2025-10-25 59:36

第145回:「書く」ことの本質を考える。型化のできない理由と、書ける人を育てる方法

今回のテーマは「ライティングは本当に型化できるのか?」です。よく会社の"アタマのいい人たち"からライティングについて型化してほしいとか、トレーニングしてほしいと言われるのですが、これが結構難しい。なぜなら「書く」とは動作ではなく、思考プロセスそのものだから。たしかに文字を書くことは誰にでもできる。だが、それをいうならばボールを投げることだって歌をうたうことだって誰にでもできます(・・つまり、そういうこと)。


「書く」など誰にでもできる仕事こそ、誰もやってない膨大な努力を数十年に渡って積み重ねる「異常な愛情」だったりが必要になります。一定「書ける」状態になってくると、具体の現象から無限に気づきや価値を取り出せるので、独自の視点を紡いでいけます。それらは相互作用して自己増殖的に増加し、ひとつの世界観を形成していく。そこまでいくと、その人の「書く」には意味が出てきますし、逆にそうじゃなければ「AIでいいよね」でいいよね、と思います。

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サマリー

このエピソードでは、「書く」ことの本質を探求し、ライティングの育成が難しい理由やその方法について考えています。特に、書くことはただの文字を並べることではなく、個々の人生経験やセンスが反映される重要なプロセスであると強調されています。また、技術的な側面からだけでなく、プロセスやインプットの重要性についても語られています。AIによる創作と人間の思考過程の違いについても触れ、書くことが単にアウトプットではないことが強調されています。さらに、書くことの本質や必要な環境の重要性について考え、特に長期的な視点での育成を強調しています。名作のインプットが書く技術の向上にどのように寄与するかについても語られています。第145回のエピソードでは、「書く」ことの本質が探求され、クリエイティブな表現や自作の工具の重要性についてお話しされています。また、書き手としての独自性を持つことの必要性や、ビジネス創出における一流の考え方についても触れられています。このエピソードでは、「書く」ことの本質とその難しさについて考察し、特に型化できない理由に焦点を当てています。書ける人を育てるための方法論についても議論が交わされています。

書くことの本質
みなさん、こんばんは。あした使える聴くネタ帳 | マーケターの真夜中ラジオの時間です。
この番組は、アラフォーマーケター2人が最近気になるトピックを取り上げ、それぞれのマーケ感で掘り下げていきます。
最近話題の1人マーケターをはじめ、情報や知見が少ない中でうちつよ模索する、みなさんのヒントになる視点をお届けしていきます。
スタートアップの思いを文化に変える戦略マーケターチーム、株式会社エールコネクト代表の宮本です。よろしくお願いします。
青い自信までコピーライトをやってます。ジンボーです。よろしくお願いします。
さて、今日のテーマは、書くことの本質を考える。
カタカノできない理由と、書ける人を育てる方法です。
さあ、このテーマを取り上げた理由は何なんでしょう。
よくね、僕、ライティングとかを担当している人みたいな感じになっていくと、
いわゆる会社の頭のいい人たちで、役員的な人たちからよく言われるのが、
ライティングについてカタカシしてくれとか言われるわけで、あと育成ね、トレーニングしてくれとか、
ジンボーさんを量産してくれと、住人作ってくれとかよく言われるんですけど、
これ結構無理ゲーを言ってんなーっていつも思ってるわけね。
で、いつもやるふりをして、まあ遠回しで答えてる方が多いんですけど。
結局ね、育たないんだよね。がっつり半年くらい、DNAの時も何人かやったけど、半年とかでも育ちきらないんですよね、全然。
確かに半年間ずっとご自脱児の指摘してましたもんね。
そうなんだよね。半年でその程度なんだよ。ずっとつっきりやってね、あんなにやったのに。
普通にね、DNAに入る子たちだから優秀な人たちだと思うんだが、それでもそれぐらいなんでっていう話で。
伝通とか伝通のクリエイティブ言ってもやっぱり新人賞とかコピー書けるようになるの10年ぐらいかかるんで、
それぐらいのタイムスパンの話なんですよって話なんで。カタカタとかさ、結構大変だなと思ってるわけですよと。
まあそうですね、確かにね。ただ書くわけじゃないですもんね。
そうなんだよね。
人の心を動かしたりするものを作ろうとすると、なんか簡単に見えて超難しいことだよな。
そうなんだよね。だからそこが難しいんですよっていうのを伝えたいなと思っているんだがみたいなところ。文字書けるからね、誰でもねみたいな話なんだよね。
走ることは誰でもできるからといって100mを10秒で走れるかっていうともう限りかねた人しか走れないみたいな、そういう世界を感じるね。
ボール投げること誰でもできるけど、じゃあ大谷翔平みたいな、あんなスイパ投げれます?みたいな。
160キロであんなコントロールよく投げれますか?とかね。
あー難しいよね。
無理だよねーみたいな。歌だってね、俺も歌いますよ。たまいこ王子も歌いますよ。全然違うだろって話をして。
確かに。
そこなんですよって話と同じだと思って、それを受け取ってほしいんだよね。
例えばさっきの大谷翔平だったりとか陸上選手とか言って筋力だったりとか、いろんなものが組み合わさってそれができているっていうのがあるはずなんだけど、
ライティングを知らない人からすると、ライティングアウトプットされているものはただの文字が並んでるだけだから、同じように頭さえ使ってフレームワークさせればできそうって思うんだろうね。
そうなんだよねー。
実はその背景にはちゃんとそれに文字を書くための筋肉みたいな、実際は頭の中にある何かだけれども、そういうのがないと動けないんですっていうところがなかなか伝わらないでしょうねー。
伝わらないねー。実際ね、多くのライターと言われてる人が書いてる文章が割としょうもない文章だからってのもあると思うんだよね。
育成の難しさ
これだったら別に誰でも書けるよねみたいなものが99%なんで、それを量産しろって言われるとそれは簡単ですよ。
それはAIでも今できるしみたいな話なので、そこの話はしてませんっていうことで。
じゃあ書くってなると2000ワードあれば2000回の意思決定をしてるわけですね、ライターはね。
最初の一文字目何を書くかっていうところから全ての意思決定が始まって、そこから相互作用で全ての文字は定まっていくんだけどみたいな話なんだけど、そこの意思決定、一文字目を正しく定められるかみたいなところとか、
それは全て単に書いてるわけじゃないで、あらゆる人生経験とかあらゆる判断とかあらゆるセンスとかがぶち込まれて一個の一文字目、一行目を定めるわけなのでみたいな話で、
だからそこ全部全部カタカとかそういう話ではないんだよね。だから難しいよっていうところですと。
だから歌う、投げる、走るとかと同じように書くっていうのも誰でもできる仕事なんですよ。動作なんですよ。だからこそ誰もやってない膨大な努力を数十年に渡って積み重ねるような異常な愛情だよね。
その行為に対する。異常な愛情が必要なんですよ。野球だってそうだよね。大谷翔平も身長高いしセンスもあるよ。運動神経めちゃくちゃ高いけど、サッカーだって何だってできるけど、
でも野球にめちゃくちゃ執着して何十年もやってて、誰よりも努力もしてるじゃないですか。素敵好奇心も誰よりもあるし。
一郎も大谷もそうだけど、やっぱり野球は上手くなりたいっていうんだよね。上手くなりたいという捉え方が非常に大事だと思うんだけど、
そういう向上の努力というかゴール感みたいなものが素晴らしいなと思いますね。誰よりも上手くなりたい。それは肉体が衰えたって上手くなることは無限にできるわけだから、
そうやってやりがあるじゃないですか。一郎は50歳を超えてもいまだに世界で一番野球を上手くなろうとしてるわけだしみたいな。
だからそういう異常な愛情の積み重ねをできる領域を見つけて、それをやるのは素敵なことなんだけど、そういう領域の一つですよってことだね。
なので、そういう領域の話をしてます。そういうのがテクニカルにファッファッみたいな話のライティングには価値もないし、市場価値もないし、意味もあんまないと思うんだね、これからはね。
だからそこはどうでもいいかなと思っていて。異常な愛情を持つには、やっぱり人間は欠落の自覚というのが必要で、
リア充の人がもうれずに描きたいとは思えないと思うんですよね。
だから自分は描けない自分には価値がないなと本気で思ってないと、描けない状態からの突破力みたいなの出てこないんですよね。
もう絶対に描きたいと思って、描ける状態まで諦めずにやりきるみたいな、10年くらいかかるからさ、みたいな話をやるには徹底的な欠落の自覚が必要です。
なのでそこないとね、何でもそうだと思うけど、アニメーターだってそうだよね、自分自身がめちゃくちゃ欠落を感じてるからこそアニメーションとかでそれを消化しようと思うわけじゃん。
スピルバーグとかだってさ、自分自身父親と全然うまくいかないから、ずっと父親との対決とかの話を作ったりするわけだし、
それが解消されたらね、自分が次は父親になれない、うまくなれないからなりきるような、そういう物語を作るわけだね。
やっぱり自分自身の欠落の自覚みたいな、それは何で埋め合わせるかみたいな、そういう話になってくると思うので、
描くとかっていうのもそういう手段の一つなんですね。領域の一つというかね。
だからそこまでやらないと、やっぱり面白いものというかユニークなところには到達しないかなと思ってますというところですね。
あとはもちろんね、地頭とかね、大谷翔平だってね、身長190何センチとかっていうのがあるんで、元のものは必要だよ。ライティングでいうと地頭とかセンスが一定必要で、
センスがないとダメな理由は試行錯誤をするときに本当に錯誤の積み重ねになっちゃうことですね。
勝手に自分で変な癖を作って、それが抜けなくなるみたいなことがあるので、一定そこの辺は大事でしょうと。
センスは一定、師匠とか持つことで補えたりするので、早めに変な癖をつけずにすぐすぐ育った方がいいよねとは思ってますという感じですね。
人生とライティング
好きな小術家とかそういうのを持って文章を影響を受けるとかそういうのもいいかなと思ってますという感じですね。
そういうので言語化力っていうのかな。ある程度一個の具体の現象から何かしら法則とか何かしらを切り出せるようになってくるとかすると、
その具体の現象から無限に気づきとか価値を取り出せる状態になっていくわけですね。そうすると同じ世界を生きていても独自の視点を紡いでいけるのでいいですよねと。
その独自の視点を365インチ、365個作ったら、それらは勝手に相互作用を起こすので、
自己増殖的に増加して、それは何年か経っていくとだんだん一つの世界が形成していくわけですね。
それはその人なりのものの見方とか、あの人っぽいよねみたいななんとかワールドみたいなところですね。
その辺に結びついていくので、そういうことをやっていかないといけませんねみたいな話。
ワールドを形成したらその人の思考プロセスみたいなのが割と板着なものがあるので、
あらゆる案件に対してある程度自分らしい回答とかがブレなく、スランプとかなく出せるようになっていきますよねみたいな話ですね。
なので今回はそのあたりのその、書くって何だろうみたいなところを、
ちょっと哲学的にというか、ちょっと突き詰めて考えてみたいなという回でございます。
はい、てな感じで、本編先に収録してますが宮本さん的に今回の内容はどのあたりが使える聞くネタになりそうですか。
そうですね、今日の話はマーケティングというよりも人生の話に近いかもしれないですね。
AIも出てきたりとか、本屋に大量にノウハウ本とかが出てきていってて、
多分20代のビジネスマンの人って何か自分が壁に当たった時に、
いい方法というものを見つけるとそれによってクリアできるんじゃないかっていう、
ノウハウによって解決策をハウに頼ろうとしている部分がすごく多いんじゃないかなって、
それは20代もそうだしそのカタカシてよっていう方もそうで、
これハウのルール化すれば誰でもできるようになるんじゃないかっていう風にきっと思ってて、
でもなんか実はそういうものもあるけれどもそうじゃないものも世の中には大量にあって、
でもそういうものがないと俺らの仕事って全てAIに置き換えられてもいいじゃんってなっちゃう。
でも実際にAIに置き換えれそうで置き換えれないことがたくさんあるのは、
そんなに情報さえインプットすれば誰も同じアウトプットが出るわけじゃない人間のそれぞれの違いとか、
これまで人生で得てきたものから出てくる何かしかの差みたいなところが多分あって、
今日はそういうのが大事なんだよと。
今すぐある例えばツイッターとかでツイッターのフォロワー数を1万人にする方法、
1万円で売ってますみたいな情報商材でね、
明日までなら9000円で買えますとかで売ってたりしたりして、
そういうの騙すような情報商材も多いですけど、
でもそんなん気にしなくていいからともかく自分の人生を10年かけて生きたらいいんじゃないか、
みたいなそんなことがメッセージだったんじゃないかなと思いましたね。
そうだね。
そこを根っこに鍛えるとね、あらゆるところに応用が効くしね、人生楽しいですからね。
そうですね。
セールスライティングとかってテクニック論じゃないですか、
生み出された瞬間には価値があったと思うんですよ。
今もうセールスライティングの本はたくさん売れて、
それをベースにみんな同じようなことを書いてるわけじゃないですか。
だから今は生み出された瞬間のような効果はないわけですよね。
受けてはもう気づいてるから、死ぬほどその論法を見てるわけですよね。
権威性とかさ、大事かもしれないけど、
でも他社も全部やってるわけですよ。
だから権威性を出したからといって画期的に効くような世界ではなくなっている。
大事なのはやっぱり権威性を示すことが何で大事なんだろう、
みたいなそこのオーガニックな解釈とかなんですよね。
それがあると今回はこの権威性の打ち出し方とか、
その辺の差事加減もちゃんと妥当性高く調整できるようになってくるので、
そこは大事ですよね。
そこをやるとテクニックなものが後からついてくるというか、
当たり前に論理的規律として普通にやるので、
そうしないといけないね。
逆にテクニックから入るとその辺のオーガニックなところが、
地盤固めがおろそかになってしまうので、
どうしてもたぶん育たなくなると思うのね。
そこがたぶんすごい問題だなと思って、
テクニックに走りすぎ社会なので、
そこはちょっと警鐘を鳴らしたい感じはありますよね。
それでは本編ぜひ聞いてみてください。
本編は約33分あります。
途中で聞けなくなった時のためにも、
ここでポッドキャストをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。
さて、れんぼさんの今週のピックアップ。
テーマはこちら。
書くことの本質の探求
書くことの本質を考える。
カタカデキナイ理由と書ける人を育てる方法です。
では早速話を聞いてみましょう。
今回はオープニングでお話したような感じで、
書くっていうことが、
なんでカタカシづらいんだろうなっていうことの疑問から、
そもそも書くとって何でしたっけみたいな話を考えてみたいなと思うんですね。
書くの定義によると思うんですね。
誰でも書けるからね。
確かに何を書くかにもよりますよね。
SEO記事を書くのか、
記事広告を書くのか、
メールを書くのかで全然変わるしね。
変わりますよね。
だから僕が言うのは、
情報価値のあるものを生み出せるようになるとか、
広告のコピーを書くとか、
読んだ人の態度、行動を変容させるとか、
そういう意味での市場価値のある書くっていうものについての
本質を考えたいなと思っているわけですね。
なるほど。ただSEO記事は書くに入らないわけですね。
それも人によるよね。
僕の考え方では入らないかな。
だからあれはテクニカルライティングと言われるものなので、
一定市場価値はあるんだけど、
今回の言う書くには入らないかなって感じかもしれないね。
情報価値を生み出していることにはなっていないような気がするわけですね。
なるほどね。
ということですね。
まず書くことの本質っていう意味での、
書くってそもそも何ですかねっていうことをある意味定義をすると、
書くと実態って何ですかって言うと、
書くことそのものじゃないと思っていて、
それは誰でも書けるからね、文字はね。
だからいわゆる書くと言われているもの、
それが情報価値がある書くという場合には、
その書くという行為は思考そのものなんですよねっていうことがあるかなと思います。
なので書けますとか書けないとか、
あの人は書ける人だっていうときは、
その人の思考そのものの評価をされているわけなので、
文字が書けるかどうかの話じゃないよねっていうのは一応確認ですね。
そういうことか。
だからちゃんと書くべきことが発想できたりとか、
頭の中にあるのであれば、
あとはそれを文字に落とすだけなのでできているけれども、
考えられてなかったら文字に落とすこともできないはずだから、
だから書けないっていうのはアウトプットの問題ではなく、
そもそも頭の中にある情報に問題があるんだと。
だからアウトプットの前のプロセスだよね、
情報処理、それとインプット、情報の受け取り方、
そのあたりがずいぶん人に違うので、
それによってアウトプットの質は変わると。
書くって言うとアウトプットのことにパッと寄りがちだけど、
やっぱりインプットとプロセスなんですよ、ほぼ全て。
それは案件ごとのインプットとプロセスではなくて、
その人が生きた全部のインプットとプロセス、
全ての話が個別の案件案件に全てのしかかってくるので、
そういう話なんだよね。
だからその人の人生を買ってるってことなんですよ。
ってことなんですね。
だから書くことの実態というのは割とそういうもの。
その人丸ごと買ってますみたいな話なんで、
それを堅かしろって言われると、
いやーっていう話になるのは当然ですよねみたいな。
なるほど。書くということを堅かして、
誰でもできるようにしてって言われると、
いやそもそもプロセスとかインプットが全部違う中で、
それを一緒にするって何ですか?
人生ゼロからやり直してくださいってことですか?
みたいな感じになるね。
パッと新人来て、
堅かして、
ジンモさんの2人目作ってって言われてさ、
いや育ちも全然違うし、性格も全然違うし、
問題意識も違えば、
なりたい将来像とかも全然違う人に、
パッと3ヶ月で追いつけとか言われてもさ、
無理ゲーだよねみたいな話。
そういうことを言ってるよっていう。
すごい難しいことを言ってるよっていう。
人材育成の観点でもそうだし、
AIと人間の違い
AIに書けるのかっていうテーマとも一緒ですよね。
そうなんだよね。
この間ラジオで別で聞いた話で、
小説をAIは書けるのか?みたいな話の中で、
やっぱ小説の中には、
書き手、著者の人生としてのメッセージというか、
何かがそこには入っていて、
だからこそ面白いのであると。
でもなんかそのAIが何の指示もなく書くと、
なんかそれっぽい、
例えば起承転結で書くとか、
ヒーローが苦しんで最後はうまくいくとか、
そういう物語は作れるけれども、
結局その書き手としての思いが入ってないから、
読み手として読んでも何も伝わらない文章になるっていうのがあって。
そうだね。
やっぱりそこにはプロセス、
その人の人生が入っているはずですよね、本来はね。
人生丸ごと入ってるんですよね。
だから僕前々回話した、
まあっぽい物っていうことだよね。
っぽい物はAI書けるけど、
っぽい物っていらないんだよ。
もう全然いらなくて、
基礎情報ぐらいにしかならないみたいな感じなんで、
どっちかというと、
小説とかもそうだしコピーも全くそうだけど、
全ては感情計算なのね。
この人の認識をAからBに動かすには、
どういう間の情報が必要かなとかっていうのを、
一文字ごとに感情計算してるわけね。
で、この文字と文字とか、
段落と段落の間の総合作用とかを考えて、
自分のハートで実感値を確かめながら書いていくので、
AIとか人生経験がないと統制できませんっていう話だよね。
なるほど。
感情計算とかも、
全てをジャッジする、
土台のハートを鍛えるっていう話なんだよ。
それは20年とかかかって鍛えないといけないので、
それはね、形化できないですよ、そういうのは。
そういうのにもともと興味があってね、
20歳ぐらいから興味があって、
俺の人生こうだなって、
作家になろうとか思うわけじゃないですか、
アニメーターになろうとかさ、
そういう心出してやり続けるみたいな、
そういう話なので、
簡単にさ、カタカとか言わないでって思ってしまうみたいなところだね。
なるほどね。
そうすると、
決断した以降からその人の全ての人生の経験はインプットに変わるし、
それを解釈し続けた全ては自分なりの世界観に変わっていくので、
それが相互作用して、
じゃあ次のアウトプットを生むときの迫力が出るわけだよね。
だからど真ん中の趣向を磨いていくって話があるんだけど、
それを磨かないと、
この案件ではこれを言うべきだって意思を込めた、
What to sayを決めるっていうところの、
そのWhat to sayの迫力が出てこないっていう問題があって、
これを言うべきなんだっていうのを決断するのは、
それはそれで意思決定なんですよね。
意思決定して意思を作るっていう作業なので、
これはなかなかぽい仕事じゃと絶対にできない作業なんですよみたいな。
それができない限り意思を書くことで情報価値を生み出すことはできないので、
そういうことの話をしてるよっていうことですね。
なるほどね。
そんなすぐにはうまくできるようにはなりませんわと。
そうなんだね。
そうね。
プロセスと技術の関係
昔、千年会議のコピーライター養成講座に参加して、
それに参加すればコピーライターになれるのかと思ったけど、
あんまりノウハウは身につかなかったもんな。
そうそう。あそこノウハウ教えてないじゃん。
そういうことなんだよ。
ノウハウとかじゃねえんだよって話で。
そうだね。
生きざまなんだよ。
確かに。
なんかいろんな先生が、
私はこんな感じで考えてこういうのを作りました。
はい、皆さん考えてって言って、
考えて出したやつをその人の基準で、
丸バッツつけられるみたいな。
そうそう。
で、分かったような分からないような、
受ける前と受けた後で良くなったかどうかは分かんない。
パッとしないなーって感じは確かありましたね。
あの講座は必ず、
中西って居酒屋で先生たちと飲むっていうのはセットになってるじゃないですか。
はいはいはいはいはい。
必ずって言い切ってるけど。
必ずかどうかは知らんけど、そういうのもあった気がする。
あの講座の良いところは、
全人格的なインプットの場なんですよ。
なるほどね。
一流のコピーライターと言われている人は、
どういう振る舞いをして、
どういう背中を持っていて、
どういう話し方をするのかっていうことを、
丸ごと飲み込む場であって、
テクニックとかは本に書いてあるから、
そんなんはどうでもいいわけね。
はいはいはいはい。
丸ごと飲み込む場なんですよ、
自分の上司に居ないだろうみたいなこういう人。
はいはいはいはい。
そういう人がどういう考え方をするのか、
どういう話し方をするのかってことなんね。
っていうのを掴みなさいよっていう場なんで、
同じお金を払って、
メモを取っているようじゃダメだよみたいな。
なるほど。
メモを取るな。
全部録画しろみたいな、
脳みそで。
そういう話を聞くんですね。
はいはいはいはい。
じゃあ、本当に師匠と弟子で、
体で見て覚えるみたいな、
そんな感じですね。
そうそうそう。
まあそういう世界なので、
はい。
いわゆる今、
以前もちょっと嫌ごと言ったけど、
ウェブライティングとかって、
ライティングのテクニックから入るじゃないですか。
あれが一番良くないと思って、
テクニックから入ると根本の思考に、
絶対にバイアスが生まれるのね。
だから思考が育たないのよ。
自分なりの捉え方、
世の中の掴み方とか、
そういう一番大事なところが、
すごい犯されてしまうので、
絶対にライティングテクニックは、
僕は排除すべきというか。
へえ。
そういう派です。
なるほどね。
逆に言うと、
ライティングテクニックと言われるようなものは、
根っこの考え方がしっかりと育てば、
書くことの本質
自然とできるのよ。
自然とやった結果、
生まれたもんだからね。
はいはいはいはい。
そもそも。
だから自分なりにちゃんとやってれば、
普通自然にできてるはずだし。
みたいなことなんで、
やっぱり根っこのオーガニックな部分を、
いかに育てるか。
これ10年、20年かかるから、
そこに本質的に向き合うべきですよ、
っていうことかなと思いますよ。
なるほど。
なのでここをやると、
根っこが張ってると、
どんな場合でも自由に応用が効くし、
いいんだけど、
小手先から入っちゃうと、
深い本質的なところに、
どうしてもたどり着けなくなってしまうので。
名作のインプット
だからめちゃくちゃ大事です。
言ってくれる人いないと思うけど。
YouTubeでそのこと言ってる人、
一人もいないと思うけど。
YouTubeだといないだろうね。
再生数稼げないもんね、この主張ね。
そうなんだよね。
再生数稼げるのは、
これでこの10個のテクニックを身につければ、
あなたもライティングで、
稼げるようになるっていう方が。
そうなんだよね。
再生数稼げるからね。
そういうテクニカルなものはクソである、
っていうことを言って、
それでほんまに育てる環境は今、
世の中にほとんどないから、
だから難しいんだけどね。
でも本質はそうですよ。
で、電磁波鼓動とかの、
そういうところは一部そういう環境は、
まだ残っているかもしれないぐらいの話で、
他の会社にはほぼないので、
絶滅する可能性が高いね。
トピーライターとか、
いい編集とか、
そういうことですな。
そういうことですね。
じゃあテクニック収集はいりませんと。
じゃあ何を勉強するんですかっていうときに、
これも普通にそういうことを心出すときに、
いろいろ勉強すれば分かることで、
当たり前のことなんだけど、
これでびっくりされると困るんだけど、
名作を大量インプットしましょうってことなんですね。
で、ある程度もういいとされているものは、
無条件に丸暗記をしましょう。
で、僕で言うと、
学生時代に8000個のコピーとコンセプトを丸暗記しているわけです。
天才になりたかったからしているわけですよ。
そうすると、
もう何か考えなくても、
何かそれっぽいとか気の利いたことがパッと出てくるわけですよ。
っていう状態にあって、
それでもまだ全然それは入門にも至ってないよね。
それぐらいの基礎訓練というか、
やりたい人それぐらいやるわけよ普通に。
これはだから長期で言うと、
機種の常席学習のように、
長期に渡って対論インプットするっていう基礎訓練なんだけど、
これをやると、
階が先に見えるわけね。
だからこういう案件がありましたっていう時に、
多分答えここだなっていう、
その答えの多分ここだながパッと出てくる。
後で逆算してロジックを組んでいけば、
大体そこでもう提案が組めるので、
無駄もなく納期も守れていいよって話ね。
積み上げ型で一個一個やってロジック積んでいくと、
答えが見つかるかどうかわからないので、
いつ見つかるかわからないっていうところと、
そもそも答えにたどり着かないことが多いんだよ、それだと。
情報が全部揃ってないからね、
本当の階があった場合に、
積み上げで必ずいける保証はないので、
逆にワープした方が早いんですけど、
そこですね。
だから仕事早い人っていうのは、
ほぼほぼ逆算型が多いと思う。
なんで逆算ができるかというと、
良い階を死ぬほど知ってるってことなんだよね。
だからそこのパターン学習をして、
じゃあ今回は多分こっち系だなとか、
っていうところを見つけられるので、
そこに三筋を逆算して立てれば、
たどり着けるっていう話なんですよね。
なるほど。これは階である?
逆に言うとこっちは階ではないっていうのは、
何によって判断できるんですか?
センスなんだけど、
センスは大量インプットに基づいたセンスなんだよね。
将棋の人はそれを常識を大量インプットすることによって、
美しいと感じる方向性が芽生えてくるらしいんだよね。
こういう風に打てば美しいなって思うんだって。
そっちで無限に打ち手の候補があるんだけど、
大体3つとか4つに大枠決まるわけね。
その派生で100点とか200点読むんだけど、
で絞っていくわけね。
だけど最初の4つか5つの打ち筋は直感なのよ。
その打ち筋が全てなのね。
だから100点、200点全部じゃなくて、
4つか5つの打ち筋の妥当性が全てで、
それはセンスによって決まるんだけど、
大量インプットによって決まってくるんだよ。
それって良さそう悪さそう、
これは無いなっていうのは直感なんだけど、
それは将棋の騎士でいうと美しいかどうかで決まるし、
大体僕は面白いか面白くないかの感覚で判断していけばいいと思っていて、
なのでインプットは僕はコピーライティングの、
名作コピーインプットっていうのを、
あのコピーは凄かったみたいな本が2冊くらいあるので、
フレームワークの利用
それ2000円くらい丸暗記をしたんだけど、
それ以外でいくとお笑いとかね、
そっち系の面白ネタみたいなのも丸暗記をたくさんしたんだけど、
それは面白いかどうかを養うっていうことをやったんだね。
っていうそのダブルでいった、
だから専門的なところのインプットと、
それからもう一つは何らかしらのアート的なところのインプット、
例えば美術でインプットしてもいいと思うし、
何でインプットしてもいいと思うんだけど、
僕はお笑いというのを一つのアートと捉えて、
関西人だからね、好きだからそれをめちゃくちゃインプットしましたと。
そうするといいことがあって、
コピーにも活かせるし、
あとは日常会話とかスラックのやり取りも楽しくなるっていうことですね。
なのでそういう感じでやりましたよっていうことですね。
お笑いは、例えば漫才を丸暗記するってこと?
そうね、ずっと漫才を聞いてたりとか、
ダウンタウンのボケの瞬間だけをホームランのシーンみたいに編集して、
1時間ぐらいずっと編集したやつを聞いたりとか、
あとは僕が好きなのはスパのバカ祭っていう投稿コーナーが好きであったので、
それの面白いやつ全部丸暗記したりとかをずっとしてたね。
そうすると自動的にスラックとかで面白いことがパパッと浮かぶようになるよね。
面白いことがパパッと浮かぶように勝手になると、
別に間で困ることはなくなってくるわけですよ。
だからすごい楽になるよね、その先のいろいろなことが。
発想の柔軟性が生まれたりとか。
コピーとかコミュニケーション、基本的にはパーソナリティとヒューマニティをくすぐるものなので、
基本的にはお笑いの範疇なんですよ。
ほぼほぼかぶってるわけね。
お笑いでも哲学的な笑いもあるしみたいなところにいるとほぼかぶってるから、
コピーだけのインプットだとちょっと届かないところも、
まるっとお笑いみたいな世界観を暗記すると、
インストールするとなんかカバーできて相互作用でみたいな感じなんで、
僕は割とおすすめですねと。
面白いしね普通に。
そういうことですね。
普通に楽しいし。
入ってくるから。
という感じですかね。
書くことというのは実態はそういう書くこと、アウトプットではなくて思考そのものを指していて、
それはそのように養うものなんですよっていう話なんですね。
今僕は言ったけど、コピーの社協とかもちろんするんだけど、
みんなやれよって言うけど本当にやる人は千人に一人もいないので、
やったらいいものを書けるようにはなるとは思いますけど、
小手先でテクニックでって言うと全然たどり着けないと思いますみたいな話がね。
なるほどね。
まる暗記か。
僕の学習の方法は名作コピーとか、
これがなぜ名作なのかっていうのを要素分解をして、
こういうパターンなのかなみたいな。
パターンを積み上げていって、
でもこれはこれと違うなみたいな。
そういう理解の仕方を僕はするタイプかな。
正しいかどうかちょっとわからない。
それもあるというか、だから演劇的か機能的かの話の違いで、
まる暗記してっていうのはどっちかというと演劇的な感じで、
体感で学び、自分で法則を見つけるみたいな話で、
逆に法則があるから、どっちもやるべきだと思うのね。
演劇的なロジックの型っていうのはあるので、
そこはね、コントラストとかレトリック的な型とかっていうのはね、
音を踏むとかもちろんリピートとかは知っておくべきだし、
そこの具体を100個200個それぞれ知っておくのが、
ちゃんとそれを使いこなす方法だと思うので、そこだね。
だからどっちがどっちというか、
両方のアプローチからやった方がいいよねって話で。
なるほどね。
なので僕はどっちもやる感じかなと思ってます。
どっちもやらないと、
8000個覚えても体型だってないから使えないっていう問題がある。
だけど分解してたら数が限られていくので、
全部が8000個も分解できないじゃんみたいな話もあるから、
両方やっていった方がいいと思うんだよねみたいな。
考える前に丸飲みするのと、
型は型で一個一個理性的に学んでいくみたいなかなと。
型って意味でいくと僕は工具って本があったけど、
考える道具の具って書いて工具って本があったけど、
この工具っていうのはもちろん誰もが持っておかないといけないもの、
フレームワークね。
MBAのフレームワークとかももちろんそうだけど、
ああいうのはもちろん知っておかないといけないけども、
型を知ること自体には何の意味もないと思っていて、
それは実も通して型をね、フレームをね、
角が丸くなるまで使い込んだ方がいいと僕は思っていてみたいな話でも、
使い込まないと馴染まないし、使いこなせないので、
だからそのフレームワークっていうのは抽象的なものだけど、
それを体に馴染ませるぐらいの、
10年単位ぐらいのプロセスの収積をしないといけないと、
それが人的資本価値というものだろうと思っているわけですという感じですね。
広告コピーでとかすると、
パッと1つの案件を振られた時も、
このフレームとこれフレームを合体して、
そうだな、レトリックで音を踏んで、
ちょっとコントラストを効かせてとか、
そういうことを考えなくても、
複数の方を勝手に通した間の異型がパッと出てくるような状態が理想というか、
そうならないと何時もベストな回は出てこないので、
そうすべきだなと思っているということですね。
なるほどね。
僕はフレームワークを角が丸くなるまで使い込む意味でも、
フレームワークを自分で作り出すというか、
結果的にそれがすでにあるものと同じものになりがちではあるんですけど、
でも自分で作ろうと思うぐらい、
手に馴染ませようとする方がいいなと思っていて、
クリエイティブな表現と工具の重要性
ある型をそのままパカッと当てはめて使おうみたいな風に使っていると、
結局使いこなせないというか感じがするので、
本当に自分で作るぐらいの気持ちでやっていった方が手に馴染むなって感じがしますね。
そうだね、だから究極はそこですよね。
工具を自分で自作するのが僕は最高のクリエイティブだと思っているんですけど、
そういうことをすべきですよね。
でも車輪の再発明になってしまうので、基本的な工具はフレームワークは知っておくべきですよね。
それを知っておいた上で自分なりの新しい必殺技を作るというのがいいかなと思っていて、
よく工具表現とかクリエイティブってクリエイティブでクリエイティブで言うけど、
それはどっちかと小さいクリエイティブだよってよく言われるのね。
やっぱり会社を作る、ビジネスを作るとかっていうのが大きなクリエイティブだよとか言われて、
ちょっとシュンとするんだけど、
工具を作ること、発想法を作ること自体とか表現手法自体を作ることは、
これは割と大きなクリエイティブだと思うわけですよ。
そういう意味でもロマンもあるよねって感じはするんですよね。
以前も話したモンタージュ手法のようにね、
表現自体を変えるような、塗り替えるような手法を自分自身が作れたら、
それは大きなクリエイティブですよねみたいな話なんで。
そうか。確かにじんもさんのこのラジオのテーマは、
自分で考えた考え方というか工具の紹介が何回かありましたもんね。
うん、そうだね。基本的にはそれをやってる感じですね。
そうですね。そんな気はする。
自分なりの解釈でいくつかの現象を一つの法則化をして、
名前をつけるみたいなことをずっとやってるのね。
そうすると世の中の認識の改造度とかが徐々に高まっていくので、
じゃあ次の案件来た時に100個の自分なりの世の中の見方がある状態から、
150個に増えている状態だと、
150個に増えている状態の方が多分いい打ち返しができるんですよ。
そこを粛々と準備するみたいな話ですね。
だから僕はその工具を作っていくっていうのを常にやっていくっていうのが大事かな。
それが一番このめちゃくちゃ真面目な準備になるような感じがしてますね。
これでもこのジンボさんの頭の中にある工具を全部うまく抽出したら、
ジンボさんっぽいコピーをAIが作れるようになるのかな。
多分それはならないと思うんだよね。
ならないんだ。
僕は多分僕なりの、すごい端折って言語化とかしているので、
それを学ばせたところで背景になるものは結構ぶっとい、
多分相互作用の末に生まれているので、
それを正しく言語化をし尽くすような研究者的な欲求は僕の中にはないんです。
ただ新しい概念を打ち立てたいとか、
書き手の独自性
そういうコンセプチュアルなものを作りたい欲求はめちゃくちゃあるみたいな感じなんだよね。
研究者肌では一切ないっていうところが多分ネックだね。
なるほど。
あんまりロジカルに整理整頓されたものを信じていないみたいなところはある。
それは他の人がやるだろうって思ってるっていうところはありますね。
なるほど。
よりは境地を作りたいとか、そっちの方が欲求が強いですね、僕は。
だからそういうことをやっていくと、いつか一流を立てるみたいなことをやりたいなと思ってて、
僕は昔の宮本武蔵と大谷翔平とかめっちゃ好きなんだけど、
2人とも一流を立ててるし二刀流だから、
ああ。
引かれんの当然やなって感じがしますね。
へえ。
宮本武蔵が立てた一流は何なんですか?
あれは二天一流と言われている二刀流ですよね、いわゆる。
なるほど。
流派を作ったみたいな。
流派を作ったってことだね。
例えば千葉周作の北神一刀流みたいなのも一つってことか。
そうそうそうそう。
野牛とかあの辺の人たちと実際に触れ合って、
私立は知らんけど、いろんな人から刺激を得て自分なりに噛み砕いた上で、
俺はこうだなみたいなのを作るわけじゃないですか。
それが一流を築くみたいなのがいいなと思って、
僕自身は育ちもあるから、
広告的な発想と編集的な発想をユナイトさせた、
フュージョンさせたときの見えてくる世界っていうのを打ち立てたいなと思って、
それはもちろん編集にも効くし、PRにも効くということを証明問題として解いてるみたいな感じでやっていますという感じだね。
なるほどね。
他の領域にもこれから広げていきたいなと思っているというところですね。
お金儲かる儲かんないもちろんあるけど、
それ自身がめちゃくちゃ楽しいわけですよね。
自分自身で作った工具を自分自身で使って証明してるわけだよね。
ほらここに使えるだろうみたいな。
二刀流いいだろうみたいな感じで、
証明問題解いてる感じがすごく楽しいですねっていう感じだね。
そうか。だからアーティストっぽいですよね。
何か作品を作っているわけ、作品も作っているけれども、
その作品は別に完全自分のクリエイティブで作っているわけじゃなくて、
クライアントの何かを達成するために作品を作っているけれども、
その作品を作る過程、プロセスにおける考え方、工具みたいなところは
自分で発明をして試していってるわけですもんね。
そうだね。
僕の欠点は、工具を作りたいとか一流を立てたいっていう欲求がすごい高いんだけど、
その根本の意思がないんだよね。
世の中で何を変えたいっていうのがないから、
それを事業主に頼っているみたいなところがありますね。
だから事業主の熱い意思に触れて、
自分の持っているものをすべてぶち込んだときのその相互作用がすごい楽しい。
ワーってなって、お互いが喜んで、お互いがブレイクスルーして、
それがいい思い出になって、
それを後々語り合いながら先を飲みたいなみたいな感じですね。
なるほど。いいですね。
覚えてるんだよね。
いい仕事は10年前の仕事でも、
あの時はこうやってみたらよかったね、みたいなことは、
すごい改造の覚悟を覚えているので、
そういうのをどんどん増やしていきたいなって感じはしますよね。
いいですね。
逆に言うと、よくライター採用とかの相談も来るんだけど、
どうですかって言われたときに、
僕が見るのは、その人のノートとか見るじゃないですか。
その人独自の文体があるかを見るんですよね。
普通に音質的な書くことを突き詰めていれば、
必ずそれは文体に現れるので、
その人っぽい独自の文体とか、
コンセプシャルな言葉の切り回しとか、
そういうのがパッと見て出てくるわけですよ。
それがほぼ99%の人は出てないので、
いわゆるウェブライティング的な書き方をしてしまっていて、
いわゆる他社が書いているようなことをなぞっている。
ウェブライティング的、セールスライティング的な書き方をしてしまうので、
それはウェブライターではあるけども、
本当の意味での書き手ではないよねっていう判断をしてしまうわけですね。
ビジネスにおける一流の考え方
そこだね。だからわかるよ。
仕事ないとダメだから真面目に勉強したんでしょう、ウェブライティングとかね。
それは本当の書き手とはちょっと違うねって話で、
それを気づいてほしいってことね。
本当の書き手で周りを極めしてっぽい文章を書いていてはダメなんですよってことで、
本当に必要な書き手、情報価値を作れる書き手というのは、
自分の本業の確固と自体を再定義してるはずなんですよね。
他の世の中のライティングが間違ってると。
俺はこう思う。だからこういうふうな一理を立てるんだって再定義をする。
で、自分の本業の確固と自体を再定義しない人は、
じゃあ顧客の価値を再定義できるわけがないですよ。
当たり前の話。
だからそういうことだね。だから全てはそこに現れるので、
まずは自分の確ってことは何なのかってことを再定義して、
それを何年もやったときに文体を生むとか作風を生むとか、
それが独自性というものにつながりますという話なので、
そういうことをやっていかないといけませんと。
そうすると一個の筋が立つので、ぽいものとぽくないものが見分けがパッとつくんですよね。
で、それしないと誰かの文章を見てパッと、
あ、これはいいね、これはダメだねって言えないし、
AIが文章を上げてきたときに、AIの文章はすごくぽく見えるので、
良さそうに見えるわけですよ。
これでいいですねって上げちゃうことなわけ。
それはすごい恥ずかしい文章を上げてしまうことになるんだけど、
そういうことをちゃんと企業の対面を背負ってやってるのに、
スルーしちゃうみたいなことになっちゃうので、
プロとしてはちょっと残念ですねって話なので、
それは良くないよねということですね。
なるほど。
そんな感じですかね。
生き方の話を聞けた気がします。
生き方の話ですね。
皆さんは今回の話を聞いてどんなことを考えましたか?
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さて、今週の明日使えるティクネタ帳、
マーケターの真夜中ラジオもそろそろ締めのお時間となります。
私のね、デタッチメント期からコミットメント期以降の一つの活動の一環としてですね、
なんすかデタッチメント期からコミットメント期って。
山ごもりの時間があって、
ちょっと社会に関わっていこうかなみたいなことが最近あるわけなんですけど、
東京のクライアントはたくさんいるんだけど、
やっぱりせっかく関西に来たからね、
大阪県とか神戸とかの人たちとビジネス仕事したいなっていうのがあって、
やっぱね、絆というかそういうのは、
やっぱこう時間をかけて育てるべきだなって最近思ってるので、
なので、ちょっと商工会社になる者に誘われたので、
西宮の友達がいて、
そいつが楽しくやってるっていうんで、
そこに入らせてもらったわけです。
今年が頭ぐらいに、半年くらいやってるんだけど、
そういう感じで、
行くと泊まりになるからね、
僕は大変なんですけどね。
片道3時間くらいかかるし、大変なんですけど。
でも商工会社ってそのエリアにいなくても行けるんですね?
そうみたいですね。
なので、僕だとね、
島で入ってもそんなに広告の仕事なさそうじゃないですか。
なさそうですね、確かに。
あとスーパーとかね、
同じとこみんな行くから、
顔合わせるのが大変だなみたいな。
はいはいはい。
だから島は島でもうゆったりする場とか、
ぼんつる場と定義して、
西戸宮とかにちょっと証券を拡大したいなというかね。
別に商売にならなくても、
友達が、ともに友達できたらいいなっていう感じで、
入ってるんですけど。
だったら感覚が西戸宮だから、
ぼーっと感覚に行きたいなみたいな。
大好きだね、大学。
感覚はやっぱりすごいいい場所だと思うんですよ。
へー。
場がすごくいいと思う。
ほんと。
あんなに世界観のある場所は、
なかなかないと思いますね。
俺は2年も留年して半大に通ったから、
書くことの本質とは
もう大学に戻りたいとかほとんど思わないけどね。
そうね。
感覚は好きだし、
今度また感覚のOB、
現役生と交流会みたいなのがあるんだけど、
それも別に喜んで参加しますしね。
へー。
やっぱ好きなんですね。
楽しいよね、やっぱね。
へー、なるほど。
そんな感じで、
地元というか西戸宮にもね、
少し人脈というか、
関係性を作りつつあるんですけど、
商工会社ね、特にね、
なんていうかな、
いろんな別のね、
異業種の人たちが集まるので、
じゃあこれをやりましょうとかっていうのは、
最初はないわけですよ。
だから1年目はね、
地域の祭りに出展するみたいなことを、
1年目ですとか一緒にやりましょうみたいなことが多いので、
じゃあどうしよう、
何を出すみたいな、
焼きそばかな、
うどんかな、
とかそういうことをずっと会議で話すみたいな。
すごいね、学祭に出展するみたいなことを
そうしてるわけだ。
究極その結論は究極どうでもいいかもしれないよ、
ずっと話すみたいなことをやってました、
型化できない理由
みたいな感じですね。
そうやって何かしら一緒にやることによって、
絆なりね、
コミュニケーションが生まれるので、
この先で何か生んでいきましょうって話だと思うんですけどね。
なるほど、それはそうですね。
ここはキャラ的にっていうのもあるし、
ちょっと距離離れてるんで、
じゃあ当日買い出しとかいけないわけですよ。
そうですね、めんどくさいですね。
だから関わり方としては、
広告屋さんというのもあるから、
POPですね、
店でこういうの売ってますよみたいな、
そのPOP作りますわ、
みたいな感じ。
いいですね、手に触形なんでね、
良さを生かして。
手に触形であるけど、
俺デザインとか全く興味がないので、
だいたいPOPとかってほぼ8割デザインなんですけど、
みたいな話なんだけど、
一応それしかないから手を挙げてやりましたと。
デザインは一応AIでババッと作って、
こういうの作ってみたいな感じで、
ちょっと一部コピーライティングみたいなところで遊びました、
みたいな感じだね。
コピーしたの3秒ぐらいしか考えてないけど、
適当に作りましたみたいな感じで、
POPを作ったみたいな感じですね。
へー。
うん。
あーでもちょっとそういう目で見るとちょっと面白いね。
ソーダ清涼飲料飲もうとか、
うん。
あれね、
ソーダ京都以降を文字られた感じで、
そうだね。
いいですね。
なんかこう、
なんていうかな、
ちょっと冗談っぽい感じがいいですね。
そうだねー。
全体的に冗談っぽくなってますね。
全体的に冗談っぽいね。
まあそれでいいよね。
お祭りのね、POPだからね。
ガチで魅力を訴求する必要ないからね。
魅力を、
あとはオリエン受けてないから、
それが何がどこがいいか知らないし、
食ったこともないからさ、
チーズポークとかも。
そもそもね、
そんな店で出すものがめっちゃ美味しかったりはしないからね。
まあ普通の味だよね。
うん。
だから適当でいいんですよ。
適当でいいんだけど、
何も書かないのは、
俺の介在価値がないので、
それは嫌じゃないですか。
うん。
3秒でも考えたものを一応入れておくと、
なんか自分がやった感が出るなと思って入れました。
で結論、
AIのディレクションとしてはレトロモダンな、
ちょっとかわいいレトロな感じのテイストでやってみた感じでして、
デザインはなんかかわいい感じでできたなと思ったわけですね。
はいはいはいはい。
なので、
まあ、
こうなんていうかな、
商工会議所とかの人もね、
書ける人を育てる方法
別によく分かってない人たちだから、
僕がコピーライターかどうかとかもあんまりよく分かってないので、
デザインを褒めてくれるのかなと思ったわけですよ。
うーん。
で、
実際現地行ってみると、
うん。
なんかめっちゃこのフレーズめっちゃ気に入ってくれてるわけ。
うーん。
だから、
なんかすげー嬉しかったね。
その書いてる側としては、
なんかフレーズの方、
デザインはさ、
AIが勝手にやってるから、
はいはいはいはい。
それ褒められても、
なんか全然嬉しくないじゃん。
確かに。
まあね。
AIですみたいな。
1時間ぐらいは頑張ってやったけど、
うん。
でもね、
自分がやってる感は、
デザインに関してはほぼなんかないので、
だから、
ここのね、
フレーズをこう気に入ってくれてね、
これもう最高だねとか言ってくれたりとか、
えー。
その100匹の文言で、
うん。
それを連呼してくれたりとかすると、
めちゃくちゃ嬉しい。
うーん。
よかったなーみたいな。
だから、
ちゃんとこのコピー、
言葉っていうのは、
うん。
刺さるんだなーとか、
あー。
そういうのはちょっと思いましたね。
えー。
うん。
確かに。
なんかね、
こういう何も訴えるべきことがない時に、
コピーって難しいけど、
絶妙にそのお祭りの雰囲気に合った、
うん。
例えばね、
チーズボールの転がる美味しさとかさ、
うん。
ツッコミどころ満載の言葉じゃないですか。
そうだね。
転がる美味しさって何やねんみたいな。
どういうことやねんみたいな。
そうそうそうそう。
ふふふ。
でもそれがまあその場に合ってるというかね、
うん。
いいね。
あのー、
確かに、
出店で、
転がる美味しさですとか言ってたらね、
そうそうそう。
関西でやってたら、
うーちょっとどういうことやねんみたいな。
転がるって幸せですよーとか何とかみんな言ってましたわ。
あははは。
ふふふ。
で、ここの起点に、
まあいろいろその客引きとかも発想が広がるわけだよね。
うーん。
だから、
ビールガブ飲み専用って書いてるんだけど、
うん。
じゃあガブ飲み専用ってどういうビールですかとか、
そういうコミュニケーションがね、
あー。
はいはいはいはい。
あったりするんでね。
要は、
冷えてますよってことなんだけど、
ふふふ。
ただそれだけね。
私と一緒なんだけど、
はいはいはいはい。
まあガブ飲み専用って言ってあげることで、
なんか、
ん?って思う。
うーん。
みたいな、
まあそういう効果はあるよねとか、
そこでコミュニケーションが生まれたりすると楽しいよねとか、
ガブ飲み専用ですよーって言えるとかね。
うーん。
そういうこと。
なるほど、
面白いですね。
うーん。
あとミックスナッツが一番受けたけど、
うん。
ミックスナッツ、
絶妙な混ざり具合300円ってやつね。
はいはいはいはい。
ミックスナッツだからまあ混ざってるんだけど、
それは混ざってるよ。
何も言うことがなさすぎたから絶妙に混ざってますと言って。
ははは。
そりゃそうだよ。
ミックスナッツとはそういうものだもんね。
そうそうそう。
そのまんまでね。
うーん。
ちょっと興味が湧くね。
え?絶妙?
普段のミックスナッツとは違うの?
何が違うの?みたいな。
絶妙とは?みたいな。
そう。
多めに混ざっているとはどういうことかな?みたいな。
うーん。
なんかその辺のこの、
まあ、
ん?みたいな。
でもこれね、
大事なのは決して嘘はついてないってことだね。
ははははははは。
確かに。
嘘はどこにもないね。
嘘はどこにもない。
チーズボールだって、
転がる美味しさがあるんだろう。
なるほど。
まあまあ、
確かに転がるもんね。
丸いからね。
チーズボールはね。
丸くはあるね。
食べたら多分美味しさも転がるかもしれないね。
かもしれないね。
うん。
ビールもちろん冷えてるね。
ガム飲みするもんね。
確かにガム飲みできるね。
うん。
そもそもビールはガム飲みするものですからね。
ははははは。
確かに。
ビール、ガム飲みはレトリックを使わせて、
ビールというものとガム飲みっていうのは、
どちらかというとコーラとか飲料水に使われる言葉なので、
そこのちょっと異領域の言葉使いを掛け合わせることで、
新しい想像力を見たりとかあるんだね。
そうするとちょっと、
あ、やってみたいな。
はいはいはい。
思えるみたいなところがあって、
そういうのを一応やってますみたいなことは、
プレゼンでは言いますよね。
いいですね。
なんかこう、才能の無駄遣い感があっていいですね。
そうなんだよね。
一秒も考えてないけどね。
適当ですけど。
あとあれなら、
ハイボーラウィスキーがお好きでしょっていうのをちょっとパクリつつ、
揚げ物のお店だったので、
揚げ物に合わせましょうっていうコピーを添えてるのね。
そうするとね、
まあまあ自分たちの店に落ちるよねみたいな。
なるほどね。
感じとかね。
そうだ、清涼飲料飲もうは、
これ書いたのが夏だったので、
水分補給大事だよねっていう検証なんだけど、
ああ、そういうことね。
当時実は寒かったし雨降ってたんで、
まあこのコピーは滑ってたよね、絶対ね。
でも結構いろんな種類のものを出したんですね。
そうだね。
ポテトもチュロスもミックスナッツもチーズボールも。
ビールだけじゃなくハイボールも出したんだね。
まあ才能の無駄遣いもたまにはしてみると楽しいよねっていう。
まあでもいいですね。
大人になってね、
こういう文化祭的なことをやることもあまりないからね。
ないからね。
楽しいよね。
やっぱでも適当にやったと言えば、
やっぱりまあ圧倒的に濃いコピーにはなってるので、
やっぱ西野寺おっちゃんたちも、
やっぱ面白い、すごいよねみたいな。
感じにはなってたんで、
やっぱちゃんとコピーというのは刺さるんだな。
普通はデザインの方がさ、パッと見たらわかりやすいから、
わかりやすいね。
すごいですよねとかって絶対言われるんだろうなと思ったら、
書くことの本質
面白い、コピー書くねみたいな言葉が面白いねって言われたんで、
それが非常に面白かったですね。
いいですね。
自分的にはね。
なるほど、じゃあコピーライターの力はそんなところでも役に立つってことですね。
そうだね。
やっぱ言葉磨くとかっていう良いところは、
仕事だけじゃないってことだね、それは。
確かに。
あらゆるところで言葉使うじゃないですか。
あらゆるところが楽しくなるっていうね。
LINE一つ、スラック一つ、全てが楽しくなる。
いいですね、いい経験ですね、こういうのね。
そうですね。
なので皆さんも是非ね、
商工会議所に入ってみてはいかがでしょうかと。
明日使える菊ネタ帳、マーケターの真夜中ラジオでは、
マーケティングに役立つ情報を毎週配信していきます。
ポッドキャストをフォローすると、
マーケターとしての知見が毎週溜まっていくので、
是非フォローしてみてください。
ではまた来週の土曜日、ポッドキャストでお会いしましょう。
さよなら。
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