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こんにちは、おあです。三児子育て中で、小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
子どもたちが毎日を楽しく、自分らしく過ごせる社会にしていくために、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第58回目のきょうは、【哲学対話ってなぁに】というテーマでお話ししていきます。
みなさん、哲学対話って言葉、聞いたことございますでしょうか。
以前ですね、第20回の放送で、【子ども哲学のすすめ】という放送をしているんですけれども、そこでもちょっとお話ししている内容ではあるんですけれども。
哲学対話っていうのは、90年代にフランスで始まった草の根活動と言われているんですね。
日本では、東日本大震災をきっかけに、哲学カフェとして様々な地域で行われています。
この哲学対話っていうのは、答えのない問いについてみんなで対話をする場のことです。
日常にある不思議や疑問を問いとして立てて、考えたことを言葉にして伝えたり、他人の考えを聞いたりしながら、お互いの思考を深めたり広げたりしていくことなんですね。
対話と似たような意味として、会話ですとか議論という言葉がありますけれども、これとは全く違うものなんです。
会話というのは、目的は関係構築なんですよね。気晴らしだったり、暇つぶしでもあります。
話すテーマというのは何でもよくて、表面的ですね。脈絡とか結論というのもなくていいんですね。気楽なおしゃべりなわけです。
議論は目的がありますね。はっきりとね。目的が決定すること、結論づけること、解決することが目的になっています。
議論は話すテーマというのはもちろん決まっていまして、論理的なものですね。お互いの意見の合意点や相位点というのを明確にして、結論を導いていくプロセスなわけです。真剣な話し合いですよね。
対して、対話というのは目的が思考ですとか、理解ですとか、尊重といったことになるんですよ。話すテーマというのは決まっています。
しかし、それは本質的なテーマであって、自分の内面を掘り下げてお互いの価値観を理解し合ったり、新しい見方とか考え方に出会う場所なんですね。
探求の共同体という言い方をされています。
私がこの哲学対話に出会ったきっかけは、もともとはですね、Eテレ、NHKのEテレでやっていた、旧子どものための哲学という番組だったんですね。
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今もですね、再放送でやっているかもしれないんですけれども、アーカイブがすべてNHK for schoolというホームページに残っていますので、ぜひこちら見ていただきたいんですけれども、いろんなテーマでお人形さんが対話するんですね、子どもの役で。
なんで勉強しなくちゃいけないの?とか、便利って本当にいいこと?とか、死んだらどうなるの?とか、なんでお母さんはいつも怒るの?とか、なんでうんこでみんな笑うの?みたいなので、いろんな人の話を聞いてどう思うかっていうのを対話をする番組なんですけれども、この番組が好きでですね、家族でやったんですよね。
とっても面白くて、わが子ながらそんなこと考えてるの?とか、そんな見方できるんだってすごく発見とか気づきっていうのがあって、これはですね、家族だけでやっていてはやっぱりもったいないし物足りないしということで、やっぱり地域でいろんな子たちとやりたいなって思うようになったんですね。
子どもたちと一緒にいろんなところでですね、子ども哲学みたいなのをやってるイベントがあったので、そういうお店とかイベントに参加をして、いろんな対話を経験してきたんですけれども、自分が住んでる地域にはやっぱりないわけなんですね。
以前ですね、第52回の放送で、オランダの教育イエナプランとはというところでお話ししている通り、私はやっぱりですね、今の学校に必要なのは対話だって思っているんですよ。
それは子ども同士の対話であったり、先生と子どもの対話であったり、先生と先生同士の対話であったり、先生と保護者であったり、あらゆる場面で対話がないんですよ。対話ができないというんでしょうか。
教育の基礎には対話が必要だって思ったときに、子ども哲学といって、子ども同士の対話の場を作る前に、まず大人でしょうと、大人同士に対話が全然足りてないしできてませんよねって、私たち大人が対話ができていないのに、子どもに対話をなんて、そんな勝手な話はないよなと思いまして、
本当に子ども哲学というのをやっていきたいのであれば、その前にまず大人のための対話の場を作ろうと思うようになったんですね。
もともとですね、私の問題意識として、私何回も言ってるんですけど、段階ジュニア世代なわけなんですけど、私たちの世代って特にですね、就職したのが正規職員だったのか非正規職員なのか、みたいな分断から始まり、結婚してるのかしてないのか、子どもを産んでるのか産んでないのか、同じ年代で同じ子育てをしている者同士だとしても、今度は母親が働いてるのか働いてないのか、
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子どもが幼稚園に行ってるのか保育園に行ってるのか、旦那さんが協力的なのか非協力的なのか、もうほんと細かいところでですね、分断の分断の分断なんですよ。
あと何でしたっけ、年収900万かなんかで、ほら、あるじゃないですか、何かがもらえたり、手当てがもらえたりね、何かが無償化になったりみたいな、もうどうすんのこれって誰とも繋がれないんですよね。
でもさらに極めつけはコロナ禍ですよね。ただでさえ分断しきった私たちにもうとどめのようにですね、マスクをつけるのかマスクをつけないのか、マスク派対ノーマスク派ですよね。
あとワクチンを打つのか打たないのか、ワクチン派対ノーワクチン派みたいな、もうすごかったですよね。もうどれだけ分断と対立をすれば済むのと、自分の身の回りでも普通にありましたよね。
でも私もですね、この状況どうしたらいいのと、こんなことしてですね、共に同じ社会を生きていくなんて無理じゃないって思っちゃったわけなんですよね。そんな分断と対立し、そんな大人たちが作った社会の中でですね、育つ子どもたちに偉そうにですね、対話が必要だとか、インクルーシブル教育だとか、ダイバーシティだとかって言っても白々しいですよね。
どの口が言うってやつじゃないですか。でもそんな中でですね、もうどこから手をつけたらいいんだろうと、ちょっと途方にくれているような状況の中で出会ったのがNVCという手法だったんですね。
NVCというのはNonviolent Communicationと言いますけれども、非暴力的共感的コミュニケーションのことです。そういうNVCのワークをちょっと勉強してみたりですとか、リスンという書籍、篠田真希子さんという方が翻訳されているんですけれども、
リスン、知性豊かで想像力がある人になれるという2021年に日経BPというところが出版している結構分厚い本なんですけれども、これを読んでですね、私本当に感動したんですよね。
聞くっていうこと?聞くっていうのは耳辺に14の心と書く方法ですけれども、これがどれだけの威力を持っているかということが書かれている書籍だったんですけれども、私はこれでもしかすると、そういう社会の分断とか対立っていうのを一つずつ潰していける可能性があるんじゃないかと思ったんですね。
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つまり、そういう自分の身の回りにあふれ切ってしまっている分断や対立という状況を乗り越える、解決する一つの方法として対話というのがあるんじゃないかと。
そこからですね、大人のための哲学対話の会というのが結構全国あちこち開催されていまして、その頃はコロナもあったのでオンラインも結構盛んに行われていたんですね。なので、いろいろなのに私自身ちょっと参加してみました。
これがすごく良かったんですね。その日初めて会った人で、しかもその会が終わったら二度と会わないような人たちなのに、すごく深いところでつながれたような感覚はあったんですね。
コミュニティカフェとかいろいろ今はあって、人と人がつながる場所みたいなのができていますけれども、私どうもそういうところに行ったことがあるんですけど、どうも本当につながったっていう人は別にいなかったんですよ、今まで。
その経験もあって、ちょっとそういうイベントとか場があって、見ず知らずの人と席が隣になったぐらいではなかなかつながるなんてそんな簡単なことじゃないって思っていて、やっぱり本当の意味で誰かとつながるにはやっぱり仕掛けがどうしても必要なんじゃないかなって。
それが哲学対話のルールなんですよ。このルールがちゃんと設定された場だから、人と本当に深いところでつながれるんだなってわかったんですね。要は構造化された空間だから、対話っていうのは成り立つんだなって。
オンラインもいいんですけど、どうしても議論になりがちだなっていうのを感じていて、私がもし地域でやるんであれば絶対リアルで、オンラインはやりたくないと。リアルで対面でどんなに多くても10人ぐらいできちんとルールを設定してやっていこうと思ったんですね。
地域の自治体の職員の方に私の思いを伝えさせていただいたところを理解してくださって、ご協力してくださることになりまして、今度1月28日の日曜日14時から15時半ということで、哲学対話の会というのを開くんですけれども、3回目になるんですけれども。
正式にはプレ開催が1回あったので、正式開催としては2回目になるんですけれども、もし東京の多摩地域の方でぜひ参加してみたいと思われる方がいたら、レターなどをお寄せいただければ詳細をご案内できますので、まだ参加者の枠としては若干空きがありますので、レターでご連絡いただければと思いますけれども。
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ちょっと私が形、哲学対話を地域でやっているやり方というのをお話ししていきますね。
いろんなやり方があるんですけれども、私はこうやっていますということになりますけれども。
まずですね、なるべく綺麗な輪になって座るんです。
それはこの場ではですね、年齢とか性別とか職業とか何にも関係なく全員が対等な関係であるということを象徴する場でもありますのでね、そういう輪になって座ります。
コミュニティボールというのを正式に扱うそうなんですけれども、私の会ではちょっと可愛らしいトトロのぬいぐるみを使って、そのぬいぐるみをですね、発言する方が手に持つというルールになっているんですね。
自分が話し終わったら次に発言する人、例えば手を挙げて発言したいと言っている人がいたらその人が選ぶと。
誰もいなかったらこの人に話してほしいなって人にちょっとどうっていう感じで差し出してみるみたいな形で、それをとにかくコミュニティボール、私が使っているのはトトロのぬいぐるみですけど、それを持っている人が発言権があって、次の発言者を選ぶ権利があるということを示すものですね。
次にですね、対話のルールっていうのを私は7つ設定しています。
それは安心、安全な場にするためのルールなんですけれども、一つ目がゆっくり自分の言葉で話すということなんですね。
どこかで聞きかじったような知識を話す場ではなくて、その瞬間に自分の内側から湧き上がってきた言葉っていうのを大切にしていただきたいということなんですね。
なぜなら対話というのは他者との対話でもありますけれども、自分自身の対話でもあるからなんですよ。
二つ目がですね、人の話は遮らずにじっくり聞くということですね。
言葉に詰まってしまったり、なかなか言葉がうまく出てこなかったとしても、そういうのも全部ひっくるめで最後まで待ってくれて聞いてくれるっていう、その関係こそが尊重ということなんですよね。
三つ目がですね、人の考えをジャッジしないということです。
ジャッジしないというのは、つまり良い悪いの判断をしないということなんですけれども、これはめちゃくちゃ難しいことなんですね。
ほとんどの方がですね、私も含め無意識にその考えはどうなのとか、それってちょっと違うと思うってすぐにジャッジしちゃってるんですよ。
おそらくその良い悪いの判断をしないという領域というのはおそらく下達に近いので、それがね日常の中ではなかなか難しいとしても、この1時間の対話の時間の中ではせめて心がけると、意識するということに捉えしてもらいたいと思っているんですね。
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4つ目が、意見はみんな違って当たり前という前提に立つことですね。
これに皆さんね、やっぱり立ててないから、いやそれ違うでしょうとか、それおかしいでしょうってすぐ思っちゃうわけなんですよね。
5つ目が、無理に話さなくていいということなんです。
最後まで何も発言しなくても構わないんですよ。
で、みんなの話を聞くだけでも全然OKという場になっています。
6つ目がですね、答えは出なくていいということです。
なんだか余計にわからなくなるんです。みんなの話を聞けば聞くほどますますわからなくなる。
自分は最初こう思ったのに、そうかもしれないとかって、もやもやしたまま時間になって終了してしまうことがほとんどなんですね。
それでいいんですよ。そのもやもやしたまま家に持ち帰って、今度は家族とまた対話を続けてみたり、その後もいろんな書籍を読んだり、自分なりに考え続けていくということが大事かなと思っています。
7つ目がですね、変化と違いを楽しむということですね。
これは自分と全く違う、正反対の考え方に出会ったりですとかね、みんなの話を聞いているうちに全然自分の考えが変わっていくものなんですよ。
そんな人との違いですとか、自分自身の変化っていうのを通して、物事の多面性っていうのに気づいたり味わったりすることが私はこの哲学対話の醍醐味だと思っているんですね。
こういう7つのルールっていうのをしっかり共有した後ですね、皆さんには一人ずつちょっと簡単に自己紹介をしていただいて、いよいよ全員で大体40分から1時間ぐらいの間、対話をしていくという流れになっています。
本格開催は前回が初めてでして、昨年に1023年の10月に行われたんですけど、その時はですね、テーマをどういうテーマで話し合うかというのも一応皆さんでその場で話して、学ぶってどういうことというテーマで語り合ったんですね。
参加者としては10人ぐらいでしたけれども、本当に深いお話ができまして、私は改めてですね、本当にこういうささやかな場から身近な分断とか対立の目っていうのを一つ一つ潰していけるんじゃないかなという希望を本当に持たせていただけたんですよね。
次回ちょっとね直前のご案内になってしまってますけれども、来週の日曜日28日の14時から15時半に行われるときもおそらくですね、今回もテーマとしてはおそらく多様性ってどういうこととか、そういう感じになるかなと思って。
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東京多摩地域の方には来ていただきたいですけれども、それ以外の地域の方々も必ず近くでやってると思うんですよ。インターネットとかで哲学カフェですとか、哲学対話みたいなキーワードでお近くの集まりを検索していただけるとやってるんじゃないかなと思いますので、ぜひ一度ですね、できればリアルで参加していただきたいなと思います。
そして願わくば自分の身近なご家族やお子さんやそういう方と対話っていうのを自宅でもしてみていただきたいなとお友達でも構いませんし、そういうところから自分自身とか周囲との関係性っていうのは少しずつ変わっていくんじゃないかなと思います。
今日は長くなってしまいましたけれども、お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、フォローお待ちしています。