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はい、おはようございます。まこやんです。 この配信では、1分1動をテーマに、小さなことから明日を変えていこうというテーマになっております。
完璧主義による行動の停滞
今日はですね、未完成でもいいから出してみる、ということでお話ししていこうかと思います。 結論はそのままなんですけども、何かこういう発信、今撮っているこの音声配信とかも
続けていると、というか、初めの頃のが特にそうですが、完璧な状態で出さなきゃいけないとか、絶対失敗できないとかね、
そんな風に思っちゃって、なかなかログオンボタンが押せなかったり、またはXとかブログとかも含めて、何か出す時にも完璧な文字出しとか、
概要とかね、写真とか、全部を万全にしてからじゃないと出せないとかね、そう思ったりして、なかなか前に進めないことって結構あるのかなって思うんですよね。
自分自身もやっぱりこう出していく中で、こうじゃない、ああじゃないって言って何回もログオンボタンを取り消したり、そうするといつの間にか正解なんてわからなくなっちゃって、
もう、いやーってね、こうなっちゃったりするんですけど、結構その完成度を求めるっていうことに関してはすごくいいことだし、
自分もそこは追求していきたいなと思う反面、たまに思うのが、考えすぎた結果、
何だろう、仮に100%できたって言って出したとしても、そんなに反応が良かったりとか、結果が出ることばかりではないなっていうのが結構感じたりして、
例えば、何でしょうね、物によりますけど、温泉配信とかが毎日が出せなくて、完璧じゃないと出せない、ネタが決まらないと出せないとか言って止まっていて、
3日くらい出せなかった時とか結構あったんですけど、それで3日目にこんなので大丈夫かなって出してみたけど、いまいち再生伸びないとか、全然効かれないとかもざらにあるし、
そんなことだったら、考えてる時間とかもやっぱりもったいないし、気楽に気楽というか、あまり気にせずにパッとネタしたものが意外と伸びたりだとか、結構そういうことがあったりするんですよね。
完璧主義が失わせる良さと仕事での課題
これは決して完璧がダメだとかそういう話ではないんですけど、その求めすぎてしまうと、自分の中に何ていうか良さというか、それが結構失われてしまうんじゃないかなっていうふうに思っちゃうんですよね。
これは結構自分の中で課題っちゃ課題なんですけど、仕事で朝礼とかで発表というか話すことが毎日あるんですけど、その中で他の部署からこれを伝えてくださいという依頼を受けて、その内容を全部台本ができてるんですよ。
朝こういうふうにおはようございますから始まって、今回このテーマというかこのお話で高川さんとか出てこうなるんだけど、それを読むことがすごく苦手で、内容を買いつまんだらあとは自分の言葉で喋りたくなっちゃうんですよ。
それは後から何でそれを貸し取ったのとかって言われちゃうんだけど、その文を読むっていうことが、何ていうか、自分じゃなくてもいいよねみたいな、そんなふうに感じてあることが結構あって、別にそのまま文章を読むんだったら貼り付けていけばいいじゃんとか思っちゃうし、
そのプラス、そこにあるものを伝えやすく自分の言葉で届けたいなっていう思いを届けたいというか、そうすることしかやってもらったからなんでしょうけど、それ一時一句そのまま読むっていうのがものすごく苦手で、それを変えちゃったりするんですけどね。
それを完璧にやろうとすると、ぎこちなくなるっていうのがちょっとあって、それで予算も結構失われてしまう部分もあるのかなっていう部分。意外と考えれば素敵なものが出るかっていうとそれはわからないし、
未完成で出すことのメリットと改善のプロセス
だからそれで苦しんじゃったり、なかなか一歩進めないなとか思ったときは、むしろ未完成な状態で一回出してみる。出してからもうちょっとこうしたほうがよかったなとか、もう一回これきれいに整えてから出そうっていうこともやっぱりできるし、だから一回で終わりっていうことじゃないっていうことですよね。
仕事で結構、設備というか環境の改善を今年は結構やっていて、導線だとか管理だとか、仕組み上もうちょっと困らないような置き方だったり回し方だったりとか、そういうのをちょっと考えている中で、
やっぱり何か一つ問題があったときにそれを完璧にやろうと最初は思うんですけど、ただ実際やってみて、例えば荷物を1を1個決めましたってなったときに、その1で果たしてそれが100%で問題全くゼロかっていうと、実際そうでもなかったりするんですよね。
それを置いたことによって、そこを使っていた誰かがちょっと仕事がやりづらくなったりとか、もしかしたら影になってちょっと作業が見えづらいとかそういうのもあるかもしれないし、ただそれでやってみなきゃ結構わからないことの方が多くて、それがあって声を聞いて、そこをもうちょっと改善しようとか、荷物の高さを低くしようとか、日が当たらないんだったらとか、
そういうふうに次の手っていうのはやってみないとやっぱり出てこなくて、それを一発で完璧にやろうとするっていうこと自体が結構無理があるんじゃないのかなって思ったりするんですよね。
だから最初の一歩で100%を求め過ぎしてしまうと、結果柔軟性を失われて、もっと次にあるものをどんどん変えていく柔軟性動きっていうのを備えておいた方が結構いいんじゃないかなって個人的には思ったりするんですよね。
トライアドエラーですよね。やってみてダメだったらそこを直して、繰り返し繰り返しっていうのを心がけるようにしています。
固定概念と現実のギャップ、そして最初の一歩の重要性
だからちょっとだけ今スタートするとき、何か始めようとしたときに、こうじゃなきゃいけないっていう固定概念みたいなのがどうしてもあるんですよ。
情報が先に入ってくるから、こういう理想像、完成された図っていうのが絶対みんな頭にあって、それを思い描いて動くからそこには当然ギャップが出て、むしろそんなのうまくいくはずがないんですよね。
いきなりホームラウン、野球でやったことない人がホームラウン打てるかっていうと、そんな打てるわけがないんですよね。バッターボックスに立ってからいろいろ感じることの方が多いから、立つまでにこの調子だったら打てるとか、今日のコンディションだったらいけるとかそんなことはまずないので、
まず立ってみて、実際の感覚を味わって、そこでちゃんと得たものっていうのを繰り返し反復して修正していくっていう方が大事かなと。だからその一発目っていうのは完成された100%じゃなくて未完成でもいいから出していくことが大切じゃないかなということで、
今日はお届けさせていただきました。小さなことでちょっとした一歩が踏み出せるきっかけになればいいなと思いお届けしています。今週はどっちかというと完璧主義を脱するじゃないけど、これ自分が完璧主義に結構寄っちゃってるので、それも含めてちょっとお伝えていければと思いました。また引き続きお話ししていくので、よかったら聞いていただけると嬉しく思います。本日もありがとうございました。