1. 名谷教会 podcast
  2. 2014/09/14:聖日礼拝(旧音源)
2014-09-14 44:43

2014/09/14:聖日礼拝(旧音源)

2014/09/14 聖日礼拝(旧音源)




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みなさん、おはようございます。
秋の季節になって、朝夜は涼しくて、昼も暑くて、風邪引きやすいシーズンですけれども、皆さんお体を保持愛ください。
では、久しぶりの方々もお見えになっていますけれども、隣の方々とアクセスしながら挨拶したいと思います。
おはようございます。よくいらっしゃいました。ありがとうございます。感謝します。
では、一言お祈りします。
神様、今日もこうして、本当に良い天気の中、この秋の日を、主が思い起こし、他のところではなく、この秋の見舞いに、私たちを集めてくださり、ありがとうございます。
どうぞ、神様へ心から捧げる礼拝が、本当に神様が喜んで受け入れてくださる。
そして、私たちは、秋の恵みと愛を注いでくださることを信じます。
どうぞ、御言葉を持って、私たちの体も魂も、主を養って、癒して、回復して、主のものへと、主の御姿へと、作り変えてくださいますように、お願いいたします。
神様ご自身が、我々一人一人に、どうぞお語りください。
また、私たちには、主の御方を聞く耳を、どうぞ、主を授けてくださって、目を開いて、そして、本当にはっきりと悟ろうと出来ますように、聖霊様どうぞ、お助けください。
ゲス様の御名によって、お祈りいたします。
はい、今日は、キリスト教のエクセンスのセリル説教が続いています。
前回まで、ゲス様について、その前は神様でした。神様、主なる神様、このあるキリスト。
今日は、ミ様、つまり聖霊様について、教科がですね、3回か4回かけてですね、共に御言葉に学びたいと思います。
いかがに言いますと、聖霊様は、主なる神様とミコキリスト、そしてミ様、聖霊様は、よく三人一体と、一体なんですね。
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お一人の方であって、またゲス様も、神様も、聖霊様も、同じ人格を持っておられるということなんです。
今日はですね、今日の十六章から、聖霊様が、私たちにとってどんなお方なのか、一体ですね、私たちとどんな関係を持っておられる方なのか、
一人はですね、なるべくわかりやすく見事だから、教えていただきたい、また取り付けさせていただきたいと願っておりますけれども、
今日の聖書歌詞を見ますと、イエス様が聖霊様を指してですね、七節を見ますと、
助け主があなた方のところに来ないからです、と言ってですね、来たる聖霊様を助け主と言っています。
日本語訳は助け主とありますけれども、これをですね、今風にですね、わかりやすい言うならば、コーチのような存在です。コーチ。
今日大きな一番は、聖霊様は素晴らしいコーチ様です。
そのコーチの聖霊様がどんなコーチングをしてくださるのか、そういうことなんですけれども、その一は、私たちが救われるようにコーチングしてくださる。
救われるようにコーチングしてくださる。助け主はコーチなんです。
この前ですね、2週間前でしょうか、日本のテニス選手、西堀選手がUSオープンテニスで準優勝をしたんですね。
私、ネットで記事を読みましたけれども、早くもアメリカに行ってですね、テニス留学をしたわけなんですね。
彼の才能を見つかった、名前忘れましたけれども、監督のような方が、あなたは日本に行ったらもう潰されるからアメリカに来なさい。
そしてあなたの才能を発揮しなさいと、進められてアメリカに行って、そこでですね、彼が出会ったコーチがマイケルさんという人なんですよね。
彼はそのマイケルさんというコーチも、テニス選手としては背が低い方なんです。
西堀選手も低い方だとなんですけれども、だからその西堀選手の強いところもあるんだけれども、弱点もあるわけなんですね。
西堀選手の弱いところじゃなくて、強いところをさらに強くして、彼の今の準優勝という見事な結果が出たと思うんですけれども、
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自分一人ではそういった成果を果たすことができないかもしれない。優秀な選手のそばには、あるいは背後には、また優秀な素晴らしいコーチがついているわけなんです。
皆さん、私たちにとって、精霊様は素晴らしいコーチのような、ではその精霊様がどんなコーチングをしてくださるんでしょうか。
その一つは、さっき申し上げたように、私たちが神様、家様、精霊様が唯一の神様であることを信じられるように教えて、コーチングをしてくださるんですね。
そのことを聖書から見てみたいと思うんですが、新約聖書の中に第一コリント一人の手紙というところがあります。十二書三節を開きたいと思います。
新約聖書335ページ第一コリント十二書三節です。よろしいですか。ではですね、この三節を一緒に読みたいと思います。
三杯ですから私はあなた方に次のことを教えておきます。神の御様によって語る者は誰もイエスは呪われようと言わず、また精霊によるのでなければ誰もイエスは主ですと言うことはできません。
ここにですね、後半にですね、よくご覧ください。精霊によるのでなければ誰もイエスは主ですと言うことはできないと。
つまり皆さん、あなた方は神様、イエス様、精霊様と言っています。どうやってそれができたのか。精霊様の教えによって、精霊様の助けによって、精霊様のコーチングによって私たちが神様は唯一の本物の神様なんだ。
イエス・キリストは神様の一人号なんだ。精霊様神の御様であられる。それを知ることができた。そとることができた。それはですね、誰によらなければできないんですか。御様によらなければ、精霊様によらなければ、それを知ることも認めることも信じることもできない。
だから皆さん、私たちはこうしてイエス様を信じて、神様を信じて、神様、精霊様を信じて、この主実三連休なんですけれども、他のところではなく、教会に来て、恋愛を捧げている。
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このこれはですね、本当に精霊様の素晴らしい恵みがあって、導きがあるからなんですね。
もう一か所見てみましょう。ヨハネの福音書、同じですね。ヨハネの福音書、3章見てみましょう。ヨハネの福音書、第3章、176ページです。第3章、5節です。よろしいですか。
では5節1と読みますね。3、イエスは答えられた。まことに、まことに、あなた方に告げます。人は水と水玉によって生まれなければ、神の国に入ることができません。
はい、ここにですね、はっきりと書かれています。イエス様がおっしゃいました。あの宗教家、ニコデモという宗教家がいましたけれども、彼は宗教の仕事はしていましたが、救われていなかった。
そして、イエス様はやさしく彼にですね、水と水玉によらなければ、生まれなければ、神の国に入ることもできませんよ。だからあなたも水と水玉によって生まれ変わってほしいと、イエス様が彼に安く教えてくださった。
ですから、この世にですね、この世の中に、日本だけでなくどこの国にいても、数え切れないほどの偶像が多くあります。人々はそれが本物の神様かのように、拝んでするんですよね。
この前、私、今まで全然気づいてなかったんですけれども、教会から宇宙までですね、よく歩いて行ったりするんですけどね。左側に広告があるんですけど、その水カーボンにですね、朝、宗教に来るときに歩いていたら、あるおじいさんがですね、そこに立って、こう浮かんでいるんですよ。
で、そこに何もないのに、なんでどこに浮かんでいるのか見たら、そこにですね、一本のパイプがあって、その上に小さな板で、仏でもないし、お釈迦様でもないし、なんと言うんですか、おじいそ?おじいそ?
その上、かわいい赤玉ような顔があるこの板があるんですね。その前に拝んで、そして帰るんです。それを、そのおじいさんだけではなく、多くの人がそこに行って、立ち止まって拝んで行くのをよく見かけました。
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それは一本のパイプであって、その木の板にしつきないんです。それを拝んで信じているかどうかは知りませんけれども、こういう世の中でですね、私と皆さんがですね、他の偶像ではなく、本当の神様を信じていること、これは皆さん不思議と思いませんか?
これ本当に奇跡中の奇跡ではないでしょうか。それが自分がですね、信じたくて信じた人ももちろんいるんですよね。
教会に行きたいと言った人もいるんですけれども、不思議なお出会いがあったり、あるいは親から勧められたり、あるいは友達から誘われたり、あるいは何かのきっかけがあって、イエス様に出会って救われる人がいるんですよね。
それを見たらですね、神様を神様として信じる。イエス様が先日のメッセージもありましたけれども、十字架に私たちの罪の代わりに死なれて、蘇られた。そして、天に昇られて、聖霊様を送っていく人たち。それを信じていることは、これ本当に不思議で不思議で奇跡で奇跡じゃないですか。
いくら親がクリスタルであっても、教会に行きなさい。信じてほしい。いくら言われても、なかなか信じてくれない子供が多くあるわけですから、そういった中で私と皆さんがこの神様を、本当の神様、唯一の神様を信じて出会いしたいことは、
これはもう他でもなく、聖霊様の導きであって、教えであって、神様を神様として信じられるように、この霊の目を開いてくださった聖霊様の素晴らしいコーチングであって、導き。他になきません。
それは本当にすごい恵みなんです。
一つの証を発していただきたいと思います。
でも、よかったに、サリーディコンサートで来られた、コンソラムさんの彼が出会った人の証なんです。
今、先週の金曜日と土曜日に、北海道の帯広でラブソナサという、その街の多くの教会と、また韓国のオンヌリー教会という教会がありますけれども、その教会たちが連合して大きな集会を開きました。
帯広って言ったことは、私はありませんけれども。そこで、ソンさんが金曜日と土曜日に2回を演奏して、そこで宿泊したホテルのマネージャーさん、加古島という方だそうです。
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その奥様の話なんですけれども、結構昔、アメリカのミネストタチューがあります。そこから選挙主オギトリが帯広に行って、長い間連動して選挙をしたそうです。
しかし、何で何で書いてあるか知りませんけれども、結構長い間連動したんですけれども、一人も救われた人がいなかったそうです。
その選挙主はとてもがっかりして落胆をしていて、また最後の刀みたいに英語でも教えて何とかしようと思って、英会話教室を開きました。
そして、その英会話教室の一番初めて学びに来た学生が加古島さんの奥さんだそうです。
それで何と不思議にですね、その加古島さんが選挙主と英会話を学びながら、そして信仰に導かれて家様を信じるようになった。
しかし、あの選挙主はたった彼女一人しか選挙をできなかったそうです。そしてその選挙主はもう帰国をした。
それでこのお話は終わりではない。何とその家様を信じて、もう精霊様によって目が開かれて、この救いはすごいと燃えていた加古島さんがですね、
ご主人を伝導して、次から次へ伝導して、あの町にですね、何と八十四人も加古島さんが伝導して、その話をソン・トラムさんが、
ホテルの旦那さんが、マネージャーさんが、そのマネージャーさんがそれを話して聞いてですね、ソンさんがテイストップに書いた歌詞を読んだわけなんですけれどもね。
皆さん、これが精霊様の働きであって、コーチングであって、恵みなんです。精霊様は直ちにこの救いに対する情熱と言いましょうか、伝導しなくてはならない。
もう救いに導きたい、何とかして差し上げたい、そういうこの気があって、救いに対する情熱があるんです。それは他の力ではないんです。
御霊も力である。御霊による力、それが私たちにあるならば、私たちも八十人でしょうか、八百四十人も伝導できるじゃないですか。
精霊様は世界最高のコーチなんです。私たちが神様を神様として信じられるように、最高のコーチングを知って下さい。そして、どこが間違っているのか教えて下さい。
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二番目です。救いに導いてくさるその精霊様、そして私たちの信仰が成長するようにコーチングして下さい。
救いに導いて、その後はあなたの思うままやりなさいと放っておく方ではない。救いに導きました。入口に導いて入れて下さい。
そして、その後ずっとそばにいて、信仰が成長できるように最高のコーチングを知って下さい。教えて下さい。曲がっているところをただ知って下さい。それが精霊様です。
さっきの西堀選手のコーチ、マイケルチャンの話をさせていただきましたが、その話とわざわざしたのは、そのマイケルチャンはとても真実なクリスチャンだそうです。皆さん知っていましたか。
とても真実なクリスチャンであって、ある記事で彼の赤きを読んだことがありますけれど、ちょっとだけご紹介したいと思います。こういう赤きです。
私はプロとしては、体が小さすぎ力がなくまず成功することができないんじゃないかと多くの人に言われました。実際、プロの世界はとても厳しかったと思います。今でさえも私より大きな選手と対戦するときには、背の高さと力の足りなさを感じました。
しかし私はコートの外と内を含めて、人生の中で肉体の大きさや強さ以上に大切なものを見つけました。それはまさに神様との関係を持つということであって、全てにおいて違いが現れることとなったのです。
私にとっての最初の大きなタイトルであったフランスオープンで優勝したとき、私はたった17歳でした。簡単にうのぼれて思い上がったものとなっていたかもしれません。
しかし、イエス様に焦点を合わせていた私は、お金や名声、または勝利の誘惑の取り事ならずに済みました。これらの成果は、イエス様が人々の人生に触れてくださることと比べたら重要なことではありません。
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神様は私に検出をする能力を与えてくださりました。私に力を与えてくださるイエス様なしでは、今の私はなかったでしょう。このような視点を持っているときに、のびのびと支配ができ、また神様に教範を委ねることができるのです。
私には自信があります。なぜなら、全てが神様の見ての中にあるということを知っているからです。大切なことは、私のベッドを神様に捧げることなのです。
このマイケルさんが、コーチが赤巾を着たんですね。その赤巾を読んで、私は想像しました。コーチが西堀選手を弁護して、彼がクリスチャンになって、大会で優位口で、テイストのコードで、「師を感謝します」と言わせて、「いなたがいいな」と私は想像しました。
私たちの真との最高のコーチ、聖霊様は決して離れない。私たちが弱くても離れない。あるいは、してはいけないことをしてしまったときも、聖霊様は離れない。
もう、お前は可能性がないんだとか、そして知っている方ではない。落ち込んでいても離れない。聖霊様は私たちの弱いところも強いところもよく知っておられて、
そして、どうしたら私たちの真とが聖とできるのか、それを様々な方法を用いて、時には促して、時には厳しく訓練をして、時には優しくなれて、そして私たちをコーチングして、育てて、養ってくださるんですね。
自分のことを振り返ってみても、今もそうなんですけれども、どこを見ても、選挙主や、あるいは説教家、あるいは牧師、それが見事に立派にできる良いところをあまり持てないものだと思うんですね。
自分のさりなさ、情けなさのゆえに、自分のことでがっかりすることがあったりするんです。そして、落ち込んだりする時があります。悲しく、もう泣くしかない時もあります。どうしたらいいんですか。自分のことを自分ではどうにもならない時があったりします。
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その時に、いつも私の祈る場はここなんですよね。僕はいつもここで祈っているわけですから、祈っている時に、聖霊様が、私はあなたを決して離れないんだよ。私のゆえにあなたは生徒できるんだよ。
私を信用しなさい。私があなたを生徒としてあげて、そのあなたの弱ささえも、だめなところさえも、私はそれを用いるから、安心しなさい。私があなたから離れないから、あなたの私から離れてはあかんよ、とですね、聖霊様は簡単に言わないかもしれませんけど、そうおっしゃるから。
そしたら、私は本当にすごく慰められて、聖霊様、この墓会をさせていただきます、というところでありますが、皆さんはいかがでしょうか。
では、どのようにして、私だけの信徒が成長できるようにコーチングしてくださるんでしょうか。
その一つ、見言葉がわかるようにコーチングしてください。この聖書の見言葉がわかるように、聖霊様がコーチングしてください。
今日の聖書・佛書、十三節と一緒に読みましょうか。四平の九辞書、二十六章、十三節、214ページです。では一緒に読みたいと思います。
しかし、その方、全ての真理に導き入れます。見たまは自分から語るのではなく、聞くままお話し、またやがて起ころうとしていることを、あなた方に示すからです。アーメン。
では、ここにですね、聖霊様を立ててですね、真理の見たまと書きます。そして、全ての真理に導いてくださると。
最高のコーチ、聖霊様は、私たちがこの神の見言葉、聖書がわかるように教えて、示して、真理の心に導いてくださるんですね。
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そばにいてくださって、それを聖徒の真理がわかるように、霊感を与え、悟りを与え、はっきり見えるように、この私たちの霊の目を開いてくださるんでしょう。
それを誰がするんですか。聖霊様がしてください。
ですから皆さん、私たちが本当に神の見言葉を教えなければならないんですけれども、それをどうやって知ることができるんだろうか。
聖霊様が私たちの霊の目を開いてくださって、知ることができるように求めることになるんですね。
自分ですね、特に説教者として、さとろに鈍いものですし、智慧に足りないものだと思うんですけれども、また言葉にも不十分だと思いますけれども、ところがですね、よくよくですね、聖霊様は不思議な智慧を与えてくださるんですね。
この聖術のメッセージだけではなく、蒼天もですね、今霊引きが、昨日で26曜、月曜日で27曜で霊引きも終わりますけれどもね。
時々ですね、もう悩んで悩んで悩んでもですね、月曜日から土曜日の10時まで悩んでもですね、もうこの説教がですね、まとまらない、終わらない時が、よくあるんです。
もうですね、頭も抱えてですね、だからと言って、髪の毛がないかもしれないですけど、悩んでもですね、もう本当にですね、箇所は決まっていて、最初では決まっているんだけれども、適当には作れるんですよ。
自分も17年間、説教したわけですから、適当にいい加減にですね、もう作るならば作れます。
しかし、そうするわけにはいけませんから、もう悩むわけなんですけれども、でもその時にですね、まるでですね、もう光がこぼれてから照らされるように、
ああ、なるほど、これなんだ、というですね、すごい悟りがですね、もうパーンとですね、8曜にですね、与えられる時が、よくよくあるんですね。
その時のこの嬉しさはですね、本当に嬉しくて嬉しくてたまらないところがあるんですけれども。
この蒼天において、この礼引きがですね、政治の中で最も難しいところなんですね。
26章まで来たわけですから、26回、蒼天のメッセージ、15分、20分、長い時は25分も差して題しておるわけなんですけれども、
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時には自分でもですね、ああ、よくまとまってたなという時もありますけれども、今日何を言ったのかとですね、蒼天においてになる方はわかるかもしれませんけれども、
自分もですね、もう迷っておった時が正直にあるんですね。もう意識ないと思うんですけれども。
でもですね、この礼引きの、まあ礼引きだけではないんですけれども、礼引きのようなメッセージを何度も読んで抱えて悩んで祈っているときに、
夜あるいは朝来てですね、この祈るんですよ、私はもう祈ってないんですね、聖霊様、教えてください。
御言葉を聞きたくて、蒼天に来ているあのキンコさんが今日、かわいそうになるんですが、このまま帰ったらはいけないね、と。
聖霊様、どうぞ教えてください。あるいは私のお話を通してではなくても、聖霊様が後の祈りも祈るんですね、自由祈祷をするわけですから、
祈りの時でも聖霊様、もう一人一人にあなたが語り合わせて教えてくださいとですね、もう切にですね、必死に祈るんですよ。
そしてですね、不思議に自分にもまた話のときに、あるいは祈りのうちにですね、聖霊様が霊感を与えてくださって、悟りを与えてくださって、
この心の目が開かれて、御言葉がわかってくるんです。わかってくるこの感動と言いましょうか、この気持ちはですね、
聖霊様によって、この悟りが与えられる素晴らしい願いなんです。なかなか知らなかった、気づいてなかった、悟らなかった言葉を読んで読んで、
祈って、それがわかってくる、この凄さ、素晴らしさ、それは聖霊様が教えてくださる。ですから皆さん、
聖霊様に祈り求みをやりましょうか。読んでもわからん、それで締めてしまうんじゃなくて、聖霊様教えてください。
あなたは真に御言葉であって、あと、聖書は御様の霊によって書かれたもんですから、聖霊様が聖書の最古の教師なんですよね。
最古の教師は聖霊様が教えてくださる。だから皆さん、信仰の成長は他でもなく、この聖書の御言葉から教えられるときに、私たちの信仰が成長していくんです。成長していく。
だから、聖書と離れては、信仰成長はできないと言いましょうか、不可能と言いましょうか、難しいんですね。
今日、神機とまた今日、聖書講座が開かれますけれども、何とかして皆さんが聖書に期待していただきたい。
そして、聖書を掘り下げて、そこから宝を見出してほしいと思って、聖書講座を開いているんですけれども、皆さん、
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この信仰を成長のために、特に霊的なことに関心を持っていただきたい。
私の人生は限られているんですよ。限られている。有限なものなんです。
そしてならば、この命と、この時間と、あるいはこの体、健康を持って、何のために使うのか。
よく霊的に分別できるクリスチャンにありたいと考えます。
2番目、聖霊様は何を教えてくださって、コーチングしてくださって、私の信仰を成長してくださるのでしょうか。
その2番目は、神様の心が何なのか分かるようにコーチングしてくださるんですね。
さあ、聖書1箇所、また開きましょうか。第1コリント2の11節です。
第1コリント2書11節。新約聖書319ページです。
第1コリント2書11節を一緒に読みたいと思います。よろしいですか。
一緒に読みましょう。1体、人の心のことは、その人の内にある霊のほかに、誰がしているでしょう。
同じように、神の御心のことは、神の御霊のほかには、誰も知りません。
ここにですね、後半にですね、神の御心のことは、神の御霊のほかには、誰も知りません。
ですから、二玉によるときに、私たちは、神の御心が、神の計画が、自分への神様の証明が、ビジョンが何なのか、それを知ることができる。
そして、それに聞くことができて、支配することができるんですね。それが、聖霊様のコーチングなんです。
皆さん、私がおぞましいクリスチャン、神様に喜ばれるクリスチャンになるためには、聖霊様のコーチングが絶対に必要なんです。
自分はですね、自分のことを気づきづらい。みんな鈍いもんですから、自分がどこが悪いとか、どこが回っているのか、
なんでこれができないのか、なんでこういうことが起きているのか、ある程度、気づくことができるかもしれませんけれども、できないところがもっと多いんです。
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今日、テニスの話でちょっとしますけれども、最近ですね、自分、私ですね、運動不足で、半田からしてね、
お父さん、お腹を見てねって言われてですね、もう運動をしなくてはならない。福岡にいるときにですね、上山先生とか若い先生たちと、たまにテニスをやったことがあります。
何回も歌うことがあるだけで、また大学のときに教養体格で習ったことがあるだけなんですね。
手前に、上山にテニス教科があるから、やろうかと思ってですね、一度、無料見学に行きました。
そしてですね、直球に入れてもらって、1時間半ぐらいやらせてもらったんですけどね。
そのときに、今はですね、何度も言ってもバックが打てないんですね。それで先生から、やってみなさい。やったらですね、できない。
そうだから、できないんですよって言われてですね、こうやりなさいと。
右の手、左の手はこう行って、足はこうして、またボールが来たら、慌てないで待って、構えて打ちなさいと言われてですね。
ボールに、私はですね、今までスポーツとかですね、教えられたら、教えたとおりにやることは上手いなんですね。
で、教えられたとおりにやったら、打てたんですね。そしたら、コーチが素晴らしいと言われたんですけど。
皆さん、自分には、自分の何が回っているのか、あるいは、自分のところにどんなシミがついているのか、
どこが汚れているのか、汚れているのか、それがなかなか築きにくい、鈍いものたちなんです。
だから、最高のコーチのような精霊様が、私たちの人生にも、これからの歩みのためにも、また信仰のためにも、絶対に精霊様が必要なんです。
その精霊様に、どこが悪いのか、どこが曲がっているのか、どこが間違っているのか、そこを教えていただく。
そして、それを直させていただく。それを通して、神に喜ばれるクリスチャンとして歩むことができるんです。
精霊様は、神の霊であって、神の御様なんです。つまり、精霊様の他には、誰も神の心を知ることができない、悟ることができないわけなんですよね。
だから、私は神様を信じているんですけれども、神様の御心が何なのか、自分の人生のために、神様がどういうプランを持っておられるのか、
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あるいは、この教会のために、この上に神様のプランは何なのか、それを知るためにどうすればいいのでしょうか。御様に教えていただく。他にはないと思うんじゃないですか。
だから皆さん、精霊様に突き動かされている人、精霊様に常に教えていただいている人、精霊様に常に講師をしていただいている人は、神様の御心が何なのか、はっきりと分かってくる。
それを知ることができる。そして、素晴らしい人工の道を歩むことができるんですね。
もう一つしたいと思うんですけれども、彼が明かしてもいつもは来たけれども、自分が何で日本に来たのか、自分も知らないほど不思議な導きで、安息をしましょう。
家族と今までなかなか時間を持てなかったから、日本に行って、ちょっと演奏も体質も減らして、家族と一緒にして、ちょっと休もう、そんな気持ちで日本に来たんですけれども、
もうかえって、もう今までよりもっとめちゃくちゃ忙しくなって、もう日本中、沖縄から北海道まで、もう演奏し回っているんですね。ところが、彼には痛みがありました。
一つは、日本に来ているうちに、その奥さんが三回も悠然をして子供を亡くした。そして、しかもそのうちに息子がいるんですけれども、その息子の目の大きなシスも。
彼の話は、でも、この日本に私を使わせたのは神様だ。だから、もうやめて帰ろうじゃなくて、神様が日本にお泊まってくださいとおっしゃる限りは、日本で働きをさせていただきたいと、
彼は強い決意を持って、日本で様々な演奏を持って、日本の教会に仕えて、明かしをしていらっしゃる兄弟なんですけれどもね。
それは、神様の御心を知っている人の歩みであって振る舞いなんです。痛みがあったんですよね。三回も悠然をしたら、それは本当につらいことでしょう。
目の大きなシスもしたわけですから、もう奥様の体も本当に大変ですから、やめて、韓国に行って、あるいはドクタースイスとか、あるいはヨーロッパにも詳しいですから、
どこかに行って、休もうと、それもできるんですよね。しかし、彼はそうしなかった。まだ日本に留まっていて、来年までいるかどうかは分かりませんけれども、
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そういうふうに、御霊に導かれて、神様の御言葉を通りにこの日本に留まって仕えているその歩み、それが精霊様によって神の御心を知った人の進歩の歩みなんです。
神様は私たちに多くのプレゼント、賜物を与えてくださいました。仕事や健康や体やお金、時間、才能、賜物、様々な全てのものは神様から与えられているものなんです。
精霊に満たされて、精霊によって月を動かされる人、歩んでいる人は、お金とか財産とか、あるいは自分の時間とか、自分の健康とか、将来のことも自分で好きに決めていくんじゃなくて、
言っても神様は守ってくださるんですけれども、それじゃなくて、神様はこの時間、あるいはこの財産、この体を持って何をしたらいいんでしょうか、常にお尋ねする。
精霊様に信じてみて、そして自分に与えられているもの、自分の持ち物を主の見所のために使わせていただく。それが精霊に動かされる、コーチングを受けているクリスチャンの歩みではないでしょうか。
ですから皆さん、信仰生活というのは、いける神ので、精霊様と絶えず人格と人格としての交わりを持つことであって、精霊様に月を動かされることであって、精霊様に時には厳しく訓練されることであって、時には精霊様に優しくコーチングをされることなんです。
皆さん、常に精霊様のコーチングを受けていらっしゃいますでしょうか。皆さんのお家に、皆さんのそばに常に精霊様がおられて、教えていただいているでしょうか。
コーチングしていただけますよ。この道が信仰の道なのです。お祈りします。
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