2024-02-20 15:52

【第66回】私がオルタナティブ教育の場を自分で始めるしかないと思った理由①

今回は改めて、私がなぜ自分でオルタナティブ教育の場を始めるしかないと思っているのか、という理由についてお話してみました🥰
内容としては
第3回、第5回、第6回、第7回の「ホームエデュケーションを選択した経緯①~④」の続きになります🙏
☝️をお聴きになられてからの方が理解が繋がるかと思います🙇
長くなってしまったので、続きはパート②ということで、また次回お話していきたいと思います💖



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こんにちは、おあです。3児子育て中で小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、今の学校には合わないけれど、代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第66回目の今日は、私がオルタナティブ教育の場を自分で始めるしかないと思った理由というテーマでお話ししていきます。
先日、地元のラジオ局に急遽出演させていただく貴重な機会をいただきまして、
そこで改めてですね、ホームエデュケーションって何?とか、オルタナティブな教育ってどういうこと?とか、
これからの学びの在り方を考える勉強会っていうのはやっているそうだけれども、その後どうしていきたいの?みたいな話を結構しっかり聞いていただいたんですね。
もちろんですね、こちらのスタンリーFMでも第3回、第5回、第6回、第7回というかなり初期の方で、
我が家がホームエデュケーションを選択した経緯、①から④ということで、シリーズみたいな感じで順を追って一応丁寧に説明をしているつもりではあるんですけれども、
そういえばこちらのスタンリーFMでもホームエデュケーションを選択したことはわかったと。
だけど、じゃあその後どうして自分でね、そういうオルタナティブな教育の場っていうのを自分でやっていかなきゃいけないっていう風になったのか?
ということについてはまとめてきちんとはお話ししていないなというか、いろんな回でバラバラにちょっとずつお話はしているんですけれども、まとめた形ではしていなかったかもしれないなと思ったので、ちょっと改めて今日お話ししてみようと思います。
内容としましては、第7回の我が家がホームエデュケーションを始めた経緯④の続きになるかと思いますので、よろしければそちらをお聞きいただいてから、今日の放送を聞いていただければよりわかりやすいかと思いますが、
とにかく私としてはホームエデュケーションという言葉に出会えたことがとっても大きかったんですね。
どういう経緯でそのホームページにたどり着いたのかちょっと記憶がないんですけれども、とにかくですね、NPO法人日本ホームスクール支援協会という、補佐って読むんですかね。このページにたどり着きまして、そこで初めて私はホームエデュケーションですとかホームスクーリングという言葉を知りまして、そこにはもうかなりの人数のそういうことを選択した人たちが集まっていて、かなりのコミュニティーがもう出来上がっていたということを知って、
びっくりしたんですよね。最初はですね、やっぱり私もホームでエデュケーションしなければみたいな感じで、学校に代わってなんか違うやり方でもう私なりにやっていただきゃみたいな感じで、かなり片肘張って力入ってですね、
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オンライン通信教育みたいなのはやってましたけれども、それ以外にもですね、美術館とか博物館にも連れ出したりとか、あと家で結構実験みたいなのをやってみようって言ってやってみたりですね。結構頑張っちゃってたんですよね最初。
要は、学校に代わって私は私なりに何か子供たちに教育を施さなければならないみたいな、やっぱり固定観念に私はまだまだ囚われていた時期だったんですよ。
特にね、やっぱり校長先生はじめ学校関係者の方もおじいちゃんおばあちゃんいろんな方から責められる時期だったので、やっぱり、いや、学校に行かない代わりにこんなことします、あんなことしますって言い訳をしないといけないような感覚にも追い詰められていたと思うんですよ。
格好つけなくちゃっていうのがあったんでしょうかね。やっぱり格好がつかない、学校に行かないという選択をした代わりに、じゃあどれだけのことをできているのかみたいなね、みんなから評価されるみたいなことにとっても恐れを抱いていたんだと思うんですよ。
ただですね、地域でアンスクーリングといって、子どもを本当にそういう教育を積極的にするんではなくて、本当にもう自由に、自由保育とかって保育園とかでありますよね。それと同じように学校に上がった子たちでも同じように自由教育っていうんでしょうかね。そういう形でやっているグループに出会ったりですとか、その中でも私もいろんな書籍を読んだりいろんな人の話を聞いて
第35回子ども主体の教育ってというところでもお話ししている通り、260年も前から大人主導の教育なのか、それとも子ども主体の教育なのかという全く異なる価値観での対立っていうのがあったということを知って、今の日本の公教育っていうのはもう基本的にはですね、もう全てと言っていいと思うんですけれども、大人主導のカリキュラム中心主義であって、
競争教育、つまりですね、授学、趣旨学の価値観に支えられて、子どもは無知であり大人が正しいことを教えてあげなければならないという価値観に支えられている教育観、子ども観というのを持っていると。一言で言えば、大人が子どもに何らかの目的を持って教育を施すという価値観ですよね、立場ですよね。
これも必要だろう、あれも必要だろう、これも教えておいた方がいいだろう、あれも知っておかないとダメだと、大人が必要だと思う内容を主者選択して子どもたちに与える、そういう世界なんだということがはっきりわかったわけなんですね。
でも私はやっぱりそれは違うと思ったわけなんですよ。私は子ども主体の教育、つまり子どもは自ら育つ力を持っていて、自ら学んでいく存在だと。そういう教育観、子ども観が私は好きだし、そういう子ども主体の教育を求めていると。
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いろいろな歴史、教育の歴史ですとかね、学校の制度ということを勉強していく中で、そういう自分が本当に何を求めていて何が嫌だったのかというのがはっきりわかってきたんですよね。
と同時に、ホームエディケーションを選択したということが何を意味するかという、もっと本質っていうんですか、それに気づいてしまったんですよね。
それはわかりやすい表現を使えば、東大をトップとしたヒエラルキー構造の学歴社会競争教育から降りるっていうことなんですよ。一言で言えばゴールを手放すということなんですね。
ちょっとわかりにくいかもしれないので別の表現をしてみますけれども、例えばですね、子どもたちは将来のためと言われて勉強させられているわけですよね。
7歳になったら子どもたちはみんな学校に行って机に向かって教科書を開いて勉強しなければいけないと言われています。
子どもたちはどうして勉強しなくちゃいけないのって大人に聞くわけですけれども、いい学校に入っていい会社に入るためと言われるわけですよね。
いい会社に入ればお金に困らないからね。就職できないと生活できないでしょと。
あとは老後も大変だよとお金ないと。ある意味ですね、そうやってずっと小学校からずっとですね、未来への不安で脅して今の楽しみやりたいことを犠牲にして勉強しなさいと。
勉強しないと大変なことになるよと。勉強してまともな大人になるためには学校に行かなきゃいけないよと。
何かいつも将来のために今を我慢する。今を犠牲にして未来に備える。
そうやってずっと大人が子どもの行く先をコントロールし続けている。
そういうみんなが歩いている、歩かされている道からもううちはドロップアウトすると。もうアウトローですよね、完全に。
例えるならですね、高教育っていうのは小学校の次は中学校、中学校の次は高校、高校の次は大学、大学の次は企業っていう感じで一本道がちゃんときれいに整った道路があって、
ところどころにトイレがあったり休憩所があったり、ちゃんとパンがもらえたり、ちゃんと水がもらえたりって、もうちゃんとそこを歩いていけば心配もない安全な道というわけなんですよ。
でもそのね、道路を歩き続けていて、でもその先にあるゴールが本当かなって、それ私が本当に行きたいゴールなのかなって。
子どもはそんな言い方はしませんけれども、とにかく子どもはなんか嫌って言うんです。この道を歩いていくの怖いって言うんです。息苦しいって言うんですよ。
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私ももともとなんか変だなって思っていたわけなんですよね。本当なのかな。この道本当にまっすぐ行って、本当にみんなが言っているようなゴールが本当にあって、そしてそれを私たちは望んでいるのかなって思っていたときに、長女がまずね、この道を歩くのは嫌だと言ったわけなんですよね。
でね、この道を行って本当にいいんだろうか。大丈夫かなって疑っていた私でさえですよ。え?って思ったわけなんですよ、当時。何があったの?なんか怖い動物でも出てきた?なんか歩きにくい道でもある?みたいな感じで。何があったの?っていう感じで。
これはね、第3回とか第5回とか聞いていただければわかると思うんですけど、私だって驚いたわけなんですよ。この道を行きたくないと言われたときに、戸惑って何があったんだろうと。
で、子供に何が嫌なの?っていうようなことをしっかり聞くと、大したことじゃないんですよね。一つ一つは。本当にあのね、ちょっとしたことなんですけれども、よく例えるのがコップにですね、少しずつ水がたまってきて、本当にもうそれが溢れて行きたくないっていうことだったんだなってわかったわけなんですよ。
何か決定的ないじめがあったわけでもありませんし、大罰があったわけでもありません。だけど日々の本当に小さな小さな違和感、疑問っていうのがずっと子供のなりに溢れてきていて、そしてそれをちゃんと娘は感じられていたんですよね。そういう違和感とか疑問っていうのをちゃんとサインとして出していたし。
で、私も何が決定的ってわけじゃないんですけど、確かになんか変だよねって。じゃあもうこの道を歩くのはやめようかって。ちょっとわかんないけど、とにかくこっちじゃないよねってことだけは私たちわかったので、じゃあちょっと一回降りましょうと。で、脇道に降りていったわけなんですよ、私たちは。
で、その時にホームエディケーションっていう言葉に出会えて、あ、そうか、茨の道とかね、獣道って言うけれども、あ、なんか行ってみたら意外と歩けるね、ここってなったわけなんですね。
当時は寝学校に行っていたときは、その本当に一本道しか見えなかったんですけれども、降りようと、この道じゃないよね、なんだかわかんないけど違うから、とにかくここから逃げようってなったときに、あれ、こっちにも道があるじゃんって。しかもよーく見るとですね、結構ちらほらね、あちこち歩いてる人がいるんですよ、こんなジャングルみたいな獣道を。
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で、私の場合はですね、近所にたまたまそういう同じような選択をした方と出会うことができて、本当にね、もう砂漠の中でオアシスを見つけたような感じですよね。あなたもそうだったの?みたいな感じ。
でね、茨の道、獣道、みたいなもうね、うっそーとした道もないようなところを歩いているんですけど、子供はね、ものすごくそっちの方が生き生きして、うん、あの、ほんとよかったっていうわけなんですよ。あそこから逃げられてほんとよかったって言うんですね。
でね、ちょっとほとぼり冷めてから二人でね、そっちの昔歩いていた道を眺めると、ぞろぞろぞろぞろ、みんな何も考えずに歩いている人たちが遠くに見えるわけですよね。
ほんとは他にもいっぱい道があったんですよ。うん、見えなかっただけで。私たちはそういう茨の道、獣道に降りて行って、あ、意外と大丈夫だね、楽しいねって、うん、思っているんですけど、時々ですね、その、あの、ぞろぞろ歩いている高速道路っていうんでしょうか、整えられた道からわざわざですね、降りてきて、私たちのところに来て、まあ主にじいちゃんばあちゃんですけど、
中学はどうするのよ、高校はどうするのよ、そんなんで大学はどうするのよ、大学行かないでそれで就職はどうするのよって言ってくるわけなんですよね。
まあ余計なお世話なんですけども、まあね、私たちを心配してくれているとは思うんですけど、でも本当かな、ね、それってその人自身の不安や恐怖なんじゃないですかって私は思いますけどね。
うん、要はね、中学校も高校も大学も行かないでまともな大人になれるわけがないと思っているから、まあ不安なわけですよね、そういう人を見ると。
まあそのまともな大人っていうまともがよくわかりませんけどね、そもそもね。
ホームエディケーションという獣道、茨の道でも全然大丈夫なんだなってことはわかったんですけれども、やっぱりですね、第22回不登校の子のために居場所を作ればいいわけではない話というところでもお話ししていますが、子どもたちはね、お友達と遊びたいんですよね。
コミュニティを求めているわけなんですよ。
つまり茨の道をね、一人で歩いていくことは大丈夫なんだけど、やっぱり心細いしね、一緒に歩いていける仲間が欲しくなるわけですよね。
もう一つがですね、やっぱり子どもが一人でね、その茨の道、歩いていくのはいいんですけど、私もずっとつき添っていないといけなかったりするわけなんですよ。
つまり子どもが家でホームエディケーションなんて言ってね、選択できるのは、私が家にいられるからでもあるわけで、それはね、やっぱり親が子どもの世界のすべてになりがちですしね、それはある意味ちょっと危険なところもありますし、私自身だって自分の時間、自分の人生っていうのがありますからね、いつまでも子どもにつき添っているわけにはいかないわけなんで、
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というところで、改めてオルタナティブスクールというのが全国にありますので、既存の教育、公教育とは違うやり方の教育を実践している学校というのがわずかながら日本にもありますので、そういうのを一から探し始めたんですね。
というところで、結構な時間になってしまったので、ちょっと1回今日はここまでにして、次回そのオルタナティブスクールを探し始めたというところから、次回に回してパート2ということでお話ししていきたいと思います。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、フォローお待ちしています。
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