はい、今日も始めていきましょう。読書のまにまに。この番組は、あらしろゆうきがナビゲートをしてお届けします。
読書のまにまには、ゲストの方がこれまでの人生の中で、読みかけてきた本について取り上げながら、
その本とゲストの心のままに、その瞬間の読書を楽しむことに意識を向けていく番組です。
本を読み終えるとは何か?という問いを持ったときに、読み終えることなんてなく、どんな本も読みかけなのであると考えると、
もっと読書が書きがるで楽しいものになるのでは?というふうに考えています。
一度目を通した本、買っただけの本、時々手にする本でもいいですし、本屋さんで見かけるだけの本、どれもあなたにとって読みかけであり、それでいいんじゃないかなと考えています。
今回もですね、ゲストの方お呼びをして、一緒に読みかけの本を楽しんでいきたいと思っています。
さて、今回のゲストはプロジェクトミントの植山智恵さんです。
智恵さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。
はーい。
はーい。
えっと、智恵さん今回お越しいただきまして、えっと多分、智恵さんがこれ出ていただいている回の何個か前ぐらいに、
もう同じコミュニティの人、のりぞうさんという人に出てもらっておりましたけど、
あそこはちょうどこの前、えっと1月の頭、2025年1月の頭に一緒にお茶をしておりまして、
はい、なんかあれから2ヶ月経ったね、みたいなところをさっきちょうど話しておったんですけど、
えっと、そうだな、最初、智恵さんに、この今番組を聞かれている皆さんの中でも、
智恵さんでどんな人みたいなことを、もちろん知らない方もいるんじゃないかなと思っておりますので、
自己紹介というか、普段どんなことを考えておられるのか、意識向けていらっしゃるのか、やられているのかとかも含めて、
自己紹介をお願いできたら嬉しいなというふうに思っておりますが、お願いしてもよろしいでしょうか。
はい、ありがとうございます。はい、じゃあ自己紹介というところで、
私はプロジェクトミントというラーニングコミュニティを運営しております。
ふれやまと申します。
えっと、そうですね、本をすごい読んでいる方かというと、どうでもないかもしれないですが、
でも本はやっぱり、私にとっていろんな趣旨のアップデートになったりとか、
生き方とか、いろんなアイディアを、なんかこう、より豊かにしてくれるというところで、
大好きなことではあります。
えっと、そうですもん、なんかこう本当に学びが、すごい学びに目覚めたというか、
そういう時が、ミネルカ大学に行って、で、なんかこう学びって楽しいものなんだというか、
身近なところでいろんな探求ができるなというか、思うようになってから、
割と本はいろんなジャンルで読むようになったかなと思っています。
で、今はプロジェクトミントというラーニングコミュニティ。
それこそ本当に大人が何歳になっても、自分自身の内面が知ることでパーパスになっているというところを見出しながら、
共感する人とつながって、なんか行動を一緒にしていきましょうというような、
教育プログラムを運営しつつ、その先のコミュニティを運営をしています。
今日はどんな北無との対話ができるのか、すごくどうなるのか本当に見えないので、
すごい楽しみです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。ありがとうございます。
なんか、そうですよね。なんか、今伺っていて、何て言ったらいいかな。
なんか前回じゃない、数回前、のりぞうさんに出てもらった時のことをちょっと思い出してたんですけど、
それこそのりぞうさんと僕と、ともえさんは、このともえさんがやっているミントで出会っておりまして、
そう、なんか、のりぞうさんと話してる時に、なんかめちゃめちゃ小っちゃい頃から本の虫だったようで、
井上金次郎、わりに小学生の時めっちゃ本読んだらしいんですよ。
ちょうどこのともえさんとの収録の、ちょうど翌週かな、来週のりぞうさん会が出るので、
ちょっとなんか、ともえさんも聞いてもらえると嬉しいなって思ってるんですけど。
なんか、その時に、あ、のりぞうさんってそういう人だったの?みたいなことを僕も結構初めて知ることがめちゃめちゃ多くてですね。
そんなに、なんか、小学生の時に本読みながら学校に向かっていて、電柱にぶつかるみたいな子供だったんだみたいな。
そういうのを聞いたりしながら、なんかもしかしたら、ともえさんにもそういう話を聞かせてもらうと、
なんか、ともえさんってそういう人だったんだってのは結構、もしかしたらたくさんあるのかもなと思って、
今結構僕的にワクワクしているなと思いました。
改めてよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
なんか、ともえさんと一緒に知り合ったのってなんだっけ?
なんかそういえばさっき、この時間が始まる直前にちょっと思い返したんですけど、
あれって、最初みゆさんからでしたっけ?
そうですね。プロジェクトミートをそれこそ立ち上げる前に、
なんかこう、パイロット生、ゼロ期生だったみゆきさんという方に、
KITAMUをご紹介いただいて、その時、KOのセッティングデザインで研究されていて、
KITAMU自身もエールでお仕事されてるっていうこともあって、
なんかいろいろ重なる部分があって、お話をさせていただいて、
その時を覚えてますよ。
そうか、そういう時でした。そっか、まだミート始まる前でしたもんね。そうですよね。
うん、そうです。
たぶん2018年とかじゃないかな。
そうですね。
おそらく。
あ、2019年。
19年か、9年か。
あ、でもそっかそっか、そうですよね。ミート始まったのが20年。
そうです、そうです。
20年。
ですよね、ですよね。
あ、そうだそうだ、そうでしたね。
それの時にお会いして、そうだ、ちょうど日吉の学校の校舎でお会いしたんですよね、確か。
そうだそうだ、それでお話しして、あ、なんかそういうこと考えていらっしゃるんですね、みたいなことをなんか言ってたときに言ってて、
それでたぶんちょっと時間が空いたときに改めてこういうのやろうと思ってるんだけど、
このミントのコーチ、どう?みたいなことをお声掛けいただいたのをすごく覚えてるような気がしますね。
まさにそうです。
なんかあの時は本当にこう、賛同者、賛同者に会い続けるみたいな。
はいはいはいはい。
ああ、なるほどね、そっかそっか、そうだったんだ。
なんかこう、すごく楽しかったんですよね。
で、なんかこう、私はちょっとこう、前のめりすぎたというか、
前のめり、前のめり感が自分でもすごかったなと、
前のめりかいって思います。
まあでも、前のめりかどうかで言うと、そうですよね、なんかすごい、あ、なんかめっちゃ連絡くれるみたいな感じのことだったと思ってた気がする。
あ、そうだったんですね。
でもなんかそういうふうな、トモエさんがこういうのやりたいんだって言ってるのを聞いて、
いや確かになんかいいっすよねーみたいなことを、なんか僕もとか、のりぞうさんとかも、なんか最初なんか一緒に参加させてもらったような感覚がありますね。
いやー、ありがたいです。
こちらこそです。ありがとうございます。
多分それこそみんなに伺ってないので、のりぞうさん、トモエさんもそうだけど、のりぞうさんとかはじめ、いろんな方々に全くお会いしない人たくさんいる気がするので、ありがたいなと思っております。
いやーもうこちらこそ、本当に一緒に作ってくれて、とってもなんか予想もしてない5年間に。
へー、そうだった。
2019年があって、2020年に民党立ち上げて、いろんな人たちのいろんな対話、いろんな、本当にこう、いろんなことをたくさん交換し合ったって言うんですかね。
交わって、なんかこう、作っていったりはして、すごくいい時間だったなって改めて思います。
確かに、いやー懐かしいな、なんだか。
懐かしいですね。
今でもあの時、最初に入ったみんなと会ったりすると、福岡の糸島にコロナ禍が明けたのかぐらいのタイミングとかで、みんなで集まって、何をしたのかすごいたくさん覚えてるわけではないんだけど、やたらなんか糸島でみんなといろいろくっちゃべったのはすごく思い出してますね。
またやりましょう。
いやーね、よかったな。
ちょっとそんな友江さんに今日お越しをいただいておりまして、どんなところからだんだんと話し始められるといいかなみたいなことも思っていたんですけど、さっきの自己紹介のやつ聞いてて、僕初めて知ったことがあって、そこら辺からちょっと聞きたいって思っちゃったやつがあるんですけど、入り始めてもいいですか。
もちろん。
ありがとうございます。
結構そのミネルバに行くことによって学びが面白いと思うようになった本を、いろんなジャンルの本を読むようになったっていうふうにおっしゃってて、あ、そうなんだみたいな。
結構もともと友江さんってそういうミネルバとか入る前から、なんかめちゃめちゃいろんな新しい学びみたいなものがすごい好きで興味があって取り組んできてみたいなことをなんか勝手に思い込んでいる僕がいたような気がしてて。
なんかミネルバってそういうきっかけだったんだみたいなことを思ったりもしたんですけど、なんかそこら辺とかもうちょっと聞きたいなと思ったんですけど、ミネルバって最初なんかあれでしたっけ、友江さんってミネルバの大学院の日本人初卒業生でしたっけ。
はい、そうです。
なるほどね。え、それってあの、最初ってよくよく考えるとどうやってそこに入ることになったんですか。
ありがとうございます。そうですね。もともとサラリーマンをやってたんですよ。日本企業で働いてて、サラリーマンをやってて、普通に働いてたんですけどね。
ミネルコっていうことをまた、志すきっかけにもなった。
なるほどね。
そういう流れがあったんですか。そういう考えとはあんまり聞いたことなかったな。
ちなみに、例えばですけど、僕も大学院とか行ってたけど、
もともと既存である大学院に、たまたま親友から紹介されて、確かに行ってみようみたいな感じで行ったような感覚で、
まず、大学院に最初触れた感覚があるんですけど、ほら、ミネルバって、もちろん日本の中ではなくて、もちろん海外、日本の外の大学院だ。
しかつ、そんなまだ小森さんが入る頃って、めちゃめちゃミネルバっていう名前がフューチャーされてる時期じゃなく、
多分小森さんがちょうど出るぐらいの時にめちゃめちゃなんか出てきた感じがあるのかなーみたいなことを思った時に、
それってどうやって最初知るのかがあんまり想像がついてなくて。
そうですね。ありがとうございます。
どんな感じだったんですか。
そうですね。2014年とか、そのぐらいにミネルバが多分最初に実験として消えたみたいな。
14年。
ちょうど私も2014年ぐらいに教育を試すようになったんですよね。
ああ、なるほど。
もっと個性を育む21世紀型教育みたいな感じで、なんかこう、もっとアクティブラーニングで探究型学習をして、
先生から言われたことをやるんじゃなくて、自分の内側の中にあるものを探究して想像性を発揮する学びみたいなことにめちゃくちゃ興味を持って、
そういう教育ってどうやったら育めるんだろうみたいなことをリサーチする仕事をしだしたんですよ。
それが2014年で、その先にミネルバが先進事例として出てきて、私ちょうどそのときアメリカにいたんです。
ああ、なるほど、そういうことだったんだ。
当時のパートナーがサンフランシスコの仕事で転勤になったので、私も一緒に引っ越した。
そういう先進的な教育がサンフランシスコを拠点としているミネルバっていうところであるっていうのを初めて知って、
そこで興味を持って、大学院プログラムがそのとき新しくできた。
2017年に大学院プログラムができて、ミネルバ社員の推薦限定で最初募集してますみたいな感じだったので、
ちょうどアメリカのサンフランシスコでミネルバ社員の人と出会って、
その人がめちゃくちゃクレバーな人で、すごい教育に情熱を持っている人で、
この人すごすぎるみたいな人とリンクスインでつながって、そこで大学院プログラムに興味があるんだけど、みたいなふうに言って、
じゃあ応募してみなよ、みたいなふうに言ってもらって、自分がまず飛び込んでみたいと思ったんです。
大学院とかいろいろあって、サンフランシスコとかにいるんだったらバークレーとかスタンフォンとかすごいいい学校たくさんあって、
そこの教育大学院に行ってますっていうほうが確かになんか拍はつくかもしれないんだけど、
でもミネルバの教育を経験するほうが絶対面白そうだし、自分の学びも大きそうだなと確信したんですよね、その人に会って。
しかも受講料も、学費も安いっていうか、いろんなことを考えて、確かにいいかもしれないと思って決めました。
なるほど、ちょっと知らなかったな、そうだったな。
でもあれですね、やっぱり本当にタイミングすごいですね。
やっぱり自分が何かパーパスとか意味合いに沿って行動し始めると、いろんな行動の意味付けを自分にするようになる。
なんかいろんなタイミングで、いろんな今これに乗ってみたらいいかもしれないみたいなものがやっぱりできてくるっていうのが重なったなって思います。
確かにいやだってね、ちょっとそのサンフランシスコにその時一瞬いなかったらないだろうし、
カンファレンスでその人にたまたま出会わなかったらまだないし、いろんなもの重なってそこがトモエさんのミネルバ入るみたいなところがあったんだろうし、
でもやっぱりそういうのがなかったらもしかしたらミントもやってないかもしれない。
もうミントやってないです、絶対ミネルバ入れなかったら。
そうかそうかそうか。
なるほどな。
個人的に初めてのやつを聞けてすごく嬉しい気分です。
わー嬉しいです。
そうなんだ、なるほどね。
ちなみにほらだんだんその本の話とかにも入っていけたらなみたいなことも思ったんですけど、
さっきほら自己紹介いただいたときにやっぱりミネルバに入ったとき、入った後と言ってたかな、
にいろんなジャンルの本を読むようにっていう話をしてくれた気がしてたんですけど、
結構そこの時期ぐらいまでってトモエさんと本みたいなものを思い出すと人生上でどんな関係性だったんですか?
そうです。やっぱりその前は本は手段で、すごいつまんない人間になったなみたいな感じなんですけど、
本って言ったら外発的要因のために読むみたいな、
例えばこれを今勉強してるからこれを読むとか、
スキルについての本だったり、自己啓発本だったりとか、
そういうものしか読んでなかったとかね、
そういう感じだったんですが、
だんだん興味の人ってあれも読んでみたからあれも読んでみようみたいな風に、
どんどん沸き上がってくるようになったっていうのが最近見れば後かなと思います。
ちなみに外発的な要因のために読む漢字だったっていうのは結構言葉としてすごい強くていいなって思うんですけど、
でもほら小さい頃から別に外発的要因だったんだろうかって思うと、
外発的要因で小さい頃からどういう漢字なのか一瞬思いながら今聞いてたんですが、
結構外発的要因な感覚で読むみたいなのは、いつぐらいからそんな感覚がありますか。
トモエさん今ミュートかな。
ごめんなさい。戻りました。
いえいえ、よかったです。
外発的要因のところからもう一回。
ありがとうございます。
今トモエさんが本って外発的な要因のために読む漢字だったっておっしゃっていただいてましたけど、
これこそ小さい頃どれぐらい本と触れてたかちょっとわかんないけど、
物心ついたときに仮に本と触れ合うときに外発的要因だったわけでもないのかな、どうなのかなって同時に思ってて、
外発的な感覚になったのってどういう時ぐらいからそんな感じになったのかっていうのは聞いてみたくなったんですけど、いかがですか。
本当に確かに小さい頃とかは、
家にあった本、童話の本とか歴史の本とか、面白く読んでる感じだったんですよ。
私は二世帯住宅っていうのかな、おばあちゃんとおじいちゃんが隣に住んでた家なんですよね。
だから、私のおじいちゃんはすごく本好きの方で、
植物誌とかいろんな歴史の本とか、図鑑とか、
とにかくたくさん難しい、大きい、
ご厚い本がたくさんあった家なんですよね。
でも小さい頃はあんま分かんない。
読んでも難しいというか分からなかったりしてたけれども、
でもその中でもシンプルで分かりやすそうなものを手にして見てたりとか、
日本の古いおとぎ話とか、
今でも覚えてるのが、雪女。
渋いんです。
渋いんですけど、そういうのを暗記して、
そこで私のおば、母の妹がもう一緒に住んでて、
私が小さい時におばが子守りをしてて、
夜寝る前に本を読んでくれるみたいなことをやってくれてたんですよね。
で、いつも雪女、何読みたい?って言った時に私がリクエストしてたんですよ。
すげーな。
雪女って言って、また読むの?みたいな。
めっちゃいいじゃん。
それをうちのおばがまた読もうとすると、
うちのおばが言う前にセリフを自分と一緒に。
ほんとに暗記してるんだ。
そうそう、そういうことをやってたらしいんですよね。
すごい、その時はほんとに好きだったものとかがあったし、
本だけじゃなくてトトロとか、
魔女の宅急便とかジブリの映画を、
それこそビデオで繰り返し見てすごい客気騒いでいたみたいな。
そういう子だったんですよね。
そういう子だったんです。
いやでも、めっちゃめちゃいいですね。
まさまさか雪女っていう物語がこのホットキャストで発音する時が来るとは全く思ったことなかったんですけど。
そうですね、あと竹取物語。
いや、なかなかほんとに古典というか昔話ですよね。
ねえ、桃太郎とかもあったし。
いやなんか、今それ聞いてると、いわゆるさっき外発的動機って言ってくれたけど、
その動機づけ理論的には外発的動機と内発的動機って2つありますよみたいな話あるじゃないですか。
どっちかというと今の雪女のことを毎晩読んでって言って暗記してるのは、外発的というよりか内発的な感覚がすごくあって。
そうですね。
なんかそれがどっかのタイミングで、別に人の人生の中でそれは変わるなんて全然たくさんあることだと思うんですけど、
どういう時に桃江さん的にはどっちかというと内発というよりかは外発側になるみたいな感覚があったんでしょうね。
たぶんね、中学校に入ってとか、高校生になってとか、だんだん社会的語が出てくる時ですかね。
そういう時に試験のために読まなきゃとか、
だんだんそういう風に学ぶこと自体も処理ができてしまったと思う。
学ぶことに処理ができた、なるほど。
ちょうどその時は不登校気味になったりとかもしたらしいね。
学ぶとか本を読むっていうことがちょっとプレッシャーだったり、みんなが読まなきゃいけないものっていうのを合わせなきゃいけないみたいな風に意識し始めて、そこが自分との折り合いが難しくていろいろ難しくなった状況だったのがある。
本とある意味学校教育みたいなものって別に同じイコールじゃないけど、やっぱりそういうものが100%つながっているような出来。
学校教育だったり学校というもの自体と何かしら距離があった時に本だったり学びみたいなものとの距離が生まれたっていうふうな感じがあったんですね。
なるほどな。
でもほら、やっぱり本を読むことによっていろんな方と昔のどれぐらい本を読んでたのみたいな話を聞いたりすると、
勉強というもの自体と距離ができて、結果的に文字を読むみたいなところと距離ができて、しばらく読んでなかったなみたいな方っていたなみたいなことを思ってて。
でも結構そういう点ある意味かなり多いんじゃないかなみたいな気もしてて。
どうしてもどっちかっていうと国語とか原来文みたいな文脈になった時に、なんかちょっと好きじゃないかな得意じゃないかなっていうところもあるかもしれないし、
あんまり僕とかもそういう学校に馴染めてたかっていうとすごく馴染めなかった人間だったなってすごく思い返すんですけど、
やっぱりそういう学校みたいなものと勉強とか本みたいなものが結びついたときに、何かしら学校に対して、なんか学校やだなとかすげえ行きたくねえなみたいなところを思ってると、
結果的に本とかから離れるみたいなのは、なんかもう困ったかもなみたいなことを今すごく聞きながら思い返しましたね。
そうですよね。そういうふうにちょっとこう、自分の探求っていうんですかね。
そこからちょっと距離ができちゃうときって誰しもあるのかもしれないですね。
確かに確かにそうですよね。
ちなみになんかそういう、なんて言うんでしょうか、教育というもの自体にご自身中高生のときに課題感を感じるという表現じゃないんだろうけど、
それをすごくめちゃめちゃそこのレールに乗っていこうみたいな感じというよりかは、もちろん乗ってる部分はあるのかもしれないけど、
それって本当にこうなのかなみたいなことを思いながらもそこにいらっしゃったのかなみたいなことを聞きながら思ってたんですけど、
まさにそのサラリーマン時代にまさに自分のパーパスみたいなものを見つめていった、内面見つめたときに教育ってところに行き着いたみたいな話。
先ほどされてましたけど、中高生時代のそういった感覚とその時に教育というものに対して何かしら課題意識というか目的意識みたいなものを持ったっていうのは繋がってたりするんですか。
そうですね。まさに繋がってると思います。
なんかね、やっぱりその人がもともと持っている創造性とかね、感性とかっていうのを、
やっぱりこう、人間って何のために生きているのかっていうところにもなるかもしれないけれども、
やっぱりもともと持っているその人の才能とかそういう性質っていうのを何かしらね、味わって人にも還元して繋がりを持っていって、
人生っていうのがあるのかなというふうにも思ったりもしますし、
なんかそのために教育ってあるんじゃないかなって思ってて。
社会が生産的に動くための人材を育成するための教育も大事かもしれないけれども、
人間は社会で生きていくものだから、社会で生きていくために大事な人っていうような目的を教育に置くっていうのは大事だけれども、
何か一人一人生まれてきた、もともと持っている才能を一人の人が幸せになるというか、
それを発揮しながら幸せに生きる人を育てるっていうような目的に、
そういう教育になったら社会も幸せになるかもしれないよねっていうようなふうに思うようになった。
なんか今の聞いてたらすごい、何年前かな、2,3年前なのかもしれないけど、