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2026-01-27 10:32

【第2回】「足元」が教える人生の歩幅。秀逸な飛び石が演出する静寂の美

利兵衛と設計した緻密な「足元のリズム」。あえて歩調を乱す飛び石の仕掛けから、景色を最高に輝かせる演出の妙と身体感覚を語る。

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サマリー

王光地三荘の日本庭園の制作プロセスと、その背後にいる俳優・王光地伝二郎と無名の策定家・広瀬理平の関係性を探るエピソードです。また、足元に焦点を当てたデザインが、歩行のリズムやマインドフルネスに与える影響についても語られています。

王光地三荘の制作背景
おはようございます、小松でございます。今日は、王光地三荘のお話のその2位をお伝えしたいなというふうに思いました。
王光地三荘は、王光地伝二郎という映画の俳優さんが、ほとんどのギャラを投じて作った、京都嵐山の一角にある日本庭園、
俳優式の日本庭園なんですけども、その作ったプロセスを、今日ちょっとお伝えしようかなというふうに思います。
王光地伝二郎にしても、策定家ではないですし、その策定家も広瀬理平という方なんですけど、そんなに有名な方じゃないんですよね。
その2人が作った奇跡が、ここに封じ込められているんじゃないかなと思って、もしよかったら、今日初めてお聞きになる方は、前の前回も聞けますので、そこから聞いてほしいなというふうに思います。
それで、今日はその策定家の広瀬理平の話なんだけど、彼は無名な植木屋さんだったんですね。
当時、京都には僕も大好きな策定家の小川慈兵衛という方がいらっしゃるんですね。
無林庵とか平安神宮の丸山公園もだし、その辺りを作られた小川慈兵衛という方がいらっしゃるんですけど、大スターなんですよね。
王光地伝二郎氏がパートナーに選んだのは、自分のこだわりを粘り強く形にしてくれる、二人三脚でずっと一緒に行きたいということもあって、
この無名の広瀬理平という方にお願いしたというふうに言われていますね。
それで、30年間共同作業を前回も伝えたように、この嵐山の空間、伝二郎氏が34歳でこの土地を手に入れられたそうなんですよ。
亡くなるまでの約30年間、これ亡くなったのが68歳じゃなかったかな。
それで理平は文字通り伝二郎の手として二人三脚で庭を作ったんですよね。
この記録ね、他の理平が作った庭の記録ほとんどないんですよね。
人生の大部分を大工地産総という、本当に全く一つの作品に捧げた、専属アーティストっていう感じなんですよね。
伝二郎と理平の関係性
それで、この二人の関係性の話なんだけども、この施主と受け入業者みたいな感じじゃないんですよね。
これ、むしろ伝二郎が映画をされていたので、監督と技術監督みたいな感じだったんじゃないかな。
伝二郎が監督で、理平が技術監督みたいな感じなんでしょうね。
それで、たぶんここが一番好きなとこなんだけど、伝二郎氏が構想、ディレクションをするわけなんですよね。
前回伝えたように、伝二郎は図面を引かないんよね。
現場で理平シーンですね。この石はもうちょっとこっちとか左とかね。
この高さから冷え座を見たいっていうふうに、たぶんおっしゃったんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
そこがね、なんかその現場の空気感がそのまま出てるっていう。
僕は環境音楽作るけど、頭の中とか家で作るけど、そこで構想しないんですよ。
現場でこんな音が鳴ったら、例えば気持ちよくなるなとか。
ここでね、今PICU作ってますけどね、あの承認用の環境音楽。
こうだとちょっと疲れなくて、もうちょっと開放感のある雰囲気になるんだろうなっていうのを現場で考えてね、あの頭でこしらえますからね。
そういう現場主義なんですよね。
そのね、感覚っていうのが行ってみてわかりますと、すごいな、これ出てるなっていうふうにね、思うんですよね。
なので、そういう感覚をね、電次郎氏がね、李平氏に伝えて、そしてエンジニアとして具現化するわけですよ。
エンジニアってこうね、形にしていくっていうことですから。
で、その抽象的なね、まあ多分言ったんでしょうね、ここはこういう空気感でもうちょっとこうはんなりと雰囲気よくとかね。
まあよく言うけどね、創意の芸術家。
そういう抽象的な美学的なね、あの言葉をですね、今度は物理的な石の据え方とか植物の配置へとね、多分翻訳したんじゃないかなっていうふうに思うんですよ。
で、このね、莫大な出演量がね、こういうことによってこうね、大きな空間へと注い込まれたっていう。
いやー、本当にいい空間だなっていう感じよね。
で、この一番僕がね、あの今日の一番ハイライトここからですよ、ここからね。
あの良いかなと思った足元のデザインなんだよね。
これね、足元って何かというと足の動き方、身体動作っていうのをね、規定するじゃないですか、その足元。
つまり具体的にはこう、飛び石なんだけど、石の配置ね。
足元デザインの重要性
そこがね、もう絶妙な仕掛けがあったかなっていうふうに思うんですよ。
で、それでね、よく見るとこれ、視線がですね、強制的に足に向けられるような感じなんですよね。
この山荘の路地を見ていくと、わざとね、周囲を高い生垣で囲んでるんですよね。
だからあんまり見えないんです、周りの雰囲気、この通路に限ってはよ。
通路に限っては見えないので視界が狭いんですよね。
するとね、人ってどういうふうに向くかわかりますかね。
視界が狭いと。これね、足元に向くんですよね。
足元の飛び石とか延段っていう階段みたいなのがあって、そこに集中して歩くことになるんですよね。
これはね、今は風景を見ないんだけれども、自分の足に集中していこうよなっていう、これまさにマインドフルネスみたいなもんじゃないですか。
そういう一種前的なメッセージみたいなものが、ちょっと大げさに言っちゃいますけど、
足元の飛び石を見た時に僕は感じたんですよね。
それでこれ具体的に音の話に、ここからちょっと行っていきましょうか。
これね、お幅のリズムがね、めちゃくちゃ音楽的なアプローチがあるんですよ。
で、飛び石っていうのがね、よく日本庭園でありますけれども、こちらね、感覚が一定じゃないんですよ。
あえて不均等に配置されていて、これによって歩くリズムに変化が生まれるじゃないですか。
それが、観賞者のね、我々観光客が行く中で、今ここに留められているというマインドフルネスになるんですよね。
それによって、音楽のね、拍子の変化、変拍子とか溜めとかね、そういうのが石の配置で生み出されてしまっているという、
アホダンスっていうあの、形態心理学がありますけれども、そのね、感覚がね、すごく出てるんですよね。
で、周りがね、見えづらいっていうことをさっき伝えましたけどね、生垣とかね。
それでまあ、ところどころでパーッとね、視界がパーッと開けるとこがあるんだよ。ワーッとね。
それね、どういうことかというと、ふと、まあね、あの石の模様をね、追いながら歩き続けていくとですね、
ふと見上げた瞬間に、保津郷とかね、山が見えるんですよね。
あの、何山だったかちょっと忘れちゃった、ちょっと音忘れしたけど、見えるんですよね。
えーっと、なんとか山、忘れた。なんだったっけな、何山?
えーっとね、忘れた。ごめん。はい。
で、そこの見上げた瞬間に、保津郷とか京都市外のパノラマが完全に飛び込んでくるんですよ。ワーッとね。
で、それによって、あ、なんかこうググッとこう、エネルギーを貯められたところの足元のね、緻密なデザインのもとにこう、ね、あの、それこそこう、身体の動作が規定されていてですよ。
それで、あるときにパーッと開いた瞬間に、あ、絶景を最大限に引き立たせているんだなっていうのがね、わかった。
そのための、えーっと、この飛び石系は序奏に過ぎないんだなというか。
いやー、これやっぱりね、あの、俳優さん、こう、時間芸術をやっぱり、あのー、担っている俳優さんならではのね、感覚ですよね。天才的な感覚だと思いますよ。
これ、面白いのが、Bでやってんだよ、これ。
ドゥで人に見せようとかね、あ、ここに来て有名になろうとか、そんなこと全くないよね。
自分が一番楽しいBの、こう、心髄を楽しむために作った、あの、庭園が、王光地三荘なんだよね。
これがね、すごい面白い、いいなと思う。
やっぱり、あの、ドゥでやっちゃうと、有名なね、あの、策定家に任せようとかね、うん、あの、小川慈兵さんに任せようとか、ね、あのー、重森美玲さんに任せようとか、いい、めちゃくちゃいい、そう、庭園のね、策定家ですよ。
でもね、そうじゃなくって、自分の感性に一番響く人に、お願いしようということですよ。
それをやって、長いことね、あのー、長期、長期投資みたいなもんで、長いことかけて、ま、足元のリズムとかね、そこまで設計したっていう、それがね、やっぱね、あのー、見えてくるっていうかね、うーん、そういうあの、李平氏と、あのー、電治郎氏のね、
まあ、指定というか、専用というか、なんていうのかな、同志というかな、そういうところがね、よかったなって、広瀬李平っていう人、僕、まあ、ちょっと今日ね、この策定家どなたですかねって、あの、スタッフの方に聞いたら、そうおっしゃってね、あの、広瀬李平で、「へー!」みたいな、「聞いたことないよ!」みたいな、それでちょっとね、調べて、まあ、今、喋ってるわけなんですけど。
いや、すごい良いよね。うーん、そこがまあ、一番の良いところなんかな、ということで、もうちょっと喋りたいなというところがあるのでね、えっと、またそれは、あの、次の回へと行きましょうかね。
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