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こんにちは、人生加速コーチのあおこです。このチャンネルでは、私が会社員を辞めて、ライフコーチとして企業独立してきた過程や、これから企業復業を目指している方の背中を押せるような情報、考え方、マインドなどを発信していきます。
まず冒頭に、いつも通り企画のお知らせです。私がスタンドウェームを始めて1年4ヶ月目になりまして、放送が200件以上、いいねが1000件以上で始めたのですが、もうすぐ1400件になりそうです。
日頃、聞いていただいている方、いいねまで押していただいている方、本当にありがとうございます。そんな感謝の気持ちを込めまして、というところと、スタンドウェームはどうしても一方通行のコミュニケーションになってしまうので、もっと双方向にリスナーの皆様と関わりたい、お話ししてみたいという気持ちもありまして、通話企画を開催しております。
概要としては、限定3名様、先着で通話企画を見ましたという形で、公式LINEだったりとか、またDM機能あるもの等々でご連絡をいただいた方に直接アポを取りまして、15分から30分程度のミニテッションを提供させていただきたいと思います。
特に話すテーマはあってもなくても結構ですので、日頃スタッフ聞いてくださって、どんなふうに感じているかとか、何で聞いてくださっているのかとかですね、その辺伺えたら一番嬉しいんですけれども、特にそういったテーマなくても、またツアーだったりとか、最近どうですかみたいな感じでもいいので。
最近どうっていう聞き方がいい人とよくない人がいるみたいですね。コミュニケーションタイプとか、ストレンクスとか。
この間娘にね、学校どうだった?みたいな感じで聞いたら、それって何について聞いてる?って聞かれて、すみませんって感じなんですけど、
そういうふわっと聞かれるのが嫌な人、何について聞きたいのか、例えば学校でオープンクエスチョンで質問、フローズが良かったのかな?楽しかった?とか、授業は何だった?とか、具体的に聞いてほしいタイプの人もいれば、逆にふわっと聞かれて、自分も自由に答えるみたいなのが好きな人もいるっていうですね。
そういう2パターンに分かれるみたいなんで、話す相手がどっちのタイプかなっていうのは見極めるといいですね。よく4タイプとかありますよね。プロモーター、アナライザー、コントローラー、サポーターかなですかね。
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私も最近直近でやってみたんですけど、アナライザーとコントローラーが、マイクラで毎回アナライザーが一番強く出るんですけど、2番目は結構その時によって変わったりするんですけど、今回は2番目はコントローラーでしたね。
プロモーターが出るときとコントローラーが出るときはサポーターが割と低めに出やすいかなっていう感じですね。こういう話が散らかる系は多分割とプロモーター機質のほうなのかなと思うんですけど、とはいえ結論から早く知りたいとか、そういうところはコントローラーっぽいところですかね。
でも基本的には、なるべく正確に話したいとか、具体的に知りたいとかですね。褒められたとしても、すごいねって言われてもあんまり嬉しくなくって、こういうところがすごいよねって言われると嬉しいみたいな、具体的にどこを自分は褒められているのかみたいなところまでちゃんと言ってもらえると嬉しいみたいなですね。そういうところはやっぱりアナライザーだなというふうに思いますかね。
はい。こういう話でもいいです。コミュニケーションタイプに関してだったりとか、ストレングスですね。お互いの資質どんな感じかとかストレングスファインダーが好きな方があればですね、そういう話もできるかなと思いますし、逆にストレングスファインダーを受けたことがない人であれば、よく聞くけどどうなのみたいなそこら辺も、私も簡単な基礎講座とかは受けてたりはする。
ある程度お伝えできるところもあるんじゃないかなというふうに思います。そんな感じでですね、ちょっとでも話してみたいなというふうに思っていただいたらですね、手を挙げていただけたらと思います。4月中一杯で締め切りたいと思います。
でもこういうのって結構手を挙げにくいですよね。多分何度かスタイフを聞いてくださっている方であっても、なかなかお申し出ないんだけど、昨日かな、公式ラインの方で通話企画をやったら反応していただいた方がいたんですけど、
でも多分スタイフ聞いてくださってるんですよね。通話企画のことは多分知ってるんじゃないかなと思うんだけど、そこの後を取るっていうのがハードルが高いんですかね。申し込むっていうのはハードルが高いのか、ちょっと本人に聞けばよかったなって今話しながら思ったんですけど。
アポナシのゲリラ通話企画の方が参加しやすいというところがあるのかなと思って、そういう人間の心理も面白いなというふうに思っています。
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そういうちょっとハードルがあることをあえてやってみるというか、操作的に別に難しいことなわけではないと思うので、多分心理的にハードルの部分だけだと思うんですよね。
それをあえてこういう機会でもないとやらないなみたいなところをやってみるっていうのは、この間参加してくださった方もその公式LINEっていうのをあんまり使ったことがないから、あえて登録してみたみたいなですね、という方もいましたので、何かこうやったことないことをやるきっかけみたいなところ、きっかけづくりみたいな感じで活用していただけるのもいいかなというふうに思いました。
話したことない人と話してみるとかですね、自己紹介してみるとかですね、そういうきっかけになるといいなと思っています。
首をめちがえてまして、振り向くときに首だけ振り向けないので、体ごと全体で回転させるか、あとは目だけ動かすみたいな感じですね。
目だけ動かすとギロッと睨んだ感じになって、ただでさえ威圧感を感じられやすいタイプなのでですね、余計怖い感じになっちゃうんで、体ごと向けてですね。
今日ちょっと会社に行ってたんで、もう私は今めちがえていますというところを先にお伝えしてですね、ぎこちないということを先にお伝えしておきました。
では先帰ってきて、これからちょっと夕食の支度をしますので、それをやりながら話しておりますので、ちょっと物音が入ると思うのですが、よろしくお願いします。
今日はですね、コーチングを受けたことがない人はいないという話をしたいと思います。
はい、私受けたことないんですけどって思ったそこのあなた、そうなんですよ。いわゆるコーチングセッションというものを申し込んで受けたことがないよっていう人はたくさんいると思うんですけど、
おととい私のコーチとそういうテーマで話してまして、何がそのコーチングの定義なのかっていうところにもよると思うんですけど、
コーチングをする、しようとするのではなくて、結果的にコーチングになっているみたいなのが会話としてですね、理想だよねっていう話をしていまして、
いわゆるというか、スクールとかでですね、国際コーチング連盟とかが来ているコーチングのセッションという関わり方があるわけですよね。
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そこに当てはまっていたらコーチングなのか、そこに当てはまっていなければそれはコーチングじゃないのか、みたいな議論があるとは思うんですよ。
でも、もうちょっと一段上っていうとあれなんだけど、ちょっと中氷土と言いますか、広げて考えたときに、コーチングの目的というのは、コーチングの語源にもなってますけれども、
その目的地ですよね、向かいたいところ、ゴールに向かって、早く楽にたどり着くみたいな、それを導くと言いますか、連れて行くと言いますか、っていうのがコーチングの役割ではあるんですけど、
それこそスポーツとかやっていた方であれば、大会とかそういうところを目指すもの、優勝だったりとか、こういう記録を出したい、みたいなところがあって、それに対してコーチという呼び名じゃなかったかもしれないですけれども、監督というか指導者というか、そういう方をつけていたと思うんですよね。
それがまさにコーチングであって、自分が目標に向かう上で必要な情報とか考え方とかマインドとかスキルとかテクニックとか、そういうあらゆるものを教えてくれる人、授けてくれる人ですね、それがコーチなので、
そういう意味でのコーチングを受けたことがある人っていうふうに考えると、だいぶ増えるんじゃないかなっていうふうに思うんですよ。
スポーツとかもしかしたらやってなかった方、別にスポーツ以外でも文化的なところでも指導者っていうのは絶対いると思うので、何かしらの習い事をやっていれば、その指導者という方がいて、こういう人になりたいなって思って、その人に教えてもらって、
その人から動きだったり書作だったりとか、作法だったりとか、作法と書作は一緒か。微妙に違う気がするけど、まあいいや。あらゆるものを教えていただくわけじゃないですか。
でもそれってティーチングなんじゃないですかっていうふうに突っ込みたくなる人はいると思うんですよ、先生だから。ティーチングとコーチングを使い分ける必要もないと言いますか、言い方を変えるとメンターというか、私は結構師匠っていう言葉を使うんですけど、
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その師匠的な存在の人がティーチングをしてくれたり、コーチング的に関わってくれたりとかですね。そういう関わり方の一つの手法でしかないので、コーチングというのは、そういうコーチング的な関わり方をしてくれた人っていうのはたくさんいたんじゃないかなと思うんですよ。
もっと言うと、目的型のコーチではなくて、結果的にコーチとなり得た人っていうんですかね。結果的にその関わり方がコーチング的だった、コーチングになったっていうパターンも結構あるかなというふうに思っていまして。
私で言うと、例えばノンベイだった頃のバナナのマスターだったりとか、もっと遡っていくと、高校時代の部活の先生、監督が私の人生の最初の師匠ですね。人生の師と呼べる人、それを今風に言うとメンターみたいなですね。
そういう存在だったなというふうに思ってまして、私は小林寺憲法をやっていたんですよ。高校の部活でやってたんで、その方は学校の教師ではなくて、外部から来ている方で、部活の指導をしてくれていた方だったんですけど、
もちろん小林寺憲法を教わったという意味での先生、先生って呼んでたし、先生ではあるんですけど、それ以外の人生の生き方とかですね、あり方みたいな、小林寺憲法自体が生き方、あり方を追求しているものではあるから、もちろんそこもあると思うんですけど、
もともと小林寺憲法は仏門というか、仏教系の修行の一つなわけなので、体を鍛えることだけではなくて、心も鍛えるというか、整えるというか、心と体で表裏一体で、どちらもきちんと整えなければならぬという考え方でやっていますので、
そういう意味でのあり方、考え方みたいなところも教わってはいるんですけど、先生に関しては、小林寺憲法を離れた部分でも、私はすごく影響を受けた人物なんですよ。
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今おいくつなのかな。ちょっとしばらく終わりできてないんですけど、70代かなと思いますね。
当時、私が高校生だったときは、40代後半か50代前半くらいだった気がするので、そこから逆転すると70代になっているのかなという感じがしますが、
こんなに楽しい大人がいるんだっていうのが、私の最初の衝撃だったわけですよ。
田舎の中学校から出てきたっていうことではないんですけど、高校のあるエリアの方が地元よりちょっと、ちょっととかよりだったんで、
自分は田舎の何も世間知らずに出てきた、何も知らないやつなんですけど、親も真面目というかまともというか地味だったので、
大人っていうのは遊ぶ生き物だと思っていなかったみたいなところがあるんですよね。
遊ぶ、もちろん、よかっていう意味での遊び方っていうのはもちろんあるんですけど、
その先生が、めちゃくちゃ遊んでるっていうか、人生を謳歌するって、こういうことなんだっていうふうに思って、
そんなふうに生きている大人がいるんだっていうのを最初に教えてくれた人物だったんですよ。
先生はご結婚されていて、お子さんもいらっしゃって、市役所だったかな、市役所人の勤めだったんですけど、
その後定年前に退職して独立をされてはいたんですけど、
一見それだけ聞くとお方そうな感じじゃないですか、でも超遊び人で、遊び人っていうのはいろんな意味が含んでるんだけれども、
とにかく女の子大好き、かわいい子大好き、誰とでも友達になっちゃうみたいな、老若男女から。
はい、いいですよ。
14個の1号を3人で分けるというですね。
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で、先生の話に戻るんですけど、
本当にね、誰とでも初対面ですぐ友達に仲良くなれちゃうし、老若男女から愛されるし、とにかく他趣味なんですよね。
お酒は大好き、食事というか食べることも大好き、
で、何やってたっけな、歌とか合唱っていうか、ゴスペルじゃないな、そういうやつもやってたし、
何やってたっけな、思い出せないんですけど、とにかく他趣味なんですよね。
でも毎日のように、どこかで誰かと飲み歩いていたりとか、
いつ休んでるんですか?みたいなですね。
もちろん部活の方も毎日ではないですけど、来てくださっていましたし、
土日も大会とかも、遠征とか行くときはありましたし、
またその遠征のときはね、交通費と宿泊費以外もらわないんですよ。
指導料を含めて、お金もらってないんですね。
指導料的なもの、監督料みたいなものをもらっていなくて、
本当に遠征のときの実費しかもらってないっていう話だったんですよ。
しかもその部活、何十年、その時点でも結構、確か大学生か、
20代くらいから見てくださってるっぽいので、
最初は監督と位置づけというよりは、もしかしたら監督がいて、
その付き人というか、一番ですというか、立ち位置だったような気がするんですけど、
とにかくその部活に関わってくださっているのは、もう何十年という歴だったんですけど、
お金をもらわずにやっていて、なんでお金もらわないんですかって聞いたら、
もらっちゃったら、そのもらった分だけの仕事しかしなくなるからっていうふうに言ってて、
はー、みたいな感じでですね、そういう考え方があるのかー、みたいな感じでですね、
そういう考え方とかもすごい衝撃でしたし、とにかくいつも動いてる。
友達何人いるんだろうっていうですね、活動的だし、
飲みとかも連れてってもらいましたね、美味しいところとか、酒もそうだし、
本当にお酒を教わったのはその人ですね。
またね、美味しそうに飲むんですよね。幸せそうに飲むの。
こんな美味しそうに飲む人がいるんだ、みたいな感じで、とにかく楽しそう、幸せそうっていうですね、
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こんな大人がいるのかっていう、本当に、同じことさっきから何回も言ってますけど、本当にそういう感じだったんですよ。
この人に出会ってなかったら、私は大人って楽しいって知らなかったかもしれないって思うぐらい、
もちろんその後にもいろんな楽しい大人とも出会いましたけど、
あんなに楽しそうな人ってなかなかこの後にも先にも会ってないかもしれないって思うぐらい、
人生を楽しんでるなっていう、すごい生きてるなっていう感じですね。
そういう人に影響を受けて価値観とかも変わったりとか、
こういうふうな大人になりたいな、こんなふうに生きたいなとかですね、いろいろ考え方とかも、
少林寺憲法だけじゃないこともたくさん教えていただきましたし、
この人に出会った自分と出会ってなかった自分のパラレルワールドがあるとしたら、
出会ってた人生のほうが絶対、レベルっていうか広がってるっていうか、絶対違うなって思うんですよね。
その後の人生に与えた影響が確実にでかいなっていう感じです。
逆にあのとき出会ってなかったら、もっとつまんない大人になってただろうなって思うんですよ。
私のその後、15で出会って18、卒業した後も結構関わってるんで、
その後の人生にすごい大きな影響を与えているわけですよ。
それってもうコーチングなんですよね。
人生の角度が確実にその人に出会って関わってもらったことで上がっているので、
その人との対話というか関わりですよね。
コミュニケーションとかその存在を掲げているとき以外も、
その先生の存在というのはすごく大きいものだったんですよね。
って考えると、それってもうコーチングになってるっていうか、
コーチメンター的な存在なんですよね。
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別に向こうはそういうつもりで関わっているわけではないんだけれども、
結果的に人生に大きな影響を与える存在になっていた、なっている。
っていうのって、それがもうコーチとかメンターっていうものなんだよなっていうふうに思うんですよ。
あとは先生以外だと、私は結構バーとかによく通っていたんですが、
バーのマスターですね、次はやっぱりバーのマスターですよ。
大体私はおじさんばっかり影響を受けてるんですけど、
影響を受けた人はおじさんばっかりだな。
バーのマスターは全部おじさんなんですけど。
ピンポイントでもちろん女性の方も影響を受けてますけど、
何人か挙げるとしたら、やっぱりバーのマスターなんですよね。
場所で言うと、全部東京なんですけど、
神奈川と新橋と中野ですね、この3カ所のバーのマスター、それぞれ。
に関しては、もちろん行けるときは足しげく通ってましたし、
結婚したりとか子供生まれたりとかして、
しょっちゅう飲みに行けるような感じじゃなくなってからも、
好きあらば、チャンスさえあれば行くぞって言って、
本当に1年に1回とかそれぐらいの頻度だったかもしれないんですけど、
もう行きたいっていう、会いに行きたいっていうですね、
それを励みに頑張るみたいな、そういう感じもありましたね。
その共通点ですね、その3人の共通点で言うと、
何の話しても、1話したら10返ってくるみたいな、
何でも知ってるし、何の話題でも引き出しがめちゃくちゃ多いっていうですね、
ところですよね。
何して生きて、どういう人生歩んできたらそうなるんですかみたいな、
そういう引き出しが生まれるんですかっていうぐらい、
何の話題でも濃いんですよ、回答が。
どういう風に生きてきたらそうなるのかなみたいな感じになるんですけど、
そこですよね、バーとかも相当いろんなとこ行きましたけど、
このマスターにまた会いたいなと思って何回も通うみたいなことを
したのはその3つ、その3方だけなんですよね。
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やっぱりその3人と出会ってなかった私は、多分もっとつまんない人間になってると思うんですよ。
特にかまたのマスターが記憶力がビビるぐらい良くて、
話した内容を全部覚えてるのかなっていうぐらい、
そんな話しましたっけみたいなのとか、何年前に話したことみたいなのを覚えてて、
普通についこないだ聞いたことかのようにタラッと話すんですよ。
行くときはしょっちゅう言ってましたけど、近くに住んでたときは。
離れてからはもう本当に何年とか空いて、本当に何年ぶりみたいな感じで行ったときも、
すごい私のことを覚えて、話の具体まで覚えてるんですよね。
よく覚えてるなみたいなっていうところとか、名行地じゃないですか。
って思うんですよね。
やっぱりその話聞きたいし、自分の話もしたいし、聞いてもらいたいし、
またそういう話をしたときの回答というかリアクションが、
そう来る!みたいな、そっかー!みたいな、思ってもなかった。
ちょっと水の音が入ります。
斜め上の角度からですね、来たりとか。
向こうは何気なく言ってるかもしれないですけど、
その一言に脳みそをパンチされたような衝撃を受けたりとか、
救われたこともありましたし、
真剣に泣きながら話したりとかってあるんですよ。
そういうところが私にもあったんですよ。
っていうときに真剣に答えてくれるときもあり、
笑い飛ばしてくれてるときもあったりとかですね。
そういう関わり方を求めて何度も行くわけですよ。
自分が深刻になっちゃってるときに、
そんなに深刻に悩むことじゃなくない?みたいな感じで、
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思考をシフトさせてくれるっていうんですかね。
そういうところがやっぱりありますよね。
それってやっぱりその人の人生経験とかから来る言葉だと思うんですよ。
つけがけばっていうか、口先の優しさとかだけじゃなくて、
そういうものじゃなくて、その人の経験から来る、
いろいろ多分相当苦労をしてきて乗り越えてきたからこそ、
そんな大したことじゃないよというか、
深刻にならなくていいんだよっていうふうに軽く捉え直させてくれるみたいな。
そういうところはすごい救われたなっていうふうに思いますね。
これもコーチングになってると思うんですよね。
やっぱりその人の生き方、考え方、在り方みたいなところに憧れ魅了され、
その人に会いに行って話し聞きに行って、
その人の価値観とかを吸収したいな、取り入れたいなと思って近づくわけですし、
その人と話す時間を買うためにバーに行っているわけであって、
別にお酒が飲みたければ、うちで飲めるじゃないですか。
なんなら自分で買って、うちで飲んだほうが安いわけですよ。
なんだけど、高いお金を払ってでも会いに行って飲みながら話したいっていうふうに思って通うっていうことですね。
で、また話して、行ってよかったなっていうふうに思って、
めっちゃ気持ちが明るくなったりとか、エネルギーがですね、
すごいエネルギーレベルが上がるような感じになって、
帰って、また行こうみたいな感じで、
また行くときの餃子、また次行ける日が楽しみで、
それをまた楽しみにですね、頑張るわけですよっていう感じですね。
それ、コーチじゃんって感じじゃないですかね。
コーチですよね。
ただ、バーの場合はあれですよね、
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他にお客さんいなかったら一人占めで行きますけど、
行っても他のお客さんが既に、
だいたいそういうお店って常連さんが多いですから、
陣取られてるわけですよ、マスターの前を。
そうすると、なかなか自分一人で話せなかったりもするわけですし、
コーチングセッションって、
自分のためだけに自分と話す時間を取ってもらうということに対して、
お金を払っている。
かつ偶然とかそういうコミュニケーションではなく、
意図的にその時間を作り出し、
コーチメンターとしての役割を担ってもらって、
その時間の関わりを、関係性自体を作ってもらう。
自分のために時間労力を使ってもらうということにお金を払っている。
それを自分で意図的に作り出すためにセッションというものを買っている。
セッションを買うという形態をとっているだけなんですよね。
これを聞いている方は、私みたいに必ずしもノンベばっかりではないと思いますけど、
今までの人生、同世代だとしても40年、前後30年50年くらいだとしても、
今までの人生の中で、この人と出会って私の人生変わったな、角度変わったな、
次元変わったな、会ってなかったら今こう慣れてないなっていう人、
一人はいるんじゃないかなと思うんですよ。
そこまで行かなくても、日頃の友達とか家族とか先輩とか、
いろんなコミュニティがあったと思うんですけど、
そういう人に言われた何気ない一言とか、何気ない一言かもしれないし、
自分に対して自分のためを思って言ってくれた、ぐさっと来る、
当時はもうぐさっと来て受け入れられなかったけど、めっちゃ傷ついたんだけど、
今思うと、あれ言ってもらってよかったな、みたいなのとか、
めっちゃ厳しかった先輩とかもあると思うし、自分のためを思って言ってくれた友達とか、
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一緒に喜んでくれたとか、一緒に悲しんでくれたとか、
そういうところも含めて、この人で自分の人生が良くなったなっていう一言に受け付けられたなとか、
そういう影響を受けた人っていうのはいっぱいいるんじゃないかなと思うんですよ。
それが結果的にコーチングになっているっていう体験だと思うので、
そういう流度で考えたら、コーチングを受けたことがないというか、
コーチングというものを体験したことがない人っていうのはそうそういないんじゃないかなと思っていて、
そういう体験を再現というか、再現性高く、
意図的に相手を選んで、その時間を作るために投資をするというのがコーチングを受けるっていうこと。
なのかなと思っています。
考えると、絶対に受けなきゃいけないか必要かと言われると、
なくてもいいが、あったほうが確実にいいよねっていうものかなと思っている。
でも、何でもいいってものでもないですね。
ちゃんと相手は選びたい。
選ばないと逆に良くない方向に行っちゃうかもしれないから、
きちんと相手を選んだ上で、自分の意思で活用するというか、意思を持って使う。
使い倒すの方が動言としてはひっくりくるかなというか、
そのコーチを活用する、使い倒そうとする過程の中で自分の成長が必然的に伴ってくるというか、
その過程に自分が成長するポイントがあるんだと思うんですよね。
そういうことができれば悪い方にはなんないんじゃないかなという感じですね。
そういう機会を作り出すかどうかですね、自分の人生に対して。
自分にチャンスを与えてあげるかどうかみたいな、そういう感じでしょうかね。
なので、これはコーチングかどうかみたいな、こういうことをするのがコーチングである、
こういうことをするのはコーチングではないみたいな、
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そういう議論っていうのはあまり意味がないのかなと思っていまして、
それよりも相手にいい影響を与えられたかどうかっていう結果論でしかないのかなと思うんですね。
結果的にコーチングとしての機能を果たしたといいますか、
話しているだけでコーチングになるっていうのが理想ですよね。
セッションという形ではなくても、なんかこの人と話しているだけで、
なんか自分の中で脳内革命が起きるんだよなみたいな、
そういう会話ができるのがコーチとしては理想なのかなと思っているんですよね。
そういうスタイルを目指していきたいなというふうに私も思っていますので、
やっぱりコーチングをしようみたいな感じになると、
どうしても固くなっちゃうというか、
足全体じゃなくなっちゃうというか、
本来の味、良さみたいなものが薄まっちゃうみたいなところもあるのかなっていう気がします。
逆に形のあるものに近づけようというか、
習おうというか、そういう通りにやろうとすると、
平準化しちゃう気がするんですよ。
コーチって俗人的であるほうがいいと思うんですよね。
だってこの人にお願いしたいっていうふうに思うわけなので、
本来俗人的であるほうが望ましいと思うんですよ。
望ましいコーチングというゾーンに自分が近づこうとするのではなくて、
自分の関わり方が相手にとって良いものであるかどうかのほうが大事だと思うので、
いわゆるコーチングというものの形には沿っていないかもしれない。
けれども、相手にとって良い影響を与えたのであれば、
それってコーチングだよねって言えると思うので、結果ですよね。
形に伝わらずにどういう関わり方をしてもらえたら、
クライアントさん的に一番前に進むのか、良い方向に行けるんだろうか、
っていうそこだけ一生懸命考えて関わることができれば、
コーチングをしているのかどうかみたいなところは、
あまり本筋の議論じゃないのかなというふうに思います。
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そろそろ餃子を仕上げますので、この辺で終わりたいと思います。
本日もお聞きいただきましてありがとうございました。