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他人からの評価=自分の価値はこうして作られた
2026-06-20 10:37

他人からの評価=自分の価値はこうして作られた

最近、自己表現しようと模索中なのですが、
なぜ自己表現しなくなったのか?を振り返る中での
気づきをお話させていただきました。

親が先生だった、という方には何か気づきがあるかも?


🧠フユコさんの配信(メンシプです🙇‍♀️)
「どう見られるか」で生きるの、卒業したくない?
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※サムネは、ぱちぱちさんに作っていただきました!
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#自己理解
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サマリー

本エピソードでは、自己表現をためらうようになった原因を、幼少期の経験から紐解いていく。ピアノ教師の母の影響で、音楽が「評価の対象」となり、自己表現が否定される感覚を抱いたこと、また、母が生徒の長所だけでなく短所にも言及する様子を見て、他者を評価することが「大人」の基準だと無意識に学んだことが語られる。この経験が、他者と比較して自分の価値を確認する行動や、「間違えてはいけない」という思考に繋がり、自己表現を避けるようになったと結論づけている。

自己表現を避けるようになったきっかけ
こんにちは、秋本くりこ🌰です。今日は他人からの評価イコール自分の価値はこうして作られたということでお話ししていこうと思うんですけれども、
そうですね、もしなんか親が先生の人とかいたらちょっと参考になるかもしれないです。
どういう話かというと、自己理解の話で、私最近の自分の中でのテーマが自己表現なんですよね。
で、自分を表現するのをやめようって明確に思ったことがあって、
それに、思い返すと中学校入った時だったなって思うんですけど、なんか自分を出してしまうと、
なんか危険みたいな、自分を出したことで、なんかこの人大したことないなって思われそうとか面白くないって思われそうみたいな
のを中学校入った時に察知して、で、なんかあんまり自分出すのやめようって思ったんですよね。
でも、なんかその前からそういう思考回路ってあったのかなと思って、
小学校の時は意図して自分を出すのをやめようって思ってなかったけど、
どうしてこういう結論にたどり着いたのかなっていうのを最近ちょっと考えてて、
で、なんかバラバラ気づきはあったんですけど、なんかそれが今日一つに繋がった気がしたので、
ちょっとうまく説明できるかわからないですけど、話してみようと思います。
音楽と評価の関係性
で、冒頭に親が先生の人参考になるかもって言ったのが、
私の母がピアノの先生なんですね。
で、私も小っちゃい時からピアノとあとバイオリンをやってて、
で、私バイオリンの練習、ピアノの練習もそうですけど大っ嫌いで、
で、それがなんでかなっていうと、
なんか自己表現を否定される感じがしてたんですよね、多分。
で、バイオリンって私の中では自己表現、自分を表現する手段だと思ってたけど、
それがイコール評価の対象だったんですね。
っていうのがなんか、親がピアノの先生っていうこともあり、
ピアノでもコンクールとかに出たことがあるし、
ほんと小っちゃい時、小学校入ってたかな、幼稚園か小学校、低学年ぐらいだったかな。
バイオリンでも数は少ないですけど、出たことがあったりとかして、
なんかそういう、音楽って評価をされるものみたいなのがまずあったっていうのがあります。
他者を評価することの学習
それプラスで、
母が先生なので自分の生徒の話をするんですよね。
なになにちゃんはこういうところが得意でっていう話はするんですけど、
それと同時に、なになにちゃんはこういうところができないとか、
ここがもうちょっとイマイチみたいな話もその中には含まれており、
こうやって見てるんだなっていうのを、その母の話から学んだんですよね、多分。
それは多分母への尊敬もあって、
自分にはない視点、
私がその母の生徒さんの演奏を聴いても、
どこが良い悪いみたいなのが正直わからなかったので、
母はそれがわかる先生だから、当たり前っちゃ当たり前なんですけど、
それがすごいなって、自分にはないことが見えているというか、
そういう母がすごいなっていうのが多分尊敬としてもあって、
大人っていうのはそういうものというか、
なんかそういうふうに人をちゃんと評価できる、
まあ批評って言うとあんまりイメージ良くないですけど、
ちゃんと人の批評ができるっていうのがすごいこと、良いことみたいな感じで、
私の中には入っていて、
多分私も無意識のうちに人をそういうふうに見るようになっていったんだと思うんですね。
それはもちろん音楽もそうだし、
それ以外の普段の友達付き合いでも、
多分小学生の時から自然と友達だったりとか、
そのままピアノとかバイオリンで一緒になる生徒さんとかっていうのを、
ここはいいけどここがダメみたいなのを、
自然と見る癖がついていったんだと思うんですね。
でもそれが多分ブーメランになって自分に返ってきてて、
比較と安心感のメカニズム
人の良いところにも気づくっていうのは良いことなんですけど、
自分と比べて、この人ここできてないなとか、ここ弱いなみたいなところにも目が行っちゃうんですよね。
それでここできてないところを見つけると、
自分の方ができてるって思って、それを確認して安心するみたいなのがたぶん癖ついてて、
それで裏を返すと、自分の方ができてるって思える部分がないと安心できないんですよね。
それがめちゃくちゃ皮肉というか、
なるほど、なるほど。
そこに気づいた時に、本当に皮肉だなって思って、
無意識にうちにやってたから、
多分今もそうなんですけど、
人の良いところにも気づけるけど、そうじゃないところにも目が行っちゃうみたいな。
これやめたいなって思いましたね、これに気づいた時に。
その評価をされる、自分も相手を評価してるし、
自分も評価される対象であるっていうのがたぶん私の中に刷り込まれていて、
その評価の高い低いが、自分の価値とイコールになってしまってたのかなっていうのが気づきとしてありました。
「間違えてはいけない」という刷り込み
もう一つ、ヴァイオリンを通して学んでしまったというか、
学んでしまったのが間違えてはいけないということですね。
コンクールとかって音楽性があるのはもちろんプラスではあるんですけど、
それ以前に間違えたらそこで終わりなんですよね。
ミスをしたらもちろんそこは減点されて、
ミスをしないのをベースというか、そこがまずスタート地点というか、
ミスしないのは当たり前で、そこからどれだけプラスで音楽性の部分でアピールできるか、
みたいなところの評価になってくるので、
間違えることはいけないことっていうのがめちゃくちゃ刷り込まれているなと思って、
もともとの素質、資質、生まれ持ったみたいなところもあるのかもしれないけど、
小学校の時からわりと正義感強めみたいなところがあって、正しさに敏感だったと思うんですよね、多分。
で、それが一部は音楽で培われた間違うのはダメなことっていうのが関係してたのかなっていうのは思いました。
だからこそ、自分を出すっていうことは、出せば出すほど間違えるチャンスが増える、間違える可能性が高くなる、
みたいな思考回路になってたのかな。
間違えるっていうよりは、でもそれはあれですね、やっぱりダメなところを見られたくないみたいな。
その単純に、もちろんテストとかね、いつも満点だったわけじゃないし、めちゃくちゃ間違ってはいるんですけど、
間違ってきたんですけど、でもやっぱりなんかその弱いところを見られてはいけないみたいなのが、
さっきの評価、自分は評価されているっていうのと相まって、その正しさにこだわるみたいな、
っていうのがあったから、余計なんか自己表現をしない方が楽っていう風になったのかなっていうのが気づきとしてありました。
自己表現への向き合い方
で、なんかわかるっていう方いるんですかね、どうなんだろう。
とりあえずちょっと自分の中の泣きづきとして収録してみました。
そう、こうやって人のことを人と比べて、自分はできてる、できてないみたいなところで苦しくなってしまうっていう時に、
どうすればいいかっていう話で、以前ふゆこさんっていう農科学とか認知科学を使ったコーチをされている方が配信でおっしゃっていたのが、
自分はどうしたいんだっけに戻すと。
そこを比べちゃうのは仕方がないことで、人と比べないようにしようっていうのはできないから、
そういう人を見てしまうとか、その評価とか正解とかにとらわれてしまう時に、やることは一つだけで、自分はどうしたいかっていうところに戻す。
これだけやりましょうっていう話が前の財布であって、今ちょっと多分その放送免執になっちゃってるので、
免執書いてない方は聞けないと思うんですけど、それを最近また聞き直してて、
自分に戻そうって思いましたっていう結論です。
暑いね。
感謝的に自分の中でもやってしまっているから、
まずは比べてるっていうのに、人の批評しちゃってるなっていうのに気づくところですよね。
気づいたら自分に戻すっていうのを、続けてやっていきたいと思います。
それでは今日はこの辺で、さようなら!
10:37

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