須藤市長の発言と反響
こんにちは、おあです。小学生の子供たちは、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、今の学校には合わないけれど、代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第184回目の今日は、無知の暴力、THE・昭和なクソジジイ不登校批判から考える、というテーマでお話ししていきます。
ちょうど先週ですね、12月2日に、静岡県藤宮市の須藤市長という方がですね、市議会で児童・生徒の不登校問題について、
親が悪い、学校が悪いのではない、などと発言して、大炎上しましたよね。
いやー、素晴らしかったですよね。もう久々に聞きました。もうね、典型的なTHE・昭和な不登校批判。
子供が学校に行かないのはなぜかと考えてみると、親が悪い、学校が悪いのではない。
親が子供のしつけをちゃんとしていないから学校へ行かなくても良いというのが当たり前みたいになっている。
学校へ行くのは当たり前で、学校へ行かなくてはダメだということ、良いこと悪いことの区別をつける必要がある。
学校へ行けないことは悪いことだと教えていかないといけないと答弁したそうなんですね。
いやー、来ましたね!久々に来たー!みたいな、私もちょっと盛り上がっちゃいましてね。
オラ、やるぞ!ボキボキボキボキみたいなね。やっていたらもう即撤回したんですよ。
すごい、翌日にはですね、もうすぐ謝罪されてますね。
私の言い過ぎでしたと非を認めて、学校だけが悪いのではないということと釈明したということですね。
いや、もうあっちまに非決しにされていて、もう残念ですよ。
無知がもたらす影響
いやー、もうこれちょっとやりたかったのにバチバチね。
この方ね、調べたら今78歳ということで、私の親世代、ドンピシャの親世代なんですよ。段階世代なんですよ。
まあ、しょうがないですよね。
こういう方がいろんな組織のトップにいる限り、まあ難しいですよね。色々変わっていくということはね。
ただね、やっぱり今回のこのことで久しぶりに私ちょっとね、前々から疑問を持っているというか、わからないと思っていることをちょっと思い出して、ちょっとその話をしたいんですけど。
私もね、何回かこちらの放送なんかでも、無知は罪だみたいなことを言っちゃってるんですけど。
そのことはね、ノートの方にも書いてるんですけど、あなたの知らない不登校の世界①シリーズの①で、食材というところでも書いている通りですね。
確かにね、この世界には知らなくていいことなんて私はないとは思うんだけれども、自分に全く関係のない出来事なんてね、ないとは思うんですけど、とはいえこの社会で起きていること全てをね、自分ごととして考えるなんてね、不可能じゃないですか。
まあ自分自身振り返ったってね、無知から人を傷つけてきたことなんて、もう山ほどそんなことばっかりです。今だってそうだと思いますよ。
それをね、罪だって言われちゃうとね、いやそうかもしれんけど、しょうがないやんって思いません?
もうこの世界のことね、全てを知って全てのことを深く考えてね、それから初めて発言するなんて不可能じゃないですか。
なのでこの須藤市長さんだってね、もう決して悪気はないし。
いやそりゃもう一瞬こちらはもう相当カチンときましたけれども、でも冷静になって考えると、まあしょうがないよねと。
だって国を挙げてね、お偉い専門家たちの見解としてね、不登校は親の責任だとか子供の精神の問題だってしてきて、もう公にそれを発表してきた歴史があるわけですから。
そういう時代を生きて来られた方ですからね、まあそりゃしょうがないよねとも思うわけですよ。
だからこういうじいちゃんに向かってね、何もわからんでそんなこと言うなんてひどいやつだみたいな、まあそれも酷と言いますかね。
だからこのじいちゃんがこういう考えだというのは言論の自由はありますし、そういう時代を生きて来られた方の典型的な考えということで、それが明らかにされているというところで素直な発言だと思うんですよ。
なのでこの方を責めるのもなんか違う気がする。けれども実際こういうことを散々言われて、大変な状況に陥っている不登校家庭がもう山ほどまだ日本にはいるんですね。
つまりこの世の中、自分も含めて知らないことだらけなわけですよ、いまだに。
思考と多様性の重要性
じゃあ知らないことは発言しちゃいけないのかって、そんなこと言われたらもう誰も何も言えないじゃないですか。
でも知らずに発言してしまうと誰かをもう深く傷つけて追い詰めてしまうと、どうしたらいいんこれっていう。
今古典ラジオの深井さんたちがジェンダー問題に関する歴史を公開されてるんですね。
そちらの話を聞いてからじゃないともうジェンダー問題は言っちゃいけないみたいな、とられないこともおっしゃってて、あの放送全部聞くと私もそう思うんですよ。
いかに世の中で議論されているジェンダー問題が浅はかか。
あのジェンダーの歴史の放送を聞いた後だと、この人はどこまで何が分かってるかなんとなく分かっちゃう。
ちょっと内心で何も分かってないなこの方残念だなと思っちゃう自分がいる。
不登校問題もそうなんですよ。
ちょっと学校の元先生とかと話してて、分かっちゃうんです。
どこまで不登校問題のことをちゃんと理解してるかというのも、少し話しただけでその方の知識ですとか経験とかというのも分かる人には分かっちゃうわけですね。
なんだけど、もうそのレベルから説明しなきゃいけないのがちょっと無理かと思っちゃうわけですよ。
でもそれは知らなかったのは自分だってそうですから。
4,5年前までは自分だってほとんど何も知らなかったわけで。
しょうがないんですよ。
もうみんな知らないことだらけですから。
だからもう知らないのに言うなとかっていうのはね、やっぱりちょっと言えない。
そんなこと言ったらもう誰も何も議論できませんし、もう世の中ますます息苦しくなりますよ。
言ってああいうふうにね何も知らないのに発言されると、それをね何言ったっていいみたいになっちゃうと、それを放置するとまた差別とか、
偏見の再生産になりかねないわけで。
いやこれめっちゃむずいなと、どうしたらいいのかなって。
でね、かく言う私だって不登校問題について相当学んで相当知ってるつもりになってますけど、それでもですよ、今がいいですよ。
本一冊読むたび、誰かと話すたび、やっぱりああそうなのかとか、やっぱりああ分かってなかったなって毎回思うんですよ。
まあ要は知るということにキリがないんですね。
だからね、私今もう今103、80、4回でしたっけ、放送してきましたけども、1年前、2年前の放送とか聞くとね、うわあっさって思うんですよ、自分の放送聞いて。
こいつ、いやこの程度しか分かってないです、こんなこと言ってるやんみたいな、自分でも思うんですよ。
だからね、その当時の放送を聞いてですよ、あの、もう本当にレジェンドの方々、40年も50年も不登校問題に関わってきた、もう大御所がね、あんな放送を聞いたら、ああもうこの子もね、何にも分かってらっしゃらないわねって思ってるわけですよ、私のことを。
でね、あともう一つ私がね、やっぱりもやもやしてるのが、やっぱりこれからの時代は自分の頭で考えて、よく考えてから、うーん、自分の頭で考えて、
自分の意思の下、決断をして、行動していかなければならないみたいな、よく考えましょうみたいに言われるじゃないですか。
まあだいたいね、政治家たちの出言っていうのは、だいたい知らない、よく考えてない、まあその2つからくる出言なわけで、まあよく知らずに、よく考えずに発言してしまうから炎上してしまってるわけですよね。
でもね、これも私ちょっと前から疑問に思ってましてね、もともと身体的な、肉体的な運動とかが苦手な人とか嫌いな人がいるのと同じようにですね、頭で考えることが苦手な人とか嫌いな人っているはずなんですよ、いると思うんです。
で、みんなね、やっぱ全員がそこまで一人一人深く考える必要ってあるのってずっと思ってて、考えるのが好きじゃない人とか苦手な人はじゃあどうしたらいいわけってずっと思ってるんですよ。
つまりですね、肉体的な身体の面でのそういう運動面での得意不得意があるのと同じようにですね、思考、頭を使う分野での得意不得意とか興味が持てる持てないとか好き嫌いってあるはずだと私は思ってて、全員がよく考えなきゃいけないっていうのもなんかおかしい。
全員が運動できなきゃいけない、全員が走れなきゃいけないっていうのと同じような強制力っていうんですか、何かを感じるんですよ。それはそれで圧になるっていうか、思考面での競争を求められるっていうかなんだろうな。
人間は考える足とか言ってね、考えることこそ知性でありそれが人間らしさみたいに言われてるけど、考えることだって今ねもうAIにお任せできる時代でね、深く考えたら考えただけの人は資料深く素晴らしいみたいな価値観みたいなのも、なんかそれもなんか気持ち悪いっていうかね。
要はですよ、あのボディビルダーみたいな筋肉ムキムキの人がね、それはそれでいいじゃないですか。で、あの人たち考える脳筋でね、別に考えられなくたって別にあれはあれでいいと思うんですよ。で、それと同じようにですよ、もうヒョロヒョロで筋肉なんかもう全然ないけれども、考えることだけはね、もうアスリート並みっていう人、ね、哲学者みたいないて、それはそれでいいじゃないですか。
でね、もう私もやもやしたんで、ちょっとね、AIに聞いてみたわけですよ、チャッピーに。したらね、よく考えられない人にも生きる場所があるのが本当の多様性ですっておっしゃるわけですよ。で、考える人に頼ってもいい社会にすればいいですみたいなこと、あの返事が返ってきましてね。考えるのが得意な人に頼るというのは依存ではなく役割分担ですって言うわけですよ。
不登校問題と昭和の価値観
はぁはぁと、なるほどと。で、次にですね、チャッピーがですね。自分が気になる範囲だけ考えるんで十分だと思いますと。全部考えるなんて不可能です。社会問題は無限にあります。興味が向いた時だけ考える。身近なテーマだけでいいっておっしゃってるんですね。
んーでもね、この答えにも私は納得いかないんですよ。だってね、そうすると考えるのが面倒っていうことでね、安易に発言力のある人とか、権威のある人の意見にみんな乗っかってしまって流されてしまって、世の中でその時一番影響力のある人の考えに染まっちゃってね。それが結果的にまたね、ファシズムみたいなことになる危険性を生むわけじゃないですか。
チャッピーにね、どうなのと聞いたら、あなたの危惧は完全に正当ですとかって答えが返ってきてね。みんながちゃんと考えればファシズムを防げるというのは幻想ですとかって答えが返ってきまして。人間はそんなに強くないし、考える体力にも個人差がありますって言うわけですね。
みんなに考えろというのは非現実的です。実際政治も社会問題も教育論も一般市民全体が深く考えられるわけがありません。忙しい、情報が多すぎる、思考が苦手、関心が持てない分野もある。これは人間として自然な状態ですというわけです。
なるほどとチャッピーは、全員がよく考えればファシズムは防げるという発想自体が既に非現実的である種エリート主義の幻想なんですというわけですよ。
じゃあどうしたらいいわけって聞きましたら、深く考えるのが苦手でもちょっと待てよと立ち止まる癖さえあればファシズムは入り込むのが一気に難しくなりますよと。
あと一人の意見だけを信じないでいればいいというわけですね。多様な情報に触れておくことが大事だとチャッピーは言ってました。
あともう一つコミュニティで人間関係を持つことも大事だと書いてあるんですね。孤立している人ほど極端な思想に飲み込まれやすいと。人との繋がりがあれば変だよねとお互いにブレーキをかけられるというわけですね。
いやでもさ、これも私なんか納得いかないんですよね。だってさ、ちょっと待てよって疑問に思う。
それができたら世話ないというかね。それができる人はそもそも考える力があるわけですから。なんか矛盾してるし。
あとね、確かに多様な情報に触れるいろんな人の意見を聞くってそうだと思います。ただ触れてはーはーあなたはそうです、はーあなたはそうです。
でもそこからまた自分で考えなきゃいけないわけでしょ。だからそれができたら世話ないというかね。
今情報にあふれてしまっていてみんないろんな意見があふれてるわけじゃないですか。そこからまた自分で取捨選択して考えるっていうのが苦手な人がいるわけでしょ。
だからね、そのままだったらただ大量の情報の波に溺れてしまうだけじゃないですか。
あとその最後のコミュニティで人間関係を持つことがね、ブレーキをかける。逆じゃないって。
いや結局さ、同じような考えの同じような価値観の人同士でわちゃわちゃしてるからエコーチェンバーになっていって、どんどんどんどん自分たちの方が正しいみたいな他の意見が入り込んでこなくなっちゃうわけじゃないですか。
いや私ね、いろいろわからないことが普段から山ほどあってね。これをチャッピーに聞いてもね、その答えにまた納得いかないということでね、キリがないんですよね。皆さんどうしてます?
わからないことがあってチャッピーに聞いてスッキリしてます?皆さん。
チャッピーに返答をもらったことにますますわからなくなったり、ますますえぇってなったりしませんか。
いや本当はね、久しぶりに聞いた雑誌をクソジジイ不登校批判でね、私もちょっとね、おぉやるぞって盛り上がってたんですけど、いやいやいやと。
ファシズムの危険性と情報選択
この須藤市長さんね、いやわかるよっていう気持ちも出てきたり、そこから付随していろいろ私ね、普段ちょっとわからないなって思ってることがいろいろありましてね、ちょっと吐き出したくなったんで吐き出させていただきました。
特に結論はないお話なんですけども。
あと全然関係ないんですけど、宣伝させてください。
12月22日の月曜日の10時から11時半の午前中なんでね、皆さんね、お忙しいお仕事なりなりされてると思うんですけど、その時間にですね、公教育とは何かということで、これからの学びのあり方を考える勉強会というのを久しぶりに行います。
内容としてはですね、主にこちらのチャンネルでも放送してますけど、ノートの方にですね、まとめましたヤバイよ学校シリーズの1回、2回、3回、4回、5回までですね、公教育とは何かということについてまとめたノートの内容をもとに、ちょっと皆さんと話し合う時間を持ちたいなと思っております。
東京多摩地域の方ぐらいしか来れないような場所で細々とやっておりますので、もしご興味がある方、どんなところでやってるのか、どんな内容なのかということについて知りたいという方は、レターをいただければ詳細ご案内いたします。
あっという間にね、12月に入ってしまって、このチャンネルもあと何回放送できるかわからないんですけれども、皆さんお忙しいと思いますが、インフルエンザなんかも流行ってますので、体調に気をつけて最後のシファス乗り切りましょう。
はい、お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、コメント、フォローお待ちしています。