暗闇の奥に、その暮らしがありました。第65回は、呉秀三らが1910年代に各地を訪ね、私宅監置の実態を記録した『精神病者私宅監置実況報告』を読み解きます。家族と交流しながら暮らす例がある一方、「犬小屋にも劣る」空間に長年閉じ込められた人もいました。そこにあったのは、残酷さだけでなく、貧困、医療の乏しさ、家族だけに介護を負わせた社会の構造です。百年前の声なき声から、現代の精神医療と支援のあり方を問い直します。
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サマリー
このエピソードでは、110年前に呉秀三らが記録した『精神病者私宅監置実況報告』を紐解き、当時の精神病者隔離の実態を探ります。報告書には、家族と交流しながら暮らす例がある一方で、劣悪な環境に長年閉じ込められた人々の記録も含まれています。貧困や医療の乏しさ、家族だけに介護の負担がのしかかる社会構造が、残酷な状況を生み出していたことが明らかになります。本放送では、具体的な症例を3つ取り上げ、当時の人々の声なき声に耳を傾け、現代の精神医療のあり方を問い直します。
番組紹介と呉秀三の功績
精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。
この番組では、精神科医療を作った人々、現在のトピックスを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で現在、開業医のマリモと――
そのあでで、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、
もう一つ経営している社会人サッカークラブのホームゲームに――
私、あえて宣伝しなかったんですが――
50名以上のサポーターの方々が応援に来てくれて――
とても嬉しい思いをしたさくらがお送りします。
呉修造と明治大正の精神科医療の話です。
はい、ありがとうございます。
呉先生の、最も今に残っている有名な業績の一つだと思うんですけれども――
この精神描写した区間地、いわゆる雑誌記録の実況というか――
報告書を出されているんですよ。
これすごいですよね。
すごく残っている報告書があって――
しかも精神医学の古典ではあるんですけれども――
110年前に出した報告書が、2012年も現代語訳して出版されているというですね。
すごいなあ。
それぐらい価値があるというか――
面白いというか、興味深いという報告書だと思うので――
ちょっとこれをですね、今回は見ていきたいなと思うんですけどね。
読み読み解くというか。
実際どんなふうな、110年前に日本の中でですね――
この雑誌記録に精神病の方が収容されていたんやけれども――
それはどんな様子だったかというのを、ちょっと振り返っていきたいなと思うんですよ。
報告書の概要と調査体制
読ませてもらって、わりと分厚いんですけれどもね。
例えば症例に関して言うたら、100例ちょっと載っているんですよ。
ああ、そうなんだ。
すごく詳細に載っていたりとか、それの統計データとかも載っているんですけどね。
で、読んでいるうちに、わりと感動というのは言い過ぎやけれども――
ハーッと感じるものがあって、そういうのをお伝えできたらなって思うんやけど。
正直ちょっと辛い話ではあるんやけれども。
決してそんな愉快だったりとか快適なお話ではないんだけれど。
そうですよね。雑誌記録ですもんね。
でもですね、やっぱりそこに生きた人々、家族とか、そんなの伺えるなと思って。
実際でも本当に辛い感じですよ。この光が全然入れへん部屋だったりとか。
実際見てもないし、映像でも見てないし、文章でも別に読んだわけではないんですけど、
映画の一面とか、ドラマの一面とかでチラッと何かあった気はするんですよね。
で、そういうのを見ると、嫌だな。地面とした暗い感じがするから、隠そうとしてる感じだし。
そうですね。
あえて見たくはない。
まあまあ、そこのところを今日はひも解かせてもらおうかなと思って。
もしかしたら聞いてて辛いかなとか思う方もあるかもわかんないので、
そこは飛ばしてもらってもいいかなと思うんですけど。
具体的な章例、3例か4例ぐらいピックアップしてお話ししたいなと思ってるんですけど。
概要を言いましたらですね、この資料っていうのは1918年、大正7年に内務省英才局によって刊行された報告書ではあるんですけれど、
これ実態はですね、呉修造先生が自分たちの位局員というか、部下たちを全国に派遣してですね、調査をした結果ができて、
それが内務省の書類として報告書になったのかなと思うんですけど。
実際調査したのは明治の43年から大正5年まで、1910年から1916年までの間、この6年間なんですけどね。
この間に実際にですね、呉修造さんの部下たちですよ。
だいたい12名ぐらいっていうのがわかってるんですけれど。
呉先生はもちろんですね、教授先生だから多分出かけてないのではとは言われていますが、
基本データをまとめたりとか書いたりしたのが呉先生と呼ばれてて、
実際デムにいたりした人のリーダーの一人が、この柏吾朗さんという柏吾朗先生がですね、
東京帝国大学精神学教室の助手の先生なんですけれども、この先生が中心になって、
以下12名の助手の先生とか副手の先生っていうのを全国に派遣して調査したと言われています。
6年間に100例ぐらい集めてるってことですよね。
実際先生方が行ったのが110例ぐらいで、それ以外にデータとして集まってるのが300数十例あるんですけれど、
それも含めて統計のデータとしてるんですけどね。
だいたい行ってるのが1都12県っていうので、全国各地ではあるんですけれども、
基本東日本中心かなと思うんですよ。関東地方中心かなと思うんですけれど、
東京、神奈川、埼玉、群馬、千葉、宮城なんですけど、西日本もあって、
三重、静岡、山梨、岐阜、長野、福島、青森、富山、広島という12府県に派遣されています。
ちょっと西日本とか九州、四国が少ない感じではないんですけれど、
まあでもほぼ全国に派遣して、実際の施策勘知の様子を見てきたと、それを報告書にまとめたという感じなんですね。
合法的に家の一部のところを雑誌披露とか勘知室ってやつにして、精神病の方を閉じ込めるというのが、
まあ法律でこの当時は決まっていました。精神病者看護法の取り扱い基準みたいなのがあって、
雑誌披露に入れるときに、医者の診断書と親族とかの申し立て書みたいなのを警察署に提出するという決まりがあって、
警官の方はその看護室、雑誌披露を定期的に見回らなければならないとか、
雑誌披露っていうのはこういう基準でないとならないとかっていう、一応法律の取扱い手順っていうのはあったようなんですよね。
一応基準はあったんですね。
いつの時代もそうですけど、実際のこの法律の運用って、その取扱いのいろんなさ、あるんだけれども、
それをどんだけ守るかどうかっていうのは、現場の裁量に任されるっていうところもあるし、
現実と違うような法律ができても困るわけなのでっていうところがあるわけなんよね。
実際のところどうなんだろうっていうのを、この調査をしたということなんですね。
私宅監置の分類と「普通」の事例
クレー・シューゾーとかはこの自作感知っていうのが、やはり問題が大きいので、どなにかしたいという思いが強いんですよね。
その目線で調査したってことですよね。
批判的な目線でね。
その実際を見てみたいと。
じゃあちょっと具体的に見ていきましょうかね。
初めの8例は、自作感知の良い状況を書いています。
その後の27例が普通。
その後の33例が不良。
最後の24例がはなはだ不良ってなっててですね。
だんだん後に行くほど、この環境が悪いというのが出てくることになります。
まずですね、普通のやつを見ていきたいと思います。
第9例の方を見ていきたいと思うんですけどね。
皆さんにもないですけども、原稿にある図をつけてるんですけれど、
実際の写真とですね、この絵図がついてるんですよ、この報告書には。
実際この写真で見て、その2つ格子がありますかね。
前と後ろと二重になるんですよね。
そうですね。前と後ろに二重になってるって感じですね。
左側のこの見取図のところで言うと、
この感知室っていうのがちょっとギザギザになってるところあるじゃないですか。
これ家が真ん中の四角で、その真ん中にギザギザの四角があって、
これが感知室なんですね。
感知室があるところっていうのがドマなわけですよ。
なるほど、なるほど。ドマなんや。
昔の家ってさ、これ農家なんですけれども、
おもやがあって、入ってすぐはドマなんですよね。
台所とかあるようなドマがあって、つまり何て言うのかな。
今で言うとコンクリートじゃないけど、土を固めた床になってて、
そこに、土足のとこですね。
そこのところにこの感知室っていうのを作ってると。
で、そこからちょっと上がると、おもやというか座敷があるという、そういう家ですね。
で、この感知室っていうところを見ました、調査しましたっていうものですよ。
で、この第9例見ていきましょうかね。普通なものなんですけれども。
ここに入っている方っていうのは、38歳の男性で群馬県の男性です。
で、もともと農業をしていて。
で、看護、義務者っていうか、この感知室、座敷牢のことですね。
感知する人、義務を負ってる人っていうのが決まってて、これがお父さんなんですね。
で、資産っていうのはこの住居ぐらいということで、
生活程度は農民の中の下級なので、あまり豊かではない方です。
その方がこの感知室に入るまでのことを言いましたらですね。
患者は2年前から外出徘徊し、飲食店に入り、他人の注文した酒や料理を食べて、
これを止めようとする家族、警官に暴行することがあって、
で、4ヶ月前から感知の許可を得て、感知しましたと。
その視察する、その先生が視察しに来るんですけど、その2日前に感知室の天井を破って、
逃げて、30キロ離れた町で裸で歩いてるのを発見され、連れ戻されたっていう方ですって。
はい。
で、この感知室っていうのは本宅の土間の東南の隅にあると。
床から土間までは、15センチの床が張ってるってことだよね。
で、感知室の壁は、丸太の格子になってて、
室内には、ワンとかタバコ入れとか、枕とか古い靴が置いてて、
で、患者が作業して縄を作る材料もあったってことなので、
この感知室の中で患者は、縄も作ってたってことだよね。
で、患者は床にむしろ2枚、米の袋を広げた上に、
で、あぐらをかいて、タバコを吸ってたと。
で、栄養状態はいいと。立ち振る舞いは活発。
喫煙は、患者の妻が傍らに来て、いちいち火をつける。
体を拭くのは、自分で毎日行う。
すごいな。
尿は、孔子の間から、日差し下の土間に放尿し、
大便は、孔子から患者の手の届くところに古鍋を置き、それに用便し、
その都度、家族が清掃する。
部屋の清掃は、自分が行う。
洗濯を行うのは稀だが、家族の拒否。
衣服も不潔であり、患者のみではない。
主人は村に住んでいるが、ここ5ヶ月、往診はない。
警官の視察は月に1回。
環境は通行、最高は旅行。
この例で好ましいのは、作業療法が行われており、暖房施設が近くにある。
これに加えて、排泄物の処理と清潔さ、医療を改善すれば、
この家族の生活での治療としては、他に望むことはできないであろう。
というふうに書いていました。
いわゆる普通の感知実というふうに、先生方が評価したやつ。
今では考えられないけど、その当時は、下級農民さんとしたら、
そうやね。やむないやろう、みたいなことですね。
普通かなって感じなんよね。
この感知実って、ポイントはいくつかあるんですけれど、
一番かなって僕は思うのは、やっぱりトイレだと思うんですよ。
ずっとそこでおるわけなので、出るもん出るじゃないですか。
それをどう処理していくかっていうことですよね。
どう処理するも何も、この頃は水洗面所もないわけなので、
そこでするしかないんですけど、それをずっと一緒におるというか、
排泄物と一緒に生活するとしんどいじゃないですか。
だから多くは床に穴を開けたところにして、それをいずれは清掃するとかっていうようなことが、
するのが一般的だったり、この人の場合っていうのは、
古鍋を使ったりとかっていうことでしたね。
場所が東南の角を与えてもらってるじゃないですか。
わりと日当たりのいい明るい場所。
そうなんですよね。
これはいいんやろうなって思いました。
そこも本当に大切でね。
つまり閉じ込めるということなので、光がどうなるんだ、風がどうなるんだっていうところになってね。
一応その土間なわけなので、本宅の土間だから、ある程度やっぱり光も風も入るところに
格子をやっているので、ある程度風通しもある程度いいということがいいかなというポイントですね。
食事するきっと、ヘッツイさんと関西では言った、火をたくところ、お鍋の。
かまどか。
かまど、そうそう。それがきっと近くにあるから、暖房施設が近くにあるってことなんやろうね。
やっぱりこの本宅というか、家族が住んでいるところとほぼ近いところにあるので、
そんなに、わりと暑いのは暑いやるけれども、寒いときは暖房が近いという意味でいうと、まだいいのかなっていうところでありますよね。
目が届いてるってことですよね。
清掃も家族がしたりとか、本人も行ったりとか、理想的とは言えないけれどもっていうところですね。
例えば、いい章例って今回は言いませんけれども、本当にいい章例もあるんですね。
座敷の中に檻を作ってみたいな章例もありましたね。お金持ちの家とかの場合とかね、そんなことしてるのもありましたね。
それはごく少数なんですけどね。
普通なのも、100例のうちの27例しかないので、そんなに多いわけでもないということになりますね。
「はなはだ不良」な事例①
じゃあいきなりトーンで、花肌不良の話をしていきたいなと思うんですけれども。
73例、花肌不良です。
70代はなかなか厳しい章例が揃ってるんですけれども。
ちょっと見ときましたら、26歳の男性、千葉県の男性です。
貧しい農家の物置の一部を感知室として使用しています。
発症後、腹部への暴行があり、菅野病院に入院させたが、肥料に耐えられず、3年前に退院したと。
その後、許可を得て感知室を使っている。
患者は、感知されて以降、一度自分で感知室を破って出た以外は、1回も室内を散歩したことはない。
感知室は粗末な藁吹きの物置の一部を格子で仕切ったのみ。
一見惨憺たる光景で、到底人の子を寝起きさせるところに思えない。
栄養状態はやや不良で、顔面蒼白かつ体全体は非常に不潔。
両親は患者に相当に同情があるように、食事は家族と同じものを与えているようだが、入浴・屋外運動は全く行っていない。
思うに、その生活態度から観察すれば、待遇がこのようにあるのはやむを得ないであろう。
イメージ写真なんですね。
こういう例もあるということですね。
暴力があると、ならざるを得ない応援があったのかなというところですね。
精神病の症状で悪い時は、とても悪くなるので、暴力だったり、最悪そんなことにもなるし、自分の清潔にも思いが及ばないという状態もあるので、
そういった方をどんなふうに処遇していくかっていうのが難しいし、家族に余裕がないと、当然これぐらいにはなるよねっていうことを書いてるんですけれど、
この先生が書いてる、到底人の根を引きさせるところに思えないっていうのが、なかなかの言葉かなと思って。
今現代で想像できないのかなって感じですよね。
かなりな感じです。かなりのことだと思うんですよ、ここはね。
ぐらいのことでしょう?
明治の100年前の先生が、全国回ってる先生がこの言葉を書いてるわけなので、かなりつらいよっていうことを書いてるということが、73例ですね。
次、78例ですね。
これは、はなはだ不良、冷酷な家族、8年間の寒痴っていうのがあります。
これは静岡県の38歳の男性で、寒痴義務者が親族なんですよね。つまり家族じゃないんですよねっていう。
よくわかんないんですけど、これがね。でも家族とは書いてなかった。
子さんは中等あるみたいですけれども。
寒痴の理由っていうのは、患者は病初期打つ状態になって、その後突然他人に暴行を加え、不潔がはなはだしくなったために寒痴したというふうに寒痴義務者は言っていると。
寒痴の場所ですけれども、本宅のそばにある日差しを利用して、これを寒痴室に建て加えたもの。
横が1.2メートル、奥行き1.8メートル、屋根裏まで1.2メートルの極めて狭い床の高さ30センチ。
これわかります?1.2メートル、1.8メートル、高さが1.2メートル。めっちゃ狭い感じなんですよ。伸びて寝れない。
伸びて寝れないですよね。
奥行き1.8なので、1.8だからギリギリな縦には寝れるかなっていうことかな。
あ、そうか。奥行きはあるけど。
つくよねって、1.2メートルやからね。
横は手広げたらもうつくよねみたいな。
そう、屋根裏まで1.2メートルしかないですね。
そういう狭さです。
入口以外は粗末な板が濃い。便所は床板に小さな穴を開けたもの。
家族の処遇は不良。
室内には畳1枚や具1枚があるのみ。家族の対応は甚だしく冷酷である。
看守室は精神病者看護法取扱の手続きの規定に適応していない。
警察もたびたび改築を命令しているが、家族はあれこれ言い逃れをしてこれに応じない。
粗末な犬小屋にも劣るのを見るのは、はなはだ遺憾に絶えない。
いう記載ですよ。
ねえっていう感じです。
一体どういう状況でこの方がこうなって、今の精神症状がどうってことは書いてないので、
わかんないんですけど。
でもまあねえっていう。はなはだしく冷酷であるって書いてるけどね。
まあそうなるんやね。
親戚の方々のご主張っていうのもあるんやろうけどね。
やっぱりつらいな、先生としては。
この精神病者看護法っていうのは、親族の義務も結構厳しく指定していて、
親族は看護しなければならないということになるんですよね。
そうなんや。
つまり義務的にされるわけですよ。
それをしないのはダメですよということになるので、拒否できないんだよね。
警察に言われたら、親族っていうのは、この方がおれんかったとしたら、この家族がやるしかないということになって、
っていうこともあるんでしょうね。
もしかしたらこの親族には親族なりの理由とかもあったかもしれんし、なんとも言えんねんけど。
しかもこの8年っていう時間がね。
8年後これっていう状況なので、いろんな歴史がありつつのこれになってるんかなっていうところがあるので。
簡単には言えないんですけれども、でも非常につらい状況にあるには間違いないし、
人権動向のレベル以下の話を言うてるのでね。
これもつらいことかなというところですね。
間違いないですね。
犬小屋にも劣るって言われたらね、つらいですよね。
今時、現代はお犬様でもすごい立派ですからね、家族として。
今って犬小屋ってないんじゃないっていうか、全部家犬になってるじゃないですか。
そうです、そうです。
昔は昭和の時代は外だったんですよ、犬ってね。犬小屋っていうのがあったんですけど。
外につながれてる犬が。
今の時代は犬は全部家の中で飼ってるのが多いんじゃない?ほとんどそうなんじゃないかな。
そうです、そうです。
だからそういう意味でね。
いやいや、もうネインズを食らうのはあれだけれども、ひどい話だと思いますね、これね。
今から思うと、ということですけれども。
「はなはだ不良」な事例②と当時の社会背景
紹介する最後ですけれども、第87例ですね。
これはもうはなはなしく不良ということで。
長野県の36歳男性。元小学校教師。看護義務者は母です。
資産は中等ということで、めっちゃ貧乏というわけではないということだけどね。
看護に至る理由ですけれども、もともと小学校教師として勤務していた。
29歳の時に師官学校に受験しようとして、入学できないと悲観して鬱状態になって、以降独語を言うようになった。
あいつを殺してしまうという独語があったりとか、突然母に石を投げたりとか、
紙反りを振り回して母の左顔面を傷つけたこともあった。
小学校を辞職した後も、小学校に出向いて他人を妨害して警察に連行されることもあったということで、
33歳の時、今から視察する3年前に感知に至りました。
3年間、感知されています。
感知実というのは、物置小屋の内部に3.3メートル×1.8メートルの空間で、
四方を格子、床を板敷きにして、隅に排便口を作っています。
物置小屋には窓がなく、入り口があるのみで、光とか風通しは不良です。
患者の状態ですけれども、興奮状態にあって、唾を吐いたり脱粉したり不潔症があると記載しています。
家族の処遇ですが、老いた母一人で看護しているため、万事行き届かない。
布団はなく、床の上に御座があるのみ。三食は握り飯を与える。運動に出すことはない。
月2回、人を雇って行水をさせ、感知室内を清掃している。
手術場はおらず、服薬なし。警察官の巡視は月2回巡視に入る。
感知室の構造設備は、はなはだ不完全で、最高換気とも十分ではない。
興奮する患者を看護するのが老いた母のみであるので、行き届いた処置をすることができない、という記載がありました。
窓がなくてという感じ。
暗いですね。窓がないと。
物置小屋の中に、格子を使った感知室があるということですね。
しかも患者自身は不潔な感じで、興奮してて唾を吐いたりとか、代弁をうまくできないという状況もあるという状態が3年間続いている。
3年ですね。長いな。
はなはだ不潔な感じでね。
紹介するのはこれぐらいにしようかなと思うんですけど、必要もないのにずっと感知室に入れたまんまの人がいてたりとか、
あるいは、面倒を見るのが老いた両親のみで、金銭的にとっても困ってて、見に行った先生が恵んでやった、みたいな記載もあったりとかしてね。
やっぱり、非常に待遇が悪い人が多いんですけれども、そういった人っていうのは大体、貧乏な農家が多いかなっていう感じですね。
そうですよね。きっとそうやろうな。
この当時、日本は農業国ですからね。農業で暮らしている方の方が数多かったですので、
都会の人っていうのは、わりと病院も利用できたっていうことがあるようなので、
多くは地方の農家の中に、こういった方が時々いてるっていうのが多かったようですね。
続きは次回お送りします。
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