「メロイ」という言葉の広がりと解釈
クレフェリカの糸口。このポッドキャストは、私中途が日々の中でふと心に引っかかった話題を、糸を手繰るように少しずつほぐしていく時間です。
何気ない出来事の中から、新しい発想の糸口を見つけていけたらいいなと思っています。 今回の糸口は、「好きと言葉の糸口」というテーマのお話になりそうです。
最近流行りのあの言葉や、自分の好きの種類の気付きみたいなお話になる気がしています。 あなたのメロイはどこから?
最近メロイという言葉をよく目にするようになった気がしています。 初めて目にしたのは、確か漫画のセリフだったと思うんですけど、
恋愛要素のある漫画を読むことがあって、その中でメロつくみたいな単語が出てきて、最初はメロつくって何?って思ったんですけど、
シチュエーションとか表情からメロメロになってしまう、しまいそう、みたいな意味かなぁと推測していました。
一般的に販売されている書籍のセリフに使われるほど広まっている言葉なのかと思って調べたら、結構昔から使われてはいる言葉だったらしいです。
でもこれに関して話したいこととしてメモしていたのが、2025年、去年の11月くらいで、その頃はまだ検索してもメロイという言葉が流行までには至っていなかったのかな?
あまり出てこなくて、知恵袋の質問でメロイってどういう意味ですか?みたいな投稿が2006年くらいの投稿としてあったので、それより前から結構狭い範囲で使われていた言葉なのかなと、その時は思っていました。
その時に調べて確か昭和とかもっと前から昔からあるという話も見た気がするんですが、現在検索してみると、もう流行語としての記事みたいなものしか出てこなくて、出典が見つからなくなってしまって、こうしてデジタルの記録って消えていくんだなぁと感じております。
で、まずメロイとは流行語メロイについてみたいな記事がいろいろあって、その中でメロイとはメロメロになる、メロメロになるほど魅力的という意味となっているらしいです、現在では。
これを見る限り、最初の自分の解釈は大きく外れていなさそうですね。今回のメロメロになる、メロメロになるほど魅力的という意味らしいというのは、セキララゼクシーさんというサイトから引用というか、からとなっております。
こちら一応概要欄にURLを記載しておきますね。で、そういえばメロメロになるって、メロメロになってしまうって、正確にはどういうことなんだろうと思って、
まあメロメロの意味も調べてみると、締まりがなくなる様、自制力抵抗力などを失う様、こちらことバンクさんのページなんですけれども、という意味らしいです。
心をつかまれて骨抜きになってしまうみたいな感じですかね。そうっぽいかなと解釈します。
でもなんか最近流行って定着した言葉たち、メロイ以外の最近流行って定着した言葉たちを考えると、自分の中ではちょっと引っかかりがあって、
エモイとかチルイとか結構定着しているなと思うんですけど、エモイとかはエモーショナル、感動的なとか、心を動かされるようなみたいな、
エモーショナルにイを付け足した言葉で、チルイはチル。チル自体は本来は冷やすとか、チル度食品のチル、そういう意味らしいんですけど、
若者言葉として落ち着くリラックスするという意味で使われている単語、チルらしいんですけど、それにイを足すチルイみたいな英単語ベースのものが比較的多かったのかなと思っていたんですけど、
メロイだけ、メロメロって、メロメロって普段なんでしょう、口語というか話し言葉で、メロメロになっちゃうみたいなことって一般的には使わないですよね。
使わないですし、あまり若い子たちの中で使われそうみたいなイメージもなかったので、本当にメロメロが語源で合ってるみたいな感じに思ってしまって、それでちょっと調べてみたら、私以外にもそう思っていた人はいたみたいで、
ちらほら、メロメロもあるかもしれないけど、メロウという単語なのではないかという説も一部ございました。
メロウっていうのは、光、色、声、音などが豊かで美しい、芳醇な、また人間が年を取り経験を積んで遠塾した、あとは落ち着いたみたいな意味があるみたいで、
直接的にこの意味、直訳みたいなものでメロイにつながっているかは定かではないけれど、なんとなく良い意味合いなので、これでも良い悪くない解釈ができそうかなと思いました。
実際にメロイって言われているもの、対象を見てみると、なんとなくある程度大人っぽくて優しく丁寧さもあって、自分を尊重してくれるような頼りがいのある存在とか、そういう様子に対して使われているような気がしているんですよね、私の観測している中では。
なので、メロウでメロメロになりそうな雰囲気がある、というのがメロイということでしょうか。
なんとなくふんわり雰囲気で使っている言葉について、こういう、おそらくこういう感じかもっていう自分の解釈をするしかないみたいなのも、生きている言葉っぽくて、進化している言葉っぽくて、面白いですよね。
私もメロイ人間になれたらいいですけどね。メロイと思ってもらえる人間になれたらいいですけどね。
皆さんはメロイっていう言葉はいつから、どこから認識し始めましたか。他にもこんな解釈をしているというのがあれば、ぜひ教えてください。
ということで、メロイについてでした。
「○○コア」という言葉に見る美意識と自己認識
まるまるコアって、最近よく聞く言葉。まるまるコア、インターネットコアとかバレーコアとか、皆さんは聞いたことありますか。
これもここ最近で一気に目にするようになった言葉な気がしています。主にSNS、特にTikTokとかで広まっている言葉なんですかね。
こちらもね、最初に聞いた時はピンとこなくて、私が最初に目にしたまるまるコアがインターネットコアだったんですよ。
これ、何かの通信の設定とか企画の話とかと思ってしまいました。コアってね、使うじゃないですか。そういう感じの用語として。
調べてみたら、いわゆるウェブコアという2000年代初期のインターネット上のコンテンツのデザインの雰囲気っぽい感じみたいな、そういうニュアンスの言葉みたいですね。
ウェブコア自体はちょっとレトロな感じのピクセル感のある濃いめのグレーに青いバーのデザインのポップアップウィンドウみたいな、あの時代のインターネットのそういう雰囲気全体をウェブコアというみたいです。
そこからチラホラ調べてみたら、このまるまるコアっていう言葉どうやらまるまるな雰囲気が好きな人たちとかまるまるっぽい世界観美意識みたいな意味で使われていることが多いみたいです。
別の最近の言い方だとまるまる界隈、まるまるな雰囲気好き界隈みたいな感覚かな。
バレーコアっていうのはファッション系ではもうかなり定番となっている用語らしくて、バレリーナ風のアイテムやライフスタイルを取り入れることらしいです。
バレリーナって言われるとレースとかチュールとかフリルとか可愛らしいアイテムをイメージしてしまうんですが、そういうものよりはレッスン用のシンプルなウェアだったりレッグオーマーみたいなそういうものを取り入れてこそのバレーコアというものになっているらしいです。
へーっていう感じ。
調べるといろいろなまるまるコアがたくさん存在していることがわかったんですけど、本当にいろいろなジャンルにファッション以外でも存在していて、
なんとなく好きって思っていたものに後から名前がつくことで、ああこれが私ってこれが好きなんだ好きだったんだって気づけるそういうきっかけになっているのかな。
そういう好きの言語化しやすいしやすくするためのラベルみたいなものがまるまるコアなのかもしれないですね。
皆さんは気になるまるまるコアってありますか?あったらぜひ教えてください。
「好き」と「必要」の関係性:ラーメンのトッピングから人間関係まで
必要だから好きなのか。
夫とのちょっとした雑談でラーメンにトッピングを一つだけ選ぶなら何にするって聞かれて、私はその時は割とすぐに味玉かなって答えたんですけど、
夫はそこでずっと悩み始めて、何悩んでるのって聞いたら、この質問で選ぶものって好きだから選ぶのか必要だから選ぶのかって考え始めたらわからなくなったみたいなそういう感じのことを言い始めてて、
なるほどと思って私も即座に味玉って答えたけど、確かに味玉は好きではあるけど、もしデフォルトで味玉がすでに乗っているラーメン、ネギが乗っていないラーメンだったらネギを選ぶかもしれない。
味玉って私の中では好きなトッピングでもあるけど、ラーメンにはこれがあると完成するとか完成度が高まるみたいな、自分の中での役割としての必要、役割と必要だから好きみたいなのも混ざってる気がするんですよね。
ティア表みたいな、ラーメンのトッピングティア表、ラーメンの上に乗っているものティア表みたいな感じのが自分の中であるので、無意識で。
だから私の中ではネギの方が味玉より無かった時に追加する優先度が高いし、その表に乗っとって優先度が決まっているからみたいな。
突然ね、ラーメンのトッピングって言われたら、基本の具材が、私の想定する基本の具材がすでに揃っている前提で、そこに追加する一つを選ぶじゃないですか。
こういうラーメンですっていう条件定義がされなかった場合は。
そう考えると、私これ好きだから乗っているだろうけれども、同じものをさらに追加するっていうことを私はあんまりしない気がして。
どちらかというと、これがないとちょっと嫌かなっていうのを補う選び方をしてしまいがちかも。
じゃあかけたら嫌だから、必要だから選ぶもの。
それって好きって言えるのかなって話になったりしました、その時。
ここから少し話が飛ぶんですけど、人を好きになる時、私はどちらかというと自分にないものを持っている人に惹かれやすいんですよね、多分。
自分が苦手なことを自然にできる人とか、それってもちろんいいなっていう気持ちもあるけど、どこかでそれこそ役割としての必要だから好きみたいなものに近い感覚もあるなと思って。
実際、夫との関係もそういう部分は大きかったし、関係性としては大きい気がしています。
夫は私のできないことができるし、私は夫のできないことができる。多分。
もちろんなんとなく好きとか理由はよくわからないけど好きみたいな感覚も一緒にあるんですけどね。
最終的にこの人と一緒に生きていくっていう選択になると、やっぱり自分にないものを持っているっていうのはかなり強く好きっていう感情と結びついていたんじゃないかなという気がしています。
そう考えると、私は好きだから好きみたいな衝動的な言い表せないけど好きというよりは、必要としているから好きになることの方が多かったのかもしれないですね。
そしてそれ自体が私にとっての好きな形みたいなものなのかもしれないなと思いました。全部ひっくるめて。
あとまたちょっと違うかもしれないんですけど、少し昔の話をすると、私は今の夫に出会うまでいわゆる好きな人っていうのができても、それを発展させようとしたことが全くありませんでした。
ということもあって、付き合ったのも結婚したのも今の夫が初めてなんです。
例えばこの先同じ学校に進学しないんだったら、この人が私のこと、自分のことを好きになることはないだろうし、じゃあ自分もその人のことを好きになるべきではないなみたいなことを割と普通に真剣に若い頃というか考えてたんですね。
10代の初めとかね、あの頃って結構とりあえず好きだから付き合ってみるとか、告白してみるとか、なんかみんな周り付き合ってるから付き合ってみたいみたいな時期だったのかと思うんですけど、
私はどうしても終わりが見えている、終わりが見えている関係っていうのを自分から作るのが嫌で。
なのでね、すごい田舎に生まれたっていうのもあって、とにかく大学に進学する時までにはこの地を離れようみたいなことはずっと思ってて。
だから好きという気持ちがあったとしても、それをそのまま進めるということはしなかったんですよね。
多分昔から好きだから突っ走るよりも、その行き着く先をまず考えてしまうタイプで。
そういう意味でも私は結構役割としての好きっていう方を優先して生きてきたのかもしれません。
私と一緒にいてくれるだろうっていう役割が必要だったんですね。
そして今思うとそれは含めて自分の好きなんだろうなと思います。
好きだからも必要だからも混ぜこぜにした中で、私の好きの中は必要だから好きっていうのの比重が大きいし、それが私の好きという感覚なのかなと思いました。
まとめと今後の展望
皆さんはラーメンのトッピング一つだけ選ぶとしたら何にしますか?
それは好きだから選びますか?それとも必要だからでしょうか?教えてください。
ということで、好きと言葉の糸口というテーマでお話ししてみました。
最近流行りのメロイという言葉、〇〇コアという言い方、好きの種類みたいなお話でした。
好きということと愛があるということはまた別かなとも思っているので、そういう話もまたいつかお話できたらいいなと思っています。
このポッドキャストでは専用フォームからお便りもゆるく募集しています。
感想でもテーマのリクエストでも日常で気になったことでも大丈夫です。
私に伝えたいこと、聞いてみたいことなどがあればぜひお気軽に送っていただけると嬉しいです。
それでは今回はこのあたりで。
ここまでお聞きくださってありがとうございました。
今日お話したことがどこかであなたの物語とつながりますように。
それではまた次の糸口でお会いしましょう。バイバイ。