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皆さんおはようございます。小松でございます。 今日もですね、実は歩きながら撮りたいなっていうね。もうこれあの
家でね、コンデンサーマイク使ってやるのと全然音質が違って、いやちょっと本当に 舐めとんのかってね、声が聞こえてきそうですけど。
いやちょっとこういう、僕やっぱりフィールドマーカーなんで 外から歩きながら喋るっていうのが、もう本当にね
哲学散歩みたいな、まあ京都にね、あの哲学の道ってありますけれども そこで得られる効果っていうのがやっぱりすごいので、これねぜひ皆さんにもね試してもらいたいな
と思って、今日はですね、今二条駅なんですよね。 二条駅から池通りを通って自宅へと帰るっていうような
まあそんなルートで今日はね、ちょっと10分ぐらいお届けしたいなというふうに思っております。 それで散歩
これね、もう多くの人がね、もう本当にあの散歩の功用っていうのは 散々伝えていることが結構多いんですよね。
まあこれ例としてはもう音楽家にしても文学家にしてもですね、あと学者、もう本当に 歩きながら発想する、そこでこう出てくることが多いって何かね、普段
家で、家の自宅でですね、書斎で考え事しても浮かばないわけですよ。 僕もね、ピアノの前に座って、さあメロディ作るぞ、さあここから曲作るぞと思っても、やっぱそこ浮かばないんですよね。
どうしたらそう曲が浮かんでくるかというと、例えば今みたいに歩いている最中であるとかですね、 あとは即興演奏
結構僕は得意でやることが多いんですけどね。 よくこの大石でも即興演奏の配信してますよね。
で、それをやりながらですね、やっぱりそこから得られてくるものって結構あるわけなんですよね。 そこであるモードに、これゾーンって言いますけどね、心理学的には。
ゾーンに入ったところで、 パッとね、なんかその浮かんでくることがあるんですよね。
ちょっと奥の方に入ってみましょう、ちょっとね。 ちょっと静かな、一つ通ると、あの辻を曲がると音が静かに急になるわけなんですけどね。
結構静かですよね。 それであの、やっぱりね、なんか歩きながら音楽、メロディにしてもね、
無意識の状態になる時に発想が出てきやすいなっていうのが、 結構その散歩の効果なわけなんですよね。
で、これあの簡単に言うと、意識の外の感覚を感じるっていうことなんですよね。 それがやっぱりね、感じられやすい。今もちょっと今、なんかお家の改修工事のしてらっしゃるところで、
足場を組んでいらっしゃるような感じの音が聞こえてきますけど、 いろいろな音がね、やっぱり自然と入ってくるわけですよね。
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今もね、ちょっと金属的な音がしたと思ったら、また静寂感があったりとか、 感じる匂いも変わってくるし、視覚的な情報もね、すごく変わってくるんですけど、
自分の範囲外、範囲って自分の外界から来る刺激っていうのは結構すごく情報量が多いから、 特にですね、お家の中にいるとそうでもないんですけど、
結構人間ってスルーする力がすごく強いんですよね。 脳の機能を守るために必要以上の情報を取り込まないように脳がしてるわけなんですけど、
それでシャットアウトすることって結構ありますよね。 同じ道、同じいつも見慣れた道路を歩いたりしてても、あんまり刺激がなかったりするじゃないですか。
それはもういつも見た風景だとか、慣れてるところだから、あまり情報を入れなくてもいいんじゃないかっていうような脳の働きで、
あまりたくさん刺激があったとしてもね、頭の中に入ってこないんですよね。 なのでその意識外の散歩をする場合はですね、ちょっとこう
普段歩かないようなルートをね、あえて選んで歩いてみるっていうのがね、めっちゃ大事ですよね。
今ちょっと見たらサウナとかボディシャワー、うたせ風呂とか、ここにあったんだって感じですけどね、あの
銭湯がね。 京都はね、あのほんと銭湯が少なくなったとはいえ、結構まだまだ街中に存在してるね、ありがたいところではあるんですけど、
そういうのがぱっと出会ったりとか、急に静かになりましたね。 民家、周りがね、ちょっと車が1台入れるかどうかの民家なんですけど、
そこでぱっとこう感じるもの。 やっぱりそこの雰囲気って、やっぱ同時に空間的なものって人間感じてますよね。
空の大きさとか、 この家のね、高さとかね、色合いとか、そこからね感じるものっていうのはすごくあって
そういうものをね、新しいものを感じるその瞬間っていうのはですね、 なんかこう新しい発想とか、ちょっと自分が閉じ込まっているような
状態であればですね、開放の方向に 精神をね、持ってきてくれる。しかも歩くだけですよね。
めっちゃお金かからないし、 ほんとに歩くだけのね、スニーカーはいるかもしれないけど、歩きやすいね。
スニーカーはいるかもしれないけど、それを履くだけでね、いろいろなところに行けるっていうような、 これはいいですよね。
特にこれって実は京都にね、僕住んでるんですけども、 京都ってちょっと歩くだけで、かなり5番の目であるとか、細かい道のりとかですね、風景がすごくこう、
あの展開したりとか、変化するような場所が結構あるんですよね。 だからかもしれないけど、やっぱ歩くたびにですね、
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こんなことがある、あんなことがあるばっかり思っちゃうんですよね。 発想が分散するって言うんですか。集中と分散と考えたら、明らかにこれ分散ですよね。
これ喋ってる今の内容だって、もうめちゃくちゃこれ即興ですからね。 もうどんどんどんどんこう、なんか気の向くまま一点を集中しながら、その感じたものに対して
喋りをね、どんどん膨らませていくっていうようなね、 これはもうまさしく即興的喋りですよね。
それによって何かこう、ここで得られるものはね、情報的なものとして、 まあこうしてね、皆さん得るものは少ないかもしれないけど、感覚として
なんかこう、あの感じるものってあるじゃないですか。 たとえね、今聴覚情報だけですけど、
今のこの配信って、それでも自分のね、ご自分の聴いていらっしゃるご自分の中でこう、
そしたら今日ちょっと、ちょっと普段なかなか外に行かないけれども散歩してみようかなとか、 普段行くね、お買い物、お店に行く時の道をちょっと変えてみようかなとかね。
そういう風にこう、そういう発想になってくるとめちゃくちゃ面白いですよね。
するとあの、やっぱこう、このね、あのボイシーの特性、僕の番組では特にですね、知識とか情報を伝えるっていうところもたまにはあるんですけど、
僕としてはやっぱりこう、この番組からですね、 知識というよりも、これを聞いて何か自分の行動を変えてみよう、
ちょっと促してみようとかね、行動を変えるための何かのきっかけ、刺激っていうのが多分、
僕がまあ、このボイシーの、特にね、あのボイスですよね、喋りの中で伝えたいことなのかなっていうのがちょっと思ったところですね。
今日はの哲学的な散歩とか言いながら、やっぱり哲学ですね、 あの、やっぱり行動を変えるための何かっていうような、そういう形でやっぱり考えてほしいなあっていうのが、
ちょっと僕が今日伝えたいことになってきましたね。 言葉、今言葉で伝えてはいますけれども、言葉って不思議なもので、
記号的なものとかですね、限界があるじゃないですか、喋ろうとしている、その意味合いの限界っていうのはあるんですけれども、喋るその順番とかですね、
言葉の選び方とか、もちろんこれは音声なので、喋り方ですよね、僕の呼吸感とか息遣いとか、フレーズの使い方とかってあると思うんですけど、
そういうのを複雑な、僕はあんまり計算を細かくするようなタイプじゃないんですけど、その伝わり方によって、
より限定された言葉っていうのが、より自由にというか、身体的にというかね、
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そういうふうに届く可能性はめちゃ高いんじゃないかなっていうふうに思いますよね。 それが、
技言語っていう言葉がありますけど、まさに言葉は言葉のテキストだけじゃなくって、身体的な動きとか技術とかね、技、つまり何かの特定の手法みたいなものをね、
引き寄せてくれるっていうのがあると思うんですよね。ちょっと次のチャプターに行きますね。 ちょっと最近のボイスちょっと長めになってきてますけどね。
チャプターに聞いてくださる方はいらっしゃるでしょうかね。 そんな感じで、技的な言葉みたいな形で、多分この僕の好きな散歩を通してですね、
皆さんがちょっと、ちょっと今日はちょっとでも時間できたから外行ってみたいなとかね、 そういうふうに思ってくださったら嬉しいですよね。
そんな感じでございますね。 ちょっとワンちゃんが散歩してました。服を、おべべを着たワンちゃんが今歩いてましたけれども。
僕もこう、歩くだけでもすごくやっぱり運動になりますしね。やっぱこもりがちな、冬から春にしてもあんまり外に出ることがないんですよね。
特に花粉の時期だから、やはり花粉は嫌やなと思って避けたいんですけどね。 まあそういう中で、やっぱただ歩くだけもいいんだけど、僕の場合こう喋りながら歩くと結構ね、
結構すごいなんか、体力使うんですよ。 喋りながら動く、歩くっていうのも割とね、すごく技が入りますし、
まあそんな感じでね、体力入ります。 そんな喋りのね、周りがちょっと騒音だらけではございますけれどもね。
ここはでも静かだなぁ。もうすぐね、ここから20メートル先にあの堀川通りが見えてるんですけどね。
それでもね、ちょっと外れるだけで京都の街はですね、静かな感じ。 建物が多分本通りのね、大通りの音をね、ちょっと遮ってる、
騒音してるんだと思うんですけど、やっぱ静かな部分ってあるんですよね。 そういうところがね、5番の目のあのパターンで、大通りはちょっと賑やか、そしてちょっと外れると
静かみたいな、そういうメリハリがついてるところもまた良いもんですよね。 というところで今日はですね、あの哲学散歩みたいな話、結局
それは僕は伝えたい、このボイシーというね、メディアで伝えたいことの根幹みたいな話をしましたね。
知識を伝えるよりも音でもって、何かの行動をきっかけにして欲しいなぁと思って、多分こうしてね、喋り続けてるんだろうなというところでね、
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今日の配信終わりたいなと思います。最後ね、ちょっとお知らせさせて欲しいんですけれども、最近あの有料放送を始めました。
今まではですね、耳トレの有料放送をしておりましたけれども、たまに演奏するピアノ即興演奏、それをですね、
普通はちょっと無料でアーカイブ化したりとか、時にはプレミアムでシェアしていたんですけれども、僕の方針でですね、
僕の即興的な演奏を、そんなに高いお金ではないんですけれども、有料にさせていただければというふうに思って配信を何度かしております。
これ要因としては、プレミアムでは喋ったんですけれども、自分の即興演奏も音楽としてしっかりと聴いて欲しいなぁとかね、
なんでもなんでも、今って無料でコンテンツが溢れてしまっている時代じゃないですか。それに対してですね、別に有料だからお金を儲けようとか、そういうんじゃなくって、
例えば50円、100円、200円払うということによってですね、聞こうっていう意識が出てくるじゃないですか。やっぱりただとお金を自分でいくらか出したとは全然違いますから、
それで積極的なコミットメント、意識のコミットメントをしていただけるかなぁというふうなところも含めてですね、
あと割と即興演奏ってセキララにやっちゃってるので、かなりですね、恥ずかしいところが割とあるんですよね。
なのでそういうところの部分でちょっとコンテンツとして隠すわけじゃないけど、ちょっとホールドしたいなっていうのがあるので、
そういう意味で配信を有料の方にしておりますので、よかったらこちらのリンク貼っておきますので、
1回目の配信というか、かなりこの配信やる時に無料で、じゃなくて有料で出そうかなというふうになった時に、ちょっと僕もね、ギアが1段か2段上がるんですよね。不思議なものな感じでね。
そんな感じでちょっとやったのが、3曲ぐらいあって20分ぐらい演奏したので、10分100円の流れでね、10分で100円、今回20分だから200円だけど、
そんな感じでちょっとやってみたので、じゃあちょっと小松の即興曲ね、よく聴くけど、ちょっとしっかりと意識を持って聴いてみたいなという方は、お気軽にお使いいただけたらすごくありがたいですし、
そんな感じで有料放送ね、不定期ですけれども、無料でライブ配信したのを聴いた人はラッキー、めちゃくちゃラッキー。
それを聞き逃した方とか、もう一回聴いてみたいなという方は、ぜひぜひお聴きいただけましたらありがたいなと思ってね、そんな感じのご案内をさせていただきました。
それでは今日もここまで聴いていただきましてありがとうございました。音の良い一日をお過ごしください。