2024-08-08 15:20

【第97回】もりーさんとのコラボライブ振り返り~学校の役割と教育の意味~

昨日「学校って必要ですか?」というテーマでお話しした、ホームスクーラー・もりーさんとのコラボライブを振り返りながら、「学校の役割」と「教育の意味」について改めて考えてみました🙌

●ホームスクーラー・もりーさんの「知足人生珍道中」チャンネル👇
https://stand.fm/channels/64b5b482b352effb9d4a8cb6

●昨日のライブ「学校って必要ですか?」のアーカイブ👇(¥160)
https://stand.fm/episodes/66b2d3ae443fd4bb5aca628f

「学校」と「教育」は一緒くたに語られることが多いですが、本来別物です。
詳しくはこちら👇

●cotenラジオ「教育の歴史」全13回シリーズ👇
https://voicy.jp/channel/1361/182526

●孫泰蔵著「冒険の書~AI時代のアンラーニング~」👇
https://www.amazon.co.jp/%E5%86%92%E9%99%BA%E3%81%AE%E6%9B%B8-AI%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B0-%E5%AD%AB-%E6%B3%B0%E8%94%B5/dp/4296000772

学校はもともと、国民としての”アイデンティティの形成”を目的に、国側がある意図をもってつくったもの。現在の学校制度は、国家側が”国民”を育成する必要があってつくった装置です🏫
対して、教育はその時代に必要とされる「生きていく知識」や「能力」、「技術」を家庭内で個別に教えていたもの。それぞれの生活に根差していた内容でした🖋

いつだって、教えたいのは、大人側。
今の学校教育は、「あなたのため」と言いながら、あれもこれも必要だからとなんでもかんでも詰め込んで、子どもの興味関心や、1人1人のペースもタイミングも関係ありません😣
出発点がそもそも「大人の勝手」なのだから、どうしても教えたいこと、伝えたいことがあるなら、子どもに納得してもらう必要があると思うのです。
なぜこれを学んでもらう必要があるのかについて、言葉を尽くして、子どもに納得してもらう必要があります。
もしくは、最高に面白い授業をして、子どもが「聞いてみよう」「やってみよう」と思えるような工夫をすること💡
その努力もなしに、大人が子どもに「教育」を押し付けるのは、傲慢だと思うのです・・・💦


このテーマについてはとても語り尽くせませんので、おいおいお話していきたいと思っております🙏
直球なテーマに向き合って下さったもりーさん💖
昨日のライブに聴きに来て下さった皆様💖
ありがとうございました💐



●【第31回】教育とは何か?👇
https://stand.fm/episodes/6549a88951edb2c3e5036c04

●【第62回】第2回これからの学びの在り方を考える勉強会のご報告と御礼👇
https://stand.fm/episodes/65cc25575dc5c0ff26c7d9af

●【第42回】子どもに好きなことだけやらせていて大丈夫?👇
https://stand.fm/episodes/6563f43635ad7e5360c216cc

●【第34回】不登校の歴史~あの恐ろしい首縄時代をしっていますか?~👇
https://stand.fm/episodes/654d9e3e96a5d7165c7f6215

●【第96回】「ぼくたちの哲学教室」を観てきた話&コラボライブの告知👇
https://stand.fm/episodes/66ad0261b5969db772d1413f

●【第58回】哲学対話ってなぁに?👇 https://stand.fm/episodes/65af22566fb88fcd59f70dc8

●【第52回】オランダの教育「イエナプラン」とは?👇
https://stand.fm/episodes/6585255ce101b0fb666ca5b4

●【第33回】学校で行われている道徳の授業がヤバ過ぎる件。👇 https://stand.fm/episodes/654b2ccc27a27e35dddb5fd6



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こんにちは、おあです。
三十個育て中で、小学生の娘二人は、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、今の学校には合わないけれど、代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第97回目の今日は、もりーさんとのコラボライブ振り返りス学校の役割と教育の意味スというテーマでお話ししていきます。
昨日、知足人生振動中というチャンネルをされているホームスクーラーもりーさんと、学校って必要ですか?という直球のテーマでお話ししました。
やっぱりね、ライブは危険でした。
もう聞き直しましたらですね、今回は出現とまでは言わないんですが、ちょっとねまずい言い方しちゃったかなーとかで、あの表現だと誤解されるなーっていうようなところがいくつかありまして、後悔まではならないんですけど、ちょっと反省してるんですよ。
なんかね、話してるうちにもりーちゃんの2人で電話してるような感覚に陥っちゃうんですよね。
その他大勢の人たちに聞かれてるっていうような状況を忘れちゃって、ついベラベラ余計なことを言っちゃってるんですよね。
自分一人の収録だったら後で修正とかできるんですけど、もうライブでお相手もいるということで、ちょっとね、こちらの限定公開っていうのですか、めんどくさいんですよ。
聞きたい人がですね、いちいち個別に連絡をしてきてですね、こちらがこの人に教えていいのかどうかというのをいちいち判断してですね、一人一人にURLを送らないといけないっぽいんですよね。
なんでね、ちょっとケツほどではないんですけれども、やっぱりね、普段あんまりこちらのチャンネルを聞いていない人にまでですね、ポッと聞かれてしまって誤解をされても怖いなっていうのがありましたので、最低料金の160円というハードルを設ける形で今しております。
そもそもの前提として、昨日お話しした学校とか教育とかっていうのは、私が想定していたのは義務教育課程の小中学生のことです。
そのテーマをお話しにあたってですね、私なりにもう1回学校の歴史ですとか教育の歴史っていうのももう1回勉強したんですよね。
そのことはね、また後日ちゃんとまとめて、学校の歴史みたいな形で放送会を作りたいなとは思っているんですけれども。
まずですね、学校ですね。
学校のもともとは国などがですね、ある意図を持って作り始めたものなわけですよ。
国というのが生まれて、いろいろ税金を徴収したりする必要が出てきたりですね。
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特に近代における学校制度っていうのが作られたのは、第34回の不登校の歴史でもお話ししている通り明治維新なわけですよ。
不国共生、近代化に向けて国が国民を育成する必要が出てきたわけなんですよね。
日本国民としてこういう人間に育てなければならないみたいなアイデンティティの形成を目的に、日本の言葉ですとか日本の歴史ですとか日本の道徳っていうのを教え込む装置として機能していたわけなんですよね。
対して教育というのはまた別なんですよね。
学校と教育というのはどうしてもごっちゃに語られがちですが、教育というのはまた全然違うルーツというか流れであるもので、
江戸時代なんかは武士としての教育というものと農民としての教育というものが別々に存在していたということなんですよね。
武士の教育は文字の読み書きですとか武芸の稽古なんですけれども、
一方、庶民の教育というのは日常的な礼儀作法ですとか地域社会のルールですとか、
家のお仕事ですね。何か織物を作ったりわらじを作ったりわからないですけど、何かそういう家のお仕事の知識とか技術っていうのを家庭で教育していたということで、
いずれにせよ家庭教育がメインだったわけなんです。
その社会で必要とされる最低限の生きていく上での知識や能力や技術を教えるために、
その時代の大人たちが必要だと大事だと思う内容を子どもたちに直接伝えていくような形だったわけです。
あくまで体験ですとか生活に根差していたものなんですよね。
昨日の放送で最後の方に、親として大人としてやっぱりこれだけはどうしても子どもに伝えなければならないこと、教えなければならないことってあるよねっていう話をしてるんですけど、
そこの表現が私も言葉足らずで誤解を与えてしまう内容だったなと反省しておりまして、ちょっと今日ここで補足したいと思っているんです。
そもそも私自身はそこまでの信念と覚悟を持ってどうしても子どもに言わなきゃいけないことなんてほとんどないっていうふうに思っています。
以前の第42回子どもに好きなことだけやらせて大丈夫という放送会でもお話ししている通り、
私もやっぱり基本的にはもう子どもが好きなことを思いっきりやらせておけばそれでいいっていうふうに思ってるんですよ。
うちはねホームエディケーションなんて言ってますけど、もう要は放置ですからねほぼ。
うちは8割9割基本的な子ども好きに過ごさせてますし、これからの時代ね何が役に立つとか、もうこれを勉強しておけば大丈夫なんて分かりません。
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もうあの孫大蔵さんのね昨年出た冒険の書、AI時代のアンラーニング、もう素晴らしい本でしたけど、もうこれもまさにそういうことでしたからね。
とにかく一つでも好きなこと、楽しいこと、面白いことを子どもたちが見つけていくってことが一番大事。
そういう中で子どもの方からですね、これはどうしてなのとか、これもっと知りたいなとか、これをもっと学びたいなっていうのが出てきて、
それを言ってきたタイミングで子どもから求められたタイミングで先輩として分かることとか知っていることとか教えてあげられることがあれば手伝ってあげると。
それで十分だというふうに私は、それが大前提なんですよ。
で、いつもお話ししてますけど、今の学校教育はね、もう子どもたちはね、生きていくためにはこれからはこれも知っておかなければならない、
あれも教わっていなければならないみたいな感じで、もう何でもかんでも詰め込んで、もう国語、算数、理科、社会、図工、音楽、道徳、体育、家庭科、宝剣、保健、
もう最近は英語だのプログラミングなどね、もう中学になかったらさらに古文だとか漢文だとかね、もうすごいですよね。
もう大人が完全に良かれと思って与えてるんですよ。
もうこういうのも知っておかないと大変だよ大人になったらって言ってですね。
だけど子どもは何のためにこんなのを勉強させられているのか、自分の人生に何の意味を持つのかってさっぱり分かってないわけですよ。
ただわからないままだれも説明してくれないままやらされて教えられてテストを受けさせられて勝手にランク付けさせられて成績つけられて。
こんなのは勉強であって学びではないですよね。
面白いわけがありません。
押し付けられて。
子どもに教育したいのは大人なんですよ。
教えたいのは大人なんですよ。
もうね、あなたのためよって言いながら自分の勝手で教育しているというもう毒親ですよね。
そうだとするとですよ。
それでも私がどうしても伝えたいことを教えたいことっていうのがやっぱりあるわけです。
でもそれはほんの1割とかに過ぎません。
昨日もお話しした通りそれは戦争の歴史だったり震災の体験だったり対話の練習だったり。
世界には様々な価値観が存在するっていうことであったりするわけなんですけど。
それを教えたいのはあくまで私であってどこまで行っても私の都合なんです。
だとするとやっぱり子どもにはあなたにどうしても知ってもらいたいことがあるから悪いんだけどちょっと時間くれないとか聞いてもらえないっていう感じで頼むしかないんです。
納得してもらえるように言葉を尽くすしかないんだと思うんですよ。
なんでこれをあなたに学んでほしいのかちゃんと説明して子どもに理解してもらう必要があるわけです。
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そして子どもに同意を得る必要があると思うんですよ。
もしくはどうしてもですよそこまでしてどうしても教えたいんであればものすごい面白いお話をしたりものすごく楽しそうにやってみせて子どもから興味を持って
ちょっと面白そうだからその話聞いてみようかなって思ってもらったり楽しそうだからやってみようかなって思ってもらえるように工夫するべきなんですよね。
最高に面白い授業をするということですよ。
そういう努力もしないでですね教科書開かせて版書させて宿題やらせてって私はどんだけ傲慢なんですかどんだけ勝手なんですかって思っちゃうわけなんです。
大人はもっと謙虚になるべきだと思ってます。
つまらない授業に子どもたちを無理やり付き合わせてしまっているって謝るべきですよね。
あとはその学校の役割ですよね。
第96回の僕たちの哲学教室を見てきた話のところでもお話ししてますけれども民族宗教育育ってきた環境価値観考え方捉え方みんな違ってみんないいと言いますけれどもみんな違ったままみんないいで止まっていても私はやっぱり社会
共に過ごしていくっていうのは結構難しいと思ってます現実だってみんなそれぞれねバラバラな価値観のままではどうしてもトラブルが出てくると思いませんか
例えばねゴミ出し一つ取ったってねみんなが好き勝手にねその辺に捨てたり川に流したり燃やしたりしてたらまずいわけですよどうしても一緒に暮らしていく上ではルールっていうのが必要になってくるわけですよね
みんなが気持ちよく安心して生活するためにどういうルールが必要になってくるかっていうのを話し合う必要が出てくるわけですよ
話し合いをする上ではまず語彙が必要ですよね言葉が必要ある程度の共通言語も必要になってくると思いますし
さらに相手に分かりやすく伝える術を持っていないといけませんしさらに相手の言葉から読み解く理解力っていうのも必要です
さらに話し合いの方法ですよね暴力を使ったり一方的に自分の感情をね相手にぶつけるんではなくてどこまでが意見が同じでどこからが意見が違うのかっていう明確にしていくような技術みたいなのも必要です
それには対話の方法には私は訓練が必要だと思っています
NVCとかってね流行っていたんですけどこういうのって決して本で読んだりね話を聞いただけでできるような類ではないんですね
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日々トレーニングが必要なんですよ自分一人で自宅に閉じこもっていて何とかできるようになるようなものではありません
自分たちの身の回りに起きる様々な問題についてちゃんと話し合えるようになる技術
相手の背景に対する知識も必要でしょうし自分の感情をコントロールする必要もあるでしょうし
何よりやっぱりぶつかることを恐れずに自分の言いたいことも伝えられて相手が言っていることもちゃんと受け止められるっていうような
経験を詰める場が必要ですよね
例えば我が家の場合でもですねどこに今年家族旅行に行くかっていうのを話し合うんですけど結構合意形成に大変時間がかかったり揉めたりします
子供もみんな小学生になりましたのでそれぞれ性格も違えば好みも違いましてなかなか一つの意見にまとめるっていうのが難しくなっているんですよね
現実的には時間も予算も限られているわけでみんなが納得して楽しめる行き場所を決めるっていうのをどう折り合いをつけていくかっていうのはやっぱり練習が必要なんですよね
他人と意見がぶつかるから自分は改めてどうしたいのかどうしてなのかっていうのを問われますし自分はどういう人間なのかっていうことにも気づかされるわけなんですね
誰ともぶつかることもなくみんな同じ意見で何の問題も起きなかったら本当の意味では多分自分のことっていうのも理解していくことは難しいと思いますし
今の学校でねあだ名で呼ぶのは禁止全員女の子も男の子も苗字にさんをつけて呼び合いましょうみたいになっちゃってるんです
それはぶつかってはいけないということなわけですよ
ぶつかったら大変だとぶつからないようにルールを決めて表面上だけでも仲良く当たり障りなく平穏に過ごしていきましょうということなんだと思うんですけれども
そうじゃなくてやっぱりぶつかるのは当然なのでぶつかった時にどうしてぶつかったのかどうしたら解決できるのかどうしていけばいいのかっていうのを一緒に考えて練習して学んでいくっていう場が必要ということで
それをね学校という言い方はどうなんでしょうコミュニティという言い方でもいいと思います学童保育でも児童館でもいいですよ
とにかく人が集まれてあるテーマで話し合うような時間や空間が保証される場っていうのが必要ですし
それこそ学校でしかできないことなんじゃないかなと私は思ってるんですね
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ちょっとこのテーマはですね話しきれませんのではいおいおいいろんな回に分けてこれからもお話ししていきたいと思っております
はいお聞きくださりありがとうございましたまた次回お会いしましょういいねコメントフォローお待ちしています
15:20

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