ある程度覚悟して言ったけどさ、言いたいことはさっぱりわからなかったね、これ。
私なりに、なんかこんな感じかなっていうのを漠然と受け取ったけど、
いつものウェス・アンダーソンさんですね。って感じではあったけど、なんかどんどん難解になってきてない?
グランド・ブダ・ベスト・ホテルとかめっちゃわかりやすかったし、フレンチ・ディスパッチも、なんでしょうね、その称号とは全くバラバラだけど、雑誌の記事っていうことを考えたら、
あ、なるほどねって納得できるんだけども、今回、もちろんストーリーは理解できたけれども、何を言いたいのかっていうところになると、
さっぱりわからない。目覚めるためには眠れって連呼してたけど、あれ?言いたいことは。
私が見て、連想したのは、コロナで隔離されたりとか、あと核実験とか、いろいろギリギリする事態とか、
今、コロナとかで肌身に感じてて、隔離生活が長いとボケっとしちゃったりするよねとか、
そういうのの中に、何千年前に落ちた隕石の宇宙人が急にやってきてとか、そういうとっぴなことが起こって、
何が言いたいかというと、日常の出来事に意味はないって言ったら、非常に語弊があるんだけど、
メタ的にね、日常の風景を、わざとこれ劇中劇ですよ、みたいな感じの舞台をやるための架空の人物が劇をやってるって体なんですよ。
やることで、自分なんかが生きてる日常とかを一歩客観的に引いて、出来事として捉えるっていうことをしたら、
わりとイライラしたりとか、心がしんどくなることもあるんだけど、そういう時はとりあえず最後に言ってた、まず寝て休んで、それから目覚めて活動するっていうようなゆとりを持ってもいいんじゃないでしょうかね、みたいなユーモアなんじゃないかなーって。
あのー、脚本家が公開半年後に事故って死んじゃったっていうのは、あれは何なんだろうね。 そういうこともあるっていうことなんじゃないの?
まあいろいろあるし、人生のあれこれなんて特別意味があるもんでもねーよっていうことですかね。 だから、意図して意味なんてないんだよっていうのを
ユーモアというかコミカルさというか、いつも通りのカラフルでパステルカラーでかわいい絵でさ、出してくれてやってるんだけど、
死って何がなんかテーマとか言われたら、もう逆に意味ないのが、意味っていうかなんて言うんでしょうか、書くとかが割とまたかーみたいな感じになってたりとか、
割となんかこう、いちいちビクッてなるようなことなのに、ぽんぽん起こってたでしょ。で、嘘みたいなキノコグモがかわいくボンってなって、
とかさ、宇宙人がいきなりやってきてとか、核爆弾積んでてなんか実験やってとかさ、なんかそれがすごいポップな感じで書かれてる
っていうあたりが、そこまでなんか思い詰めて考えなくてもいいんじゃないかねっていう風な考えを持ってもいいんじゃない?っていう風な感じに私は勝手に受信しましたが。
これはもうわかんねーなこれって諦めて、いやー、車とかかわいいなーって思いながら見てました。
何もかもかわいいよね。で、今回はね全然眠くならなかったの。わかんなかったのに。
あの前のフレンチディスパーチの時はもうあからさまな情報肩で大変で困ったけど、
確かにね、あえて情報を抑えてる感じがする。あの画面内に物がごちゃごちゃある感じが薄まってるなって思ったんだけども、それがちょっと寂しい気もしたけれども、
逆にすっきり情報が整理されてたってことかもしれないね。舞台だからさ、お客さんに見せてるんだよ。
前回のフレンチディスパーチは雑誌だったんだよ。だから、バッて開いたら、まあ紙面の情報が見開き飛び込んでくるわよねっていう画面作りだったの。
だから、もう、わーって処理をしとうぜ。今回はお芝居を見せてくれてるので、
スクリーンを見て、怒ってることがなるほどねってわかる。
逆にあの風景が見えてるんだとしたら、とんでもないお芝居だけどね。すごいよね。
だから、そのために劇中劇で最初に説明が入るじゃん。私その時点でもうちょっと理解しきれなくなりそうだなって思ったんだけど、
カラーの部分ではすごいあの 映画って感じでセットっていうには無理のある
動画が流れてくるけど、これはこういう背景なんか書き終わりとかでやってて、ここの舞台でこういうふうにこの人たちが演じてる感じなんですよっていう設定を最初に白黒の画面で説明してくれるわけじゃん。
そうね。でクライマックスのしっちゃかめっちゃかの画面でカラーのところからドアを開けてセットの裏側に入って舞台裏の白黒ゾーンに入るとかね。
ああいう演出も面白かったよね。この辺はもう映画ならではで、いろいろなんかこう不思議って感じのあれにしてるんだろうね。
ただまあやっぱりカラーの世界がウェス・アンダーソンの映画の魅力というかさ、やっぱり綺麗だよね。
今回わざとらしいぐらいオレンジと水色のさ、世界になってるじゃない。映画ではオレンジ&ティールっていうカラーコレクションがね、まあ流行りで誰も彼もやるんだけれども、
暗い部分を青っぽくして明るいところをオレンジ寄りにするのね。そうすると反対の色なんだよね。色相的には。
で、なおかつオレンジっていうのは人肌に近い色だから、まあ要するに人間が映えて引き締まってかっこいい絵になるっていうので、
めちゃめちゃ流行ってる絵作りなんだけども、それをものすごく淡くパステルカラーでやってて、
まるで嘘みたいな風景っていう今回の絵はね、初めて見たね。それがすごく面白かった。そのただっぴろい砂漠のさ、
オレンジとさ、嘘みたいな青空のさ、対比がすごくいいんだよね。で、そこにぽつぽつ立ってるサボテンのかわいさ。
かわいいじゃん。あのおじいちゃんが迎えに来たから、あの壊れた車から荷物を全部忘れ物ないように取り出して、
あの親子がさ、みんなトランク持ってテケテケテケテケテケーって左から右に列をさ、作ってたーって歩いていくところとかめっちゃかわいかったじゃん。
トランクがかわいい。車がかわいいし、積まれてる廃車ですらかわいい。
何もかもが相変わらず作り込みとかさ、かわいいよね。例によって、あの何かしらのドリンクなりフードなりを作るところのさ、小物がアップになって映るところとか、
もう色合いもなんかすごい良いし、なんかもう見ててさ、わーって目に嬉しいよね。
最初の貨物列車とかもあれはミニチュアなのかね。うん、だと思った。
で、こう、宇宙人のことを隠ぺいしようとしても、筒抜けになってて、
宇宙人村みたいになってる時のさ、簡易遊園地の観覧車とかさ、あのガッチャガチャした感じとかさ、
まあとにかく目に楽しいよね。
で、まあ人物もいっぱいいたけども、それぞれの人物が何を表したくて配置されてるのかとかさ、ちょっとよくわかんなくて、やっぱり子供たちと先生、あれは何なんだろうね。
バンド組んでるカーボーイたちもそうだけども、まあいろんな人がいる群像劇をやりたかったっていうのはわかるんだけども、
まあそれぞれの登場人物に何らかの意味は持たせてると思うんだけども、この人たちは何でいるんだろうなって思った。
怒ったことに対して、素直さの象徴なんじゃないんですか?子供は。
子供は?普通にね、あの授業を進めようという時に、これは宇宙人のなんとかってみんな一人ずつ一人ね、手を挙げて。
ただ、新米の先生的には、通常通りの授業をやってください。宇宙人はとりあえずなかったことっていうことで、とりあえず今、かようせいの話をしたいんですけど、先生!宇宙人の歌作りました!バンド登場。
あれ、バンドよかったな。バンドの人たちね、ちゃんと練習してね、用意してくれてるんだよね。
あの、混ぜた子がいて、一人ね、タバコ吸っちゃダメでしょって言って、普通にあのバンドの方々となんかこう、紙巻タバコ吸ったりして、チッてこう、捨てたりとか、その後、練習したって言って、エイリアンのことを歌う歌とかやってて、あれのシーンすごい好きだったな。
それで、先生も一緒になって踊りだしちゃってね、それを見ている、隔離されている親御さんたち、カメラの向こうで、こう、パーンってなってる。
絵面がね、なんていうか、昔の長谷川マチ子って感じだよね。
確かにそんな感じあるね。うん、わかるわかる。
新しいアニメのサザエさんの絵柄じゃなくて、昔の初期の頃の長谷川マチ子のサザエさんみたいな、そんな感じの絵柄のコミカルさがあるなって思いました。
長谷川マチ子、初期、後期がわからないけれども、原作の長谷川マチ子ってことだよね。アニメじゃなくて。
原作でなおかつ初期だね。って感じのね、あの絵柄で2Dにすると、なんか、あんな感じのやりとりが実写で行われている感じがするなぁって、ウェス・アンダーゾンの映画を見ると、
割となんかそんな感じの、よってなんかすごいのが出てきて、ヒャーとかなんか言ったりするような、走る鳥みたいなのがさ、テクテクダンスしたりするじゃん。
あれは完全にルーニーティウンズのロードランナーでしょ。ミミィっていうやつ。
だから、意図して、コミカルさみたいな感じの、風刺までは行かないかもしれないけど、
ギガ的な感じで、あの、描いたのかなって思った。
最後、キャスト見たかったのに、ロードランナーに目が釘付けになっちゃってさ、かわいい。
そこは、もう諦めた。あまりにもさ、多いし、ざっと見た感じ、いつものウェス・アンダーゾン組だって思ったから、だいたい。
確かにね。グランドブーダーペイストホテルのゼロくんだっけ?彼も出てたよね。
毎回出てる、あの人。あの人は、大統領からのメッセージを言う人の補佐の人で出てきて、シュレッダーかけたりしてたよね。
あと、ティルダ・スウィントンは出てたよね。
名前は、ちょっとね、名前言われてパッとね、思い浮かばないんだけど、多分出てると思う。
これはもうね、ファンフにバッチリ。
ミレム・デフォーはね、最初のオープニングで名前が出たときに、やっぱり絵の方を見てたんだけど、チラッとだけ見るかってチラッと見たときに、ミレム・デフォーって書いてあって、相変わらず顔が強いんで、モノクロのところでもめっちゃ映えるよね。ミレム・デフォーは強いなーって。
スカーレット・ヨハンソンは、メインキャストに入ってるけど、
ミッジさんの役でしょ?
うん、だけども、これはあれだよね、ウェス・アンダーソン組ってわけではないよね。
過去作で見た覚えがない、出てたっけ?
じゃあ出てない人選んだんじゃないの?
うん、だよね、今回。
犬ヶ島に声が出演してるって。
あとバーゴッド・ロビーは、あれは役削られちゃった。
そう、妻役。妻って書いて。
そう、まあビッグネームがいっぱい出てますな。
出てる出てる。
フォレスト・ガンプンも出てたわけだし。
うん、出てた出てた。おじいちゃんの役だよね。
フォレスト・ガンプンじゃねえや、名前。トム・ハンクス。
すっかりおじいちゃん役の人になりましたね。
ゴッドという男でもジジイやってたよね。
ジジイやってたけど、全然タイプの違うジジイだね、今回ね。
今回のおじいちゃん役は結構好きでしたよ。
ミッジの部屋に入ってて、何かできることあるかい?みたいな。
あれは何だった?
あの仮装のシーン面白かったね。
仮装じゃないや、仮装されたお母さんを娘さん2人が各々の信仰のあれによってお葬式をしようとする。
謎の呪文を唱えてね。
おじいちゃん的にはやめてほしいって言って、実家に埋めたいって言ってんのに。
お葬式に邪魔はしないで!って言って。
発明の表彰されて集まった5人の秀才たちが人名を言うメモリーゲームをやってて、
2回目に見たときにはものすごく長くなってたのがちょっと面白かった。
1回目の最後は北条ときゆきで終わったけどね。
あれは今ジャンプでやってるからなのかな?
あの逃げる若気味?
ちょっとキャッチーな日本の武将の名前とか出してやろうってなったら変だったのかなと。
キャッチーというか、微妙なところを抑えた名前を出そうと。
それで賢な感じを出そうとしたらあれになったのかな?
日誌でマニアックなやつを言うことで、超秀才たちを唸らせる。
そこのセンスが問われますっていう感じのゲームになってたんじゃない?
あとは日付を受信してたパネルのピポピポという音が良かったとかそのくらいかしら。
あれは展示の数字表記なのかしらね。
どうなんでしょうね。展示って世界的に6点を使うの?
そうだった。この間英語の展示について調べる機会があったんで、
アルファベットだけABCとかチェックしてたんだけど、
あんな感じ6点表記で、日本も6点表記なんだけどさ。
今日の日付だって、あれが宇宙人から来る予定の日を受信してたって感じなんですかね。
ちゃんと連絡してくれる宇宙人。
今日行くから。
そして隕石を持って行ったり言うと、
あと返してくれた時刻まれてた刻印、あれは何なんだ?
あの刻印さ、物語の序盤の方で何か出てきたような気もするんだけどさ。
そうだっけ?
もう何か忘れちゃっててさ。
もう何も覚えてないけれども、
出てくる時の宇宙人のおどおどした感じとか、
宇宙人のひょろーっと長い、なかなか見ないタイプの宇宙人とかね。
なんかちょっとティム・バートンみたいな。
ナイトメア・ビフォーア・コミュニティクリスマスのあれみたいな感じとか、
ティム・バートンみがあるよね。
あとさ、宇宙人の体型と中の人の体型あってないよね。
それは思った。
あれはだから、どこまでが人形で撮ってるっていう体なのかなと思ってさ、
セットとしてさ、壊すなって言って小っちゃいUFOあったじゃないですか。
あれを使ってて、だから高く飛んでる時はあれを使ってるんでしょうけど、
下の方に降りてきた巨大なUFOとかね、中に入ってる人とかはどうやってるの?っていう舞台でね。
そこは想像を膨らませて、
観客に委ねられてるところよ。
もう僕は完全にバカずらして見てたから。
そういうセットでお芝居をして、緑色に光がなったりしてるし、
上芸的にはこういうことを表現して、舞台が行われたのであろうな、ぐらいの。
お芝居について語るっていうところも、映画の言いたかったところなのかもしれないんだけどさ、
芝居がわからないって言って裏方に行って、削られちゃった、ゴッドロビーと会話をして何かを掴んで帰るみたいな、
あそこのやりとりもわかんねえなって思いながら見てた。
だからね、あそここそね、なんかそのオーギーの役の人が、
手やけどする意味まじわかんねえ、みたいな感じで戻ってきて、なんやねん、みたいなことをすごいそこだけ気にして駆けずり回って焦って、
ヒゲパーってやってたけど、それこそがなんか、そんな些細なことをギリギリ気にしたって仕方ないんだよ、みたいなことを言いたいのかなぁとか思ったんだよね。
結局舞台のラストだよね。ドタバタになったところからどういう風にして終わったかっていうのをさ、
わからないまま終わるじゃん。あのしっちゃかめっちゃかのシーンがね。
いうところもありですね。まあなんとなく、すっきりはしない感じがあるな。
結構見てる側にたくさん想像させるタイプの映画なのかなぁって。
まあそうなんでしょうけどね。明確なテーマとかは、
わかりやすく表現はしないけど、だから前衛的な劇団の舞台見てるみたいな感じではあっては確かに。
先日の狼の家を見たときとかにも思ったんだけど、ちょっとわけわかんない方が、
なんだろうって考えるから、火がつきやすいんじゃないかと思う。見た側に。
だからあれは何だったのかなって考えようと思えるように、
できた映画は勝ちなんじゃないかなって、わりとずっとね繰り返し考えてるのね。
わけのわからないところは、作者もわけわかってないような、
若干ちょっと尻滅裂なところがあるぐらいの方が、勝手に深読みしてくれて助かるっていうわけね。
あまりにもわかりやすいとさ、もう見た時点でさ、自分の中でさ、答えを受け取っちゃって落着しちゃう。
もうそれ以降さ、普通に面白い映画だったねーとかで終わっちゃうんだけど、心にしこりが残らないのね。
その辺さ、若干わけわかんないのと、インパクトが残るとか、
そういうのの方が自分の中でたくさん考えられて。
最近で言ったら、君たちはどう生きるかとか?
あれはさ、私的にはそんなになったんだけど、
だってさ、これってどうしてこうなるんですかって、宮崎駿に聞いたら、わかんないですっていうところがあったって、なんかで聞いたんだけどさ。
だからアーティストタイプの人が作った映画ですよね、今回もね。
そうそう、だからアーティな感じのものをなんか示しておけば、理路整然と説明できない部分の脳みそが動くんですよ。
これこれがこうなって、こういう理由があるからこうなりましたね、はい、みたいなふうに、
言葉で考えられる以外のさ、なんかところがさ、動くとさ、
いい気持ちがします。だんだん言ってることがバカになっていくんだけどさ。
作ってお出しされてたものも感覚的に作られてるから、受け取る側もね、感覚的になるのはわかるよ。
だから、映画を見終わった後に、お話をして、こういうところが面白かったよねとか、
そういうところ以外に、自分の中でさ、心というか、自分の中で感覚が何かしらこう影響を受けた部分が、明確には言語化できないんだけど、なんかあるなってね。