ようこそ、親も育つ子育てへ。野田徳子です。今日も子育てをもう少し楽にするヒントをお届けします。
ニュージーランド在住の総合診療科の医師である、徳子さんと今日もお話ししていきます。
徳子さん、今日もよろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
さて、今日のテーマですが、子供が本当に欲しいもの、どんなものなんでしょうか?
そして、これがどのように子育てに関係あるのか、興味あります。
これは、子供が人間としてどんな欲求を持っているかという話ですね。
そしてそれは、私たち大人であっても同じだということを思い出していきたいなと思っています。
確かに。
子供も大人も成長の程度の違いさえあれ、最初に発達する仕組みは親子共に持っていますから。
そうですよね。
では、質問です。例えば、お子さんから、学校に行きたくないと言われたら、何と答えますか?
実はそれ、子供に言われたことがあります。今でも自分の答えを公開しているのですが、
その時は突然だったので、すごく気が焦ってしまって、こう言ったんです。
いや、学校に行かないわけにはいかないよ。お父さんもお母さんも仕事で家にいないし、今日は学校まで送って行ってあげるよ。
すでにIFSやポリベーガル理論の知識が終わりなので、今ならその時ご自分の中で何が起こっていたのか理解できるんじゃないでしょうか。
そうですね。交換神経MAXで、頭の中にはこのまま学校に行けなくなるのか、勉強はどうなる、私の仕事はどうなる、
このまま荒れた子供や引きこもりになるのかとか、一瞬のうちに色々な思いが浮かんで、ちょっとしたパニックを感じたのを覚えています。
色々なパーツが一度に喋り始めた感じです。
そうですよ。それが自然な反応だと思います。そしてそれが起こると、結果として口に出てくるのは解決策です。
早く解決策を出して、子供の不安だけでなく自分の不安も抑えたいですからね。
確かに。
まず親心として、解決してあげたいという気持ちはすごく自然なものだと思うんです。
そうですよね。
ただ、親として良い意図を持って、頑張りなさいという励ましとか、こうしたらいいんじゃないというアドバイスみたいな、いわゆる正論を言うと、
子供には、この人には自分の気持ちは通じない、この人は理解してくれないとか、自分の考えは間違っているんだと思うんです。
ここで一つ想像してみてほしいんですけど、もしあなたが仕事で本当に嫌なことがあったとか、疲れ果てたとかで、
パートナーに、もう会社行きたくないってこぼしたとするじゃないですか。
その時、もし相手から、もうちょっと頑張ったらとか、でも働かなきゃ生活できないでしょって正論を返されたらどう感じますか?
うわー、それはかなりきついですね。言ってることは正しい。正しいからこそ反論できない。
でもなんか、ただこの人にはわかってもらえないんだっていう孤独感に包まれる気がします。
まさにそれなんです。子供たちも全く同じことを感じている可能性があるんですね。
親が差し伸べた正達さっていう手が、意図せずして子供を突き放して孤独にしてしまっているかもしれない。
そうですね。
親の良かれと思ったその気持ちが、時として子供との間に見えない壁を作ってしまうことがある。
壁ですか?
子供は論事的な解決策が欲しいんじゃなくて、まず何よりも自分のこの辛い気持ちをわかってくれる見方が欲しいんです。
自分の味方でいてくれる感覚ですか?わかる気がします。
その感覚が揺らぐことが、繋がりと自分らしさという人間の根源的な欲求の対立に繋がっていくわけですね。
繋がりと自分らしさ。
人間には誰かと安全に繋がっていたいというアタッチメント、つまり繋がりの欲求と、ありのままの自分でいたいというオーセンティシティ、自分らしさの欲求。
この2つが根源的に備わっているんです。
ガボール・マテ氏が言うには、この2つが衝突した時、子供は自分らしさを捨てて繋がりを選ぶ。
親に見捨てられないために。
そうなんです。親との繋がりを失うことは子供にとってはもう生存の危機に直結しますから。
だから自分の本心に蓋をして、親が望むであろう良い子を演じるようになるんです。
感情に蓋をして。
はい、学校行くよって本当の気持ちを隠して親を安心させる。
そうやって繋がりを確保しようとするんですね。
それって実はものすごくエネルギーを使いそうですよね。
自分の感情を押し殺して、親の期待にあってそれに合わせるっていうのは。
まさにかなりの実行機能、脳の力を使うんです。
そしてそうやって自分らしさを犠牲にして得た繋がりの下では、心の奥底でありのままの自分は受け入れられないんだっていう静かですけど深い孤独感が育ってしまうことがあるんです。
なるほど。
一方で、この自分を抑え込む能力がまだ発達途上の子もいるんですね。
そういう子は親の期待に合わせた行動をするのが難しいので、自分らしく行動するしかない。
それが大人の期待とずれた時に問題行動とみなされてしまうわけですね。
結果として叱られたり否定されたりして、彼らもまたありのままの自分ではダメなんだっていう別の形の孤独感を抱えることになります。
どちらのタイプであっても根本にある孤独感は同じということですか?
そうなんです。だからこそ家庭がどんな自分を見せてもこの人との繋がりは絶対に切れないって魂で感じられる、そういう安全基地であることが何よりも大切になるんです。
なるほど。その安全な場所を作るために具体的にどうすればいいのかという話なんですが、なぜアドバイスとか正論は子供の脳に届きにくいんでしょうか?
それはですね、子供が行きたくないって強い感情に襲われている時、その子の神経系はいわばサバイバルモードになっているからなんです。
サバイバルモード?
はい。脳が身の危険が迫っていると判断して戦うか逃げるか固まるかその準備に入っている状態ですね。
ああ、もう理性を司る部分が事実上オフラインになっているような…
素晴らしい例えです。まさにその通り。そんな脳の状態の時に親が論理的な言葉を投げかけても、それはもう騒音でしかなくて脳は処理できないんです。
それどころか、特にPDA、病的需要回避の傾向があるお子さんだと、親切なアドバイスでさえも自分の自由を奪う脅威だと脳がご認識してしまって、強い拒絶反応に繋がることさえあるんです。
脅威ですか。では、そんな脳を落ち着かせるために必要なのは、解決策ではなくて、好奇心を持って話を聞くことというわけですね。