みなさん、こんばんは。あした使える聴くネタ帳 | マーケターの真夜中ラジオの時間です。
この番組は、アラフォーマーケター2人が最近気になるトピックを取り上げ、それぞれのマーケ感で掘り下げていきます。
最近話題の1人マーケターをはじめ、情報や知見が少ない中でうちつよ模索する、みなさんのヒントになる視点をお届けしていきます。
スタートアップの思いを文化に変える戦略マーケターチーム、株式会社エールコネクト代表の宮本です。よろしくお願いします。
青い自信までコピーライトをやってます。ジンボーです。よろしくお願いします。
さて、今日のテーマは、書くことの本質を考える。
カタカノできない理由と、書ける人を育てる方法です。
さあ、このテーマを取り上げた理由は何なんでしょう。
よくね、僕、ライティングとかを担当している人みたいな感じになっていくと、
いわゆる会社の頭のいい人たちで、役員的な人たちからよく言われるのが、
ライティングについてカタカシしてくれとか言われるわけで、あと育成ね、トレーニングしてくれとか、
ジンボーさんを量産してくれと、住人作ってくれとかよく言われるんですけど、
これ結構無理ゲーを言ってんなーっていつも思ってるわけね。
で、いつもやるふりをして、まあ遠回しで答えてる方が多いんですけど。
結局ね、育たないんだよね。がっつり半年くらい、DNAの時も何人かやったけど、半年とかでも育ちきらないんですよね、全然。
確かに半年間ずっとご自脱児の指摘してましたもんね。
そうなんだよね。半年でその程度なんだよ。ずっとつっきりやってね、あんなにやったのに。
普通にね、DNAに入る子たちだから優秀な人たちだと思うんだが、それでもそれぐらいなんでっていう話で。
伝通とか伝通のクリエイティブ言ってもやっぱり新人賞とかコピー書けるようになるの10年ぐらいかかるんで、
それぐらいのタイムスパンの話なんですよって話なんで。カタカタとかさ、結構大変だなと思ってるわけですよと。
まあそうですね、確かにね。ただ書くわけじゃないですもんね。
そうなんだよね。
人の心を動かしたりするものを作ろうとすると、なんか簡単に見えて超難しいことだよな。
そうなんだよね。だからそこが難しいんですよっていうのを伝えたいなと思っているんだがみたいなところ。文字書けるからね、誰でもねみたいな話なんだよね。
走ることは誰でもできるからといって100mを10秒で走れるかっていうともう限りかねた人しか走れないみたいな、そういう世界を感じるね。
ボール投げること誰でもできるけど、じゃあ大谷翔平みたいな、あんなスイパ投げれます?みたいな。
160キロであんなコントロールよく投げれますか?とかね。
あー難しいよね。
無理だよねーみたいな。歌だってね、俺も歌いますよ。たまいこ王子も歌いますよ。全然違うだろって話をして。
確かに。
そこなんですよって話と同じだと思って、それを受け取ってほしいんだよね。
例えばさっきの大谷翔平だったりとか陸上選手とか言って筋力だったりとか、いろんなものが組み合わさってそれができているっていうのがあるはずなんだけど、
ライティングを知らない人からすると、ライティングアウトプットされているものはただの文字が並んでるだけだから、同じように頭さえ使ってフレームワークさせればできそうって思うんだろうね。
そうなんだよねー。
実はその背景にはちゃんとそれに文字を書くための筋肉みたいな、実際は頭の中にある何かだけれども、そういうのがないと動けないんですっていうところがなかなか伝わらないでしょうねー。
伝わらないねー。実際ね、多くのライターと言われてる人が書いてる文章が割としょうもない文章だからってのもあると思うんだよね。
これだったら別に誰でも書けるよねみたいなものが99%なんで、それを量産しろって言われるとそれは簡単ですよ。
それはAIでも今できるしみたいな話なので、そこの話はしてませんっていうことで。
じゃあ書くってなると2000ワードあれば2000回の意思決定をしてるわけですね、ライターはね。
最初の一文字目何を書くかっていうところから全ての意思決定が始まって、そこから相互作用で全ての文字は定まっていくんだけどみたいな話なんだけど、そこの意思決定、一文字目を正しく定められるかみたいなところとか、
それは全て単に書いてるわけじゃないで、あらゆる人生経験とかあらゆる判断とかあらゆるセンスとかがぶち込まれて一個の一文字目、一行目を定めるわけなのでみたいな話で、
だからそこ全部全部カタカとかそういう話ではないんだよね。だから難しいよっていうところですと。
だから歌う、投げる、走るとかと同じように書くっていうのも誰でもできる仕事なんですよ。動作なんですよ。だからこそ誰もやってない膨大な努力を数十年に渡って積み重ねるような異常な愛情だよね。
その行為に対する。異常な愛情が必要なんですよ。野球だってそうだよね。大谷翔平も身長高いしセンスもあるよ。運動神経めちゃくちゃ高いけど、サッカーだって何だってできるけど、
でも野球にめちゃくちゃ執着して何十年もやってて、誰よりも努力もしてるじゃないですか。素敵好奇心も誰よりもあるし。
一郎も大谷もそうだけど、やっぱり野球は上手くなりたいっていうんだよね。上手くなりたいという捉え方が非常に大事だと思うんだけど、
そういう向上の努力というかゴール感みたいなものが素晴らしいなと思いますね。誰よりも上手くなりたい。それは肉体が衰えたって上手くなることは無限にできるわけだから、
そうやってやりがあるじゃないですか。一郎は50歳を超えてもいまだに世界で一番野球を上手くなろうとしてるわけだしみたいな。
だからそういう異常な愛情の積み重ねをできる領域を見つけて、それをやるのは素敵なことなんだけど、そういう領域の一つですよってことだね。
なので、そういう領域の話をしてます。そういうのがテクニカルにファッファッみたいな話のライティングには価値もないし、市場価値もないし、意味もあんまないと思うんだね、これからはね。
だからそこはどうでもいいかなと思っていて。異常な愛情を持つには、やっぱり人間は欠落の自覚というのが必要で、
リア充の人がもうれずに描きたいとは思えないと思うんですよね。
だから自分は描けない自分には価値がないなと本気で思ってないと、描けない状態からの突破力みたいなの出てこないんですよね。
もう絶対に描きたいと思って、描ける状態まで諦めずにやりきるみたいな、10年くらいかかるからさ、みたいな話をやるには徹底的な欠落の自覚が必要です。
なのでそこないとね、何でもそうだと思うけど、アニメーターだってそうだよね、自分自身がめちゃくちゃ欠落を感じてるからこそアニメーションとかでそれを消化しようと思うわけじゃん。
スピルバーグとかだってさ、自分自身父親と全然うまくいかないから、ずっと父親との対決とかの話を作ったりするわけだし、
それが解消されたらね、自分が次は父親になれない、うまくなれないからなりきるような、そういう物語を作るわけだね。
やっぱり自分自身の欠落の自覚みたいな、それは何で埋め合わせるかみたいな、そういう話になってくると思うので、
描くとかっていうのもそういう手段の一つなんですね。領域の一つというかね。
だからそこまでやらないと、やっぱり面白いものというかユニークなところには到達しないかなと思ってますというところですね。
あとはもちろんね、地頭とかね、大谷翔平だってね、身長190何センチとかっていうのがあるんで、元のものは必要だよ。ライティングでいうと地頭とかセンスが一定必要で、
センスがないとダメな理由は試行錯誤をするときに本当に錯誤の積み重ねになっちゃうことですね。
勝手に自分で変な癖を作って、それが抜けなくなるみたいなことがあるので、一定そこの辺は大事でしょうと。
センスは一定、師匠とか持つことで補えたりするので、早めに変な癖をつけずにすぐすぐ育った方がいいよねとは思ってますという感じですね。
好きな小術家とかそういうのを持って文章を影響を受けるとかそういうのもいいかなと思ってますという感じですね。
そういうので言語化力っていうのかな。ある程度一個の具体の現象から何かしら法則とか何かしらを切り出せるようになってくるとかすると、
その具体の現象から無限に気づきとか価値を取り出せる状態になっていくわけですね。そうすると同じ世界を生きていても独自の視点を紡いでいけるのでいいですよねと。
その独自の視点を365インチ、365個作ったら、それらは勝手に相互作用を起こすので、
自己増殖的に増加して、それは何年か経っていくとだんだん一つの世界が形成していくわけですね。
それはその人なりのものの見方とか、あの人っぽいよねみたいななんとかワールドみたいなところですね。
その辺に結びついていくので、そういうことをやっていかないといけませんねみたいな話。
ワールドを形成したらその人の思考プロセスみたいなのが割と板着なものがあるので、
あらゆる案件に対してある程度自分らしい回答とかがブレなく、スランプとかなく出せるようになっていきますよねみたいな話ですね。
なので今回はそのあたりのその、書くって何だろうみたいなところを、
ちょっと哲学的にというか、ちょっと突き詰めて考えてみたいなという回でございます。
はい、てな感じで、本編先に収録してますが宮本さん的に今回の内容はどのあたりが使える聞くネタになりそうですか。
そうですね、今日の話はマーケティングというよりも人生の話に近いかもしれないですね。
AIも出てきたりとか、本屋に大量にノウハウ本とかが出てきていってて、
多分20代のビジネスマンの人って何か自分が壁に当たった時に、
いい方法というものを見つけるとそれによってクリアできるんじゃないかっていう、
ノウハウによって解決策をハウに頼ろうとしている部分がすごく多いんじゃないかなって、
それは20代もそうだしそのカタカシてよっていう方もそうで、
これハウのルール化すれば誰でもできるようになるんじゃないかっていう風にきっと思ってて、
でもなんか実はそういうものもあるけれどもそうじゃないものも世の中には大量にあって、
でもそういうものがないと俺らの仕事って全てAIに置き換えられてもいいじゃんってなっちゃう。
でも実際にAIに置き換えれそうで置き換えれないことがたくさんあるのは、
そんなに情報さえインプットすれば誰も同じアウトプットが出るわけじゃない人間のそれぞれの違いとか、
これまで人生で得てきたものから出てくる何かしかの差みたいなところが多分あって、
今日はそういうのが大事なんだよと。
今すぐある例えばツイッターとかでツイッターのフォロワー数を1万人にする方法、
1万円で売ってますみたいな情報商材でね、
明日までなら9000円で買えますとかで売ってたりしたりして、
そういうの騙すような情報商材も多いですけど、
でもそんなん気にしなくていいからともかく自分の人生を10年かけて生きたらいいんじゃないか、
みたいなそんなことがメッセージだったんじゃないかなと思いましたね。
そうだね。
そこを根っこに鍛えるとね、あらゆるところに応用が効くしね、人生楽しいですからね。
そうですね。
セールスライティングとかってテクニック論じゃないですか、
生み出された瞬間には価値があったと思うんですよ。
今もうセールスライティングの本はたくさん売れて、
それをベースにみんな同じようなことを書いてるわけじゃないですか。
だから今は生み出された瞬間のような効果はないわけですよね。
受けてはもう気づいてるから、死ぬほどその論法を見てるわけですよね。
権威性とかさ、大事かもしれないけど、
でも他社も全部やってるわけですよ。
だから権威性を出したからといって画期的に効くような世界ではなくなっている。
大事なのはやっぱり権威性を示すことが何で大事なんだろう、
みたいなそこのオーガニックな解釈とかなんですよね。
それがあると今回はこの権威性の打ち出し方とか、
その辺の差事加減もちゃんと妥当性高く調整できるようになってくるので、
そこは大事ですよね。
そこをやるとテクニックなものが後からついてくるというか、
当たり前に論理的規律として普通にやるので、
そうしないといけないね。
逆にテクニックから入るとその辺のオーガニックなところが、
地盤固めがおろそかになってしまうので、
どうしてもたぶん育たなくなると思うのね。
そこがたぶんすごい問題だなと思って、
テクニックに走りすぎ社会なので、
そこはちょっと警鐘を鳴らしたい感じはありますよね。
それでは本編ぜひ聞いてみてください。
本編は約33分あります。
途中で聞けなくなった時のためにも、
ここでポッドキャストをフォローしておくと便利です。
それでは行ってみましょう。
さて、れんぼさんの今週のピックアップ。
テーマはこちら。
それ2000円くらい丸暗記をしたんだけど、
それ以外でいくとお笑いとかね、
そっち系の面白ネタみたいなのも丸暗記をたくさんしたんだけど、
それは面白いかどうかを養うっていうことをやったんだね。
っていうそのダブルでいった、
だから専門的なところのインプットと、
それからもう一つは何らかしらのアート的なところのインプット、
例えば美術でインプットしてもいいと思うし、
何でインプットしてもいいと思うんだけど、
僕はお笑いというのを一つのアートと捉えて、
関西人だからね、好きだからそれをめちゃくちゃインプットしましたと。
そうするといいことがあって、
コピーにも活かせるし、
あとは日常会話とかスラックのやり取りも楽しくなるっていうことですね。
なのでそういう感じでやりましたよっていうことですね。
お笑いは、例えば漫才を丸暗記するってこと?
そうね、ずっと漫才を聞いてたりとか、
ダウンタウンのボケの瞬間だけをホームランのシーンみたいに編集して、
1時間ぐらいずっと編集したやつを聞いたりとか、
あとは僕が好きなのはスパのバカ祭っていう投稿コーナーが好きであったので、
それの面白いやつ全部丸暗記したりとかをずっとしてたね。
そうすると自動的にスラックとかで面白いことがパパッと浮かぶようになるよね。
面白いことがパパッと浮かぶように勝手になると、
別に間で困ることはなくなってくるわけですよ。
だからすごい楽になるよね、その先のいろいろなことが。
発想の柔軟性が生まれたりとか。
コピーとかコミュニケーション、基本的にはパーソナリティとヒューマニティをくすぐるものなので、
基本的にはお笑いの範疇なんですよ。
ほぼほぼかぶってるわけね。
お笑いでも哲学的な笑いもあるしみたいなところにいるとほぼかぶってるから、
コピーだけのインプットだとちょっと届かないところも、
まるっとお笑いみたいな世界観を暗記すると、
インストールするとなんかカバーできて相互作用でみたいな感じなんで、
僕は割とおすすめですねと。
面白いしね普通に。
そういうことですね。
普通に楽しいし。
入ってくるから。
という感じですかね。
書くことというのは実態はそういう書くこと、アウトプットではなくて思考そのものを指していて、
それはそのように養うものなんですよっていう話なんですね。
今僕は言ったけど、コピーの社協とかもちろんするんだけど、
みんなやれよって言うけど本当にやる人は千人に一人もいないので、
やったらいいものを書けるようにはなるとは思いますけど、
小手先でテクニックでって言うと全然たどり着けないと思いますみたいな話がね。
なるほどね。
まる暗記か。
僕の学習の方法は名作コピーとか、
これがなぜ名作なのかっていうのを要素分解をして、
こういうパターンなのかなみたいな。
パターンを積み上げていって、
でもこれはこれと違うなみたいな。
そういう理解の仕方を僕はするタイプかな。
正しいかどうかちょっとわからない。
それもあるというか、だから演劇的か機能的かの話の違いで、
まる暗記してっていうのはどっちかというと演劇的な感じで、
体感で学び、自分で法則を見つけるみたいな話で、
逆に法則があるから、どっちもやるべきだと思うのね。
演劇的なロジックの型っていうのはあるので、
そこはね、コントラストとかレトリック的な型とかっていうのはね、
音を踏むとかもちろんリピートとかは知っておくべきだし、
そこの具体を100個200個それぞれ知っておくのが、
ちゃんとそれを使いこなす方法だと思うので、そこだね。
だからどっちがどっちというか、
両方のアプローチからやった方がいいよねって話で。
なるほどね。
なので僕はどっちもやる感じかなと思ってます。
どっちもやらないと、
8000個覚えても体型だってないから使えないっていう問題がある。
だけど分解してたら数が限られていくので、
全部が8000個も分解できないじゃんみたいな話もあるから、
両方やっていった方がいいと思うんだよねみたいな。
考える前に丸飲みするのと、
型は型で一個一個理性的に学んでいくみたいなかなと。
型って意味でいくと僕は工具って本があったけど、
考える道具の具って書いて工具って本があったけど、
この工具っていうのはもちろん誰もが持っておかないといけないもの、
フレームワークね。
MBAのフレームワークとかももちろんそうだけど、
ああいうのはもちろん知っておかないといけないけども、
型を知ること自体には何の意味もないと思っていて、
それは実も通して型をね、フレームをね、
角が丸くなるまで使い込んだ方がいいと僕は思っていてみたいな話でも、
使い込まないと馴染まないし、使いこなせないので、
だからそのフレームワークっていうのは抽象的なものだけど、
それを体に馴染ませるぐらいの、
10年単位ぐらいのプロセスの収積をしないといけないと、
それが人的資本価値というものだろうと思っているわけですという感じですね。
広告コピーでとかすると、
パッと1つの案件を振られた時も、
このフレームとこれフレームを合体して、
そうだな、レトリックで音を踏んで、
ちょっとコントラストを効かせてとか、
そういうことを考えなくても、
複数の方を勝手に通した間の異型がパッと出てくるような状態が理想というか、
そうならないと何時もベストな回は出てこないので、
そうすべきだなと思っているということですね。
なるほどね。
僕はフレームワークを角が丸くなるまで使い込む意味でも、
フレームワークを自分で作り出すというか、
結果的にそれがすでにあるものと同じものになりがちではあるんですけど、
でも自分で作ろうと思うぐらい、
手に馴染ませようとする方がいいなと思っていて、
ある型をそのままパカッと当てはめて使おうみたいな風に使っていると、
結局使いこなせないというか感じがするので、
本当に自分で作るぐらいの気持ちでやっていった方が手に馴染むなって感じがしますね。
そうだね、だから究極はそこですよね。
工具を自分で自作するのが僕は最高のクリエイティブだと思っているんですけど、
そういうことをすべきですよね。
でも車輪の再発明になってしまうので、基本的な工具はフレームワークは知っておくべきですよね。
それを知っておいた上で自分なりの新しい必殺技を作るというのがいいかなと思っていて、
よく工具表現とかクリエイティブってクリエイティブでクリエイティブで言うけど、
それはどっちかと小さいクリエイティブだよってよく言われるのね。
やっぱり会社を作る、ビジネスを作るとかっていうのが大きなクリエイティブだよとか言われて、
ちょっとシュンとするんだけど、
工具を作ること、発想法を作ること自体とか表現手法自体を作ることは、
これは割と大きなクリエイティブだと思うわけですよ。
そういう意味でもロマンもあるよねって感じはするんですよね。
以前も話したモンタージュ手法のようにね、
表現自体を変えるような、塗り替えるような手法を自分自身が作れたら、
それは大きなクリエイティブですよねみたいな話なんで。
そうか。確かにじんもさんのこのラジオのテーマは、
自分で考えた考え方というか工具の紹介が何回かありましたもんね。
うん、そうだね。基本的にはそれをやってる感じですね。
そうですね。そんな気はする。
自分なりの解釈でいくつかの現象を一つの法則化をして、
名前をつけるみたいなことをずっとやってるのね。
そうすると世の中の認識の改造度とかが徐々に高まっていくので、
じゃあ次の案件来た時に100個の自分なりの世の中の見方がある状態から、
150個に増えている状態だと、
150個に増えている状態の方が多分いい打ち返しができるんですよ。
そこを粛々と準備するみたいな話ですね。
だから僕はその工具を作っていくっていうのを常にやっていくっていうのが大事かな。
それが一番このめちゃくちゃ真面目な準備になるような感じがしてますね。
これでもこのジンボさんの頭の中にある工具を全部うまく抽出したら、
ジンボさんっぽいコピーをAIが作れるようになるのかな。
多分それはならないと思うんだよね。
ならないんだ。
僕は多分僕なりの、すごい端折って言語化とかしているので、
それを学ばせたところで背景になるものは結構ぶっとい、
多分相互作用の末に生まれているので、
それを正しく言語化をし尽くすような研究者的な欲求は僕の中にはないんです。
ただ新しい概念を打ち立てたいとか、
そういうコンセプチュアルなものを作りたい欲求はめちゃくちゃあるみたいな感じなんだよね。
研究者肌では一切ないっていうところが多分ネックだね。
なるほど。
あんまりロジカルに整理整頓されたものを信じていないみたいなところはある。
それは他の人がやるだろうって思ってるっていうところはありますね。
なるほど。
よりは境地を作りたいとか、そっちの方が欲求が強いですね、僕は。
だからそういうことをやっていくと、いつか一流を立てるみたいなことをやりたいなと思ってて、
僕は昔の宮本武蔵と大谷翔平とかめっちゃ好きなんだけど、
2人とも一流を立ててるし二刀流だから、
ああ。
引かれんの当然やなって感じがしますね。
へえ。
宮本武蔵が立てた一流は何なんですか?
あれは二天一流と言われている二刀流ですよね、いわゆる。
なるほど。
流派を作ったみたいな。
流派を作ったってことだね。
例えば千葉周作の北神一刀流みたいなのも一つってことか。
そうそうそうそう。
野牛とかあの辺の人たちと実際に触れ合って、
私立は知らんけど、いろんな人から刺激を得て自分なりに噛み砕いた上で、
俺はこうだなみたいなのを作るわけじゃないですか。
それが一流を築くみたいなのがいいなと思って、
僕自身は育ちもあるから、
広告的な発想と編集的な発想をユナイトさせた、
フュージョンさせたときの見えてくる世界っていうのを打ち立てたいなと思って、
それはもちろん編集にも効くし、PRにも効くということを証明問題として解いてるみたいな感じでやっていますという感じだね。
なるほどね。
他の領域にもこれから広げていきたいなと思っているというところですね。
お金儲かる儲かんないもちろんあるけど、
それ自身がめちゃくちゃ楽しいわけですよね。
自分自身で作った工具を自分自身で使って証明してるわけだよね。
ほらここに使えるだろうみたいな。
二刀流いいだろうみたいな感じで、
証明問題解いてる感じがすごく楽しいですねっていう感じだね。
そうか。だからアーティストっぽいですよね。
何か作品を作っているわけ、作品も作っているけれども、
その作品は別に完全自分のクリエイティブで作っているわけじゃなくて、
クライアントの何かを達成するために作品を作っているけれども、
その作品を作る過程、プロセスにおける考え方、工具みたいなところは
自分で発明をして試していってるわけですもんね。
そうだね。
僕の欠点は、工具を作りたいとか一流を立てたいっていう欲求がすごい高いんだけど、
その根本の意思がないんだよね。
世の中で何を変えたいっていうのがないから、
それを事業主に頼っているみたいなところがありますね。
だから事業主の熱い意思に触れて、
自分の持っているものをすべてぶち込んだときのその相互作用がすごい楽しい。
ワーってなって、お互いが喜んで、お互いがブレイクスルーして、
それがいい思い出になって、
それを後々語り合いながら先を飲みたいなみたいな感じですね。
なるほど。いいですね。
覚えてるんだよね。
いい仕事は10年前の仕事でも、
あの時はこうやってみたらよかったね、みたいなことは、
すごい改造の覚悟を覚えているので、
そういうのをどんどん増やしていきたいなって感じはしますよね。
いいですね。
逆に言うと、よくライター採用とかの相談も来るんだけど、
どうですかって言われたときに、
僕が見るのは、その人のノートとか見るじゃないですか。
その人独自の文体があるかを見るんですよね。
普通に音質的な書くことを突き詰めていれば、
必ずそれは文体に現れるので、
その人っぽい独自の文体とか、
コンセプシャルな言葉の切り回しとか、
そういうのがパッと見て出てくるわけですよ。
それがほぼ99%の人は出てないので、
いわゆるウェブライティング的な書き方をしてしまっていて、
いわゆる他社が書いているようなことをなぞっている。
ウェブライティング的、セールスライティング的な書き方をしてしまうので、
それはウェブライターではあるけども、
本当の意味での書き手ではないよねっていう判断をしてしまうわけですね。
そこだね。だからわかるよ。
仕事ないとダメだから真面目に勉強したんでしょう、ウェブライティングとかね。
それは本当の書き手とはちょっと違うねって話で、
それを気づいてほしいってことね。
本当の書き手で周りを極めしてっぽい文章を書いていてはダメなんですよってことで、
本当に必要な書き手、情報価値を作れる書き手というのは、
自分の本業の確固と自体を再定義してるはずなんですよね。
他の世の中のライティングが間違ってると。
俺はこう思う。だからこういうふうな一理を立てるんだって再定義をする。
で、自分の本業の確固と自体を再定義しない人は、
じゃあ顧客の価値を再定義できるわけがないですよ。
当たり前の話。
だからそういうことだね。だから全てはそこに現れるので、
まずは自分の確ってことは何なのかってことを再定義して、
それを何年もやったときに文体を生むとか作風を生むとか、
それが独自性というものにつながりますという話なので、
そういうことをやっていかないといけませんと。
そうすると一個の筋が立つので、ぽいものとぽくないものが見分けがパッとつくんですよね。
で、それしないと誰かの文章を見てパッと、
あ、これはいいね、これはダメだねって言えないし、
AIが文章を上げてきたときに、AIの文章はすごくぽく見えるので、
良さそうに見えるわけですよ。
これでいいですねって上げちゃうことなわけ。
それはすごい恥ずかしい文章を上げてしまうことになるんだけど、
そういうことをちゃんと企業の対面を背負ってやってるのに、
スルーしちゃうみたいなことになっちゃうので、
プロとしてはちょっと残念ですねって話なので、
それは良くないよねということですね。
なるほど。
そんな感じですかね。
生き方の話を聞けた気がします。
生き方の話ですね。
皆さんは今回の話を聞いてどんなことを考えましたか?
Twitter、GENXのハッシュタグ、マーケターの真夜中ラジオか、
LINEコミュニティで教えてください。
LINEコミュニティのURLは概要欄からご覧ください。
誰でも匿名で気軽に参加できます。
さて、今週の明日使えるティクネタ帳、
マーケターの真夜中ラジオもそろそろ締めのお時間となります。
私のね、デタッチメント期からコミットメント期以降の一つの活動の一環としてですね、
なんすかデタッチメント期からコミットメント期って。
山ごもりの時間があって、
ちょっと社会に関わっていこうかなみたいなことが最近あるわけなんですけど、
東京のクライアントはたくさんいるんだけど、
やっぱりせっかく関西に来たからね、
大阪県とか神戸とかの人たちとビジネス仕事したいなっていうのがあって、
やっぱね、絆というかそういうのは、
やっぱこう時間をかけて育てるべきだなって最近思ってるので、
なので、ちょっと商工会社になる者に誘われたので、
西宮の友達がいて、
そいつが楽しくやってるっていうんで、
そこに入らせてもらったわけです。
今年が頭ぐらいに、半年くらいやってるんだけど、
そういう感じで、
行くと泊まりになるからね、
僕は大変なんですけどね。
片道3時間くらいかかるし、大変なんですけど。
でも商工会社ってそのエリアにいなくても行けるんですね?
そうみたいですね。
なので、僕だとね、
島で入ってもそんなに広告の仕事なさそうじゃないですか。
なさそうですね、確かに。
あとスーパーとかね、
同じとこみんな行くから、
顔合わせるのが大変だなみたいな。
はいはいはい。
だから島は島でもうゆったりする場とか、
ぼんつる場と定義して、
西戸宮とかにちょっと証券を拡大したいなというかね。
別に商売にならなくても、
友達が、ともに友達できたらいいなっていう感じで、
入ってるんですけど。
だったら感覚が西戸宮だから、
ぼーっと感覚に行きたいなみたいな。
大好きだね、大学。
感覚はやっぱりすごいいい場所だと思うんですよ。
へー。
場がすごくいいと思う。
ほんと。
あんなに世界観のある場所は、
なかなかないと思いますね。
俺は2年も留年して半大に通ったから、