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こんにちは、おあです。3児子育て中で、小学生の娘2人は、ホームエデュケーションを選択しています。
子どもたちが毎日を楽しく、自分らしく過ごせる社会にしていくために、これからの学びの在り方について考えるチャンネルです。
第32回目のきょうは、【不登校とひきこもりは違う】というテーマでお話ししていきます。
よくテレビや新聞なんかでは、どうも不登校とひきこもりって同じような問題として、一緒に語られること多くありませんか?
これをお聞きの皆さんの中でも、不登校とひきこもりって似たようなものなんじゃない?そんなに違うの?って思っていらっしゃる方多いんじゃないですかね?
確かにイメージが結構似てますよね。
不登校もひきこもりも、どちらも何か人間関係がうまくいかなくて、コミュニケーション上の問題を抱えているというようなイメージがあるかと思います。
どちらも社会生活がうまくいっていないというような、あるのではないかなと思います。
確かに、不登校をこじらせてそのままひきこもりになってしまうという方もいらっしゃるんですね。
ただ、この不登校とひきこもりという全く違う問題を一緒くたに語られてしまうことで、より問題が複雑化して根深くなってしまっているというのが現状なんですよ。
まず、不登校とひきこもりの一番の違いは、その主因ですね。
不登校の主な原因は教育問題です。
対して、ひきこもりの主な原因は雇用問題なんです。
不登校というのは学校に関連したことなので、文部科学省が対応する事案なんですね。
それに対して、ひきこもりというのは仕事に関連することですので、厚生労働省の管轄になるんですよ。
不登校というのは子どもの問題ですよね。
ひきこもりというのは、あくまで大人の問題なんですね。
例えば、児童虐待は児童相談所の対応する事案であると。
対して、大人の暴力の問題であるDVは警察の関わる事案である。
それくらいの違いがあると理解していただければと思います。
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このひきこもりの4割以上が、職場での体験が原因だとされています。
就職活動の失敗が原因であったりですとか、仕事がうまくいかない。
職場での人間が躓いたり、体を壊してしまったり、鬱になってしまったりと。
そういう仕事に関わることが原因で、社会生活が遅れなくなるということがひきこもりということでして。
要は何が困るかというと、そのことで生活基盤が得られなくなってしまうわけなんですね。
要は経済的な問題が起きてくるということなんですよ。
親が生きていらっしゃって、実家があって、そこにずっと子供のお部屋でひきこもっていられるのであればまだいいんですけれども、
そのうちに親が亡くなって、そうすると生活保護ということになるわけなんですよね。
それは国は困るわけなんですよ。
国としては子供の頃はね、学校でちゃんと教育をしたと。
投資をしてお金を使って子供を育てたつもりなわけですよ。
その子供が大人になったら今度は働いてちゃんと税金を収めてもらわないと、ある意味投資が回収できないわけですよね。
教育した分のお金が返ってこない。
むしろ生活保護ということになってしまうと、出ていく一方、お金をかけて投資をした商品がですね、
売って利益になるどころか、むしろ売れ残って在庫となって、その在庫の保管代に余計にどんどんお金が日々かかってくると。
国としてはそういうのに近い感覚なわけですよね。
引きこもりとなると国にとってはお荷物なわけですよ。
一応ね、国もいろいろ相談機関を作ったり対策をしようとしていますけれども、
実際、その引きこもりの期間が長くなればなるほど、これは相当難しい解決にはなかなかいかない問題だなと正直思いますよね。
この引きこもりという問題を不投稿という問題と一緒に捉えることがどうしてそんなに問題なのかと言いますと、
子供が不投稿になると、その親がですね、この子学校に行かない、大変このままだと引きこもりになってしまうというふうに、
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必要以上の不安や恐怖を感じさせてしまうからなんですよ。
親がその引きこもりになってしまうという恐怖があまりにも強いと、やっぱりね、子供が学校に行きたくないって言っても、
行きなさいと、行かなかったら大変なことになるということで、無理やり連れて行くという行動に出てしまうわけなんですよね。
そして、こじらせて本当の引きこもりにしてしまうわけなんです。
だってね、不投稿っていうのは今の学校システム、教育システムの問題なわけですよ。
今の教育が今の子供たちにあまりにもあっていないと、子供たちが必死にNOって突きつけてるわけですよね。
私はその子供はまともだと思うんです。
やっぱり冷静に学校というものを外から眺めた時に、おかしいことだらけですよ。どう考えても。
どうして消しゴムが白いものじゃなくてはいけないのかとか、筆算の時どうして定規を絶対使わなきゃいけないのかとか、
むしろ学校の方で一方的にあれこれあれこれ、かなり細かいことまで決められたルールに何の疑問も持たずにですね、
全部先生たちに言われたことをそのまま受け入れて適応していってしまうということの方が、これからの時代やっていけるんだろうかって心配になっちゃうんですよね。
不登校というのは、要はその子がたまたま住んでいる地域で、たまたま指定された地域の学校、公立学校にたまたまその子が会わないというだけのことの問題なんですよ。
それって例えるならマンゴーみたいな南国で育つようなフルーツをですね、北海道のすごい寒いところで一生懸命育てようとして育たないと言ってるようなものなんじゃないかなって私は思うんですよね。
単にその子にとってその環境が合っていないというだけのことなんです。
なのにそれをですね、大人が大変だと、このままだと引きこもりになってしまう。
行かせなければ何とかしてって言うのは、マンゴーが北海道で育てて育たない育たないと言って、
そのマンゴーが育つ環境を変えるのではなくて、何とかしてマンゴーを北海道で育てようと無理矢理するようなことに私は近いと思うんですよね。
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で、結局その子はね、つらくて生きていけなくなって、心を病んでしまって引きこもりになっていくと。
マンゴーが育たないのは当然なんですけど寒いところで。
というわけで、やっぱりね、不登校と引きこもりっていう原因が全然違う問題を一緒くたに語るっていうのは本当にね、罪だと思うんですよ。
そのせいで余計な犠牲者を増やしているとしか思えないんですよね。
だから不登校のお子さんはね、そのままだと引きこもりになってしまうんじゃないかなんて、勝手な妄想、偏見。
で、これ以上ね、子供たちを追い詰めないでほしいっていうのが私の願いなんですよ。
不登校になっちゃうとね、親は大変です。それは本当わかります。
特に、友働きですから今の時代。
子供を日中ね、中学生ぐらいになってたら別かもしれませんけど、やっぱり小学校、特に低学年のうちは、
もうね、親が二人とも働きに出るのに、子供をずっと日中家に一人で置いておくっていうのはとても不安ですし、心配ですし、
やっぱり地震とか何かあったらって、やっぱり危険もありますしね。
お昼ご飯の問題だってありますよね。救っていかなくちゃとか。
そりゃ大変ですよ。やっぱり子供が学校に行かずに家にいるということを。
だから子供が学校に行っててくれる方が安心っていうのはよくわかるんですけれども、
でもそれはね、マンゴーに北海道で寒いところで元気に育ってほしいっていうようなものなんじゃないかと私やっぱ思っちゃうんですよね。
だからマンゴーを無理に北海道という寒い地域で育てようとするのではなくて、
マンゴーなんだから南国あったかい地域の場所に移してあげればいいだけのことなんですよ。
つまりその子にあった環境を用意してあげるということです。
その子にあった環境を見つけて移してあげるということですよね。
不登校の問題ということの本質を理解していないと、その親御さんが本当に恐れていた事態に本当になってしまうわけですから、
やっぱりいろんな問題の本質を見極めて、いろんな情報を集めていろんな本を読んで、
問題を一つ一つ丁寧に切り分けて、正しく理解し対処していくと、
私たち大人一人一人がそういう正しい知識や情報を持つことで子どもたちが救われていくんじゃないのかなと思うんですよね。
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というわけで今日は不登校と引きこもりということの違いについてお話ししてきました。
あまりにもそこの偏見がすごすぎて、私もかなりそこで誤解をされて偏見を持たれることがありますので、
今日はそこの違いということを私なりにお話ししてみました。
お聞きくださりありがとうございました。また次回お会いしましょう。
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