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2026-02-15 05:37

#353 2月15日は涅槃会 – 故人から受け取ったものを再確認する日

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どうも、コウブンです。
栃木県の片田舎、蓮城院の副住職をしております。

今日は仏教にとって大切な日、2月15日。お釈迦様のご命日「涅槃会(ねはんえ)」についてお話ししました。

涅槃会では、お釈迦様が亡くなった時の姿を描いた「涅槃図」を本堂に掲げ、涅槃団子をお供えして供養します。でも、これは単に偉大な方を偲ぶだけの儀式ではありません。

供養の本質は「故人から受け取ったもの」を再確認すること。

お釈迦様の教え、あるいは亡くなった大切な人が残してくれた言葉や行動。それらを思い出し、「ちゃんと自分の人生に活かせているか?」と問い直す時間です。

これは涅槃会だけでなく、すべてのご供養に共通する姿勢かもしれません。故人との思い出の中から、受け取ったものを再確認し、その思いに報いる生き方をする。それが供養なのだと思います。

🏯 蓮城院副住職・コウブン
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サマリー

2月15日はお釈迦様の御命日である涅槃会です。この日は、お釈迦様が亡くなった姿を描いた涅槃図を掲げ、涅槃団子をお供えしてお経を読む儀式が行われます。しかし、涅槃会は単に偉大な方を偲ぶだけでなく、故人から受け取った教えや言葉を再確認し、自身の人生に活かせているかを問い直すための大切な機会です。これは、一般的な供養にも通じる考え方であり、故人の思いに報いる生き方をすることが供養の本質であると説いています。

涅槃会とは何か
どうも、コウブンです。 栃木県の片田舎にある蓮城院というお寺で、福住夕食をしております。
今日はですね、2月の15日。 今日は、仏教にとってとっても大事な日の一つなんですね。
はい、知ってますか? 2月の15日、何でしょうか?
答えは、お釈迦様が亡くなった日、御明日ということですね。
御明日なので、すごくね、日本中のお寺、世界中のお寺が儀式をやります。
明日ですので、まあ、水田供養のようなものですね。 それを毎年毎年やるんですが、
2月の15日、お釈迦様の御明日である儀式のことを、 寝半絵というふうに呼んでおります。
寝半絵、聞いたことありますか? あんまり聞いたことないかな。
寝半絵、はい。この寝半絵というもの、 宗教宗の場合は、どういうことをやるかと言いますと、
寝半図という、お釈迦様が亡くなった時の姿。
それを描いた絵がありまして、 亡くなったお釈迦様、横たわっているお釈迦様の周りに、
動物とか、あとは弟子とか、関係者、いろんな方が悲しんでいるという、 そういう姿の絵があるんですが、これを寝半図と言いますね。
これをお寺の本堂の一部に掲げまして、 その前に、絵の前にお団子、寝半団子と呼ばれるお団子を用意しまして、
それをお供えして、その前でお経を読むというような儀式ですね。 そういったものがあるんです。
そういったものを行うというのが寝半絵というものでございます。
供養の本質
偉大な方ですから、世界中のお寺で、 そういう儀式をするのは当然なんですけれども、
なんでそんなことをやるのかなという部分ですね。
もちろん偉大な方が亡くなったわけだから、 それを忘れてはいけないという意味もあると思います。
それもあるとは思うんですが、それよりも私たちは、 お釈迦様が亡くなったという事実に向き合うことで、
何をお釈迦様から受け取ったのかなということを、 再確認をする日でもあるのかなと思うんです。
つまりお釈迦様が教えてくださった教えですね。 教えを振り返る。
もっと言うんだったら、自分はその教えに対して どのようにちゃんと向き合っているんだろうか。
そういったものを確認する場面、これが寝半絵なのかなと思います。
一般的な供養との共通点
これは別にお釈迦様に限りないですよね。
一般的なお葬式の時だって、
誰かが大好きなお母さん、お父さん、お姉ちゃん、 自分の奥さん、自分の旦那さん、もしかしたら自分の息子さんかもしれません。
そういった自分にとって大切な人がいなくなってしまったら悲しい。
明日は黒曜しますよね。
その時に私たちはどうすればいいのかというと、 やっぱり思い出。
どんな思い出があったのかなと儀式をしている中で、 だんだん頭の中にその思い出というのがよみがえってきて、
その中で個人が行っていたこと、 喋っていたこと、そんなことを思い出しながら、
ああ、もしかしてあの時言っていたことは こういうことなのかななんてことをかみしみながら、
それを受け止めて、 自分はそれに対してちゃんとできているかななんて、
受け取ったものをきちんと自分の人生に活かせているかな、 そんなことを考える場面。
これが御明日の時の黒曜のスタイルだと思うんです。
だから寝反映も一緒ですし、 一般的な黒曜の時も一緒ですね。
黒曜の時は個人との思い出の中から、 自分は個人から受け取ったものを再確認して、
それを果たしてちゃんと受け取ったものを きちんと活かせているかなと、
個人の思いを思いに対して報えることが できているかななんて、
そんなことを考える時間なんじゃないかな というふうに思う次第でございます。
まとめとリクエスト
というわけで、今日は寝反映についてのお話でした。
またこういうようなお話を聞きたい場合は、 どうぞリクエストよろしくお願いいたします。
では、連常院副住職の幸文でした。 またね。
05:37

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