ポッドキャスト配信の意図と自己紹介
皆さま、いかがお過ごしでしょうか Leave a Voice明日へのでんぱ
僕、シンイチの声や思いを今に残しておく。それらが電波に乗って明日の誰かに電波し、役立ってくれたらいいなぁって思い出始めたポッドキャストです。
収録している今日は、2026年4月22日水曜日、17回目の配信です。
いやー、今回何喋ろうかなーって、喋りたいことがないわけじゃなくて、いくつもむしろあってですね。
その中で何を喋ろうかなーって、そういう迷う時間がなんかだんだんと増えてきちゃってるんですよね。
もうちょっと気軽に選んで話すことができたらなーって思うんですけど、
まあ、まとめられて話がしやすいものをなるべく話したいなぁ、せっかく話すんだったら伝わるような内容を話したいなーっていう欲ですよね。
それが働いてるなーっていうふうに感じてますね。
今回は少し原点に戻ってというか、なぜ僕がポッドキャストで話をしたいのかというところを、今一度それに絡む話をしてみたいなーって思いました。
過去のどこかの回で、今の自分の境遇や状況でしかできないこと、もっと言うと、その境遇、状況、立場でしか話せないようなことっていうんですかね。
そういうのがあるみたいなことを話しました。
今まで僕自身のことって、ある程度は話したとは思うんですけども、どういう境遇、状況なのかっていうのを、少し自分次がたりのような感じで話して、
みたいと思います。
多分結構ぼかしながら話すと思うので、あんまり具体的じゃないかもしれないんですけども、
まあなんとなく伝わってくれればいいなっていう感じですかね。
自身の生い立ちと学生時代の経験
何回か言ってるかもしれないんですが、僕はいわゆる第二次ベビーブーム世代、ダンカイジュニアとも言いますね。
ネガティブな言い方で、あとネガティブな文脈でロストジェネレーション世代なんて言われ方もしますかね。
微妙に期間、何年から何年生まれっていうのを定義がずれてたりもするんですけども、だいたいそのぐらいの年代です。
第12回の自己責任論について話した回で触れたと思うんですけども、
僕は責任感が強い方で、まあコツコツと、物事を途中であんまり放り出さない性格。
特にその頃、若い頃は本当に放り出さない感じだったなぁと思います。
学生時代の頃と言っても、高校までですけども一生懸命、
まあ適性もあったんでしょうけども、いわゆる勉強をして、高校では受験勉強に勤しんで、たまたま結果を出すことができて、
希望する大学に合格することができました。
高校の時あたり特にそうだったんですけど、大学に入ったらもう勉強は、
いわゆる机の上の勉強というのはしないで、
社会に出るための準備としての勉強を大学でしようというふうに決めていました。
サークルを駆け持ちしてみたり、イベントのリーダーのようなものをですね、やってみたり、
クラブサークルと大学との間の連絡調整をする学生組織の役員をやってみたり、
それらを通じて人脈作りもして、働き始めてから活かせればいいなというようなイメージでいました。
今から振り返ると、その大学時代の活動っていうのは、
いい記憶、成功した体験っていうのが結構残ってますね。
実際はうまくいかなかったことはいくつもあったとは思うんですけども、
2つ、3つ、そうですね、その組織にとっては大きなインパクト、
どっちかっていうと良いインパクトだったとは思うんですけども、
それを結構与えていたようで、自覚もあるんですけども、
一部の後輩からは伝説の人みたいな大げさな言われ方をしたりっていうのもありました。
で、卒業して働き始めたんですけども、
社会に出てからの挫折と休職・退職
まあ、うまくいかないわけですよね。
学生の時の勢いそのままにっていうふうに言ったらいいんですかね。
結構、まあ、いわゆる万能感というのがあったのかな。
縁起のある、ゆかりのある企業に入ったっていうこともあるんですけども、
ほとんど入社と同時に何人かの部下がいるような、まあ特殊な状況なんですけども、
いるような感じで、神経を使う危険な作業も伴うような肉体労働系ですね。
そんな感じのお仕事から入って、
何ヶ月かそういうのを続けていったら、朝起きられないというような状況が起きたり、
マッサージとか色々試してみても疲れや体の痛みが取れないとか、
そんな感じなのが2年弱ぐらい続いて、休職して退職に至るっていう感じでしたね。
で、そういう状況のところに大学時代の先輩から声がかかって、
壊れて、まあと言ってもその休職してるっていう状況を知らない状況で声をかけてくれて、
僕も伝えずにその先輩のところにですね、就職したと、
転職って言っていいんですかね、をしたと。
そこの新しいところでは、肉体労働というわけではなかったんですけども、
勤務時間が長いというか、半分ボランティアと言ったらいいんですかね。
まあ、広い意味でいうところの教育系って言っても言えなくもないというところで、
ひどい時は月400時間職場にいたっていう時もありました。
1日8時間が1月22日あったとしたら176時間で、
1日1時間ぐらいずつ、1時間残業があったとして、
そうすると月に200時間、それがまあ1人分なので、その倍ですね。
まあどうかしてると言われても仕方ない状態でした。
いくら若かったからとはいえ、僕にとっては、まあ結果論ですけども厳しかったんですね。
仕事自体は好きで楽しい部分も多かったので、やりがいはありました。
ただ体がついていかなかったのか、あるいは、そうですね、いわゆるバーンアウト状態とかになってたんですかね。
2、3週間突然職場に行くのをしなくて、
上司が、まあその先輩ですね、僕のアパートの部屋に訪ねてきても無視をすると。
昼夜逆転というような状況ですね。
それを何回か繰り返して、最終的には退職をすることになる。
で、その上司が僕の実家の方に連絡を取ってくれて、
精神科との関わりとリハビリ、再度の挫折
言葉は悪いですけど、実家へ強制送還というような感じでしたかね。
そのあたりが2000年代の前半で、精神科に本格的にお世話になり始めた時期で、
その実家の方でリハビリというんですかね、当時はまだ通所受産施設というふうに言っていたいわゆる作業所に通って、
やはりリハビリがてらになぜか専門学校に通って、
で、また3つ目の職場に就職をして、
で、またバーンアウト状態かな。
で、また実家の方に戻ってくる。
で、その時も専門学校も3つ目の職場の方にも、
そういう精神の病気があるということは言わずに行ってましたね。
で、3回目の職場を退職した後は、そういう一生懸命仕事をして、
多分しすぎて燃え尽きてしまうというのを避けるために、
働くっていうことに向けて、ゆっくりとやっていこうという感じで、
だいぶのんびりとしたんですけども、
なんやかんや4回目ですね、がありまして、
4回目のバーンアウトって言っていいのかな。
ちょっと仕事ができなくなったタイミングで、
力内障にもなって、同時に家族のこととか、恋愛のこととかも重なって、
その時期が、この51年の人生の中では一番厳しい時でしたかね。
精神疾患の受容と障害者雇用
最初の職場で休職してから、2つ目の職場を辞める時あたりの本格的に精神科にお世話になる時までが、
3年ぐらいかな。
で、ちゃんと通院をし始めてから、精神疾患を受け入れるまでが15年。
自分の場合はかかったと言っていいのかなと思います。
というのも、その4回目の職場を辞めた後に、
いわゆる障害者手帳、正確には精神保険福祉手帳ですね。
それを取得して、障害者雇用で働き始めたという感じなので、
職場ではオープンにして、それまではクローズドで働いていて、
長続きしなかったというのがある。
僕の希望としては、長続きしたいなというのがあるので、
転職してもいいんですけども、働き続けたいというのがあるので、
今の状況では障害者雇用が一つの選択肢、有効な、ベタな選択肢かなと思って、
そのために精神保険福祉手帳を取得したという経緯があります。
今僕が勤めているのは、障害者雇用としては2つ目の職場で、
一つ前のところを辞めたのは、特に調子が悪くなったからというわけではなくて、
転居、引っ越し置きに職場を変えたっていうことでした。
だから調子が悪くならない状態で退職をしたというのは初めての経験で、
自分でちゃんと区切りをポジティブにつけられたっていうのは良かったなというふうに思いましたね。
精神疾患との向き合い方と社会的な課題
さっき疾患を受け入れるのに15年かかったって話をしたんですけども、
その間、通院はずっとしているんですね。
で、その15年の間っていうのは、
今は一時的に休んでいる状態なだけで、
少ししたら戻れる。
フルタイムで働けるようになるとかですね。
っていうふうに思っていたとか、
あとは、これは現実ではないという、
こんなはずじゃなかったっていうような気持ちですかね。
まあ、現実を生きていないようなふわふわした感覚、
今でも一部残ってはいるんですけども、
疾患を伴うようになるまでの間の自分と、
疾患を伴ってからの自分の状況っていうのが相当違くて、
その状況の方に、元々の自分の性格を合わせる、調整するような
感覚があったんですね。
なので、本当の自分ではない、現実を生きていないような、
ふわふわした感覚っていうのが生まれてたのかなぁって、
分析してみたりもします。
まあ、もっとシンプルに手帳を持ちたくなかったとか、
精神疾患を伴っていることを知られたくなかったっていうのは、
言うのも、もちろんあったんだろうと思いますし、
今もなかなか言えない…
まあ、自分的には…なんて言うんですかね…
言っていいんですけども、
言った相手、僕から言われた人に負担を敷いてしまう、
まあまあ気を遣わせてしまうっていうところが、
もしね、自分が僕が精神疾患であることを話した場合、
そういう気がかりがあるというところと、
まあ、想像しやすいことですけども、
精神疾患を伴っている人への偏見、当事者からはなかなか言いにくい面があるんですけど、
どうしてもありますよね。
これは本当に、まさに構造的なことだと思ってまして、
知らないっていうことが一番ですよね。
精神疾患のことや、精神疾患を伴っている人のことを知らない。
知るためには、確かにインクルージョンですかね。
子供の時から普通に一緒に過ごすというのをずっとやっていけばいいんですけども、
それができない、できにくい事情があるんだろうな、
特に日本はっていうのは少し見えたかなーって感じがしてます。
まあ、でもわかりにくいですもんね。
身体障害の人でも、内部障害、見た目にはわからない身体障害の人っていうのもいますし、
これは見た目で障害がわかりやすいから苦労が少ないとかそういうのではなくて、
苦労の多さ少なさと、
周りからの偏見の多さ少なさっていうのは一致はしないんですけども、
苦労の中の要素として偏見が占める割合が大きいのは、
見えにくい人、疾患障害が周りから見えにくい人なんだろうなっていうふうには思います。
あとは、付け加えるならば、
一回精神疾患を伴っている人っていうふうに思われると、認められると、
その行動、大きめな行動、大きな決断とかも、
それ自体が病気のせいで積極的な行動をすれば、
それはハイテンション、
相状態とか、妖精症状とかに思われがちっていうのもありますね。
といった感じでですね、
精神疾患当事者の現状と社会モデル
話せば、全然話し出したら尽きないので、
そろそろ終わりにしていきたいなっていうふうに思うんですけども、
精神疾患当事者の人って、
さっき僕、インクルージョンが進んでないっていうふうに言ってましたけど、
とはいえ、多くの人の周りに知り合い、友達、家族、
いる人の方が多いんじゃないかなぁとは思います。
ただそれがオープンな場で開示されている状態。
まあ、慢性疾患の一つとして、
糖尿病とか、アレルギーがあるんだよーとか、
というのと同じように、
あー、うつ病なんですかーとか、糖合室長症なんですよーっていうふうに、
自然に言い合える状況にはなっていないんだろうなーっていうことなんですよね。
アレルギーや糖尿病が軽い病気だと言っているわけではないですよ、念のため。
でも今、厚生労働省のホームページを見たら、
ちょうど精神疾患患者と糖尿病の患者数って、
そんなに大きく変わらない人数ですね。
両方、令和5年のデータですけど、精神疾患が603万人、
糖尿病患者が552万人ですね。
それだけ精神疾患当事者がありふれている。
もちろんグラデーションで、僕よりも軽い、軽めの人っていうのはたくさんいますし、
僕は曲がりなりにも働くというか、ある程度社会活動ができてるっていう状態ですけども、
それがもっとままならない人というのもたくさんいます。
入院している人も、令和5年で26万人いますね。
さらに言うと、医療につながっていない、
例えば引きこもりの人とか、そういった人もいますからね。
600万人とか550万人とかいましたけど、
ざっくりと、そんなに正確な数字っていうのはあんまり意味がなくて、
結構いるよーっていう話で、グラデーションもあるし、
なんといっても、この数字は医療モデルから主に来ている数字、人数になるのかな。
本質的には障害って、僕も社会モデル、社会とのミスマッチかなとは思っているので、
社会生活のしづらさの度合いですね。
そう思っているんです。
「ままならなさ」との共存と今後の展望
それで、あくまでこれ、僕の目から見た感覚なので、
特に僕の経験とか、その経験から受け取ったことっていうのは、
他の同じ精神疾患を伴っている人すべてに当てはまるわけではなく、
共通する部分がある、その共通する部分の多さっていうのもそれぞれですけど、
全然一致しない人もいれば、かなり近いなっていう人もいる。
そんな感じで受け取っていただけたら嬉しいなっていうところですね。
それともう一つ、比較的暗めというかネガティブな内容だったのかな、扱うテーマだとは思うんですけども、
今の僕は少なくとも、結構自分で自分の人生を選択している、選んでいる感覚というのはあって、
自分の意思で2年前に引っ越しをしたとか、このポッドキャストを始めたとか、納得をそこそこして行動ができている。
ただ、これはたまたま、自分の選択ができているっていうのは恵まれていて、
家族の支えというか理解の方が大きいかなとは思うんですけども、そういったのもあって、
あとは本当に、うんと言ってもいいのかなーって感じなんですけど、
ほとんど似たような境遇でもこういう選択ができていない、
できているように見えても納得感が得られていないとか、いろんなパターン、タイプの人がいるんじゃないかなーって想像します。
そうそう。なので、納得感比較的得られているので、幸せな方だなーっていうふうにかなり疲れやすいとか、緊張しすぎてしまうとか、
あと、目の見えにくさ、疲れやすさといったままならなさを伴いつつも、それなりに幸せとも言えるのかなーっていうところですね。
いやー、結構前に、終わりに向かいますー、この回が終わりに向かいますーとか言ってた割には、また長々と喋ってる気がします。
いい加減、終わりますー。
皆様、今回もお聞きくださりありがとうございました。
今日はこの辺りで。ではまた。