精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。
この番組では、精神科医療を作った人々、現在のトピックを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で現在、会業医のマリモと、
その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業を所経していて、
社会人サッカークラブのオーナーもしている桜がお送りします。
来た森を、楡家の人びとから考える。
その初回として、楡家の人びとを読んでみようです。
これは?
ありがとうございます。
今回から、来た森の楡家の人びとを読んでみようという対応をしようと思いました。
はい。読んでないんです。ごめんなさい。
途中まで読んだと聞きました。
途中まで、そうなんです。
戦争に入る前ぐらいまでの古き2本のところを読みました。
じゃあ、楡病院はまだ燃えてない感じ?
まだ燃えてないです。燃える前ですね。
燃えるんですね。
了解です。
この楡家の人びと、僕がなんで気づいたかというかということなんですけど、
フォトキャストをしようと思って、ちょっといろいろな小説なり、映画とか物色してたときに見つけたんですよ。
最近なんですね。
めっちゃ最近です。先々月ぐらいです。
来た森を実は僕も読んだことがなくて、初めてでございました。
意外です。
楡家の人びとっていうのは、北森雄のおじいさん、お父さん、本人の代の3代を小説にしてて、
北森雄っていうのが精神科医やっていることは知ってたので、お父さんもおじいさんも実は精神科医だって精神科病院の話っていうのが出てきたので、
多分明治大正昭和の精神科病院の話が出てくるので、それを参考に今の精神科の話につながればいいなと思って読もうと思ったのがきっかけでした。
なるほどです。
でも全然出てこないですよね、この精神科病院の話ってこれ。
そんな感じですね。私が読んでる間もあんまりそんなに出てきてないですね。
ところどころでは出てきて、他業としての精神科病院っていうのは出てくるんですけどね。
そうですね。
主にそこで働くというか経営している人たちのお話ですね。
そうですね。
結構面白かったんで、今回お話し、桜さんとお話ししようかなと思って持ってきました。
はい。
じゃあね、はじめにですけども、まず二礼家の人々のあらすじを述べて、その感想などを言っていこうかなと思うんですけどね。
まず概要からお話ししますね。
僕ちょっと言ったんですけど、この二礼家の人々っていうのは、北森雄が書いた長編小説です。
大正昭和戦前から戦後にかけての日本背景に精神科医を中心とした二礼家三代を描く長編小説です。
昭和37年から雑誌に連載が開始して、結局その2年後ですね、1964年の4月に終わります。
二礼家の人々として出版されますね。
はい。
この北森雄って有名な作家さんというか文化人ですけれども、割と有名な小説ということで、
北森雄の最高の傑作というか代表作の一つなのかなと言われている小説ですね。
この北森雄さんっていうのは精神科医だったんですけども、主に後半生は作家さんとしての生活になるんですけれども、
お父さんが斉藤茂吉という有名な家人ですね。
そうですね、有名ですね。
おじいさんも精神科医で青山農病院という、リアルな青山農病院というのを作ったのがおじいさんですね。
この三代の話をお孫さんである北森雄が書きました。
若干違うところもあるようなんですけれども、大体大まかなところは現実に沿っているということですね。
なるほど、はい。
この作品ですね、二礼家の人々自体っていうのはTBSとかNHKでドラマ化されたりとかしています。
ドラマになってたんですね。
はい。NHKの銀河テレビ小説っていう夜にやってる続きものドラマがあったんですけど、
そこで二礼家の人々っていうのがあったようですね。
懐かしいですね。
懐かしいですね。
懐かしい、はい。銀河テレビ小説。
1960年代に作ったようですよ。
そうですね。私が生まれて、そうですね、その辺りですね。
その当時の文化人とか有名な作家の三島幸男からはですね、戦後に書かれた最も重要な小説の一つ。
真に市民的な作品と絶賛された。
こういうこともありあったので、日本市民文学における代表作として位置づけられているみたいな書き方もされて。
にもかかわらず、現在これの小説をどのくらいの人が知っているのだろうというか。
どうかな、ちゃんと文学のこととか好きな人は読んでたりはするんだろうなと思うんですけどね。
でもまあ、平成の人はどこまで知っているんだろうな。
昭和の人らは多分知っていたと思うし、ちゃんとした文化人の人は目を通しているんだと思うんですけど。
まあでもちょっとここで振り返るのも、僕知らなかったからこういうの大切なんかなと思って読んでみました。
読んでみて割と面白かったですよね。
そうですね。文章すごく読みやすいし、大正の時の表現って出てくるじゃないですか。
だから私たち昭和生まれは何となくそれが想像できるんだけど、
今現代の若い人たちってこういう日本語ってわかるのかなだったりとか、
実際その日本の文化とか生活様式とかが全然違うから、
読みやすいっていうのが今の若い人に通じるかどうかはちょっと怪しいかなとは思いました。
確かに実際のところ古い昭和大正の話を書いているし、
確かに文章がとっても僕らとしたら読みやすいというか、
なんていうかな、スーッと読めるんですよね。
そうなんです。でも今の平成令和では使わない表現とか、
日本語が結構並んでるなって思ったんですよ。
すごいだから自分の年齢を読みながら痛感したんです。
なるほど。
名前にしてもね、女の人に子供の子がついてたりとか、
いすけさんとか、いろんな名前も古い感じだし。
バーヤが出てきたりするしね。
そうでした。
そういうのってあんまりないもんね。
そうなんですよ。まだ何十年前の話なんだけど、
日本もすごい勢いで変わってきてるなっていうのはちょっと読みながら思ってました。
令和の人たちも、例えば夏目漱石とかってきっと読んでるやろうし、
芥川隆之助も教科書には出てくるやろうし、
あの時代っていうのはまだ古典にはならずに国語で習ってんじゃうかなっていう気もするけどね。
そうやね。
北森はまだもうちょっとこっちなんですよ。
芥川隆之助よりもまだ若い章場におってるからね。
だから全く今の人たちもこの辺の風俗を知らんわけじゃないんやろうなと思うんですけど、
ちょっとでもトークは感じるかもしれないですね。
そうやね。この文章の表現とかも。
表現覚えてんの?
何食わぬ顔でって書いてあるんですよね、よく。
今の人って何食わぬ顔っていう日本語を使うっけと思ったんです。
話し言葉ではあんまり使わない。
文章の言葉として、昭和時代というか近代日本文学として完成されてる形ですもんね。
そうですね。結構難しい漢字がたくさん出てるのと、振り仮名がたくさん振ってあったりとか、
今現在書いてらっしゃる作家さんの表現とはずいぶん変わってきてるなっていうのは感じたかな。
あと、書いてある中身の話やけれど、やっぱり歴史が古いじゃないですか。
キッチンじゃなくて薪でご飯炊いてるような感じのイメージの時代を彷彿とさせる表現があったりとか、
日本の昔の文化っていうものがいっぱいいろんなところに出てくるので、
今ね、お家のお手伝いさんっていうのがいても、
本当にバーヤっていうのはいないじゃないですか。そういう感じかな。
すごく時代の違いを感じるなっていうのが。
そうね。そういう社会性というか風俗は変わってきてるっていうところでしたね。
そうですね。
この出てくる登場人物ではどうでした?
例えばさくらさん呼んでるのは1巻目ぐらいやろうから、
元一郎かな、病院院長がいろいろ活躍していったり、
その子供たちが出ている頃だと思うんですけど、
どうでした?
長女さん。
長女さん。
昭和の長女ってこんな感じ?っていうのは、
そうよなってお父さんをずっと見てるというか、
お父さんの胃に沿ってとかっていう行動とかは、今はないでしょ?
現在は。
まあないよね、確かに。
旦那さんいるけど、お父さんの方が優先だったりとかっていう価値観かな。
家制度とこの時代っていう今の違いはすごくやっぱりあるなっていうのを感じました。
辰子さんが2代目になって、その辰子さんの旦那さんとで2代目で、
その子供が、たとえばこの北森雄とかそのお兄さんだったりするんですよね。
そうですね。
辰子さん、これ現実代の人だったんですよ。
北森雄のお母さんでね。
いろいろこの二列家の人々でも中心となる人物の一人かもしれないですけども、
この後2部3部と大活躍、3部とかでも大活躍する辰子さんなんですけども。
はい。
確かにそこのところですよね。
でも愛すべき人たちもいっぱい出ますやん。
そうですね。
非常に皆さん出てくる人物、魅力的というかなんというか、みんな憎めないというか。
個性はすごい強いですよね。
面白いですね。
僕個人はね、本市郎さんがリアリティがないというか、こんな人おるかなっていう感じを受けて。
でもこの人政治家になってたりするじゃないですか。
だからその一般の家からはちょっと想像がしにくいかもしれないですね。
そうですね。
なんていうか、すごく調子が良くて偉大な人ではあるんやけれども、いろんなこと言うんですよね。
言うも補聴されてるりとかね。
そうですね。
でもまあ、割と良心的ではあるしっていう方で、野心的でもあるしねっていう方。
あんまり確かに自分の前では来れへんタイプの人やって、唯一の個性のある人やったんでしょうなっていうところですね。
そうね。患者さんにもそんなこと言うみたいなこと言ってますもんね。
そこね、そこもすごかったですよね。
患者さんの頭に常識を当ててみたいな場面が出てきて、君の脳が腐っているみたいなことを言うという。
これでもね、リアルだったらしいですよ。また後から出てくるかもしれないですけど。
でもまあ、とても患者さんからはやっぱり慕われてる人だったらしくて、自分があなたの脳が腐っているって言った後に、必ずうちの薬を飲めば良くなるからっていうこともちゃんと言うと。
そういうのがセットだったみたいなことをね、言ってました。
言ってましたというか、北森をのお兄さんが斉藤宗吉さんなんですけど、その人がね、また精神科医で作家図筆とか書く人なんですよ。
で、本が残ってて、精神科三大っていうやつがあるんですけどね。
それを読ませてもらったら、ほんまにそのお父さん、お爺ちゃんですね。
お爺ちゃんはそういう伝説があって、伝説というか、実際あったみたい。
そういう方ないな。
だから、非常にリアルに近いことを、この二礼家の人々って書いてたんだなっていうのを、いろいろ読むと余計わかってて、ああ、こういう人いてたんだって。
面白いですよね。
じゃあ、二礼家の人々のあらすじ、これから言いますね。
東京青山の二礼農病院は、明治37年に山形県出身の二礼本一郎によって創立された。
緑の多い郊外に、筆のような建物は医養保護。
この本一郎っていうのは、ドイツに留学後、議員を設立して精神科病院にして、その後衆議院議員にもなります。
偉大なる俗物で、その誇張された言動はユーモアがあって憎めない。
憎んだ人もいるかもしれませんけどね。
まあね、いろんな表現がね。
で、本一郎の妻、ひさは、寡黙ながら壮寧で、病院運営の助けとなり、非難ととなり、支える。
あまりね、怖そうなお母さんですけれども、そんな人もいるかなって感じですな。
で、長女たつ子は家畜で、いたけだかな性格。
これね、りゅうこって書いてました。
あ、りゅうこですね。
非常に読みやすいっちゃ読みやすいんでね。
そうですね。
僕実は一番初めに飲んだの、あれですよ。音声で読みました。
そうなんですか。
Kindleでダウンロードして、読むかなと思ってたんですけど、読むのもめんどくさいなと思って。
iPhoneの自動音声ってあるじゃないですか。
はいはい、読み上げてくれるやつね。
読み上げ機能で読んでくれるんですよ。漢字が時々変だったりするんですけど。
そうでしょ、そうなんよ。
でもね、そこさえ耳をつぶれば、オーディブルまでいかないけれども、オーディブルがあれば一番楽ちんで飲めるんですけど。
はい。
僕はずっと音声入力で、まず一回目は読んで、読んでというか聞いて。
聞いて。
で、割と面白いなと思って、読み直したみたいな感じですね。
なるほど。
この施設ってね、ちょっと時間かかりますよね、読むのに。
そうなんですよ。今回も絶対読んでしまおうと思ってたんですけど、やっぱり日々のいろんなお仕事ごとが優先になってしまって、
今日は3ページしか読んでない、今日は2ページしか読めんかったとか、そんな感じでした。
なるほど。いやいや、そんなんでもちょっと読んでいただけるのはありがたい。
僕が感じた中っていうのは、やっぱり家の所属意識というか、家の話っていうのがこの物語を動かしていくことになると思うんですけどね。
そうですね、家族の話でしたね。
入れ家っていうのをどないかしないとというような思いとか、別に家に住まうかという人とか、反抗する人とか、
いずれにしてもこの家意識っていうのがとても一つ貫かれているテーマなのかなって思うんですけどね。
これってでも久しぶりやなっていうか、昭和の時代とか僕らが小さい頃はよくこの話は聞いたような気がしてて、
普通でしたね。
全然そんな話かなと思ってたんですけど、でも自分たちが社会人になって平成の世の中になった時に、
リアルにこれを感じたっていうのはだいぶと少なくなったなと、節々にというか節目節目でね、出てくる程度であったなって。
例えば結婚式なりお葬式なり、そういう節目節目で家の話っていうのがそういう朝やなみたいな感じだったけど、
日々の社会人の生活では全く出てこないなと思ってて。
そうですね。
でも令和というかここ10年ぐらいで、ほぼ全くそういう考え自体が自分の中からはなくなってたし、
僕やっぱり精神科医やから、患者さん方のいろんな悩みというか、そんなのは割と聞くタイプというか、聞かなきゃ仕事だからなんですけれども、
この家問題ってないなっていうのが正直なところ。
嫁、仕事目で個人的に仕事目さんがとか嫁がみたいな話はないこと、もちろんあります。
もちろんあるけど、それが家とくっついてるっていうことはもうあんまりないのよね。
確かにそうですね。
だから家っていうその辛さとかっていうのを感じる人っていうのがないことないと思いますよ。
もちろんそれで困ってるというか、それで頑張ってる人もたくさんいると思うけど、
少なくともメジャーではなくなったなっていう感じは受けるのよね。
そうですね。
でも、田舎の人たちはあんまり外から人が入ってこない地域にお住まいの方々の中には残ってるような気もします。
もう親戚が周りにいっぱいいて、いろんな行事ごとが、私たちが懐かしいよね、昭和だよねって言ってる感覚のことが日々一年の中の行事にきっちり入ってたりとか。
っていうのはまだあるよ。ある地域には。
それをすごく大切に守っていくのが当たり前っていうところはあるような気はします。
ゼロではないかな。都会はね、そんななくなりましたけどね。
そうですね。うちらの、あ、そうか、一応県庁所在地に僕は住んでいて、
そこでの街中の会業員の中ではほぼ出てこないが、でもあるとこ言ったらあるやろうし。
あるよ。
町村ではあるか。
だから同じ町の中で結婚してたりとか、だからどちらの実家も同じ市町にあったりとか、学校でつながってたりとかはあるよ。
家に縛られるとかっていうのは少なくなってるような気はするけれど、
文化としてずっと引き継いで同じように踏襲していってるっていうのはあるような気はします。
そうね。確かに。
もうね、私たちは両親を見送って、自分たちがもうね、どんどん見送られる方に近づいてきてるから、
なんとなく自分たちのペースで生きてるようになってきたけど、ずっと家族が何代も一緒に同じ町に住んでる。
別に同居はしてなくても、同じ町で生活してたりすると、なんかあるような気はしますね。
私今外から見てるだけなので、なんとも言い切れないけど。
うーん、なるほど。こういう家の問題って、なんか自分的には反発を覚えるというのをまず第一に考えちゃってたんやけれども、
あるいはそれで苦しむとかっていうことを考えてたと思うけども、
もしさ、自分がこのマリモ家を継いで家族をちゃんと持って子供を育てて、
家を大きくしてたっていう自覚を持ってやってる可能性もあるわけやん、僕の人生として。
そうそう、そうね。
もしそういう人生が僕が歩めてたとしたら、その親が感じてた家意識っていうのは、きっと僕も受け継いでちゃんと持ってたよね。
あると思うよ、そう。
令和の大人も立派な大人もきっとたくさんいてる場合もあるか。
そう、だから私たちはどっちかっていうと、実家から出てそれぞれの人生を歩んできてるんやけれど、
実家に戻ってその生まれた市町で生活をしている人たちにとっては、ごくごく当たり前のことのようにお家を守って家業を継いで、
また長男の小学校の息子に令和の生まれやんか、この子たちに継ぐんだよ、みたいな教育は普通にあるような気はします。
一番弱いところっていうか、この家制度が指紋できたところで大切なのはやっぱり経済だと思うんだよね。
そうですね。
つまり家業というのが引き継ぐことができないんですよ。
どんな商売だったとしても、大きな商売とか会社とかで引き継ぐ人もないことはないと思うんですけど、
ほぼ少なくなってきてて、みんな勤め人だったりするので、親がなんぼ立派な企業、あるいは学者さんだったとしても、
それを子供に引き継ぐことができないというですね、そういう社会構造になっちゃったからな。
それがね、田舎はちゃんとみんな一旦サラリーマンをしてても、家を継ぎに戻るんですよね。
仕事がでも問題よね。
そう、でもちゃんとその仕事を引き継いで経営をしていってあるんですよ。
なるほど、なるほどね。
それはずっと自分も子育ても終わってから見てると、すごい立派だなって思います。
何の、何だろう、思いはそれぞれ皆さん終わりだと思うんやけれど、
外から見てる分には、本当に当たり前のように野鳥なんだからねっていうことで帰ってきて、
お父さんから引き継いで、今現在お父さんと一緒にお仕事もされている人もいて、
この自分に息子さんがいてたら、この息子さんが継ぐんだよねって修理の人に言われても、
そうですねってこう受け入れて答えてらっしゃったりするんよね。
いやいやこの子は自分で自由にさせますからとかじゃなくて、
マリモ先生も私もどっちかっていうと、自分でっていう生き方を選んできてるんですけど、
割と家が中心で家族が中心で、だからお父さんお母さんのこともすごく大切にしてっていうお家は田舎にはまだ残ってる気がする。
なるほど。そうか。都会の中でもそういう倫理観できてるらっしゃる方もあるやろうね。そんなに目立てへんやろうけど。
そうそうそう。例えばすごい優秀あるお商売屋さんとかね。
あるよね。
ずっと何代も続いてるとか、江戸時代から続いてるっていうような職人さんのところでもそうやと思うしね。
たぶんだいぶと少数派にはなってますでしょうけどね。
そうやね。本当に出て行った子は帰ってこないですからね、田舎は。
だからこそ地域がだんだん少なくはなってきてるというかね、人口減少とかいろんな問題があるんですけど。
それはそれとして、この家概念ってまだ残ってる家概念ってあるよって教えてもらって、確かにそうかもって思って。
二代家の人々などを呼んで家を考えた時に思ったのが、その人に無理を強いるんですよ、家っていうのは。
だからあなたは何々家の人間なんだから、こうしないとダメですやんとか、あるいはダメなの。
ちょっと強いるわけですよね。一定の枠をはめてくるものだと思うんですよ。