき文化を引き継ぐことはできません。
日本のものづくりはこの察する文化そのものなんですよね。ですから海外に製造拠点を移しても、日本と同じようなものづくりができないというふうに言っている会社ってたくさんあるんですよ。
同じ機械、同じ人を使ってやってるんですけども、文化が違うんですよね。そこに住んでいる方の文化が違うと、ものづくりにも影響があるということなんです。
この察する力っていうこの想像力がある生徒は単にやり方を覚えるだけでなく、なぜそうするのかという目的を深く理解するんですよね。
例えば単なる学習ということになれば、マニュアル通りにボルトを締めるということになるんですけども、
察する力を伴う学習となると、この機体に命を預ける人の安心っていうのを察して、そのために最も正確な作業ってなんだろうとか、
そういったことを追求するんです。 このように察する力がものづくりに加わることで、学びっていうのは単なる知識の習得を超えて、
魂の入った技術へと昇華するんじゃないでしょうか。 究極に言えば学ぶ力が高い人っていうのは、察する力を正しく自分自身に向けている人のことですよね。
自分の幸せがどこにあるのかを察して、今の自分の至らないところを察し、それを埋めるために姿勢を正して挑み続ける。
規則がある中で自由を使いこなして、社会の機体を察しながら自分をアップデートし続ける力。
察する力によって外部から栄養を取り込み、学ぶ力によって自分を成長させる。
この2つが回転することで、生徒たちは自ら幸せに向かって力強く履歴していくことができるんじゃないでしょうか。
現代の価値観と服装
昨今、ルールという防波堤が薄れていく時代において、自ら自分の置かれた環境やフレーム、枠組みですよね。
を推測し、姿勢を正すことのできる力が社会人には求められているんです。
上司もですね、あれあれこれあれなんて言うと下手するとパワハラになってしまう時代なんですよ。だから何も言いません。
ルールもあれもこれも作るとですね、多様性に反しているということになってしまいますので、何も作りません。そんなような時代ですよ。
だから何でもいいんだという姿勢では困るんですよ。
今置かれた環境で何が求められているのか、それは内面的にもそうです。立ち振る舞いもそうです。
服装、頭髪といった外見もそうです。それが分かるっていう人間になることが大事なんです。
何もないから何でもいいではなく、何もないけど分かってますよと、そんなことが察しれる。
そして姿勢を正すことのできる力が必要なんですよね。
特に高校生という時期は学ぶ期間です。これまで自分の中にあった価値観と異なる価値観、もしくは全く反対の価値観を受け入れていくことでもあると思うんですよね。
そのためには一旦自分の価値観を脇に置いて、受け入れる心の体制を整える必要があります。一言で言えばそれが謙虚さなんです。
謙虚さがなければ学ぶ意欲につながりにくくなります。
なぜなら、自分の価値観だけで物事を判断してしまうからです。自分の価値観から抜け出せないんですよね。
私の感覚では、姿勢を正せない生徒の中には授業を一生懸命受ける生徒はほとんどいません。
要は自分には関係ない。先生の話なんて関係ない。自分は分かっている。もしくはそれが態度として服装や唐髪、規範を出している。
そんなような生徒で、過去一生懸命勉強しているなと思う生徒はほとんどいない。そんな記憶です。
多くの企業の方は、人間性の良い生徒をお願いしますよと頼んで行かれます。
そのような人が多い企業や組織こそが、将来社会で信頼を勝ち得るための最大の武器になるからですよね。
人材というのが一番大事なんです。ありがたいことに本校、本学科の生徒は企業からも高い評価をいただいているんですよ。
卒業生からも当時の指導が生きていると聞くことがあります。
この思春期に規則という壁があることで、規則というはっきりしたフレームが認識できることで、
心の姿勢と外見の関係
生徒はここまでは自由だが、ここからは他人への迷惑、自分勝手につながるという境界線がはっきりと意識できるんです。
その中で自由を謳歌するにはどうしたらいいのか、そんなことを身につけていくんですよね。
そしてそういった感覚を身につけたものが社会人になった時に、全く見えないフレームであっても、
イメージしてここまではこうするんだといったところができるようになるんじゃないでしょうか。私はそんなふうに確信しています。
服装・頭髪って本当に難しい問題ですよね。今話してたことも、こじつけと言われればこじつけかもしれません。
人によっては見たいものを見て、聞きたいものを聞くっていうのがこれ人間ですからね。
なかなか話を理解していただける人ばっかりではないと思います。
だけども多くの会社、そして学校関係者からも、頭髪の乱れということが心の乱れと昔から言われますが、
まさにその通りだということで認識されている方の方が多いんですよね。
なかなかそれがでも言えない時代になってきているというのがすごくジレンマです。
私たち教員が厳しく指導するのは生徒たちを縛るためではないんです。
本質を見極め彼らが将来、誰かに信頼されて重要な仕事を任され、そしてより幸せになってほしい。そこが一番なんです。
だから外見を整えることというのは心の姿勢を整え、自分の人生を整える第一歩になるということなんですよね。
そういった思いを持ちながらこの始業式、服装等圧検査をさせてもらいました。
そこまで生徒は何も感じていないと思いますけどね。それでもいいと思います。
しかし今回私自身が深く考えるきっかけになりましたので非常に満足しております。
今後に活かしていきたいなというふうに思います。
未来をつなぐものづくりでは皆さんからご意見、コメントなどいただけるとありがたいと思っております。
またそのようなコメントが私の励みになります。
来週また月曜日4時にお会いしましょう。ではまた。