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座敷牢から始まる日本精神医学―私宅監置が映す明治の現実
2026-07-10 28:36

座敷牢から始まる日本精神医学―私宅監置が映す明治の現実

もし明治時代に精神疾患を患っていたら、病院ではなく「座敷牢」に入れられていたかもしれません。第62回は、日本の精神医学の出発点ともいえる「私宅監置」の歴史をたどります。江戸時代の地域社会による支えから、明治政府による管理制度、そして警察が精神障害者を扱っていた時代へ──。榊俶や呉秀三が直面した、日本の現実と西洋精神医学との大きな隔たりを描きながら、急激な社会変化の中で「生きづらさ」を抱える人々を社会はどう支えるべきかを、現代のAI時代にも重ねて考えます。

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サマリー

本エピソードでは、日本の精神医学の黎明期、特に明治時代の「私宅監置」という制度に焦点を当て、その歴史的背景と現実を掘り下げています。江戸時代には地域社会による支えがあったものの、明治維新以降の急速な西洋化と社会変革の中で、精神障害者の扱いは大きな転換期を迎えます。当初は警察が関与し、学問と現実の乖離に苦悩しながらも、榊俶や呉秀三といった先駆者たちが日本の精神医療の礎を築いていく過程を描き、現代社会が抱える「生きづらさ」への向き合い方を問いかけます。

江戸時代の精神障害者への対応
精神科の病気である患者さんの、その人権とかってあったんですか?
精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。この番組では、精神科医療を作った人々、現在のトピックスを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で、現在、開業医のマリモ等。 その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、
最近、私の次男に新しく、私の2人目の孫が生まれました。 とっても嬉しい桜がお送りします。
日本の精神医学の始まり、呉修造と、支度勘知の話です。
はい、ありがとうございます。
はい。支度勘知。
支度勘知って知ってますか?っていう話もあるんですけれど。
いや、私、実はこの熟語、熟語って言うときはな、4文字熟語ですね。初めて見て、読み方も支度勘知であってるっていうぐらい、初めての話でした。
なるほど、失礼しました。そうね、まあ普通はそうか。
雑誌披露って言葉知ってます?
あ、それは知ってる。
雑誌披露っていうものの話です。
なるほど、私の自宅の宅に留め置くって感じですね。
勘知っていうのはですね、監督の勘に置くって言うので勘知って言うんですね。
初めて見た。
ちょっとこの驚々しい言葉なんですけれどね。明治、大正、昭和の初期までは、精神医学の中では切っては切れない話なのでね。
この話をしていきたいなと思うんですけどね。
その前提となる話からちょっとしていきたいなと思ってて。
日本の精神医学ができるのは、明治の初期から中期にかけての先生方が作っていくんですけど。
まずね、江戸時代の話です。
前段階。
前段階。どんな状況やったかってことですね。精神医学が立ち上がるまでに、精神医療っていうのはどんな感じやったかっていう話をまずしていきたいなと思うんですけどね。
そもそも、精神障害者さんとかっていうのが認知されてたんですか?江戸時代。
江戸時代も一応病気というか、きつねつきって考えられてることが多かったんですけど。でも一応病気みたいなものとは考えられてたみたいですね。
そうなんですね。あったんですね。
江戸時代の精神障害者、今で言うところの位置づけ、今言っていただきましたけれども、例えば中世のヨーロッパとかでは犯罪者に近かったりとかっていうイメージがあったんですけど、
日本とか東洋とかでは割とこの病人という考え方は当初からあったとは言われています。
ただ今で言うところの精神病という病気とはまた違うんですけど、病人に近いという考え方はあったようですね。
例えばそれを示すような文書とかが残っててっていう話なんですけど、森山藩っていう滋賀県の藩なんですけれども、そこの行政文書で御用留め帳とかっていうのがあるんですけれど、
その行政文書ですよ。
行政文書ね。
藩の役人がどんなことをしたというか、それぞれ役割があるので、示している文書が残ってるんですけど、
記録ね。
その記録が残ってて、それをこの歴史学者、精神医療師の研究者たちが研究してですね、江戸時代こういった精神障害者の方はどんなふうに扱われてたかみたいなことが、
ある程度わかっているので、乱心者って江戸時代は書いてたみたいですね。
なるほど。
乱心っていうのは乱れる心って書いて、乱心者っていうふうな記載があるんですけど、
現在の言い方で言うと、柔道の精神障害がある方っていう言い方でいいかと思うんですけどね。
そういった方の処遇はどうやったかっていうと、まず自宅で養生したりとか監視したりしなさいって言われてて、
普通の座敷で暮らしてる人はそうするんですけど、そうでない場合っていうのは、土蔵とか名屋とか離れとかで家族によって保護されたりとか、
重症例では腐敗でつながれたりすることもあると。
あるいはその時に座敷に牢を作って、牢を作って座敷牢に入れるとかね。
小屋に隔離するとかっていうのがあったようですね。
なるほどです。
それがちょっと危険、それでも危険だっていう時には、牢屋に収納したり収容したり、ため預けっていう制度もあったようですね。
ため預けって何ですか?
ため預けっていうのは、藩っていうかね、その殿様が命令して、その方を藩とかの牢屋に入れるっていう制度もあったようですわ。
なるほど。
一応その重症の人というか、大きなことを起こした方っていうのは、そういう制度もあったようだっていうことですね。
ただ、みんな精神障害の方が収容されたっていうわけじゃなくて、基本家族とか村とかが支えるっていうのが原則だったようですね。
実際、どんなふうな手続きを踏んで、収容しというか保護したかっていうことなんやけれども、記録が残ってて、まず3つ書いてると。
まず初めに、本人が本当に乱心しているということを記載して、家族だけでは対応困難ですよということも書いて、
そのことを親類とから、親類や村役人も認めているっていう、この3点を藩に届けることができて、家とか牢屋とかに入れるということになったようですね。
これがないと入れられなかったってことですよね、逆に。
そうですね。
この文書内には、乱心の乱れなしっていう記載が繰り返しあって、役人さんはいつも確認してたようですよということなので、
つまり、気に入らない家族とか不都合な人を精神病扱いにして、社会から排除するみたいな、そういうことは防ごうという意識があったんじゃないかなって考えられている。
素晴らしいですよね、この時代から。
そうそう。だから一応、精神障害の方はこんなふうに保護しないといけないけども、それに紛れて変なことをする人にはちょっとないようにしないとダメですよね、みたいなことが載ってたりとか。
なるほど。
あと、江戸時代の特徴っていうのは、親子とか夫婦とか親しい人だけじゃ、家族だけじゃなくて、
例えば心霊演者とか組合とか名主とか村役人って言われてるような方々、ご近所というか、共同体の方々が連署している例が多いって言われてて、
地域全体でこの人が病気であって、支援とか見守りが必要ですよっていうふうなことを書いてますよね。
村社会ですからね。
保護された方っていうのは、ずっと座敷にいないといけないかとか、牢屋にいないといけないかって言ったら、そんなことなくって、
実際の処遇は、この自宅での座敷牢に収容された場合でも、症状が良くなれば介助されて、田植えとか稲刈りとか牛場の世話とかした、みたいな記録も残ってますね。
作業ですね。いいですね。
作業もできてたっていうことが書いてて。
村人たちっていうのは、そういった方々のことを時々おかしくなる人とか、狐つきになりやすい人とか、気が触れる人がある人と知った上で共存してたんちゃうかと、いうようなこともあるようですね。
だから全く隔離されてたわけじゃなくて、地域の住民が見守っていたっていうような記録もありました。
この精神疾患、乱心は何で起こるかっていうことを江戸時代は考えてたかっていうと、主にですね、やっぱり狐つきとか犬がみつきとか、たたりとか、新発の罪だったりとか、先祖の因縁とか、宗教的とか民間信仰的に理解してたみたいですね。
なるほどです。
まあ、そりゃそうかなとは思うんですけどね。
まあ、そうやろうね。
治療も、かじき刀とか神社に参刑したりとか、寺院で祈願したりとか、温泉で療養したりとかってすることが中心だったと言われてますね。
まあ、医療と言っても、このかじき刀レベルの民間治療になりますよねって、そりゃそうやねっていうことなんですけどね。
そりゃそうやと思います。
非常に過酷な処遇だったかどうかっていうのは、別問題、あんまり記載のないと言われてます。
ただ、今から考えると、結構過酷だったとは思うんですけどね。その当時だって。
あ、そう。
地域の中で受け入れられてたとはいえですね。やっぱりそもそも社会が違うと思うんです、江戸時代とかって。
ほら、飢饉とか起こったらさ、何万人単位で死んじゃうような世の中なわけじゃないですか。
そうですよね。
別に障害者関係なくさ、社会自体がやっぱり貧しい社会だったわけで。
その話と現状のですね、昭和とか平成とかの話と比べちゃうと、かなりやっぱりしんどかったはずやし。
成人障害者の扱いも、そりゃまあ今と比べれば大変なことやったんやろうな、もっとつらいことやったんやろうなとは思うんですけど。
でもそれね。
そうね、そんな手厚くは収容されてないよね。
ただ、その時代の比較ってあんまり意味がなくって、その時代でどうしてたかっていうことが大切だと思うんで。
江戸時代とかで暮らしている人の中としては、そんなに排除してるわけじゃなくて、一緒に暮らそうぐらいの気持ちもある場合があったと言われてますよね。
そうね、見守ってあげようみたいなところも、ゼロではないってことやもんね。
今残ってる記録とかで言えばということなんですけどね。
それが江戸時代の精神障害のある方、柔道の精神障害のある方の生活の状況やったと思うんですけど。
それが明治になってからどうなるかっていうことなんですけどね。
明治維新と精神医療の変革
明治っていうのはこの復刻強兵ということですね。
西洋近代の技術が入ってきて、日本も資本主義に組み込まれていって、どんどん社会は進展はしていくという中の話ですよ。
諸君のあたりっていうのは、精神障害のある方の状況っていうのは変わりませんでした。
うん、ですよね。
やっぱりそこまで回らないよね、いろんな人の思いとか整備っていうのはさ。
回らないし、そうそう。考え方はそんな急には変わらんからね。
そうそう、それもあるしね。
でもさ、今まで殿様って言われてた人がそうじゃなくなって、政府の人たちが偉くなったりとかっていう大きな変化があって、武士っていう人がいなくなってみたいな、世の中には大きな変化があって。
医療はどうなるかっていうと、精神医療は急には変われへんのやけれども、まず変わるっていうのがやっぱり西洋、一般的な医療は変わるんですよね。
当然ですけどね、いろんな技術を入れる中で、医療もやっぱり海外から学んで、日本政府はどんどん流入させるんですけれども、それでさ、病院っていうのができてくるわけですよ。
例えば、明治維新後10年後っていうのは、日本の病院の数が60個しかなかったんやけれども、そのまま10年経ったら250になって、その20年後に600になって、で、30年後には1000まで増えるっていうね。
すっごく病院は増えていくというか、増えてるというか、医療を充実させろうとするわけですよ。
西洋医学入ってきますからね。
やっぱり明治の初期ってね、これらの流行とか、この感染症が大変やったみたい。
それで多くの方が亡くなってね、っていうようなことがあって。
こいつを本当に死ぬ病気をどのようにかしなあかんということで、病院をしっかり作って、衛生面ですね、上下数度を普及させて、なんとか健康的な生活を送れるようにっていうことを、当然日本の世の中の人は考えるわけじゃないですか。
で、そうやって進展はしていくと。
今さ、今年の2026年の4月ぐらいからある、そのアサドラってやつか、NHK。
あれがね、日本の看護師さんの始まりの話なんですよ。
そうですよね。
僕見てないんですけれど。
スラッと見ました、1、2回。1、2回しか私は見てない。
あの話がこの辺のことですね。
なるほど。
1880年とか70年とかの話で、日本でその病院が進展してくる中で、看護師さんの技術も発展してきて、みたいな話ですね。
だからこの時代っていうのが、普通今まで人間っていうのは、座敷というか家で死んでた人っていうのが、病院で収容されて亡くなるっていうのが増えてくる時期だと思うんですけどね。
なるほど。
それが明治の初期から中期にかけての時期ということなんですけど、ただ精神科医療はどうだったかっていうと、江戸時代のままだったんですよ。
特に進展はなかったんよね。
精神科はね。見た目でわからない病気やからね。
見た目わからないし、めちゃめちゃ数多いわけでもないので、そこはまだそのままに捨て置かれてる状態だったということですね。
そうも言ってられない事態っていうのもやっぱりあるわけですよ。
一番問題になるっていうことで言うと、社会でインパクト与えて強い問題が起こるっていうのは、危険行為とかっていうのが出てくることが稀にというか時々あるんですよね。
それは精神障害を持たれてる方っていうことがあったりするので、それが出てきた時にその方々をどんなふうに処遇するのが社会としては正しいんだみたいな。
誰が責任を持つべきなんだとか、っていうようなことっていうのが時々問われることが出てくるっていうことでね。
だから当初、社会っていうかその明治の初期っていうのは、この精神障害のある方っていうのを関与する行政機関はどこかっていうと警察だったんですよね。
警察の方がこの精神障害のある方を関与しましょう。
病院とか医療じゃなくて、警察が関与しますよみたいなことが多くなったみたいですね。
問題を起こすっていうことですよね。結局スポットを当たってるのが。
そうそう。そこにのみ注目されてるっていうことでね。
この精神科医療と警察っていう問題って、実は微妙なところもあって、微妙なところって言いたくないんやけれども、明治は警察主体なんですけれども、だんだん主体が変わってくるんですよ。
でも当然病院というか医療の側が主体に進展するにつれてなるんだけれども、警察が全く関与しないかっていうことは決してそんなことないんですよね。
現状の例は僕たちがやっている精神科医療の中でも、警察官が関与してくるっていうか、そういう道が当然残ってるんですよね。
警察官が保護したような精神障害を持つ方とか、あるいは危険な行為をされてる方っていうのは警察が関与して、精神科医療につなげていくっていうような道は当然残ってるんですけれども、メインじゃないんですけどね。
だから明治初期っていうのは、そっちの方が中心に考えられてたっていう感じなのかな。
この精神科医療っていうのは、明治の初期っていうのはほぼないんですよ。
病院っていうのは、一般病院は増えてはきているけれども、精神病院っていうのはちょっとでき始めたけれども、まだまだちょっとだったってことね。
そうなんよね。ヨーロッパは結構早い段階でできてましたよね。
ヨーロッパは割と保護するというか、施設みたいな感じで発展はしてくるんですけれど、日本の場合の精神科病院っていうのは、明治の時期になってもほぼないんですよね。
この欧米の精神医学を流入する中で出てくるんですよ。精神科病院が設立していきます。
日本の医学っていうのは、基本西洋医学っていうのは海外から入ってくるんですけれども、やっぱりその順番で言うと精神科って遅いよね。
でもやはり日本の中でも、医学を勉強する中でも精神医学を勉強するっていう先生が出てきて、海外で勉強して、またあるいは海外の先生が来て、日本に精神医学っていうのも明治からは出てはきます。
だいたい明治20年代以降っていうのは、欧米の精神科医療っていうのが日本にも入ってきたりとか、考え方とか、そういう話が出てきますね。
有名な人っていうのが、この坂木はじめさんっていう教授先生。東京大学の初代の精神科の教授先生かな。
2代目がこの呉修造さんって言うてですね、今回主に話をしたい人なんですけれど、2代目の東京大学の精神科の教授先生なんですけど、この人たちが登場してきて、日本に欧米の精神科医療を導入してくることになります。
ただ、まず学問から入ってくるので、患者さんの実際の処遇とは大きな隔たりがあるんですよね。
欧米の学問は入ってくるんだけれども、実際日本で処遇されている患者さん方の状況っていうのは大きな違いがあるので、それがどんなふうになるかっていうのが、一番の課題にこの時期になるわけですよ。
そうですよね。だいぶ違うよね。
つまり、ヨーロッパで書いている医学の話っていうのは、勉強はするものの、自分たち日本社会を見たときに、それがうまく適応できないというか、全然違うよね、状況って、っていうようなことになって。
じゃあどうしていく、私たちの社会としてはどうするのが一番いいんだろう、っていうようなことになってくるわけですよね。
基本は精神科病院を欧米のように立てて、その中で患者さんを収容して治療するというのがいいという話なんですけれども、それをどんなふうにするかというか、どんなふうに社会に理解してもらうかっていうことが、教授先生とかは考えるわけですよ。
これが一つの前段階なのかなと思うんですけどね。
明治時代の精神医療の課題と展望
なるほど。この明治時代に、精神科の病気である患者さんの人権とかってあったんですか?
患者さんの処遇って考えるでしょ、先生方って。ヨーロッパの病院を勉強してくるわけで。
でも江戸時代から明治に入るあたりの日本って鎖国してるから、本当に考え方が閉鎖的じゃないですか。
雑誌披露とかで、そういうことを見せたらダメとか、出したらあかんみたいな感覚もあったわけで、そういう感覚のある日本に病院は作るけど、処遇とかっていうような考え方にみんな慣れていくんかなと思って、今ちょっと想像ができなかったんですけど。
だからね、人権とかさ、こんなふうに人間って舌ダメですよ、みたいな大きな考えはきっと皆さんないんですよね。もっと肌感覚である感じっていうか、共同体の中で、村の中で、親がこんなことしてたとか、おじいちゃんがこんなこと言うてたとか、
そういうレベルの処遇っていうのが基本になってたん違うかな。
なるほど。手探りよね。
手探りというか、そういう民族的というか、もともとの風習的なものを引き継いでたと思うんですけどね。
なるほど。
なるほどね。
だから、そういうキツネ好きの人っていうのは、こういうことになるし、こういう扱い方をするんですよ、みたいな。
そういう先祖やってたようなのを引き継いでたと。それを大きく変えるような動き。
若干、迷信も入りながら。
そういうのは、特に変更を促すようなものってなかったと思うのでね。
例えば、江戸時代とかやったら、藩の役人とかがこんな風にすべきですよ、みたいなお出しが出たのかもわかんないけど、
そういうのがなくなって、つまり明治政府になった後ですね、地域地域でいろんなことがあったかもわかんないけど、
少なくとも国が動くっていうのは、もっと後の話になるんですよ。
国が法律作ったりとか、こんな風にしましょう、みたいなことを言い出すのは、また今日は勉強する話になるので。
明治20年、25、6年ぐらいの間までっていうのは、特にこの国は関与できないというか、しない感じ。
じゃあ、どういった形で。
まあまあ、難しいよね。
でも、実際それをどうやって隔離してたかとかね。
今でいうところの自由を奪って閉じ込めたかっていうのは、その場その場で声の大きい人というか、これが正しいよね、みたいな言い方でやっていったのかな。
うんうん、なるほど。
そうそう、まさにそれがとても問題になる出来事が起こるんですよ。今いいふりを言っていただいた。
やっぱりそうですよね。そんな気がしたよ。
すごく大きな問題に。
なんとなくですけど。
逃げ出す問題っていうのが、明治の初期から中期にかけて起こる事件があるんですけど、その話ちょっと次からしていきたいなと思うんですけどね。
分かりました。
ありがとうございました。
じゃあですね、一旦ここで終わりましょうかね。何か感想とかありますかね。
いや、鎖国してて、いきなり開国になってね、急激に西洋化していくわけじゃないですか。
その時、そういう日本ってすごく未熟でしょ、いろんなものが。
西洋から入ってくるのに追いつけ追いつけで、一生懸命頑張っていくんやけど、その時の急ぐがゆえの歪みっていろんなところにきっとあって。
私も精神医学っていうのはずっと関わってたわけじゃなくて、本当に10年前に障害福祉の仕事をしようと思ったところからスタートした、まだまだ浅い未熟なものなので、
それと重ねると、結構この最初の頃っていろんなことが起こって大変だったんだろうなっていうのを、なんとなく漠然と感じてます。
そうやと思いますよ。
これから続く。
江戸時代から明治にかけてって、すごい大変化が起こったんだと思うんですよ、日本人の意識にさ。
そうよ、価値観がごろっと変わってる。着物からドレスに変わるんやからね。
そうですよ。今までは、この世と代々同じことをしていればいいというような考え方だったのが、急に豊かになって、世界っていうような視点を持たないといけないことになって、
っていうことでね、すごい大変な世の中だったと思うし。
と思うんですよ。スピード感がすごかったと思うんですね。
そこに追いつきにくい人もおったやろうし、頑張ってついていく人もおったやろうし。
精神的な病気を抱えている方とか、部家族って変化にすごく弱いじゃないですか。
そうですよね。
だから、もう大変だっただろうなと思って、価値観が変わっていくっていうのが、想像を絶する大変さ。
受け入れ、自分も受け入れないといけないし、受け入れてもらうという感じで、大変だっただろうなって思います。
次に続く話が、ちょっと楽しみでもあり怖くてもありますけど。
そうですよね。そこでやっぱり精神障害とか精神疾患って取り残されちゃうよね。
そりゃそうやと思う。本当に環境の変化に弱いもん。
後回しになるよねっていうことでね。いろんなことが後回しになってて。
ただ、とはいえ、明治の人ってすごいところは、精神科もそうやけれども、改善していくのよね。改良というかですね。
そうですよね。
追いついていってるというか、っていう気概はやっぱり持ってあったよねとかって思うんだよね。
明治の人たちって、なんかそういうのを勉強すると思ったなと思いますね。
本当に新しい国を作ってますもんね、明治の方はね。全く違う国やもんね。
だからね、僕たちもまあまあ、令和の時代負けないように。
そうです。スピードもすごいAIが入って早くなってますけど。
本当ですよ。僕たちもそうやね。AIが革命起こってるわけやもんね。
あるイメージ維新やよ。
そうよ。令和維新と言ってもいいくらい、AIがどんどん入ってきたので。
そうですよね。AIの進化って本当にすごいかもしんないしね。
がんばりましょう。楽しくね、無理のないタイミング。
ありがとうございました。
精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオは、
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