Be(自分らしさ)とDo(義務)の概念
おはようございます。小松でございます。 今日も日差しの良い中で京都市内を歩きながら収録をしております。
今日は、またちょっといつもの話で、ビート・ドゥの話をしたいなと思うんですけど、 最近、元同僚と話をしてて、
すごくいい話をいただいたんですよね。 それで何かというと、映像を作られたりする方なんですけど、
ビーとドゥ、よく言っているのは、ビーがライフワークで、ドゥがライスワークですよね。
ビーっていうのは、自分らしさ、自分がしたいこと、自分が心の底から何かあったら面白いなっていう、 心が動いて振動するような、そういう活動のことで、
それは自分軸がしっかり反応しているので、ビーイングですよね。 ビーっていうあり方っていう、そういう領域ですよね。
ドゥっていうのは、仕事をすべきこと、義務、そしてご飯を食べるとか、生計を立てるような、どうしても人間として必要な、生きていく上の中では避けて通れないような領域ですよね。
ちっちゃい頃は、それ関係なしにビー中心で動いていることが多かったと思うんですけど、色々な社会的な経験をしたりとか、周りとの繋がりとか、あと経済ですよね。
そのことを考えていくと、どうしてもドゥのところがどんどん増えてきたりとかするし、ドゥって色んなやり方があると思うんですけど、
マニュアルとか、方法論って結構あるじゃないですか。そこをやっていくと、一応スマートにはできたり、だんだん慣れてくるとそれで結構お金が発生したり、お金がたくさんいただけたりすることもあるわけですよね、クライアントワークで。
そうしていくと、期限があったり、制約があったり、そういうのを器用にこなす人もいるし、こなしづらい人もいるかもしれないですよね。
ただ、それでもずっとやってるとドゥが多くなってきて、場合によってはそれで売れたりもしますよね。意外とね。自分の好きと得意の話に近いよね。
好きな部分はBだし、得意な部分はドゥですよっていうようなところがあって、僕も得意な部分と好きっていうのは別なんだよね。
それで得意な部分が生地、お金がもらえたりしていくと、どうしてもそっちの方向に人は動いたりとか、制約を受けたりとか、つながりがあるからやってしまうわけじゃないですか。
そうしていくと、だんだん心が疲弊していくわけですよね。自分がしたいこととか、やりたいことっていうところからはどんどん遠ざかっていく。
そういうもんですよね、人生ってね。そうすると最後は作れなくなっちゃう。物が作れなくなっちゃう状態になるのが、やっぱりドゥの仕事の怖いところなんですよね。
Beを意図的に取り入れる重要性
なので、少しでもBを入れた。意図的に大人ってそういうのが分かりづらくなりがちなので、意図的にBの仕事。
例えばだけど、めっちゃ儲からへんけど、これ面白いやんとかね。こんなことやったらワクワクするけど、時間と逆に自分が出費するぐらいの悪条件になってしまうっていうところがあるとは思うんですけども、
そういう風な感じになっていくとですね、やっぱりそっちの方向の方が面白かったりとかして、それをやってるとドゥもなんとかできていくなっていうね。
ライスワークばっかりじゃなくて、ライフワークを少し加味していくと、結果的にライスワークも充実していくっていうね。
どっちしかダメとかそういう意味じゃないんですけど、ちょっとエッセンスとしては入れていくっていうのがね、すごく重要じゃないかなっていうような話になって。
本当そうだよな。大細の人がそんな風におっしゃってたっていう風に同僚は言っておられたんですけどね。
だからね、本当に何かバランスっていうのがともすると見えづらかったりとか、分からなくなってくるんだよね、ドゥやってると。
忙しい時短距離走になるし、俯瞰してみれないし、メタ認知ができなくなるっていう怖さがあるんですよね。
そうするとね、やっぱり疲弊しちゃって、もうある程度のところまで行くと取り返しがつかない状態。
もう物は作れないからここの活動は廃止するとか、下手したら病んじゃうとかねっていう人もたくさんあると思うんですけどね。
だからね、そんなあたりの心の調律というか、自分軸の整えみたいなものは常にしっかりする必要があるわけなんですよ。
そんな話をすごくしてて、めちゃくちゃ共感して、ライスワークもいいけどライフワークもちょっと入れようよねみたいなね。
音声配信をライフワークとする理由
僕はちなみにね、ライフワークはね、やっぱりこの配信なんですよね。
お金とか考えずに僕やってるし、お金考えたらね、プレミアムは何人いるかとかね。
何かオフ会していくらでも起きようとか、全然思わないですから。
思うだけめんどくさいというか、これ仕事じゃないからね。
だからやれてるんだと思いますよ。
昨日の配信で伝えたように、何とかこうやってる。
これ喋ることによって自分が整えますから、それだけでしょうね。
やっぱり音声やってるの。
そこにプレゼントっていうのがあるとしたら、それは受け手の方の歓声であり、共鳴であったりするわけだから。
そこは僕は関与できないんで。
下手に関与したらドゥーになるんだよね。
こんな風にステップがあって、次の配信聞くとこんな風になって、ここから先は有料放送みたいな感じ。
めんどくさくないですか、それ絶対。
僕はそれしないのは、やっぱりこれがBだから。
この音声配信がBだからっていう結論だよね。
だからね、僕のライフワークは音声配信であったり、
あとはね、今ちょっと活動、もうじき再開しようかなと思ってるんですけど、ピアノ弾いたり音楽する活動だよね。
音楽する活動も僕はBですね。
もうすべからく。
バーベル戦略とBe/Doの混同の危険性
ライスワークがめちゃくちゃ多くなりすぎて、この数年。
だからちょっとね、ライフワークのピアノがね、ちょっと遠ざかっちゃったんだけど、
ちょっとね、そのバランスをね、やっぱり見直さなくちゃならないということで、今ね、ちょっと色々と策を練っているところではあるんですけれども、
そういう意味で、やっぱりピアノはライフワークでありたいし、そうならないと人生がつまらなくなって大変な方向になってくるっていうのは間違いないですから。
そんな風に考えていくとですね、やっぱり何かこうライフワークを聴いていらっしゃる方もね、
すごく充実というか見直すような視点というのを改めて作るっていうのはめちゃくちゃ大事なんじゃないですか。
そのあたりの切り割りというか割り切りというかね、見極め方みたいなものはやっぱりすごく大事だし、
ここから宣伝しないと言うけど宣伝しようかね。
11月に出した本、耳を澄ませば世界が変わる。実は音の本でもあるんだけど、そういう本なんですよね。
ライスワーク、ライフワーク、何なんだ、ビートドゥーは何なんだっていうことで、これを読んで涙流された方もいらっしゃいますから。
そうなんですよ。やっぱりね、人生すごく体重というかね、グッとエネルギーかけて本気でやる気になって死に物狂いでやってる人には伝わるかな、こういう話は。
だからね、僕はバーベル戦略やってますけどね、どういうことかというと極端ツンデレですよね、ツンデレ。
ツンデレの中間領域ないっていう僕性格なんで、極端なんですよ本当にね。
だからね、そういう生き方をしてる人にはハマるかもしれない。だから中間領域ないからそこなんだよね。
僕はそれはすごく、自分自身はそれやって助けられてるし、結果的に長期で言うとね、すごくいただけるものは多いね。
アベレジでやるよりもかなり比重をかけた形で、極端にやるやらないっていうしてるので、そういうふうにね、僕は舵を取るというか、戦略的というよりも僕のその性格なんですよね。
ちっちゃい頃から本当に言ってました、性格で。極端だなっていうね。そう、極端なんだよね。
だからそんなふうな状態だと、よりBとDの立ち位置は考えなくちゃならないよね。
そういう極端なバーベル戦略の人間で怖いのはね、Dはあんまり好きじゃないけどやっちゃうでしょ。
するとね、ハマるんですよ、Dに。Dの枠に収まっちゃうというか、DがBじゃないけれども何かこなすタスクが対象となっちゃうんだよね。
対象をこなすっていう意味ではBに近くなるような幻覚になるんだよね。これが危ないんだよね、多くの人見てると。
そう、Dだったのか知らない間にBに誤解しちゃって、それで気が付いたら実はDに絡めとられていたっていうね、僕のことなんだけど。
それ危ないよね。本当に危なくて、それ命をね、命に関わる問題だと思いますよ。
それをね、昨日伝えたデジタルクリエイターの扉にもしっかり書きましたけどね。命の問題なんだからこれっていうね。
まとめと宣伝
はい、ということで、なんだか今日はね、宣伝、最後宣伝しないといけないから宣伝する。これ極端だよね。
ここら辺をね、汲み取っていただいて、いろいろまたプレゼント、今日も与えられたかどうか知らないけど。
はい、ということで今日もありがとうございました。