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毎週月曜日のこの時間は、松尾潔氏のBrush Upです。さあ、松尾さん、今日のBrush Upテーマは何でしょうか?
今日はですね、今月の頭に、伊藤環境大臣、伊藤慎太郎環境大臣が、水俣病患者の皆さんの団体との懇談会を行った時に、
環境省の職員が、一つの団体の発言時間は3分と上限を決めて、その発言を遮ったと。
これは本当に、皆さんも、あれ見て怒りの感情を抱かなかった人いないんじゃないかなと思っちゃうんですけど、
そのことを改めて考えてみたいと思いますね。
まず、水俣病って、今更ながらお話ししますと、僕は1968年、昭和43年生まれですが、
僕は子供の頃には、もう認識されていた公害ですね。四大公害病って、それこそ小学校とか中学校とかの社会の授業でも出たんじゃないかと思いますが、
水俣病、新型水俣病、胃体胃体病、六回一連続と。
今でも、被害に遭った方が苦しまれているということが大前提としてある。
さっきの鈴木さんの成人死の話の時に、冒頭でどれだけ時間かかっているんですかとおっしゃいましたけど、
これもまさに最大のものの一つだと思いますよ。
そうですね。
もちろん、どれだけ時間かかっているのかというのは、言えることのない痛みとか病とかということもあるけれども、
国との患者の人たちとの意思疎通が、いまだにうまくいかない。
本当にどれだけ時間かけているのか、一かりの感情を覚えずに僕は得られないんだけれども、
発言時間の3分っていうのがね、そもそも僕なんかに言わせると、
本気で患者の方のお話を聞こうと、拝聴しようという気持ちがあれば、
そんな制限時間を設けるのかなという疑問があります。
だって普通に考えて、我々スピーチするときに3分とかだと大体挨拶程度で終わっちゃいますよね。
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しょっちゅう会ってる人じゃなければね。
これって、いわゆる儀式的なものでガス抜きと言われても仕方ないという設定だと思うんですよ。
そもそも屈辱的な時間設定だと思います。
これやっぱりね、初めから本気で聞く気がないんだなというふうに思われても仕方ない上に、
音声を切っちゃう。強制的に切っちゃう。
これ会場で3分ですからって言うべきところを、メモを読み忘れたって言われてますけども、
何にせよずさん極まりないしも、
本当に人権を軽く見てるんだなって僕なんか思っちゃうんですけど、
ただね、発言を遮られた形になった南田病患者連合の松崎さんという会長の方ですね。
あの方は本当になんていうのかな、
アンガーマネジメントに長けた方というか、
怒りを押し殺してたと思うんですが、大臣を恨むとかそんな気持ちはないと。
とにかくみんなが救済されることが目的だから、別にそれ以外は言うことはないんですよっていうようなことをおっしゃるんですよね。
で、自分は認定されておらず、
お亡くなりになったお連れ合いも未認定者だったけれども、
国も県も認定者と未認定者と区別する必要なかったんじゃないかっていうような、
本当に本質的なことを端的におっしゃってて、
改めてその南田病棟に認定されている人の数の少なさ3000人ぐらいなんですよね。
で、一時勤とかの救済を受けた人っていうのは、
数万人、5万人ぐらいですかっていうふうに言われてますが、
今訴訟を続けている人は1500人ぐらいいらっしゃるっていうのは、僕も本当不勉強で今回、
そんなにいらっしゃるんだっていうのを認識を新たにした一人なんですが、
やっぱりお医者様に診断書をもらったりすることも、なかなか難しいんですってね。
そういう現実があってのことだっていうことを、僕と同じように、
今回の一件で知った方もたくさんいらっしゃると思うんで、
そういう意味では、ある種、伊藤大臣および環境省の不手際のおかげで、
アナウンス効果はあったなと、そうとでも思うしかないなという気がいたします。
で、これはちょっと伊藤さんっていう人をまじょがりするつもりもないんだけれども、
あの1日の懇談会の時に表情をあんまり変えてなかった。
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発言を遮られるタイミングの時とかでも、
マイクなくてもその場にいた人たちは当然聞こえてたわけで、
そのまま続けてくださいって一言が出ないんだってことに、
僕ちょっとそういう方が大臣をやってるってことは恐ろしいなと思いました。
これ、一般のコミュニケーションとしてちょっと不自然な感じもしますしね。
人としてっていうね。
そうですね。
で、その1週間後に伊藤大臣が謝罪に行くわけですよね。
あの時に新幹線の時間がないって言った人が謝罪に1週間後に行くっていう、
まあ、飛んだ茶番なんですが、
あの鹿児島空港にまず降り立って、
記者に囲まれた時に涙目になってましたよね。
その1週間前のあの無表情の大臣のことを思い出してみると、
非常に趣深いと。
まあちょっと嫌味で言ってますけれども。
で、まあその時にね、
彼が言ったこと、みなまた病っていうのは環境省が生まれた原点ですと。
いかにこのことを大切に思っているか、
私はお伝えしたいんです、と涙ながらに語ったんですけれども。
で、あと、ちゃんと環境省の責任者にも厳重注意しましたからって言ってるんですけど、
まあ皆さん思ってるでしょうけど、
どの口が言うって僕も思いますよね。
そうですね。
いやいや、けどほんとね、
これさっき申し上げましたように、一定以上のアナウンス効果がありました。
この風化しかけて、
風化しかねなかったと言いましょうかね。
まあそういうみなまた病、いまだ解決してないこの問題に
クローズアップされる機会となったと、
この機会としてと言うことはありますけれども、
改めて救済、何て言うのかな、
被害に遭われた方、患者の方々のご満足に少しでも近づけるような解決のきっかけになるといいなと、
今はそういうふうに考えてますね。
はい、そうですね。
ここまで松尾教授のブラッシュアップをお送りしました。