1. ままならない1on1
  2. #39 分人主義がバグる瞬..
2026-03-02 34:53

#39 分人主義がバグる瞬間と分人キャパ

好きな分人と長く過ごしたい🤗

✏️エピソードノート
・友人や家族と接するキャラはそれぞれ違う?
・自分では一貫性があるつもりでも人によって変わる
・ジムでは無口、会社ではベラベラ話す
・無意識に会話リソースをコントロールしている
・目的外の会話をする人としない人
・キャラが変わる相手が一緒にいる空間を想像すると心がざわつく
・コミュニティを分ける人と混ぜる人
・分人主義という考え方(平野啓一郎 著『私とは何か』
・公式動画「個人に変わる分人主義
・分人主義を知って過ごしやすくなった
・根っこではつながっているのに振る舞いは全然違う
・人には見せられないトリッキーな分人
・好きな分人と過ごす時間を増やしたい
・複数の分人があることで心のバランスがとりやすくなる
・ネガティブで消極的な分人でも意外と大事
・SNSやアバターで分人を楽しんでいる人たち
・アバターの選び方でわかる分人キャパ
・異なる分人を混ぜた時の「バグ」への恐れ
・バグを避けるために一貫性を設計していた
・自分と遠いアバターを選べる人は分人キャパが広い


🌀番組概要
日々のままならない瞬間をテーマに1on1で話す哲学対話ポッドキャストです。 「他人の些細なミスをどこまで指摘する?」「尊敬と尊重の違いって?」「男女って言葉に切なさを感じることはある?」といったトピックなど。 ままならなさに頭を抱える2人と一緒に、「自分ならこう感じるな〜」と楽しんでいただければ幸いです。


❓ままならない瞬間とは?
日常でふと引っかかる小さなジレンマや、自分ではどうしようもない状況のこと。話してみると共感されたり、全然気にならないと言われたりする、正解のない瞬間です。


🎙️スピーカー
🏔️やま(部下)
ISTP/子どもの頃よく言われた言葉は「ああいえばこういう」
🏖️はま(上司)
ENTP/子どもの頃よく言われた言葉は「落ち着きがない」

Xhttps://x.com/mamanaranai1on1


📮お便りはこちらhttps://forms.gle/XpTZjkXLz2Jwuw2e8

※このポッドキャストでの発言は個人の見解であり、所属する会社や組織とは無関係です。また、配信時点での解釈に基づくため、正確性を保証するものではなく、事実と異なる場合があります。

サマリー

このエピソードでは、「分人主義」という概念を中心に、人間が状況や相手によって異なる「分人」を使い分けていることについて語られています。話者は、友人、家族、職場、ジムなど、それぞれの場面で自分の振る舞いや話し方が変わることを認識しており、これは無意識のうちに会話のリソースを調整しているためだと分析しています。平野啓一郎氏の提唱する分人主義に触れ、本来の自分は一つではなく、対人関係ごとに分化した人格すべてが自分であるという考え方に共感を示します。しかし、異なる分人が混ざり合った際に生じる「バグ」への恐れや、一貫性を保とうとする心理についても掘り下げています。また、SNSやアバターを通じて多様な分人を表現し楽しむ人々や、アバターの選び方から見える「分人キャパ」についても考察。好きな分人と過ごす時間を増やしたいという願望や、ネガティブな分人でさえ心のバランスを取る上で重要であるという視点も示唆されています。

場面による「自分」の変化と会話リソースの調整
これで撮れてるかな、はい。 はい。じゃあ、ぬるっと始めちゃいますね。
はーい。 ハマさんって、
本当にぬるっと来たじゃん。
あの、ハマさんって、友人とか家族とか、いろいろ接するキャラみたいなのがあると思うんですけど、
あれってほとんど同一のハマさんなのか、結構違いがあるのかで言うとどうですか?
違うとは思う。
えー。
違うんじゃないかな、別にこの1on1の話し方とは多分違うだろうしって思うもんね。
なんか、で、なんか妻もちょっと聞いたときに違うなって思ったとか言ってたから。
えー、どう違うんですか?
どう違うんだろうね。話し方の普通になんか、
普通になんか方言の混ざり具合も変わるとか言うしね、普通に。
そういうのもあるんじゃない?
はい。
あと、なんだろうな、会話の展開も結構さ、相手によって違う気するなって思うもんね。
なんか、それこそ深ぼる方に行くかさ、なんかこう、もっとワイワイした方に行くかとかさ、
なんかある程度関係性ができる前はある程度同じかもしれないけど、できてくるとなんかだんだんこう、
その人向けのなんか、キャラクターとか会話になってく気はする、自然と。
なんか、私はその、相対してる場面とかに応じて、なんか自分の中では一貫性のある自分なんですけど、
違う見え方の人から見たらびっくりするかなとも思うんですよ。
そうね。
っていうのも、その、自分が習い事とか、最近パーソナルジム行ってるんですけど、
そういうジムのトレーナーとか、習い事の先生とかに対して、なんかほとんど一言も喋んないですよ、私は。
はいはいはい。
でもそんなほとんど一言も喋らないやつが、なんか会社では結構ベラベラ喋ってるところとか見たら、なんかどう思うんだろう。
でもそのぐらいの差はやっぱ起きるよね、習い事とかね、起きると思う。
はい。で、あとは、それなりに頑張って仕事してるほうだと思うんですけど、いまだに親からは本当に働けてるの?みたいな。
ああ、だからそのイメージがね。
はい。もう全然想像がつかないっていまだに言われるんですよ。
だって職場での働き方とかアウトプット見てなくても想像つかないよね。
はい。で、親戚の家とか行った時は、最近は全然行かないんですけど、もうほんと一言も喋れなかったんですよ。
最近話、それ。
いや、最近じゃなくて、もう高校生の頃とかの話です。
ああ、昔ね、行った時に話せないと。
はい。で、何がそうさせてるのかなと思う。
一貫したいのに、なんか変わっちゃうみたいな。
一貫したいわけでもないんですけど、根っこではつながってるんです。自分の中で全然喋んない自分も、お調子者の自分も全然自分だなって思うんですけど、
なんでその事務の取れない相手だと、なんかすごい、何ですかね、振る舞いとしては関係を深めようと全くしてない人みたいな。
実際どうなの、それは。してない人なの。
実際、そうですね、なんかこう、そこに咲くリソースをゼロにしちゃってるみたいな感じがありますね。
してない人だね。
はい。
でも、それに対してね、やっぱ大臣とか場においてリソース調整はしてんじゃない、みんな。
ああ。
だからなんかさ、例えばなんかのイベントとかで初対面の人と話す機会が多いとか、その場では、まあ割と話せるし楽しいんだけど帰った後疲れるなみたいな疲れ方はなんかリソース消費してる感じあるじゃん。
はい。
でもなんか慣れた人と話して元気になって帰ってくるみたいなリソースはそんな消費せずに喋ってる気もするし、なんか慣れない場に行ったらそもそも話していいのかなとかでリソース使ってるじゃん。
はい。
なんかそういう意味で言うと、それが単純に場に現れてる感じあるよね。リソースの出力の変化みたいなのが。
うーん、そうですね。ただ私あれなんですよね、ふうに初対面の人が集まる、なんかこうミートアップみたいなやつ、結構喋るんですよ。
それはいくんだ、喋る。
はい。でなんか初対面、それはなんとなく目的がそもそも喋ることにあるからかなとも思えるんですよ。
ああ、なるほどね。
なんか習い事って結局習い事を習得しにこちらはやってきておりますみたいなところもあるし、教える側もそうでしょうみたいな。
はいはい。
別に私と雑談することがあなたの仕事ではないでしょうねみたいな。
うん、確かに。
その辺の感覚をどっかで持っちゃってるから、なんかもうほとんど、なんか向こうは気を利かせて、今日は朝ごはん何食べてきたんですかとか、これからはどっかに行くんですかみたいな聞いてくれるんですけど、もうほぼ一問一答で。
広げようとしてない人だ。病院とかでもありそうな。
それは結構ありそうだね、人によってね。目的外の会話を、なんて言うんだろうな、目的外のものとするかしないかもありそうだけど。
会話自体がすごくナチュラルにどんな場でもやりますっていう人と、会話は何かする以上何か知られるためにするみたいなのの差があったらもうだいぶ違うもんね、それって。
そうですね、なんで結構自分は初対面でも喋れる方だなとも思うんですけど、本当にナチュラルに喋れるんだったら、別にジムでも喋ってそうだなとも思うんで。
確かに。
意外とリソースとか記憶を使って頑張ってやってるのかもしれないし、それか目的、場の目的をめっちゃ明確に頭に据えながら振る舞いを決めちゃってるのかもなとは思いますね。
リソースなのかわからないけど、話すことで何かが得たいっていう前提があるんだろうね。
だからここは話すことで何かが得られる場ですを話すけど、ここで話しても得たいものは得れませんだったら話す必要がないって考えてしまうみたいなのが無意識でありそうな感じがするけどね。
分人主義の概念と「バグ」への恐れ
で、何かこう、じゃあ何も喋んない自分と、割かし調子よく喋ってる自分が同居しないといけない場を想像してみると、なんかすごい世界のバグみたいな感覚になって。
そんなバグあるんだ。
いや、そんな場はなかなかないんですけど、例えばジムのトレーナーの人と今の浜さんと私の親を何か一緒くたに場に置いて私がどう振る舞うんだろうって思うとバグみたいな。
確かに初めに設定としてあったらさ、人によって振る舞い変わりますよねっていう前提を置いたときに、振る舞いを変わる人同士が一緒にいる場だとどういう振る舞いになるんだろうってあるね、確かに。
そうですね、なんか想像しただけでなんかちょっとなんかすごい心がざわつくみたいな感じになるんですけど、何が意気になるんだろうみたいな。
確かに。でもその場はあれじゃないですか、その会がどういうテーマの場かに結構支配されそうな気がするけどね。
例えば結局その場がさ、自分の知り合い同士をつなげる場ですっていうテーマ設定だったらさ、自分が何かつなげなきゃって気をもきっと回すだろうし、それがたまたまなんか路上で会いましただったらさ、多分そこまで咲かないでいいなってなるだろうし。
はいはい。
なんかそれはあれだね、その場の目的が適応されそうな気がするね。
そうですね。まあ何なら別に、何ですかね、その関与し合わなかったとしても、じゃあ親と喋ってるときにその様子を同僚に見られたり、ジムのトレーナーに見られたりしたときに、なんかすごい心地悪くなりそうだなみたいな。
確かになんかさ、分けたがる人っているよね、そこすごく。で、多分さ、俺結構さっきさ、その人によって場は違うですって言ってたけど、どっちかというとその分けたいじゃなくて自然とその時のテーマとか人によって変わりますっていうだけの話であって、別に俺なんかつなげることはいいと平気なのよね。
はい。
だから会社の遊びの場に子どもを連れて行くとかもできるしとか、何だろうな、友達と友達会わせたことあるかな、あんまりないけどでも別にそれも多分できるんだろうなみたいな感覚はあるから、その辺のなんか基準も結構わかりそうだよね。
はい。
一貫性ある人の方が平気そうじゃね、その混ぜること自体は。
まあそうですね、そのなんかあんまり振る舞いがそこまで変わらない方が。
そうだね。あ、そうなんかそれ思い出したのなんかその勝手に混ぜると嫌がられるっていうのは知ったから、過去の経験上。
はい。
だから多分それを、自分は結構混ざるの平気だったから、多分自然と混ぜたことがあったけど混ぜると困る人がいるっていうのを知ったから、その後はやってないかもね、あんまり勝手に混ぜるみたいなのね、誘っちゃうみたいなの。
確かに。
そう、勝手に誘う人いるじゃん。なんか俺ちょっとやりがちだったから、それはもうやってないな。
それで、まあ何ですかね、キーワードとしては文人主義っていう言葉があると思うんですけど、
一応補足しておくと、文人とは個人に代わる新しい人間のモデルとして提唱された概念です。
個人は分割することのできない一人の人間であり、その中心にはたった一つの本当の自分が存在し、様々な仮面を使い分けて社会生活を営むものと考えられています。
これに対し、文人は対人関係ごと、環境ごとに分化した異なる人格のことです。中心に一つだけ本当の自分を認めるのではなく、それら複数の人格すべてを本当の自分だと捉えます。この考え方を文人主義と呼びます。
これは若林、オードリの若林のSAVだったんですけど、
ああ、そうなんだ。
はい。なんか、まあ、それもそうだなっていう、なんか環境ごとに違う自分って、その奥に本当の自分がいるとか、そのどれかが本当の自分ってわけでもないので、すごいしっくりはきたんですけど、
でもどうしてもその環境が混ざった時のバグの感覚とかをどう処理すればいいかわかんないのと、なんかじゃあその文人が文人としてそうなっちゃってる、特定の場面で全く喋んないやつになっちゃったり、すごい調子のいいやつになっちゃってる、そのなんか要因ってなんだろうとか思うんですよね。
そうね。え、それあの本の方読んだ?あの平野啓一郎のやつで。
あ、本は読んでないです。
あ、本読んでない。そこの部分だけ読んでそうだなって思ったってことか。
あ、そうです。はい。
なんか、そのバグとは俺逆に捉えなくて、俺多分それ読んだ時が結構ロールが増えて、自分らしさって何だろうみたいな時を、多分ちょっと引っかかりがあった時に読んだんだよね。
多分その父親もあるし、夫もあるし、マネージャーもあるしみたいなんで、職種もいろいろまたがってたりとかするみたいな感じで、で関係性もいろいろ、高校と同時と大学と同時とかで振る舞い違うなって自分でも感じることはあってみたいな時に、個人としての一貫性ってある方がいいって思う感覚とかさ、
なんかあの、なんだろうな、あの、人によって態度を変えるって良くないんじゃないかみたいな感覚とか、発砲美人みたいな言葉ってあったりするじゃん。
はい。
だからなんか、何かしらの一貫性みたいなのがあった方がいいのかなみたいな思いつつも難しいよなって思ってた時に多分それ読んだからなんかですげえ楽になった時はあったのよ。
おー。
だから俺がマネージャーとしてこれを言うのはしょうがないんだなとか、でも個人としてはこう思うんだよなって愛反するものがあったとしてもそれはそういうもんだなみたいな、なんかその時吸収しやすくなったのよ。
おー。
だから、なんかその時なんかあんまりその混ざることのバグみたいなことに気はあんまり取られなかったからなんか、確かにそれで読んだはずだけどその時そんなに気にしなかったなって思って、なるほどなと思ったんだけど。
バグ。
そうね。
混ざる場に混ぜてもいい側だからこう誘えてたわけじゃないですか。
そうだね。
なんかそんなに言うほどあんまり差のない文人だったんじゃないですか。
かもね。だから差の程度は大きくないんだろうね。例えばこの姿あの人には見せれないなとかが多分そんなないんだろうね。
はいはい。
確かにそれ人にってあり得るかもしれないね。家だとめっちゃ偉そうにしててさ、とか逆か、家だとめっちゃなんか下手に出てるけど会社だとめっちゃ強く出ててとかが混ざるとちょっとやりづらいなとかあるかもしれないもんね。
いやだいぶやりづらいですよね。
そうね。
それで言うとあれか、なんか先輩と後輩への態度が結構違う人とかだったら、なんかどうやってるんですかね。先輩と後輩が同居する場なんて結構ありそう。
でも確かにそれでも周りはわかるもんね。言われてる人いるもんね、そういうのね。なんか後輩に厳しいよねとか普通に言われてる人いるから。わりと可視化されやすいかそこ。
確かにそういう人普通に見せてる感じするな。
そうだね。だからそれは意識すらしてないっていうか、バグとすら思ってないんじゃない。
へー。不思議だ。
いやでもむしろそんなもんなんじゃない。なんか混ざる場面だと混ざるよね。なんか別に選んでるわけじゃないしね、態度なんてしかもそんな意識的に。
なんか高校の友達だからこうしようみたいな感じじゃないけど、自然になんか話し終わった後にいつもなんか話し方ちげえなとか、ノリが変わるようなとか後で感じるとかね。
なんか一番浜田さんの中で何ですかね、あんまり表に出したくない恥ずかしい文人とかないんですか。
意外とないかもね。例えばなんかうまくいかないことがあったことを話せたりするから、確かにあんまないかもね。
少なくとも家族を外に結構混ぜるの平気でやってるから、例えば自分の友達に連れてくとかもやるじゃん。会社もやってるじゃん。結構混ぜてる時点であんまないよね。
ジムとかは別に連れてったことないけど子供にキックジム一緒行ってみるとか聞いたりするぐらいだから。
とかそのスノーボーとか子供と行ったりするけど友達でやってる子いたら誘ってみたらとか言ったりもするし。
結局なかなかそんなタイミングがないんだけど、あんまりないかもね、混ぜたくないなっていう感覚自体は。
合わないかもなとかあるかもしれないけど、相手同士が合わないなを気にすることあるかもね。
自分の姿が違うから見せたくないんじゃなくて、例えば高校の友達と会社の人が合うかつったら多分合わないだろうなって思うと、混ぜようと思わないけどみたいな感じとかあるけどね。
トリッキーな分人と好きな分人との時間
子供の方が友達に見せる顔と親に見せる顔結構違いがちなイメージあるんですけど、そういうこともない。
子供側はあるかもね。確かにそっちの方があるかもしれないから子供の中でも親とセットで一緒に遊ぶ友達っていうのは決まってるかもね。
なんかこの友達家族は俺的にはオッケーだけどみたいな。こいつらとの遊び方を得ない見せれないなとかあるかもね。
山さん的には混ぜれないなが多いってこと?
いや、そんなこともないんですけど。
なんかちょいちょいエピソードとしては共有されてるもんね。家族の話とかね。
そうですね、はい。
やりとりとかも共有されてるからさ、なんか混ざってる気がするもんね、間接的には。
混ざってはいますけど。
しかもそんな差ないしね。差ない方じゃん、むしろ振る舞いに。
そうですね。
いやー、まあでもぬいぐるみに相対している文人がたぶん一番トリッキーだったと思います。
それは俺もだって話聞いたときに一番あれだもんね、反応なんか困っちゃってたもんね。え?って噛み合わないなってなってたもんね。
はい。なんでこう、めっちゃ怖い人とかがペットの前ではすごい猫なで声みたいな、そういう差はあるかもしれないですね。
あの時が一番あれだもんね、キョトンとしたもんね、お互い。え?ってなってたもんね。
はい。
あれが人で起きたらそれなりに結構ギャップあるな。え?みたいな。
え?そんなことするんですか?普段そんなことしないのに?みたいな。
はい。
だから俺たぶんその辺が少ないからね、たとえばその赤ちゃん向けに赤ちゃん向けの言葉使わないのよ。
はい。
しない、そういうの。だからだと思う、そういうのも。
しないのはなんか主義勝手しないのかできないのかなんですか。
できないとしないの両方かもね。なんか子供にも普通に接するっていうのは結構決めてたかもしれない。わりとちっちゃい段階から。
はい。
なんかその文人主義の考え方で言うと、自分にとって好ましく感じる文人が出てくる場とか環境を増やすといいよねみたいな。
確かに。
やっぱりより多様な文人を自分の中に育んでいくみたいなのが良いかもねと、ようやくを見ると書いてあるんですけども。
そういう感覚あるんですか。
あるね。だから俺結構その、なんていうんだろうな。ここは自分のいいところが出てるなっていう思う状態にいたいなとか思うよ。
私、自分が好きな自分じゃないなって思う場はちょっと減らそうかな。
だからこの場には参加あんまりしない方がいいんだろうなとかは、なんか参加した後で思ったりすることもあるし。
おー。
それは結構大事にしようかなって思うね。自分、その状態に自分が好きかは一個客観的に見てるかもね。
それってなんかどういう条件が揃った時にどういう嫌な感じの文人になるとかの分析までできてるんですか。
まあまああるかもしんないね。なんかそうだね、この時の状態のレアだなとかはあるね。結構ね。
おー。
あるね。
確かにな、私めちゃくちゃ下手にから出てくる人と会いたい時って自分、めっちゃ上から行くんで、なんかそういう習性があるんで、
なんかあんまり別にそう行きたいわけじゃないのになーとか思う時ありますね。
そうだね。あるよ、なんか。今自分の良くないとこ出てんなーみたいな。で、それって結構似たような場で起きるんだよね。
いつもこの人と、とかこのテーマとか、テーマによって結構発動することあるから、このテーマ、自分の中でセンシティブなテーマとかきっとあってさ、仕事でも。
はい。
なんかそういうところにこうちょっと触れた時とかに、なんかこう流せなくなるとかさ、そうするとあんまりそういう場にはいない方がいいのかなとかね。
あと関係性の上下とか強弱とか、相手があたの振る舞いによって、自分が消極的になったり積極的になったり楽しかったりイライラしたりはやっぱあり得るから、
なんかそこが1日のうちにね、長いとしんどいなとかもしね。
あーはい。あとあれか、なんかこう、何の基準かは去っておいて、自分が中の上くらいにいる環境が、
自信が持ちやすいぐらいのね。
なんかちょうどいいなとか、なんか上の上だと、なんかもう単純に嫌なやつなしぐらいになりそうだし、
そうだね。
なんか下だったとしても、何ですかね、自分のなんかいい意味で調子の良さみたいなのが出なさそうなんで。
確かに。なんかそういうのは調整してる人いるかもね。なんかその例えば会社で社長の人がさ、会社だとどうしてもトップだから、
外の社長仲間と会うとかあるし、そこでバランス変えてるとかあるかもしんないしとかね。
あーなるほど。
やっぱいくつか持つほうがバランスは保ちやすくなる気するけどね。
それとか新人の人が会社だとすごく何も貢献できないけれども、大学の仲間と会うときは結構リードして旅行とか仕切れてるときはなんか生き生きしてるとかあるかもしんないから。
そういうのでリフレッシュするとかあるかもしんないし。
あー確かに。
大事だね。その総合的に真ん中ぐらいにいる状態にするのは大事かもね。その時間の割合で。
なんかな、文人でいうと自分が何にも喋んないジムに行ってるだけの人間って、なんかまぁ一見好ましくなさそうじゃないですか、自分にとっても。
でもなんかそうでもなくて、すごい調子のいいペラペラ口が回る自信過剰な文人もいれば、なんかそういうなんというか、何ですかね、もう引っ込みじゃんって言ったらよく言い過ぎですけど。
なんかその、殻にこもってる自分がまぁ一方でいることによって、なんか自分触れ幅あるなみたいな。
そういう感覚もあるんで、なんか一般的に微妙そうな文人だからといって、なんか私はそれをなくしたいとまでは全然思わないですね。
確かになんかいい文人も悪い文人もなさそうだなと思って、そこはでも嫌な状態だとあれか、避けたほうがいいかな、あるけど。
そうですね、なんか嫌なやつは嫌なんですけど、なんかこうネガティブで落ち込んじゃいやすい文人とかも、それはそれでいいスパイスだなとは思いますね。
なんか可愛気あるかもしんないし、そういう人の気持ちがわかるためにも必要かもしんないしね、その状態でいる環境はね、その人にとっては。
なんか結構ヤンキーっぽい人と会いたいとしたら、なんか私ビビっちゃうんですけど、たまにはビビるくらいがいいよなみたいな。
普通にこう会社で働いてるとなかなかそういうね、そういう危なさはないからね、忘れるもんね、そういう。それ思うね、街歩いたほうがいいなって思うときあるもんね。
こういう人もいるんだなっていうのが。
そうそうそうそう、普通に思う、それは。いろんな街歩いたほうがいいなって思うときある。なんかこう自分の見てる世界の平均値ってめっちゃ偏るじゃん。
はい。
たまにこう旅するとリフレッシュされるよね、その辺は。シンプルに。
そうですね。でも一方でだんだん均質化していって、その周りの人たちとかが、それ自体はすごい助かったなって、人生を通して助かったなっていう感想がありますね。
まあね、リソースは食わないもんね。
そうですね、なんか別にそこを、その、なんかばらつきにアジャストするの、めっちゃ大変だったし、やらなくてよかったな、今考えればとは思います。
でもさっきの会話をなぜするかもさ、なんか人によっては情報得たいとかさ、何かを知りたいみたいな、会話自体が何かこう得るものがあるみたいなタイプの人もいればさ、そもそも安心感っていうかさ、挨拶があるとか、私は危険じゃないですのための会話とか挨拶とかもあるじゃん。
はい。
なんかその、害がないですみたいな、そこでも結構前提違うよなと思うね、その会話に対してこうあるなしのに対する基準とか。
うん。
ないことを普通と思うか、あることを普通と思うかもあるじゃん、その。
うん。
なんか結構そういうのは挨拶とかを問うか、雑談っていうものの価値を、なんか仕事中に雑談が必要と思う人とさ、それを別に仕事さえやければ雑談なんて時間の無代償って思う人とかもあったりするじゃん。
はい。
なんかそういう差分もなんか結構あるよなと思うね。
うん。確かに。
安心感の提供と分人キャパシティ
安心感を与えようっていう発想がないからジムで何も喋んなくて、この人どこまで突っ込んだことを喋っていいのかなっていう空気をひしひしと感じます。
そうでしょ。だから俺たぶん絶対その視点だなって思ってちょっと言ったわ、今その。
あの、安心感を与えようっていう意識はないんだろうなって。
確かに。
うん。
なかったですね。
そうなんだよ。で、たぶんそれが、まあなんか安心感を与えないと不安がられるなみたいなあるとするのよ。
うん。
逆にその、だから、なんだろ、自分の場合どっちかってそっちの方がさ、気がいないですよっていうのはさ、まあ笑顔とか、なんていうんだろう、こう、ちょっと話すみたいなことでさ、やるからさ、たぶんその。
はい。
なんか自分は安全な人間ですって証明をね。
へー。
するけど、まあしなくていいんだろうっていう育ちなんだろうなって思うけど、そこはね、もちろん。
確かに。それなんかジムに限らず、その感覚をいられたことはないかもしれない。
ないんだろうね。
はい。
たぶん俺はあるね、たぶんその。
はい。
まあ男性とかあるかもしれないけどね、シンプルにそこは。
そう。
なんか警戒されるかどうかみたいなとかね。あと身長とかそういうのもあるかもしれないし。
はい。確かに。別に私デフォで弱そうなんで。
そうそうそう。
これ以上なんかこう安心の材料与える必要ないでしょとまで思っちゃう。
そういうのもあるからね。
はい。
マンションでこうすれ違うときにこうね、ちょっと挨拶するかどうかとかそういうのもあるけどねって。
はい。確かに。そうなかったんで何も。
なさそうだなと。
だから自分の人はそういうのかもしれないしね。
個人がすごく一つじゃないっていうこと自体はまあいい考えだし、そっちのほうが過ごしやすくなったけどね。
各コミュニティの自分の振る舞いをなんか維持できるっていうか共存しやすくなったね。
確かになんかSNSで別に私は何も発信はしないんですけど、
結構器用につぶやくアカウントとか変えてやってる人とか楽しそうだなと。
文人だね。
はい。
SNS文人。
もう絶対交わりようもないからバグも起きないし。
でも私流れるタイムラインインスタトエクサと違うもんね普通に。
同じ一つしか運用してないとしても。
そうですね。なんか前ネットゲームやってたときに自分のファンクラブ作ってたんですよ。
え?成立すんのそれ?すごくない?
でもほんとなんか数人しか入ってない。
それはそのときはめちゃくちゃキャラ作り込んでたんで。
なるほどね。
そういう楽しさはあるかもしれない。
確かにアバターとかその辺のあれかもね。
VTuberとかもね、ある種文人の姿こと変えればもっとさらに振る舞いを変えられるみたいなこともね。
確かに。
より大胆な文人な気がするけど。
確かにあれやってないけど、やったら面白かったりするんだろうね。
確かにVRチャットとかをやり込めばめっちゃ豊かな文人が得られそうですね。
そういうのにハマってる人いるかもね、そこの性質にね。
はい。
こんなに相手の振る舞いも自分の振る舞いも変わるんだみたいな、開放感あるなみたいなね。
そうすればなんか得られそうですね。
自分とはすごく遠い性質の文人の振る舞いを、アバターの力を借りてやってみるってことで、この人ってこういうふうに見えてるなみたいな。
そう、なんかそれで思ったら、男女の選び方もさ、俺基本男を選ぶのよ。
自分と近しいものを選ぶのよみたいな。でもあれをさ、すごく遠くを選ぶ人いるじゃん。
はい。
あれも結構その辺の文人の扱いが割と多分、俺はだからそんなに分けようとしてないみたいな感じが多分高くて。
でもなんかそこをかなり距離を置いていろいろ遊んでる人もいるなっていうのは普通にゲームの中までも感じるから。
結構遊び方とか文人の考え方の幅は結構違うよね。
確かにな。何なら幅さんあれですね。女アバター選ぶことに抵抗すら感じますよね。
そう、選ぶことないのよ、多分。
いいじゃないですか。伸びしろありますよ。
そう、だから、なんかそういうのをするだけをさせれば、特にオンライン上のやつとかだと相手のコミュニケーション変わったりするんだろうなとは思うけど、なんかそれをしてないよね。
はい。
でも結構してるもんね、みんなね。
そうですね、私も基本的には褐色でムキムキの男性アバターを大体作りがちで、普通に喋ってたら勝手に男性だと間違われて。
やっぱそういうのが味わってるよね。
チャットで、はい。
なんで、複雑なキャラ設定だったんですよ。褐色でムキムキの男性アバターがすごいかわいい感じのことを言うキャラでやってたんですよ。
そうなの。
はい。
確かに複雑だね。確かにね。どっちも混ざってるやつね。それが現実とのギャップとして程よくいくキャラなのか。
はい。なんで、周りから見たらすごいムキムキの男性がかわいいことを言ってるっていう、そのギャップで見られてたんですけど。
うん。
いや、文人か。
文人か。
今日なんだっけ、ままだらなさというか、初めに気になったのは、混ぜたときのなんだっけ。
混ぜたときのバグが気になるっていう。
バグが気になるってことね。で、俺はたぶんそんな気にしてなかったから、バグかみたいな感じもね。
確かにな。だから、むしろそうしないためにもアバターを常に男性にしちゃってるんだろうね。バグらない。
そうですよ。最初から一貫性を設計しちゃってるじゃないですか。
設計してるから、むしろなるべくバグが起きないようにしていたっていうことなんだね。どっちかっていうと。
だから混ぜれるけど、むしろバグを恐れてるっていう、すごく変な離れた状態の自分を持つほどの文人キャパがないってことか。
文人キャパ俺低いね。
実際はもっと思いもよらない、自分にしっくりくる文人がいるかもしれないです。
確かにな。俺なんか文人主義で結構楽になるなと思ったけど、もっと楽しんでる人はもっとキャパのある文人の選び方をして世の中と接してるってことか。
そうと思います。
ただバグが起きるね。それは。
そうです。
なるほど。ちょっとなんか、なるほどなって思った。
ということで。
じゃあ、しばらく一貫制でいきますって。
そうですね。私もしばらく一貫制で。
はい、では。
ありがとう。
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