2024-03-05 16:14

【第70回】ホームエデュケーションは危険です!

ホームエデュケーションを選択するとなった場合、そのことが社会的にどのような意味を持つのか、自分の立ち位置を理解しておかないと周囲に無駄な不安や恐怖を与えてしまいます😅
ホームエデュケーションという手段の危険性についてもきちんと知った上で使う、という意識が必要と思っています🙏
続きは「学校の過剰機能問題」として次回お話していきます☘️


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こんにちは、おあです。3児子育て中で、小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、今の学校には合わないけれど、代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第70回目の今日は、【ホームエデュケーションは危険です】というテーマでお話ししていきます。
こちらのチャンネルですね。名前からして、これからの学びの在り方を考えるホームエデュケーションチャンネルと歌っていますので、
もしかするとね、ホームエデュケーションは素晴らしいと、最高だと、皆さんもぜひやってくださいみたいな立場なのかと、誤解されてしまうかなと思って、
改めて今日、基本的にはホームエデュケーションなんて危険ですということを、まず皆さんに理解していただかなければいけないかなと思って、
改めてですね、ホームエデュケーションということに関しての私自身の立ち位置というんでしょうか、大きな言い方をすれば、
ホームエデュケーションを選択するということが、この社会にとってどんなインパクトを持っていると思っているのかというお話をしたいと思います。
ホームエデュケーションのメリットとかデメリットということについては、以前第9回、第10回の放送でしっかりしているんですね。
そちらの放送でもお話ししているとおり、もう言いとどりなんかできないんですね。
もう当たり前の話ですけれども、何かを選択するということは、何かを諦めるということです。何かを捨てるということ。
だから自分が何を選んで何を捨てたのかということに対して、自覚的でいなければならないと思っているんですね。
ただ、いずれにせよホームエデュケーションという言葉をまず一人でも多くの方に知っていただかなければならないという問題意識があるわけなんですよ。
知ってもらわないと始まらないっていうんです。
なぜなら親御さんたちにまずそういう選択肢があるんだということを知ってもらわない限り、その親御さんのもとにいる子どもたちが救えないからなんですよ。
第50回の放送とかでも繰り返し言ってるんですけれども、何しろあまりにこの社会が学校洗脳がすごすぎて、もう学校に行くのが当たり前すぎて、もう学校依存社会なわけですよ。
そこを疑うという、その視点を持たない限りですね、学校はいいところっていうポエム、洗脳、まずそれを崩さないと始まらないんですね。
2017年の教育機械確保法で、学校に行かなくても大丈夫ってなってるんですけど、いまだにですね、もう学校に子どもが行きたくないって言ったら、もうね、まだまだ、えって、なんでよっていう感じですね。
まだまだ多くのご家庭が、子どもを無理やり何とか学校に行かせようと、どうしたら学校に行けるようになるだろうと、そんなことからになっちゃうわけなんですよ。
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そのね、最初の初期対応を間違えると、これがね、こじらせて大変なことになっちゃうんです。
学校に行きたくないって子どもが言ってるんですよ。なんですけど、親が行け行けと、なんとか生かすということをやっているうちに、本当に子どもが心身に不調をきたしてですね、引きこもりになってしまったり、
本当に最悪なケースでは死を選んでしまっているわけなんですよ。
第34回の放送で、不登校の歴史、あの恐ろしい首縄時代を知っていますか?という放送でもお話ししているんですけれども、
不登校の問題というのは、今に始まったことなんかでは全くなくてですね、もう40年も50年も前からですね、つらいというお子さんがいたわけですよね。
しかし、その首縄時代、あの時代はですね、もう首に縄をつけてでも連れてこいという時代だったわけなんですよ、学校に。
そしてですね、まあそれでも本当にいけないというお子さんに関しては、精神科病棟に強制入院とかしていたわけですよ。
で、場合によってはとつかヨットスクールですよね。ああいう虐待的な施設に強制的に入れて叩き直すと、根性を叩き直すということですよね。
今はさすがにそこまでのことにはなっていませんが、やはりですね、いまたに学校に行ってくれなくて困っている、悩んでいると、不登校に悩んでいるという言い方をするわけなんですね、親御さんたちが。
でも以前にもお話しした通り、古山昭雄先生という方はですね、もう35年にわたって不登校の問題に携わってきた方なんですけれども、
その方もですね、不登校の問題というのは子どもにとって自分に合った教育を提供されない問題だとおっしゃっているわけなんですね。
何十年も前からですね、不登校問題というのは日本の義務教育制度が学校教育法に規定する学校しか認めてこなかった制度の不備による制度公害だと言われてきたわけなんですよ。
つまり子どもの権利に関わる問題なわけですね。
いまだにそこが理解されていないというのが私としてはですね、何とかしたい。
とにかくまずは親御さんたちの視野を広げるためにもですね、まだまだ学校に行かなくて大丈夫なんだよ、ホームエディケーションという選択があるんだよという、その第一歩からやらなきゃいけないというところなんですよ。
まずは大人の側のその学校振興の呪縛っていうのを崩すっていうところから始めなきゃいけないんで、もうあれこれいろんな言い方をしてですね、このチャンネルでもいろんな方向からその話をずっとしているわけなんですけれどもね。
その第一の関門ですよね。乗り越えてホームエディケーションというのがあると、それを選択しますと言って、次の関門がですね、そういうマイノリティの道を選択した自分たちがですね、どんな目で世間から見られているのか、どんな不安をそういう皆さんに与えているのかっていうね、自覚、認識はやっぱりどうしても必要だと思うんですね、私。
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一言で言えば、ホームエディケーションという手段の危険性を理解した上で使うという意識なんですね。
一つはですね、現代の多くの普通の家庭には基本的には選択できない手段なわけなんです。
わかりやすいエピソードとしましては、私じゃないんですけど、ホームエディケーションを選択したということをですね、生きしぶりで悩んでいる他のママさんに、そういう選択があるんだよってことを教えてあげるつもりで、そういう言葉を言ったときに、それってマウントですかって言われたと。
皆さん、この意味わかります?
たぶん、生きしぶりで悩んでいるママさんって、おそらくフルで働いていらっしゃる方だったんだと思うんですよね。
なので、ホームエディケーションを選択すればいいんじゃないって言われたことに対して、専業主婦でいい御身分なのね、フルで働いている私にはそんな選択したくてもできませんよって、そういうふうな言葉だったんですよ。
もう一つのエピソードとして、ホームエディケーションの家庭あるある事例なんですけどね。
うちの子も、寝学校の友達とかに、前の不登校児とかってなんか馬鹿にされたりするんですけど、うちの子にはね、違うよ、ホームエディケーションを選択してるんだよって言わせてるんですけど、そうするとですね、今度はずるいって言われるんですね。
これ意味わかりますかね?子供たちは、風邪でも病気でもないのに学校行かないなんてずるいよって。
このエピソードからわかるようにですね、本来子供の教育ということに関して、親が働いているのか働いていないのかとかね、親が経済的にどうなのかっていうことは関係ないはずなんですよ。
つまりですね、以前第16回の子供の不登校に悩む親が本当は一番恐れていることという回でもお話ししているんですけれども、今ね、共働き世帯がほとんどですよね。
そうすると学校っていうのは、もう託児所代わりでもあるわけなんです。
コロナの突然の急降で世の中の保護者たちが大混乱したことは記憶に新しいと思いますけれども、あの突然の急降が明らかにしたことっていうのは、親が働きに出るためには子供には学校に行っていてもらわなければ困るということだったんですよ。
つまり、子供が日中安心して過ごせる場所が学校以外に存在していないという事実だったんですね。
実際ですね、このホメディケーションだとかね、そういうのを選択している家庭のほとんどは専業主婦世帯ですとかね、後は子供のために仕事を辞めたり変えたりセーブしているっていうのがもう実情ですよ。
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子供に対応できる時間的余裕ですとかね、そういう生活を支えられるだけの経済的な基盤がなければ、いくら子供に学校が嫌だって言われたって、無理に行かせるしかないですよ。
つまり、不登校の問題というのはもうそういう私たちの働き方しかり、パートナーシップの問題しかり、以前にもお話しした学校の過剰機能問題しかり、様々な要因が絡まり合っていることなんですよね。
もう一つがですね、以前の第23回、我が子に殺害される親にならないためにという放送会でもお話ししている通り、親は子供にとって教祖みたいな存在なんですよ。教団のトップですよ。ものすごい権力を持っているんです。子供に対して。その自覚を持たなければいけないんです。
以前にもお話しした通り、ホームエディケーションなんて言いますけど、それってね、親が環境の全てになってしまうということなんです。私はこれほど危険なことはないと思っていて、私だって子供の世界の全てになんかなりたくないです。
子供には様々な大人や子供たちといろんな人と関わりながら成長していってほしいと思っています。社会に地域に開かれている存在であってほしいと願っています。先日もですね、ちょっとある森の教室みたいなところにちょっと子供たちを連れて行ったんですよね。
そこのスタッフの人にもですね、うちの子たちはね、いろんなマイクラの話をいっぱい聞いてもらったり、こんなこともできるよ、あんなこともできるよっていろいろ見せていてですね、やっぱりそういういろんな人に自分を認めてもらうっていうことがこんなにやっぱり喜びだったり、求めていること、子供にとって必要なことなんだなってすごくしみじみ感じたことがあったんですね。
私自身振り返ってもですね、本当に素晴らしい先生との出会いっていうのがあったんですね。やっぱりその先生との出会いとか体験っていうのはもう今でも宝物なんです。
特に長女はもう11歳ですからね、どんどん親以外の大人と出会って、親以外の価値観とか世界っていうのをもっともっと知っていってほしいんですよ。
実際娘もそれを求めているんですね。本来ホームエディケーションなんて選択しなくて済むならそれに越したことなんてないわけですよ。
なのになぜ私たちがそれを選択しなくちゃいけないのか、なぜあえてその言葉を言わなければならないのかということなんですよ。
それは他に選択できる教育がないからなわけですよね。地元の公立の学校に行かせるよりは100倍マシというだけの話なんですよね。
ただですね、子供を守るためとはいえ、やはりマイノリティの道、大多数とは違う生き方を選択するということは、まあ世間の飾り当たりは強いわけなんですよ。
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前にも言いましたけどね、近所の人からは変な宗教に入っちゃった家族みたいに思われてるわけですよ。だから武装する必要があるわけですよね。テロリストみたいに思われてるわけですから。
例えばそれは教育の歴史ですとかね、学校の制度を知ること、しかり世界の教育についてとか、そもそも教育とは何なのかとか、学校は何のために存在するのかということについても、自分なりにちゃんと勉強して考えなきゃいけないわけなんです。
逆に言うと、そういう相当な信念とかね、そういう覚悟を持ってないと、こんなホームエディケーションなんて選択できないわけですよ。
でもね、そんなことよりもですね、一番のホームエディケーションの危険っていうのは、虐待とカルトシ教団の監禁なんですよ。
皆さんね、2019年の1月にあった千葉県野田市の小4虐待子事件、覚えていらっしゃいますか?
あの事件は、もちろんね、児童相談所は何してたんだ、みたいな世の中からかなりありましたけど、その陰で学校もかなり叩かれたんですよ。
学校に行っている年齢のお子さんが、やはりそういう虐待などで家庭内で亡くなると、
学校は何をやってたんだと、先生は気づかなかったのかと、やっぱり学校が責められるわけなんですね。
もう一つがカルト教団系ですよね。オウム心理教もそうなんですけど、皆さんね、幸福会山岸会ってご存知ですか?
カルト村とも通称は言われているそうなんですけどね、これは宗教法人ではなくて、農事組合法人だそうなんです。
これは農業とか牧畜とか林業基盤とするユートピアを目指すコミューンなんだそうなんですけど、
最近ね、ここで生まれ育った高田香谷さんという方がカルト村で生まれましたという漫画を出されていて、ものすごく話題になっているんですね。
このカルト村ちょっと調べただけですごいところなので、ちょっと面白いというかね、なのでぜひ次回この話もしつつ、
要はオウムとかカルト村みたいなところがですね、やっぱり1990年代とかに子どもたちが監禁されていることが分かって、
自動相談所に一気に救出された時代があったわけなんですよね。
そういう事件があるたんびに、やっぱり学校に来ていないと不安なわけですよ。心配ですよね、実際。
家庭という密室で何が行われているのか、本当にその家庭にいるのか、それともそういうカルタ教団みたいなところに入っちゃっている可能性だってあるわけじゃないですか。
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そうするとやっぱり学校は把握しておかないといけないし、学校に日中子どもたちに来てもらわないと安全を確保できないと思いますよね。
なのでこれはですね、学校の過剰機能問題につながってくる話ですので、そこについて次回もうちょっと突っ込んで、
ホームエディケーションが何が危険なのかとか、世の中の方々はどういう不安を抱いているのかということをお話ししてみたいと思います。
ホームエディケーションという選択があると理解していただいた上で、次にホームエディケーションを選択するということにあたって、
それは手段なので、諸刃の刃など、それなりの危険性があるということもちゃんと理解した上で選んでほしいなという思いがありますので、
次回ですね、学校の過剰機能問題に絡めてそのあたりのお話を続けていきたいと思います。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。
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