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2025-12-25 1:05:56

#254 特集『湖の底で戦争が始まる』中身篇

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森内こゆき
京都大学大学院博士課程に在籍しながら、宮崎県椎葉村にある椎葉民俗芸能博物館の学芸員を務める。
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『湖の底で戦争が始まる』取扱店
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サマリー

ポッドキャスト第254回では、古党の物語『湖の底で戦争が始まる』についてゲストを招き、深く掘り下げています。地質学や民族学と文学の関連性について話し合い、著者の感想や反響も紹介されています。このエピソードでは、民族学における文学的な要素や、それがどのように影響を与えているかについての討論が行われています。特に、杉山涼蔵の論文が歴史的事実と芸術的創作の整理に重要な役割を果たすことが強調されています。また、遠野や江戸時代といった歴史的背景に基づいた物語の創作についても語られています。研究と創作の難しさや、民俗学の理解を深めるための整理作業についても触れられています。また、民族学と歴史的事実の解釈、及びそれを基にした創作活動の重要性について議論されています。柳田邦夫氏のメッセージや、シーバソン図書館での出版活動についても取り上げられ、文化的なつながりの深さが強調されています。『湖の底で戦争が始まる』の特集が、メディアノックでの小ネタや関係者の声を通して紹介されています。

新作の紹介と感想
今年出版した古党の物語、湖の底で戦争が始まるを発表して、まもなく1ヶ月が経とうとしております。
早速何人かの人にも読んでいただきまして、ありがたい感想をいただいております。 そこでですね、今回はエピソード243の特集
湖の底で戦争が始まる立読編に続いて中身編ということで、実際中身の話をゲストをお招きしてお話し伺っていきたいと思います。
メディアヌップ。 こんばんは、ささきゅうです。 こんばんは、宮本です。 こんばんは、森内孝之です。
森内孝之さん、お久しぶりです。 ご無沙汰してます。 久しぶりです。 お願いします。
どれぐらいご無沙汰かというとですね、前回出演いただいたのがエピソード118で。 すごい。
今はもうエピソード250を超えていますので。 すごい。 100回以上ぶり。 100回以上ぶりですね。
回数と期間的にはどんな感じなんですかね。 そっか。 えーとね、2023年の4月が最後なので、もう1年半ぐらい。
私がスティーバーに移住することが決まったあたりですね。 そのあたりですね。
で、懐かしいのが、その塔の物語のいろんなデータベースをちょっと作ってみようっていう雑談をしたときで、
そのときまだ今ほどAIが賢くないとか簡単に使えなくて、人力で2人ともやろうとして、やめようやめよう、これは人間の仕事ではないって言って、
やめたのがもう1年半前なんですけども。 そうでした。
今やったら。 今だいぶ、ね。 そうそうそう。
今やったらだいぶ違う結末になりそうなんですけど、あのときは挫折するぐらいの時代でしたね。 そうですよね。
えー、もう1回チャレンジしたいですね。 ね、もう1回やってみたいね。確かにね、今やるのいいかもしれない。
で、そのね、1年半というのは長い時間なので、その間森内小池さんはですね、
シーヴァ村にある民族芸能博物館の山奥学園としてご活躍でしてですね。 はい。
あの、ポッドキャスターとして見逃せないエピソードとしてはですね、優しい民族学の。 あっ、はいはい。
はい、ゲストに出られて。 おー。
出させていただきました。 その後も交流があるんですか?
あー、そうですね。えっと、あの、優しい民族学のパーソナリティの岸沢さん、今年も来週、シーヴァの神楽の調査でまた来てくださいます。
そうなんだ。はい。 じゃあ、ほんとによく行き来してるんですね。
あー、ですね。で、けっこうなんかそれも感動エピソードがあって、あの、岸沢さん去年のシーヴァ神楽の中でも、
利根川地区っていうところの、利根川神楽っていうのを見に来てくださったんですけど、
なんか利根川の方たちがすごい喜んでくださって、その東京から調査に来てくれるっていうのを。
で、なんかもう今年はもう、旅費を俺たち出すから、またぜひ来てくれみたいな、2年来たほうがきっと調査にもいいやろうし、みたいなことをすごい言ってくださって、
岸沢さんが思わず涙がこぼれるっていう、打ち合わせをしたのが今年です。
すごいな、シーヴァ。その、なかなか取材に旅費出してくれる、あの、芸能団体ないんじゃないですか。
え、そうですよね。
あるというか。
しかも、取材っていうか、でも研究ですかね、それは。
そうですね。 民族学、人類学とか。
はい。岸沢さん今、えっと、国学院大学の、あの民族学の今、修士課程に在籍されてて。
そうなんですね。
はい。それでもう本当に、調査のために来てくださってるっていう感じ。
そういえば森内さんは、今あれですよね、京都大学の博士課程なんですよね。
あ、です。博士課程におります。
そうか、どちらもまだそうだったんですね、在学中で。
ですです。学生の立場ですね、まだ。
いや、うらやましい。うらやましいです。
え、うらやましいですか。
僕、誰に、誰にってか、年取るとね、たまにこういうこと聞くんですよ、あの、今より10、20若かったらとか、学生に戻れるんだったら何したらいいですかとかって、たまに聞く人いるんですよ。
はい。
で、僕ほとんどないんですけど、今楽しいからそういうことほとんどないんですけど、
唯一あるとしたら、人類学とかやってみたかったっていうのがあって、うらやましいです。
え、そんな今からでもできますよ。
いや、みんなそういうじゃないですか。
いやでも、みんなそういうんですけども、人類学、民族学みたいなフィールドワークはすごく重要視される分野だと、
やっぱりこう、何者でもないというか、何も持っていないっていう、何も持ってないときだけに受け取れるものがあるっていうのってね、なんか戻ってこないですよね。
うんうんうん、それは確かにそうですね。
え、でもそれで言うと、逆も言えるじゃないですか、今の佐々木大輔にしか聞けない話も絶対あるじゃないですか。
あー、確かに。ありがとうございます、そんなふうに。
なんですか、これ。
いや、でもね、最近、これはね、里見隆二さんの、現代人類学の冒険っていう平凡写真書の本を読んで、
はい。
なるほどと思ったのが、現代の人類学のフィールドワークの先端っていうのは、どっか誰も行ったことのない世界っていうよりかは、
うんうんうん。
現代の自分たちが住んでいる、私たちだったら日本ですよね、日本のそういう現代の暮らしの中に、人類学の掘り下げるヒントも結構あるみたいな話があって、
そうかと、じゃあ僕学生に戻って、どっか知らない世界のフィールドワークに2年間を通入するってことはできないかもしれないけど、
はい。
意外と今生きてる場所で人類学できるんだなって思ったりして、そんなふうにね、慰めております。
えー、確かに、アフターコロナから結構、
あ、そういうことですよね。
ですです。自分の生活圏内でフィールドワークするみたいなのが見直されてるので、
まさに森さんなんかも、コロナ真っ最中で海外に行く予定が、国内で人類学やることになったみたいな、
そうですそうです。
ことですもんね。
はい。それで日本民族学にどんどん、ジャンルが寄っていって、遠野敏夫をこう、
そうね、最初は人類学とアートだって、僕聞いてたんですけども、
遠野敏夫両方兼ねたら、もう誰から見ても民族学やってるんだろうなって思われちゃいますよね。
そうですね。もうどんどん自分でもやっぱり、民族学踏まえないと語れないことが増えてきちゃったので、
民族学史を見るようになってますね。
民族学史ですね。
はい。
作品への反響
メディアン・ルップのリスナーさんにお伝えするとですね、柳田邦夫の初期三部作と呼ばれる作品があって、
農政管理をしながら自分の学問を立ち上げようと発揮した35歳ぐらいの、たった1年か1年半ぐらいの間に三作を出したんですけども、
そのうちの一つが、日本の北の方にある東の物語、東の舞台にしたもの。
それを佐々木紀善から聞いたもので、もう一つが東京から見ると西の方、九州のウチノカイの言葉の木っていうのを、
あれは村長さんでしたっけ、狩人さんでしたっけ、その資料をいただいて仕上げた本なんですよね。
そうですね。シーバの当時の村長の中で。
村長さんか。
なので、北と西とって違うんですけども、どっちも聞き取りだったり資料をいただきながら日本のそういうものを書いたっていうのを、2つの地域でやったっていうことで、
北と西は民族学の始まりのとこに立ち会っている象徴的な場所の2つなんですけど、その2つをコンプリートされているのが森内孝之さんでございます。
すごいよね、うらやましいですよ。
それが伝わってきます。
伝わってきました?本当にうらやましいなと思った。
なかなか笹桐さんからうらやましいって聞いたことないけど、すごいうらやましがってるなっていうのを今感じてました。
本当にうらやましがっていただいてるんです。
でも僕、ちゃんと宮本さんのこともうらやましいと思ってますよ。
本当ですか。
料理出して、レコードをかけたいなって思ってますから、本当に日々。
ありがとうございます、励ましていただいて。
励ましてない、励ましてない、うらやましがってる。
今日はさっき小雪さんにも、今にしかできないことあるんじゃないかって言ってくださったのは確かにそうだなという部分もありまして、
今年フィクションじゃなくてノンフィクションを含む本を書きまして、
僕研究者じゃないんですけど、研究領域のものを含むものまで編集者としてやってですね、ちょっと背伸びをしてだいぶ無理をしなきゃ作れなかったんですけど、
無理してなんとか作った本が、湖の底で戦争が始まるっていうやつなんですけども、
ちょっと今日はね、それについて、中身についてですね、ちょっとお話をしてみたいと思います。
はい。
ここから本編なんですけども、ちょっとね、どうします?
あれなんですよ、僕出して1ヶ月経ってるので、読みましたって言ってくださる方、身の前にいるんですけど、
読みましたって言ってくれても、どうでしたっていうことを一言も言ってないんですよ。
著者にどうでしたって言われたら、良かったですとしか言えないと思うので、
リアルであった人にはどうでしたって1回も聞かずに、でも読みましたとは言われるっていう、1ヶ月ぐらい過ごしてまして、
幸いにして、文振りでもそこそこ売れまして、
全国の書店さんでも、去年の本よりも多くの地域っていうか、多くの書店で取り扱っていただくことができて、
そこでも買っていただいてですね、書店員さんからも感想いただくことっていうか、そういうふうに言われることはあるんですけど、
面と向かって何か言われたことはないっていう感じなんですね。
えー、そっか。私、他の方の感想もすごい聞いてみたかったです。
ねー、気になりますよね。
そうですね、いくつかありまして、それちょっと紹介すると、今回特徴的なのが、第1章に地学、地質に関する研究論文があるということで、
地質とか地理とかを研究している先生に読んでもらったんですね。
たまたま知り合った先生もいれば、もともと知っている先生もいたんですけども、そしたら、それはすごい喜んでくれましたね。
地質とか地学をやっている先生たちからすると、論文が含まれた1冊の本がこんなふうな、最終的にはエンターテイメントの小説にまでなっているんですけども、
こんなふうに編集されているっていうのは見たことがないから、すごい嬉しいと、その学問を研究しているものとして嬉しいみたいなことも言われましたし、
すごい面白いことやってるねみたいな感じで言っていただいたのは、よかったなと。
とりあえずその研究者、専門の地質の研究者からネガティブな声が出なかったことは本当に安心しました。
はいはいはい、そうですよね。
確かに、嬉しいですよね。異形だと余計なじみがないですもんね、文学と並べて。
そうなんですよね。でも、僕やってみて思ったんですけど、その先生がね、北海道大学の小野優吾先生って言うんですけども、
岩手の人、岩手の作家さんは、地質学から想像力を膨らませるっていうことの伝統があるよねって言われて、
要は宮沢賢治のことなんですよね。
身近にある石コロ、石子賢さんと呼ばれた地質に興味を持って、
そうすると、科学的なものの見方で、人間が生きてるよりももっと長い時間、
何万年、何百万年、何億年っていう時間を想像しながら生きるようになるから、
そういう人があるとき、童話とか小説みたいなのを書いたときに、そういうのに繋がることがあるから、
地質って意外とフィクションに近い場所にあるよねって、岩手ってそういう伝統があるよねって言われて、
それをいただこうと、そのセールストークをいただこうと思ったんですけども。
確かにおっしゃる通り、この本に関しても、地質の研究、盗納に、
最終乾氷期にあった7万年前から13万年前に存在した湖から、想像力を膨らませるみたいなふうになっているので、
確かにおっしゃる通りだなと思いましてね。
これが地質とかの先生から言われた感想だったんですけども、
どうでしたか、その2人に読んでくれたら嬉しいなと思って書いたんですけど。
すごい、ありがとうございます。具体的に浮かべていただいて。
確かに。小雪さんどうでした?読まれました?
読みました。
そもそもみたいな。
まだ、その佐々木流さんの小説だけをちゃんとは味わえてなくて、文体の流れを抑えられたっていうような感じなんですけど、
いや、大輔さんに読んだ直後ぐらいに、ちょうどなんかご連絡をいただいて、
その、書籍の取扱いについてお話をいただいたんですけど、
その流れで感想をすごいぶわって送ってしまって。
はい。
さっきの話にもつながるんですけど、
すごい、なんか日本民族学と文学の関係みたいなのをすごい考えてた時期だったので、
すごいタイムリーに、すごい試みを見たなと思って。
小説と、地学の論文と、これまでの東野での、主に観光面じゃないかなと思うんですけど、観光面での東野物語の利用のされ方みたいな。
とか、なんか全部一緒くたになって、東野の歴史みたいなのが語られてて、すごいアプローチだと思って、感想を送ったんですけど。
確かに小幸さんから最初にその一言が来てましたね。
民族学と文学の関係
文学過去芸術的創作がどれほど日本民族学において重要な構成要素であり、それゆえ特殊な学問であるかを教えてくれる構成だと思いますって言われたんですけど。
これあれですよね、こういうことですよね。
例えば柳田邦夫も、研究書というか民族学の本なのか、それとも文学なのかっていうことを言われるし、宮本恒一もどこまでが創作。
あの人すっごい文章面白いから、そこに創作が入ってるのはありますよね。創作というか演出というか、うまく省略することで面白くなってるとか。
一方で、貴重な聞き取りの研究の一時資料でもあるみたいな。
だから民族学っていう学問がすごい学問の部分と、それが本当に影響力を与えるときに、芸術的な文学的な力を借りてるとか使って広まってることはもう間違いないことで。
だから難しいみたいな、そういうのがありますよね。そういうことですよね。
で、なんか、それやっぱり柳田の時代とか、その直後ぐらいまでは、やっぱりその文学性みたいなのがちゃんと頭の中に入れたまま、ちゃんとでも生活を忠実に記録するんだっていうことを目指していってた時代だと思うんですけど、
その後の民族学って結構、民族学者、それより前の民族学者が創作的に読んだところとか、なんかちょっと自分の作者性みたいなのが入ってる部分とかを、なんかあんまり批判なく受け入れて、そこにさらに自分の解釈を入れて、
で、なんか日本の古代とか、そういうちょっとロマンチックな日本像みたいなのを作っていってる傾向があると思って、私すごいそれが気になってて、なんかもうちょっとちゃんと批判的に考えたいなって思ってたところに、
その考えからすると、僕が作ったやつはどっち派なんですか?すごいフィクションに、さらにフィクションを上乗りしてるのか、それともより正確にやろうとしてる風なのか、僕分かんなくなっちゃった。
私は、より正確にやろうとされてるっていう風に読んだんですよ。で、それはなぜかっていうと、分けてるから、ちゃんと。
完全にパキって分けてるじゃないですか、その構成として、分けてますね。これは笹木大介の解釈、これは研究成果、これは歴史的事実、みたいなところをちゃんと分類された上で同居させてるっていう、これが新しいと思いました。
僕、唐の物語関連の本で新しいと思ってるのは、唐のの語源が唐・ヌップっていう、アイル語の唐という言葉とヌップという言葉の組み合わせだっていうことが、大体どの本にも書いてあるんですけど、それをもう一言目から否定されている。
地名研究的には否定されているものであり、今回の地質研究的にも否定できるものであるみたいな、否定から入ってるのは割と珍しい、かなり珍しい。それはこだわりましたね、あれは。
いや、唐・ヌップって言葉が文学ですよね、だから、想像だからね。
そうですよね。
いや、けっこう、センセーショナルな話だと思います。
えー、そっか、そうなんだ。
しかもすごい直接的に言わずにそれをしてる、その行為自体はすごく芸術的な手法だし、なんか、私の中でずっと民族学っていう学問を考えてるときって、
芸術パートと歴史パートみたいな、歴史的事実パートと芸術的創作というか、いろいろ伝想パートみたいな、
うん、けっこう分けながら受け取ってる。
そうなんです、そうなんですけど、今までの民族学という文脈の中で日記したものの中で、この構成は初めてっていうのが大介さんの本でした。
これは、それを整理させてるのは、なんといっても杉山涼蔵先生の第一章の論文だと思うんですね。
物語と歴史の交錯
これがなかったら、ただの歴史エッセイのアンソロジーになっちゃったと思うんです。
そっか、そっか。
芸術研究でここまでできるんだと思って。
いや、私この論文大好きで。
元々知ってましたか?
自分の終始論文書いたときに、たぶんネットで落ちてたので見つけて、手取り寄せて読んだんじゃないかなと思うんですけど、
遠航の、
東の高校ね。
そうです、東の高校の。
確かに、聞き流しそうになったけど、ほんとですよね、地元すぎる。
東の高校の理科部?
部はなくてね、僕の奥さんがこの研究やってたんだけど、優秀なって言うと僕の奥さんのこと言っちゃうことになるけど、
同学年の中で優秀そうな学生を捕まえて、夏休みとか連れ回して研究してるっていうことなんで、地学部とかそういうんじゃないんです。
そうなんですね。
私なんか部活動の報告書みたいなので、読んだ気がしたんですよ。
じゃあ、表向きは部活動ってことにしてるのかもしれない。
そうなんですね。
すごい、うちの奥さんいまだにブーブー言いますよ、夏休みの貴重な遊ぶ時間が。
あの火岩弾丘の川の断面を見に行くことに通夜されたり。
ブラタモリみたいな活動。
一応文章だと理科研究部とか言ってます。
もしかしたら、じゃあちょっとすいません、理科研究部としてやった年もあったんだと思いますね、じゃあ。
じゃあ、でも始まりはそんな部活動とかその公式のものじゃなくて、先生の趣味みたいな、先生の趣味と学生のちょっとした努力によって。
始まってるんですね、すごいな。
この論文で僕好きなのが、台風とか記録を火岩弾丘というかその川の崩れたところで調べていくのに、うどんのパッケージが出てくるとか、
オカコーラの缶が出てくるとか、それで製造年代を調べて、それがいつの洪水なのかみたいなのを調べていくみたいなのが、なんか面白くて好きなところですね。
僕も同じように感じましたね。
それこそ解説で山川さんも書かれてたらっしゃいましたけど、調査の中でそういう些細なものが研究資料になっていることに驚いたっていうこと。
でもその些細なものが歴史を語る大切な存在であることは、党の物語に集められた人々の日常の物語とも重なって見えてくる。
いいこと言いましたね、山川さん。
すごいと思って、本当にこう、ああって思いましたね。
本当に。
本当に、確かに。
本当にこの全体を通してですけど、この帯にそういうことだったのかっていう文字が大きく載ってあって、
僕、今日のこの全部読み終わった後に改めて表紙を見て、そういうことだったのかポイントがめっちゃあるなっていう。
本当?
これあの、勝読編の時にこれ一体どういうことなのかっていうのを話したと思うんですけど。
全然わかんない。なんか表紙で見てもそういうことだったのかっていうのがよくわかんない。
何にもわからないんですけど。
読み終わった後に表紙見たら、ああ、そういうことだったのか。
それ聞きたい、聞きたい。
日本産のそういうことだったのかポイント。
はい。
でも、僕、本当に、もちろん最初もすごく感動、本当にこの論文もめちゃくちゃいいなと思いましたし、
確かに僕もまだ味わうほど読めていないけど、笹切さん最後の小説の湖の底で戦争が始まるを読んで、
でも、こんなに話していいんですか?いいのか?読み終わった後だから。
今回はネタバレありというか、読んだ人が聞く回というふうに分けてる。
たちおみ編と中身編だから、読んだ人が。
それでいいことにしましょう。
僕、この表紙の絵の意味もよくわかってなかったんですけど。
大丈夫ですよ。誰もわかんない。
誰もわかんないから。
最後まで読んで、本当に最後の1分、1分、2分か。
2分ですね。
お前勝ったねっていう。
そうなんですよ。あなたにも見えるようになりました。
1分で終わって、そういえばそんな感じで終わってたなって。
今日収録する前にこの表紙見て、絵見て、あ、そういうことだったのかと思いました。
本当になんか、僕の思考がすごいこの四角と一致しましたね。
なるほどって、このイラストは。
その帯のところにお侍さんみたいなね、武士みたいな人が写ってるんですよ。
これ誰だ?みたいな。
あるんですけど。
つまり表紙に書いてあるイラストが誰なのかが最終ページの2行でわかるっていう風になって。
これわかんない。これカットした方がいいかもしれない。
そうですよね。絶対そう。
すみません。こんなにしゃべっちゃった。
うまくやります。
聞いたら面白いように。
むしろ喋ってた風に、むしろカットされてることが伝わっていい感じ。
カットしてる風に編集します。
そうですね。そういうポイントが結構、確かに。
これ確かに著者に聞けるならみたいなことはあるけど、
けんたろうが出てきたのもびっくりしましたけどね。
あら、誰か覚えてますか?
もうみんな忘れてるんじゃないかと思ってるんですけど。
本当ですか?
いや僕、そもそもこの。
これいいですよ。
カット後で。
この湖の底で戦争が始まるの中で、
主人公が君として出てくるんですけど、
最後の方に巻割りをしていて、木材が飛んできて、
左目に破片が突き刺さってしまうっていう描写が出てきて、
でもそもそも僕この文章を読みながら、
単純にさせきるさんの中で左側とかに何かあんのかなって失っていくっていうか、
僕らのネクロマンシマーの義手をつけてる主人公が登場するので、
みんな体の元々持っていた機能みたいなのを失っていくみたいなので、
何かあんのかなと思いながら読んでたら、
最後その人が入院し終わって、
病院で呼ばれる描写のところで、
初めてずっと名前は明かされてなかったんですけど、
本当に最後の方でケンタロウさんって病院の方に呼ばれてる子が出てきて、
その後ケンタロウの文字、漢字も出てきて、
あれ、でも苗字が違うみたいな、
すごいうわーってなりました。
これに関してはそういうことだったのかっていうことはまだ全然わかってないです。
漢字で最後終わりました。
これ二人称小説だから、
二人称小説にしたかったのは、
ゲームの小説とかゲームブックとかである君で語りかけられる、
読んでる人が主人公になるような感覚がするのが二人称なんですけど、
読んでる人にそういう感覚を得たくて二人称にしたっていうのが理由の一個なんですけど、
もう一個は主人公は誰かを隠したかった、最後まで隠したかったから、
君で言うと名前言わなくて済むから、
なんですけど一応最後にこれが松岡健太郎っていう、
健太郎は犬に、あと太郎町の太郎ですね。
田んぼの谷、オイルの健太郎っていうちょっと変わった字を書くので、
そうするとこれが僕らのネクロマンシーンの時に出てきた、
あっちには藤原健太郎っていうのが出てきたと思うんですけど、
同じ名前のやつが出てきてるなっていうことなんですけども。
そうですね。
これどういうことかっていうか、
これは別に言っても言わなくてもいいけど、
僕らのネクロマンシーンに出てきたのは藤原健太郎で、
こっちに出てきたのは松岡健太郎で、
こっちの小説に出てきてる女の子が藤原美穂っていうんですよね。
だからそういうことなんですよね。
なるほど。
藤原は藤原美穂から来てるでしょうね。
はいはい、すごい。
だからそういうことなんですけど。
これ本当はもっと長かったんだけど、
このアンソロジーにするために短くしないと入んなくて、
短くしないと入んなかったんで、短いまま出したみたいな感じ。
これ続くんですよね。
続くというか、綺麗に続くかわかんないけど、
その間のとこは、間のとこっていうか、
次に書くものは決まってるので、
同じ世界のことは書こうと思ってるんですけど。
へー。
要はこの君が最後、ちょっと特殊能力に覚醒するんで。
うんうんうん、そうですよ。
異界門を見れるようになるんで、これ最後。
いや。
そうですよね、単純に異界門っていう字面も出てきた。
気づきました。
刻まれてる。
それはね、異界門というか、異界門がね、発音としたら。
異界の門だから。
そうですよね。
ゲートの異界門。
はいはい。
あとあれだよ、ミョンさんに今感想いただいたんだらすると、
ミョンさんが好きなラーメン入れときましたよ。
すごい。
マーシュニアラーメン。
すごい。
パイロンのジャジャメン。
パイロンのジャジャメン。
すごい。
本当にもう、単純に本当に小説として物語として楽しんで読みました。
確かに味わって読みたいし、これもう1回、なのでケンタロウを確かめるときに、
ネクロマンシーの冒頭の本をもう1回読みましたして、
この湖の底で戦争が始まる、なんか時代感が感じるところもありましたよね。
なんかまだこういう時代だからみたいな。
あ、そうですね、これよく読むとわかるように書いてあるんですけど、これ2010年なんですよね。
この松平文子さんっておばあさんが1919年生まれで、いろんな災害、関東大震災とか太平洋戦争とかいろんなものを経験してきたって話があって、
震災前の物語の形成
でもその経験の中に、震災の話は関東大震災1回しか出てこないんですよね。
ということは、これは東日本大震災の前なんですよね。
前の2010年ぐらいなんです。
震災が起こった後の世界ってやっぱりもうちょっと書き方が変わるから、
1回震災が起こる前のを書かないと、その後書けないなと思ったんで。
ちなみに松岡健太郎の松岡は何から来ているでしょうか?
じゃあ小雪さんどうぞ。
旧姓じゃないですか。
旧姓、旧姓といえば。
柳田邦夫旧姓じゃないですか。
そうですね、旧姓松岡邦夫ですね。
そうなんだ、知らなかった。
柳田邦夫は松岡邦夫って神戸の出身で、それで柳田邦夫になるんですけども、
今回の君は旧姓、旧姓というか松岡健太郎で、後に藤原健太郎になるんですけども、
そういうね、小ネタですこれは、松岡って名字を使いたいという。
なるほどな、そういえば外から来た人ですもんね。
マニア心を細かいところでくすぐってこられる。
エモですね。
なるほどな、確かに。
確かに、何回も読み返したらくすぐりがいっぱい出てくるんですよ。
そうですよね、きっといろんな発見があるでしょうね。
なんか仕掛けられてる。
僕たちのまだ気づかないところにも。
あとは本当に、なんか僕みたいな全然もう、本当に知らない人たちにも、
僕みたいな全然もう、本当に素人からすると、
富川さんとのぬいとは何者かという対談が書かれたショーのところでも、
いろいろとお話をされていて、
その中でぬいが活躍した年、400年前の遠野がすごくホットだったっていう、
獅子踊りの始まりもその頃で、
ぬいとかが登場すると、もう16世紀の後半がホットだったんじゃないか、
みたいな話をされているのを見て、
遠野に住んでたり、今も通ったりしているのに、
全然そんなことを思ったこともなかったけど、
そうなんだっていう、
遠野物語ができたりする年だけじゃなくて、
このぐらいの時代もそんなにホットだったんだっていうのも、
これ全体を通して、
ぬいとは何者かってこの一文を読む頃には結構納得できるんですけど、
今までは全く意識したこともなかったので。
確かに。
富川さんとぬいがいた時代、やばいわって盛り上がってるっていうのが、
この5章かな、とかなんですけど、
正確に言うと17世紀ですね、
1600年代の序盤から後半にかけてだから、
その時期がすごいホットな時代だったんじゃないかって盛り上がったんですけど、
要はぬいね、
富川さんがぬいに関する創作とか何とかやってますけども、
あれも遠野物語に出てくる有名なキャラクターだから、
僕も知ってはいたんですけども、
あれが調べるまで、
その1600年代とか17世紀の人だって分かってなくて、
あ、そうか、あれも17世紀の人だし、
あとその遠野僧道っていう、
あそのもひろなのがクーデターで追われたのは1600年になって、
全部あの辺の時代の話なんだと思ったら、
しかも師匠取りが入ってきたのが1600年代の前半とかだったと思うので、
あ、全部あの辺じゃんと思ったら、
すごい面白くなってきて、
それもね、この本の中で表現できたらなと思って、
書いたところだったですね。
江戸時代の歴史の再考
江戸時代に入る前後の、
江戸初期ですよね、
転換期、
遠野だけはあれ果てて、江戸時代と言えないような時代が、
27年間続いてるみたいな、そういう時ですよね。
神話になった曽沼氏のところも、
なんか結構歴史が整理されてるじゃないですか。
あんまりなんか、
遠野ってちゃんと歴史的事実の面白いところって、
あんまり拾われてないですよね。
あまりにもね、遠野物語とか民族学とか、
普通の人の話、歴史っていうよりかは、
普通の人の話の方が有名だからね。
キノコ食べて死んだとかね。
それよりも普通だったら、
クーデターにあったお殿様の方が大元なはずなのに。
そうですよね。
キノコ食べて十何人死んだ孫左衛門の方が有名だからね。
本当ですよね。
変わってるよね。
だいぶ特殊ですね。
確かに、この神話になった曽沼氏のところ、
それこそ、僕も行きたくて行けなかったとか、
メディアヌープの時に、たぶんこれに登壇される時の、
これ自体を流してはなかったでしたっけ?
流しました。
流しました。
遠野井さんセッションっていう時の、
歴史が歴史であるためには常に創造が必要であるって講演をしたんですけども、
それをメディアヌープで直して、それを再編集したやつですね。
この時の大輔さんの語り方みたいなのも、さっき小池さんが言ってたように、
どこまでが事実で、どこからが創作とか、
どこが笹切さんの解釈なのかみたいなことも、
すごい整理されてお話してるから、そういうの受け取りやすいですよね。
これは意識的なんですか?
今回の本をやる時はすごい意識しました。
一番最初にあった原稿がむしろ、歴史が歴史であるためには常に創造が必要であるって、
この原稿も使いたいなと思ったんで、
そういう発言をするからには、ちゃんと研究された歴史とか、
証明されてる事実とか、
そういったものと創作をちゃんと分けないといけないっていう風に、
自分が言ってるから、
それを言いながら、自分で実践してるみたいな感じです。
大変な仕事じゃないですか、これ。
これ、僕というよりかは、
後世後越をしてくれたのが、松井新平さんっていうんですけども、
本当にご迷惑おかけしましたね。
第1章研究論文なんですけど、
横書きの研究論文で、
いろんな記号とかが山ほど入ってる原稿を縦に直すということで、
表記の問題もあるし、むしろ記号じゃなくて、
例えば二酸化系素っていう風に、
二酸化系素って何とか四、何とか二、何とかって記号なんだけど、
記号じゃなくて、二酸化系素っていう風に日本語にした方がいいんじゃないかとかっていう箇所も結構あって、
それを読みながらどんどん直していくっていうのを、まず第1章ではやるじゃないですか。
一方で、唐の古事記とかの原点にあたって、
肯定、後越じゃなくて肯定って言うんですけど、肯定しなきゃいけないところもあって、
肯定のやつは一時一時、指で両方の字を押さえながら、
一時一時見ていく、肯定作業もして、
なんですよ。
だから、違うタイプの文章が集まっていたことで、構成の難易度がめちゃくちゃ高くて、
これはね、毎年はやれないかもしれない。
いやー、すごい。
いや、やっぱり研究者は、どっちかっていうと肯定に近い作業しかしなくていいし、
小説家は小説を創作すればいいわけじゃない。
どっちもやってるって、なんか脳みそが違うことを、一人二役でやってるみたいな。
でも僕は編集者、著者だから、そこはずるくやらせてもらって、
全部原稿が集まってから、この9章の小説を書いたんで、
同時にはしてないんです。
全部集めて2ヶ月ぐらいで書いたんですよ。
作戦のもと?
正確に言うとあれですね、作戦はなくて、
あまりにも大変で、自分の文章を書く気にならなかったから、
8章まで全部完成させた後に、最後自分のやつ完成させたってこと。
一応切り替えてはやったんだけど、確かに同時にはできないですね。
おっしゃるとおり、後も切り替えられなかったですね。
すごいこと。
私が読んだときに、すごいハッてびっくりしたのと同時に、
すごい自分自身を反省させられたんですよ。
文学的想像の部分と、研究的事実がどっちがどっちかの整理をするのって、
研究者の仕事としてやってないとダメだと思ったんですけど、
これを大輔さんはやった上で、自分のしたい想像をされていると思って、
それがすごいと思いながら反省しました。
ちなみにあれですよ、リスナーに誤解のないように、
研究してるのは大橋先生とか杉山先生とかだから、
僕はそれをアンソロジストとして編んでるだけだから、
本当に両方やってるスーパーマンも世の中にいると思うんだけど、
それではないんだよね。
いやいやいや。
でも、やっぱりこの整理作業も仕事のひとつだと思うんですよね、研究の。
でも、やっぱりすごい大変だし、
やった先に何があるのかも微妙に見えないから、
誰も着手してないことだと思うんですけど、
これが試みられていると思って。
確かに今回一番地味で、
自分でアピールしない限り、誰にも気づかれないナイスプレイがあって。
大橋進先生のね、
これは東の古事記の現代語訳の小録っていうか、一部再録したやつがあるんですけども、
これ元の原稿は東の市民センターの文化講座みたいなやつで、
6年にわたって行われた東の古事記の全文翻訳のテキストがあるんですよね。
それとんでもない量なんで、もちろん全部収録するわけにいかないから、
どう収録するかっていうことなんですけども、
これ3つの時代に分けて、
その東の騒動の時代、
で、ねねこ様精神移行が来て、
南武氏が東のに入部した時代、
その子の吉永様っていう、授学を広めたお殿様の時代、
この3つの時代のエピソードだけを点として抜き出して、
で、荒れてる時代、平和になった時代、学問になった時代っていうのを3つ抜き出して、
で、それが本の真ん中ぐらいなんですけど、
この時から文化的な東のになっていく。
犬岡のりが登場するとか、えなにたくにょがやってくるみたいな、
そこで転換点になってるっていうのにうまく編集できて、
そしたら大橋先生が、すごいね、よく思いついたねとか言って、
これ元の順番3つ抜き出したと前後とか順番入れ替えてやってるんですよ。
これはうまく、よくうまくできたねって言って、
で、その時は僕、あ、そんなことないですって言ったんですけど、心の中で、あ、ですよねって、
すごい僕も、うまくできたと思いますって思いました、これは。
本当に。
なんかそういう意味でも、物語編み力がすごい長けてらっしゃるなと思いました。
東の物語研究史の分類も、同じようなわかりやすさがあると思うんですよ。
東の物語研究史、あ、これは今小池さんが民族無口をやられているのに対して、
僕が東の物語史のみを喋ってるんですよね、ここでね。
で、あ、これね、メディアヌップの起源だわ。
メディアヌップの、確か5話か6話ぐらいで、宮本さんが最初に来てもらったときに東の物語の話、初めてしたと思うんですけど、
その時に東の物語の歴史みたいなものを分類したんですけど、あれ、あの時まだ未完成で、
その後やがて僕の中で完成したのが、発行部数で分類するっていう軸を持ち出して、
350部までしか出てなかった時代と、その後再録、再録の1935年に東の物語周囲がついて、再録されたときの部数と、
その後文庫本とかに収録されて岩波とかなんとかに入って普及した時代と、
あと柳田が亡くなって、自由に研究されるようになって研究本がどんどん出た時代と、
さらに柳田亡くなったのが1962年なんだけど、4,5,50年経ってファブリック止めになった2012年と区切りと、
ちょうど4つぐらいの時代になってちょうどいいなっていうのを閃いて、それがちょっと収録できたんですけど、
あれは分かりやすいんですよね、数字ではっきりと区切れるから、いい区切りだなと思いました。
いやすごい、今まで民族学が苦手としてきた分類みたいなのもやってのけて。
あれなかったんですかね、今まで。
なかったですよ。
私も東のに初めて行ったときに、本当にそういう整理されたものを探してたんですけど、
誰も整理してないということにびっくりして、これでもやらなあかんけど、私ごとくではまだ無理と思ってたところを、
ふんっと整理していただいてる。
なんかあれですよね、おそらく、いや僕もそうだと思うんですけど、
僕とか森内さんの世代が東の物語の過去の研究にアクセスしようとした時に、
前の時代の人たちがやりきって疲れ果ててる感じが僕したんですよね。
アカデミシャンの時代とか研究の時代。
もう調べることは調べ尽くして世に出した。
いい反応もあったし盛り上がりもあったけど、でもこれ以上若い人は興味持ってくれないと。
もうここで終わりなのかみたいな、ちょっとそのやりきった感と疲れ果てた感があって、
誰もその整理に着手してないっていうか、
もうここで終わってしまうのかみたいな、そういうのを感じるんだけど。
そうした中で、富川さんとかね、僕とか森内さんとかが面白がって、
民族学と創作活動
いやいや面白いですよって、面白いぞ、面白いぞっていう人たちが来てるっていうのが、
この10年ぐらいだと思うんですけど。
それを大輔さんはクリエイターの時代と表現されてますね。
なのかな。
だから研究者もまたクリエイティビティが必要っていうことでもあると思うんですけどね。
それは本当にそうだなと思います。
なんかそのクリエイティビティみたいなところで、
研究も文学も被るところのすごい絶妙なところに、
民族学って成立するんだなって改めて思いましたね。
いやそうですね、だからあれか。
だから僕は逆に民族学じゃないや人類学やりたいなって思うんだろうね。
それがその創作と遠いものだと思ってないってことか。
うんうんうんうん。
いやぜひ足を踏み入れてください。
足を。
そうですよね。
シーバーにいくいく詐欺した人に。
確かにシーバーにもぜひ。
私宮本さんのアテルイ研究会もすごい気になってた。
うん。
いや本当ですよね。
なんかでも、本当にこの本自体が僕も目指してることっていうか、こういうことをやっていきたいとか、
あとこの普段アテルイ勉強会でもそうですし、メディアヌックでも佐々木いるさんとか僕が何をこんなに楽しがってるんだろうみたいなことが、
なんか本当にこう結構一つの形としてできてるような感じがしていて、
歴史的事実を知ることと、あとそれをどう解釈するかみたいなことと、
あとそれをアウトプットして想像するみたいな、
さっき小池さんが言ってたみたいに、
例えばなんかめちゃくちゃ研究して、いやもちろん研究自体もすごく重要だと思うんですけど、
じゃあそれを例えば研究者じゃない人がいろんなことを理解したときに、
じゃあ何なんだみたいなのが結構僕の中でも最初はこうあったっていうか、
分からなかったことを知ったときに、
じゃあ知って何なんだみたいなことに気持ち的になったときもあったんですけど、
でもそれがなんかまた今につながってくるものが、
もちろん創作的なものであったり、
でもなんかもう少し暮らしとか、何かもう少し仕事とか、
なんかそういうことにもつながるようなものがたくさんあるような気がしていて、
なんかもうそういうこと、何を持ってこの歴史をなのか、
そういうことを楽しんでるのかみたいなことが、
なんか本当にすごい一つの形になってて、
柳田邦夫のメッセージ
じゃあ宮本さんはこれを作るわけですよ。
そうですね、僕もそうですね。
でも安心してほしいのは、
安心してほしいのは僕がこれを作れるようになるのに何十年かかかってますから、
大丈夫ですよ、時間ありますよ、宮本さん。
そうですよね、すごい本当に素晴らしいです。
宮本さんも多分普段おしゃべりしてて、
僕も宮本さんの考えということわかるし、
宮本さんがアテリベン教会を通じて、
この地域のずっと研究をしてきた大先輩、
30歳、40歳上ですか?
40歳ぐらい上?
そうですね、上ですね、40歳ぐらい上ですね。
の人たちとつながるじゃないですか。
で、それって生きてる同世代、
同じ地球に今生きてる同世代として、
40歳生まれてたのを同世代って言えると思うんだけど、
本を書くとすごいのは、
自分の死後、同世代じゃない人たち、
50年100年後の人たちともつながれたり、
あるいはすでに亡くなっている50年100年前、
400年前の人ともつながれるっていうのが、
すごい良くて、
で、今回僕この本を編みながら、
その感激してたのが、
その産方裕高が、
その東の古事記書いたときの序文のとこで、
これ年取ったときに書いてるエッセイだから、
いろいろ間違いがあるかもしれないけど、
そういうのがあったら後の人直してくれよ、
みたいなことを書いてるわけ。
それ、広高1700年代の人から、
今から300年前の人なんだけど、
300年前の人と分通してる感じがするわけよ。
するじゃないですか。
で、あと柳田君が飛行船からね、
東の空から大発祥になるんですけど、
その東の空から見て、
いい言葉でしたね。
これ、前陣の真空がいまようやく実を結んで、
この山間の交通が広々と開けてきたように、
ここを日本の一つの落土とする念願も、
いつかは到達するときがあるであろう。
うちにも外にも心から東のを愛する人を、
ますます多くしようという諸君の計画は、
この目的のためにも決して間違いではないと思う。
っていうふうなのがあって、
これは東のっていう雑誌かな、PR誌かな、共同誌かな、
作ろうとした人たちに向けて書いたジョブなんだけど、
それは間違いじゃないよ、いいよいいよ持ってやれ、
みたいなことだと思うんだけど、
それをちょっと拾ってきて、
いまだにこういう出版活動とかね、
執筆活動してる人たち、僕含む、
今回の著者全員の励ましになることだと思って
引いたんだけど、そういうのともつながるじゃない。
シーバソン図書館と地域文化
それがね、僕今回やったのが一番良くて、
さらにこの本の中に収録できなかった後実談があって、
ここにね、小説のとこに、松平文子さんっていうキャラクターが出てきますよね。
これは実題のモデルがいて、
柳田文子さんっていう柳田邦夫の息子さんの妻っていうか、
家的に言うと嫁ってことかな、
柳田邦夫的に言うと嫁っていうことなんだけど、
柳田邦夫さんね、まだご存命なんですけども、
109歳かなってご存命なんですけど、
109歳か。
違う、109歳じゃないや。
1919年生まれだから、106歳だ。
106歳でご存命なんですけども、
柳田邦夫さんが、
阿蘇沼港歴代の碑っていうのが東雲にあって、
阿蘇沼県が途絶えちゃうんだけど、
その阿蘇沼港が眠っている、
阿蘇沼港歴代の碑っていうのがあって、
それを、そこにね、供養の碑を建ててるのね、
柳田邦夫さんが。
で、僕それあるのは知ってたんだけど、
これ本書き終わった後に、
本書き終わりましたよって報告のつもりでね、
お参りに行ったら、
その碑の下のとこにプレートが埋め込んであって、
柳田邦夫さんのメッセージが彫り込んであったんですよ。
はい。
で、そこにね、僕すごく印象を受けたのが、
愛をもって、ここに安らかに眠ることをお祈りします、
っていうことがあって、
その愛をもってって言葉が入ってたのが、
僕なんかちょっとグッときて、
この本の中に愛って言葉が2か所だけ出てくるんですよ。
それがさっきの柳田邦夫の、
人の心から愛する人々、みたいな、
そういう意味での愛っていうのが1回出てくるんですけど、
あと小説の中だと、
愛は死を超えるっていうのを、
藤原美央が1回言うことがあるんですけど、
そういう執着っていうか、
なんかその場所に対するこう、
執着っていうか怨念だよね、
おまくなんだけど、
そういうものを柳田邦夫さんっていうのが、
プレートに埋め込んでまでやってて、
そんなに好きみたいな、
そんなに麻生沼子のこと好きだったんだと思ってさ、
でさ、僕その麻生沼子のために1冊書いてるからさ、
こんなことする人なかなかいない、
そしたらいたわけよ、先に見て、
いたーと思って、
それで、書き終わるまで分かんなかったんだけど、
間違いじゃなかった、
いたわ、さっきやってるやつ。
へー、そっか。
やつっていうか、やつっていうか、やつ。
すごいですね。
あの、文子さんね。
文子さんが。
そういうのがありましたね、なんか。
へー。
へー。
なかなか気づかないね。
いやー、素晴らしい。
おもしろいなー。
そういうのがね、ありましたが、
確かに本当にこれもうぜひいろんな方に読んでいただきたい、
本当にそれこそ感想、皆さんの感想気になりますね。
なんか僕たちも喋ってですけど、
改めてぜひ教えていただいたら。
そうですね、番組でメッセージなんかで寄せていただけたら、
嬉しいです。
やつ作ってよかったです。
すみません、僕がさっきね、話発表となったんですけど、
きっと宮本さんにもそれができると思いますし、
小池さんが、
いやー。
なんか心機を受けたって言ったんで、きっと、
あの、研究がまとまった形として、
まとまって、
シーバから、
はい。
シーバから何かが始まるやつが、
山の奥から何かが始まる、
何か。
何を始めよう。
何かが始まる、いいですね。
小池さんの研究者データベース見ると、
書いてる論文の数が着々と増えていってるんで。
ありがとうございます。
頑張ります。
こないだ、現代民族学会っていう学会に、
富川さんの「詩詩になる」の書評を書いたばっかりで、
で、私その冒頭に、
大輔さんによるさっきの話に言った、
東の物語詩文類を採用させてもらって、書いてたんですけど、
本当ですか?初耳です。ありがとうございます。
で、私これ書いてるときは、大輔さんの本まだ出てなかったので、
あ、そうか。
参考文献なしで書いていたんですよ。
で、参考文献なしで出してみて、
で、今、茶読みたいなのが返ってきて、
先人の研究者たちからコメントがもらえるんですけど、
で、そのコメントで、論拠はありますか?っていうコメントが入るんですけど、
論拠が見事、はい、出まして。
出まして。あ、良かった。
そうか、やっぱり出版物として出てないとダメなんで。
そうなんですよ。
ちょっと、もうちょっと何か説明を求められちゃうなと思ってたんですけど、
素晴らしいタイミングで来ましたので、
堂々とこれを引用させていただきます。
ありがとうございます。
じゃあ、今日番組ご出演されて、森内さんいかがでしたでしょうか?
いやー、ありがたい回に呼んでいただいてありがとうございます。
いやー、こちらこそ。ありがたいです。
呼んでほしい人だったんで嬉しいです。
嬉しいです。
あとシーバソンの図書館にも本を起動していただいて、
呼んでいただけたらなと思ってます。
面白い。僕の中では国立国会図書館よりも格上の。
党の図書館、党の私立図書館とシーバ村の図書館にあればもう満足です。
シーバの図書館にも、博物館にもぜひいらしてください。
あのシーバの図書館リニューアルされて素敵ですね。
そうなんです。
何て名前でしたっけ?
シーバソン図書館ブンブンブンって言って。
あ、ブンブンブンでした。
ミツバチのブンブンをイメージしてるんですけど、
ミツバチって育った後に、どこに巣があっても必ず帰ってくるみたいな習性があって。
そういう意味があった。
そうなんですよ。だからシーバを飛び立っていく子どもたちに、
いつかシーバに戻ってきてもらいたいなっていうのを目指して、
ブンブンブンっていう名前になってるんですけど。
すごい図書の分類が面白くて、
入り口にドドンとシーバの風っていう分類のタイトルで、
シーバの民族書籍コーナーがダダダと銀座してて、
大輔さんの本もその辺りに入れてもらってるんじゃないかなと。
いよいよいかなければいけなくなりましたね。
ぜひ言い出してください。
ありがとうございます。
みほさんはどうでしょうか?
本の感想はいっぱい喋れたので、
ぜひ皆さんにも読んでいただきたいですし、
お近くの方が聞いてくださっているのかわからないですが、
僕のお店のプランターでも販売してますので、ぜひ。
あれをさ、各地域版作りたいよね。
いや、本当にそう思います。
僕ね、思うのはね、水沢にちょっとシワを足して、
シワ城古代公園とかあるじゃないですか。
やっぱりああいう本当にマジ古代を展示させるところをつなぎ合わせて、
水沢に固執せずに。
そう、あの時代のものを書いてる人とか作家とか。
九世紀、八世紀、九世紀。
やって、あのエリア一体で売っていくと。
楽しいですね。
そのね、本当に現地の周るのも楽しくなりますもんね。
なんかそういう意味で本当に改めて序文を読んでも、
なんかああなるほどってこういう感覚を受け渡そうとしてくださってたんですねっていうのを、
改めて序文も読んでもいましたし。
いいですね。
ありがとうございました。
特集の紹介と関連商品
いや、僕はあの若い2人に
ありがとうございます。
読んでいただいてすごい幸せです。
あの、なんというか特にね、宮本さんはねあれですけど、
メディアノックで散りばめてる小ネタを詰め合わせてる本だから。
多分聞いたことあるような。
いや本当ですよね。
今まで大輔さんとあの、
佐々木さんとお話ししてきたことがすごく詰まってるっていうのを。
今日喋らなかったけどさ、
喋るレシピやってんじゃん。
本の中で。
本の中で喋るレシピ。
そうですね。
出てますね。
本当に小説の中で。
リスナーとしては、
すごいエモ会に、
させてもらいました。
ありがとうございます。
そしてメディアノックでは、
いつもですね、ニュースレターとかディスコードの方で、
関連リンクなんかも紹介しております。
あとは、たまに宣伝しとくと、
手ぬぐいがまだまだありまして、
手ぬぐいは冬でも活躍をしますので、
もしよろしければ、これも買い求めくださいということで。
本は絶賛発売中です。
オンラインで販売している本屋さんもありますし、
全国の書店、2日ありますので、
それもリンクを貼っておきますので、
ぜひ見てみてください。
それではまた来週お会いしましょう。
おやすみなさい。
おやすみなさい。
they
だけど待って
焼きすぎちゃダメ
中はちょっと生にして
プラーネしてほしいのはちゃんとしたオンライン
01:05:56

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