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こんにちは、部屋と心を整えるハナシ、まきのくみがお届けしています。
はい、今日のテーマはですね、 整理とは
何か、いつものことですけど。 今日はちょっと視点を変えて、整理って何っていうと、自分が作り出した罪悪感と
別れを告げるスローモーションの儀式なんじゃないかというお話をしたいと思います。 これはですね、
私が先日、片付けの 整理収納サービスに伺った時に
ご依頼者さんと接する中で思ったことなんですよね。 スローモーションの儀式、わざわざスローモーションでつけたのは
テレビで見るビフォーアフターみたいな、そんな 早い解決はなかなか
現実的には起こりませんよっていうことなんですよね。 実は本当に長い時間をかけて自分の
心の整理だったりとか、そうやって罪悪感 と別れを告げるのって
すごく時間かかりますよっていうことで、スローモーションというふうにお伝えしてるんですけど、
スローモーションって言うと、えーそんなに時間かかるの?って思うかもしれないんですけど、 でも
本当に一長一短には 行くものではないですよっていうふうなお話をしたいと思います。
ご興味ある方はどうぞ最後までお付き合いください。
本題に入る前に、金曜日の放送にコメントを頂いていますので、読み上げさせていただきます。
金曜日の放送はですね、どういった内容だったかというと、 ゴールデンウィーク明けは片付けが進みやすい季節ですね、という話から
頑張って捨てるというのが危険な理由、 あとは捨てる前になぜ手放すのかを納得することが大切、
それと生理は買い方を変える自分育てになります、 というのと、あとは物の生理は体力気力がある
今が始め時です、という 放送内容でした。
そちらにですね、ちばとも46さんからコメント頂きました。 ありがとうございます。
くみさんいつも配信ありがとうございます。 今回私の体験談を知っているかのような納得の内容でした。
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物の生理は体力気力まさにそう。 加えて勢いであれこれ捨ててしまい、納得した感情が伴っていないので記憶に残らなくて。
しばらくして捨てたものを探し始める始末 なので最近私が少しずつやっていることは記憶力が衰えても捨てた納得の感情と
合わせて撮った写真を残すこと。 未来の私は再び探してしまうんじゃないかという不安に対して安心していられるようになりました。
まだまだ私の家の整理は続きますけど。 次回の配信も楽しみにしています。と頂きましてありがとうございます。ちばともさん。
いつも聞いてくださって。 写真に撮って残すって
あの私やってないのでおーなるほどって思いました。 捨てた納得の感情と合わせて撮った写真を残すって
いうことですね。これはパシャってやるときに 納得してるよっていうなんかスイッチになりそうですね。
中には 捨てたものを写真に撮ってインスタにあげるみたいな方もいらっしゃいますよね。
あのボイシーで活躍されている
ミヤさんっていう整理集のアドバイザーの方がいらっしゃるんですけど その方はアドバイザーになる前にそうやって自分の
捨てたものとかを投稿したりとか自分の家が変わっていく様子をインスタにあげて フォロワーさんがすっごい増えてそこからボイシーを始められてっていう感じで
で、その後に整理集のアドバイザーの資格を取ったんですよね そんな方もいらっしゃいますしね
写真に残すってね、いいと思います。 見たい。
コメントありがとうございました。
はいちょっと重たく聞こえるかもしれないんですが 整理とは自分が作り出した罪悪感と別れを告げるスローモーションの儀式
なんじゃないかという お話になります
これはですね私が昨日
片付けサービスですね、訪問の
片付けのサービスに伺って 4時間半ですね
コツコツとお客様のお宅の整理の作業をしていたんですけど
その時に思ったんですよね 整理というのは
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必要なものと不必要なものを区別するということ
というのはこの放送でもよくお話をしています
ただ、それは
言葉としてはわかるんだけど実際に
じゃあこれは必要ですこれは不必要ですって スパッと決められるもんじゃないんですよね
明らかに 完全に壊れているもの
ならばもう捨てるしかないから
捨てやすい手放しやすいですよね もう使えない
ものになるので判断がしやすい
でも まだ使える
今使ってなくても そしてこの先きっと使わないだろうなと思っているものでも
まだ使える ちゃんと姿形がちゃんと残っているし壊れてもいない
とかいうものとか 高かったものとか
誰かにいただいたもの いつか使うかもしれないとかですね
それから買った時の 自分のその時のときめきだったりとか
買った時ですよ今がどうこうじゃなくて 買った時の自分の期待だったりとか
が残っているとかですね そういったものを前にすると
これは今の自分には必要ないっていうふうに頭ではわかっていても 手放せない
これは 物の整理にまだまだ慣れていないという方
ここを乗り越えないことには なかなか前には進めないんですよね
先ほど話したような まだ壊れてないまだ使えるとか
高かったしとかいつか使うかもしれないとか なんかそういったものって
今の自分が 置き去りにされている状態なんですよね
今の自分が困っている 本当は困っているから物の整理がしたいはずなのに
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そこにあるもの目の前にあるものに フォーカスしていたりとか
過去の自分 高かったものを買った時の自分とか
それをくれた人のことだったりとか 全然今の自分がそこにいないんですよね
なかなかそこには気づけないで なかなか物が手放せないし
冒頭にお伝えした 罪悪感っていうところですね
自分が作り出した 罪悪感なんですよね
高かったからがもったいないとか
誰かに頂いたものだから 捨ててしまったら申し訳ないって考えたりとか
高かったものでも 買った時の自分のことを思い出して
罪悪感を持ってしまう
物を生かせずに
生かせずに捨てるっていうことに対して すごく罪悪感を持ってしまう
でもそこに自分への罪悪感みたいなことってないんですよね
自分が今物が多いことに困っていたりとか
探し物をしたりとか そこに時間をすごく使ってしまっている
そんな自分がいるはずなのに そんな自分にしてしまっていることへの罪悪感っていうのは持たずに
物に対して 過去の自分それから他人
他人といっても友人だったり親だったりではしますけど
自分以外の人に罪悪感を持っているような状態なんですよね
そんなふうに 自分で自分を責める気持ちっていうのが
物を手放しにくくしているんじゃないかと思うんですよね
でもじゃあその罪悪感とどうやって決別していくかっていうと
ある日を境にそれがなくなるっていうことはまずなくて
やっぱり少しずつの整理をする作業の積み重ねでしか
その罪悪感と別れを告げることって難しいんですよね
私の母の話なんですけど
母が親戚の家を片付けることになって
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もともと私の母は片付けがものすごく苦手で
本当に物が捨てられない人なんですけど
そんな母が他人宅を片付けるってなって
自分の物でも捨てられないんだから
勝手に捨ててもいいって言われてて
そのお宅の方っていうのは老夫婦2人で
1人もう亡くなってて
残された奥さんの方が入院されてて
もう空き家になるから片付けを進めてほしいという風に
頼まれたわけなんですけど
だからとにかくその住人にとってはもういらないものなんですよ
いずれ空き家になるので
だからもう業者とかに頼んでくれればいいんですけど
やっぱり自分の家を
自分が不在の時に片付けてもらうには
業者は入れないだったんだろうと思うんですよね
それで母に託したわけなんですけど
まあ母はですね
全く捨てることができなくて
持って帰っちゃうんですよ
ただでさえいらないものがいっぱいある私の実家なのに
さらにその親戚宅から物を持って帰ってしまって
まだ使えるっていうものですね
物を捨ててしまうことへの罪悪感を持ってしまって
溢れんばかりの物を持って帰って倉庫に入れるっていう
謎の行動を始めてですね
結局私も鍋があるからって言ってもらったんですけど
そのもらった時も
一つでも実家から物を減らしたいという気持ちで
じゃあもらおうって言ってもらったんですけど
もうそれはもらうという手で
ゴミ袋に入れさせていただきまして
私の方で処分をしたという流れなんですけど
そんな風に罪悪感を持ってしまったままだと
本当に物が捨てられないんですよね
私の今の行動っていうのは
もしかしてある人から見ると
せっかくお母さんがくれたのにもったいないとか
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お母さんの気持ちが組んであげられなくてかわいそう
っていう風に取る方ももしかしたらいるかもしれないんですけど
その物が必要か不必要かっていうことももちろんだし
そこは私にはもちろん必要がないんですけど
さらに私のこれからの生活
その物を捨てないことによるデメリットの方がはるかに大きいんですよね
母がそうやってくれたからといって
私の家にその物があるっていうこと自体が
私自身を苦しめるって言うとすごく大げさな言葉なんですけど
結局はそこにスペースを取らないといけないし
それがあることによって私の感情がですね
もう嫌だなっていう
これ母が捨てないでって言ったから捨てないけど
本当は捨てたいんだよなとかって思ってしまう気持ちとか
そういったものをないがしろにしてまで
私はそれを取っておく必要がないっていう風に
気持ちの整理もできるから捨てるっていうことができるわけですね
それに対していいとか悪いとかそういうジャッジではなくて
自分自身が物の整理をして
ちゃんと必要なものだけにして快適に暮らしたいって思うのであれば
その罪悪感というものが一体どこから来るのかっていうものを
ちゃんと考えるプロセスが必要だと思うんですよね
だから物の整理をしていく中で
単に物を減らすっていう作業が整理というわけではなくって
その一つ一つの物にくっついている罪悪感と
少しずつ分かれていく作業でもあるんですよね
だから先ほども言ったように
一気にバッサリ罪悪感とおさらばするとかいうよりは
ていうかそれはもう不可能なので
本当に一つずつ物を手放しながら
そこと向き合っていくっていうことが必要になるんですよね
私はこれになんで申し訳なさを感じているのかなって
でも本当に大事にしないといけないものは何なのかなって
何のために物の整理をするんだろう
これは今の私にはもう必要ないよね
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だってこれからの私はこんな風に生きていきたいんだよね
っていう風に考えながら物の整理をしていくんですよね
これを捨てるっていうことを選んだ自分を認めてあげて
物を手放す自分に対する自責の念っていうのは
もう必要ないんだなっていうことをゆっくりと確認していく
早く自分の環境を整えたい
早くすっきりさせたいという気持ちが湧くのは当然なので
早く結果が欲しいという風に思うのが当然だと思うんですけど
でも変わっていくのは物だけではなくて
自分の心、気持ちですね
もうだんだんと整理されていくんですよね
だから物が早くなくなればいいというわけではなくて
だからもうとにかく物を捨てなきゃこの家は片付かないんだ
という風に思う気持ちもすごくよくわかるんですけど
だから早く捨てちまえっていうことではなくて
ゆっくりと自分の気持ちに向き合っていくことで
結果的に整理の力がついてくるというのは
一気に捨てちまえと思って捨てた時ではなくて
少しずつ自分の感情と向き合って
物を手放すというプロセスを踏んだ人が
結果的に早く
その早くっていうのはどれくらい早いかっていうのは言えないんですけど
無理やりにでもさっさと物を捨ててしまえば
短い期間で家は片付くと思います
ただそこに自分の心がついていってないので
そうすると何が起こるかっていうと
後悔なんですよね
私あの時勢いで捨ててしまったけど
あれあの人からもらったものだったのに
高かったのにとか
そうやって後悔の気持ちが生まれてしまって
結果的にその後に物を捨てづらくなってしまうんですよね
だから特に最初は
物の要不要を判断するっていうのはすっごく時間がかかるんですけど
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でもこのプロセスはすごく大事な時間なんだ
こうやって時間をかけるってすごく大事なことなんだっていうことを忘れずに
整理をしていっていただきたいなと思います
あの
罪悪感って結局は自分が作り出しているものなんですよね
ちょっと話それるかもしれないんですけど
私はこうやって配信をしていて
物の整理必要だし
そのプロセスが自分の整理力を
トレーニングする
っていうことにつながるんですよっていうことをお伝えしてるんですけどね
でも
迷わないわけでもないし
罪悪感を全く感じなくなったっていうわけでもないんですよね
でも私のことをもうなんか白か黒かスパッと決められる人みたいな風に
思ってる方もいらっしゃって
その方からプレゼントをいただいた時に
気に入らなかったら捨ててくださいねって一言を添えられたんですよね
でも
なんでしょうそこを
まあそうなら話はそれるかもしれないんですけど
そこはちょっとNGゾーンだと思うんですよ
人に物を差し上げて
その先はもうノータッチ
先ほどは
自分の手元にあるものの整理という話なんですけど
相手に物を差し上げるときに
相手方にその後のものその後のことか
その後のこと
整理の判断までを
自分から言うっていうのはNGかなと思うんですよね
多分この放送聞いてないと思うのでお伝えしますけど
だからそれはNGだと思うんですよ
めっちゃ話逸れてるな
だからその
相手の方は私への気遣いできっと言ってくれたんだと思うんですよね
気に入らなかったら捨ててくださいと
でも基本的に人に物を差し上げるときは
どうぞ
あなたのために選んだものですっていう感じで差し上げていいと思うんですけど
例えばお下がりなんかでもそうですよね
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お下がりとか出産のお祝いとかってあげて
あれどうだったもうそろそろ切れるんじゃないとかですね
そういうこともNGだと思うし
だってその差し上げたものっていうのはもう相手のものなので
その相手がどうしようと
こちらが気にかけることでもないんですよね
と思っておく方がいいと思うんですよ
あれどうなった?みたいなことを聞いてしまうのは
本当にマナー違反だと思うんですよね
ましてや自分があげたものの判断を
こちらから決める
持ちかけるっていうのはちょっとマナー違反かなと思います
ですのでものの整理は
自分の手元にあるもののものの整理なので
それを判断するのに罪悪感と
さよならする練習っていうのを
っていう話です
あれなんかちょっとまとまりが悪くなったかもしれないんですけど
でもそう言いながら難しいものも実際あるんですよね
例えば色々例えばが出てきますけど
私の夫のお父さん私の岐阜ですけど
岐阜が旅行に行った時に買ってくれたものとかを
しょっちゅう家に来る岐阜が
目に触れるところに置いた方がいいかなと思って
でもそれを使うことはないんですよね
ちょっとデザイン的に
だけど必要か不必要かっていうと
使わないから不必要には入るんですけど
でもおじいちゃんがよく来てくれるから
だから目につくところにこうやって飾ってますよっていうのを
見せてあげるっていう
そういう点での必要性を感じているということで
とっておくっていうのはあります
それも罪悪感といえば罪悪感ですけど
でもじゃあいらないから使わないからって言って
捨ててしまったりとか売ったりとかっていうことが
自分にとってそれがいいのかって言うと
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またそれは違うので
難しいところはあるんですけど
でもそうやって踏んでいるプロセスっていうのが
すごく大事なんでしょうねきっと
ずっとこういうことを
私たち人間は繰り返していくんだろうななんて思うんですけどね
でも今回お話ししたいのは
生理の判断って一朝一夕にはいかないし
そのゆっくりの間で私たちがやっていることっていうのは
自分が作り出した罪悪感と別れを告げているんだよっていう
そういう儀式をしているのが
物の生理であって
そして同時に自分の気持ちも
気持ちの生理の力も上がっていくよっていう
そんなお話がしたいなと思って
今日は収録してみました
お伝えするのを忘れていたんですけど
この放送は月下金土の配信なんですけど
昨日土曜日ですね
私時間が取れずに配信スキップしてしまったので
今日日曜日なんですけど
昨日土曜日の代わりに配信させていただいています
ではお知らせさせていただきます
今月5月25日月曜日に
生理収納アドバイザー2級認定講座を開催いたします
オンラインでの開催で
時間は朝9時半から夕方の4時半までとなっています
こちらの講座でも
自分がなぜ捨てられないのか
そしてなぜこんなにも
家の中に物が入ってくるのかということに
向き合う時間というのがありますので
ピンと来た方はですね
詳細のリンクを貼っておりますので
ご覧になってみてください
この番組では皆様からのお便りをお待ちしています
片付け時間管理に関するお悩みとかご質問ですね
お待ちしていますので
コメント欄か専用のメッセージフォームの方からお寄せください
最後までお聞きくださいましてありがとうございました
お相手は生理収納アドバイザー
タスク収と認定トレーナーの牧野くみでした
では次回の配信でお会いしましょう