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こんにちは、おあです。三児子育て中で、小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
今の学校教育に疑問を持っている方や、今の学校には合わないけれど、代わりとなる教育がなくて困っている方と一緒に、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第75回目のきょうは、【フリースクール始動】というテーマでお話ししていきます。
今年の1月12日、2月9日、先月の3月、3回連続で、これからの学びの在り方を考える勉強会、子ども主体の教育を目指し、地域の子どもの権利に関わる活動を50年近くされてきたNPOのご協力を得て開催してきたんですね。
その内容なんかについては、第55回、これからの学びの在り方を考えるホームエデュケーションノート開始ですとか、第60回、第1回勉強会のご報告と恩礼、そして第2回勉強会の告知ですとか、あと第62回ですね、第2回、これからの学びの在り方を考える勉強会のご報告と恩礼といった放送でお話ししていますので、よろしければそちらをお聞きいただきたいんですけれども、
今、不登校の子どもたちが約30万人に上るということで、過去最多ということで、増え続けているわけですよね。
で、学校に行かなくてもいいよという教育機械確保法が2016年にできたわけですけれども、それに伴って市内のですね、私が住んでいる地域にも居場所っていうのがあちこち作られてはいるんですね。
でも私は、それでですね、子どもたちの学ぶ権利が保障されているとは言えないというふうにずっと思ってきたんですよ。
そのあたりの思いに関しては、第66回、67回で、私がオルタナティブ教育の場を自分で始めるしかないと思った理由という放送会でお話ししていますので、ぜひそちらをお聞きいただければと思うんですけれども、
既存の教育が合わない子どもたちに代わりとなる教育を、一人一人にあった教育というのを用意することは、私は大人たちの責任だと思っているんですね。
こちらもですね、第22回、不登校の子のために居場所を作ればいいわけではない話という放送会でお話ししているとおり、あちこちに不登校の子のための居場所もできているんですけれども、その居場所というのはあくまでも一時的な避難場所に過ぎないわけですよね。
多様な学びを保障しているわけではないわけです。
不登校の問題というのは何度も言いますけれども、子どもにあった教育が保障されていない子どもの権利に関わる問題なわけですから、自分の住む地域にオルタナティブな教育がないのであれば、自分で作るしかないと思ったわけなんですね。
今回、私は今年引っ越しているんですけれども、この家も何なら自宅の一室を開放して、それを自分で一人でも始めるしかないと思っていた矢先に、地域で子どもの権利に関わる活動をされている団体の方に、私たちのところで場所を貸すから、そういう勉強会みたいなところから始めてみたらどうですかというふうにおっしゃっていただけて、
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今年3回連続の勉強会というのを開催させていただくことができたんですね。
そのNPOの力というのは本当にありがたくて、やっぱり自分一人でそんなのを始めても告知とか全然できませんし、やっぱりそれなりの歴史と信頼のある、そして人脈のある団体の方々がご協力くださったおかげで、本当にいろんな方々に勉強会に参加していただくことができて、
本当に深い語り対話の場というのが実現できたんですね。
ただですね、オルタナティブな教育の場を作るといっても、一人一人それぞれ求めているニーズも違えば、教育とは何かというそういう本質的なものも微妙に違っていたりというところで、難しいわけですよね。
なんですけど、今回その勉強会に全部参加してくださった地域の保護者の方々が共感してくださって、一緒にやっていこうよと言ってくださって、この4月から4人の保護者、私含めて4組の親子で自分たちで始めようということになったんですよ。
私としては1年ぐらいかけてゆっくりやっていこうかななんて思ってたんですけど、やっぱり東京都がですね、そういう不登校の子たちのためのフリースクールみたいなところへの助成金とかを始めていてですね、そういうところへの実績作りっていうのも必要じゃないかとか、実際ですね、全員小学生の子どもを持っている母親同士ですので、この1年って言ったって、その1年が大事なわけですよ。
この1年にもう行き場所がないわけですから、もうすぐにそういう場がやっぱり必要なんじゃないかということで、つまりですね、私たちは全員当事者、利用者兼主催者になるわけですね。それはね、やっぱり自分たちが求めている場を自分たちで作っていけるというのはすごくいいし、それこそ目指していることなんですけれども、もちろんメリットデメリットあるわけなんですよ。
やっぱり私自身はですね、やっぱり自分とは違う、親とは違う大人たちとか子どもたちと関わって、もっともっと世界を広げていってほしいと思っているわけですけれども、結局親の自分自身もその場に関わることになるわけですから、なかなかお互いやっぱり風通しはあんまり良くないような気がするなぁみたいなもやもややっぱりあるんですけれども、そうは言っていられないということと、
地域にいろんな活動を支えてくださるような方々もいらっしゃるということで、今後は少しずつ自分たち保護者がそこまで密に関わらなくても運営していけるような方向を目指せるんじゃないかということで、週に1回から始めてみることになりました。
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今ね、大慌てで4月からやるっていうことになったので、慌てて団体名を作ったりですとか、ホームページを作ったりですとか、SNS、インスタとかを開設したりみたいな、慌ててやっているところなんですけど、結構大変なのがですね、任意団体とはいえ講座が必要になってくるわけなんですね。会費を集めて、その会費の中でいろいろやりくりしていくわけですので、
そうするとですね、銀行講座を作るのに規約だとかね、議事録だとかね、総会資料だとかね、いろいろ求められるんですよ。逆に言うとそれがないと講座が開けないわけなんですね、団体として。
いやーこれが結構大変ですね、こういう資料を作るっていうんですか、まともに形のあるようなものにまとめるっていうのは結構大変だなということと、あともう一個がですね、私はねやっぱりフリースクールではなくオルタナティブスクールがやりたかったわけなんですよね。
このオルタナティブ教育っていうことに関しても、第29回オルタナティブ教育って何?という放送会で詳しくお話ししているので、よろしければそちらをお聞きいただきたいんですけれども、要はですね、オルタナティブというのは主流とは別の選択肢、代わりとなる新しい何か、既存のものにとって変わるものという意味がありまして、オルタナティブスクールというのは主流または伝統とは異なる教育を行う学校のことなんです。
日本では国の定める学校教育法にはのっとらず文部科学省が示すカリキュラミターは異なる独自の教育哲学に基づいた教育を実践する学校のことを指しているわけですけれども、私はやっぱり従来の学校教育へのアンチテーゼとしてオルタナティブスクールという立場にこだわりたかったんですよ。
なんですけどやっぱりねそれはね大人の事情があるわけですよね。もうやっぱりオルタナティブな教育って言っちゃうと結局不登校ではないっていう扱いに今のところまだまだなってしまうということで補助金ですとか助成金とかいろんなところで損害をこむるというんでしょうか。
しょうがないですよね。団長の思い背に腹はかえられないということでフリースクールということでやっていくことになりました。
一番難しいのがやっぱり経営ですよね。お金の問題ですよ。これが一番難しい。どこのフリースクールもどこの居場所の上の方々もみんな困ってるのはお金の問題なんです。オルタナティブスクールもそうだと思います。
結局やっぱりね教育っていうのはお金がかかることなんですね。
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ただねそれはわかってるんですけどやっぱり私が今いろんな地域とか近くにあるフリースクールですとかオルタナティブスクールですとかあとまあ居場所みたいなところ特に居場所ですかね。
やっぱりねちょっとえーって思うのはもう居場所なんか特にですねほぼタダでやってるんですよ。無料で誰でも来ていいですよみたいな感じでやっていたり利用料として取るとしても本当に数百円なんですね。
つまり人件費はゼロなんですよほとんど。もうボランティアなんです皆さんやってらっしゃる方々は。
それでどうやってるのって思うんですけど結局いろんな財団からの寄付、女性金ですとかいろんな地域の方々からの寄付金なんかを当てにしてやっているわけなんですけれども。
私はそれじゃあねやっぱね持たないんじゃないかなって思うんです。活動を本当に安定的に維持して運営し続けていくってことは私はそれじゃ無理なんじゃないかなって思っちゃうんですね。
どうもそういう子どもの不登校の子たちを支援するみたいなところってどうもねなんか大人の奉仕の心とか自己犠牲とかね人の好意とか善意っていうのを当てにしたような形が大前提になっていたりしてなんかねお金の問題にしっかり向き合えてないんじゃないかなって感じることがすごくあるんですね。
もちろんもうすべてを何でもかんでもお金に置き換えたりですねマネカイズですとかね価値のすべてがお金に換算されてしまうというような今の世の中っていうのは私だってもう疑問だらけですよ。
だからといってお金から逃げるってのも間違ってるんじゃないかなと思うんですよ。やっぱりこの資本主義社会に生きている限りお金から逃げたくたって逃げられないわけですししてはいけませんし。
やっぱりね子どもたちにもちゃんとお金の教育っていうのはする必要があるんじゃないかなと私は思うんですね。
何よりね子どもたちが幸せに生きられる社会をとかって言うんであればだったら余計ですよ。その前にまず私たち大人自身が幸せで満たされているべきではないんじゃないかと思うわけなんですね。
2001年に日本全国で先駆けて子どもの権利条例というのを作った川崎市の子どもたちの大人へのメッセージっていう有名な言葉があるんですよ。
ちょっとそれをご紹介したいんですけれども。
まず大人が幸せにいてください。大人が幸せじゃないのに子どもだけ幸せにはなれません。
大人が幸せでないと子どもに虐待とか大罰とかが起きます。
条例に子どもは愛情と理解をもって育まれるとありますが、まず家庭や学校地域の中で大人が幸せでいてほしいのです。
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子どもはそういう中で安心して生きることができます。
この子どもたちの言葉、すごいなって本質的だなって思いませんか。
子どもたちは見抜いているわけですよね。
だから私たち保護者も全員が当事者なわけですから、まず私たち自身が救われる必要があると思うんですね。
自分たち親子が必要だと思う場をまず作ると。
自分たちが今困っていて、こういう場が必要だと思うことをまず作ってみて、
それに他にも私もそういう場が必要だから入れてっていう方がいたら是非一緒にやっていきたいけれども、
誰かのためにじゃなくてまず自分たちが救われることを目指したいということだったんですよね。
本当に今回もう自分たちでやっていくって決めた瞬間に、
なぜか本当に不思議なくらいこういう活動をするのにこういう人がいるといいなと思った人と出かけた先で出会ったり、
気持ち悪いぐらい運がいいっていうか出会っちゃうんですよ。
怖って思っちゃうんですよ。
大丈夫かなって本当にこんなにうまい話があるって感じでちょっと心配になるぐらいなんですよね。
でも本当にありがたいことですよね。
例えば今月ですね、早速第一回の活動っていうのをやってみたいねということで、
火起こし体験、自分たちで火打石とかやるのは結構大変なんです。
ちょっとした道具があって、それがあると結構簡単に子どもたちでも煙が出て火がつくっていうようなちょっとした火起こしの道具があるんですけど、
それを作れるおじいちゃんと出会ってですね、そのおじいちゃんがボランティアでぜひ協力したいって言ってくださって、
その方に来てもらってみんなでちょっと火起こし体験みたいなのをやってみようかみたいな話になってるんですけど、
あとね、ツリーハウスを作りたいっていうことで、それもね、ちょっとね、あるんですよね、あてが。
ちょっと今度はその方のところにもご相談に行って、ちょっとみんなでツリーハウスプロジェクトみたいなのをやってみようかみたいな話もしてるんですね。
とにかく私たち全員ね、当事者なので、無理のない範囲で、本当に自分たちにできる範囲で、もう本当に小さく始めようよということになってるんですけど、
思えばですね、本当に昨年の今頃ですね、私ね、スイッチ入った瞬間を今でも覚えてるんですけど、ある学校関係者の方にですね、
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うちの子たちは当時の校長先生に、学校に行かない選択をしたとかって言っても、なかなかね、先生としては受け入れられないと。
週に1回でも、月に1回でもいいから、何でもいいから、1回でいいから学校に来てほしいと言われて、じゃあ図工という形だったら行ってもいいって言ってますっていうことで図工をするっていう体で、
本当に週に1回、うちの子たちだけが、ちょっと個別対応みたいな別室でしてもらっていたんですけれども、そのことに関してですね、学校の先生だったんですけれども、その方に、
あの、なんか習い事か何かのつもりですかって、行かないって決めたんだったら、それなのに来るってずるずるしくないですか?みたいなことを言われて、私もびっくりしたんですよね。
もちろんね、その校長先生と我が家とのやりとりっていうのを知らなかったっていうのはしょうがないとは思うんですけれども、その先生から見たら、ただでさえ忙しいのに、なんで行かないと決めた親子のためにこんなに学校がリソースを割いてね、決め細かく対応しなくちゃいけないのよって、たぶんイライラされていたんだと思うんですね。
私はもちろんね、そういうホームエディケーションなんていう言葉はね、普通には知られていませんし、やっぱり行きたくても行けないって悩んでいるわけではなく、行かないんですっていうようなことっていうのは、受け入れられにくいというのは、よくわかったんですけれども、
なんかその時にね、やっぱり子供の権利なんだよっていうことが、もう学校の先生でさえわかっていないということにものすごくショックと悲しみと怒りを感じたんですよね。
で、これはいかんと。もうやっぱりちゃんと正しく、うちの子たちがどういう状況に置かれているのか、なぜこういう問題が起きているのかっていうのを、やっぱり先生方もわかっていないんだから、先生方もある意味被害者でもあると私は思っていたので、これはきちんと発信していかなければいけないなって思って、当時ですね。
スタンドFMなんかを始めようとしたんですけど、ちょっといろいろあって始められなくて、結局ね、去年の10月ぐらいに延びちゃったんですけど、そういう私ね、ちょっとスイッチが入った瞬間がやっぱりあったんですよね。
なんで私のこの発信とかこういう活動を始めることの本当の原動力って多分私怒りなんですよ。で、なんでこんなに怒ってるかって多分悲しみなんですよね。
第34回の不登校の歴史、あの恐ろしい首縄時代を知っていますかという放送会でもお話ししているんですけど、やっぱり教育機械確保法ができるまでの間にですね、これまでこんなにたくさんの子どもたちが犠牲になってきたんだっていう歴史を知ったときに、
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無知って罪だし、こうやってね、ホームエディケーションなんて言って学校に行かない選択ができているっていうのは本当に先輩方のお力あっての今なんだなっていうことがわかったわけなんですよ。
そう考えたらうちの子さえ良ければいいとかね、そういうわけにはいかないなと思ったわけなんですよね。
第50回目の放送でもお話ししている通り、学ぶ意味っていうのは少しでも明日を良くしていくためにあるわけですよね。ほんのちょっとでもいいから良い社会にしてバトンを渡していくこと。
これから私たちが始めるフリースクールっていうのがその一助に少しでもなるといいなと思っています。
こちらの放送でも、今日こんな活動してみましたとかそういうご報告なんかをこれからはもっと積極的にしていけるかと思いますので、ぜひ温かく見守っていただけたら幸いです。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。いいね、フォローお待ちしています。