当たり前の認識
声と心と体のチューニングルーム、魂とOSを整えるラジオへようこそ。
声はあなたの存在そのものが現れる。
声を整えることで、心と体を調律し、人生を整える、本質ボイストレーナーの神尾しおんです。
この番組は、私たち自身をパソコンに例えて、脳、体、感情の仕組みを理解し、ニュートラルにしていくラジオです。
このラジオを聴いてもらうことで、あなたの魂のOSとチューニングが整っていくように構成されています。
心がOS、脳はCPU、体はハードウェア、そして思考が顕在意識、潜在意識、無意識、集合意識と呼ばれる領域は、外部ライブラリやクラウドサーバーのように存在して、私たちの内側と外側をつないでいます。
子供の頃にインストールされた家族式のオペレーティングシステム、
生きていくうちにたまったキャッシュログやバグ、誤作動したままの設定プログラム、
アップデートされずに残っている古いプログラム、全部少しずつ見つけて直して、そして軽くしていきましょう。
ということで、今日のテーマは、「当たり前を探してみよう」です。
当たり前を探してみようというテーマを作ったのは、自分の物の見方、自分が当たり前だと思っていることに改めて気づいたからです。
皆さん、自分が見ている世界が自分なりの当たり前の視界でできているって知ってましたか?
私たちはそれぞれ自分だけの色眼鏡をかけて目の前の世界を見ている、起こっている出来事を解釈している、そういうふうによく言われています。
なので、自分の思考の中、自分の設定の中に入り込んでいる当たり前となって疑問にも思わないルール規則、
そういったものに気づくことが、新たな視点をもたらして、世界の見え方が変わるということです。
この話はね、脳科学の話とか、スピリチュアルな方もよく言うし、多分ね、聞いたことあるよっていう人たくさんいると思うんですよ。
で、ただ、当たり前って自分にとって当たり前だから、気づきにくいんですよ。疑問にも思わないから。
私の中で、また深く当たり前だと思っていることに先日思い当たったんですよね。
で、あーって、もう何を当たり前だと気づいたか忘れちゃったんだけど、
なんかその時に視界のフィルターが一枚剥がれて、見えてる視界のトーンがね、1トーンか2トーンぐらい上がったなーっていう感覚があったんですよ。
ものすごく、あれ?っていうぐらい、あれ?何もなかったみたいな感覚。
そういうのがね、来たので、ちょっと改めてこのテーマで皆さんに共有してみたいなと思って収録しています。
価値観の形成
私たちがそれぞれかけている自分だけの眼鏡。
目の前に起こった出来事を解釈している、物の見方の眼鏡。
これは育ってきた環境、経験してきたこと、繰り返し聞かされた言葉。
ちなみにこの聞かされたというのは他人からではなく、自分の中で何回も反数したということも、繰り返し聞かされたっていう回数に入ります。
そういうもので、少しずつ作られた物の見方、この眼鏡の正体。
これは自分にとって何度も何度も繰り返されてきたことだから、あなたにとって当たり前になっていることなんです。
それを受け入れていようと抵抗していようと関係なく、あなたがそれを自分にとって当たり前だと設定してしまっているルールなんですよね。
では、あなたの当たり前って何ですか?
何でしょうか?
例えばよくあるやつね。人に迷惑をかけてはいけない。頑張らないと価値がない。
ちゃんとしなければ愛されない。弱音は見せるべきじゃない。
逆の人もいるかもしれないですけどね。一般的に仕事をし始めたり社会で生きていく時に、こういうこと言われがちだと思います。
こういう当たり前があなたの言動を選択し、人生の見え方そのものを作っています。
私自身も、昔は当たり前だと思ってたこと、例えばね。
私はまだまだ足りていない。私は能力や技術は磨けているかもしれないけれども、何もなくなった素の私になった途端、誰にも価値を認められない。
もっともっと頑張らなきゃいけない。
そして誰かに、親に、同僚に、上司に、周りにいる人間に、ちゃんと認められなければ自分の価値は崩れてしまう。
そういう上を目指すのが当然というOSで動いていたんです。
私自身が出てきた界隈というのが、もともと獣医師なので優秀な方が多いですね。
生命というものに向き合って、自分の研究というものに心血注いで、睡眠削って、研究楽しくてしょうがないとか。
特にね、私仕事柄、内科系の先生も多かったんですけれども、外科系の先生とお仕事させていただくこともちょっと多かったんですよ。
人間のお医者さんもそうなんだけど、外科のお医者さんって、獣医さんって体力が無尽蔵なんですか?っていうぐらいバイタリティーにあふれていて。
いつ寝てるの?いつ日本にいるの?それでも体壊さないんですか?
で、たまに体壊したら、あ、やっぱり先生も人間だったんですね。みたいな感じで、本当にゆっくり休んでくださいって、心配になっちゃうぐらい動き回ってる人が多かったんですよ。
で、私はそこまで動けないから、そういう方と比べると自分の小ささとか、なんだろう、世の中に役に立っている度合いの低さ?みたいなものにじくじたる思いを抱えたりとかしてたんですよね。
で、中学校高校の同級生とかもキャリア官僚が多かったり、日本のトップのところで頑張っている同級生がいて、それを見せてもらうと、うわ、すごいな、こういう重持ち、こういう心持ちで頑張ってくれてる人がいるから、こうやって精度は保たれてるし、必要な変化も起こるし、
これをね、ものすごく心意気を持って真剣に頑張っているこのお友達をね、応援したいなーって本気で思うんだけど、私小さいなーとかってすごい思ったりもしてたんですよね。
尊敬とコンプレックスの、何て言うんだろうね、二律背反みたいな、そんなのがね、よく起こってて、まだまだだな、もっともっと上目指さなきゃーって、私の周りの人はレベルが高すぎる、私レベルが低すぎる、みたいな、
そんな、なんか、そういう風に上がってこいって強制されたわけでもないのに、そこに行かなければ自分に価値は生み出せない、みたいな感じで追い込んだりしてたんですよ。
まあでも、体力もそんなにないから、精神力だけで行こうとして、あー無理だったーってガス欠になってまた落ち込む、みたいなことをね、よくしてたんだけど、このね、上を目指すのが当然っていうOSで動いていると、もう天井はね、あのー、体力とか思考力とかの限界がやってくるので、全然青天井じゃないんですよね。
成長意欲と依存
いつかぶつかるんですよ。自分の体力の限界でまずぶつかるんですよ。で、これって成長意欲だと思ってたんだけど、その割にめちゃくちゃ自分を叩き落とすし落ち込むなーって。で、これ成長意欲じゃなくって、ドーパミン依存の達成依存、みたいな、そういうループにはまってたんだなということに気づきました。
達成感って、ドーパミンとかアドレナリンとか出るから、ものすごく快感なんだけど、でも瞬間的に終わっちゃう快感だから、すぐ終わるんですよ。だからまだ次のゴール、次のゴール、次のゴールって探さずにはいられなくなる。
で、私がね、歌のステージで歌うことが好きだったのも、もしかしたらこのドーパミン依存の一助というか、イッシュになってたのかなって思うんだけど、
ライブで歌を歌って、人に伝わった時とか、いい演奏ができた時とか、バンドさんとすごいこう、あー通じたなーみたいな演奏ができた時とかって、やっぱりね、快感なんですよ。そこもきっとね、ドーパミンなんです。
目標を叶えると、達成すると、一瞬は快感がある。でもすぐ次に目標を見つけなければ、その幸せ感、快感っていうのは長続きしないので、失われてしまう。で、あーまだ足りない、まだ足りない、もっともっとって。
このループって、いずれね、ドーパミンはね、枯渇しちゃうんですよ。ドーパミンってホルモンだから、作るためにも材料が必要なんですよね。で、脳がそれを発して、神経がそれを受け取って、っていう、体の中で起きてるサイクルだから、そのサイクルがうまく回らなくなれば、材料が足りなくなれば、火は燃え尽きてしまうんですよ。
で、自分自身も燃え尽きちゃうこともありますよね。達成する場だと思っていたところ、その場がなくなった、あるいは達成ができなくなった。これは燃え尽きの原因になります。なので、こう、もっともっともっともっとっていうところを叶え続けるのは、下手すると、生きすぎると、体を壊すし、心を壊すし、悪循環を生む。
だから、そうではなくて、長期持続するホルモン、幸せホルモン、セロトニンとかオキシトシンみたいな安心のホルモン、じんわり広がって穏やかな幸せを感じられるようなもの、そのホルモンが出てくるような行動、それを大事にしたいなって、今は思っています。
それはね、私で言うと、動物と戯れている時、動物をめでている時、本当にね、オキシトシンめっちゃ出てると思います。動物もなんか私に寄ってきたがってくれるし、私も安心のホルモンをね、その子たちに出してあげることができているのかなと思うし。
これはね、ちゃんとできていたからOKじゃなくて、そこにいて、お互いに関わり合っているから、心を交流し合っているから出るもので、これにこれでいい、何もしなくてもこれで大丈夫っていうサインでもあるんですよね。
だからがんばり屋さんの達成ループにはまっちゃっている人は、ぜひセロトニンとかオキシトシンとかそういったものが出るような刺激行動をね、探してちょっとスイッチ、シフトしてみてください。
動物が好きな方だったら、動物と戯れてのんびりすることがおすすめですし、セロトニンがね、欲しいなっていう時には、カレーを食べると腸の細胞からね、セロトニンが発されやすい、腸の細胞からだったかな。
なんかその原料が作られやすいんだったかな、どっちか。だからカレー食べてると幸せになるよとかっていうお話もありましたんでね。
で、せっかくだったらレトルトカレーじゃなくて、味わい深いカレー屋さんに行ってみると、スパイスをたくさん使っているカレー屋さんに行ってみるというのもいいんじゃないでしょうか。
自分の当たり前を探る
でね、こんな感じでTipsみたいなお話になりましたけど、あなたの当たり前ってどんな世界を映していますか?今それ感じられるでしょうか。
どういうところからそれが見えてくるかっていうと、あなたの言葉の選び方、声のトーン、表情、選ぶ行動、その背景にある私はこういう人だ、こうあるべきだ。
っていうそういう前提です。だからちょっとだけそれを見つめてみてください。
それがあなたのOSの設定であり、そこを見直すことで見える世界はきっと変わってきます。
私が歌を進めるのに一つ、ここがあります。
歌の世界で自分を表現するってなった時に、私はこういう人だ、こうあるべきだっていうルールが外されやすいです。
なぜなら、その歌に没入できたら、その歌の中の人物になりきれるからです。
尾崎豊さんの15の夜を歌う時に、例えばですよ。
20代、30代、若いうちは良いでしょう。40代の女性が盗んだバイクで走り出すなんてことは私は絶対しないから、そういう感情でこの歌を歌ってみようとかって、ちょっとつまらなくないですか?
みんな15の男の子になって、バイク走らせて窓から座ったりとか、そういう体験を歌の中ではしてみたいじゃないですか。
歌の中だったら安全にその体験ができるし、自分の中のルール設定変えられるんですよ。
ここで体感してほしいのは、現実にはやっぱりそういうことできないよね、じゃなくて、変えてみようと思ったらいくらでもその色眼鏡変えた世界を自分は見れてるっていうことを自覚してほしいんですよね。
だから、いろんな歌を歌ってみてほしいです。いろんな歌を歌って、いろんな世界観を体験してみて、あれ?ほんのちょっとのスイッチ変えるだけで、私の人生の感覚って変わるじゃん?みたいなやつをね、体験してほしいなって思っております。
私たちの当たり前って、唯一無二なんですよね。
似たようなことを思っている人がいても、全員違う経験をしてきていて、全員違う言葉をかけられているから、一つとして同じではないんです。
だからこそ、似た人が言っていることに気づきが多いっていうのも起こりうるし、でも似ているからといって決して同じではなく、そこが違うなっていう違和感を感じたとしたら、そこに、だからこそそこに気づくっていうことが、自分自身に気づいていくっていう一歩なんですよね。
その自分自身に気づいていくっていうのは、自分の当たり前を探して、こういう設定があったんだな、今どういう設定でいきたいかなっていうことを向き合う、会話をする、対話をする、自分自身と対話をするということ、それがご自身を大切にする一歩でもあると思います。
今日は当たり前を探してみようというテーマでお話をしました。ぜひね、あなたの当たり前を探してみて、一個でも見つかったら、ぜひその設定、色目がね、変えられるかなっていうことを試してみてください。その時に歌を使って楽しく体験していただけるといいなと思います。
はい、ということで、今日のお話があなたのOSをほんの少しでも軽く優しく温かくできますように。変化は一気にしなくていい。パッチ修正を一つ入れるだけで人生は少しずつ軽くなる。
それでは次回のアップデートでお会いしましょう。上吉音でした。