2023-12-21 18:38

【第51回】ノンヴァイオレント・エデュケーションを提唱する古山明男先生の言葉

(※特に前半は音質が悪く聞き取りづらくなっています💦申し訳ございません🙇)
今日は、かれこれ30年以上、不登校やホームエデュケーション、オルタナティブ教育に関わってこられた古山明男先生の言葉をご紹介します。古山先生は、「ノンヴァイオレント・エデュケーション」を提唱されており、「変えよう!日本の学校システム~教育に競争はいらない~」という名著を残されています。
古山先生に許可をいただき、先生のメルマガを一部朗読させていただきました。
古山先生、ありがとうございました🙏
皆さんも、古山先生の言葉を思い返しながら、なぜ子どもに勉強してほしいのか?とご自身に問いかけていただきたいです。



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こんにちは、おあです。産児子育て中で小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
子どもたちが毎日を楽しく、自分らしく過ごせる社会にしていくために、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第51回目のきょうは、ノンヴァイオレント・エデュケーションを30年以上実践されてきた古山明男先生の言葉というテーマでお話ししていきます。
不登校ですとか、ホームエデュケーションとか、オルタナティブスクールなんかの関係者の方には、よく知られているレジェンドの古山明男先生という方がいらっしゃるんですけれども、
今は70歳を過ぎていらっしゃるんですけれども、30年以上にわたって不登校の子どもたちに関わってきた方で、
教育機械確保法を推進した、多様な教育を推進するためのネットワークの代表なんかも務められている方です。
古山先生は、2006年ですので、もうかれこれ20年近く前の書籍、変えよう日本の学校システム、教育に競争はいらないという本で、
不登校の問題は子どもにとって自分に合った教育を提供されない問題であること、つまり制度の不備による制度公害であることを感覇していらっしゃるんですね。
この本は大変な名著だと私は思うんですけれども、残念なことにですね、今絶版になってしまっているんですね。
なので、読みたいという方は図書館なんかで探すしかないかなという状況ではあるんですけれども、その中のごく一部を今回ご紹介したいと思います。
学校には離脱する自由がない。現在の日本の義務教育制度には一本道しかない。その一本道を子どもを褒めたり脅したりで、頑張らせて渡らせるだけなのだ。
不登校が増えたので学校に行かないことも現実的には容認されるようになった。しかしそれはどうしようもない場合は多めに見ましょうと言っているだけ。
離婚した出戻り女性が人間として欠陥があるように見なされ、実家で人目をしのんで生きるしかなかった時代がある。不登校の子どもはそれと同じような扱いなのであるという文章があります。
この古山先生はですね、教育で脅しや処罰を使ってはならないとずっとおっしゃってるんですね。ノンバイオレントエデュケーション、無処罰教育というのをずっと長く訴えて実践されていらっしゃる方なんですね。
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古山先生のもう一つ言葉をご紹介したいと思います。
人間は身分を作り、弱いものを脅して、服従させる社会を作ってしまった。
人間の恐怖心に訴えると容易に服従させられることを利用して、この性質に基づいた社会を作ったので、人間社会から戦争、暴力、搾取が絶えないのです。
子供を脅したり、恥ずかしめたり、競争させたり、ご褒美で散ったりして何かをやらせようとしてきたことが社会を破壊しているのです。
子供を叱ったり罵したりせず、子供が自由に生きられるようにすること。
あらゆる機会を通じて子供に美しいもの、善なるもの、真理なるものを伝えること、それが教育ですとおっしゃってるんですね。
私は古山先生はじめ、以前にもご紹介した林竹治先生はじめ、他にも世界に名だたる歴史上の有名な教育者と呼ばれる方々がいらっしゃいますけれども、
真の教育者というのは、いつの時代も哲学者であり思想家であり社会革命家なんだなってつくづく思いましたね。
先日、同じように学校に行かないという選択をした同級生のお友達と久しぶりに会っていろいろお話をしてきたんですけれども、
その時にどうして私たちは勉強を子供にさせたくなってしまうんだろうねって、勉強ってなんでしなくちゃいけないのかなっていうようなお話になったんですよね。
古山昭雄先生の、いつもメルマガを先生が配信されていて、その中の一つを紹介してくれたんですね。
そのメルマガの先生の言葉がですね、本当に心に染みて、このメルマガね先生、メルマガしか出してないんですよ。
もう多分ね、SNSとかやってらっしゃらないし、多分ね、ホームページとかで先生の書いた文章もすごいので、どれも本当はもっとねまとめて書籍にしたりして、世の中に私はもっと出してほしいと思うんですけれども、
ちょっとクローズドな場所でしか先生の金言を聞けない状態でして、ちょっとその内容が素晴らしかったので、ぜひ私の方で少しでも一人でも多くの方に知っていただきたい言葉だなと思って、ちょっと読ませていただきたいと思います。
題名が人を脅してはいけないというテーマです。
人を脅して何かをさせてはいけません。
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刃物や銃で脅して金品を奪ってはいけないのです。
無知で脅して奴隷労働をさせてはいけないのです。
投獄するぞと脅して考えを変えさせてはいけないのです。
ところが私たちは相手が子供だと平気で脅すのです。
外出先で子供がダダをこねたとき、親が置いていくぞと脅します。
子供にとっては置いていくぞは殺すぞと同じ意味を持ちます。
親に捨てられれば生存の可能性がありません。
子供が言うことを聞かないとサンタさんが来ませんよと脅します。
それはサンタさんが子供の最大の希望を担っているからです。
学校は子供をよく脅します。
先生たちは強制修学で集めた子供たちに自分の興味関心を放棄させ、椅子に座って動かないようにさせ、
先生の話を聞かせ、テストの結果を出さなければならないのです。
しかもそれを子供たち全員にしなければならないのです。
脅しという手段に手を染める先生が多いのは当然のことだと思います。
学校が使う脅しは露骨なものだけではないです。
もっと効果的で、しかも露骨ではない脅しが二つあります。
一つは子供を愛情飢餓に追い込むことです。
まず全員に対して認められることの飢餓状態を作り出します。
そして先生の意にかなったことをする子だけ認めるのです。
子供たちは先生に認めてもらおうと何でもするようになります。
子供が認めてもらい相手をしてもらうことは生存にどうしても必要なのです。
もう一つは将来が大変なことになるぞと脅すことです。
具体的には試験・進級・卒業・内進・進路で脅すのです。
あなたの将来を心配しての親切なアドバイスという形をとります。
学校の先生は子供を脅してでも勉強させればお給料がもらえるでしょう。
しかし脅すことは子供の内面に歪みを残します。
その歪みというのは私たちが何かがうまくいかないときすぐに私たちは自分を脅し出すことです。
そんなことじゃダメだ。一体何やってるんだ。自分で何とかしなくちゃダメでしょ。
そういう言葉ばかりが浮かんでくるのです。
教科学習ならば脅されてやったことであっても何がしかの知識・スキルは得られます。
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ところが人を脅すパターンを心に植え付けられるとその後の生き方がトラブルだらけになってしまうのです。
家庭でも学校でも脅さないと子供にやらせることができないときは教える方が間違っています。
少なくとも教える時期やシチュエーションを間違えています。
私たちは威嚇して伝える人間ではなく、歌うことで伝えられる人間を育てなければならないのです。
私たちはずっと勉強しないと大変なことになるよと。
勉強しないと後で困るのは自分だよとかですね。
そう言われて育ちましたし、それを自分も子供に言ってしまっているんじゃないでしょうか。
それは脅しだと古山先生はおっしゃってるんですね。
ものすごい突き刺さりませんか。
私たちはいつでも何か将来に不安をずっと抱えているんですよね。
その不安だって本物かわからないですよ。
ありもしないことを私たちは不安にさせられて、ほとんど妄想に近い不安や恐怖を植え付けられて、それで動かされて、
そういう生き方しか知らない大人たちが、私たちが今度は自分たちの子供にまた同じように、
何らかのよくわからない不安や恐怖というもので操って動かそうとしているのかもしれないですよね。
おそらく宿題や勉強をやりなさいと言ったことのない大人の方が少ないと思いますし、
勉強しないと後で困るよっていうような言葉を言ったことがない大人の方が少ないと思うんですよ。
ただこの話から私が連想したのはアリとキリギリスの物語なんですね。
皆さんご存知ですよね。アリとキリギリスのお話。
夏とかにキリギリスがバイオリンを弾いて遊んで歌って踊って楽しく過ごしている間、
アリたちは一生懸命冬に備えて餌をせっせか毎日ずっと働き続けていたと。
で冬が来てキリギリスは遊んでばかりいて備えていなかったものなので、
お腹を空かせてアリさんのところに助けを求めに行くんだけれども断られて死んでしまうと。
でアリさんたちは夏の間も一生懸命頑張って働いてきたので無事に冬を越すことができたと。
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そういうお話でしたよね。
私はあの物語ですね。幼い頃読んで聞かされた時はやっぱりアリが偉いと。
アリが素晴らしいと。アリでいなさいと。キリギリスのようになってはいけないよと。
好きなことばっかりして楽しいことばっかりして先のこと考えないと大変なことになるよと。
そういう話として私は受け取ったし教わっていた気がするんですね。
大人になってあの物語をまた子供たちに読み聞かせた時に、
キリギリスそんなダメかなって思ったんですよ。
キリギリスも素晴らしいですよね。
だって自分のバイオリンで人を楽しませたりできるわけですから。
アリがねちょっとそういう冬美味しそうなものをため込んでいるんであればそこで素敵な演奏を弾いてですね。
みんなを楽しませてそれで少しお給料いただいたっていいわけですし。
アリだってねあんなに一年中ずっと働かなきゃ本当に冬越せないのかっていう疑問に思いませんか。
例えばハキリアリっていうのがいてハキリアリは何してるかって葉っぱをせっせっせと自分の巣に持ち帰ってそこでキノコを栽培して冬に備えるっていう話なんですよね。
つまりどっちの生き方が幸せでこのやり方しかないとかっていうのもないと思うんですよ。
いろんなやり方があるはずだと思うんですね。
となった時に今の勉強しなさい勉強しなさいっていうような教育ってつまり子どもたちにねみんなにアリになれと。
アリこそが正しいみたいな感じで勉強しなさい勉強しなさいと。
それは将来に備えるためね冬が来るんだから冬に乗り越えるために勉強しないと大変なことになるよという感じに思えて。
別にねその時その時を楽しむっていうこともとっても大事だと思いますし。
確かにね大人なのでいろんな経験をしているので冬が来るってことを知っちゃってるわけですよ。
知らないように見える子どもたちに向かってキリギリスのように生きている子どもたちに向かってアリである大人がですね冬が来るんだからそんな遊んでばっかりじゃダメだよって言いたくなるし
冬に向けてこれも必要あれも必要こういうこともやっておいた方がいいとかっていろいろ言いたくなっちゃうわけですよね。
でもですねそれは100歩譲ってもアリにとってそれが必要だっただけで役に立っただけでキリギリスに必要な冬の備えっていうのはまた違うかもしれませんし量だって違うかもしれませんし中身だって違うはずなんですよ。
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なぜなら子どもたちは私たち大人とは全く違う時代を生きるからですね。
なのに大人たちは自分の時代自分というアリに必要だったものを必要だと言ってキリギリスである全く違う昆虫である生き物に押し付けてある意味強制労働みたいなことをしているように見えなくもないわけじゃないですか。
もちろんね親として心配になるのはわかるんですよ。やっぱり冬が来るわけですから大丈夫なのって冬来るんだよってそんな遊んで食べ物とか大丈夫って思いますよね。
だけどもだからといって勉強しろたくわえろって子どもたちを強制労働強制的に勉強させるっていうことはしてはいけませんし勉強を無理やり強いるとかそういうことではなくて
一応ねアリという立場からキリギリスという違う生き物だという認識の上でね私たちアリは冬食べ物がなくなっちゃう時代が来るからそれに向けてこういうことをしてるんだよと
そういうためにこういうことをしてるんだよっていう話を一応してですね。キリギリスさんにも一応そういう冬っていうのはこういうもんだよっていうようなことを一応ね知識があるんであれば一応伝えて
そのこと自身は別に悪くないはずなんですよ。伝えておくこと自分が知っていることで大事だと思うことを子どもに伝えるってことをしていいと思いますし
むしろねそれを言わないのもちょっと罪だと思うんですけれども
やっぱりアリという大人が全然違う生き物であるキリギリスという子どもにですね違う時代を生きるキリギリスにですね何か言うっていうのはやっぱり言うとしたら相当な謙虚さが必要だと思うんですよね
つまりアリの自分にとってはこういうことが役に立ったよとかこういう備えがあったから冬が越せたよっていうことまでは言えても
同じことをですねキリギリスが必要なのかとかキリギリスがそれを求めているのかっていうのは違うっていうことを当たり前なんですけど
認識した上でアリの生き方をキリギリスに押し付けないっていうことですよね
古山先生がおっしゃってるのもつまりですねキリギリスという子どもたちにアリの生き方を押し付けていると
そういうことはやめましょうとそうじゃなくてキリギリスがキリギリスらしくですね
納得して幸せに生きられることをサポートするっていうのが私たち大人の役目っていうことなのかなとかなりの威厄かもしれませんけれど
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そのふうに私は受け取りました
皆さんもこの古山明雄先生の言葉からですね
どうして私は子どもに勉強してほしいと思っちゃうのかなっていうようなことをちょっと自分自身に問いかけて考えていただくきっかけにしていただけたらいいなと思っています
お聞きくださりありがとうございましたまた次回お会いしましょう
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