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2026-02-11 19:33

【ランチ】「学食のカオス」を脱出!岩倉で最高のランチをハックする

学食を脱出し、独り、静かな風景と飯に向き合う。認知資源を削り取られないための、自分自身の「境界線」を引くための時間を語ります。
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はい、おはようございます。小松でございまーす。
今日ね、今、聖火大学にいて、それでちょっとね、お昼ご飯をね、食べようかなと思って。
でね、あのー、大学でね、さっきね、会議が2つあったんですよね。
で、まあ会議ってこう、かなり、まあ年度末になるとね、どこもそうだと思うんですけど、
あのー、まあいろんな案件がね、紛失して、まあ、非決心案件多いんですよね、結構。
で、それでまあ、何かね、解決策を決めて、それで何とか押し込むっていうね、それが2つ会議があってね、
まあそういう案件ばっかりなんですよね。
いやー、運営とか運用って、まったくね、表現とか研究と違うね、まったく違う領域の話ばっかりじゃないですか。
いやー、だいぶねー、あのー、そがれますよね、あのー、なんていうかな、クリエイティブ、かけらもないんじゃない?ここみたいなね。
まあそういう感じでね、今日ちょっと、まあ昼からもう少しね、今ね、卒典のあの準備の期間で、今日最終日、卒典準備の最終日なんですけど、
まあそこをね、ちょっとあの、見とかないといけないので、まあただね、学職行きにこういう時ってならないですよね。
学内でね、仕事というか、かなりこうシビアな、あのー、まあ、しゃべりをね、やって、
で、それでまあ、あのー、学職行くじゃないですか。
で、行ったらね、「はあ、かまっ先生、はあ!」とかね、「はあ!」って、「はあ、かまっちゃう!」みたいな感じで、たぶんね、つかまると思うんだよね。
いや、ここほんと村社会だから、だからね、そこをちょっとね、あのー、まあ頭切り替えるって意味でね、
あのー、まあ歩いて行くというかね、ちょっと散歩しながら、まあ行くっていうのがいいと思うんですけどね。
でね、聖火大学、わりと周りにね、いろんな店がね、うーん、ないんですよ。
ない。これね、前はちょっとあったんだけどね、昔話で言うと申し訳ないんだけど、
この近くにね、すごく手作りでおいしいね、定食をね、作ってくださる木村食堂っていうのがあって、
木村さんっていうのはここのね、聖火大の職員さんであって、
その奥さんがね、趣味プラスある、趣味ではこんなに、趣味を超えたおいしさですよね。
そういう、手作りで、どれぐらいかな、15食ぐらいかな、多くてね、20食もなかったんじゃないかな。
それでね、やってるところがね、今から20年ぐらい前にあって、そこめちゃくちゃおいしくって、
もうね、大学に来たらそこばっかり行ってましたね、学生ちゃんと一緒に。
で、そこはね、まあちょっとなくなったんですけど、あとね、蕎麦屋さんもあったんですよね。
なんかあの、手作りの蕎麦屋さんで、わりとね、静かで、民家もね、小民家を改造して作ってたよね、そこね。
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で、それで少々値段は高かったんですけれども、食べに行って、2週間とか10日に1回ぐらい行ってたかな、
そういうのがあったりして、そこもね、5年ぐらいやってた、10年もやってなかった、7,8年ぐらいやっててね、
そこちょっとね、また閉じられたんですよね。
あと何かな、もう大昔からある、これね、京都市の通な方は知ってる、岩倉にこんな店があったっていう風な感じで、
マックさんの家っていうのがあって、ステッカーまであるんですけど、そこね、なんか変な店で、一応洋食なんだけど、
なんかね、バイクとかね、そういうのが趣味のオーナーなんですよね。
それで店内にね、バイクが展示してあるような感じで、俺すげーだろ、こんないいバイク持ってんだよみたいなのがね、
博物館みたいに展示してある場所があってですね、そこに歩いて近いので、そば屋さんの隣ぐらいなんですけどね、
そういうのがあったりとかして、それ以外、今もそれはやってる、唯一やってるかな。
そう、マックさんの家ぐらいかな、この近くでね。
あとね、学食で、これ大学の運営系であったんだけども、レアタっていうね、食堂みたいなのがあって、
ちょっとね、昔からあるようなお店というかね、それが大学が買い取ってですね、
割と木造建築のいい感じの、これ聖火の建築学科の学生が作った、卒業した人が設計したみたいなんですけど、
そこはね、ちょっと離れた場所でゆったりとご飯が食べられるっていうことで、
夜もね、長いことやってたから、何度かね、僕はゼミ生でここでゼミパーしたことはありましたよね。
そういうお店なんかもあって、今はね、あいにく閉じられてるというか、そこで僕ね、5回はライブしたな。
10回まで行かないけど、そこでライブしたことも記憶にあるし、ちょっと学外、歩いてね、大学から5分ぐらいなんですけど、
それでね、割とね、文化の漂うというかね、そういうところがありました。
これちょっと今から内緒話なんだけど、そこにね、ミロコマチコさんっていう生活卒業の人文卒業のね、
画家さんがいらっしゃるんだけど、そのね、作品が展示してあるんですよね。
でね、今潰れてるからね、先日ちょっとどんなことになってるかなと思ってね、
ホコリだらけの窓をね、ちょっと覗いてみるとですね、椅子がちょっと散乱してあってね、掃除はしてなくってね、
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でね、ミロコマチコの絵はあるんですよ。え、ミロコマチコの絵、でかい絵よ。
日本の中でもかなり有名になってる、画家さんというかね、ですよね。
でね、その絵がなんでこう、やばいですよね。ホコリまみれになって、なんだら汚れてるんじゃないですか。
そういうのがバーンとあるんで、これもったいないというか、本人が見たら疎通するんじゃないかなみたいな感じでね。
いやー、それ結構危ないというかね、ちょっと画家に対して失礼じゃないっていう、クリエイティブな大学でしょ、ここみたいなね。
そういうね、違和感があったね。僕もミロコマチコの絵の前で演奏したことありますよ、すごいね。
ギタリストを、僕の知ってる2人のギタリストを呼んでね、やったんだよね。
1人は亡くなられたね、もう今日雑談会にして、小馬崎達也さんっていうギタリストさんがいらっしゃって、今から残念ながら4年か5年前に亡くなられたんだけども、
僕は大学院生の頃ね、24歳だったかな、コーチに行ったんでしょう、サウンドスケープのコンサルティングのバイトしててね、事務局の、事務局というかどこかのね、当時あった、そこのバイトで、当時東京にいたんだけれども、
そのバイトで、2泊3日だったかな、コーチの大形町っていうところに行ったんですよ、今全然名前が変わってるしなんだけど、そこでどんな見学をしたかというとね、フィールドワーク。
砂浜美術館っていうのがあるんですね、それをちょっと見てですね、いろんな音環境とかね、美術館って建物がないんですよね、そこって砂浜そのものが美術館なんだよっていうね、そういうコンセプトの美術館なんですよね。
なので漂流物も一つの作品になり得るし、Tシャツアート展って今多くのところでやってますけど、それをですね、砂浜に縄っていうのかな、ちょっとピーっと張ってですね、すごく綺麗な感じでね、Tシャツのアート展をやったのが1993年か4年頃なんですけど、
そこでたまたまね、公民館でライブがあるって言うんですよね、当時たぶん1994年のね、8月の豪華録ぐらいに行ったと思うんだけど、そこでライブやるんですよね、ライブね、それでね、たまたま行ってギターの方がおられたんで行ったらですね、いやーなんか魂吸い取られるような音色だったんですよね。
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いや、驚いたなみたいな感じで、それで知り合いになった駒崎達也さんなんですけどね、その方がいろんな、あんまりそういう言葉は良くないけど、ヒーリングミュージックでデラレコードでかなり出しておられる方でですね、当時その方はあそこに住んでたね、
軽井沢の近くだったかな、に住んでおられて行った記憶がありますよね、山梨県ね、山梨県のね、清里だ、清里の近くに住んでて、清里の駅まで車で迎えに来てくれたんで一泊したんだけど、そのお家にね、
駒崎達也さんがずっと細く長く付き合っててですね、ものすごく良い音なんですよ、また良いか良かったら聞いて欲しいんだけど、スポティファイとかでもあるから、亡くなられたんですけどね、ヒーリングミュージックで自分のそぎ落とされた魂みたいな音を出される方ですよね。
それでね、そこに行ったんですよね、そこで出会ったというか、それでレアタンにね、ご縁2015年くらいに来てもらってね、演奏したんですよね、オリンも彼は演奏するのでオリンってありますよね、
リンのチーンっていう仏壇のオリンを楽器にして音階があるから台詞を合わせてたくさんのオリンを使って演奏してくださいましたけれども、魂に響く音でめちゃくちゃ良かったんですよね、そういう感じの駒崎達也さんがおられましたけれども、その方もレアタンで弾いていただいて、僕も共演させていただいたんですよね。
それがギタリストの一人なんですよね。もう一人が野村正義さんっていうね、現代音楽をたくさん作っておられたりとか、本人も演奏家であったりね、職業的演奏家の方でもあるんですけど、野村正義さんと僕とコラボライブを何回かやりましたね、1回か2回くらいあったかな、そういう良い場所なんですよ、レアタンって。
話元に戻ってきましたよね。レアタンでね、そういう文化的な演奏、そして僕も単独でね、単独で何回か3回か4回か5回くらい演奏したな、そういう場所がありましたね。
そしてお昼はね、普通に定食が出るのでね、食べたりもしましたですし、言いたいのは、時代の変化だから昔話して全然聞きたくないわって話いいかもしれないけど、すごく余裕があったと思うんですよね。
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なんかね、何か寛容にいいんじゃない?これもいいんじゃない?これもしたらいいんじゃない?みたいな感じで、なんかね、ダメっていう言い方じゃなくて、やってみたらっていうことなんですよね。
今ってね、別に大して文句言い訳はないけど、ダメばっかりじゃないですか、何をしても。そういうところもあってね、かなり違和感はあるんですけど、そういうまだ寛容な部分があったりね、
BのBeingね、DoingとBeingってよく言ってるけど、Doの義務とかすべきとか立てつけとかね、そういうもの構造とかね、そういうところっていうのがやっぱりね、大事なんだけれどもそこに優先順位が高くなかったっていうことなんですよね。
それがね、今すごくそうじゃないっていう状態で、そこのパージされるエネルギーは測り知れないよね。人の感性感覚潰すんじゃないですかね、本当にね。そういうのが増えてくるとね。文句ばっかり言ってうさばらししかしてないこのラジオなのでね、どんどん聞かれる方が減っていくのはわかりますよ。
いいんです、全然それは。どんどんね、文句を言って少なくなるのを願っているばかりなんですけど、そういうところで、話をもっともっと原点、最初の話で言うとね、お昼食べるところがね、学則以外にないわけですよね。
で、今歩いてるのが、今だいたい13分くらい歩いたよね。たぶんね、20分くらい経つとね、たまたま見つけたお店なんだけども、インドカレーのお店見つけたんですよね。それでね、僕結構激辛好きなんだよね。
割とね、カレーも家でね、毎週金曜日はカレーの日なんですけど、うちがね。美味しいんだけども、カレーね、割とね、癖のあるカレーで、ナンが出るし、お昼の定食ね、それでお米というかライスが出て、あと棒みたいなお肉みたいなのがある、名前知らないんだけど、それが出たりとか、そういうお店をね、最近見つけたんですよね。
で、あの、今日はね、あの、今、実は雪が結構ね、あの、路面にまだ残ってる状態で、で、しかも今日朝のね、9時から会議があったので、まあ、今日自転車じゃなくてね、珍しく地下鉄で来たんですよ。
で、普通自転車だったらね、たぶん、すっ飛ばすとね、そのインドカレーまでね、大学から、まあ5分くらい、10分かかんないんですよね。で、今日今ずっとね、歩いたり来て、たぶん20分くらいで着くと思うんですけども、あの、ほんと周りはね、左側、お墓があるね。
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で、まあ、京都市内といってもここ田舎なんで、ほとんど車が通らなかったりとか、まあ、割とね、なんかマイペースで生きていかれるような空間なんですよね。
まあ、それでですね、あの、まあちょっと気分転換ということでね、自転車使わずに歩いてね、まあ、口だけ使って今喋ってるけど、えー、そんな感じでこう歩きながら、そのカレー屋に今行こうとしてるだけの話なんだよね。
はい、という感じのね、話でございますけどね。
まあ、それで僕ね、カレーでも結構辛いのがね、1から6までそこはね、あの、あるんですよ。1から5だったかな、1、2、3、4、4、5、うーん、辛い、大辛かな、5くらいは全然いけるんですよね。
なんかね、今日激辛行ってみようかなみたいな、そういう感じなんですよね。
はい、という感じでこう、あの、もう全然なんかこう、今日は足回りのないというかね。
でもなんか歩きながら喋るといいですよ。
うん、雪景色ね、だいぶ溶けてきたとはいえね、雪はまだね、近くにあるしね、雪どけ水が割と聞こえてきますよね。
あの、というというかね、お家からね、シューって落ちてくるやつ、そういうのがあるし。
まあこの聖火大学はね、岩倉っていうところにあるんだけれども、岩倉中心の場所からね、ちょっと距離があってですね、歩いて15分くらい、20分くらいゆっくり歩くとですね、岩倉の中心街に出てましてですね、
あの中心街は、あの、聖教、聖教じゃない、農教か、栄光府があったりとか、まあちょっとしたあの、えっと、商業的なお店があったりとかしますし、
ちょっとね、あの、北の方に行くと、地層院というね、あの、お庭があります。お寺か、お寺がありますね。
あの、床もみじでね、有名なね、床の緑もみじっていうのかな、そういうのが見られるようなところで、結構お客さんは多いんですけど、地層院があったり、あの岩倉ね、昔から精神病院、精神にすごく患われている方のですね、病院があったんですよね。
ここはね、平安京の時代をここは隔離された場所なので、まあ平安京のね、バスの中で、まあ今もそうだけど、メンタル病む場合って多いじゃないですか、人って。
で、その場合の、まあ、隔離というかね、療養する場所としてね、ここはね、もう閉じてる場所ですから、発展してきたっていうのがあってですね、
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まあその歴史の流れとして、えっと、岩倉病院っていうのがね、あります。
まあ、地層院のすぐ隣にあるんですけど、まあそういうところで、まあ聖火台も歩いて、そこまで割と近い。
で、その隣はですね、岩倉ともみのお家があるんですよね。
はい、まあ全然行ったことないんだけどね、岩倉ともみの実家がね、そういう場所でございます。
まあということで、なんというかね、今日のまとめは特にないんだけど、まあずっと大学とかね、職場とかお家にいるとやっぱね、息が詰まってくるので、
まあそういう時は適宜ね、あの散歩して、それである程度解放して、何ならね、ただ歩くだけじゃなくて音を聞くのもいいし、
僕はもっぱらなんか喋り倒しますよね。
歩きながらの配信って僕は多いじゃないですか。あれはね、もうほんとごめん、もうほんと純粋な息抜きでね、喋って好きなことバーッと言ったら、
まあこれでもう気分が良くなるわけじゃないですか。
まあそういう感じで今日もですね、岩倉、そして大学の現状、そして芸術みたいなね、その辺りをこう、どのように継承していくかまでは言ってないけどね、
なんかそういうところで良い案があったら是非また教えて欲しいなと思ってね、今日は配信を終わります。お疲れ様です。
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