2025-09-11 20:22

【第174回】やばいよ学校シリーズ⑤「公教育」とは何か

☘️いよいよ「やばいよ学校シリーズ」最終回です🔥むさ苦しい北斗の拳放送にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました🙇

☘️これまでの放送回
📻【第170回】やばいよ学校シリーズ①「公教育は、もう、崩壊している。」👇 https://stand.fm/episodes/68b92cf94c8a4a8b81cd5293

📻【第171回】やばいよ学校シリーズ②「崩壊するアメリカの公教育〜日本への警告」👇
https://stand.fm/episodes/68ba31f787446300facecef8

📻【第172回】やばいよ学校シリーズ③新自由主義に侵されたアメリカの公教育👇 https://stand.fm/episodes/68be39f37d42b45d0030729e

📻【第173回】やばいよ学校シリーズ④「崩壊する日本の公教育」👇
https://stand.fm/episodes/68bfab1e7d42b45d00308bba

☘️鈴木大裕著📖「崩壊する日本の公教育」👇 https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-721335-5

☘️鈴木大裕著「崩壊するアメリカの公教育~日本への警告~」👇
https://www.iwanami.co.jp/book/b243732.html


☘️野本響子さん×一尾茂疋さんvoicy番組✨
📻#1090「市民が作る学校」ってなんだ? 2025年愛知「広がる学びフェス」と、瀬戸市民立小中高一貫校 瀬戸ツクルスクールについて聞く👇
https://voicy.jp/channel/2692/7038278

☘️ワタクシが敬愛する教育哲学者「苫野一徳」先生のvoicy✨
📻#43 新刊『公教育で社会をつくる』について👇
https://voicy.jp/channel/3397/498731

📻#258 AI時代、「知識」と「思考」の教育はどうなるか?👇
https://voicy.jp/channel/3397/6491116

📖「自由を相互承認できる市民」を育む新しい学校の姿とは👇
https://lot.or.jp/project/5515/

📻おおたとしまささんのpodcast番組👇
https://open.spotify.com/episode/2dHbGttqSXbX1JSQqKQoOX?si=54u3At5uS4u6CiNPsUQv3g




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こんにちは、おあです。第174回目の今日は、【やばいよ学校シリーズ】5回目ということで、いよいよですね、最終回でしていきたいと思います。
公教育はもう崩壊している。というですね、段階寿命はど真ん中のいずみちゃんにしかね、通じない北斗の剣放送。
もう分かりました、もう学校やばいんでしょ、分かったよ、もうしつこいよ、というね、声にもめげずにやってまいりましたが。
前回のね、第173回目の、あのノートブックLMがまとめてくれた、あの音声放送を聞いていただけましたでしょうか。
いやーやばい、すごい衝撃的。あんなに分かりやすくね、まとめてくれちゃうんですね、瞬時にね。
もうこれはね、もう人類、AIへの敗北ですよ。
これはもう勝てるわけありません。ね、このAI時代の到来はですね、もう鎖国していたね、あの江戸時代の日本にね、突然現れた黒船どころの騒ぎじゃありませんよ。
もうこのAIの到来はですね、もうおそらくね、天動説から地動説にひっくり返った時代ぐらいのね、もう人類の大きな転換点。
もうね、脳みそね、知識なんか入れとく必要ありませんと、AIにね、聞けばいいわけです。
考えることももうAIにおまけとできちゃうわけです。ね、クリエイティブだって、もう小説だって今AI書いてくれますし、絵も書いてくれますし、音楽も作ってくれますしね、漫画やアニメやラジオや動画まで全部作ってくれるというわけですから。
さあ、私たちには一体何が残されているんでしょうか。
教育ジャーナリストの太田俊政さんという方がいまいましてね、その方もね、ご自身の著書をAIに紹介させているポドキャスト番組をされてるんですね。
あれもね、めちゃくちゃレベル高いんです。もうあんなハイクオリティな音声番組。
もうなんていうツール使ってんのかなって。
同じノートブックLMだとしたらなんか使い方がそもそもなんか違いそうだーんでね、もうその辺も知りたいぐらい。
いろんな本の内容をね、知識として仕入れたいだけであれば、もうね、ほんと、なんかブログとかね、こんな音声配信とか、人間がやる必要ないわけですからね。
前回そうやって崩壊する日本の公教育というね、鈴木大優さんの書籍をAIがあんなにね、スマートにスッキリとまとめ上げてくれていてね。
で、太田俊政さんのね、著書も私一生懸命読んだんですけど、それをね、あやって音声解説、簡単にしてくれて、すごいなと思うんですけれども。
ただね、頭で内容はもう把握できるんですけど、なんかね、まあそれだけっちゃそれだけなんですよね。なんか心が動かないっていうか。
03:10
何かが足りないなと思いませんか?なんだろうと。
AIに足りないもので人間だけが持っているもの。
それはまあ一言で言えば、パッションでしょうね。もう人を動かすにはパッションがどうしても必要じゃないですか。
あの古山昭夫先生の言葉を借りれば、理由なき情熱ってやつですよ。
自分もね、こんな学校教育の話ばっかりむさくるしね、放送2年間もやってるんですよ。我ながらよく飽きないねって思うんです。
もうね、もともとは、うちの子が不登校のかとい語理に入ると。
え、日本の教育なんでこんなになってんのと。今学校で何が起きてるのと。
もうそれが知りたい一心で本読みまくってね、いろんな人の話聞きまくってきたわけです。
知れば知るほど聞けば聞くほど、じゃあ昔はどうだったの?海外はどうなってるの?
これからどうしたらいいわけ?とかって、もっともっと知りたくなって聞きたいことができてきて止まらないわけですよ。
もう今もこうしてね、ひたすら掘り続けてるわけです。
校教育って何なんだ?ってね。
もちろん校教育とは何かということについては、もうあの教育哲学者のトマノ一徳先生がずばーっと明確に定義をされておりましてね。
もちろんそのおっしゃる通りなんですけれども、なんかやっぱり負に落ちてないんですよね、自分の中でね。
目の前の現実と書き離れちゃってるんでね。
おそらく多くの方にはね、ちょっと刺りにくいというか、共通認識を持たれにくいんじゃないかと思うわけです。
そういうトマノ先生の本とかね、お話聞くと、なるへそこういうことだったのかって、その場ではね、一瞬ガテンってなるんですけど、これが答えだってなるんですね。
ほったわ!やったわ!終わったわ!って思うんですけど、またね、でもやっぱり一方で、ちょっと違う現実に直面したりするとね、いやおかしいなぁ。
でもそうするとね、これどうしたらいいんかなって、またほらざるを得なくなり、きりがないんですよ。
こういう発信してるとね、頑張ってるねとかすごいねとかね、なんでそんな教育のことばっか考えられるのとかね、驚かれるというか、飽きられるというかね、心配されるというかね。
おそらく私は単純に知りたいだけなんですよ。
もちろん学校に会わないね、うちの子含め、いろんな子どもたちが置かれている理不尽な現状を何とかしたいという思いもあります。
でもそれと同じくらいね、うーん、やっぱりなんでこんな理不尽な現状があるんですかね。
以前ね、148回で私ね、納得欲が一一倍すごいみたいな話をしてるかと思うんですけど、
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私は本当にその理不尽な現状を知りたいというのが一番なんですね。
でもそれと同じくらいね、うーん、やっぱりなんでこんな理不尽な状況になってるのかっていう根本が知りたいっていうのが一番なんですね。
以前ね、148回で私ね、納得欲が一一倍すごいみたいな話をしてるかと思うんですけど、
吉武晋介さんの言うところの納得欲みたいなのがね、私すごいんだと思うんですよね。
で、その納得したくてたまらない。で、納得できないことに耐えられないからこうやって掘り続けてるんだろうなと。
なんでこういうこれからのね、AI時代にね、必要なのはやっぱりね、こういうパッションとか欲望とかね、
丸出しで、もうそういう何だかわからないけど、理屈じゃないけど、湧き出てきちゃうもの。
もう頭じゃなくて心だと思うんですよね。
はい、というわけでね、そんな私がですね、パッション込めてですね、
AIには絶対にないこの欲望まみれでですね、崩壊する日本の高教育というね、書籍について、
ちょっとだけお話ししてみたいと思います。
ちょっと前振りでもう7分も使っちゃったんで手短に行きますね。
はい、まずですね、アメリカでは固定資産税が教育予算のベースとなっているため、
地域間の経済格差が義務教育の質の差として、歴然と現れてしまっているという状況がありましたと。
そういうね、アメリカの教育予算のベースとなっているため、
地域間の経済格差として、歴然と現れてしまっているという状況がありましたと。
そういうね、アメリカを侵食しているような新自由主義的な価値観に基づいた教育となると、
社会全体で将来を担う、みんなの子供を育てるっていうようなパブリックで民主的な意識というのは薄れ、
少しでも良い教育を自分の子供だけに買い与えて、付加価値を高めようとすることに躍起になっていくわけです。
高教育の枠組みの中で、各家庭が消費者となって、学校を選ぼうとすればするほど、
高教育ではなくなっていくという現実がアメリカで起きていたわけですよね。
そんなアメリカを完全に後追いしているのが、この日本なわけです。
日本では2004年にピザショックと言われることで、ピザの成績が落ちた落ちたって大騒ぎになりまして、
ゆとり教育がダメだったんだ、もっと世界に通用するグローバル人材を作らなければといって、
失敗式の全国学力テストが復活したというわけなんですよ。
これを機に、学力向上を掲げた業務の効率化、学習スタンダード、ゼロトレランス、
授業や生徒指導のマニュアル化というものがトップダウンとセットになって輸入されたわけですね。
学校を競争的秩序の中に組み込んで、学校間を競わせるという、
国は教育現場を評価して、教員に結果責任を求めるという、
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全国学力テストの点数を通過として、学力向上の名の下に教育の数値化と標準化を行うことで、
国が全国の学校を遠隔評価し、監視、競争させる、新自由主義的な教育統制が強化されていったということなんですね。
で、学校別に成績を開示させることで、政治家が教育委員会に、教育委員会が校長に、校長が教員に、教員が生徒に圧力をかけていくという構造が生まれてしまったんですね。
この書籍に出てくる事例で一番やばいなと思ったのが、大阪府の一律中学校の話でしたよね。
まず普通に中間期末テストを学校ごとに行うじゃないですか。それだけでまず5回あるわけですよ。
さらに大阪府が独自に行うチャレンジテストというのがあるそうなんですね。
その上、国が行う全国学力テストというのが行われ、中学3年生については大阪市統一テストというのも、さらにその上年5回も行われるということで、
大阪一律中学校の中学3年生は年間で計13回もテストを受けさせられているという話だったんですね。
なので授業がテストで潰されて、テスト前は学校もテスト対策に覆われてしまっているという話だったんですよ。
そのテストのために夏休みを潰して補修を行っている学校とか、全国学力テストの前に大量の宿題を課す学校も増えてしまっていて、
教員の方々が1年間学力テストのために授業しているような感じだと言っているということなんですね。
日々の授業による生徒の学力の定着度を測るためのテストのはずが、逆にテスト対策のための授業となってしまっているという、完全に本末転倒な学校があるということなんですよ。
しかもこの大阪府はですね、メリットペイ制度といって、全国学力テストの結果が校長や教員の人事評価、ボーナス、学校の予算に直接的に反映させるような能力級制度が導入されてしまっているという。
本来は途切れることのない命の営みを年齢で分け、年度で区切り、教科に区切り、授業に押し込み、生きることと学ぶことを無理やり切り離してきた近代の教育。
コロナ危機は子どもたちに生きることを求めた。それなのに子どもたちが学んでいないと心配した大人たちは、子どもたちの時間をお勉強で埋め尽くし、生きる欲迫を奪おうとしたと。
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忙しい、忙しいと時間節約の無限ループから逃れることのできない大人たち。子どもと遊ぶ大人がいなくなった。
代わりに子どもにお勉強を教える塾ができ、遊びを教えてくれる遊戯教室ができ、外で自由に遊ぶ子どもたちはいなくなった。
時間を節約しているはずなのに常に時間に追われている。そうして時間に支配された人々はいつしか生きることを忘れていく。
多くの親が遊びたがる子どもに心を鬼にしてこう言い聞かせる。
今だけ我慢しなさい。子どもたちはそうして一度しかやってこない子ども時代を奪われていくのだ。
大人たちは自分が作ってきた競争的なこの格差社会に子どもたちを一生懸命適応させようとしている。
新自由主義の価値観を内在化し、それに忠実に自分たちの言動を規制し、その歯車となってシステムを支えているのは他でもない私たち自身です。
この新自由主義というのは人間が行うすべてのことを経済市場の原理で捉えようとする価値観なわけですよね。
1%の価値組みを目指して99%の人間が生存競争をする社会なわけですね。
このことについて鈴木大優さんがおっしゃっているのは、教え子を再び戦場に送るなという合言葉をもとに戦後民主教育を目指してやってきたはずですよねと。
なのにこの状況は時代は変わったのに国家権力と教育現場の関係、教育に求められる不国共兵の使命は何ら変わっていないんじゃないですかっておっしゃってるんですよ。
私もこの本を通して一番感じたのがここだったんですね。
日本というのは太平洋戦争という物理的な戦争というのは確かに終わったはずだったのに、今度はそれに代わって目に見えない内面的な経済戦争に学校という装置を使って教育という手段を使って子どもたちを送り込み続けてきたことには変わりないんじゃないですかっていうのを私もずっと思ってました。
もちろん学校現場で頑張っていらっしゃる先生方、そんなつもりは冒頭ないと思います。無自覚だと思います。
でもこの学校の仕組みを見たときに経済グローバル戦争という形を変えた別の戦場に自分たちの教え子たちを送り込むことに加担してきた可能性はないでしょうかっていうことを私はやっぱり問いたいと思ったんですよ。
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大変そういう戦争のような本当に悲惨な物理的な戦争には送っていなかったかもしれないけれども、でも目に見えない市場、経済社会にせっせと教え子たちを作って送り続けてきたという意味では、戦中の教師たちと今の教師たち、本当に違うと言えるんでしょうかと。
私はこのことへの賛成とか後悔とか一切なしに、僕たちは良い教育をしているとか、自分たちはこんなに頑張っているっていうことが、私はやっぱりちょっとごめんなさい、本当に信用できないってのはそこなんですよ。
先生たちだけを攻めるのは本当にフェアじゃないと思います。保護者たちだって同じだったんですよ。
例えばこの本にさっき紹介した大阪の一律中学校、年13回も子どもたちが学力テストを受けさせられているって書いてあった。本当だとしたらこんなのおかしいって保護者さんだって思わなきゃダメだと思うんですよ。
アメリカみたいにテストオプトアウト運動をすればいいと思うんです。保護者さんたちで立ち上がって、自分の子どもたちにテストをボイコットさせればいいと思うんですよ。
先生たちだってそうです。こんな教育おかしいと思うんだったら、自分たちでこんな全国学力テストの監督自体、ボイコットしたらいいと思うんですよ。
教員は定額が働かせ放題だとか、日本は教育にかける予算が少なすぎるって言うなら、もうストライキするなりデモを起こすなり、もっと声を上げるべきだと私は思うんですね。
でも結局親も先生も、そういう動き全く日本では起こってないわけですから。
ということは結局、そもそも今のこの学校や教育に保護者も先生も誰も何の疑問も違和感も抱いていないってことなんでしょうね。
そりゃ子どもたち絶望して死ぬわけですよね。当然だと思います。
でもこういう放送を聞いてくださったりする方の中で、やっぱり今の学校変だよなとか、違和感を感じてくださる方、子どもが学校に行きたくないと言って困っている保護者さん。
もしいらっしゃったら、地域で教育に関する小さな読書会を始めるでもよし。
いろんな学校、多様な教育というのがあるわけですから、そういう学校を紹介するようなドキュメンタリー映画というのがありますので、そういうのを地元で自主上映会を開くでもいいし。
どんなちっちゃなことでもいいから、自分にできることから始めていただきたいなと思うんですね。
もしこれを聞いてくださっている方が、教育に何か違和感を感じるんだとしたら、その違和感に蓋をせず、子どもが学校がつまらないと言ってきたら、その言葉をスルーせず、少し立ち止まって、その違和感や子どもの声にしっかりと向き合っていただきたいんですよね。
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私も本当に地元でちっちゃなフリースクールを、同じ学校に合わない子どもを持つ保護者さんたちと一緒に立ち上げてやっているわけです。
これは一つの新しい教育へのムーブメントだと、小さな学校教育レジスタンス運動だと思って、そういう着替えを持ってやっています。
この前、野本京子さんのボイシーで、愛知県にある市民立小中高一貫校瀬戸つくるスクールの一代重彦さんという方が出演されていたんです。
これとっても面白い取り組みだなと思いまして、リンク貼っておくのでぜひ聞いていただきたいんですけどね。
こちらの瀬戸つくるスクールは、国からの補助は一切受けずに、無料で週5日開校しているオルタナティブスクールなんですね。
もちろん別にこれが正解というわけでは全然ありません。
ただこうやっていろんな地域で様々な人たちがいろんなやり方で取り組んでいること自体が私は力だなと思っているんです。
教育というものを自治体任せにすることもなく、政治家頼みにすることもなく、校長先生頼りにすることもなく、いろんな取り組みを全国多発的にいろんな人たちがいろんなチャレンジをしていくという動きが私は必要だと思っていますし、そこにこそ希望があるんじゃないかなと思っているんですね。
というわけで、ここまでかなりマニアックというかねちっこい教育シリーズを聞いてくださった方、皆様ありがとうございました。
もう全5回通して聞いてくださった方は相当既得な方だなと思います。
今回この本シリーズにコメントくださった方には次回御礼を込めてコメント開始をしていきたいなと思っておりますので、本シリーズを通して聞いてくださって、何か学校や教育に感じるものがあった方、何でもいいです。聞いたよという一言でも構いませんので、コメントを残していただけたら幸いです。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、コメント、フォローお待ちしています。
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