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サマリー
AIが共通テストで満点を取る時代において、受験勉強で本当に鍛えるべき力は、嫌なことでも成果を出す力、面白みを見出す力、そして自己効力感を高める力の3つであると筆者は述べています。これらの力は、AIに勝つためではなく、自分自身をより良く扱うための訓練として捉え直すことで、現代においても受験勉強は依然として価値を持つと結論付けています。
AI時代の受験勉強の意義
はい、塾依存から抜ける学びを編集するマモです。 授業の前に必要な学びの土台を発信しています。
今回は、AIが共通テストで満点を取る時代に、受験勉強で本当に鍛えるべき力についてお話をしていきます。
今回は、思考力や言語化力、EQといったテーマは扱いません。
結論から言うと、受験で鍛えるべきものは大きく3つあると思っております。 1つ目は嫌なことでもやって一定の成果を出す力
2つ目は面白みを見つける、見出す力をつけること。 3つ目は自己効力感を高めることの3つだと思っております。
AIが共通テストの15科目中9科目を満点を取って、しかも全体の得点率も97%だったそうです。
ほぼ受験生よりも上の得点を取っているわけで、こういうデータを突きつけられると、そもそも受験って意味あるのかとか
一生懸命は共通テストとかに向けて、勉強する意味ってどこまであるのかっていうふうな疑問を持たざるを得ないと思うんですよね。
あれだけ一生懸命勉強したとしても、嘲笑うかのようにAIがそれをはるかに凌駕する。 これ何のためにやってるの?って思うのがごく自然だと思うんですよね。
ただ正直言うと、これまでよりも学歴や受験に関する価値っていうのは下がっていることは否めないと思うんですよね。
ただ、まだ意味付けによってはやる理由というか意味があるかなっていうので思うので、その辺についてお話をしていきます。
嫌なことでも成果を出す力
まず1つ目の嫌なことでも一定の成果を出す力なんですけども、これ仕事をする上でも非常に重要な力だと思っております。
勉強が心から楽しいと思ってやっている人ってごく少数だと思うんですよね。 っていうかほぼいないです。
実際にこれまでに200組以上の生徒やご家庭と接してきてましたが、勉強が楽しいなぁと思っている人は1割もいない印象ですね。
1割いたら違法ぐらいかなっていうふうに思います。 ただ特定の科目が好きで取り組んでいる人はいたとしても、全科目をずっと楽しくやれている人っていうのはいないですね。
学生講師など優秀な人たちと話していても、ある時期は楽しかったとか、この科目だけは好きだったというような話は聞くんですけれども、
全期間、全科目、ずっと楽しかったっていう人はいないですね。 ただそれでも偏差値を上げたいとか、模試の順位を上げたい、学校のテストの順位を上げたい、
行きたい大学があるといった目標があるからこそ必死に勉強して成果を出してきたわけですね。 やりたくないけれどやらなければいけないことに取り組み、一定の成果を出す。
この力は社会に出てもそのまま必要になると思います。 仕事も最初から楽しいっていう人はほとんどいないですね。
多くの人は嫌だけどやるしかないというか、なんとかやるしかないからという時期を乗り越えて成果を上げていると思います。
そういう意味では受験勉強はそういった力を養う場としてはまだまだ活用の余地があるかなというふうに思います。
もちろん例外いますよ。 ただただ楽しいことをやっていたら仕事になってお金も入ってきたっていう例外もいるんですけれども、実際にいると思います。
自分が知らないだけでも。ただそれは例外というか外れ値なので、それ以外のほとんどの人は最初は全然知識もないし考えもなくて自分の思うようにできない仕事と向き合って、なんとか
嫌だけども一定の成果を出すということが求められるので、そういった土台を養う上でも受験勉強はまだまだ活用の余地があるかなというふうに思います。
面白みを見出す力
続いて2つ目の面白みを見出す力ですね。 嫌なことをずっと続けるのって大人でもきついんですよね。
ただ一方であなたが嫌と思っていても、同じ科目でもそういった同じ対象でも楽しいと思って取り組んでいる人というのは一定数いるんですね。
その違いは何かというと最初は誰でもわからないし解けないので面白くないと。 しかし徐々に問題が解けるようになったり
相手、特に先生が言っていることが理解できるようになったりすると、そこに少なからず面白さが生まれるんですね。
大事なのは今は別に面白くないと思っていても、これを面白いと思っている人もいるという前提を持つことなんですよね。
何事も面白いと思っている人はいるんですね。
そして、この科目にも面白い部分が何かしらあるはずだ、何とかして面白くなるはずだという
そういったものを探してみるプロセスっていうふうに踏むのがすごく大事かなというふうに思います。 最終的には楽しんでいる人が勝つんですよね。
それは昔の孔子という人が残した言葉にもあって、 知るものは好むものにしかず、好むものは楽しむものにしかずというのがあるんですね。
知っているよりもそれを好きな人、好きな人よりもそれを楽しんでいる人が一番強いですよって話で、
最終的にやっぱ成果を出している人は楽しさを作り出せている人だと思うんですよね。
そういった点でも受験勉強はその練習にもなると思います。 受験勉強に楽しさを見出せたら他のことでも大体というか楽しさを見出せると思うんですね。
そうするとうまくいきやすいかなというふうに個人的には思います。
自己効力感を高めること
最後は自己効力感を高めることです。 自己効力感とは自分はやればできるという感覚ですね。
これは正直受験勉強以外でも鍛えられます。 スポーツや趣味でも鍛えられると思いますが、受験勉強は特に分かりやすい形で育てやすいと思いますね。
なぜかというと数字化できるからです。 学校の点数、テストの点数が上がるとか、
もちろん点数値が上がるとか、解けなかった問題が解けるようになるなど成長が見えやすいんですよね。
スポーツってなかなか上達を数値化しにくいんですけれども、その点受験勉強、テストとかは結果が明確なので達成感を得やすいです。
ただ、そういった点でも自己効力感を高めやすい科目、種目だと思うんですけれども、
ただ受験に全振りするのも危険だと思ってますね。 正直今はAIが強すぎて、共通テストでも複数科目、15科目中9科目、
満点を取れちゃう時代で、そのゲームで戦いすぎてしまうと、受験勉強、受験に最適化しすぎてしまうと、
AIに勝つためだけの力になってしまうというか、勝てないんですよね。正直言うとどんなに最適化してもAIには勝てないと。
だからほどほどに取り組みつつも、やるときはやるっても、趣味や部活、あるいは自分の好きなことに時間を使うバランスっていうのも大切かなというふうに
思います。このような観点から見ると、まだ受験勉強というのもAI時代でもまだ意味は持つかなというふうに思います。
AI時代における受験勉強の再定義
知識そのものでもなく、嫌なことでも成果を出す力、面白みを見出す力、自己考慮感を育てること、受験の意味付けっていうのは変わると思うんですけど、
この力っていうのは引き続き重要かなというふうに思います。だからAIが強くなればなるほど、
受験勉強の意味は知識とかで勝つことじゃないと思いますね。なので親としてできること、もしこれを聞いているのが子供本人であれば、
授業を増やすことよりも、いずれにせよ嫌でも積み上げられたり、少しできたという感覚を持てる環境を整えることがはるかに大事ですね。
例えば今日は勉強時間を延ばすよりも、昨日より一問できたことを一緒に確認したりとか、自己考慮感はこういった小さな成功の積み重ねで育っていくと思います。
受験はAIに勝つゲームじゃなく、勝てないからですね。自分を扱える人間なる訓練として捉え直せると思いますね。
ただ注意点というか、誤解なきように言っておくと、受験勉強で養う知識が全く役に立たないかというと、そんなことはないと思いますね。
理由としては、リベラルアーツですね。自由になるための技術、直訳ですけれども、そこに通ずる土台となる知識は、中学校の勉強とか、場合によっては高校の勉強から内容がそもそも活かせると思うので、
より楽しいと思えるジャンルを増やすためにも、受験勉強の内容そのものというのはまだまだ普通に役に立つと思いますというお話でした。
結び
最後までお聞きいただきありがとうございました。それでは良い一日をお過ごしください。
09:42
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