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2025-04-29 12:12

【新定義!】クリエイティブ再考①〜誤解が多い!

クリエイティブとは何か。まずは2000年代初期のクリエイティブの捉え方について話をしてみました。それがどう変遷したのか?
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サマリー

このエピソードは、クリエイティブの本質を探求し、自己表現や創作活動が重要な要素であることを強調しています。また、クリエイティブに関する歴史や思想の変遷についても紹介されており、特に糸井重里さんとケンジョー・トールさんの見解に触れています。

クリエイティブの探求
おはようございます。小松正史でございます。 今日はですね、
ちょっとね、抽象的な話なんですけど、あのクリエイティブって何みたいな、そんな話をね、ちょっとこう1回だけでは多分終わらないと思うんですけどね、
あのやっていきたいなというふうに思っております。 クリエイティブの話をね、するからちょっと周りちょっとうるさくて申し訳ないんですけど、
あの歩きながらね、まさに歩きながら僕はクリエイティブの部分が出てくるかなと思うので、それでちょっとこう、
まあもう結論決めずにもう喋れるだけ喋るという、だからね今日多分何回かになるかな、4回とかね、5回ぐらいになるか、
まあそれとも数回になるかわからないんですけど、やっていきたいなというふうに思っております。 それでなんでこんな話をしたかというね背景をね、ちょっとお伝えしたいと思うんですけど、
あの今から10年前からですね、割とあのメールというかやり取りをしてて、海外なんですけど、
アルゼンチンの国のですね、ブエノスアイレスに住んでいらっしゃるファクンドアレナさんとですね、
まあいろいろ交流をずっと続けていったんですけども、それであのなんとですね、今日さっき出会ったというか、お話しする機会があって、
まあちょっと京都のね、彼ミジシャンなので、京都の音風景をね案内したりとか、かなり充実して話になった感じで、またこれはまた別の時にね、
お話ししたいなというふうに思うんですけど、彼がですね、音楽をずっと作ってて、ザ・京都コネクションっていうね、
プロジェクトで、日本には全然来たことがないんだけど、京都の音というか、曲を彼作るんですけど、作った曲をね、人に聞かすとめちゃくちゃ京都っぽいんですよ。
本当に、自分がそういうふうに思ってないんだけど、なんかね、そういうふうな方で不思議な感じで、いろんなことを多彩にされている方でしてね、
いわゆる今日の話みたいなクリエイティブの教育をね、周りの人にするようなプロジェクトをしたりとか、自分自身がね、
仕事をかつていろいろやってたところで、クリエイティブな仕事をするような予定だったのか、実はそうじゃなくて、義務とかね、この配信でよく言ってるけど、何とかしなければならないみたいなことで、
そういう仕事ばっかりだとですね、実はもう精神的におかしくなる。えたしたら死んでしまうかもみたいなね、そんな状態になることをですね、
かかりつけのお医者さんから言われたようで、そこで本当に義務の仕事ばっかりやっちゃってるとですね、命にかかるという。
これね、日本人もすべからくそういう義務の仕事をやりまくってて、何とも思わない人はいないとは思うんだけど、我慢したりとかなんかしたりとかしてね、やってるわけなんで、
日本人に聞かせるとこれ、ほとんどそういう仕事の人が多いだろうみたいな感じなんですけども、彼自身はですね、そこからちょっと自覚をして音楽活動を始めて、
良い感じでバランスを取って今生きてるという。それで僕とね、久しぶりじゃない、初めて出会ってですね、すごい良い方だったなみたいな感じだったんですね。
それでちょっと話戻すとですね、クリエイティブっていうのは、僕は命にかかわる話なんじゃないか。
クリエイティブの歴史
つまり内側、自分の発信というか自分の生命というか創作活動というかね、ライフワークというかライフステージの中で、
自分にとって生きる糧というか、エネルギーというか、エンジンみたいなものがクリエイティブの意味なんじゃないかなというふうに思うんですね。
ちょっと話を今日は色々作装しちゃうんですけども、僕が初めてクリエイティブという言葉を聞いたのはですね、実はですね、今から25年くらい前だったかな、
NHKの番組でですね、糸井重里さんがですね、Eテレだったかな、Eテレでですね、3回の連続でやられたですね、ETV2000、今クリエイティブとは何かっていう。
そこでですね、僕当時大学院生だったんですけどね、班大の。クリエイティブという言葉、初めてっていうことじゃないけど、改めてこれが何で今ね、言われ始めてたのか、今からもう25年くらい前なんだけど、
それで3人、糸井重里さんとはじめはですね、源頭社っていう出版会社のケンジョー・トールさんっていうすごく有名な編集者さんがいらっしゃるんですね。
その方と話したのと、第2話がですね、糸井重里さんですね、歌手の糸井重里さんと話したのと、第3話が、今は東京芸大の教授のですね、アーティストの八谷和彦さんっていうね、発明をするような方とですね、話をして、それで結局ですね、色々こう話を突き詰めてやられたっていうようなところなんですね。
で、その時にケンジョーさんはですね、何を言ったかというと、クリエイティブっていうのはめちゃくちゃもがいてもがいて、もがいた後で本質が出てくるっていうような、そんな結論を言っておられましたね。
それで、糸井重里さんはですね、すごく話をはぐらかしてしまうタイプみたいで、なかなか言うのは、まとまるのはね、すごく難しいけれども、歌詞とかね、それを紐解いてると疑問ですよね。
あなたはこうなのっていうね、本当にそうなのかっていう常識を疑うみたいな形で疑問を投げかけているのが、糸井重里さんのクリエイティブだって言ってるんですよね。
さらに、八谷さんはですね、自分がワクワクするというか、面白い。発明って結構面白いじゃないですか。そういう発明とか、今までにない新しいものを作り出すっていうのがクリエイティブなんじゃないかみたいな。
そこをですね、やっぱり糸井さんの和力というかですね、継承力によってすごく引き出しているというね、苦しながらももがいた後でクリエイティブが来ると。あとは疑問として、そこを投げかけていくのがクリエイティブだと。
最後は面白いものがね、そういうものを作り出すのがクリエイティブっていうことなんですよね。その時に聞いた中ではですね、本当に物を作っている人、専門的に物を作っている人っていうのがクリエイティブの活用にいるっていうふうにちょっと僕は思ったんですけどね。
そういうところでまず、クリエイティブって言葉を整理というかしていくようなことが結構ありましたね。それで、それでもわからないですね。クリエイティブって一言では結局言えないわけなんですよね。
それでちょっとね、クリエイティブを調べてみたんですね。どんなこととして捉えるものなのかっていうのをちょっと聞いてみたところですね、AIに。最近クリエイティブするとよく言われますけれども、日本語で平たく言えばどんなことなのでしょうかみたいなね。
それでちょっと聞いたところ、いろんな言葉が出てきているわけなんです。これね、一言ではまた言えない多角的なもの、例えば創造的とか独創的っていうのはまあそうだなと、独創性がある、創造力がある、そして創造的、工夫して作るね、工夫っていう言葉が出てます。
そして斬新、画期的、オリジナリティがある、新しい発想がある、編み出す力があるっていうようなかなり多角的な感じのまとめ方をAIちゃんはしていました。
これらの表現をまとめてみると、新しいアイデアを生み出すとか、他にはない独自の発想を持つとか、工夫をして何かを作るというような意味合いがあるんじゃないかっていう、そういうところがあるんですね。
それも含まれるだろうというふうに思ったんですけど、僕が整理をして考えると、クリエイティブって自分発というか、自分の基準で選んでいけるというか、関わっていくというか、活動する、評価するっていうところと、あとは人が評価する、外的評価ですね。
外的評価とクリエイティブ
自分のものを自分で評価するんじゃなくて、外面というか他者が評価するのでクリエイティブっていうような、そういう意味が結構あるんじゃないかというか、好むと好まざるとに関わらず、外の判断とか外からの外部評価的なものがクリエイティブの意味合いとして、
結構最近は出ているんじゃないかなっていうのがね、ちょっと思ったところなんですよ。
で、それって結構ね、どうなんだろうって僕は思うんですよね。
これいろんな考えがあるけど、僕としてはですね、自分が最後、満足したりとか、生き生きしたりとか、そういうことをするのがクリエイティブって僕は思うんだけども、
それがですね、やっぱり外から見て新しいとか派手とかオリジナリティがあるとか、そういう外面からの視点のクリエイティブっていうような価値判断っていうのがすごく出ているんじゃないかなっていうふうに思ってですね。
いやこれどうなんだろうな、ちょっと違和感がめちゃくちゃあるというか、そんな感じが結構するんですよね。
今日の第一話というか、クリエイティブとは何かみたいな話でですね、第一話的なものとしては、いろんな多角的なクリエイティブの視点があるっていうのはもちろんそうなんだけど、
クリエイティブって当初は割とこのものづくりをしている専門家みたいな方がね、専門的な領域でやるというか、特殊な才能の持った人がクリエイティブをしていくような、そういう意味合いが結構強かったっていう感じでしょうかね。
それがだんだんと評価というかね、外面からの評価としてクリエイティブが出てきたから、さらにちょっとね意味としてはどうなのかなというような、そんなところで疑問をね。
井上陽水さんではないですけど、疑問を投げかける感じで第一回目クリエイティブをね、とは何かちょっと考えてみましたということで、今日はここで終わりにします。ありがとうございました。
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