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🗓 来月開催!お寺マルシェと「手作りお守り」
どうも、栃木県の蓮城院副住職、コウブンです。
今回の放送では、来月3月14日に開催される「お寺マルシェ」について、そしてそこで販売予定の「手作りお守り」についてお話ししました。
今回私が企画しているお守りは、既製品ではなく、ご自身で願い事を書いてお香を封入する、世界に一つだけのパーソナライズされたお守りです。ぜひ会場で体験してみてください。
⛩ なぜ人はお守りを求めるのか?
日本人にとって馴染み深い「お守り」。
合格祈願や交通安全など、人生の節目や日常に寄り添う存在ですが、そもそもなぜ私たちは、あの小さな袋を持ち歩くのでしょうか?
放送では、お守りの歴史や定義に触れつつ、人がお守りを求める心理を3つの視点から深掘りしました。
1. 不安な未来に対する安心感
2. 目に見えない願いを形にする役割
3. 神仏や大切な人との「繋がり」を感じるため
🙏 仏教的な視点から
仏教では「本当の救いは自分の心のあり方にある」と説きます。
お守りは魔法の道具ではなく、自分の心を整え、生き方を見つめ直すための「きっかけ」です。
皆さんが今持っているお守りには、どんな願いが込められていますか?改めて思い返す時間になれば幸いです。
#仏教 #お寺 #副住職 #蓮城院 #お守り #手作りお守り #マルシェ #栃木県 #安心 #マインドフルネス #法話
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stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f5a393ff04555115dcb4f8e
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🗓 来月開催!お寺マルシェと「手作りお守り」
どうも、栃木県の蓮城院副住職、コウブンです。
今回の放送では、来月3月14日に開催される「お寺マルシェ」について、そしてそこで販売予定の「手作りお守り」についてお話ししました。
今回私が企画しているお守りは、既製品ではなく、ご自身で願い事を書いてお香を封入する、世界に一つだけのパーソナライズされたお守りです。ぜひ会場で体験してみてください。
⛩ なぜ人はお守りを求めるのか?
日本人にとって馴染み深い「お守り」。
合格祈願や交通安全など、人生の節目や日常に寄り添う存在ですが、そもそもなぜ私たちは、あの小さな袋を持ち歩くのでしょうか?
放送では、お守りの歴史や定義に触れつつ、人がお守りを求める心理を3つの視点から深掘りしました。
1. 不安な未来に対する安心感
2. 目に見えない願いを形にする役割
3. 神仏や大切な人との「繋がり」を感じるため
🙏 仏教的な視点から
仏教では「本当の救いは自分の心のあり方にある」と説きます。
お守りは魔法の道具ではなく、自分の心を整え、生き方を見つめ直すための「きっかけ」です。
皆さんが今持っているお守りには、どんな願いが込められていますか?改めて思い返す時間になれば幸いです。
#仏教 #お寺 #副住職 #蓮城院 #お守り #手作りお守り #マルシェ #栃木県 #安心 #マインドフルネス #法話
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00:05
どうも、コウブンです。
栃木県の片田川にある蓮城院というお寺で副住職をしております。
はい、久しぶりの放送となっております。
またね、ちょっと休んじゃったのは、これは理由があるんです。
実は、インフルエンザにかかってしまいました。
なのでね、ちょっとここんとこ寝込んでまして、それで放送が難しかったというわけでございます。
インフルエンザは流行ってますのでね、これを聞いている皆さんもどうぞ体調に気をつけながらお過ごしいただければと思います。
やっぱりね、インフルエンザ、私は大したことはなかったんですけど、それでもね、それなりにきついかなと思ったんでね。
病気というのはあんまりね、つらい場面が多いですから、やっぱりね、かかんない方がいいですよ。
なので健康に気をつけてくださいね。
はい、というわけで、今日の放送ではお守りについてのお話をしたいと思います。
お守り。
なんでそんなお話しようかなと思ったかというとですね、実はもう来月、来月の14日ですね。
3月の14日、あと1ヶ月。
お寺でね、マルシェのイベントをやることになったんですよ。
マルシェイベント。
なので、このマルシェイベントをやるということで、お守りをね、私のお寺、私のブースでね、主催者ですけど一応ブースを出すんです。
ブースでお守りを販売してみようと思ったわけです。
お守りといってもね、普通のお守りではなくね、手作りお守りですね。
どういうことかというと、お守りの袋を選んでもらって、そこにちょっとした小さい木札を、あと自分の願い事を書いた紙にですね、自分で手書きするんです。
そしてそこにお粉を少し足しまして、それを封をして、袋の中に入れていただくと。
そういったものを自分で手作りでお守りを作っちゃう。
これいいですよね。
だってお守りというと、一般的に神社とかで売ってるものっていうのは、最初からこの願い事って決まってますよね。願い事とか願掛け、交通安全とか。
それもいいんですけど、そうじゃなくてもうちょっと個人よりパーソナライズされたお守りって言ったらいいのかな。
そういったものもいいんじゃないかなと思いまして、とあるお寺さんでやってるものを少し真似させていただきました。
ということで、来月のマルシーでは、私のお寺ではお守りを作るというそういった体験もできるようなマルシーイベントでございます。
03:09
もしよろしければ来ていただければと思います。
ということで、今日そのお守りについてのお話なんですね。
皆さんお守り持ってますよね。
おそらく日本人でお守り一度たりとも触れたことないって人はいないんじゃないかな。
どっかしらで何かしらの形でお守りって触れると思うんですけども。
私がお寺の生まれだからかもしれないですけど、いろんなところでお守りって触れるよなって思ってます。
それぐらいポピュラーなものですよね。お守りというもの。
例えば受験の時の広角祈願とか、あとは交通安全とかね、安田祈願なんかもありますよね。
やっぱり日本人にとってはとても身近なもの、これがお守り。
そんなふうに言えるんじゃないかなと思います。
でも改めて考えてみますと、そのお守りって何なんだ。
そう思いません?よくよく考えたら。
だってあのちっちゃい袋ですよ。
中にね、さっきも言ったように紙と木とここぐらいしか入ってないですよ。
それは何なの?何でそれを持ち歩いてるの?っていう部分ですよね。
なぜ人はお守りを求めるんだろうか。
そういう話を深掘りをしたいなというわけでございます。
まずそもそもお守りとは何なのかというようなところからいきたいと思います。
お守りというものは災いから身を守ったりとか、あとは願いを叶えるための護符。
そういうものだとされております。
神社の場合は神様のご加護をいただくもの。
そしてお寺の場合は仏様とか、あとは観音様、菩薩様、そういったものの駆動句をいただくもの。
簡単に言えば、目に見えない守りを持ち歩ける形にしたもの。
これがお守りということなんですよね。
このお守り、いつから始まったのかと言いますと、
実はかなり古い頃から始まったそうです。
日本では昔から木とか石、あとは動物の骨、そういったものを身を守るものとして持ち歩く習慣があったと言われております。
その後、仏教が日本に伝わって、そしてお経の本とか、あとは護符、お札ですよね。
06:01
あとはそういったものを身につける文化、そういったものが広がってきたそうです。
そして江戸時代になって、庶民の間で参拝、あとは巡礼、そういったものが盛り上がった。
お伊勢参りとか、そういった遠くに出かける旅行みたいなものが江戸時代に流行りまして、
その中で現在の形ですね、袋に入ったお守りの形というのは広く普及したんだ、そういうふうに言われております。
つまりお守りは長い歴史の中で人々の祈りとか願いとともに育ってきた文化ということなんですよね。
ではここから本題となります。
なんで人はお守りを求めるのか、不思議ですよね。
だって無くたっていいんですから、ぶっちゃけ。
お坊さんが言うなよって話なんですけど。
無くたっていいんですよ、本当は。
でもあったら嬉しい、あったら安心する。
なぜでしょうか。
私は大きく3つあるかなと思っております。
1つ目は不安な未来。
そういった未来のために、不安が未来だから、それのための安心感ということですね。
人は努力をしてもどうにもならないことっていうのは必ずありますよね。
事故とか病気、あとは試験、受験とかもそうですよね。
人間関係、そういう人生には自分の力だけではどうにもならないこと、そういったことがたくさんあるんです。
そんなときに何かに守られている、大いなる力に守られているという感覚は、
おそらく人の心に大きな安心を与えているんじゃないかなというところでございます。
これが1つ目の理由。
2つ目の理由としては、願いを形にするという役割ですよね。
願いというものは目には見えないものです。
でも人は形あるものを持つことで意識が強くなる、そういう生き物なんですよね。
例えば、合格祈願のお守りを持つことで頑張ろうという、そういう気持ちが強くなる。
交通安全のお守りを持つことで気を付けよう、そういう意識を持つことになる。
お守りというものは信仰の対象でもあると同時に、
信仰の象徴であると同時に自分の心を整えるきっかけにもなっているということですよね。
そして3つ目。
3つ目は繋がりを感じるためのもの。
09:02
例えば、家族がくれたお守り、大切な人がくれたお守り、大切な人と一緒に参拝して授かったお守り。
そこには神仏とのご縁だけではなくて、人とのご縁、あとは思い、そういったものも込められているということですよね。
お守りというものは自分は一人ではないと感じさせてくれる存在でもあるということなんですよね。
いかがでしょうか。3つの視点。
私はこんなふうに考えますけど、皆さんは皆さんの受け止め方があっていいのかなと思います。
では仏教の観点から見ると、お守りはどういう意味を持つのでしょうかというところなんですけれども、
仏教では本当の救いというものは外にあるのではなくて、自分の心の在り方にあるというふうに解きます。
ただし同時に信じること、祈ること、そういったものも大事にしているんですよね。大切にしている。
ですのでお守りというものは魔法の道具ではなくて、自分の心を整えるきっかけとして受け取るというのが一番いいんじゃないかなというふうに思うんですよね。
あくまでもきっかけ。お守りに特殊な効果があるんじゃなくて、そういったお守りを通じて自分の心に働きかける。そういうことですよね。
今日はお守りについてお話をしてみました。
お守りというものを安心の象徴であって、そして願いを形にしたものであって、そしてご縁やつながりを感じるものだと、そういうような結論になりました。
大切なのはお守りに頼り切るということではなくて、お守りをきっかけに自分の心、あとは生き方、そういったものを見つめていくことなのかもしれません。
皆さんは今お守りを持っていますでしょうか。
もし持っていられる方は、そのお守りにどんな願いが込められているのか少しだけ思い出してみていただけたらな、そんなふうに思いました。
今日はこの辺でお話を終わりたいと思います。
今日のようなお話を聞きたい方、またこのようなお話を知りたいという方、どうぞリクエスト、いいね、そういったものをよろしくお願いいたします。
最後、キレ悪いですね。何だか久しぶりだから口が回りません。
というわけで、連常院副住職の幸文でした。
12:06
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