文部科学大臣優秀教職員賞の受賞
こんにちは。岐阜県の工業高校で教員をしているすみです。
この番組、未来をつなぐものづくりでは、日本の製造業を支える企業の技術や、
そこで働く人たちの思い、そして工業高校の教育の魅力をお届けしていきます。
つい先日、東京大学の安田高等に行ってきました。
何の用事で行ったかと言いますと、令和7年度の文部科学大臣優秀教職員ということで、
表彰をいただくことになりまして、足を運んで表彰式に参加してきました。
これはですね、校長先生はじめ、いろいろな先生方に推薦いただき、
この表彰をいただく流れになったと思うんですけども、大変光栄ですね。
しかし、私一人で何か成し遂げたということは一つもありませんから、代表していただいているというような感覚でいます。
今回はでもせっかくの機会ですので、東京で表彰式があるということでしたので、足を運んでみました。
安田高等に入るというのは初めてな経験で、歴史ある建物、そしてここで起きた歴史的な出来事とかですね、
そういったことに思いを馳せると、本当に感慨深いものがありました。
さて表彰式は文部科学大臣からのお礼の言葉をいただくだけでなく、
講演会としてたまたまですけども、岐阜県出身の作家の浅井亮さんが30分ほど講演していただきました。
講演の内容がまたですね、話すのも上手で非常に深い話でしたので、
私なりに咀嚼したものをここでお話しできればなというふうに思っております。
まず浅井亮さんが壇上に現れた時はもう金髪でですね、全ての学校の校則を破るかのような、
頭髪でお見えになりましたけども、ただ話すのはかなり上手ですね。
作家ということもあって非常に引き込まれました。
その中で何を話されてたかということですけども、主に思い出ということですね。
幼稚園から高校までの振り返りの中で、自分が思い出に残っている先生ということでお話をされました。
その話を入り口に本気が人の心を動かす理由とか、
そういったことについて私なりの思いを話せれたらなというふうに思っております。
まず浅井亮さんの話というのは、幼稚園から高校前の先生方の言葉や思いやりというものが今の自分を作っていると語られました。
その内容はどれも深く誠実なものでした。
幼稚園の先生は活発に外で遊ぶというのが男の子の遊び方というバイアスがかかっている時代の中で、
浅井さんは本が大好きだったんですよね。
両親も含めて大人がそんな自分を心配しているということも子供ながらにわかっていたようですけれども、
ただそこで幼稚園の先生が外で遊びなさいということではなくて、
私も本が好きなんだよって寄り添って、その存在やそのあり方を肯定してくれたんですよね。
その一言が浅井亮さんにすごく安心感を与えたというようなことです。
幼稚園の先生って卒園生からありがとうございましたっていうことを大人になってから言われることが少ないなんてことをおっしゃる方がお見えなんですけれども、
ただ浅井亮さんはもう幼稚園の時の先生のことがなかったらもう今の私はないと。
なので幼稚園の頃の一言っていうのもすごく影響あるんですよっていうことを言ってみました。
小学校の先生は浅井亮さんが書いた交換日記を毎日小学生なんでしてるんですけれども、
それでは飽きたらず、なんと100枚もの原稿用紙に小説を書いて渡したんですよね。
その小説を渡した先生はいつもの日記のやり取りの赤ペンで一行二行書いてある返事ではなくて、
便箋3枚にびっしりと感想を書いてくれたらしいんですよね。
その時に一生徒ではなく一人の人間として対等に扱ってくれたっていう思いがあったみたいです。
そして中学校の先生、また浅井亮さんは小説を書くんですよね。
その小説は中学生の思春期にぴったりな尖った作品だったので、
中学校の先生はこれはまずいということで、
発表させれないという周りの先生方の意見を変えようと一緒に寄り添って直して、
そして賞までいただくというようなところまで導いてくれたそうです。
そして高校の先生は小説家になりたいというもう本当に夢みたいなことを進路で話したらそれを茶化さずに、
本気で文系に住んだ方がいいよとか、真剣に親も含めて相談に乗ってくれたということがすごく印象に残って、
今でも感謝しているというふうに言ってみました。
自分の志を本気と受け止めてもらえたのがその後のキャリアを決定付けたというふうに言ってみましたね。
その都度その都度で浅井亮さんが今小説家になっているという結果に結びつくような言動をしていただいたおかげで
今があるというふうに言ってみました。
教員の本来の仕事とその意味
なぜこれらの言葉が彼の人生を決めるほど深く心に刺さったのでしょうか。
それは先生方が自分の時間を彼のために割いたからです。
ただ時間を割いただけではありません。
自分の命そのものである時間を孫徳全く関係ない事件でただただ彼のために考えて一緒に使ったということが
後から浅井亮さんの心を動かしているようになっているんじゃないでしょうか。
人の心ってどんな時に揺さぶられるのかちょっと考えてみたいと思います。
最近ポッドキャストでゴホテに行ったという話もしましたけれども
AIならゴホの絵を瞬時に再現できますよね。
ゴホの絵を真似したもっと素晴らしい絵も描けるかもしれません。
しかしでも今私たちはゴホの絵に感動するのはなぜでしょうか。
それはそこにゴホという人間が限られた命の時間の中でどれほどの葛藤を抱え
どれほどの情熱を筆一振りに込めたのかを感じるからです。
人間はそこにどれだけの命の時間が費やされたかに対して
本能的なリスペクトと感動を覚える生き物じゃないでしょうか。
AIが瞬時に出すものよりも
例えば先ほどの話で先生が徹夜して書いた少し字の震えた3枚の便箋だったら
どっちが心を揺さぶられるのか。答えは明白ですよね。
そこに宿る時間の増揚こそが人の心を動かす。
効率化ではない本気が伝わったとき
それは相手の自己肯定感を根底から支える一生の力になるんじゃないでしょうか。
昨今教育現場でも働き方改革が叫ばれていますよね。
いかに効率よく金銭的にも単価の高い仕事をするかが注目されています。
もちろん持続可能な現場を作ることは大切なことです。
しかし私たちはもう一度考えなければいけないと思います。
人の心を動かし人生を動かすような教員の本来の仕事は
効率や単価で測れる次元とは全く別の場所にあるのではないかということです。
給料分だけ働くという等価効果の世界には関係性は残りません。
それに対して無償で与えるということは
あんなにしてもらったんだから自分も頑張ろうという信頼の絆を残すことにもなります。
この計算を超えて与えるという態度こそが教員としての本来の仕事であり
最も誇り高い役割ではないでしょうか。
浅井亮さんの作家の人生は個人の努力だけではなく
こうした恩師たちの偶然の出会いが重なり合って生まれたものです。
人に歴史ありと言いますがそれは個人だけの歩みではありません。
周りの人がその人にどう関わったかという歴史もその人の一部なんですよね。
どんな環境で誰にどんな言葉を送ってもらったか
それによって人の歴史は書き換えられます。
だとすれば私たち教員の仕事は生徒という物語の歴史の強著者になることです。
その一筆をどれだけ本気で書けるか
そこに震えるほどのやりがいがあるのが教員の仕事ではないでしょうか。
今回は私が教書式で応援していただいた浅井亮さんの話を深掘りして
自分なりの考えをまとめてみました。
効率化が加速する時代だからこそ私はあえて
不器用で熱い造詣者であり続けたいなというふうにも思いました。
私たちが送る命の時間がいつか生徒たちの手で
次の時代の新しい価値へと変わっていく
それが未来をつなぐものづくりだと信じています。
皆さんは今日誰の歴史にどんな一筆を書き加えられますか?
誰かに励ましの言葉を送ることは些細なことですが
その大きな力となってその人の人生をもしかして変えるかもしれませんよ。
ぜひまず身近な人から何か感謝の気持ちでも伝えられたら
違うんじゃないでしょうか。
この番組未来をつなぐものづくりは
ぜひ皆さんからのコメントもいただきたいと思っております。
と私の今後の活動の励みにもなります。
毎週月曜日7時に配信しておりますのでまた来週お会いしましょう。
ではさようなら。