2023-10-30 13:28

【第23回】我が子に殺害される親にならないために。

今日は、5歳の息子が母親である私のことが大好きで、その状態を「ママ教」と表現した長女の発言から、親とはどんな存在なのかについて考えてみました。

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サマリー

このエピソードでは、親が子どもに与える影響について考え、親の権力に気づかないことが子どもにどのような問題を引き起こすかが議論されています。また、親が他の価値観や考え方を尊重し、子どもに自由な選択を促す重要性についても言及されています。

親の影響力の自覚
こんにちは、おあです。三児子育て中で、小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
子どもたちが毎日を楽しく、自分らしく過ごせる社会にしていくために、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第23回目の今日は、【我が子に殺害される親にならないために】というテーマでお話ししていきます。
私は、親になってちょっとびっくりしているのがですね、子どもって本当にママとパパ大好きだなって思ってるんですよ。
それにすっごく子どもを産んで、改めてびっくりしていることなんですね。
今は10歳の長女も、今8歳の次女も、今5歳の息子も、本当にこっちが恐縮するぐらい、ママ大好きって毎日言ってくれるんですよ。
長女は今は言わないですけど、小さいければ小さいほど、1日何十回って言われるんですよ。
ママ大好き、大好きってすごくないですか?40歳過ぎてこんなに愛されるのって、全然大した人間じゃないんですよ。
だらしないし、めんどくさがりだし、ちょっとしたことでもうやめてよとかやってるのに、子どもたちはどこがそんなにいいの?この私の?って思うぐらい
本当に大好きって言ってくれちゃって、本当に申し訳なくなるぐらいなんですよね。
今は特に一番下の子が年が小さいければ小さいほどママ大好き度が強いので、5歳の息子がママ大好きってやってるもんで、
ある日ですね、長女が、もうママ強だねって言ったんですよ。何々君って、もうママ強だよこれはって言ったんですね。
本当に私もね、だねって、もうママが強装なんだねって思ったんです。
で、そこからね、やっぱりその自覚を親はやっぱり持たなければいけないなって改めて思ったんですよ。
親はやはり自分の権力と言うんでしょうか。それにね、やはり無自覚なんですね、みんなね。
自分がどれだけ子どもにとって強大な力を持ち、もう強装、教団のトップに立つような影響力を子どもに持っているかということを、
まず自覚しないととんでもないことになっていくと思うんですよね。
よく宗教って言うと、キリスト教だとか仏教だとかイスラム教だとかって言いますけれども、つまりは信仰です。
信仰というのは、つまりはその人が生きていく上で寄るべとなる考え方ですとか、世界を理解するためのストーリーだと私は思うんですね。
その信仰というのでしょうか、宗教のその考え方っていうのを活用することで、その人自身が生きやすくなるんだったらとても価値があると思いますし、どんどん使っていけばいいと思うんですよ。
でも、もしもその宗教、考え方、信仰に基づいて生きていると息苦しいとか、生きづらい、やっぱりなんとなくハッピーじゃないということなんであれば、やっぱり別の考え方、価値観というのを探していった方がいいということだと思うんですね。
子供にとって、親っていうのは全知全能の神に近いわけですよ。
あまりにもその親の存在の影響力が強すぎると、やっぱり子供っていうのはそこから抜け出すのに、本当に下手したら一生かかっても抜けられないんです。
その呪縛から。しかも厄介なことに、親も自分が競争並みの影響力を子供に及ぼしてしまっているという自分の権力に無自覚ですし、子供自身もその大きな親の価値観の中にいる限り無自覚なんです。
子どもと信仰の関係
なぜ自分がこんなに苦しいのか、なぜこんなに生きづらいのかというのは、その自分が入ってしまっている親の呪縛が合わないんですよ、本当は。
なんだけど、囚われてしまっているということにそもそも気づけないと、なんでこんなに辛いんだろうと、一生囚われて抜け出せず、辛い人生を送っていくということになってしまうんではないかと思うんですね。
大人になるってどういうことかっていうと、私はやっぱり親以外の価値観、世界観、考え方、そういうのを知っていくということなのではないかと思うんですよ。
ある意味、親を相対化すると言うんでしょうか。親の考えや親の存在が絶対的なものではなくて、親も一人の人間だと、親もいろんな考え方の中の一つの考え方を持っている人間に過ぎないということに気づいていく。
それが私は大人になるということではないのかなと思っているんですね。
その過程で現れるのが、よく言われる思春期の反抗期という時期です。
親が自分の影響力や存在の強大さ、権力ということに無自覚であると、子供は、お前はこう言ってたじゃないかと。こんな価値観を押し付けてきたじゃないかと。
だからものすごいエネルギーで反発して、一生懸命その呪縛からものすごいエネルギーを出して抜け出ないといけないわけなので、ものすごい反抗と抵抗を示すわけです。
それがよく、昔はヤンキーだとかいう人たちになったのかもしれませんけれども、わからないですけどね。
尾崎豊みたいな、暴走図家みたいな、校舎を壊してまわるみたいな形で出る子もいるのかもしれませんけれども、
もう一つのパターンとして、やっぱり今多いのが、引きこもるというような形をとる人たちですね。
あまりにも親の力、考え方が強すぎて、その呪縛から自分で抜けられない、とても抜けられそうにないと思う人は、もう無抵抗です。
抜けようなんて考えもしない。もうどうせ無理だからと。
ということで、引きこもって、もう一切シャットアウトして、もう生きる気力をなくしていくと。
そういう形をとる人も、かなりの割合でいるのではないかなと。
二パターン、表に激しい形で出るか、内にこもって、もう諦めていくかと。
どちらかのパターンをとることが多いのではないかなと思うんですね。
時々、子供が親を殺すというニュースがありますよね。親殺しの事件です。
それは、50代の息子が80歳になった、親を殺すというパターンもありますし、中学生、高校生ぐらいの10代の子供が、まだ40歳、50歳ぐらいの親を殺すというパターンもあります。
そこに私は共通するのは、この親が自分の過大な権力に気づかずに、一心協を強いてしまっているような状況があるということがあるんじゃないかなと疑っているんですね。
例えば、親がイエス・キリストを信じていると、イエス・キリストの考えでいくと、これはこうだと、これが正しい、あれが正しい、これは間違っていると、キリストの考えに基づいて、親も教えに従って子供を毎日育てていくわけですよ。
でも、子供も大きくなるにつれて、なんでそうじゃないといけないの?とか、本当にこれで合ってるの?なんか変じゃない?って気づき始めるわけですよね。
世界がだんだん広がってきて、他の人間たちと出会うことで、自分が信じていたキリストの考え方だけでは理解できない世界があったり、説明しきれない問題があったりするわけですよ。
その時に、それでも親が、キリストが正しいんだと、キリストを疑うとは何事だということで呪縛を解こうとせず、キリストの考え方だけで世界を一生懸命説明し続けてしまうと、子供は苦しいわけですよ。
毎日辛い、生きづらいと思っていて、それがもう限界まで達した時に、ある日、なんでこんな人生になっているんだと、こんな状況に今自分が置かれているのは、もうお前らのせいだ、どうしてくれるんだ、というものすごい怒りとなって爆発をして、
その親を殺してしまったり、全く関係のない人たちを謝ってしまうというような事件を起こすというパターンがあるんじゃないかなと思うんですね。
自由な価値観の尊重
そうならないためにですね、やっぱり親がまず、イエスとキリストを信じていても別にいいんですよ、いいんですけれども、他にもいろんな宗教があるんだよと、例えば仏教、イスラム教、金通教、いろんな世界にはいろんな考え方、価値観があるよと。
ただお母さんは、今はイエスキリストがこうこうだから信じているけれども、でもあなたはあなたの人生、自分が信じる神様、宗教を見つけて、自分で楽にその考え方を取り入れることで楽に生きていける世界観があるんだったら、そちらを信じてやっていっていいんだよということで、やっぱり開かれていくこと。
自分以外の価値観、親以外の考え方、世界ということをちゃんと子供にいつでも自分しておくこと。そしていつでもそこの自分の考え方っていうのを自分で見つけていくことは自由であるということをちゃんと子供に伝えていくこと。
それが私は親として子供にできる姿勢なのではないかなと。要は一神教ではなくて八百万の神ですね。この世界は一神教じゃないよと。八百万の神の世界があるよということを伝えていって信じないことも自由だと。
自分が一番納得できて、生きやすいその考え方を元に生きていった方が楽に毎日幸せに生きられるという考え方があるんだったら、自分で探していってごらんということを支えるのが親なのかなと思うんですね。
というわけで、今5歳の息子はママ教で、私がもう全知全能の神状態ですけれども、やっぱりそういう状態であるということを私自身が自覚することが何より大事なんだなと。娘のママ教だねっていう一言でとても気づかされましたので、ちょっと今日お話ししてみました。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、フォローお待ちしています。
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