お祭りでの経験と「ないもの」への意識
おはようございます。なみはるです。 なみはるの愛でラジ。私を愛でたい。
この番組は、人生の豊かさは、 自分を愛でることから。
私を愛でる。おテーマにお送りする番組です。
はい。
この週末、みなさんいかがお過ごしだったでしょうか。おそらく全国各地でね、花火大会や夏祭りがね、多く開催されたんじゃないかなと思います。
ご多分に漏れずですね、私の住む地域でも 一番大きなお祭りが
ありました。 今日はですね、そのお祭りから学んだことをシェアさせていただきたいと思います。
テーマはですね、ある。 あるに着目する。
あるっていうのは、あるないのあるですね。 あるに着目するというテーマでお話をさせていただきたいと思います。
私もお祭り2日間ほど行きましたが、いずれもですね、子どもの葬芸舞台です。
子どもを葬芸するためにですね、お祭り会場に入って、子どもがお祭りを楽しむのが終わるまでですね、そのお祭り会場で待機するみたいな、
そんな役回り でございました。
あの まあ早々にね、会場着いたらあの子どもたちはね、パパじゃねーっていうことで
こう 露天街にね、駆け出していく
わけなんですけども、私一人 でね、まあ子どもたちが終わるまで私も露天街をぶら歩きをするんですが
あの酒をね、お酒を飲む方だったらわかると思うんですけども、お祭りとか行くと
余計にお酒飲みたくなっちゃいませんか。
飲みたかったんです、私ね。
だって美味しそうな出店、露天たくさん並んでるじゃないですか、いい匂いがしてね。
で、あのお祭りに来ている方は美味しそうにお酒飲みながらね、お友達や恋人、またまた家族みんなでね、楽しそうにしているという姿を見る。
私は一人で好きなお酒も飲めずですね、お酒飲まないとね、基本的に別に何か食べたいと思わないでしょ、そういう会場で。
まあこれは別に、あの酒飲みというか、まあ私はね、私はそうなんですけど。
なので特に何も買わず、何も飲まず、一人で
ぶらぶら歩く。
あのー、早く帰りたかったんですね。
一刻も早く家に帰りたかったんですけど、
まあまあ子供たちはもう楽しんでますから、そういうわけにもいかずですね。
まあ2,3時間かな、会場をぶらぶらしてました。
まあちょっとお腹空くから、何だったら会場から離れてね、近くにあるコンビニに行って、おにぎり食べて、また会場に戻るみたいなことをしてました。
これは2日間続いたんですね。
いやー、なんかね、非常に会場にいる間はしんどかったんですけど、
なんかふと思ったことがあったんです。
ある家族連れを見てたときですね、ちっちゃな子供がパパにね、綿飴を買ってとおねだりをするんです。
おねだりをする。
そして、たぶんたくさんおねだりされてたんでしょうね、綿飴以外にも。
で、パパはちょっとね、もういいからみたいな感じの対応をしてた。
で、子供は買って買ってって言う。
で、お父さんは仕方なくね、最後だぞって言ってね、この綿飴を買ってあげる。
という光景を見たんですね。
その時にね、私はふと、あ、私がね、父親として、子供にね、足つかまれて、
くじ引きや綿飴をせがまれるということは、もう私のこの根性ではないんだろうなぁと思ってね。
なんかね、すごく寂しい。
まぁ寂しいだけじゃないんですけどね。
あの子供が成長したんだなぁって思うと、ちょっと寂しいなぁという思いを感じたんです。
で、当時の私はそちらどう思ってた。
要は子供と一緒にお祭り行ってね、子供にせがまれて。
そういう時、私はきっと逆にね、
あぁ、ほんと一人で祭りを堪能したいわぁ、ぐらいに思ってたんですよね。
思ってたんですよ。
で、今は一応ね、お酒飲めないけど、一人でお祭りを堪能できる立場になると、
今度はなんかちょっと寂しいなぁと思ったりする。
ねぇ、何でしょうね。
この時に感じたのはやっぱりね、
無いもの。
やっぱ人っていうのは結構無いものにね、着目しちゃいがち。
何だろうな、無いものとか無いものねだりみたいなものですね。
っていうことをすごくね、このお祭り2日間通して感じたんですよ。
「あるもの探し」ゲームの実践と幸福感
それで、2日目のお祭りの会場ではね、
ただ露天街を2,3時間回るのももったいないから、
あるもの探しっていうゲームをしながらですね、
ぶらぶらと歩いたんですね、会場を。
あるもの探しっていうのは、何でもいいです。
今私が持っているもの。
とにかく、とにかく上げていくというゲームですね。
はい、するとね、
いやこれ良かったですよ。
1日目のお祭りとは全く心境が違ってね、
非常に幸福感に包まれた時間でしたね。
あるもの探しをやった時にね、
まず上がったのは、
お祭りに来ることができる、ですね。
だって、お仕事とかでそもそもお祭りに来れない人もいる中ね、
私はちゃんとお休みいただけて、
こうやってお祭りにも来ることができている。
これは素晴らしいですよ、そもそもね。
あとは、いい匂いがするんでね、
匂いを感じることができるとかね。
華やかな露天街を見ることができる。
目が見えるとか。
車椅子で会場をね、
散策している方を見かけるとね、
いや、車椅子で散策は散策で当然楽しんでしょうけど、
私は自分の足で歩いて会場を見ることができるとか。
ああ、あの食べ物美味しそうだなと思ったら、
一応買うお金がここにあるとか。
お酒が飲めなくてもノンアルコールビールがあったりとか。
私の子供とその友達が遠くでね、
楽しそうな姿をしているのを見た時にね、
温かくなる心があるとか。
ちょっとその当日は会場寒かったんですけど、
寒い中、こうやってお祭りを運営してくださる方がいるとか。
なんかね、あるものを探すとね、
もう止めどなく出てきますね。
あるものを探すとね、ないは消されますね。
ないは消されちゃう。
これは非常に有意義な過ごし方でしたね。
「ない」から「ある」への意識転換の重要性
お祭りだけじゃなく、日常的にないというものに結構フォーカスして、
あれもない、これもない。
あれもできない、これもできない。
あれもやらない、これもやらないとか。
ないものを結構フォーカスしては、
気持ちが落ち込んじゃうっていうことが、
ただですね、ただある。
これをですね、これはね、
まあね、人間の生存本能の一環なのかもしれないですね。
やっぱりそのリスクマネジメントした人は、
生物としては生きて、生き延びなければいけないので、
やっぱりこう、リスク管理という点ではないということをちゃんと認めて、
それに対しての対処方法を取るというのが一つそうかもしれないですが、
現代はね、そんな生命を脅かすようなこともないですから、日本では。
なので、ないというものから、あるというところへ意識を向ける。
これがね、非常に大事なんだろうなと。
結果これが自分をめでることになって、
より良い人生を過ごしていけるということになると思います。
これ間違いないですね。
「あるある探検隊ゲーム」の実践方法と習慣化
じゃあまあどうすればいいかとは、やっぱりこう、
気づけばないの方にフォーカスをしちゃう。
そりゃね、仕方ないです。
これに関してはですね、
やっぱり一日一回どこかでね、
あるある探検体ゲームをしたらいいと思うんですね。
あるある探検体ゲーム。
あるをただひたすら探しまくるっていうゲームですね。
これはね、時間を決めてやるといい。
私の場合はね、
というわけで早速、
私毎朝あのー、こう階段がね、
300段近くある神社に参拝をしてるんですけど、
えーとね、
そのー、私の場合はその参拝を終えて下るときですね。
下るとき、階段を下りながら
あるある探検体ゲームをします。
例えば階段をこう登る足があるとかね、
手があるとか目が見えるとか、
そんなようなことを今日早速ね、やってみました。
やっぱあのー、
24時間ずっとあるある探検体はやっぱりね、
なかなか難しいかもしれないですけど、
まずは時間を決めてここだけやってみようっていう風にすると、
結構ね、いいと思います。
バスや電車に揺られているときとかね、
頭の中でこれもあるね、あれもあるねとかって考えてみるとか、
これが習慣になると、
なんか自然にね、ある方にフォーカスできるようになるんじゃないかなと、
思います。
はい。
月曜日の憂鬱と「ある」視点
さあ、というわけで月曜日ですね。
まあ月曜日、
まあ憂鬱、憂鬱な方が多い、多いのかな、
憂鬱な方が多いので、
憂鬱な方が多いかもしれないですが、
これもまああるある探検体ゲームでいくと、
やはりその、月曜日に憂鬱になれるってことは、
やっぱ仕事があるってことですね。
働くところがある。
これまあまあやっぱり幸せなことなんだと思いますね。
まずは。
まずはね。
なので、
今週はね、たくさんのあるを探していきましょう。
本日は以上です。
また水曜日お会いいたしましょう。
並春でした。
またね。